「何を分かったっていうの?」
アスカの冷たい視線が僕の心をズタズタにしていく。
「アスカの気持ちだよ」
言い終わるか終わらないかの刹那、僕の顔のすぐ横を何かが通り過ぎた。
背後でガシャンと物凄い音がして、僕はアスカが灰皿を投げつけたことを知る。
その音で金縛りが溶けたかのように、僕のカラダは動き出す。
後ろを振り向くと、背後に立てかけてあった姿見に灰皿が当たったらしく、
鏡が粉々に砕けて飛び散っている。
アスカを見ると、顔を伏せ、肩を震わせている。
僕はとりあえず割れた鏡を片づけようと、
屈み込んで砕けた破片を拾い集めようとする。
粉々に砕け散った鏡の破片。
そこに写るいくつもの僕の姿。あるものは泣いているように、
またあるものは怒っているように、悲しんでいるように、
様々な僕の姿が映し出される。
ふいに、僕の姿が映らなくなり、
アスカが、色々なアスカがそこに映し出される。
表情はおろか、年の頃さえ違う、様々なアスカ。
粉々に砕けた鏡の中で、そのアスカたちは、
やっぱり怒ったり泣いたり悲しんだり、
そして喜んだり笑ったりしている。
悲しみはあちこちに積もっていく。
そして悲しみは、僕に決して嘘をつかない。
ふと気配を感じて振り返ると、そこにはアスカが立っていた。
表情はない。
「私だって言いたいことはたくさんあるの。」
ぽつりと、呟く。僕は、頷く。
「言いたいことは悲しいことばかり。」
「うん。」
「本当は、こんなこと、言いたくないのに。」
「うん。」
僕は、そうされるのを求めているのがわかるから、
アスカの右手に触れる。
傷跡に沿って肩口まで手を伸ばしていく。
「だから、何をわかったつもりになっているの?」
アスカはそう言うと、僕の中にゆっくりと飛び込んできた。
抱きしめる、とかいうのではない。本当に僕の中に吸収されるように、
するりと僕の中に入り込んできた。
熱い。
僕たちは溶けて混じり合い、言葉にはならない交感状態にいる。
あたりはLCLの臭いに満ちていて、それは僕にあの「壁」を思い出させた。
それと同時に、あの忌まわしい記憶も。
「人類補完計画」
あれを僕たちは今、2人で行なっているのだろうか。
「余計なことを考えないで…」
アスカの声がどこからか聞こえる。
そうだよな、これは僕と君の見ている夢だ。
現実以上に大事な夢だ。
僕は背中にガラスの破片がブツブツと刺さる感触を覚えながら、
その場に横たわった。
いや、本当に「横たわった」のかどうかも疑わしい。
けれども、そんなこと、もはや問題ではないんだ。
僕たちはそこで愛し合い、憎しみ合い、
お互い埋め損ねたパズルのピースを埋めた。
欠けているピースも、だぶっているピースもたくさんあったけど、
僕たちは、混じりっけのない、完全な1つの「もの」になっていた。
最終更新:2007年08月12日 01:24