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断ち切る思い - (2007/09/12 (水) 16:58:05) の最新版との変更点

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**断ち切る思い 『さて、次の放送は6時間後の午後6時だ…』 耳障りなルシファーの声でミラージュは目を覚ました。 慌てて放送を聞こうとしたが、もう遅い。 既に死亡者や禁止エリアの発表は終わってしまっていた。 『…では、これで放送は終了する』 「私とした事が…たるんでいましたね」 窓から外を見て辺りを伺った。 恐らくあの時気絶させられてから、ずっと寝ていたのだろう。 ガンツは無事なのだろうか?自分の荷物が無くなっていた事からするに、彼も無事で済んだとは思えない。 ただ自分がこうして生きているのだから、ガンツも生きているかもしれない。 窓から見る限り周囲に危険は無さそうだ。安全を確認したミラージュは外へ出ることにした。 太陽は既に空の真上に来ていた。 荷物を失ったのはともかく、放送を聞き逃したのは大きな痛手だ。 (クリフもマリアも、そしてフェイトさん達も簡単に負けるような人達では無いですが…無事だと信じたいですね) 知り合いの生死は確認できないのは不安だが、目下一番危険なのは自分だ。 禁止エリアが分からないのでは自滅の可能性が出てくる。 もしかしたら今自分がいる所が禁止エリアに指定されているかもしれない。 また、いつ禁止エリアになるのか。それとも既にどこかが禁止エリアとなっているのかそういった事がまるで分からない。 しかしミラージュはこんな窮地でも冷静だ。即座にこの状況の対処法を考える。 地図は今持っていないが、この島の地形及びエリア分けなどは最初に地図を見た時頭に叩き込んでおいた。 前方に郵便局が見える事から、自分が今いるのは「C-04」エリアの筈だ。 そして郵便局の位置から考えるに、ここはC-04内のほぼ中心。 自分の位置を特定したミラージュは、考えを実行に移すべく移動した。 彼女が来たのはC-04の北東部付近である。 自分の記憶が正しければ、ここから十数メートル走ればC-05、B-04、B-05と三つのエリアに入ることが出来る。 これなら仮に今いるC-04が禁止エリアに指定されたとしても、どこかしらのエリアに逃げられるという寸法だ。 まさか隣り合う四つのエリアがいきなり禁止エリアにされるという事はないだろう。 恐いのはC-04が禁止エリアに指定され、その瞬間に首輪を爆破される事だが、こればかりは祈るしかない。 ただ禁止エリアで自爆というのは、殺し合いをゲームとするルシファーに取ってはこの上なくつまらない死に方に違いない。 つまりいきなり爆破するのではなく、何らかの形で警告が出され、それに従わなかった場合爆破されるのではないか…そう考えた。 後は誰かがここを通るまで待ち、その人物から情報を仕入れればいい。 そして、待つこと1時間程。 「…いつからそこにいましたか?」 自分の背後に感じる気配にそう言う。 瞬間、気配は殺意に変わった。 振り向くと、剣を持った少女が眼前まで迫り、その剣をミラージュに突き刺さんとしていた。 「くっ!」 体を捻ってその攻撃をかわす。 そして、その小さな体に裏拳を叩き込んだ。 裏拳を受けた少女は空中で一回転してその衝撃を流し、ミラージュから3メートルほど離れた地点に着地した。 その間にミラージュも構えを取る。 相手は少女…スフレより少し下程度の年齢だろう。だが先程の攻撃を見る限り、かなりの実力者だ。油断はできない。 「武器を捨てて投降しなさい。今ならそれで許してあげます」 こんな言葉を聞くとは思えないが、一応忠告しておく。 だが予想通り、その少女はミラージュの言葉など耳にも貸さなかった。 「忍法飯綱落とし!」 飛び上がった少女がミラージュの頭上から剣を振り下ろす。 ミラージュは一歩下がり蹴りで応戦。剣を持った少女の腕を弾き、アッパー気味のパンチを一撃お見舞いすると もう一度蹴りを決めて少女を吹っ飛ばした。 さらに追撃を決め、一気に仕留めようとミラージュは吹っ飛んだ少女の下へ向かった。 「これで終わりです」 落ちてくる少女にクレッセント・ローカスをぶちかます。 しかし、ミラージュの攻撃は空振りに終わる。 「忍法葉隠!」 彼女の蹴りが少女を捕らえるその瞬間、少女の姿は突如として消え去ってしまった。 「消えた…?」 すぐにミラージュは周辺を見渡した。少なくとも、不意打ちされそうな距離からの気配は無い。 逃げたのだろうか? そう思いながらも隙を見せないよう、ミラージュはしばらくの間警戒態勢を取った。 葉隠を使って辛くも戦闘から離脱したというパターンは、先程の戦闘と全く同じような状況だった。 同じような事を繰り返してしまった事を反省しながら、ミラージュと対峙していた少女―藤林すずは今後の方針を練った。 すずが逃げ込んだのはミラージュとやり合った場所のすぐ近くの民家。このまま逃げる事も可能だろう。 だがすずに逃げるつもりは無かった。 (ミントさん…) 一時間前、死亡者の名を伝える定時放送でかつての仲間の名前が呼ばれた。 楽しかった思い出の中に残る、清楚で慈愛に満ちたあの女性の名が。 優勝を目指す以上彼女を始めとする仲間達の死も覚悟はしていたつもりだ。 しかし、やはりどこかで「生きていて欲しい」という思いを捨て切れなかった。 生き残るためにはそんな思いは捨てなければならない。 頭では分かっていたものの、心の中はミントが死んだという事実に押し潰されそうになってしまった。 このままではいけない。 仲間の死に動揺するなど、忍として、次期頭領として以ての外。 自分は非情になりきらなければならない―。 すずがミラージュを見つけたのは、その時だった。 あの金髪と糸目の男の戦闘の疲れも完全には癒えてないし、あるアイテムの副作用で体力も落ち気味だ。 本来ならここは戦いを避けて夜まで休憩するのが最善である。事実午前中はそのつもりでいた。 だがすずは戦う事を選んだ。 自分の甘さや情、様々な感情。 悲しみに沈んだこの状態で人を殺す事で、それらを捨て去ろうとした。 バッグの中に入れておいたブラッディアーマーを再び装着する。 できればここぞという場面のみで使用したかったが、ミラージュを倒すにはこの鎧が無ければ難しい。 鎧を装着した後、少しの間だけミントに黙祷を捧げた。 かつての仲間に思いを馳せるのはこれが最後。 黙祷を終えると、彼女への未練を断ち切るかの如くすずは民家を飛び出した。 (来ましたね!) やはり少女は逃げていなかった。 姿を消して数分、少女は再びミラージュの前に現れた。先程と違い鎧を付けている。 姿を見せると同時に凄まじい速さでミラージュに襲いかかる。 (速い…でも、見切れない速さじゃない!) 少女が放った斬撃をサイドステップでギリギリ回避。 攻撃後の隙を狙い、ミラージュが踏み込む。 「フラッシュチャリオット!」 ミラージュの鉄拳が一発、二発と息吐く間もなく放たれた。 防御態勢を取る間もなく少女にその連撃が叩き込まれていく。 合計十九発。ミラージュの全力を込めたパンチの雨は、全てクリーンヒットした。 (決まった!) フィニッシュで少女を吹っ飛ばし、ミラージュは勝利を確信した。 十九発全てに手応えがあった。今の技をまともに喰らえば、あの少女もさすがに…。 しかし次の瞬間、ミラージュの顔が驚愕に染まった。 吹っ飛ばされた少女はノックダウンされるどころか、空中で体勢を立て直し、着地と同時に攻撃を仕掛けてきたのである。 反応が遅れたミラージュは回避行動を取るも、左頬を剣がかすった。 見ると少女はダメージを負うばかりか、体に殴られた痕すらも残ってなかった。 (まさか…!あの攻撃をまともに受けてダメージをほとんど受けてないなんて…) クリフや多くの魔物を沈めてきたミラージュの攻撃が全く効いていない。 「忍法五月雨!」 今度は少女の連撃がミラージュを襲う。 ステップを取る暇はない。一太刀一太刀身を捻って攻撃を避ける。 だが少女の猛攻は止まらず、ミラージュは次第に後ろに下げられていった。 首輪から声が聞こえてきたのは、その時だった。 『禁止エリアに抵触しています。首輪爆破まで後30秒』 その声は、自分が禁止エリアに入った事を警告する音声だった。 どうやら後ろに下がる内に隣のエリアに進入してしまったようだ。そしてのエリアは禁止エリアに指定されていた。 少女の方もその音声に気付いたらしく、攻撃を一時中断する。 一旦間合いを取るべきと判断したミラージュは、後方にバックステップ。 さらに禁止エリアに入り込んでしまうが、30秒あるなら大丈夫だ。充分エリアから出ることができる。 (恐らくここはC-05。禁止エリアに進入すると即座に首輪が爆破するのではなく、30秒間猶予が与えられるという事ですね) バックステップを取りながら得た情報を整理するミラージュ。 さすがにあの少女も禁止エリアの中まで入ってくる事はないだろう。体勢を整えたら、エリアから出て戦闘を再開して…。 が、ここでまたしてもミラージュの思惑は外れる。 少女は禁止エリア内にいる事を全く気にしないかのように間合いを詰めてきたのだ。 予想外の行動に、今度は回避する暇は全くなかった。 繰り出された攻撃を咄嗟にガードして防ぐ。 ミラージュは気付かなかった。 少女の武器がさっきまで使用していた剣ではなく、別の物になっていた事に。 少女の攻撃を受けた瞬間、ミラージュは体に違和感を感じた。 ガードした腕が痺れて動かない。腕だけではない、体全体が動かなくなってしまった。 「し…しまっ…た……」 支えを失い、立つ事もできなくなったミラージュはその場に倒れ込んだ。 倒れながらも前方を見るが、少女は既に禁止エリアの外へと逃げ去っていた。 あそこが禁止エリアに近い事は知っていたが、戦っている間にそこへ進入してしまうのは計算外だった。 だが、そのお陰で今の戦いは勝利できたと言えよう。 もう自分がとどめを刺さなくても相手は死ぬだろうと判断したすずは、C-05エリアから脱出してその場を立ち去った。 C-05から充分離れた所で、すずは装備していたブラッディアーマーを脱いだ。 この鎧は自分へのダメージを完全に防ぐ代償として、装備しているだけで体力が減っていくと説明書にあった。 すず自身しばらくの間効果を知らずにこの鎧を装備していた為、副作用の危険性は身を持って知っている。 だから装備するのはできるだけ避けたい。戦ってもない時にまで着ている必要は無い。 首輪から警告音声が発せられた時、ある戦略が思いついた。 30秒後に首輪が爆発する――つまりここで30秒の間相手の動きを止めれば、相手を殺せるということだ。 そう考えたすずは、使っていたアントラーソードを一時的に捨てて別の武器を装備した。 サーペントトゥース。午前中金髪の男を倒すのに使った武器だ。このナックルには、対象を麻痺させる効果がある。 金髪の男を麻痺させた時も30秒以上は動きを止めていた。この武器を当てることができれば、勝てる。 そして作戦は成功した。 既に麻痺させてから30秒以上経っている。あの女性も既に死んでいるだろう。 自分は勝った。 あの女性に対してだけでは無い、自分自身にもだ。 悲しい時、心が挫けそうな時…そんな状況で、参加者を始末する事が出来た。 もう大丈夫だ。二度と決心が鈍ることはない。 この先何があっても自分は戦っていける。 安心すると、疲れがどっと出てきた。 午前中の戦いだけでもかなり疲弊していたし、今の戦いも楽ではなかった。 元々夜までは休息するつもりだった所で戦いブラッディアーマーも着用したのだ。当分の間行動は避けよう。 近くの民家に身を隠し、すずは食事を取って休憩した。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 『首輪爆破まで後20秒』 首輪から二度目の警告が聞こえる。 ミラージュの体は痺れたまま動かない。このままでは首輪の爆発で自分は死ぬ。状況は絶望的だ。 だが諦めるわけにはいかない。まだ爆発まで20秒ある。 その間にこの危機を乗り越える方法を考えようと、ミラージュは必死で頭をフル回転させた。 ここに人が来て助けてもらうのが一番確実だが、ここに人が来る可能性は限りなく低い。 一発逆転ができそうなアイテムも無い。 自分で何とかするしかない。何か、何かないか。この禁止エリアから脱出する方法は。 …一つだけ思いついた。 幸いにもその方法を行えるように、今自分は仰向けで倒れている。 上手くいくかは分からないし、失敗する可能性の方が高い。 だがやってみるしかない。 『首輪爆破まで後10秒』 痺れながらも全員のエネルギーを一点に―胸の前に集中させた。 「マイト・ディスチャージ」 瞬間、ミラージュの体と地面の間に爆発が起こる。 その衝撃で彼女は空中へ投げ出された。 麻痺しているため受け身も取れず、地面に叩きつけられる。 そして…首輪の警告が止まった。 成功したようだ。 自分と地面の間で爆発を起こし、自分の体を吹っ飛ばす。 運良くC-04エリアの方向へ飛んでくれたおかげで、ギリギリC-05から脱出できた。 ミラージュは安堵の溜息を吐く。 どうやら麻痺が解けたようで、体を動かすことが可能になった。 起きあがろうとするが、体中に激痛が走る。何とか近くの塀まで這っていって寄りかかるが、立てそうにない。 「…無様、ですね」 自分は何をやっているのだろうか。 開始早々油断して気絶させられ、目が覚めたのは放送後。 荷物は無くなり、禁止エリアも、仲間の安否を確認することもできず。 そして殺し合いに乗った者を止める事にも失敗し、残ったのは自身へのダメージだけだ。 ともかく、この状態では何もすることは出来ない。 しばらくは傷の回復に専念するしかない。 「…本当に、無様です」 これまで何もできずにいて、そして今も何も出来ないのが、たまらなく歯痒かった。 【C-4/午後】 【ミラージュ・コースト】[MP残量:70%] [状態:疲労大、全身に傷痕(特に前の上半身に集中、深い傷もあり)、左頬に切り傷、衣服ボロボロ] [装備:無し] [道具:無し] [行動方針:このゲームから脱出してルシファーを倒す] [思考1:体力の回復] [思考2:鎌石村で仲間及び参加者を探す] [思考3:第一放送についての情報を集める] [思考4:煙の発生場所(G-3平瀬村分校跡)に行く] [現在位置:C-04北東、C-05との境界線付近] [備考:第一放送は聞いていません。(C-05が禁止エリアという事は把握)] 【藤林すず】[MP残量:0%] [状態:疲労極大] [装備:アントラー・ソード@VP] [道具:サーペントトゥース@SO2、ブラッディーアーマー@SO2、ノエルの支給品×0~2(本人確認)、荷物一式×3] [行動方針:生き残る] [思考1:次の放送まで休息] [思考2:暗くなったら行動開始] [思考3:自分が死んだ場合はクレス、チェスター、アーチェ、クラースの誰かに優勝して欲しい。そのため四人の殺害には消極的] [現在位置:C-04中心部 民家の一室] ---- [[第72話>迷い]]← [[戻る>本編SS目次]] →[[第74話>追い詰められし者の牙]] |前へ|キャラ追跡表|次へ| |[[第]]|ミラージュ|―| |[[第]]|すず|―|
**第75話 断ち切る思い 『さて、次の放送は6時間後の午後6時だ…』 耳障りなルシファーの声でミラージュは目を覚ました。 慌てて放送を聞こうとしたが、もう遅い。 既に死亡者や禁止エリアの発表は終わってしまっていた。 『…では、これで放送は終了する』 「私とした事が…たるんでいましたね」 窓から外を見て辺りを伺った。 恐らくあの時気絶させられてから、ずっと寝ていたのだろう。 ガンツは無事なのだろうか?自分の荷物が無くなっていた事からするに、彼も無事で済んだとは思えない。 ただ自分がこうして生きているのだから、ガンツも生きているかもしれない。 窓から見る限り周囲に危険は無さそうだ。安全を確認したミラージュは外へ出ることにした。 太陽は既に空の真上に来ていた。 荷物を失ったのはともかく、放送を聞き逃したのは大きな痛手だ。 (クリフもマリアも、そしてフェイトさん達も簡単に負けるような人達では無いですが…無事だと信じたいですね) 知り合いの生死は確認できないのは不安だが、目下一番危険なのは自分だ。 禁止エリアが分からないのでは自滅の可能性が出てくる。 もしかしたら今自分がいる所が禁止エリアに指定されているかもしれない。 また、いつ禁止エリアになるのか。それとも既にどこかが禁止エリアとなっているのかそういった事がまるで分からない。 しかしミラージュはこんな窮地でも冷静だ。即座にこの状況の対処法を考える。 地図は今持っていないが、この島の地形及びエリア分けなどは最初に地図を見た時頭に叩き込んでおいた。 前方に郵便局が見える事から、自分が今いるのは「C-04」エリアの筈だ。 そして郵便局の位置から考えるに、ここはC-04内のほぼ中心。 自分の位置を特定したミラージュは、考えを実行に移すべく移動した。 彼女が来たのはC-04の北東部付近である。 自分の記憶が正しければ、ここから十数メートル走ればC-05、B-04、B-05と三つのエリアに入ることが出来る。 これなら仮に今いるC-04が禁止エリアに指定されたとしても、どこかしらのエリアに逃げられるという寸法だ。 まさか隣り合う四つのエリアがいきなり禁止エリアにされるという事はないだろう。 恐いのはC-04が禁止エリアに指定され、その瞬間に首輪を爆破される事だが、こればかりは祈るしかない。 ただ禁止エリアで自爆というのは、殺し合いをゲームとするルシファーに取ってはこの上なくつまらない死に方に違いない。 つまりいきなり爆破するのではなく、何らかの形で警告が出され、それに従わなかった場合爆破されるのではないか…そう考えた。 後は誰かがここを通るまで待ち、その人物から情報を仕入れればいい。 そして、待つこと1時間程。 「…いつからそこにいましたか?」 自分の背後に感じる気配にそう言う。 瞬間、気配は殺意に変わった。 振り向くと、剣を持った少女が眼前まで迫り、その剣をミラージュに突き刺さんとしていた。 「くっ!」 体を捻ってその攻撃をかわす。 そして、その小さな体に裏拳を叩き込んだ。 裏拳を受けた少女は空中で一回転してその衝撃を流し、ミラージュから3メートルほど離れた地点に着地した。 その間にミラージュも構えを取る。 相手は少女…スフレより少し下程度の年齢だろう。だが先程の攻撃を見る限り、かなりの実力者だ。油断はできない。 「武器を捨てて投降しなさい。今ならそれで許してあげます」 こんな言葉を聞くとは思えないが、一応忠告しておく。 だが予想通り、その少女はミラージュの言葉など耳にも貸さなかった。 「忍法飯綱落とし!」 飛び上がった少女がミラージュの頭上から剣を振り下ろす。 ミラージュは一歩下がり蹴りで応戦。剣を持った少女の腕を弾き、アッパー気味のパンチを一撃お見舞いすると もう一度蹴りを決めて少女を吹っ飛ばした。 さらに追撃を決め、一気に仕留めようとミラージュは吹っ飛んだ少女の下へ向かった。 「これで終わりです」 落ちてくる少女にクレッセント・ローカスをぶちかます。 しかし、ミラージュの攻撃は空振りに終わる。 「忍法葉隠!」 彼女の蹴りが少女を捕らえるその瞬間、少女の姿は突如として消え去ってしまった。 「消えた…?」 すぐにミラージュは周辺を見渡した。少なくとも、不意打ちされそうな距離からの気配は無い。 逃げたのだろうか? そう思いながらも隙を見せないよう、ミラージュはしばらくの間警戒態勢を取った。 葉隠を使って辛くも戦闘から離脱したというパターンは、先程の戦闘と全く同じような状況だった。 同じような事を繰り返してしまった事を反省しながら、ミラージュと対峙していた少女―藤林すずは今後の方針を練った。 すずが逃げ込んだのはミラージュとやり合った場所のすぐ近くの民家。このまま逃げる事も可能だろう。 だがすずに逃げるつもりは無かった。 (ミントさん…) 一時間前、死亡者の名を伝える定時放送でかつての仲間の名前が呼ばれた。 楽しかった思い出の中に残る、清楚で慈愛に満ちたあの女性の名が。 優勝を目指す以上彼女を始めとする仲間達の死も覚悟はしていたつもりだ。 しかし、やはりどこかで「生きていて欲しい」という思いを捨て切れなかった。 生き残るためにはそんな思いは捨てなければならない。 頭では分かっていたものの、心の中はミントが死んだという事実に押し潰されそうになってしまった。 このままではいけない。 仲間の死に動揺するなど、忍として、次期頭領として以ての外。 自分は非情になりきらなければならない―。 すずがミラージュを見つけたのは、その時だった。 あの金髪と糸目の男の戦闘の疲れも完全には癒えてないし、あるアイテムの副作用で体力も落ち気味だ。 本来ならここは戦いを避けて夜まで休憩するのが最善である。事実午前中はそのつもりでいた。 だがすずは戦う事を選んだ。 自分の甘さや情、様々な感情。 悲しみに沈んだこの状態で人を殺す事で、それらを捨て去ろうとした。 バッグの中に入れておいたブラッディアーマーを再び装着する。 できればここぞという場面のみで使用したかったが、ミラージュを倒すにはこの鎧が無ければ難しい。 鎧を装着した後、少しの間だけミントに黙祷を捧げた。 かつての仲間に思いを馳せるのはこれが最後。 黙祷を終えると、彼女への未練を断ち切るかの如くすずは民家を飛び出した。 (来ましたね!) やはり少女は逃げていなかった。 姿を消して数分、少女は再びミラージュの前に現れた。先程と違い鎧を付けている。 姿を見せると同時に凄まじい速さでミラージュに襲いかかる。 (速い…でも、見切れない速さじゃない!) 少女が放った斬撃をサイドステップでギリギリ回避。 攻撃後の隙を狙い、ミラージュが踏み込む。 ミラージュの蹴りが一発、二発と息吐く間もなく放たれた。 防御態勢を取る事も出来ない女にその連撃が叩き込まれていく。 合計十一発。ミラージュの全力を込めたキックの雨は、全てクリーンヒットした。 (決まった!) フィニッシュで少女を吹っ飛ばし、ミラージュは勝利を確信した。 十一発全てに手応えがあった。今の技をまともに喰らえば、あの少女もさすがに…。 しかし次の瞬間、ミラージュの顔が驚愕に染まった。 吹っ飛ばされた少女はノックダウンされるどころか、空中で体勢を立て直し、着地と同時に攻撃を仕掛けてきたのである。 反応が遅れたミラージュは回避行動を取るも、左頬を剣がかすった。 見ると少女はダメージを負うばかりか、体に殴られた痕すらも残ってなかった。 (まさか…!あの攻撃をまともに受けてダメージをほとんど受けてないなんて…) クリフや多くの魔物を沈めてきたミラージュの攻撃が全く効いていない。 「忍法五月雨!」 今度は少女の連撃がミラージュを襲う。 ステップを取る暇はない。一太刀一太刀身を捻って攻撃を避ける。 だが少女の猛攻は止まらず、ミラージュは次第に後ろに下げられていった。 首輪から声が聞こえてきたのは、その時だった。 『禁止エリアに抵触しています。首輪爆破まで後30秒』 その声は、自分が禁止エリアに入った事を警告する音声だった。 どうやら後ろに下がる内に隣のエリアに進入してしまったようだ。そしてのエリアは禁止エリアに指定されていた。 少女の方もその音声に気付いたらしく、攻撃を一時中断する。 一旦間合いを取るべきと判断したミラージュは、後方にバックステップ。 さらに禁止エリアに入り込んでしまうが、30秒あるなら大丈夫だ。充分エリアから出ることができる。 (恐らくここはC-05。禁止エリアに進入すると即座に首輪が爆破するのではなく、30秒間猶予が与えられるという事ですね) バックステップを取りながら得た情報を整理するミラージュ。 さすがにあの少女も禁止エリアの中まで入ってくる事はないだろう。体勢を整えたら、エリアから出て戦闘を再開して…。 が、ここでまたしてもミラージュの思惑は外れる。 少女は禁止エリア内にいる事を全く気にしないかのように間合いを詰めてきたのだ。 予想外の行動に、今度は回避する暇は全くなかった。 繰り出された攻撃を咄嗟にガードして防ぐ。 ミラージュは気付かなかった。 少女の武器がさっきまで使用していた剣ではなく、別の物になっていた事に。 少女の攻撃を受けた瞬間、ミラージュは体に違和感を感じた。 ガードした腕が痺れて動かない。腕だけではない、体全体が動かなくなってしまった。 「し…しまっ…た……」 支えを失い、立つ事もできなくなったミラージュはその場に倒れ込んだ。 倒れながらも前方を見るが、少女は既に禁止エリアの外へと逃げ去っていた。 あそこが禁止エリアに近い事は知っていたが、戦っている間にそこへ進入してしまうのは計算外だった。 だが、そのお陰で今の戦いは勝利できたと言えよう。 もう自分がとどめを刺さなくても相手は死ぬだろうと判断したすずは、C-05エリアから脱出してその場を立ち去った。 C-05から充分離れた所で、すずは装備していたブラッディアーマーを脱いだ。 この鎧は自分へのダメージを完全に防ぐ代償として、装備しているだけで体力が減っていくと説明書にあった。 すず自身しばらくの間効果を知らずにこの鎧を装備していた為、副作用の危険性は身を持って知っている。 だから装備するのはできるだけ避けたい。戦ってもない時にまで着ている必要は無い。 首輪から警告音声が発せられた時、ある戦略が思いついた。 30秒後に首輪が爆発する――つまりここで30秒の間相手の動きを止めれば、相手を殺せるということだ。 そう考えたすずは、使っていたアントラーソードを一時的に捨てて別の武器を装備した。 サーペントトゥース。午前中金髪の男を倒すのに使った武器だ。このナックルには、対象を麻痺させる効果がある。 金髪の男を麻痺させた時も30秒以上は動きを止めていた。この武器を当てることができれば、勝てる。 そして作戦は成功した。 既に麻痺させてから30秒以上経っている。あの女性も既に死んでいるだろう。 自分は勝った。 あの女性に対してだけでは無い、自分自身にもだ。 悲しい時、心が挫けそうな時…そんな状況で、参加者を始末する事が出来た。 もう大丈夫だ。二度と決心が鈍ることはない。 この先何があっても自分は戦っていける。 安心すると、疲れがどっと出てきた。 午前中の戦いだけでもかなり疲弊していたし、今の戦いも楽ではなかった。 元々夜までは休息するつもりだった所で戦いブラッディアーマーも着用したのだ。当分の間行動は避けよう。 近くの民家に身を隠し、すずは食事を取って休憩した。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 『首輪爆破まで後20秒』 首輪から二度目の警告が聞こえる。 ミラージュの体は痺れたまま動かない。このままでは首輪の爆発で自分は死ぬ。状況は絶望的だ。 だが諦めるわけにはいかない。まだ爆発まで20秒ある。 その間にこの危機を乗り越える方法を考えようと、ミラージュは必死で頭をフル回転させた。 ここに人が来て助けてもらうのが一番確実だが、ここに人が来る可能性は限りなく低い。 一発逆転ができそうなアイテムも無い。 自分で何とかするしかない。何か、何かないか。この禁止エリアから脱出する方法は。 …一つだけ思いついた。 幸いにもその方法を行えるように、今自分はうつ伏せで倒れている。 上手くいくかは分からないし、失敗する可能性の方が高い。 だがやってみるしかない。 『首輪爆破まで後10秒』 痺れながらも全員のエネルギーを一点に―胸の前に集中させた。 「マイト・ディスチャージ」 瞬間、ミラージュの体と地面の間に爆発が起こる。 その衝撃で彼女は空中へ投げ出された。 麻痺しているため受け身も取れず、地面に叩きつけられる。 そして…首輪の警告が止まった。 成功したようだ。 自分と地面の間で爆発を起こし、自分の体を吹っ飛ばす。 運良くC-04エリアの方向へ飛んでくれたおかげで、ギリギリC-05から脱出できた。 ミラージュは安堵の溜息を吐く。 どうやら麻痺が解けたようで、体を動かすことが可能になった。 起きあがろうとするが、体中に激痛が走る。何とか近くの塀まで這っていって寄りかかるが、立てそうにない。 「…無様、ですね」 自分は何をやっているのだろうか。 開始早々油断して気絶させられ、目が覚めたのは放送後。 荷物は無くなり、禁止エリアも、仲間の安否を確認することもできず。 そして殺し合いに乗った者を止める事にも失敗し、残ったのは自身へのダメージだけだ。 ともかく、この状態では何もすることは出来ない。 しばらくは傷の回復に専念するしかない。 「…本当に、無様です」 これまで何もできずにいて、そして今も何も出来ないのが、たまらなく歯痒かった。 【C-4/午後】 【ミラージュ・コースト】[MP残量:70%] [状態:疲労大、全身に傷痕(特に前の上半身に集中、深い傷もあり)、左頬に切り傷、衣服ボロボロ] [装備:無し] [道具:無し] [行動方針:このゲームから脱出してルシファーを倒す] [思考1:体力の回復] [思考2:鎌石村で仲間及び参加者を探す] [思考3:第一放送についての情報を集める] [思考4:煙の発生場所(G-3平瀬村分校跡)に行く] [現在位置:C-04北東、C-05との境界線付近] [備考:第一放送は聞いていません。(C-05が禁止エリアという事は把握)] 【藤林すず】[MP残量:0%] [状態:疲労極大] [装備:アントラー・ソード@VP] [道具:サーペントトゥース@SO2、ブラッディーアーマー@SO2、ノエルの支給品×0~2(本人確認)、荷物一式×3] [行動方針:生き残る] [思考1:次の放送まで休息] [思考2:暗くなったら行動開始] [思考3:自分が死んだ場合はクレス、チェスター、アーチェ、クラースの誰かに優勝して欲しい。そのため四人の殺害には消極的] [現在位置:C-04中心部 民家の一室] [備考:ミラージュ(名前は知らない)は死んだと思っています] 【残り36人】 ---- [[第74話>追い詰められし者の牙]]← [[戻る>本編SS目次]] →[[第76話>共演]] |前へ|キャラ追跡表|次へ| |[[第44話>犯人に告ぐ、人質を解放しろ]]|ミラージュ|[[第77話>待ち合わせ]]| |[[第41話>静かな湖畔の森の陰から]]|すず|[[第77話>待ち合わせ]]|

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