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**第122話 Carnage Anthem ロキまでの距離は、後10メートル程。 無意識の内に、ルシオは剣を握り直していた。 ロキから浴びせ掛けられている殺気は、否応無しにあの時の事をルシオに思い起こさせていた。 ヴァルハラ宮殿の『水鏡の間』でロキと戦い、掠り傷の1つすらも負わせられずに殺された、あの時の事を。 その身に甦るのは、憎悪、狂喜、破滅の入り混じった、不死者達よりも遥かにおぞましく、歪んだロキの波動。 あの時は、その波動に当てられただけで圧倒的な力の差を思い知った。 その魔力の込められた一撃をどうにか防いだ時、自分には一片の勝機も無いのだという事を思い知った。 それでもルシオは戦った。虚勢とも取れる言葉を吐きながら、必死で抗った。 ヴァルキリーの封印された記憶を取り戻す為に。もう1度プラチナに、ヴァルキリーではなく、プラチナに会う為に。 彼は死ぬ訳にはいかなかったから。 斬りつけられた激痛で、足を踏み外した事にも気付かなかった。 落下した事を理解したのは床に叩きつけられた後。高い天井と、輝いている水鏡を見つめていた時だ。 既にその時、ルシオの魂は空間に溶け込むかのように消滅しつつあった。 魂の死。輪廻の理から外れていく実感。肉体の死では味わう事の無かった感覚。 ルシオはその実感にゆっくりと侵食されていった。 自分が消えていく恐怖にじわじわと包まれていった。堪えきれず、叫ぼうとした。 だが、声は出せなかった。身体に力は入らない。声を出せる状態では無かった。 ルシオに出来る事は、水鏡を見つめ続ける事だけだった。 水鏡の間の床は冷え切っていた。 その場所は、これまでルシオが触れてきた何よりも、冷たかった。 到底這い上がる事も叶わない奈落の底の様に思えた。 薄暗い意識の中でも眩しく映る水鏡の強い輝きと、感じていた床の冷たさ。 それが最後の知覚となり、ルシオは無に飲み込まれた。 後には、何も残らなかった。 ロキまでの距離は、後5メートル程。 無意識の内に、ルシオは剣を握り直していた。 今、目の前に居るのは、ルシオを消滅させた張本人。絶望感と無力感を植えつけた男。 だが、今はあの時とは状況が違う。 今のロキには解放された真の能力もドラゴンオーブの魔力も無い。 加えて、ブラムスに敗北して手負いの状態。下級神としての能力も充分には出し切れない筈。 それらの事実を、ルシオは改めて確認する。 あの時とは違う。勝機は有る。 そう自分に言い聞かせるように。自分を納得させるかのように。 ロキはもう目前だった。いつもの薄ら笑いは、無い。 無意識の内に、ルシオは剣を握り直していた。 ★ (……妙だ) 走り込みながらもロキの動きを警戒していた洵は、1つの違和感を覚えた。 迫る洵とルシオに向かって、ロキから放たれている凄まじいまでの殺気。 並の者、例えばミランダ辺りの参加者なら、この殺気だけで身体が萎縮し、その場に硬直してしまうだろう。 思わずその様な事を連想させる程の圧力を、洵は今その身に受けている。 だが、その攻撃的な圧力とは裏腹に、ロキはまるで防御に徹するかのように槍の側面を洵達に向けている。 魔術を使用する気配も感じられず、ただ2人を待ち構えているのみだ。 ヴァルキリーやブレア、ルシオの話によれば、ロキは魔術師でありながらも武器の心得も有り、槍もある程度自在に扱える筈。 攻め手はいくらでもあるだろうに自分から攻撃を仕掛けようとせず待ちに徹するというのは、 “人間ごときが相手なら本気を出すまでもない” そういった類のプライドが邪魔をしての事だろうか。だとしたら、 (侮られているという事ならば……構わん。寧ろ、ありがたい!  その驕りに塗れたまま死んでくれるのならな!) そう、ありがたい。 相手が油断している間、力を出し切らない間に勝負を決められるのなら、それに越した事は無いのだから。 洵は戦闘を楽しみたい訳でも実力を競い合わせたい訳でもない。目的はあくまでも自分が生き残る事。 極力ダメージを避けられるのならば、戦闘の過程に意味などは無い。 ロキの出方を窺う為に先を走らせていたルシオが、目測だがもう数歩でロキの間合い内に入る位置にまで距離を詰めた。 ロキの持つ槍は片手でも扱える大きさ。とは言え、贔屓目に見ても2人の持つ剣よりもリーチは長い。 待ちに徹するとしても普通に考えれば先手はロキの筈である。洵はルシオを援護出来るよう、両剣を構えた。 (さあ、どう出る!) ★ (これは……そういう事! ……まずいわね) ルシオと洵を待ち構えているロキに違和感を覚えたのはブレアも同様だった。 だが洵とは違い、ブレアの抱いた違和感は一瞬後には氷解する。彼女の持つ『事前情報』によって。 ブレアの持つ『事前情報』とは“情報を知らされている”程度の物ではない。 完全に数値化された全参加者のステータスがその頭脳の中にインストールされているのだ。 参加者達は『意志』や『感情』という、純粋なプログラムであるブレアには理解不能な要素を持っている為、 参加者達の思考や行動方針を完璧に分析する事は流石に不可能であるが、こと戦術においてはその限りではない。 戦術的思考とは合理的判断に基づいて決定される場合が多いからだ。 先程までの様にノイズの妨害も受けていないブレアには、対象者のステータスに現在状況を照らし合わせて 戦術的思考を分析、判断するのは容易い事だった。それは対象があのロキでも例外ではない。 しかし、ブレアの分析したロキの行動から導き出される結論。それはブレアとしても望ましくない結論だった。 (まさかロキがこれほど慎重に戦う気になるなんて……  このままでは、ルシオと洵は殆どロキにダメージを与える事無く殺される確率が高い……) ロキは今、全力をもって確実に2人を始末しようとしている。 確かにロキと2人を戦い合わせる前に行った計算では、ロキが最初から全力を出す可能性も導き出されていたが、 疲労、ダメージの残るロキは、格下の2人に対しては力を温存して戦おうとする確率の方が遥かに高かったのだ。 力を温存して戦うのならば、今のロキではルシオと洵を簡単には倒しきれず、 結果として体力の消耗は激しいものとなる計算だったが、現実にはロキは力の温存よりも全力を出す方を選んでしまっている。 これでは期待していた程にはロキを疲弊させる事も叶わず、2つの駒は無駄に失われる事となってしまう。 (動くべき……かしら?) ブレアの目的はロキを疲弊させる事だが、ルシオ達に任せているだけでは期待していた程の結果は得られない。 計算と同等の、またはそれ以上の結果を出すにはブレア自身が動く必要が出てきていた。 しかし、動けばその分ロキに裏切りがばれる確率も高まり、ばれれば最悪殺される事も有り得る。 (……いえ、折角のチャンスだけど、私の身が危険になる確率は低い方が良いわ。  ここは、これ以上動かない方が良さそうね。……そうと決まれば……) ブレアは服についた砂を叩きながら立ち上がり、街道を外れた茂みの方へと目を向ける。 戦闘が終わるまでは彼女にやる事はもう無い。だったら少しでも安全な場所へと避難した方が良いだろう。 ルシオとロキが今まさに交錯しようとする時、ブレアは静かに移動を始めた。 ★ ルシオがロキの間合い内に到達しようとする丁度その時、 ルシオとは反対側から走り込んでいた洵が、ロキに向かって両剣から衝撃波(スプラッシュ)を放った。 それに合わせ、そこまでただ待ち構えていただけのロキが漸く動きを見せる。 フッと息を吐くと、短く持った槍を素早く横薙ぎに一閃。それだけで2つの衝撃波が撃ち消された。 だが、単発のスプラッシュ程度が通用しない事はルシオも洵も想定している。狙いはルシオがより安全にロキに接近する事。 ルシオはその瞬間身を低く沈ませて踏み込むと、一気に自らの間合いギリギリまで入り込み、ロキを見上げた。 洵は再び援護の体勢を取り、射抜くような視線でロキを捉えた。 「食らえ!」「そりゃあぁぁッ!」 ルシオはロキの胴を狙い、下段に構えていた剣を振り上げる。洵は走り込みながら連続して衝撃波を撃ち続ける。 それらに対し再び、そして先程よりも圧倒的に素早く、巧みに振るわれるロキの払い返し。 その一撃は、たった一振りでルシオの剣を上方へと流し、同時に洵の方向へ洵同様の衝撃波を繰り出した。 いや“同様”とは言い難い。ロキの繰り出した衝撃波は洵のそれを遥かに凌駕していたのだから。 『ちぃ!』 小さな舌打ちがイヤホンを通じてルシオに伝わった。 洵の撃ち出した多数の衝撃波。その全てがたった1発の衝撃波に飲み込まれ、消されていく。 スプラッシュ自体は本来攻撃力の高い技ではないが、ハーフとは言え巨人族の血を引くロキの力で繰り出されたなら話は別だ。 流石にこれを直撃させる訳にはいかない。 しかしルシオがフォローを入れるまでもなく、洵は咄嗟に前方へ跳躍して衝撃波を回避した。 前方、即ちロキの方向。攻撃の手を休める気は無いらしい。 『撃たせるなルシオ!』 『分かってる!』 洵の指示よりも先に、ルシオは弾き上げられていた剣に闘気を込めていた。 宙に浮いていてこれ以上回避のしようが無い洵を援護する為に。 洵は、空中で再び衝撃波を連打する。 自身を援護させる為の、ルシオへの援護射撃の為に。 ルシオはその気配を感じ取り、剣を全力で振り下ろした。 「ラウンドリップ・セイバーーーッ!!」 電撃に似た性質の闘気を纏わせた剣で、強引に敵を仰け反らせて隙を作り出すルシオ最大の奥義。 ルシオが両手持ちで振り下ろすその剣を、ロキは“軽々と”といった様子で槍を回転させ、弾き返そうとした。 が、剣と槍が交差した瞬間、ロキの身体が衝撃に流される。 「何ッ?!」 予想外の威力だったのだろう。ロキは動揺の声を漏らし、驚愕の表情を浮かべた。 仰け反りの隙を目掛ける、続け様のルシオの二撃目と洵の衝撃波。 崩れたと思われたロキの体勢は、しかし、瞬時に立て直されていた。 ロキは槍を両手で握ると、まるで風車の様に回転させて2人の攻撃を迎え撃つ。 その遠心力は、洵の衝撃波を掻き消しながらルシオの二撃目を、ラウンドリップ・セイバーをも弾き返した。 最大の奥義がたった二撃目で破られた現実。本来ならば心が折れかかっても不思議は無い状況だが、それでもルシオは怯まない。 寧ろ、ルシオの表情に浮かんだのは絶望ではなく、ある種の希望だった。彼は手応えを感じていたのだ。 ルシオは弾かれた勢いに身体を任せ、着地する洵を尻目に三撃目をフルスイングした。 しかしロキの風車も更に回転を増しており、またもルシオの剣は弾かれる。衝撃波は既に全て消されていた。 『合わせろ!』 そこで洵が風の如き勢いでロキの前に躍り込む。 間髪入れず、風車の回転に逆らう様に叩きつけられる洵の両剣に合わせ、ルシオは四撃目を斬り上げた。 ほぼ同時に鳴り響く二つの金属音。 2人の剣はそれぞれが槍の両端を殴り抜け、遂に風車の勢いを完全に相殺した。ロキの槍は僅かながら逆方向に弾かれている。 「チッ!」 今度はロキが舌を打つ番だった。 ロキが硬直した一瞬の隙間、洵は跳び込んだ。身体ごとぶつけるかの様な勢いで槍の上から切り抜ける。 そのままロキの脇を通り抜け、背後を取ろうと動く洵。 彼を目で追うロキに向かい、更に強大な闘気を纏わせたルシオの剣が荒々しく振り下ろされる。 雷鳴のような轟音が鳴り響くも、槍に阻まれロキに直撃はしない。 だが、ロキの身体をその場に釘付けにし、洵が回り込む時間を稼いだ。 回り込んだ直後、振り向き様の二連撃がロキの後頭部へ疾走する。 紙一重の所で屈まれ、剣の下に潜られるも、その二剣がルシオの大振りの隙を埋め、 そしてロキが反撃に転じるよりも早くルシオを攻撃動作に移らせた。 連続してぶつかり合う2人の剣とロキの槍。それにより奏でられる金属音は、徐々にテンポを上げていく。 エインフェリア達が魅せる見事な連携は、ロキに割り込む余地を与えなかった。 過去、共闘した事は数える程度しか無い彼等だが、2人の根底に共通するエインフェリアとしての日々が、 ヴァルキリーの元で、ヴァルキリーの戦術を基礎として己を鍛え上げていた日々が、 互いを良く知る間柄ではなく、共に戦った経験が少ないルシオと洵に絶妙なコンビネーションを確立させていた。 武器から飛び散る火花は、暗闇の街道にロキの姿を明瞭に照らし出す程に凄まじい。 正面から、側面から、背面からの連携。或いは前後、そして左右からの挟撃。 2人はロキを中心とした円を描くかの様に動き、ありとあらゆる角度から斬りつける。 互いが互いの隙をカバーし合い、絶え間無く攻め立て、ロキを防戦一方に追い込んでいた。 とは言え、真に見事なのはロキの方かもしれない。 ロキは未だにルシオ達の振るう剣を一太刀たりともまともには受けていないのだから。 それでも2人の繰り出す剣閃は、幾本かに1つの割合でロキの衣服を、髪を、皮膚を確かに掠め、確実に傷跡を残していた。 そしてその掠める間隔は徐々に狭まってきている。それは、ロキが2人の剣を捌き切れなくなって来ている確かな証拠。 ――いける!―― ルシオの感じていた手応えは確信へと変わっていた。 直接打ち合わせている剣の衝撃と、それにより生じる手の痺れが、ルシオに伝えてくれる。 自らに言い聞かせた言葉を、実感を伴わせて理解させてくれる。 今のロキは、決して手が届かない程の存在ではないという事を。 かつての力も、恐怖も、絶望も存在しないという事を。 確かに単純な力比べでは今もロキが上を行った。 ラウンドリップ・セイバーの一撃ですら力負けをするのだからそれは認めざるを得ないが、それも大した問題ではない。 今はその差を埋めてくれる頼もしい仲間が居る。洵との連携が有れば、ロキの攻撃をも跳ね返せるのだから。 一刀一刀打ち合わせる毎に、心のどこかに今も存在していたロキへの恐れが払拭されていく。 それに連れてルシオの動きが徐々に軽快になり、ロキへと振るわれる剣が鋭さを増していく。 このままいけば、ルシオの剣がロキを捉えるのは時間の問題だ。 (勝てる! 今度こそ、ロキを倒せる!) ルシオはそう確信を持っていた。 ――やはり、何か有る―― 一方の洵は攻撃を続けながらも、最初に感じていた違和感を消す事が出来ていなかった。 確かに今攻め立てているのは洵達の方だが、 実の所、ロキは2人のこれだけの猛攻を受けながらも最初から殆どその場を動いていないのだ。 槍で捌くだけでなく、足を使って攻撃を回避をしていればここまで防戦一方の状況に陥る事は無い筈。 それでも動こうとしないのは何故なのか。 それもやはり2人を侮っているからだと思えなくも無いが、相手はロキ。 ルシオを利用して巧妙にドラゴンオーブを盗み出し、ラグナロクを引き起こした策士。 “侮りを見せている”と考えるよりも“何かを企んでいる”と思えてしまうのは仕方ない事だろう。 『いける!』 時折イヤホンから伝わるルシオの呟きの様子からは“ロキが策を持っている”などとは予想もしていない事が窺える。 菅原神社で見せたような洞察力が働いていないのは、ロキが相手故の焦りか、または気負い過ぎか。 何にせよ、ロキの策を看破するには頼りになりそうもないルシオに対し、洵は八つ当たりに近い腹立たしさを覚えていた。 (チッ! ルシオは当てにならんな。  ロキ……こいつが何を考えているのかは読めんが……) 洵にはロキの策は全く予想がつかないが、 ロキがどのような策を持っていたとしても、今の攻撃を中断する訳にはいかなかった。 このまま攻め続ける事が出来ればいずれ自分達の剣がロキに届く。その未来像は洵にも見えているのだから。 今を逃してしまえば再びこの様な好機が来るという保証は無く、 ロキの策を警戒して攻撃を中断する事は、勝機を失う事になりかねない。 (読めんのなら、こいつが策を施す前に片を付けるしかない。ならば…………む!?) 至極単純な結論を出し、次の一手を打とうとした正にその時、洵は気付いた。 ロキが今、何かを呟いている事に。 「――――――――まあ、こんなところだな」 はっきりと聞き取れたのは最後の言葉のみ。 その呟きの意味を考える間も無くロキの雰囲気が一変し、瞬間、洵の全身を冷たいものが通り抜ける。 洵は直ちに剣を止め、弾かれる様にロキから離れた。ワンテンポ遅れてルシオがロキから離れる姿が視界に入った。 直後、今まで2人が居た地面の上に黒い怨念の様な影が出現し、爆発するかの様な勢いで隆起した。 ロキの姿が一瞬にして、影と、影に巻き上げられた砂煙に包まれて見えなくなる。 巻き起こされた風圧で舞い上がる砂埃が容赦無く顔に降りかかり、反射的に洵は両手で顔を庇い、目を細めた。 (シャドウ・サーヴァント!?  これがただのシャドウ・サーヴァントか……!) 自身の知るその魔術と余りにも規模の違う圧力に驚きの表情を隠せなかったが、唖然としている暇は無い。 洵は、自分とは離れた位置に退避したルシオを見た。 ルシオも同じ様な体勢で顔を庇いながら、洵の様子を窺っているらしい。 『無事か?』 『ああ、何とか。そっちは?』 『問題無い』 どうやらルシオも上手く避けた様子だ。 素早くその確認を終えると、洵は治まりかけた砂埃の中で、油断無く砂煙の中心に向かい構えを取った。 ロキの気配は未だその場に有るが、あの様な威力の魔術を見せられては今までの様に斬りかかる事は少々躊躇われる。 攻め方を変えるべきか否か。逡巡していると、砂煙の中からロキの声が響いてきた。 「フン、良く今のを避けたな。  流石はレナスの選定したエインフェリア様達……だよな? 倭国人のお前もそうなんだろ?  中々の状況判断だ、褒めてやろう。だけどな、――」 再び、全身に鳥肌が立つかの様な強烈な寒気。 ロキから異常な波動が、とても神の物とは思えない程に禍々しい魔力が、瞬時に周囲に広がった。 砂煙が全て吹き飛び、ロキの姿がその場に現れる。 ロキは、青白く光り、薄く透き通る結界に覆われていた。 その結界は、魔術師が自らの魔術に巻き込まれない為、相殺用に使用する守護方陣。 「――死ね」 そして、ロキの魔力が彼の足元に渦を巻く様に集まりだし、次第に形を成し始め、輝きを帯びて行く。 洵は一目で理解する。それは要するに―― 『大魔法だって!?』 ルシオも理解したらしく、呟いた。 そう、確かにロキが生成している物は、大魔法を発動する為の魔方陣。 恐らくは大魔法の威力を最大まで引き出す方陣を作り出そうとしている。 魔術を扱えない洵やルシオでも、これまで幾度となく仲間達が使用するのを見てきたのだ。その位の知識は有るし、判断も出来る。 しかし、今このタイミングでロキが大魔法を選択する理由が不明だった。 詠唱を終えるまで2人が黙って見ているとでも考えているのだろうか。 (今までは魔術を使用せず、今度は誰の援護も無しに大魔法だと?  ……やはり俺達を侮って…………いや、違う!?) そう、侮りではない。その事に漸く洵は気付いた。 ロキはやはり策を持っていた。2人を一度に葬り去る策を。 (予行演習……か!) つまり、全ては大魔法を発動する為の予行演習だったのだ。 大魔法を発動するには、術師が魔方陣の中に居る必要が有る。 ロキがその場から動こうとしなかったのは、魔方陣の中から動かずに2人に対処する事を想定した為。 大魔法詠唱時には別の魔術を使用出来ない。 魔術を使わずに槍のみで防御に専念していたのも、その事を考慮した為。 そして先程の呟きは、聞き取れた言葉から推測するに、 方陣の生成と大魔法発動までに必要な時間を計る秒読みか何か。(どの時点からの計測かは不明だが) 『くそっ! なめるなッ!』 ルシオが叫び、ロキに向かい駆け出していく。 “いや違う、なめてなどいない”そう洵は思った。 ロキは初めから今まで全力を出していた。 ブラムスに負わされた傷の残る身体で2人の攻撃を捌き切れるか、全力で確かめていた。 そして、魔方陣生成から大魔法を詠唱し切るまでの間ならば洵達の猛攻を捌き切れると判断したのだ。 だからこそ今、魔方陣生成に踏み切っている。 攻め込んでいたのは確かに洵達2人だったが、追い込まれていたのもまた2人の方だったという事か。 魔術軽減用の装飾品も持たない今この大魔法を食らえば、洵達が生き残れる可能性は、無い。 (まずい、どうする!?) 洵は街道を素早く見回して、唇を噛んだ。 この街道には大魔法をやり過ごせそうな場所や遮蔽物は何も無い。 道外れにはそれなりに木々も生えているが、そんな物ではシャドウ・サーヴァントですら防げそうもない。 身を護るという選択肢は選べない。何時の間にか、冷や汗が全身を濡らしていた。 ロキの魔方陣が完成する。 この規模の魔方陣により放たれる大魔法からは、逃げ切る事も難しいだろう。 だとしたら、攻めるしかない。 (今までの様な戦い方では勝ち目は薄い……だが、付け込める筈!) ロキが大魔法を放とうとしている今なら魔術での反撃は来ない。そしてロキはあの場所を動けない。 予めそれが分かっていれば、遣り様は有る。 出しそびれた一手は今も有効だと判断し、洵は殺意を込めて地面を蹴りつけた。 “手数を増やす”という至極単純な、しかし、洵最大の一手を出す為に。 「千光刃ッ!!!」 ★ 「其は、汝が為の――」 ロキの詠唱開始と連動するかの様に、洵の姿がブレた。 数瞬後、先に走り出していたルシオよりも早く、洵がロキの目前に現れる。 すれ違い様に散らされる、今までよりも一際大きな火花。 洵は残像を残してロキから離れ、そして残像が消え去らない内に再びロキへと舞い戻る。 ルシオはその二撃目に合わせようと斬りかかる。が、上手くタイミングを合わせる事が出来ない。 まるで突風の様に移動する洵の攻撃と自分の攻撃のタイミングが合わず、あっさりとロキに捌かれた。 「――道標なり。――」 洵はルシオの後方へと駆け抜けて行く。 ならば次はルシオと同じ角度で洵が攻撃を仕掛ける筈。それならルシオも攻撃を合わせ易い。 後方で地面が蹴りつけられる音が響き、洵がルシオを追い抜いた。 このタイミングなら合わせられる、とルシオが動く。しかし、2人よりも早くロキは動いていた。 ロキは地面に槍を叩きつける。アスファルトを大量の石つぶてと変え、そのまま2人に向かって振り抜いた。 石つぶてはまるで散弾の様に放たれ、高速で石つぶてに向かう形となった洵に容赦なく降り注いだ。 洵は散弾の殆どを全身に受けて吹き飛ばされ、ルシオも散弾を防ぐ為、強制的に攻撃を中断させられる。 「――我は頌歌を以て、――」 洵は身体を震わしながらも起き上がるが、流石に千光刃へのカウンター。ダメージは小さくない様だ。 しかし、気に掛けている暇は無い。詠唱が終わってしまえば待つのは死のみなのだから。 ルシオがそう考え、ロキにもう1度斬りかかろうとした時、洵は茂みの方へと走り出し、暗闇の中へ消えて行った。 『洵!?』 返事は無かった。 イヤホンから聞こえてくる音は、草木を掻き分けて走る足音のみ。 もう時間が無いのに何処に行くというのか。ルシオは状況を上手く理解出来なかった。 洵が逃げたのだという発想は、彼には出なかった。 「――汝を供宴の贄と――」 とにかく、自分1人で止めるしかない。 ルシオは剣を振り被ろうとし、視界に入ったのはロキの腕が槍を引く動作。 その尋常ではない腕の速さから繰り出される槍の速度を連想し、ルシオは咄嗟にアービトレイターを盾代わりに構えた。 連想通りの速度と予想以上の威力がルシオの構えた剣ごと貫くかの様な迫力で突き出され、ルシオの身体は後方に弾き飛ばされる。 (…………え?) ロキとの距離が離れてしまった。 「――捧げよう」 詠唱が、終わるというのに。 止められない。そう認識した時、ルシオの感覚がスローになり、視界が白く染まる。 ロキの口元がゆっくりと上がる。あの時に見た薄ら笑いがそこに有る。 ルシオは何も考えられずに、ただ見ていた。 まるであの時の水鏡の輝きに包まれているかの様な、真っ白に染まった世界で、ロキの口が開くのをただ見ていた。 『――うっ――』 何か鈍い音と、呻き声がどこか遠くで聞こえた気がした。 次の瞬間、ロキが勢いよく後ろを振り返る。 1秒が経ち、2秒が経ち、3秒が経ち、大魔法はまだ発動されない。 そこで漸くルシオはハッと我に返り、無意識に音の発生源を触る。 (今のは?) イヤホンからの音声。つまり洵の居場所での音だ。 しかし、洵の声には聞こえなかった。今の声は―― 『ルシオ、黙っていろ』 続けて聞こえてきたのは、洵の押し殺した様な声と、茂みを駆け抜けているかの様な草の擦れる音。 その一言でルシオは洵の考えを理解した。 平瀬村の民家での事だ。洵と支給品の確認を行っている際、2人が思い付いた手が有った。 洵は今その手をロキに仕掛けようとしている。ならば、ルシオは動いてはならない。 だが、今ロキが大魔法を発動しなかった理由は謎だった。洵は何をしたのか。 ロキが振り向いている方向は洵が消えた方向ではないが、タイミングを考えれば洵が何かをした事は明白。 ルシオもロキの見るその方向を注視する。暗闇の中には取り立てて目を引くような物は――――有った。 魔方陣の放つ光のせいで今まで気付かなかったが、 茂みの奥、街道から少し離れている場所に、青白い光が浮かび上がっている。 (あれは……結界? じゃあ……) その方向から近付いてくる草の音。ルシオの耳に伝わる音と同じ音。 その音と共に、洵が茂みから跳び出してきた。 左肩にブレアを担ぎながら。 ★ 正直な所、洵は逃げ出す気で茂みに跳び込んだ。 千光刃が破られ、詠唱も半ばまで過ぎてしまえば、もう洵にはロキを切り崩せる手段は無い。 逃げ切れる可能性は限りなく少ない物の、それでもルシオを犠牲にすればどうにかなるかもしれない。そう考えて逃げ出した。 故に、走っている際にその輝きが視界に入ったのは紛れも無い偶然だ。 戦闘中は露ほども思い出さなかったブレアの存在。 偶然視界に入った結界の輝きの中にはブレアが居た。そこで洵は、ロキにブレアを護る意思が有る事を認識した。 一か八か。 ブレアを護る意思がロキに有るのならば、それを利用出来るかもしれない。 洵は咄嗟に走る方向を変え、結界を目指す。 結界内のブレアが洵に気付き、困惑の表情を向ける。 瞬く間にブレアに詰め寄った洵は、ブレアの鳩尾に拳をめり込ませた。 「うっ」 低い呻き声を上げて倒れ込むブレアを一旦は支え、直ぐ様結界内から放り出した。 待つ事数秒。ロキが詠唱を終えている事はイヤホンを通じて知っていた。終えているにも拘わらず、大魔法は発動されない。 やはり、と洵は1つ頷いた。 これでロキにブレアを護る意思が有る事は確実。ブレアはとりあえず大魔法への抑止力になる。これは、新たな勝機だ。 その確信を得た洵は、ブレアに1つの仕掛けを施し、そしてルシオに一言指示を出した。 それは、ロキを殺す為の仕掛けと指示。所詮は賭けに過ぎないが、やるだけの価値は有る。いや、やるしかない。 ブレアを連れて逃げればこの場は凌げるだろうが、そうすれば今後はロキに追われる状況になる。 ルシオを失ってのロキとの再戦など、益々洵に勝機は無い。僅かにでも勝機が有るのは、今、攻めてこそ。 洵は気絶しているブレアを担ぎ上げると、街道に向かって走り出し―― ――茂みから街道へと跳び出した洵は、ブレアをそのまま担ぎながらロキへと向かった。 ロキは、怒りと殺気に満ち溢れた表情で洵を睨み付けている。 (千光刃ッ!) 洵はロキの槍の届かない距離を保ち、ロキの周囲を回る様に跳び始めた。 先程はたった3回目で止められた千光刃だが、今度は速度を最大まで上げてから勝負を仕掛ける。 硬いアスファルトを1つ蹴る毎に、洵の速度は増していく。 既に、普通の人間には目で追えない程。洵の姿が何人にも見える程に速度は上がっているが、 ロキの鋭い眼光は洵を追い続けている。確実にロキには洵が見えている。 しかし、残像が何体居るのか洵自身にすら把握出来なくなった時、ロキの視線が僅かに洵から遅れた。 (ここだッ!) 洵はロキに向かって跳んだ。 同時に左手で支えていたブレアをロキに向かい突き飛ばす。 完全にロキが右腕に持つ槍の死角に入った。 ロキの槍の軌道ではブレアを貫かない限り洵には届かない。そしてブレアを退かさない限り槍で防御も出来ない。 ブレアの身体がロキに接近する。そのブレアの脇をすり抜ける様に洵はロキに肉薄した。 「そりゃあぁぁぁ!!」 洵の剣が光を切り裂き、閃光へと変わり、真っ直ぐロキの首へと猛進する。ロキの槍は動かない。 “殺った”洵はそう確信した。が、 ガンッ! まるで硬い物に斬りつけた様な音が辺りに響く。 剣が当たったのは首ではなく、ロキの左腕だった。 新たな関節が出来たかの様に、異常な方向に折れ曲がっている。ロキは左腕で首を護ったのだ。 (馬鹿な?!) 洵にはその事実、自らの剣が生身の左腕を切断すら出来なかった事実が理解出来なかった。 だが、続いてロキの腕に走った光を見て気付く。 それは、防御力を高める魔術『ガード・レインフォース』の光。 何時の間にかロキが掛けていたその魔術が、本来切断される筈の左腕を骨折程度のダメージまで軽減していたのだ。 それに気を取られた時間はほんの僅か。しかし、洵の顔面をロキの左脚が捉えるには充分だった。 洵の身体は数メートル後方へ飛ばされ、手から落ちたアービトレイターが街道を滑っていく。 洵は地面を転がるも、すぐに体勢を立て直しロキを見やる。 ロキはブレアを自らの背後に無造作に倒していた。 そして、自身を覆っていた結界を少し広げ、ブレアを完全に包み込んでいた。 既に今、ロキが大魔法発動を躊躇う理由は無くなった。 ★ ブレアを人質に取る。 確かにそれは“ブレアの仲間であるロキ”に対しては有効な手段だろう。 当然ロキもそれは予想していた。相手に明確な弱点が有るならば、それを狙うのは戦闘の基本。 逆の立場ならロキもそうするだろうし、その場合の対応策も考えていた。 だが、あくまでもロキの対応策は、相手がブレアに危害を加える気が無い事が前提となる。 まさかエインフェリアが、あのレナスが直々に選定した筈のエインフェリアが、 無力かつ無抵抗なブレアを今の様に『盾』として使うというのは予想外の事だった。 倭国人がロキの攻撃をブレアで防ぐ気ならば、ブレアを殺さずに倭国人だけを狙う事は不可能に近い。 ロキも無理にブレアを生かしておく気は無いが、 遥か格下の人間如きとの戦闘でブレア1人も護り切れない。そんな事はプライドが許さなかった。 そこでロキは、動き回る倭国人からわざと視線を外して隙を見せ、誘い込んだ。 ブレアを護る為ではなくプライドを護る為。ロキは左腕を差し出し、ブレアを奪還する事を選択したのだ。 左腕を差し出すと言っても、失う覚悟を決めたのではない。 複数の魔術を同時に発動する技『インディス・クリミネイト』。 シャドウ・サーヴァントを放った時、ロキはこの技で同時にガード・レインフォースも発動し、自らの防御力を高めていた。 つまり、最悪でも腕を切断される事は無い。その確信の上で、この一見捨て身とも思える策を選んでいた。 (終わりだ!) ブレアを奪還すれば、後は、2人の息の根を止めるだけ。 ロキは、溜め込まれている膨大な魔力を魔方陣から解き放つ為、魔術の名称を叫ぼうとした。 その時―― 「うおあああああァァァァ――」 (何ッ!?) ロキの背後、それも相当な至近距離からルシオの絶叫が響いた。 その瞬間、ロキに動揺が走り、ドクンッと心臓が1つ大きく跳ねる。 そんな場所に居る筈が無い。気配など感じられなかった。接近された事に気付かなかったなどとは有り得ない。 思考が入り乱れ、停止する。焦りから一瞬で全身が熱くなる。 「カル――ぐッ!」 慌てる余り詠唱に力が入ってしまい、ブラムスに殴られた顎に激痛が走った。 至近距離。間に合わない。斬る方が速い。 ロキは振り向き様、右から左へグーングニルを薙ぎ払った。 (――?!――) 手応えは、何も無かった。ドクンッと再びロキの心臓が跳ねる。 声のした場所は間違いなく至近距離。グーングニルは間違いなくその距離を通過した。それなのに、ルシオは居ない。 絶叫は、未だ至近距離から聞こえているのに。 (いや、下か?!) ロキは下から声が聞こえてくる事に気付き、視線を落とした。 そこにもルシオは居ない。ただ、ブレアが倒れている。ルシオの絶叫は、確かに倒れているブレアから聞こえてくる。 いや、正確には違う。声は同時に別の方向、離れた場所からも聞こえていた。 ロキはその事に気付き、混乱したまま視線を上げる。遠距離に何かの『像』が見えた。 至近距離に合っていた目の焦点がそれに合わせられ、ぼやけていた『像』が明瞭になる。 その『像』は、先程の位置から走り込んでくるルシオの姿。 (何だと?! 何が――) この数瞬、ロキの思考は完全にルシオのみに向けられていた。 ★ 洵の仕掛け。それは、コミュニケーターの小型イヤホンだった。 ブレアを捕まえた時、音量を最大に上げたイヤホンを彼女の襟元に接着させておいた。 そしてブレアがロキの背後に倒れている事を確認した時、 『今だ!』 一言だけルシオに合図を出した。 成功する保証など何も無く、一か八かの賭けではあったが、まんまとハマった。 ロキは完璧にその声に反応を見せてしまっているのだから。 ロキが振り返った瞬間、洵は動いていた。 デイパックに入れておいた木刀に手を掛け、地面を滑空。 ロキの後頭部に向けて全力で木刀を振り切った。 当たる瞬間、ロキが洵に気付く気配を見せたが、既に遅い。 木刀は直撃する。衝撃が洵の掌を駆け抜け、木刀がへし折れた。折れた先端が回転しながら宙を舞い、ロキは手からは槍を落とした。 ガード・レインフォースの光が先程同様ロキの後頭部に走る。 しかし、洵渾身の一撃はガード・レインフォースの上からロキの意識を断ち切っていた。 「洵! どけっ!」 射程距離内に到達したルシオが電撃を放たんとしていた。 洵は折れた木刀を手放すと、ブレアの足を掴み、彼女を引き摺る様にその場から離脱。 ルシオから放たれた電撃が地面を稲妻形に疾走し、ロキの足から全身に伝導する。 「ぁ…………………………ッ!!!」 既に薄氷の様に脆くなっていたガードレインフォースがその電撃で消滅し、ロキは完全に無防備で感電していた。 ――無限の剣閃!―― 決定的な勝機。ダマスクスソードを引き抜いた洵の殺気がロキに突き刺さる。 ――プラチナッ!―― 間髪を入れず、ルシオの闘気が更なる電撃へと変わり、アービトレイターに注がれる。 力強く地面を蹴りつける音が2つ響き、一瞬にして3人の距離が縮まった。 ロキの背中と胸部に走る二筋の剣閃。 その剣閃をなぞるかの様に赤い血が吹き出した。 揺らめいて崩れ落ちかけるロキの身体を、幾人もの洵の連撃が無理矢理に起こす。 起こされた身体をその場に固定するかの様に、ルシオの電撃がロキを感電させる。 倒れる事すら許さない洵の剣風とルシオの雷撃が交互に、或いは同時にロキに襲いかかった。 それは『連携』と呼べるような代物ではない。 2人は互いの事など気にせず、ただ全身全霊を込めて己の技をロキにぶつけているだけなのだから。 しかし、2人の生み出す『風』と『雷』は『嵐』と変わり、巻き込んだロキの身体を剣閃で煌かせながら、赤く染め上げていく。 「奥義!」 2人は同時に切り上げた。ロキの身体は血飛沫を撒き散らしながら宙に舞い上げられる。 ルシオはその血飛沫に導かれるように跳躍し、 「ラウンドリップ・セイバーーーッ!!!」 轟雷。ルシオの全てを纏わせた剣を振りかぶり、血飛沫の中心に向かって斬り下ろした。 アービトレイターがロキの鎖骨から脇腹へと抉り抜け、骨と肉を切断する。 体内に入り込んだ電撃がロキの全身を焼きながら駆け巡った。 電撃は、出口を求めるかの様に内側から皮膚を裂き、その傷口から血液と共に体外へと放出される。 表皮を伝わる血液に乗り、一層伝導し易くなった電撃がロキの身体で縦横無尽に暴れ回る。 体内からも体外からも焼かれながら、ロキはアスファルトに叩きつけられた。 褐色だった肌は、これ以上染めようも無い程に赤く変わり果て、 それでも電撃によって肉体の痙攣が起こされる度、血液は勢い良く流れ出る。 その痙攣も、電撃のエネルギーが無くなるに連れて頻度が少なくなる。 やがて痙攣が止まったその後は、ロキの身体はもう、動く事は無かった。 ロキは既に、絶命していたから。 ★ ルシオと洵はしばらくの間、無言で立ち尽くしていた。 この場所でロキと出会ってから、時間にすれば10分にも満たない程度。 しかし、そのたった10分がどれ程壮絶な内容だったか。今も2人から流れる冷や汗が物語っている。 肉体的なダメージは重くはない。しかし、1つ間違えれば確実に死んでいた戦いだ。 精神を磨り減らした度合いは、これまでに経験した事の無い程だった。 無言で立ち尽くしているのも、単に疲弊し切っているというだけの事。 今は2人とも、ただ休みたかった。 「……うぅ……」 沈黙を破ったのはブレアからの呻き声。それを聞いた2人は同時に振り返る。 横たわっているブレアは、まだ起き出す様子は無い。 洵は布を取り出すと、ダマスクスソードに付着している血を拭いながら口を開いた。 「行くぞ」 「……そうだな。……ブレアはどうする?」 「連れて行く。望み通りに助けてやったんだ。恩返しはしてもらわんとな」 布を捨て、洵はブレアへと歩を進める。 ルシオはロキの方向へと向き直すと、今尚残る魔方陣を見た。 主も行き場所も失った魔力は、生成された時とは逆に徐々に光を失い、空中に飛散する様に静かに消えていく。 その様子はどことなく儚げで、ルシオの目を惹いた。 まるで、魔方陣と共にロキの魂も消滅していくような。 そんな錯覚を抱きながら、ルシオは魔方陣を眺めていた。辺りが再び暗闇を取り戻すまで。 【E-01/黎明】 【洵】[MP残量:0%] [状態:顔、首、腹部の打撲:戦闘にはほとんど支障がない 全身に打撲と裂傷 肉体、精神的疲労大] [装備:ダマスクスソード@TOP,アービトレイター@RS] [道具:コミュニケーター@SO3,アナライズボール,@RS,スターオーシャンBS@現実世界,荷物一式×2] [行動方針:自殺をする気は起きないので、優勝を狙うことにする] [思考1:民家へ戻り身体を休める] [思考2:ルシオ、ブレアを利用し、殺し合いを有利に進める(但しブレアは完全には信用しない)] [思考3:他の事は後で考える] [備考1:木刀は折れました] [備考2:ブレアの荷物一式は洵が持っています] 【ルシオ】[MP残量:0%] [状態:身体の何箇所かに軽い打撲と裂傷 肉体、精神的疲労大] [装備:アービトレイター@RS] [道具:マジカルカメラ(マジカルフィルム付き)@SO2     コミュニケーター,パラライズボルト〔単発:麻痺〕〔50〕〔50/100〕,万能包丁@SO3,     10フォル@SOシリーズ,ファルシオン@VP2,空き瓶@RS,グーングニル3@TOP     拡声器,スタンガン,ボーリング玉@現実世界,????×1,荷物一式×4] [行動方針:レナスを……蘇らせる] [思考1:民家へ戻り身体を休める] [思考2:洵と協力し、殺し合いを有利に進める] [思考3:ブレアから情報を得る] [思考4:他の事は後で考える] [備考1:ロキの荷物を回収しました] 【IMITATIVEブレア】[MP残量:100%] [状態:気絶中 腹部の打撲 顔や手足に軽いすり傷] [装備:無し] [道具:無し] [行動方針:参加者に出来る限り苦痛を与える。優勝はどうでもいい] [思考1:???] [備考1:ロキが死んだ事は知りません] [現在地:E-01南部。二股の道] &color(red){【ロキ死亡】} &color(red){【残り20人+α?】} ---- [[第121話>夢は終わらない(ただし悪夢)(前編)]]← [[戻る>本編SS目次]] → ― |前へ|キャラ追跡表|次へ| |[[第119話>盤上の出来事]]|洵|―| |[[第119話>盤上の出来事]]|ルシオ|―| |[[第119話>盤上の出来事]]|IMITATIVEブレア|―| |[[第119話>盤上の出来事]]|COLOR(red):ロキ|―|
**第122話 Carnage Anthem ロキまでの距離は、後10メートル程。 無意識の内に、ルシオは剣を握り直していた。 ロキから浴びせ掛けられている殺気は、否応無しにあの時の事をルシオに思い起こさせていた。 ヴァルハラ宮殿の『水鏡の間』でロキと戦い、掠り傷の1つすらも負わせられずに殺された、あの時の事を。 その身に甦るのは、憎悪、狂喜、破滅の入り混じった、不死者達よりも遥かにおぞましく、歪んだロキの波動。 あの時は、その波動に当てられただけで圧倒的な力の差を思い知った。 その魔力の込められた一撃をどうにか防いだ時、自分には一片の勝機も無いのだという事を思い知った。 それでもルシオは戦った。虚勢とも取れる言葉を吐きながら、必死で抗った。 ヴァルキリーの封印された記憶を取り戻す為に。もう1度プラチナに、ヴァルキリーではなく、プラチナに会う為に。 彼は死ぬ訳にはいかなかったから。 斬りつけられた激痛で、足を踏み外した事にも気付かなかった。 落下した事を理解したのは床に叩きつけられた後。高い天井と、輝いている水鏡を見つめていた時だ。 既にその時、ルシオの魂は空間に溶け込むかのように消滅しつつあった。 魂の死。輪廻の理から外れていく実感。肉体の死では味わう事の無かった感覚。 ルシオはその実感にゆっくりと侵食されていった。 自分が消えていく恐怖にじわじわと包まれていった。堪えきれず、叫ぼうとした。 だが、声は出せなかった。身体に力は入らない。声を出せる状態では無かった。 ルシオに出来る事は、水鏡を見つめ続ける事だけだった。 水鏡の間の床は冷え切っていた。 その場所は、これまでルシオが触れてきた何よりも、冷たかった。 到底這い上がる事も叶わない奈落の底の様に思えた。 薄暗い意識の中でも眩しく映る水鏡の強い輝きと、感じていた床の冷たさ。 それが最後の知覚となり、ルシオは無に飲み込まれた。 後には、何も残らなかった。 ロキまでの距離は、後5メートル程。 無意識の内に、ルシオは剣を握り直していた。 今、目の前に居るのは、ルシオを消滅させた張本人。絶望感と無力感を植えつけた男。 だが、今はあの時とは状況が違う。 今のロキには解放された真の能力もドラゴンオーブの魔力も無い。 加えて、ブラムスに敗北して手負いの状態。下級神としての能力も充分には出し切れない筈。 それらの事実を、ルシオは改めて確認する。 あの時とは違う。勝機は有る。 そう自分に言い聞かせるように。自分を納得させるかのように。 ロキはもう目前だった。いつもの薄ら笑いは、無い。 無意識の内に、ルシオは剣を握り直していた。 ★ (……妙だ) 走り込みながらもロキの動きを警戒していた洵は、1つの違和感を覚えた。 迫る洵とルシオに向かって、ロキから放たれている凄まじいまでの殺気。 並の者、例えばミランダ辺りの参加者なら、この殺気だけで身体が萎縮し、その場に硬直してしまうだろう。 思わずその様な事を連想させる程の圧力を、洵は今その身に受けている。 だが、その攻撃的な圧力とは裏腹に、ロキはまるで防御に徹するかのように槍の側面を洵達に向けている。 魔術を使用する気配も感じられず、ただ2人を待ち構えているのみだ。 ヴァルキリーやブレア、ルシオの話によれば、ロキは魔術師でありながらも武器の心得も有り、槍もある程度自在に扱える筈。 攻め手はいくらでもあるだろうに自分から攻撃を仕掛けようとせず待ちに徹するというのは、 “人間ごときが相手なら本気を出すまでもない” そういった類のプライドが邪魔をしての事だろうか。だとしたら、 (侮られているという事ならば……構わん。寧ろ、ありがたい!  その驕りに塗れたまま死んでくれるのならな!) そう、ありがたい。 相手が油断している間、力を出し切らない間に勝負を決められるのなら、それに越した事は無いのだから。 洵は戦闘を楽しみたい訳でも実力を競い合わせたい訳でもない。目的はあくまでも自分が生き残る事。 極力ダメージを避けられるのならば、戦闘の過程に意味などは無い。 ロキの出方を窺う為に先を走らせていたルシオが、目測だがもう数歩でロキの間合い内に入る位置にまで距離を詰めた。 ロキの持つ槍は片手でも扱える大きさ。とは言え、贔屓目に見ても2人の持つ剣よりもリーチは長い。 待ちに徹するとしても普通に考えれば先手はロキの筈である。洵はルシオを援護出来るよう、両剣を構えた。 (さあ、どう出る!) ★ (これは……そういう事! ……まずいわね) ルシオと洵を待ち構えているロキに違和感を覚えたのはブレアも同様だった。 だが洵とは違い、ブレアの抱いた違和感は一瞬後には氷解する。彼女の持つ『事前情報』によって。 ブレアの持つ『事前情報』とは“情報を知らされている”程度の物ではない。 完全に数値化された全参加者のステータスがその頭脳の中にインストールされているのだ。 参加者達は『意志』や『感情』という、純粋なプログラムであるブレアには理解不能な要素を持っている為、 参加者達の思考や行動方針を完璧に分析する事は流石に不可能であるが、こと戦術においてはその限りではない。 戦術的思考とは合理的判断に基づいて決定される場合が多いからだ。 先程までの様にノイズの妨害も受けていないブレアには、対象者のステータスに現在状況を照らし合わせて 戦術的思考を分析、判断するのは容易い事だった。それは対象があのロキでも例外ではない。 しかし、ブレアの分析したロキの行動から導き出される結論。それはブレアとしても望ましくない結論だった。 (まさかロキがこれほど慎重に戦う気になるなんて……  このままでは、ルシオと洵は殆どロキにダメージを与える事無く殺される確率が高い……) ロキは今、全力をもって確実に2人を始末しようとしている。 確かにロキと2人を戦い合わせる前に行った計算では、ロキが最初から全力を出す可能性も導き出されていたが、 疲労、ダメージの残るロキは、格下の2人に対しては力を温存して戦おうとする確率の方が遥かに高かったのだ。 力を温存して戦うのならば、今のロキではルシオと洵を簡単には倒しきれず、 結果として体力の消耗は激しいものとなる計算だったが、現実にはロキは力の温存よりも全力を出す方を選んでしまっている。 これでは期待していた程にはロキを疲弊させる事も叶わず、2つの駒は無駄に失われる事となってしまう。 (動くべき……かしら?) ブレアの目的はロキを疲弊させる事だが、ルシオ達に任せているだけでは期待していた程の結果は得られない。 計算と同等の、またはそれ以上の結果を出すにはブレア自身が動く必要が出てきていた。 しかし、動けばその分ロキに裏切りがばれる確率も高まり、ばれれば最悪殺される事も有り得る。 (……いえ、折角のチャンスだけど、私の身が危険になる確率は低い方が良いわ。  ここは、これ以上動かない方が良さそうね。……そうと決まれば……) ブレアは服についた砂を叩きながら立ち上がり、街道を外れた茂みの方へと目を向ける。 戦闘が終わるまでは彼女にやる事はもう無い。だったら少しでも安全な場所へと避難した方が良いだろう。 ルシオとロキが今まさに交錯しようとする時、ブレアは静かに移動を始めた。 ★ ルシオがロキの間合い内に到達しようとする丁度その時、 ルシオとは反対側から走り込んでいた洵が、ロキに向かって両剣から衝撃波(スプラッシュ)を放った。 それに合わせ、そこまでただ待ち構えていただけのロキが漸く動きを見せる。 フッと息を吐くと、短く持った槍を素早く横薙ぎに一閃。それだけで2つの衝撃波が撃ち消された。 だが、単発のスプラッシュ程度が通用しない事はルシオも洵も想定している。狙いはルシオがより安全にロキに接近する事。 ルシオはその瞬間身を低く沈ませて踏み込むと、一気に自らの間合いギリギリまで入り込み、ロキを見上げた。 洵は再び援護の体勢を取り、射抜くような視線でロキを捉えた。 「食らえ!」「そりゃあぁぁッ!」 ルシオはロキの胴を狙い、下段に構えていた剣を振り上げる。洵は走り込みながら連続して衝撃波を撃ち続ける。 それらに対し再び、そして先程よりも圧倒的に素早く、巧みに振るわれるロキの払い返し。 その一撃は、たった一振りでルシオの剣を上方へと流し、同時に洵の方向へ洵同様の衝撃波を繰り出した。 いや“同様”とは言い難い。ロキの繰り出した衝撃波は洵のそれを遥かに凌駕していたのだから。 『ちぃ!』 小さな舌打ちがイヤホンを通じてルシオに伝わった。 洵の撃ち出した多数の衝撃波。その全てがたった1発の衝撃波に飲み込まれ、消されていく。 スプラッシュ自体は本来攻撃力の高い技ではないが、ハーフとは言え巨人族の血を引くロキの力で繰り出されたなら話は別だ。 流石にこれを直撃させる訳にはいかない。 しかしルシオがフォローを入れるまでもなく、洵は咄嗟に前方へ跳躍して衝撃波を回避した。 前方、即ちロキの方向。攻撃の手を休める気は無いらしい。 『撃たせるなルシオ!』 『分かってる!』 洵の指示よりも先に、ルシオは弾き上げられていた剣に闘気を込めていた。 宙に浮いていてこれ以上回避のしようが無い洵を援護する為に。 洵は、空中で再び衝撃波を連打する。 自身を援護させる為の、ルシオへの援護射撃の為に。 ルシオはその気配を感じ取り、剣を全力で振り下ろした。 「ラウンドリップ・セイバーーーッ!!」 電撃に似た性質の闘気を纏わせた剣で、強引に敵を仰け反らせて隙を作り出すルシオ最大の奥義。 ルシオが両手持ちで振り下ろすその剣を、ロキは“軽々と”といった様子で槍を回転させ、弾き返そうとした。 が、剣と槍が交差した瞬間、ロキの身体が衝撃に流される。 「何ッ?!」 予想外の威力だったのだろう。ロキは動揺の声を漏らし、驚愕の表情を浮かべた。 仰け反りの隙を目掛ける、続け様のルシオの二撃目と洵の衝撃波。 崩れたと思われたロキの体勢は、しかし、瞬時に立て直されていた。 ロキは槍を両手で握ると、まるで風車の様に回転させて2人の攻撃を迎え撃つ。 その遠心力は、洵の衝撃波を掻き消しながらルシオの二撃目を、ラウンドリップ・セイバーをも弾き返した。 最大の奥義がたった二撃目で破られた現実。本来ならば心が折れかかっても不思議は無い状況だが、それでもルシオは怯まない。 寧ろ、ルシオの表情に浮かんだのは絶望ではなく、ある種の希望だった。彼は手応えを感じていたのだ。 ルシオは弾かれた勢いに身体を任せ、着地する洵を尻目に三撃目をフルスイングした。 しかしロキの風車も更に回転を増しており、またもルシオの剣は弾かれる。衝撃波は既に全て消されていた。 『合わせろ!』 そこで洵が風の如き勢いでロキの前に躍り込む。 間髪入れず、風車の回転に逆らう様に叩きつけられる洵の両剣に合わせ、ルシオは四撃目を斬り上げた。 ほぼ同時に鳴り響く二つの金属音。 2人の剣はそれぞれが槍の両端を殴り抜け、遂に風車の勢いを完全に相殺した。ロキの槍は僅かながら逆方向に弾かれている。 「チッ!」 今度はロキが舌を打つ番だった。 ロキが硬直した一瞬の隙間、洵は跳び込んだ。身体ごとぶつけるかの様な勢いで槍の上から切り抜ける。 そのままロキの脇を通り抜け、背後を取ろうと動く洵。 彼を目で追うロキに向かい、更に強大な闘気を纏わせたルシオの剣が荒々しく振り下ろされる。 雷鳴のような轟音が鳴り響くも、槍に阻まれロキに直撃はしない。 だが、ロキの身体をその場に釘付けにし、洵が回り込む時間を稼いだ。 回り込んだ直後、振り向き様の二連撃がロキの後頭部へ疾走する。 紙一重の所で屈まれ、剣の下に潜られるも、その二剣がルシオの大振りの隙を埋め、 そしてロキが反撃に転じるよりも早くルシオを攻撃動作に移らせた。 連続してぶつかり合う2人の剣とロキの槍。それにより奏でられる金属音は、徐々にテンポを上げていく。 エインフェリア達が魅せる見事な連携は、ロキに割り込む余地を与えなかった。 過去、共闘した事は数える程度しか無い彼等だが、2人の根底に共通するエインフェリアとしての日々が、 ヴァルキリーの元で、ヴァルキリーの戦術を基礎として己を鍛え上げていた日々が、 互いを良く知る間柄ではなく、共に戦った経験が少ないルシオと洵に絶妙なコンビネーションを確立させていた。 武器から飛び散る火花は、暗闇の街道にロキの姿を明瞭に照らし出す程に凄まじい。 正面から、側面から、背面からの連携。或いは前後、そして左右からの挟撃。 2人はロキを中心とした円を描くかの様に動き、ありとあらゆる角度から斬りつける。 互いが互いの隙をカバーし合い、絶え間無く攻め立て、ロキを防戦一方に追い込んでいた。 とは言え、真に見事なのはロキの方かもしれない。 ロキは未だにルシオ達の振るう剣を一太刀たりともまともには受けていないのだから。 それでも2人の繰り出す剣閃は、幾本かに1つの割合でロキの衣服を、髪を、皮膚を確かに掠め、確実に傷跡を残していた。 そしてその掠める間隔は徐々に狭まってきている。それは、ロキが2人の剣を捌き切れなくなって来ている確かな証拠。 ――いける!―― ルシオの感じていた手応えは確信へと変わっていた。 直接打ち合わせている剣の衝撃と、それにより生じる手の痺れが、ルシオに伝えてくれる。 自らに言い聞かせた言葉を、実感を伴わせて理解させてくれる。 今のロキは、決して手が届かない程の存在ではないという事を。 かつての力も、恐怖も、絶望も存在しないという事を。 確かに単純な力比べでは今もロキが上を行った。 ラウンドリップ・セイバーの一撃ですら力負けをするのだからそれは認めざるを得ないが、それも大した問題ではない。 今はその差を埋めてくれる頼もしい仲間が居る。洵との連携が有れば、ロキの攻撃をも跳ね返せるのだから。 一刀一刀打ち合わせる毎に、心のどこかに今も存在していたロキへの恐れが払拭されていく。 それに連れてルシオの動きが徐々に軽快になり、ロキへと振るわれる剣が鋭さを増していく。 このままいけば、ルシオの剣がロキを捉えるのは時間の問題だ。 (勝てる! 今度こそ、ロキを倒せる!) ルシオはそう確信を持っていた。 ――やはり、何か有る―― 一方の洵は攻撃を続けながらも、最初に感じていた違和感を消す事が出来ていなかった。 確かに今攻め立てているのは洵達の方だが、 実の所、ロキは2人のこれだけの猛攻を受けながらも最初から殆どその場を動いていないのだ。 槍で捌くだけでなく、足を使って攻撃を回避をしていればここまで防戦一方の状況に陥る事は無い筈。 それでも動こうとしないのは何故なのか。 それもやはり2人を侮っているからだと思えなくも無いが、相手はロキ。 ルシオを利用して巧妙にドラゴンオーブを盗み出し、ラグナロクを引き起こした策士。 “侮りを見せている”と考えるよりも“何かを企んでいる”と思えてしまうのは仕方ない事だろう。 『いける!』 時折イヤホンから伝わるルシオの呟きの様子からは“ロキが策を持っている”などとは予想もしていない事が窺える。 菅原神社で見せたような洞察力が働いていないのは、ロキが相手故の焦りか、または気負い過ぎか。 何にせよ、ロキの策を看破するには頼りになりそうもないルシオに対し、洵は八つ当たりに近い腹立たしさを覚えていた。 (チッ! ルシオは当てにならんな。  ロキ……こいつが何を考えているのかは読めんが……) 洵にはロキの策は全く予想がつかないが、 ロキがどのような策を持っていたとしても、今の攻撃を中断する訳にはいかなかった。 このまま攻め続ける事が出来ればいずれ自分達の剣がロキに届く。その未来像は洵にも見えているのだから。 今を逃してしまえば再びこの様な好機が来るという保証は無く、 ロキの策を警戒して攻撃を中断する事は、勝機を失う事になりかねない。 (読めんのなら、こいつが策を施す前に片を付けるしかない。ならば…………む!?) 至極単純な結論を出し、次の一手を打とうとした正にその時、洵は気付いた。 ロキが今、何かを呟いている事に。 「――――――――まあ、こんなところだな」 はっきりと聞き取れたのは最後の言葉のみ。 その呟きの意味を考える間も無くロキの雰囲気が一変し、瞬間、洵の全身を冷たいものが通り抜ける。 洵は直ちに剣を止め、弾かれる様にロキから離れた。ワンテンポ遅れてルシオがロキから離れる姿が視界に入った。 直後、今まで2人が居た地面の上に黒い怨念の様な影が出現し、爆発するかの様な勢いで隆起した。 ロキの姿が一瞬にして、影と、影に巻き上げられた砂煙に包まれて見えなくなる。 巻き起こされた風圧で舞い上がる砂埃が容赦無く顔に降りかかり、反射的に洵は両手で顔を庇い、目を細めた。 (シャドウ・サーヴァント!?  これがただのシャドウ・サーヴァントか……!) 自身の知るその魔術と余りにも規模の違う圧力に驚きの表情を隠せなかったが、唖然としている暇は無い。 洵は、自分とは離れた位置に退避したルシオを見た。 ルシオも同じ様な体勢で顔を庇いながら、洵の様子を窺っているらしい。 『無事か?』 『ああ、何とか。そっちは?』 『問題無い』 どうやらルシオも上手く避けた様子だ。 素早くその確認を終えると、洵は治まりかけた砂埃の中で、油断無く砂煙の中心に向かい構えを取った。 ロキの気配は未だその場に有るが、あの様な威力の魔術を見せられては今までの様に斬りかかる事は少々躊躇われる。 攻め方を変えるべきか否か。逡巡していると、砂煙の中からロキの声が響いてきた。 「フン、良く今のを避けたな。  流石はレナスの選定したエインフェリア様達……だよな? 倭国人のお前もそうなんだろ?  中々の状況判断だ、褒めてやろう。だけどな、――」 再び、全身に鳥肌が立つかの様な強烈な寒気。 ロキから異常な波動が、とても神の物とは思えない程に禍々しい魔力が、瞬時に周囲に広がった。 砂煙が全て吹き飛び、ロキの姿がその場に現れる。 ロキは、青白く光り、薄く透き通る結界に覆われていた。 その結界は、魔術師が自らの魔術に巻き込まれない為、相殺用に使用する守護方陣。 「――死ね」 そして、ロキの魔力が彼の足元に渦を巻く様に集まりだし、次第に形を成し始め、輝きを帯びて行く。 洵は一目で理解する。それは要するに―― 『大魔法だって!?』 ルシオも理解したらしく、呟いた。 そう、確かにロキが生成している物は、大魔法を発動する為の魔方陣。 恐らくは大魔法の威力を最大まで引き出す方陣を作り出そうとしている。 魔術を扱えない洵やルシオでも、これまで幾度となく仲間達が使用するのを見てきたのだ。その位の知識は有るし、判断も出来る。 しかし、今このタイミングでロキが大魔法を選択する理由が不明だった。 詠唱を終えるまで2人が黙って見ているとでも考えているのだろうか。 (今までは魔術を使用せず、今度は誰の援護も無しに大魔法だと?  ……やはり俺達を侮って…………いや、違う!?) そう、侮りではない。その事に漸く洵は気付いた。 ロキはやはり策を持っていた。2人を一度に葬り去る策を。 (予行演習……か!) つまり、全ては大魔法を発動する為の予行演習だったのだ。 大魔法を発動するには、術師が魔方陣の中に居る必要が有る。 ロキがその場から動こうとしなかったのは、魔方陣の中から動かずに2人に対処する事を想定した為。 大魔法詠唱時には別の魔術を使用出来ない。 魔術を使わずに槍のみで防御に専念していたのも、その事を考慮した為。 そして先程の呟きは、聞き取れた言葉から推測するに、 方陣の生成と大魔法発動までに必要な時間を計る秒読みか何か。(どの時点からの計測かは不明だが) 『くそっ! なめるなッ!』 ルシオが叫び、ロキに向かい駆け出していく。 “いや違う、なめてなどいない”そう洵は思った。 ロキは初めから今まで全力を出していた。 ブラムスに負わされた傷の残る身体で2人の攻撃を捌き切れるか、全力で確かめていた。 そして、魔方陣生成から大魔法を詠唱し切るまでの間ならば洵達の猛攻を捌き切れると判断したのだ。 だからこそ今、魔方陣生成に踏み切っている。 攻め込んでいたのは確かに洵達2人だったが、追い込まれていたのもまた2人の方だったという事か。 魔術軽減用の装飾品も持たない今この大魔法を食らえば、洵達が生き残れる可能性は、無い。 (まずい、どうする!?) 洵は街道を素早く見回して、唇を噛んだ。 この街道には大魔法をやり過ごせそうな場所や遮蔽物は何も無い。 道外れにはそれなりに木々も生えているが、そんな物ではシャドウ・サーヴァントですら防げそうもない。 身を護るという選択肢は選べない。何時の間にか、冷や汗が全身を濡らしていた。 ロキの魔方陣が完成する。 この規模の魔方陣により放たれる大魔法からは、逃げ切る事も難しいだろう。 だとしたら、攻めるしかない。 (今までの様な戦い方では勝ち目は薄い……だが、付け込める筈!) ロキが大魔法を放とうとしている今なら魔術での反撃は来ない。そしてロキはあの場所を動けない。 予めそれが分かっていれば、遣り様は有る。 出しそびれた一手は今も有効だと判断し、洵は殺意を込めて地面を蹴りつけた。 “手数を増やす”という至極単純な、しかし、洵最大の一手を出す為に。 「千光刃ッ!!!」 ★ 「其は、汝が為の――」 ロキの詠唱開始と連動するかの様に、洵の姿がブレた。 数瞬後、先に走り出していたルシオよりも早く、洵がロキの目前に現れる。 すれ違い様に散らされる、今までよりも一際大きな火花。 洵は残像を残してロキから離れ、そして残像が消え去らない内に再びロキへと舞い戻る。 ルシオはその二撃目に合わせようと斬りかかる。が、上手くタイミングを合わせる事が出来ない。 まるで突風の様に移動する洵の攻撃と自分の攻撃のタイミングが合わず、あっさりとロキに捌かれた。 「――道標なり。――」 洵はルシオの後方へと駆け抜けて行く。 ならば次はルシオと同じ角度で洵が攻撃を仕掛ける筈。それならルシオも攻撃を合わせ易い。 後方で地面が蹴りつけられる音が響き、洵がルシオを追い抜いた。 このタイミングなら合わせられる、とルシオが動く。しかし、2人よりも早くロキは動いていた。 ロキは地面に槍を叩きつける。アスファルトを大量の石つぶてと変え、そのまま2人に向かって振り抜いた。 石つぶてはまるで散弾の様に放たれ、高速で石つぶてに向かう形となった洵に容赦なく降り注いだ。 洵は散弾の殆どを全身に受けて吹き飛ばされ、ルシオも散弾を防ぐ為、強制的に攻撃を中断させられる。 「――我は頌歌を以て、――」 洵は身体を震わしながらも起き上がるが、流石に千光刃へのカウンター。ダメージは小さくない様だ。 しかし、気に掛けている暇は無い。詠唱が終わってしまえば待つのは死のみなのだから。 ルシオがそう考え、ロキにもう1度斬りかかろうとした時、洵は茂みの方へと走り出し、暗闇の中へ消えて行った。 『洵!?』 返事は無かった。 イヤホンから聞こえてくる音は、草木を掻き分けて走る足音のみ。 もう時間が無いのに何処に行くというのか。ルシオは状況を上手く理解出来なかった。 洵が逃げたのだという発想は、彼には出なかった。 「――汝を供宴の贄と――」 兎に角、ロキを止めなくてはならない。 ルシオは剣を振り被ろうとし、視界に入ったのはロキの腕が槍を引く動作。 その尋常ではない腕の速さから繰り出される槍の速度が連想され、ルシオは思わずアービトレイターを盾代わりに構えた。 連想通りの速度と予想以上の威力が、ルシオの構えた剣ごと貫くかの様な迫力で突き出され、ルシオの身体は後方に弾き飛ばされる。 (…………え?) ロキとの距離が離れてしまった。 「――捧げよう」 詠唱が、終わるというのに。 止められない。そう認識した時、ルシオの感覚がスローになり、視界が白く染まる。 ロキの口元がゆっくりと上がる。あの時に見た薄ら笑いがそこに有る。 ルシオは何も考えられずに、ただ見ていた。 まるであの時の水鏡の輝きに包まれているかの様な、真っ白に染まった世界で、ロキの口が開くのをただ見ていた。 『――うっ――』 何か鈍い音と、呻き声がどこか遠くで聞こえた気がした。 次の瞬間、ロキが勢いよく後ろを振り返る。 1秒が経ち、2秒が経ち、3秒が経ち、大魔法はまだ発動されない。 そこで漸くルシオはハッと我に返り、無意識に音の発生源を触る。 (今のは?) イヤホンからの音声。つまり洵の居場所での音だ。 しかし、洵の声には聞こえなかった。今の声は―― 『ルシオ、黙っていろ』 続けて聞こえてきたのは、洵の押し殺した様な声と、茂みを駆け抜けているかの様な草の擦れる音。 その一言でルシオは洵の考えを理解した。 平瀬村の民家での事だ。洵と支給品の確認を行っている際、2人が思い付いた手が有った。 洵は今その手をロキに仕掛けようとしている。ならば、ルシオは動いてはならない。 だが、今ロキが大魔法を発動しなかった理由は謎だった。洵は何をしたのか。 ロキが振り向いている方向は洵が消えた方向ではないが、タイミングを考えれば洵が何かをした事は明白。 ルシオもロキの見るその方向を注視する。暗闇の中には取り立てて目を引くような物は――――有った。 魔方陣の放つ光のせいで今まで気付かなかったが、 茂みの奥、街道から少し離れている場所に、青白い光が浮かび上がっている。 (あれは……結界? じゃあ……) その方向から近付いてくる草の音。ルシオの耳に伝わる音と同じ音。 その音と共に、洵が茂みから跳び出してきた。 左肩にブレアを担ぎながら。 ★ 正直な所、洵は逃げ出す気で茂みに跳び込んだ。 千光刃が破られ、詠唱も半ばまで過ぎてしまえば、もう洵にはロキを切り崩せる手段は無い。 逃げ切れる可能性は限りなく少ない物の、それでもルシオを犠牲にすればどうにかなるかもしれない。そう考えて逃げ出した。 故に、走っている際にその輝きが視界に入ったのは紛れも無い偶然だ。 戦闘中は露ほども思い出さなかったブレアの存在。 偶然視界に入った結界の輝きの中にはブレアが居た。そこで洵は、ロキにブレアを護る意思が有る事を認識した。 一か八か。 ブレアを護る意思がロキに有るのならば、それを利用出来るかもしれない。 洵は咄嗟に走る方向を変え、結界を目指す。 結界内のブレアが洵に気付き、困惑の表情を向ける。 瞬く間にブレアに詰め寄った洵は、ブレアの鳩尾に拳をめり込ませた。 「うっ」 低い呻き声を上げて倒れ込むブレアを一旦は支え、直ぐ様結界内から放り出した。 待つ事数秒。ロキが詠唱を終えている事はイヤホンを通じて知っていた。終えているにも拘わらず、大魔法は発動されない。 やはり、と洵は1つ頷いた。 これでロキにブレアを護る意思が有る事は確実。ブレアはとりあえず大魔法への抑止力になる。これは、新たな勝機だ。 その確信を得た洵は、ブレアに1つの仕掛けを施し、そしてルシオに一言指示を出した。 それは、ロキを殺す為の仕掛けと指示。所詮は賭けに過ぎないが、やるだけの価値は有る。いや、やるしかない。 ブレアを連れて逃げればこの場は凌げるだろうが、そうすれば今後はロキに追われる状況になる。 ルシオを失ってのロキとの再戦など、益々洵に勝機は無い。僅かにでも勝機が有るのは、今、攻めてこそ。 洵は気絶しているブレアを担ぎ上げると、街道に向かって走り出し―― ――茂みから街道へと跳び出した洵は、ブレアをそのまま担ぎながらロキへと向かった。 ロキは、怒りと殺気に満ち溢れた表情で洵を睨み付けている。 (千光刃ッ!) 洵はロキの槍の届かない距離を保ち、ロキの周囲を回る様に跳び始めた。 先程はたった3回目で止められた千光刃だが、今度は速度を最大まで上げてから勝負を仕掛ける。 硬いアスファルトを1つ蹴る毎に、洵の速度は増していく。 既に、普通の人間には目で追えない程。洵の姿が何人にも見える程に速度は上がっているが、 ロキの鋭い眼光は洵を追い続けている。確実にロキには洵が見えている。 しかし、残像が何体居るのか洵自身にすら把握出来なくなった時、ロキの視線が僅かに洵から遅れた。 (ここだッ!) 洵はロキに向かって跳んだ。 同時に左手で支えていたブレアをロキに向かい突き飛ばす。 完全にロキが右腕に持つ槍の死角に入った。 ロキの槍の軌道ではブレアを貫かない限り洵には届かない。そしてブレアを退かさない限り槍で防御も出来ない。 ブレアの身体がロキに接近する。そのブレアの脇をすり抜ける様に洵はロキに肉薄した。 「そりゃあぁぁぁ!!」 洵の剣が光を切り裂き、閃光へと変わり、真っ直ぐロキの首へと猛進する。ロキの槍は動かない。 “殺った”洵はそう確信した。が、 ガンッ! まるで硬い物に斬りつけた様な音が辺りに響く。 剣が当たったのは首ではなく、ロキの左腕だった。 新たな関節が出来たかの様に、異常な方向に折れ曲がっている。ロキは左腕で首を護ったのだ。 (馬鹿な?!) 洵にはその事実、自らの剣が生身の左腕を切断すら出来なかった事実が理解出来なかった。 だが、続いてロキの腕に走った光を見て気付く。 それは、防御力を高める魔術『ガード・レインフォース』の光。 何時の間にかロキが掛けていたその魔術が、本来切断される筈の左腕を骨折程度のダメージまで軽減していたのだ。 それに気を取られた時間はほんの僅か。しかし、洵の顔面をロキの左脚が捉えるには充分だった。 洵の身体は数メートル後方へ飛ばされ、手から落ちたアービトレイターが街道を滑っていく。 洵は地面を転がるも、すぐに体勢を立て直しロキを見やる。 ロキはブレアを自らの背後に無造作に倒していた。 そして、自身を覆っていた結界を少し広げ、ブレアを完全に包み込んでいた。 既に今、ロキが大魔法発動を躊躇う理由は無くなった。 ★ ブレアを人質に取る。 確かにそれは“ブレアの仲間であるロキ”に対しては有効な手段だろう。 当然ロキもそれは予想していた。相手に明確な弱点が有るならば、それを狙うのは戦闘の基本。 逆の立場ならロキもそうするだろうし、その場合の対応策も考えていた。 だが、あくまでもロキの対応策は、相手がブレアに危害を加える気が無い事が前提となる。 まさかエインフェリアが、あのレナスが直々に選定した筈のエインフェリアが、 無力かつ無抵抗なブレアを今の様に『盾』として使うというのは予想外の事だった。 倭国人がロキの攻撃をブレアで防ぐ気ならば、ブレアを殺さずに倭国人だけを狙う事は不可能に近い。 ロキも無理にブレアを生かしておく気は無いが、 遥か格下の人間如きとの戦闘でブレア1人も護り切れない。そんな事はプライドが許さなかった。 そこでロキは、動き回る倭国人からわざと視線を外して隙を見せ、誘い込んだ。 ブレアを護る為ではなくプライドを護る為。ロキは左腕を差し出し、ブレアを奪還する事を選択したのだ。 左腕を差し出すと言っても、失う覚悟を決めたのではない。 複数の魔術を同時に発動する技『インディス・クリミネイト』。 シャドウ・サーヴァントを放った時、ロキはこの技で同時にガード・レインフォースも発動し、自らの防御力を高めていた。 つまり、最悪でも腕を切断される事は無い。その確信の上で、この一見捨て身とも思える策を選んでいた。 (終わりだ!) ブレアを奪還すれば、後は、2人の息の根を止めるだけ。 ロキは、溜め込まれている膨大な魔力を魔方陣から解き放つ為、魔術の名称を叫ぼうとした。 その時―― 「うおあああああァァァァ――」 (何ッ!?) ロキの背後、それも相当な至近距離からルシオの絶叫が響いた。 その瞬間、ロキに動揺が走り、ドクンッと心臓が1つ大きく跳ねる。 そんな場所に居る筈が無い。気配など感じられなかった。接近された事に気付かなかったなどとは有り得ない。 思考が入り乱れ、停止する。焦りから一瞬で全身が熱くなる。 「カル――ぐッ!」 慌てる余り詠唱に力が入ってしまい、ブラムスに殴られた顎に激痛が走った。 至近距離。間に合わない。斬る方が速い。 ロキは振り向き様、右から左へグーングニルを薙ぎ払った。 (――?!――) 手応えは、何も無かった。ドクンッと再びロキの心臓が跳ねる。 声のした場所は間違いなく至近距離。グーングニルは間違いなくその距離を通過した。それなのに、ルシオは居ない。 絶叫は、未だ至近距離から聞こえているのに。 (いや、下か?!) ロキは下から声が聞こえてくる事に気付き、視線を落とした。 そこにもルシオは居ない。ただ、ブレアが倒れている。ルシオの絶叫は、確かに倒れているブレアから聞こえてくる。 いや、正確には違う。声は同時に別の方向、離れた場所からも聞こえていた。 ロキはその事に気付き、混乱したまま視線を上げる。遠距離に何かの『像』が見えた。 至近距離に合っていた目の焦点がそれに合わせられ、ぼやけていた『像』が明瞭になる。 その『像』は、先程の位置から走り込んでくるルシオの姿。 (何だと?! 何が――) この数瞬、ロキの思考は完全にルシオのみに向けられていた。 ★ 洵の仕掛け。それは、コミュニケーターの小型イヤホンだった。 ブレアを捕まえた時、音量を最大に上げたイヤホンを彼女の襟元に接着させておいた。 そしてブレアがロキの背後に倒れている事を確認した時、 『今だ!』 一言だけルシオに合図を出した。 成功する保証など何も無く、一か八かの賭けではあったが、まんまとハマった。 ロキは完璧にその声に反応を見せてしまっているのだから。 ロキが振り返った瞬間、洵は動いていた。 デイパックに入れておいた木刀に手を掛け、地面を滑空。 ロキの後頭部に向けて全力で木刀を振り切った。 当たる瞬間、ロキが洵に気付く気配を見せたが、既に遅い。 木刀は直撃する。衝撃が洵の掌を駆け抜け、木刀がへし折れた。折れた先端が回転しながら宙を舞い、ロキの手からは槍が落ちた。 ガード・レインフォースの光が先程同様ロキの後頭部に走る。 しかし、洵渾身の一撃はガード・レインフォースの上からロキの意識を断ち切っていた。 「洵! どけっ!」 射程距離内に到達したルシオが電撃を放たんとしていた。 洵は折れた木刀を手放すと、ブレアの足を掴み、彼女を引き摺る様にその場から離脱。 ルシオから放たれた電撃が地面を稲妻形に疾走し、ロキの足から全身に伝導する。 「ぁ…………………………ッ!!!」 既に薄氷の様に脆くなっていたガードレインフォースがその電撃で消滅し、ロキは完全に無防備で感電していた。 ――無限の剣閃!―― 決定的な勝機。ダマスクスソードを引き抜いた洵の殺気がロキに突き刺さる。 ――プラチナッ!―― 間髪を入れず、ルシオの闘気が更なる電撃へと変わり、アービトレイターに注がれる。 力強く地面を蹴りつける音が2つ響き、一瞬にして3人の距離が縮まった。 ロキの背中と胸部に走る二筋の剣閃。 その剣閃をなぞるかの様に赤い血が吹き出した。 揺らめいて崩れ落ちかけるロキの身体を、幾人もの洵の連撃が無理矢理に起こす。 起こされた身体をその場に固定するかの様に、ルシオの電撃がロキを感電させる。 倒れる事すら許さない洵の剣風とルシオの雷撃が交互に、或いは同時にロキに襲いかかった。 それは『連携』と呼べるような代物ではない。 2人は互いの事など気にせず、ただ全身全霊を込めて己の技をロキにぶつけているだけなのだから。 しかし、2人の生み出す『風』と『雷』は『嵐』と変わり、巻き込んだロキの身体を剣閃で煌かせながら、赤く染め上げていく。 「奥義!」 2人は同時に切り上げた。ロキの身体は血飛沫を撒き散らしながら宙に舞い上げられる。 ルシオはその血飛沫に導かれるように跳躍し、 「ラウンドリップ・セイバーーーッ!!!」 轟雷。ルシオは己の全てを纏わせた剣を振りかぶり、血飛沫の中心に向かって斬り下ろした。 アービトレイターがロキの鎖骨から脇腹へと抉り抜け、骨と肉を切断する。 体内に入り込んだ電撃がロキの全身を焼きながら駆け巡った。 電撃は、出口を求めるかの様に内側から皮膚を裂き、その傷口から血液と共に体外へと放出される。 表皮を伝わる血液に乗り、一層伝導し易くなった電撃がロキの身体で縦横無尽に暴れ回る。 体内からも体外からも焼かれながら、ロキはアスファルトに叩きつけられた。 褐色だった肌は、これ以上染めようも無い程に赤く変わり果て、 それでも電撃によって肉体の痙攣が起こされる度、血液は勢い良く流れ出る。 その痙攣も、電撃のエネルギーが無くなるに連れて頻度が少なくなる。 やがて痙攣が止まったその後は、ロキの身体はもう、動く事は無かった。 ロキは既に、因縁と共にその生命も断ち切られていたから。 ★ ルシオと洵はしばらくの間、無言で立ち尽くしていた。 この場所でロキと出会ってから、時間にすれば10分にも満たない程度。 しかし、そのたった10分がどれ程壮絶な内容だったか。今も2人から流れる冷や汗が物語っている。 肉体的なダメージは重くはない。しかし、1つ間違えれば確実に死んでいた戦いだ。 精神を磨り減らした度合いは、これまでに経験した事の無い程だった。 無言で立ち尽くしているのも、単に疲弊し切っているというだけの事。 今は2人とも、ただ休みたかった。 「……うぅ……」 沈黙を破ったのはブレアからの呻き声。それを聞いた2人は同時に振り返る。 横たわっているブレアは、まだ起き出す様子は無い。 洵はデイパックから紙を取り出すと、ダマスクスソードに付着している血を拭いながら口を開いた。 「行くぞ」 「……そうだな。……ブレアはどうする?」 「連れて行く。望み通りに助けてやったんだ。恩は返してもらわんとな」 紙を捨て、洵はブレアへと歩を進める。 ルシオはロキの方向へと向き直すと、今尚残る魔方陣を見た。 主も行き場所も失った魔力は、生成された時とは逆に徐々に光を失い、空中に飛散する様に静かに消えていく。 その様子はどことなく儚げで、ルシオの目を惹いた。 まるで、魔方陣と共にロキの魂も消滅していくような。 そんな錯覚を抱きながら、ルシオは魔方陣を眺めていた。辺りが再び暗闇を取り戻すまで。 【E-01/黎明】 【洵】[MP残量:0%] [状態:顔、首、腹部の打撲:戦闘にはほとんど支障がない 全身に打撲と裂傷 肉体、精神的疲労大] [装備:ダマスクスソード@TOP,アービトレイター@RS] [道具:コミュニケーター@SO3,アナライズボール,@RS,スターオーシャンBS@現実世界,荷物一式×2] [行動方針:自殺をする気は起きないので、優勝を狙うことにする] [思考1:民家へ戻り身体を休める] [思考2:ルシオ、ブレアを利用し、殺し合いを有利に進める(但しブレアは完全には信用しない)] [思考3:他の事は後で考える] [備考1:木刀は折れました] [備考2:ブレアの荷物一式は洵が持っています] 【ルシオ】[MP残量:0%] [状態:身体の何箇所かに軽い打撲と裂傷 肉体、精神的疲労大] [装備:アービトレイター@RS] [道具:万能包丁,マジカルカメラ(マジカルフィルム付き)@SO2     コミュニケーター,パラライズボルト〔単発:麻痺〕〔50〕〔50/100〕@SO3,     10フォル@SOシリーズ,ファルシオン@VP2,空き瓶@RS,グーングニル3@TOP     拡声器,スタンガン,ボーリング玉@現実世界,????×1,首輪,荷物一式×4] [行動方針:レナスを……蘇らせる] [思考1:民家へ戻り身体を休める] [思考2:洵と協力し、殺し合いを有利に進める] [思考3:ブレアから情報を得る] [思考4:他の事は後で考える] [備考1:ロキの荷物を回収しました] 【IMITATIVEブレア】[MP残量:100%] [状態:気絶中 腹部の打撲 顔や手足に軽いすり傷] [装備:無し] [道具:無し] [行動方針:参加者に出来る限り苦痛を与える。優勝はどうでもいい] [思考1:???] [備考1:ロキが死んだ事は知りません] [現在地:E-01南部。二股の道] &color(red){【ロキ死亡】} &color(red){【残り20人+α?】} ---- [[第121話>夢は終わらない(ただし悪夢)(前編)]]← [[戻る>本編SS目次]] →[[第123話>恨みと怒りのメビウス]] |前へ|キャラ追跡表|次へ| |[[第119話>盤上の出来事]]|洵|[[第129話>とあるリーダーの戦場]]| |[[第119話>盤上の出来事]]|ルシオ|[[第129話>とあるリーダーの戦場]]| |[[第119話>盤上の出来事]]|IMITATIVEブレア|[[第129話>とあるリーダーの戦場]]| |[[第119話>盤上の出来事]]|COLOR(red):ロキ|―|

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