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Partner - (2008/03/14 (金) 16:19:26) のソース

**第88話 Partner

「アリー…シャ…」 

放送された二回目の死亡者発表。 
呼ばれた名前の中には、求め続けた少女の名前があった。 

その名を聞いた瞬間ルーファスは地面に膝を着き、そのまま崩れ落ちた。 

「ルーファス…」 
そんなルーファスを見て、クリフは何とか彼を励まそうと言葉を探す。 
自分の仲間の名前も呼ばれている。本来短気であるクリフも激情を爆発させたかった。 
だが、今はそれ以上にルーファスが心配だ。 
彼が言っていた「どうしても死んで欲しくない仲間」、それがアリーシャという名だった筈。 
「なあ、ルーファス」 
しゃがみ込んでルーファスの肩に手を置き、何とか立ち直らせようとする。 

「仲間が死んで悲しいのは分かる。けどよ、死んだ奴は生きてる奴がいつまでも悲しんでいて欲しいなんて思っちゃいねえぜ? 
…きっと、そのアリーシャって奴だって同じだ。お前が苦しむ姿なんて、見たい筈はねえ」 

ルーファスは下を向いたままだ。答えは返ってこない。 
それでもクリフは何とか彼を立ち上がらせる為に呼びかける。 

「俺達が死んだ奴に出来る供養は、これ以上死ぬ奴を増やさないように努力する事だ。俺はそう思う。 
今は俺達に出来ることをやろうぜ、悲しむのはその後でも遅くないだろ?」 

ミラージュは行動が厳しい状態にあるとメモにあった。早く行かないと取り返しのつかない事になるかもしれない。 
しかしルーファスをこのまま置いていくわけにもいかなかった。 
頼む。立ち上がってくれ。懇願にも近い思いでクリフは語りかける。 

「…俺の仲間が危ないんだ。頼む、役場までは一緒に来てくれ」 

願いが通じたのか。クリフがそう言うと、ルーファスは無言で立ち上がった。 
相変わらす顔は俯いたままだが、それでも「ああ…」と小さな声で答える。 
良かった。クリフは心の底から安堵し、拳をパシッと合わせた。 
「ありがとよ。死んだ奴の為にも、俺達で必ずルシファーをブチのめしてやろうぜ」 



リドリーが鎌石村に辿り着いてから数時間。空は既に赤から黒へと色を変えようとしていた。 
この島に来て早々に戦った二人以外、未だ彼女ら以外の人物とは会えていない。 
途中何かベルが鳴るような参加者が出していたと思われる音を聞いたのだが、嫌な予感がしてスルーしてしまった。 
すなわち最初の放送から、彼女は一人も殺せていないという事だ。 
だがそれが幸いし、ここまでリドリーは完璧に近いコンディションを維持する事が出来ている。 
空飛ぶホウキとやらのエネルギーも満タンだ。 
支給品に入っていた食料を食べた後、潜んでいた民家を出る。 
本当は放送まで休むつもりだったのだが、現在の自分の状態なら休む必要は無いと判断した。 
標的を探すべく、リドリーは鎌石村を歩き始めた。 


二人の男を見つけたのは、ちょうど空にルシファーの姿が浮かび上がった時だった。 
死亡者、そして禁止エリアが次々と発表される。 
死者の数は午前中と同じ、13人。これで生存者は残り36人。 
予想以上に速いペースだ。どこか別な場所で大規模な乱戦があったのかもしれない。 
死亡者の中に自分の知る名前は無かった。幸か不幸か、ジャックやガウェインもまだ生きているようだ。 
男達の方に向き直る。一人の男が地面に崩れ落ち、もう一人の男が何かを言っている。 
落ち込んでいる男をもう一人の男が励ましているように見えた。 
誰か知り合いでも亡くなったのだろうか? 
だがやがて崩れ落ちていた男は立ち上がり、二人は再び走り出していった。 
リドリーも気付かれないように二人を追っていく。 

二人を追いながら、放送にあったルシファーの『耳寄りな情報』が気になった。 
優勝者に与えられる、素敵なご褒美…。 
まあ今は深く考える必要は無い。自分の目的は最後の一人になる事だ。 
褒美などは副産物のような物。その時考えればいいだろう。 
辿り着いた先の役場に男達は入っていったようだ。リドリーは様子を探ろうと、慎重に役場へと近づいた。 



第二回放送が終わり、ルシファーの姿は空から消えた。 
その様子を窓越しに見ていたミラージュはルーズリーフを取り出し、放送内容をメモしていく。 
正午からの六時間での死者は13人。生存者が36人と言っていた事から、最初の六時間でも13人亡くなっている計算だ。 
死亡数こそ同じだが、生存者の数を考えれば明らかに殺し合いは加速している。 
早急に何らかの対処をしなければ事態は悪化する一方だ。 
次にミラージュは自分で書いた参加者名簿を見る。最初に見た名簿にあった名前を覚えていた限り書いたものだ。 
これによると、自分が聞いたことがある名前、もしくは同じ『時代』の人物は直接面識の無い者を入れても15名。 
その内5人の名前は今の放送で呼ばれてしまった。 
ネルやロジャーもは共に行動した時間こそ短いものの、一緒にルシファーと戦った仲間だ。 
冷静なミラージュでも彼らを失った怒りが沸いてくる。 
他にも知った名前はあった。例えばレオン・D・S・ゲースケなどがそうだがこれは400年前の学者の名前だ。 
本人なのかどうかは不明だが、ルシファーなら時間の壁を越えて参加者を集めることもできるだろう。 
いずれにせよ、参加者はブレア以外は全てエターナルスフィアの人物である可能性が高い。 
自前の名簿の名前の内、死亡した者の箇所に線を引いていった。最初に死亡した13人の中にも知り合いがいる可能性は高い。 
ガンツの名前も呼ばれていないが、彼はどうなってしまったのだろうか? 
それにクリフ達も…。 

次に禁止エリアのメモを取る。 
今から一時間後の19時にH-7、21時にI-7、23時にD-4。 
(成る程…二時間ずつ禁止エリアが増えていくシステムになっているんですね) 
という事は、第一回放送後の禁止エリアは13時、15時、17時になる。 
確か少女と戦った時――自分がC-5に足を踏み入れて首輪が爆発しそうになった時は、放送から3時間も経っていなかった。 
つまりC-5は13時に禁止エリアになっているという事だ。 
ここまで自分のいるC-3に特に問題が無い事を考えれば、ここは禁止エリアに指定されなかったのだろう。 
あと6時間はここで身を潜めていても大丈夫だ。 
それまでに誰かが来てくれるといいのだが…。 

一つ気になるのが、島の南側の隣り合うエリアが同時に禁止エリアになった事だ。 
ルシファーがこの禁止エリアというシステムを作ったのは、 
『参加者が一箇所にずっと留まるのを防ぐため』 
『殺し合いをしない意志を持つ参加者が一箇所に集まるのを防ぐため』 
『参加者が減ってきた時、互いに遭遇しやすくするため』 
などが推測される。 
ルシファーの事だ。意味も無く禁止エリアを選んでいくとは思えない。とすると…。 
(南に参加者が集まっている可能性が高い?) 
そう考えると、禁止エリアに囲まれた形に近いこの村の周辺も…。 

ミラージュはその後もこの殺し合いを止める手段を考え続けた。 
(いずれにせよ、誰か信頼の置ける同行者を捜したい所ですね) 
民家に残して来た手紙には役場にいると書いておいた。だが誰かが気付くまでここにいるという訳にもいかない。 
六時間もすれば体力も回復するだろうし、次の放送までに誰も来なければ役場を出てもいいだろう。 
痺れも取れたし、もう少し役場の中を調べてみよう。そう思った時。 
派手にドアが開く音がすると同時に、聞き慣れた大声が役場に響いた。 

「ミラージュ!!無事かあっ!?」 



役場に入ると同時に開口一番叫ぶクリフ。 
ロビーを見渡すがミラージュの姿は無い。とりあえず片っ端から部屋を探そうとするが、すぐにその必要は無くなった。 
「クリフ!」 
「おっ、ミラージュ!」 
奥から出てきたミラージュの声を聞き、そちらの方向を振り向く。 
安堵の笑みを浮かべて二人は合流を果たした。 
「無事だったか。ま、お前がそう簡単にくたばる訳ないわな」 
「それは貴方にも言えますよ、クリフ」 
当たり前だろ、といつも通り拳を合わせるクリフ。 
「すみませんが早急に聞きたいことがあります。実は、最初の放送の事なのですが…」 


沖木島に連れてこられて半日、既に26人の人間が命を落としている。 
この過酷な状況の最中、クリフとミラージュの二人は怪我こそしているものの、お互い無事のまま再会できた。 
待望の瞬間に、クリフも、ミラージュですらも心の底から安心感を覚えていた。 


だから、気付かなかった。 

クリフの背後から二人を見つめる、一つの殺意に。 



一瞬だった。 
ヒュンという風を切るような短い音がしたかと思うと、目の前いたミラージュが膝を着く。 
膝を着いた彼女の胸部に突き刺さっていたのは………一本の弓矢。 
「な…何だ!?」 
クリフが弓矢が飛んできた方向を振り向く。 

目に入ったのは、殺意を込めた目でこちらを見つめ、弓を構えるルーファスだった。 




「おおおおおっっっ!」 
コンマ一秒待たず今度は自らに飛んできた弓矢を、並はずれた反射神経で回避。 
だがその弓矢は方向を変え、再びクリフの方へと向かってきた。 
「誘導弾か!畜生!」 
ミラージュの腕を掴んで、転がり込むようにカウンター内へ進入してカウンターを盾にする。 
避けた弓矢はカウンターに突き刺さった。 


「てめぇルーファス!どういうつもりだ!」 
後続の弓矢が飛んでこない事を確認し、クリフはカウンターから顔を出した。 
なおもこちらに向けて弓を構えるルーファスを睨み付ける。 
「決まってんだろ!お前らを…いや!この島にいる全員を、殺す!」 
ルーファスの口から飛び出したのは、自分に対する明確な殺意だった。 
「んだとぉ…!?」 
言い返そうとしようとすると同時に再び弓矢が放たれる。それを避けてクリフは再びカウンター内に身を隠した。 

「馬鹿かてめえは!んな事して何になる!」 
「俺はこのゲームで優勝する!そして、アリーシャを生き返らせるんだ!」 
「ああん!?」 

死人を生き返らせるだと?そんな事、出来るわけが無い。 
そもそもゲームで優勝する事と、死人を蘇生する事と何の関係があるというんだ? 
何とか思考を整理しようとするクリフの脳裏に、先程の放送でルシファーが語った言葉が浮かぶ。 

『生き延びた一人には素敵なご褒美を用意してある』 


「おいルーファス!まさかとは思うが、ルシファーが言っていた褒美ってのをアテにしてんじゃねえだろうな!」 
「………」 
ルーファスからの返事は無い。 
「冷静に考えろ!あんな奴が約束を守るわけがねえ!万一あれが真実だとしても、死んだ奴を生き返らせるなんて出来るわきゃねえだろ!」 
「…言っていなかったな。俺は一度死んでるんだ。この殺し合いに連れてこられる前に…な」 

ルーファスの言葉にクリフは絶句する。 
そんな馬鹿な。幾らルシファーが俺達の宇宙を創った男だとしても、死者を生き返らすなんて芸当出来るわけ…。 
…いや、一つだけ心当たりがあった。 
名簿に示されていた、ヴォックスという名前。バンデーンの攻撃に飲み込まれて死んだ男の名だ。 
てっきり同名の違う奴だと思っていたが、もしそのヴォックスが、自分の知る男と同一人物だとしたら…。 

(冗談キツイぜ、死者蘇生なんてよ!) 
そんな事まで可能なのかよ。科学が限界近く発展したこの世の中でも、それはタブーとされてきたってのに。 
例えそれが可能だとしても、関係ない連中の命を奪ってまでしていい事じゃねえ! 



「でもなあ…もし生き返らせる事が可能だとしても、他の奴を殺していいのかよ! 
お前言ってただろ!アリーシャって奴は、他人を犠牲にしてまで自分が助かりたいと思うような奴じゃないって!」 
「そんな事関係無い!」 
「落ち着け!自暴自棄になるな!仲間が死んで悲しいのは分かる!けど…」 
「知った風な口を聞くな!お前に何が分かる!」 

そこまで言葉を交わしたところで、ルーファスの声が涙混じりになっている事に気付いた。 
一呼吸置いて、ルーファスは続ける。 
「お前には分からねえよ…。無事に恋人と再会できたお前には!再会を果たせなかった俺の気持ちなんて、分かる筈ねえ!」 
「っ…!」 

正確に言えば、クリフとミラージュは恋人同士という間柄では無い。 
だが二人は並の恋人以上に共に長い時間を過ごし、お互いを大切にしている事は事実。 

そんな二人の再会の光景は、アリーシャを失ったばかりのルーファスにはあまりに残酷すぎた。 

「アリーシャが俺の全てなんだよ…」 
彼女は全てだった。それこそ、自分の命なんてどうでもいいほどに。 

「俺にはアリーシャしかいないんだよ…!」 
だが、アリーシャはもういない。 
確かにルシファーが本当に約束を守るかどうかは疑わしい。 
しかし自分やアリーシャが生き返ったという事実がある以上、彼女に再び命を与えるにはこの方法しか思い浮かばなかった。 

ルーファスの放った「フレームクラップ」がカウンターの一部を大破させた。 
クリフは舌打ちする。このままでは自分とミラージュが弓矢の餌食になるのは時間の問題。 
とりあえずルーファスを鎮圧したいが、こう絶え間なく弓矢を発射されてはルーファスへ近づくことすら難しい。 
だったら、こっちも遠距離から攻撃するしかない! 


危険を承知でカウンターから身を乗り出して気合いを溜める。 
そのクリフに向けてルーファスが狙いを付ける。 
弓矢が放たれると同時に、溜めた気を一気に放出した。 

「マックス・エクステンション!」 

クリフの左腕から放たれた波動が、飛んできた弓矢を飲み込んでルーファスを襲った。 
「ちぃ!」 
その波動を辛くも避けるルーファスだが、そこにクリフが飛び込んでくる。 

「頭を冷やしやがれっ!!」 

回避行動中の無防備なルーファスの顔面に、クリフの上段回し蹴りがヒット。 
防御する事もできすに蹴りをモロに喰らい、ル-ファスは衝撃に耐えられず吹っ飛ぶ。 
「へへ、どーよ、俺の一撃は?」 
「こ、この野郎…」 
口内を切ったようだ。ペッと血を吐きながら立ち上がるルーファスだが、足下が少しふらついている。 
駄目だ。接近戦でクリフに勝てる訳がない。ここまで近づかれてはこのまま戦うのは厳しい。 
無理は出来ない。自分は死ねないのだ。絶対に最後まで生き残らなければ、アリーシャを救う事は叶わない。 

「こ、今回は見逃してやる!けど覚えとけよ、生き残るのは俺だ!」 

捨て台詞を吐いて、ルーファスは役場を飛び出した。 
「待ちやがれ!」 
ワンテンポ遅れてクリフもルーファスを追おうとして…止まった。 
彼を追う前に、しなければならない事がある。 



「ミラージュ!」 
クリフはカウンターの後ろに戻り、ミラージュの手当てをしようとする。 
ミラージュは既に刺さっていた矢を抜き、傷痕を手で押さえていた。 
「クリフ…あの人は…?」 
「ああ、逃げちまったよ。んな事よりお前の手当てが先だ」 
「私は大丈夫ですよ。この矢も急所は外れてましたし…」 
胸部に突き刺さった矢だが、心臓や肺には当たっていなかった。致命傷にはなっていない。 
しかし元々多くの傷を負っていたミラージュは、どう見ても満身創痍だ。 
「待ってろ、今治療に使えそうな物を探して…」 
「ですから大丈夫です。それよりクリフは、さっきの方を追って下さい」 
「あ?今はんな事言ってる場合じゃねーだろ!」 
「聞いて下さい」 
捲し立てるクリフに対し、ミラージュはあくまで静かに彼を制する。 
「私とクリフが再会した時、恥ずかしながら私達は完全に無防備でした。 
先程の方…ルーファスさんでしたか。彼ほどの腕があれば、急所を逃さず、一発で私を殺せる箇所へ矢を打ち込む事は可能だったはずです。 
でも…彼はそこへ打ちませんでした。きっと無意識の内に急所を避けてしまったんだと思います。 
本人に自覚はあるか分かりませんが…まだ殺人を犯す事に迷っているんだと推測されます」 
「だから何だってんだよ?」 
「今なら止められる、という事ですよ。彼が完全に殺し合いに乗ってしまう前に、被害が多くなる前に。 
今は彼を止める事を最優先にすべきです。だからクリフ、彼を追って下さい」 

迷いのない、いつも通りの冷静な口調で言うミラージュ。 
だがクリフには疑問が沸いた。 
初対面で会話も交わしていない男の事が、どうしてそこまで分かるのかと。 

「何で、そこまで分かるんだよ?」 
クリフの問いかけに、ミラージュは軽く笑みを浮かべて言った。 


「勘、ですよ。貴方の得意な…ね」 

その言葉に、クリフもつられて笑う。 
「ハハハ、勘か!だったらしゃーねえな!」 
言うが早いが、善は急げとばかりにカウンターを飛び越えるクリフ。 
支給品を持たないミラージュにバッグを一つ渡し、伝えるべき事を簡潔に話す。 
「…俺達の知り合いで無事なのは、フェイトにマリア、ソフィアの嬢ちゃん、それにアルベルの野郎とブレアだ。 
禁止エリアは、C-5、E-6、G-3」 
それだけ言ってクリフは走り出そうとして…最後に一回だけ振り向いた。 
「すぐにルーファスの奴を連れて戻る。それまで無事でいてくれよ」 
「クリフこそ、無茶はしないようにお願いしますね」 
「おうよ!」 
今度こそクリフは走り出す。役場を出て、ルーファスが走り去った方へと向かった。 
彼に比べて遅れてしまったが、自分なら全力で走れば追いつける。 
手負いのミラージュを置いていくのは心配だが、これまで何度も修羅場を潜り抜けてきた仲間だ。 
自分の勘を、いつも彼女は信じてくれた。なら今度は自分が彼女を信じる番だ。 
今すべき事は、さっさとルーファスを捕まえる事! 

ルーファスの野郎は自分達に攻撃を仕掛け、ミラージュに怪我を負わせた。 
それに関しては腹が立つ。 
それでも、自分にもルーファスは悪人には見えない。僅かの間行動しただけだがそれだけは確信していた。 
ま、一発殴らないと気は済みそうにないが、それで水に流してやろう。 

「待ってろよ…ルーファス!ミラージュ!」 


役場の方から自分を呼ぶ声が聞こえる。 
すぐに分かった。あれはクリフの声だ。 
「馬鹿かあいつ…あんなに大声出して、近くに危ない奴がいたらどうするんだ?」 
けど、どう考えても俺の方が馬鹿野郎だ。 
クリフにも馬鹿だと言われたがその通りだと思う。こんな事、アリーシャが望むはず無いのに。 
分かっていても、心の激情を止めることは出来なかった。 
恐らくクリフは自分を追ってくるだろう。だが追いつかれるわけにはいかなかった。 
あいつに追いつかれたら、自分はアリーシャの蘇生を諦めてしまうかもしれない。そんな気がするから。 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 




クリフが去った後、役場には静寂が戻った。 
ミラージュはクリフから貰った支給品の中から水を取りだし、傷口の周りを洗い流す。 
そして一息吐いて、カウンターを越えてロビーへと出た。 

見つめる先には、ミラージュと同じ金色の髪をした少女、リドリーが立っている。 

「覗き見はあまり良い趣味とは言えませんよ」 
「気付いていらしたんですか」 
「ええ」 

クリフがルーファスと言い争いながら戦っていた最中、ミラージュはカウンターの陰からずっと様子を伺っていた。 
役場の入り口付近に身を隠し、同じように自分達の様子を伺っていたリドリーを。 
そしてその手にいつでも不意打ちできるよう、銃を握っていた事も分かっていた。 

「分かっていながら、何故ここに一人で残ったんですか?」 
「私では彼ら二人に追いつけませんから。それに、貴方を放っておく訳にもいきませんからね。 
貴方が彼らを追わないよう、足止めしなければなりません」 

言って、ミラージュはファイティングポーズを取った。 
不意打ちをしようとしていた人物が友好的な筈がない。 
ここで無力化させる必要がある。 

「成る程。自分を犠牲にして、彼らを行かせた訳ですか」 
「そうですね…半分正解で、半分不正解です」 

リドリーもまた、自身の持つ武器を抜いて構えた。 

「私は、自分を犠牲にするつもりはありませんよ」 

その言葉と共にミラージュが仕掛ける。 
リドリーはミラージュに向かってグラビティレイザーを放つが当たらない。 
決して万全とはいえない状態のミラージュだったが、それでも彼女は身体能力に優れたクラウストロ人。 
マリアには遠く及ばないリドリーの射撃を避ける位造作も無かった。 
リドリーはすかさずグラビティレイザーをしまい、左手に持っていたイグニートソードを両手に持ち替える。 
既に懐へ潜り込まんとするミラージュに向けて一閃。 
しかしミラージュはそれをジャンプで避け、そのまま拳を振り下ろしてくる。 
「マイトハンマー!」 
放たれた炎の衝撃波を、リドリーはバックステップで避けた。 
着地と同時に、ミラージュは息吐く間も無くリドリーへと迫ってくる。 
牽制の意味も込めてイグニートソードを振るう。剣から発射された炎弾がミラージュの進路を阻んだ。 

しばし睨み合って対峙する二人。 



(強い…!) 
相手はただ者では無いとリドリーは感じる。 
スピードもさることながら、銃撃を避け、着地と同時に攻撃へと転じる身体能力。 
どう見ても満身創痍の状態なのに、あれだけの動きができるとは。 
相手を怪我人だと思わない方が良い。少しでも油断すれば―――殺られる。 


一方でミラージュも、リドリーの強さを肌で感じていた。 
元よりこちらの状態は最悪。長期戦になればなるほど自分が負ける可能性が高い。 
現にこうして立っているだけでも、ルーファスに負わされた傷からは血が流れダメージが刻一刻と蓄積されていく。 
一分一秒でも早く決着を付ける必要がある。 


沈黙を破り、ミラージュが疾風の如くリドリーへ向かう。 
対するリドリーは剣を大きく後ろに構えた。自分の得意とする斧技の構え。 
今現在装備してる武器は剣ではあるが、同じ要領でやれば技として機能するはず。 


「カーレント・ナックル!」 
「裂地斬!」 

二人の技が放たれる。 
拳と剣が、重なり合った。 




「ミラージュ……!?」 

ルーファスを追っていたクリフは、突然全身に寒気を感じた。 
思わず足を止めて役場の方を振り返る。 
第六感というやつだろうか、一瞬だが、とてつもなく嫌な予感がクリフの体を走った。 
が、すぐに踵を返して走り出す。 
(大丈夫だ。ミラージュは自分なんかよりずっと強い。俺が信じねーでどうすんだ) 
勘はよく当たる方だと自負するクリフだったが、今度ばかりは外れる事を祈った。 




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 






「…ぐぅ」 

戦場と化した役場のロビー。 
リドリーは痛む腹部を手で押さえながら、剣を杖代わりに起き上がった。 
眼前には、うつ伏せで倒れたまま動かないミラージュ。 

勝敗を分けたのは、武器のリーチの差だった。 
リドリーが振り下ろしたイグニートソードが、ミラージュの拳がこちらを捕らえるよりも一瞬早く彼女を切り裂いたのだ。 

しかしミラージュは止まらなかった。 
切り裂かれたにも関わらず、彼女は拳をリドリーの腹部へと突き刺したのだ。 
もし剣がミラージュを捕らえていなかったら、リドリーは良くて気絶、当たり所次第では命も危険だったかもしれない。 
振り下ろすと同時に発射された炎弾も、ミラージュの技の威力を落とすのをアシストしてくれた。 
要するに、運も良かったと言える。 

最後に手痛い置き土産を喰らってしまったが、勝ちは勝ちだ。 
最も、少し体を休める必要はあるだろうが…。 
このまま役場にいれば、先程の男達が戻って来るかもしれない。 
とりあえず役場は出ていった方が得策だろう。 
重い足取りで、リドリーは役場を後にした。 





渾身の力を込めてカーレントナックルを放った瞬間、稲妻に撃たれたような痛みが走った。 
すぐに切り裂かれたのだろうと分かった。 
剣を振り下ろされる前に決めてやろうと思ったのだが、間に合わなかったようだ。 
しかし、拳を止めるわけにはいかない。 
ここで痛みに負けて技を中断してしまっては、自分は犬死にしてしまう。 
全身の力を全て右拳に手中して、その腕を最後まで振り抜いた。 
感触はあった。命中したのだろう。 
自分の渾身の力を込めた一発だ、ただで済むとは思えない。 
ふと顔を上げると、吹っ飛んでいく相手の姿が確認できた。 
これで少なくともすぐにクリフ達を追うことは出来ない筈。足止めには成功したのだ。 
その安心感からか、全身から力が一気に抜けて、ミラージュは倒れ伏した。 


倒れながらふと思う。 
クリフは大丈夫だろうか? 
これまでは自分が猪突猛進な彼を上手くコントロールしてきたつもりだが、この後クリフを支えられる人物はいるだろうか? 

(…大丈夫、ですね) 

そうだ、まだフェイトやマリアがいる。元の世界に戻ればクォークの面々も健在だろう。 
彼らなら安心してクリフのパートナーを任せられる。 
ルシファーを倒す事に協力できなかったのが心残りではあった。だがクリフがルーファスを止めて、 
その結果新たな犠牲者を減らし、ルシファーを打倒する事に繋がっていけば自分も少しは尽力できた事になる。 
そうなれば、少しだけでも報われるというものだ。 


リドリーが立ち去っていく足音は、既に彼女の耳には届いていなかった。 
最後に脳裏に浮かぶのは、これまで生きてきた27年間の人生。 
その中には常に彼の姿があった。 
いつまで経っても精神年齢が成長しないままで、短気で喧嘩っ早く、女に弱くてどうしようもない。 
けれどとても頼りになって、心の底から信頼できる、大切なパートナーの姿が。 




【C-3/夜】 

【リドリー・ティンバーレイク】[MP残量:90%] 
[状態:疲労、腹部に激しい痛み、肋骨にヒビ] 
[装備:イグニートソード@SO3] 
[道具:グラビティレイザー(エネルギー残量[90/100])@SO3、忍刀菖蒲@TOP、アーチェのホウキ@TOP 
    他クレアとスフレの支給品幾つか(0~4)、荷物一式×3] 
[行動方針:ゲームに勝ち残る。自身の生存を最優先] 
[思考:役場から離れて体を休める] 
[現在位置:鎌石村役場付近] 

※ミラージュの荷物(支給品一式、ルーズリーフ、及びそれに記したメモ)は役場内に放置されています 


【クリフ・フィッター】[MP残量:70%] 
[状態:健康] 
[装備:ミスリルガーター@SO3・閃光手榴弾@現実・サイレンスカード×2@SO2] 
[道具:ドラゴンオーブ・エターナルソード・メルーファ@SO2・バニッシュボム×5@SO3・フレイの首輪・荷物一式×3] 
[行動方針:首輪を解除してルシファーを倒す] 
[思考1:ぶん殴ってでもルーファスを止める] 
[思考2:引きずってでもルーファスを連れて役場へ戻る] 
[思考3:脱出の手段を見つける] 
[思考4:仲間を集める(マリア、ソフィア優先)] 
[思考5:首輪は調べられたら調べる] 
[現在位置:C-3鎌石村内] 

【ルーファス】[MP残量:60%] 
[状態:右肩の痛み、出血多量による痺れ(幾分和らいだので弓の使用可能)] 
[装備:連弓ダブルクロス@VP2・矢×29本] 
[道具:荷物一式×2] 
[行動方針:最後まで生き残り、アリーシャを蘇生する] 
[思考1:クリフから逃げる] 
[思考2:他の参加者を見つけ次第殺害する] 
[思考3:午前中あった魔物(シン)を警戒] 
[現在位置:C-3鎌石村内] 

※ルーファスの逃げた方向、及びクリフが追った方向は次の方に任せます

&color(red){【ミラージュ・コースト 死亡】}

&color(red){【残り35人】}

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