真中あおは焦っていた。
怖い、以上に心配だったことがある。
あるいは名簿に"その名前"さえ見つけていなければ。
この"儀式"に『木ノ幡みら』が呼ばれてさえいなければ、あおはきっとただの憐れな被害者でいられただろう。
殺し合いに乗るでもなく巻き込まれた不運な一般人として、綱渡りながらもなんとか善良を保てていたはずだ。
なのにそれができなくなってしまった――みらの存在はそれほどまでにあおにとって大きかった。
友達がいるという理由は、約束を交わしたみらが呼ばれているという事実は……あおをひどく焦らせたのだ。


(みらに、もう会えなくなるかもしれない…)


人なんて殺したいわけがない。
いくら死ぬのが怖くても、それをしたらいけないことくらいあおも分かっている。
悪いことをしちゃいけません。人を殺しちゃいけません。命は大切なもので、かけがえのないものなのです。
そんなことは分かっていた。それでもあおは名簿にみらの名前を見つけた時、恐怖してしまった。
自分が出会った大事な友達。過去のトラウマで人と話すのが苦手になってしまっていた自分が、やっと出会えた親友。
…共に未来を誓い合った、その約束はまだ果たされていないのに。
ここでみらを失ってしまうかもしれないと思ったとき、あおの心臓は危険な鼓動をした。

――みらを守らないと。
――じゃあ、どうすればみらを守れるの?
――みらが優勝すればいい。
――みらが生き残ってくれたら、私はそれでいい。

あおはごくり、と喉を鳴らした。
支給品の中にあった、軍用の大きなナイフ。
それを握りしめるとなんだか自分が強くなったように錯覚できた。
緊急避難という言葉を、聞いたことがあった。
本当にどうしようもない状況であれば人を殺しても許されるという特殊な制度だ。


(そうだよ…だって、仕方ないでしょこんなの…)


まさに今がその"どうしようもない状況"なのではないか。
だって自分がやらないと自分も、みらも死んでしまう。
そうならないために人を殺すことは仕方ないことじゃないのか。
そうだ、きっとそうに違いない……あおは自分を許すことに決めた。
そうでもしないと、心が壊れてしまいそうだったからだ。
みらを失ってしまうかも知れない恐怖と、自分が死んでしまうかもしれない恐怖、二つの恐怖で。


(…やるしか、ない。私がみらを助けるんだ…!)


そうして真中あおは、手を汚すことを決めた。
今までずっと当たり前に守ってきた"人を殺しちゃいけません"というお約束を破る覚悟を固めたのだ。

…あおはこの儀式に参加させられている"泳者(プレイヤー)"がただの人間ばかりだと思っていた。
無理もないことだ。彼女の日常やその住む世界には、鬼や呪術師、魔族なんて存在は影も形もなかったからだ。
その分殺し合いに乗る判断が早かったのも間違いなくある。
大人が相手でも知恵を使えば殺せると、そう思ってしまった。
無知ゆえに、加茂憲倫の仕掛けた儀式のスケールを見誤ってしまった。
その選択の愚かさを知ることもなく、疑いもせずにあおは一時の熱情に身を任せてナイフを隠し持って歩き出した。
大事な友達を守るために…二人の約束をこんなところで終わらせないために。



「よかった…私もずっと不安だったの。だから真中さんと会えてすごく気が楽になったよ」
「…私もです。本当に怖くて、心がいっぱいで…」


それから20分ほどして。
あおは黒髪の少女と並んで歩いていた。
少女の名前は黒川あかね。あおは知らなかったが、女優として活動しているらしい。
自分と歳が近く見えるのにそんな職業で頑張っていることを知った時、あおの心は痛んだ。
理由など言うまでもないだろう。あおはこれから、このあかねという少女のことを殺そうと考えていたからだ。


(ごめんなさい…黒川さん)


でも仕方がない。
そう、これは仕方のないことなんだ。
あおは自分にそう言い聞かせてポケットの中のナイフを強く握った。
それに自分はみらと二人で帰るために、これからたくさんの人を殺すことになるのだ。
今から躊躇ってなんかいられない。
早くしないと、すぐにやらないと…。
焦りを振り切るためにも、あおは今ここであかねのことを殺すと決めた。

ゆっくりとナイフを出して、無防備に自分の前を歩いているあかねに向けて振り上げる。
ごめんなさいと、心の中でもう一度だけ謝って。
それからナイフを振り下ろすために力を込めた。


「…う、うあああああああああああああっ!!!!」


叫んだのは自分を鼓舞するためだ。
そうでもしないととても人を殺す重さに耐えられそうになかった。
いつもなら絶対に出さないような大声を出しながら、ナイフを振り下ろそうとする。
その時あかねが、急に振り向いた。
…その眼は、さっきまで穏やかに話していた時のとはまったく違った冷たい感情を宿していた。


「え…」


あおは動揺で一瞬、手を鈍らせてしまう。
けれど仮にそのまま振り下ろせていたとしても、あおはあかねを殺せなかっただろう。
何故なら、相手にしてみればあおの行動は出会ってすぐの時から予想できていたものでしかなかったからだ。


「やっぱりそうだったんだね、真中さん」
「あっ……!? ぐっ……!!」


ナイフが、あかねに当たらずに空を切る。
それに驚いている間にあかねの蹴りがあおの腹を捉えた。
体をくの字に折り曲げながら転がって、ナイフを取り落してしまうあお。
うぅ、うぐぅ、と声を漏らすあおを冷たく見下ろしながら、あかねは彼女のナイフを拾い上げた。


「ひっ…!」


殺される。そう思って怯えた声を出すあおだったが、あかねは意外にもナイフをデイパックの中にしまう。
え?と怯えが驚きに変わる。
その瞬間にはもうあかねの足は、あおの顔に向かって蹴り込まれていた。


「ぎゃっ…!?」


鼻血を吹き出しながらのけぞるあお。
その胸元に、あかねが馬乗りになってくる。
はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながらそれを見上げるあお。
傍から見たらどちらが加害者なのかわからなくなるような光景だった。


「ごめんね、私も嘘ついてたんだ。私、真中さんが思ってるようないい子じゃないよ」
「う、ぐぅ…」
「だからこんなこともできちゃうんだよ。ごめんね」


ごしゅ、とあかねが振り下ろした拳があおの顔にめり込んだ。
悲鳴を漏らしながら鼻血を吹くあおだが、あかねは容赦しない。
ごしゃ。ごしゃ。立て続けに、拳を振り下ろしていく。
鼻血が殴られるたびに塗り伸ばされて、あおの顔は真っ赤に染まった。


「…人を殴るのって、結構痛いんだね。経験したくなかったな」
「ぁ゛、ぅ゛う゛…」
「真中さん。あなたの知り合いもいるって言ってたよね。その子のこと教えてくれるかな」
「…っ!」


あおは息を呑む。
あぅ、あ、と迷いを声に出してしまうあおに苛立ったようにあかねがまた拳を落とした。


「うぎぃっ!」
「言ってくれたら命だけは助けてあげる。私ね、本気だよ」
「ぅ、うぅ゛…っ」


前歯が折れて隙間の開いた歯並びをのぞかせながら、うわ言のような声を出すあお。
言われなくてもあかねが本気なことは分かっていた。
ここまでされて伝わらないわけがない。
今のあかねの顔を見たら誰だって、本気で殺す気だと分かるはずだ。


(殺される…本当に、殺されちゃう…っ)


死にたくない。
でも、じゃあ生きるためにみらのことを売るの?
死にたくない、死にたくない、でも…。
あおの中で堂々巡りする思考と感情。
痺れを切らしたあかねがまたあおの顔を殴った。
美少女だった顔が、どんどんそうは呼べないものに変わっていく。


「げ、ぁ…」
「早くして。あんまり長くは、私も待たないよ」
「う、ぅ…ぃ…なぁ、い…」
「もっとはっきり」


死にたくない。
でもみらのことは…売れない。


「いぇない…言えない…!」
「…そう」


やった。守ったんだ、私。
あおは痛みでいっぱいの頭の中で確かな達成感を抱いた。
自分が死ぬよりも、自分のせいでみらが死ぬ方がずっとイヤだ。
だからこれでいいんだ。
死ぬのは怖いけど、これで…。
殺す覚悟の次は死ぬ覚悟を決めようとするあおの前で、あかねがデイパックに手を突っ込んだ。
ああ、私のナイフが出てくるんだ…。
そう思ったあおだったが、しかし出てきたのは


「え?」


ペンチだった。


「じゃあ、話したくなるようにしてあげる」
「ぇ、ちょ…待っ…はぐっ!?」


口を無理やりこじ開けられて、前歯にペンチを当てられる。
あと少しであおは死ぬ覚悟を決められるところだった。
なのにそれは、ナイフじゃなくペンチが出てきたことであっさりと揺らがされてしまう。
そんなあおをよそにあかねはペンチを握る手に力を込めて、そのまま…


「いぎゃあああああああっ!!!」


あおの歯を引き抜いた。
覚悟が痛みの前に、あっさりと消えていく。
一回は押し殺した"死にたくない"気持ちが膨れ上がってくる。
ジタバタと手足を動かしながら抵抗するあおを抑え込んで、次の歯にペンチをかけるあかね。
あおがじょぼじょぼと湯気を立てながら小便を漏らしてもあかねは怯みもしなかった。


「ひ、ひぃいいいいいいい…!!!――あぎゃっ!!ぃやああああああ゛ぁ゛――っ!!!」


止まらない抜歯の激痛。
もちろん麻酔なんてものはない。
まさしくそれは地獄の激痛だった。
体感でつい数時間前まで普通の高校生だったあおに、それを耐えられるわけはなく…それでも友を守ろうとする気持ちだけは抱き続け…
二つの板挟みになりながら、あおはもう一つの決壊をしてしまった。
ぶっ、ぶじゅじゅじゅっ、ぶぶぶっ…。


「…汚っ」


大便でスカートの後ろを膨らませながら悶えるあお。
だがあかねは容赦なく、次の歯にペンチをかけていった。
みらを守るために堪えなければいけない。人間の歯は二十八本。さっき散々殴られて折れた四本を除けば、二十四本。
あと二十一回耐えればいいだけのことだ。あと二十一回…。

あおは九本目を抜かれたところで、汚物まみれの口で絶叫しながらみらの名前を叫んだ。


黒川あかねにとって最も優先するべきことは、星野アクアの生存だった。
自殺しようとするまで追い込まれていた自分を助けてくれたアクア。
彼がこんな訳のわからない人殺しの儀式で死んでいいはずがない。
それに星野ルビー…彼の妹が死ぬのも彼の心を思えば避けたい。
有馬かなにだってあかねは個人的に大きな感情を抱いている。
名簿にあった"もう一つの知っている名前"は保留にするとして、それでもその三人は何を置いても死んでほしくはなかった。
だからあかねは名簿を見終えるなりすぐに方針を決めた。
アクアを筆頭とした知っている名前全員を守る。
彼らを生かせるために必要な行動を何であろうと全部する。
真中あおと出会ったのは、その覚悟を決めてすぐのことだった。


「木ノ幡みら、ね」


あおを拷問して聞き出した名前をあえて口に出してやる。
真下でボコボコの顔でひゅーひゅー息をしているあおがびくりと反応したのが見えた。
ぐちぐちと口の中で蠢いて見えるのは詰め込んでやった"モノ"だろう。
歯並びも隙間だらけでいい顔になったものだと思う。
パンツを被せてやっているからグロいことになった顔は見えないが。
自分でなくてアクアやルビー、かなが遭遇していたらそのまま殺されていた可能性もあるのだ。
いい気味だ。かわいそうだとは思わない。自分の都合で人を殺そうとする犯罪者にかけてやる情けは何一つない。


「私の言うことを聞いてる内は見逃してあげる。でももし私に逆らったら、どんな手を使ってでも探し出して木ノ幡みらを殺す」
「ひ…や、ぁ!」
「嫌?だったら気に入られるように頑張ってよ。クソ垂れ女さん」


…この姿を見たらアクアくんには嫌われるだろう。
他の二人にも引かれてしまうことは優に想像できる。
でもそれでも、自分の世界にいる人間が生きていてくれることの方があかねにとってはそれより何倍も大事だった。
私は"悪"をやってでも私の好きな人達を助ける。
どんな手でも使ってやる。その覚悟の現れが今目の前にいるこの女だ。


「返事は?」
「ひゃ、ひゃい…っ!がんばりまひゅ、がんばりまひゅから、みりゃだけは、みりゃだけは…!!! ゆるひてくらひゃい…っ」
「被害者みたいな顔してるけど先に手を出したのはそっちだからね。役に立たない限りシャワー浴びるのも許さないから」


よく言う。自分で売っておいて。


(…私は絶対に自分を曲げないよ)


黒川あかねは静かに誓った。
大事なものを守るために鬼にでもなることを。
その覚悟が必ず、自分を救ってくれた人を幸せにすると信じて。


【1日目/C-4/未明】

【黒川あかね@【推しの子】】
【状態】健康
【装備】アーミーナイフ
【道具】ペンチ、基本支給品一式×2、ランダム支給品1~3、真中あおの基本支給品1~2
【思考・行動】
0:大切な人達を守るために戦う。必要なら手段は選ばない。
1:真中あおを利用する。不要になったら殺すか放り出すつもり
2:星野アイって…
【備考】
※アニメ終了後からの参戦。

【真中あお@恋する小惑星】
【状態】顔面がボコボコ、歯欠損、全裸、顔面と臀部が汚物まみれ
【装備】顔面に汚物まみれのパンツ
【道具】なし
【思考・行動】
0:みらを守るために戦うはずでした
1:あかね様にさからえません
【備考】
※アニメ終了後からの参戦。



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最終更新:2024年01月02日 16:34