メイファは頼りなさげにプールへと入って行く
アリスに手を差し伸べ、その手を取ると、寄り添うように歩き、アリスの腰くらいまでの深さの所まで連れてくる。
「これくらいなら、怖くないでしょ。どう?アリスちゃん。初めてのプールは」
「みず、つめたい。でも、きもちいい」
「よかった。じゃあ早速、水遊びの入門編!まずはコレね」
そう言うと、メイファは唐突に手ですくった水をアリスへ振りまいた。
「きゃ!?」
突然、顔と上半身に水をかけられたアリスは何が起こったか分からず、きょとんとして固まっていた。
「ほら、アリスちゃんも私にやりかえさなきゃ。えい!」
そうして、先程と同じようにアリスへ水をかけるメイファ。
「ふみゃ!?・・・ん、えい」
やっとアリスも要領を得たのか、見よう見まねで小さな手を懸命に動かしてメイファへと水をかけ返す。
「きゃはは。そうそう、その感じ!どう?これだけでも楽しいでしょ」
「うん、たのしい。みず、きもちいい」
ぱしゃぱしゃと軽やかな音をたてながら水をかけあうアリスとメイファ。二人は本当に楽しそうで、まるで本物の姉妹の様だ。
自然に微笑むアリスを見ると、ここに来てよかったと改めて思う。
――メイファに感謝しなくちゃな。アリスも、こうやって一つずつ人間らしい楽しみを知っていってくれれば・・・。
一人、思案を巡らせていた俺に、再び水しぶきが襲う。しかも今度のは、さっきと比べて威力と量が段違いに高く、若干痛い。
「ぶわっ!?な、何すんだ・・・」
「美少女二人をほったらかしにして、一人でぼーっとしてるのが悪いのよ!アリスちゃん、悪者のソリッドやっつけちゃおう!」
「うん、ソリッドやっつける」
アリスも加わり、より水の勢いが増す。しかもアリスもけっこう器用に水をかけてくる。この短時間でコツを掴むとは生体CPU恐るべし。
メイファに至っては手でなく、足で水面を蹴り上げ大量の水を浴びせかけてくる。おい待て、お前の蹴りは反則級の威力だろ!
すでにずぶ濡れとなった俺には成す術もなく、反撃できる理由もない。
「分かった、降参だ。もう・・・うわっぷ!か、勘弁してくれ」
降参の意思表示のため両腕を上げた所に、トドメの同時攻撃を顔面に食らった俺は、あっさりと敗北を認める。
「やったね、私たちの勝ち!」
「かちー」
仲良くハイタッチまでかますアリスとメイファ。なんだか若干、疎外感を感じるのは気のせいか?
「なになに~、さみしくなっちゃったの?じゃあ、今度こそ三人で遊びましょ」
どうやら表情を読まれたらしい。こんなことで顔に出るとは・・・。
メイファはアリスの手を引きながら、こちらへ近づいてくる。
ずぶ濡れになった髪を何気なくかき上げ、雫を払うと、何故かメイファがこちらをじっと見ているのに気付いた。
「・・・なんだよ。俺の顔に何か付いてるか?」
「水も滴るいい男って、こういうことを言うのね」
だから、そういうことを真顔で言うな。
うんうんと頷いて勝手に納得するメイファにツッコもうとするが、メイファは突然、踵を返すと浜辺のパラソルの方へ小走りで行ってしまった。
「持ってくるものがあるから、ちょっと待っててね」
反撃の機を逸して、しばし呆然としてしまう。どうやら今日も盛大に振り回される運命のようだ。
するとアリスが俺の手を、くいと引っ張った。
「ん?」
「ソリッド。みずもしたたるいいおとこって、どういういみ?」
俺は盛大に脱力すると、肩を落としてアリスに呟くように言う。
「悪いが、それはメイファに聞いてくれ。とても俺には答えられない」
アリスは小首を傾げて黙ってしまう。言われた意味が、よく分からないといった風だ。
そんなやり取りをしているうちに、メイファが戻って来る。
「お待たせー!次はコレよ。やっぱりビーチで遊ぶならコレは外せないでしょ!」
得意げにメイファが差し出したのは、カラフルなビニール製のボールだった。つまりビーチボールだ。
「なるほど。それならアリスもすぐに遊べるな」
定番すぎるが、水遊びが初めてのアリスには丁度いいだろう。
「アリスちゃん、どういう風に遊ぶか教えるから、ちょっと見ててね。ソリッド、いくよ~。それ!」
メイファが軽くトスを上げ、ビーチボールは綺麗な放物線を描きながら俺の頭上に落ちてくる。これなら移動する必要は無い。
「ほっ!」
タイミングを合わせ、メイファへとトスを返す。
「ナイストス!・・・それ!」
「よっと」
しばらくトスのリレーを続ける。単純な動作の筈だが、何故かこれだけで面白く感じるのが不思議だ。
数回のリレーの後、俺が返したボールをメイファがキャッチしてアリスへと向き直る。
「こんな感じで遊ぶんだけど・・・分かった?」
「うん、わかった。わたしもやる」
「よーし、じゃあみんな広がって円になって。落としたらダメだからね」
三人、ほぼ等間隔で円を作り、互いに向かいあう格好になる。
「じゃあ、始めるね。アリスちゃん、いくよ~・・・それ!」
メイファは、やんわりとボールがあまり高く上がらないように優しくトスを出す。
ボールは、先程と同じように綺麗な放物線を描いて、アリスの頭上に吸い込まれる様に落ちていく。
アリスはそれをトスし返そうと、思いっきり腕を突き出すが、ものの見事にタイミングがずれ、柔らかいボールはゆっくりと小さな顔面に吸い込まれる様に落ちていった。
「ふみゅ!?・・・う~」
びっくりしたのか、小さな手で鼻先をさするアリス。あれくらいの勢いなら痛くはない筈だが。
それを見て心配そうに駆け寄るメイファ。俺もアリスの傍まで歩いて行く。
「大丈夫、アリスちゃん?」
「へいき。もくそくをあやまっただけ」
やっぱりアリスには荷が重かっただろうかと思った矢先。
「もういっかいやる」
そうはっきり言うと、今度は自分からメイファへとトスを上げる。
だが今度は勢いが弱く、ボールは小さな弧を描いただけで、力なくメイファの手前に落ち、そのまま波にゆらゆら揺れる結果となった。
「・・・あれ?」
「ちょっと勢いが足りなかったみたいね」
メイファが波に揺られるボールを拾い上げ、苦笑いする。
するとアリスは表情を強張らせてボールをじっと眺めていた。
「おかしい・・・メイファおねーちゃんのうごきをトレースしたのに、どうして?」
どうやらメイファの動きを模倣してボールを放ったのに上手くいかなかったのが不満らしい。
「アリス。メイファの動きを真似るのはいいが、力や背が違うんだ。そこらへんも考慮しないと、上手くいかないぞ」
俺の言葉にアリスはハっとなり、眼を丸くして俺に向き直った。
「それをけいさんにいれるのをわすれてた・・・やっぱりソリッドはすごい」
そしてメイファのところへ近づいて行き、もういっかいやる、と言ってボールを受け取る。
アリスがこんなにも一つの事に集中するのは珍しい。この初めての水遊びがよほど興味深いのだろう。
「いくよ?メイファおねーちゃん」
「おっけ~、いつでもいいわよ。あんまり力まないでね」
「・・・えい」
アリスが放ったボールは弱々しいながらも、ちゃんとした放物線を描き、なんとかメイファの手元へと届いた。
「・・・とどいた」
「そうそう、その調子!もう一回やってごらん」
「うん」
ボールを再び受け取ったアリスは先程の感覚を忘れないように、すぐに投げ返す。
今度もボールは無事にメイファの手元へと届く。しかも先程より勢いが良くなり放物線も綺麗な軌跡を描いていた。
「上手よ、アリスちゃん!」
「・・・うん!」
褒められたのが嬉しいのか、微笑みながら何度もボールをメイファへと投げるアリス。
何度も繰り返すたび精度は上がっていき、ものの10数分で要領を飲み込んでしまったようだ。
「じゃあ、今度はトスのリレーね。私も投げ返すから、タイミングを合わせてトスを返してね」
「わかった」
最初アリスがメイファへとトスを上げ、それをメイファが優しく返し、再びボールはゆっくりとアリスの頭上へ落ちていく。
アリスは終始ボールから眼を離さず、軌跡を追い、絶妙なタイミングで腕を突き出した。
小さな手に弾かれたボールは、まるでビデオの巻き戻しのようにメイファの手元へと返っていく。
「やったね、アリスちゃん!もうカンペキ」
「やった。できた」
アリスはにっこりと微笑んで両手を高く上げる。それは年相応の可愛らしいリアクションだった。
しかし、初体験だったことを短時間で習得してしまったアリスを見てふと思う。
――アリスはどんなことでも学習能力が高いな・・・これも生体CPUの能力なんだろうか。
そんな考えが頭を過ったが、メイファの俺を呼ぶ声で現実に引き戻される。
「じゃあ、今度こそ三人でやりましょ。みんな広がって」
再び間隔を取って広がり、ボール遊びを始める。
メイファを起点に、俺とアリスへ交互にトスのリレーをし、数回に一回、俺からアリスへとボールを回すという単純なものだが、それだけでも十分に楽しい。
アリスはボールが来るたび、ぴょんと小さく跳びはね、小さな体を最大限に使ってボールを返す。
まるで小さなウサギがぴょこぴょこ跳んでいるようで、とても可愛らしく、そんな姿を見ると、ふっと頬が緩んでしまう。
それと対照的に、メイファの姿は目に毒というか、刺激が強すぎる。
メイファがトスを上げるたび、彼女の豊かな胸がたゆんと揺れ動き、どうしても眼が行ってしまう。
そのせいで何度かボールを取り落としそうになり、慌ててリカバーする。
「ちょっと、ソリッド。集中してるの?」
「・・・ああ」
口ではそう言ってみるものの、全然集中などできていない。
しかし、それを悟られまいと必死にポーカーフェイスを作り、視線をどうにかメイファの胸元から逸らす。
そうしてアリスからきたボールをメイファにトスすると、彼女は何故か一度ボールを真上にトスし、次の瞬間、高くジャンプした。
その伸びやかな肢体に眼を奪われた次の瞬間。
「そりゃ!アターック!!」
「ぐあ!?」
いきなりメイファが放ったスパイクを顔面にモロに食らい、俺は水の中へと倒れこむ。正直、痛い。
「んふふ、私のおっぱいばっかり見てるからイケナイのよ。もう、ソリッドのえっち」
わざとらしく恥ずかしがるような仕草で、悪戯っぽくアカンベーをするメイファ。
ばれてたか・・・。
「もう、ホント男ってしょうがない生き物ね」
「本能なんでな。理解してくれるとありがたい」
笑いながら言うメイファに自身の男としての性を隠すことなく吐露する。今の自分達の関係では、今更なやり取りだが、こんなのも楽しみの一つだろう。