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一昨日から降りしきる雨の黄昏時、ウォージリスの街外れを傘を差して歩く影が一つあった。
ローブに隠れてその表情を窺い知ることは出来ないが、僅かに覗く口元は真一文字に引き結ばれ、全身に纏う雰囲気は堅い。
土砂降りの雨は激しく傘を叩き、空気を重くしていた。
今朝、オルランドゥは日課の朝稽古に起き出した際、自室ドアの足元に一通の手紙を見つけた。
『黄昏時北の街外れにて』
豪快な筆遣いで簡潔に書かれたその手紙を、しかしオルランドゥはなんとなくは予期していた。
そうして単身街外れに向かうのである。
低い丘を一つ越えると、オルランドゥの眼前に、かつて見た一つの光景が広がる。
地面に突き立つ無数の剣、剣、剣。
百は下らぬ剣の林、その中心にその男は編み笠を被り、雨に打たれながら佇立していた。
「懐かしい景色だ」
オルランドゥはまずそう口にした。
「果し合いに応じて戴き、感謝する」
エルヴェシウスは微動だにせぬまま、剣の林に足を踏み入れたオルランドゥに声をかけた。
オルランドゥはローブの下でフッと微笑む。
「まさか貴殿の顔を見忘れるとはな。歳は取りたくないものだ」
そう、まさしく忘れていた。十数年の時を経たとはいえ、かつて己を散々苦しめた敵の顔を。幾度も刃を交えた強敵の顔を。
しかし今ははっきりと思い出せる。
豪腕にして精緻な剣筋、大地に広がる剣の林、そこから思い浮かぶ人物は、ただ一人であった。
「貴殿は儂を幽霊などと揶揄したが、儂からすれば貴殿こそ幽霊ではないかと思わざるを得んな。よもや失踪したオルダリーアの英雄がこのイヴァリースの地に居ようとは」
「身を隠すには他に方がなかった。故国ではいささか顔が知れすぎておったのでな」
「確かに。まさか『剣林屍山のクレティエン』が戦時中に敵国であるイヴァリースへと渡ったなどとは夢想だにせぬわ。貴殿が失踪した時のオルダリーアの混乱、見物であったぞ」
「それは残念。ぜひ見ておきたかった」
二人は低く笑った。


バダム・エルヴェシウス、本名バダム・ムラサメ=クレティエン。
漂泊者の末裔でムラサメの異国性を持つ兵法者の一族、クレティエンの家に生まれたオルダリーア人である。
血筋より剣の技量を第一とし、実子であっても技量が足らなければ廃嫡し、優れた技量の者を養子に迎えてきた剣鬼の一族において、エルヴェシウスは才覚に恵まれ若くして極意を悟った。
やがてエルヴェシウスは軍人になり、五十年戦争に参加するのである。
イヴァリースとオルダリーアの間で約50年間にわたって繰り広げられた戦乱、五十年戦争。
彼は戦争中期、その中で最大の激戦地であったゼラモニアを守る鴎国赤龍騎士団ゼラモニア駐留軍第六方面隊、通称「斬鳥隊」の隊長に、若干二十にして就任したオルダリーアの将軍となった。
斬鳥隊。その名前はツヴェイハンダーと呼ばれる大剣を以って、突撃してくる騎兵をチョコボ諸共切り伏せるという凄まじい役割に由来する。
チョコボの脚力を以って突撃する騎兵は戦場において恐るべき存在であり、その対抗手段として編成されたのがこの斬鳥隊である。
その主武装であるツヴァイハンダーはチョコボごと切り伏せることを可能とするために刀身が人の身の丈より長く、同時に重い。
そのため隊を構成する兵士は屈強で腕自慢、そして迫りくる騎兵に動じないだけの胆力を持つ人間が集まる。
そんな荒くれ者共をエルヴェシウスは二十歳の若さで纏め上げ、『我等が御大将』と慕われていたというのだから彼の器量の程が伺える。もっとも最初の内は酷い物だったのだが。
命令は無視するわ単独行動は取るわ挙句の果てには、
「ガキの命令が聞けるか!」
と部下から半ばストライキを取られたものだ。
それをどうにかしようとしたのだが、エルヴェシウスも当時は若かった。
ある日の早朝、最も反抗的な隊員数十名を叩き起こし、
「文句がある奴は全員掛かって来い!」
と、のたもうたのだ。
当然隊員達は全員激怒し、凄まじい乱闘になった。
止めに入った隊員達も流れ弾に当たれば参戦し、それが繰り返されるうちに斬鳥隊二百名全員が入り乱れての大乱闘に発展したのだった。
他の部隊がなんとか止めようとしたが、斬鳥隊は何しろ全員が屈強な兵士である。
止められる者などこにもおらず、多くの部隊を巻き込んで乱闘は続き、ゼラモニア駐留軍総司令が静止に来なければいつまで続いたか分からない。
主犯であるエルヴェシウスは五十八人目を蹴り飛ばしたところで顎にいいのを喰らって途中でリタイヤしていた。
結局、隊員全員が坊主にされるということで始末がされた。
この事件を期に斬鳥隊の隊員達はエルヴェシウスを『若いのに気骨の在る大将』と認めるようになったのだから何が幸をもたらすかわからない。
一致団結を果した斬鳥隊は素晴らしい活躍を示し、苦境に置かれても常に活力に満ちた戦振りで敵を圧倒した。
そして死線を乗り越えるごとにますます隊の団結は深まっていったのだった。
斬鳥隊はゼラモニアを奪取せんと猛攻する畏国軍に対して一歩も引かず、その布陣の堅牢さは『難攻不落の移動要塞』とまで謳われ、隊長であるエルヴェシウス自身も『剣林屍山』の名で畏れられた。
『剣林』とは騎兵を切り伏せるうちに破損するツヴァイハンダーを林の如く無数に地面に突き立てて武器を絶やさぬようにしたこと、そして『屍山』は文字通り畏国軍で築いた屍の山に由来する。
常に最前線で功績を挙げた斬鳥隊とそれを率いるエルヴェシウスは畏・鴎両国から畏怖される存在となり、鴎国は戦意高揚を目的にこの若き将に勲章を授与、エルヴェシウスは一躍英雄となった。
だが栄光は長くは続かなかった。
英雄は少々光りすぎたのだ。

斬鳥隊の隊長に就任して八年の月日が流れた頃、戦線の拡大を防いでいたエルヴェシウスは突如、鴎国総司令部からの拘束を受け、オルダリーア本国に護送され、そこで思わぬ嫌疑を受けた。
内応、それである。
見に覚えのない嫌疑に対してエルヴェシウスは査問会で司令部を相手に必死に抗弁した。
しかしながら彼の内応を裏付けるような証拠、証人が続々と集まり、次第にエルヴェシウスは追い詰められていったのだった。
国民も英雄の裏切りに怒りを露にし、エルヴェシウスを処刑せよの風潮が流れた。
両親縁者は既に無かったが、もしも居れば虐殺されたかもしれない、それほどの不穏さがあった。
そして彼はようやく自分が陥れられた事を理解したのだった。
エルヴェシウスは剣一本で将軍にまで出世した、戦乱の寵児である。
古参の将からすれば面白かろうはずがない。
まして昨今の斬鳥隊が挙げた功績はあまりにも巨大である。
それを妬んだ古参の将達が罠に掛けたのである。その名を辱め、隙あらば抹殺せんと。
エルヴェシウスは国家の危機に自身の保身しか考えぬ彼らの俗物根性に激怒し、謂れのない嫌疑を払拭せんと証拠、証人が偽りの物である事をなんとか証明していった。
そうして三ヶ月の時が無為に過ごした後、突如彼は解放され、すぐに原隊に戻るよう命じられる。
不吉な予感を覚えたエルヴェシウスはすぐさまチョコボを飛ばして仲間の元に向かう。
そして彼は見ることになるのだった。
己と苦楽を共にした仲間達の屍の山を。
エルヴェシウスが本国に拘束されている間、畏国は北天・南天両騎士団を投入し、斬鳥隊殲滅を図ったのだ。
圧倒的劣勢と隊長不在という危機的状況にも関わらず斬鳥隊は良く戦ったが、最期は数に押され全滅する。
そしてこれを期にゼラモニア戦線は一時畏国有利に傾くのである。


「眼前に広がるは、ただただ、生前の面影を僅かに残した戦友達の屍の山と真紅の血の海。儂は涙すら流せず共に戦った戦場を一人さ迷い、生き残りを探した。一人一人骸を調べ、それが見知った顔なら息を確かめ、その度に落胆した。そうして儂は全員の骸を調べ終え、絶望したった。阿呆共が。奴等、一人も逃げておらなんだ。儂が戻るまで死守して見せる、その約束を守ったのだろう。救いようのない阿呆だ」
「彼らは勇敢だった。圧倒的な兵力差を悪鬼羅刹の如き奮闘で補い、例え味方が倒れようとも誰一人我等に背中を向けはしなかった」
「ああ、知っている。よく見たからな。背中に傷を受けた奴は一人も居なかった。おかげで顔に大傷を作ってよく見ねば誰か分からぬ奴が大勢居て苦労したものよ」
編み笠に隠れその顔を窺い知ることはできない。しかしオルランドゥはその心中に渦巻く感情の嵐を感じ取らずにはいられなかった。
「援軍が来ていれば助かった。勝つに至らずとも全滅することはなかったはずだ。事実、攻撃を受けた際には援軍が来る手筈になっていたのだ。だがその指揮官は何をしていたと思う? ゼラモニアの貴族達と晩餐会を行っていたとよ。その時だ。儂が祖国への愛を失ったのは。国家の危機に関わらず権力闘争に励む貴族、己の欲望にのみ忠実で他を省みぬ将、他人の意見に踊らされ本質を見る気すら無い民衆。そのような人間達を儂はもう自身や仲間の命を賭してまで守りたいとは思えなくなったのだ・・・・・・。だが最も罪深きはこの儂だ! 儂は仲間を、自分の半身を救うことが出来なかった! 仲間が危機に瀕しているというときに、何も出来なかった! 何もだ!」
エルヴェシウスはそうしていったん口を噤み雨空を見上げた。
濃い雲が空全体を覆い、晴れる気配も無い。
「祖国を捨てた儂は名を捨て、密かにイヴァリースに渡り、今日に至るまで放浪を続けた。しかし己が罪を忘れた日は無かった。人々と触れ合うたび仲間を思い、その度に罪悪感に駆られたものだ。時には精神に異常を来すほどにな。あるいはとの思いから神に救いを求め門を叩いたこともあった。だが得たものは何も無い。思えば儂には剣しかない。そして儂の剣は常に仲間の為にあったのだ。仲間無き今儂は一個の孤剣となり、そうして今の今まで己が剣を持て余してきた。そして今」
エルヴェシウスが編み笠を脱ぎ捨てる。
土砂降りの雨が見る見るうちに彼の体を濡らす。
そして腰から鞘ぐるみ長刀を抜くと、雨で柔らかくなった地面に鞘を突き刺し、刀を抜き払い、切っ先でオルランドゥを指す。
「貴殿に出会った。儂の仲間を奪った貴殿に」
オルランドゥは何も言わずじっと切っ先の向こうのその目を見つめた。
その目に怒りは無く、ただ悲しみだけが広がっている。
「逆恨みは百も承知。儂自身斬って捨ててきた者は数知れぬ。しかし、それでも、儂は貴殿を斬らねばならん。斬らねば前に進めぬ。愛した仲間達を見殺しにした己を生涯許せぬ。せめて仲間の敵を討たねば、儂は皆に顔向けできんのだ」
その時オルランドゥは見た。彼の頬を涙が一筋流れたのを。
既に雨に流された跡も残っていないが、それは確かに涙であった。
腹は決まった。
オルランドゥは手にした傘を畳み、投げ捨てた。

「お待ちください!!」
激しく降り注ぐ雨にも負けない、凛とした力強い声が響いた。
オルランドゥは背後を振り返り、エルヴェシウスは視線を其方に向けた。
緑色のローブを纏った女騎士、メリアドールが此方に向かってくる。
そしてその後ろには異端者一行が続いていた。
「メリアドール! 手出し無用だ!」
「伯、申し訳ありませんがそれは出来ません」
メリアドールはオルランドゥの隣に並び、その目はエルヴェシウスに向けながら言った。一昨日彼に向けられていた笑顔は無く、その目には敵意しかない。
「貴方の目的が伯の命であるのは先日の立合いの時に一瞬見せた強い殺気で気付きました。私も剣を志す身ですから、武芸者の立合いが手出し無用なことは重々承知しています。ですが、たとえ伯に恨まれ、武芸者の道に背くとしても、今、伯を失う訳にはいきません」
「メリアドール!」
「かまわんオルランドゥ」
エルヴェシウスはオルランドゥを抑えて微笑んだ。
メリアドールもまた彼と同類、すなわち仲間の為に剣を振う人間なのだと気付いたのだ。
「異端者殿と・・・・・・アグリアスは居らんのだな」
「ラムザは大将ですが、優しすぎる。おそらく貴方相手に本気になれないであろうから置いてきました。アグリアスには・・・・・・知らせていません」
「そうか、心遣い感謝する」
エルヴェシウスはそう言って安堵の表情を見せた。やはり彼女を相手にすることだけは避けたかったのだ。
それは師としての躊躇いか、仮初めの親子の情ゆえか、エルヴェシウスにも分からなかった。
そうして彼はメリアドール達を見渡した。
「短い時間であったがお主達と共にいるのは心地よかった。まるで戦友達と過ごした日々のように温かいものであった。それ故に辛くもあったがな」
エルヴェシウスは瞑目し、ふっと淋しげに笑う。遠い日の光景を頭に思い描きながら。
そうしてゆっくりと、大きな構えを取り、
「元鴎国赤龍騎士団『斬鳥隊』隊長、バダム・クレティエン」
静かに名乗りを上げると、ゆっくりと目を開け、
「遠慮はいらん。参れ」
戦いの火蓋を切った。


最終更新:2010年04月05日 22:29