再度、ヤードー



回復魔法とチャクラで目に付くような傷はふさいだものの、
ひとりで四連戦を切り抜けたラムザの消耗は激しかった。
「ラムザ、水は飲む?」
濡らしたタオルの下からラムザが上目遣いで「ほしい」と目で言う。
アグリアスは助け起こしながら口元に水を近づけて飲ませる。
「起きられるなら少し食べましょうか?」
亜麻色の頭がゆっくり縦に揺れる。
ほうほうの体でリオファネス城を脱出した一行はライオネルにルカヴィが顕現したとき同様、
「リオファネス城の怪異」がおさまるまでの間ヤードー滞在を余儀なくされた。
一度は死んだはずのマラークが案外と元気で、
侘びの意味も込めてかいがいしく一行の面倒を見て回っていた。
重傷をおったラムザには回復魔法やチャクラの相性がよいアグリアスがつききりとなり、
たまにムスタディオが汗だくの身体を拭いたり着替えを手伝う。
さいわいなことに食欲はあった。
食事の世話くらいさせてくれとのマラークの申し出はラムザが断った。
アグリアスが粥を食べさせようとしたところ、むっつりとして口を開こうとしない。
「アグリアスさんは僕を無謀だとよく言いますが」
グローグの丘での傷はいまやあとかたもないが、更なる傷が上書きされたその手がアグリアスの短くなった髪に触れる。
「貴女のほうこそ、自分がどれだけ危うい目にあっているのかも気にしないでいる」
レディと呼ばれた人外のものは確かにナイフのような刃物を手にしていたが、
音もなく断ち切られた髪の先端はふわりと柔らかく頼りない感触だった。
「せっかく長くて綺麗な髪の毛だったのに」
ラムザの指先がそれをもてあそぶ。
「僕はあいつに嫉妬しているんです。堂々とねだったら髪の毛をもらえたし。
 あとはもう誰にもやりたくない」
アグリアスは髪からのろのろとカチューシャをはずす。
裏に小さく、「わたしの可愛いセリアのために」と刻まれている。
あの人外のものたちはどこか、ヤードーのセリア姉妹の面影が、あったかもしれない。なかったかもしれない。
異様な事態から生き残るだけで精一杯だったアグリアスは、彼女達の髪や瞳の色など思い出すことも叶わなかった。
カチューシャを外して肩までの長さになってしまった髪を下ろせば照れて火照った顔が隠せて丁度良かった。
「ラファから聞いたんだけど、セリアちゃん、だったっけ。
 まだ居るかもしれないし折角だから会いに行ってはどうですか」
まだいくらか遠慮ののこるマラークが、先程からアグリアスとの間にぎこちない空気が漂うラムザの世話を申し出てきた。
肩までの髪を揺らしながら歩く。
夕暮れ時、アグリアスの透き通る金髪があかがね色に染まる。
つたの絡まる食堂の裏手、濃密な香りを漂わせる花々を押しのけて小さな木戸を探す。
ない。
再度、スイカズラのなかに埋もれながら手で外壁をたどる。
どこまでもなめらかな漆喰の壁が続く。あの木戸はどこにもなかった。壁の色合いはつい最近塗り込められたものではなかった。
表の食堂にまわり扉をあければそこは、一仕事終えた職人達が大声で呑み、歌い、活気にあふれている。
「へい、らっしゃい!お嬢さんひとりかい?!」
ひょろりと背丈ばかりがありあまる、顔の部品で耳が妙に大きい中年の男が景気良くジョッキを配って回る。
これまたひょろりとして耳が大きい娘と青年が、酔客に負けじと元気な声で注文を復唱し、父親の仕事を手伝っている。
店の壁には見覚えのある時計がかけられ、時を告げてからくりが動き出す。
古い流行歌にあわせて、赤ら顔で固太りのアコーディオン弾きとぽっちゃりした女房、
しっぽの先がくにゃりと曲がった白いネコ、金色の瞳のネコの人形がくるりくるりと回る。
褐色の肌の少女がそのちいさな手にのせた人形ではないかたちで、どこかで見たことのある面々が。
辻占いのたぐいなど山師も同様、いつもならば気にも留めないはずだったがその日、
ふらふらと吸い寄せられるように卓についていた。
以前入ったときよりもずいぶん広く感じる食堂、奥まった場所に女の占い師がおさまっていた。
ところどころ歯が抜け落ちた口でニィ、と笑ってアグリアスを手招きする。50絡みの痩せぎすな女だった。
毒々しい真っ赤な色に髪を染めている。
耳が飛び出したように大きい親子と職人達の喧騒をさして気にせず、
骨ばった指は手際よくカードを切りまぜ、並べていく。
何を占ってほしいのかもいわないまま座り込んだ客が勝手に話し出すのを待ち、カードを読み解く糸口が現れるのを淡々と待つ。
「ここの店は、いつからこの御主人なんですか」
「そうさね、アタシはこの店だとアンタくらいの娘のころからの馴染みさ。
 おふくろさんが隠居した後はあいつが倅と娘連れて戻ってきてやってるから、かれこれ14、5年くらいかね」
「ここの裏口から入れる部屋を誰かに貸していたりはしませんでしたか」
「裏口?ああ、裏口ね」
ありもしない裏口を話題にしたアグリアスを、おかしな娘だと決めてかかるような聞き返し方ではなかった。
「裏口はふさいで表の店の部分を広げたからもうないわな。
 ほれ、ここ、このあたりは丁度、その裏口から入れた部分だった。何年か前に総ざらいしちまって壁ぶちぬいたからね」
いつから切っていないのかもわからないくらい長いツメが卓をつつく。
「あんときゃアタシもおこぼれにあずかってさ、面白いものを沢山貰ったよ。
 インチキ臭い錬金術の本やら古代の失われた魔法書やらがわんさか出てきたさ。
 なんでも、魔力で動く機械仕掛けの人間だとか、魔のものの力を借りて死人を再生するだとか。
 ウソっぱちだとわかってても面白かったね」
シューシューと歯の隙間から酒臭い息を吐きながら赤く染めた魔女の指がカードを並べてゆく。
「ああ、お嬢さんの恋愛運は申し分ないね。いい人がもういるんじゃないかね。それと、尋ね人はもう少ししたら会えるかもしらん」
思ったようなかたちでの再会ではないかもしらんがね、と、魔女はツメの先でカードをひっくり返す。


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最終更新:2010年03月26日 17:23