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ランベリー城城門前にひしめく、100を越える殺気の群れ。
その殺意は、ラムザを始めとして、彼の4人の仲間にも
わけへだてなく平等に降り注がれている。
多勢に無勢という言葉にふさわしいこの状況で、
平静に佇む、たった5人の侵入者の様子は明らかに異常であった。
城を護る剣士達の殺意、罵倒、嘲笑。
そのいずれにもまるで応じず、沈黙を貫く5人――
それはどこか、闇夜に巣食う亡者たち…
人の手に負えぬ死霊の集まりを思わせる、不吉な存在だった。

「――そろそろいってもいいでしょうか?
 どうせこの手の輩は説得になど応じはしません。
 今までだってずっとそうだったでしょう」

気だるげなレーゼの問いかけに、ラムザは迷う事無く答えた。

「お願いします」

レーゼの言う通りであったし、本物の戦場とは、口喧嘩の場などではない。
どちらかの流血をもってしか、場を収めることは叶わない。
対価とは、犠牲を支払ってはじめて手にできるもの。
ラムザ達は、平和という対価を求めて、その手を赤黒い血で
染め続け、その道程に数多の屍の山を築きながらここまで進んできた。
今更後戻りなどできるはずもない。
ラムザの許可に薄く笑ったレーゼは、わずかに腰を落として
前傾姿勢をとる。
数を頼みにして、自軍の優位を疑わない警備兵達は、
彼女のそんな変化に気づくはずもない。
気づいたとしても、細身の女が何をどうしようと、何ら脅威として
認識しないだろう。
レーゼの足元の石版が踏み砕かれ、人型の弾丸が
城門前を駆け抜ける。
目にも留まらぬ速度で疾駆するレーゼは、言うなれば一陣の竜巻。
脆弱な人間にはどうすることもできない圧倒的な
暴力の塊となった彼女は、脇を通り過ぎる不運な人間を、
無慈悲に巻き込んで、一瞬のうちに叩き壊す。
断じてその動きは、人間のものではなかった。
人域を超えて余りある速度を殺すために
足止めとして踏まれた石版に、深々と線状の軌跡が
刻み込まれ、そうしてようやくレーゼは止まった。
敵陣の中央に突如移動したレーゼの動きを
視認できた人間が、ラムザ達を除いて一体何人
この場にいただろうか。
瞬間移動ともいうべき芸当の種明かしが、
彼女がただ走ってそこに移動しただけというのは、
普段のレーゼを知らない者にとってはにわかに
信じがたいことである。
しかし、彼女の行動が曲芸でも冗談でもない、
まぎれも無い開戦ののろしであったことは、すぐに周知の事実となった。
レーゼが一直線に通った道…その端に居合わせた
ほとんどの人間達の首が、不自然な方向に捻じ曲がっている。
それはまるで、静かに佇む出来損ないの人の模型を思わせた。
通りすがりにレーゼに頭を軽く撫でられた剣士達。
首の骨を破壊された彼らは、糸が切れた人形のように
次々と地面に倒れ付した。
一瞬のうちに首をへし折られた人間以外の者は、
わき腹が鎧ごとごっそりとえぐられていたり、体に大穴が開いている。
いずれも致命傷を負った彼らは、断末魔の悲鳴を上げながら、
自分達が何をされたのかも分からずに血の海に沈んでいく。
数秒前の喧騒は霧散し、水を打ったような静寂が辺りを包む。
数十人の視線をその一身に受けるレーゼは、
両手を鮮血に染め、赤い飛沫をドレスに散らせて、
静かにそこに佇んでいた。
物憂げなそのかんばせは、まぎれもない人間の女のそれである。
体躯も何ら変哲が無い。
―――ならばコイツは一体何なのか―?

「この…化け物があッ!!」

皆の頭を支配する疑問の答えを叫びながら、
怒りに身を震わせて一人の男が大剣を振るった。
レーゼは両腕をだらりと下げたまま、何もしない。
ただぼんやりと、退屈そうに男を眺めているだけ。
うなる白刃が、レーゼの細い首を斬り飛ばしたと
男が確信した刹那、何かに刃の動きが止められた。

「……!?」

唖然とした男が手元の剣に見入る。
刃はレーゼの首の寸前で止められていた。
刃の動きを抑えているのは、人差し指と中指。
白く、細いしなやかな指は、美しいが故に魔的な雰囲気を
かもし出して、白刃を呪縛から決して解こうとしない。
何かの冗談としか思えない悪夢じみた状況だが、
剣は万力にでも挟まれたようにびくとも動かない。
刃を二本指でつまんだまま、さもつまらなそうにレーゼが手首を軽くひねると、
それだけで長剣の刃身がいとも簡単にへし折れた。
真の恐怖に襲われたとき、人の思考は真っ白になり、
行動が何もとれなくなる。
それは、この剣士も例外ではなかった。
もっともレーゼにとっては、相手が動こうが動けまいが
まるで関係のない話であった。
並みの人間など、竜の化身である彼女にとっては
ちっぽけな蟻(アリ)のように無力でしかないのだから。
消したいのであれば、圧倒的な力に任せて叩き潰すだけ。
死の恐怖に凍える男の後頭部に、レーゼの手が
そっと添えられる。
男が更なる絶望に身を沈める前に、
レーゼは男の顔面を力任せに地面に叩き付ける。
頭が地面と接触するまで、1/5秒とかからない。
激突の衝撃で十数個の石版が同時に粉砕し、
爆弾の炸裂音にも似た轟音と共に、地面に亀裂が入る。
小児の背丈ほども地面が陥没し、もうもうと粉塵が舞い上がった。
もはや悪夢と呼ぶにも生ぬるい眼前の光景に、
剣士達は心底震え上がり、言葉も出なかった。

「逃げたい人は逃げていただいて構いません。
 追いはしませんので」

涼やかなレーゼの声が、煙幕の向こう側から送られる。
何の気負いも無い軽やかな彼女の声は、
人の命に対する女の価値観の片鱗をうかがわせて、
男達をより一層恐怖させた。

「私も無駄に人を殺したくはありません。
 血は臭くて、汚らわしい」

煙幕が薄くなっていき、次第にレーゼの姿があらわになる。
その様子を男達は固唾を呑んで見つめ続けた。
そのうちに、レーゼが何かを手にしているのに男達は気づいた。
「それでもまだ私と戦いたいというのなら…
 このように、苦しませずに殺して差し上げます」

彼女が高々と掲げるソレは、頭が消し飛んだ男の屍骸。
返り血に頬を赤く染めて、不満げな面持ちのレーゼが
死体の首を握って、何の苦も無くそれを宙吊りにしていた。
手品や小手先技といった決め付けでは説明のつかない、
人間離れしたレーゼの圧倒的な実力。
それが今、これ以上ない形で残酷に証明された。
今度こそ、悲鳴が至る所で沸きあがった。
ある者は腰を抜かしてその場にへたり込み、
またある者はわき目も振らず遁走する。
恐怖が伝染病のように蔓延し、恐慌に呑まれるただなかにおいても、
何割かの人間はその場に踏みとどまった。
意地か矜持か、それとも仲間を殺されたことによる復讐か…
時として人は、打算を越えた感情で動くこともある。
数十を越える抜き身の白刃に囲まれてもなお、
レーゼは泰然とした様子を少しも乱さない。

「さっさと逃げれば命は助かるのになあ…。
 わざわざ殺されに物好きなことですね」

それは悪意ある挑発でも皮肉でもなんでもなく、
レーゼの率直な本心による言葉であったのだが、
怒りに思考が煮えたぎっている彼らにとっては、
自身の愚を揶揄する罵倒にしか聞こえなかった。
殺気と怒気が臨界点に達し、数多の刀身が
同時に叩きつけられると思われた刹那、
突如レーゼを取り囲んでいた剣士達のうち三人が
絶叫を上げた。
「いつも言っているだろう?レーゼ。
 君は目立ちすぎるんだ。
 だからいつも敵方にそうやって囲まれてしまう」

「ベイオウーフ」

悲鳴を上げながら足元から石化していく
三人には目もくれず、ベイオウーフは
剣にまとう魔力の残滓を血振りでもするかのように振り払う。

「戦い方というものがあるだろう?
 そんなに派手に立ち回っていると、敵に取り囲まれて
 危険だし、すぐに君の身体が汚れてしまうよ」

「細やかな戦術は私の性に合いませんわ。
 ベイオウーフ。
 人間相手では、力の加減が難しいのですよ」

恐怖に顔を彩られた、世にも精巧な人間の彫刻が
三体出来上がった。常軌を逸した事態に、
先ほどまで場を支配していた熱気は消失し、
再び異様な沈黙がその場に広がった。
場違いな男女の談笑のみが、静寂の中に奇妙に響く。
ベイオウーフは軽い足取りで石像の一体の隣に立ち、
おもむろにそれの頭に手を当てた。
血を一切流す事無く、標的を静かに、確実に葬り去る。
それは綺麗な、人の殺し方だった。

「貴方は器用ですね。ベイオウーフ」

自虐ともとれる、僅かな微笑がレーゼの顔を彩った。
「そうでもないさ」

そう言って、ベイオウーフは石像を手で押し倒した。
人型の彫像は地面に倒れ、見るも無残に砕け散る。
血も臓物も目に映らない、無機質な人の死。
しかしそれは、形を変えただけの、まぎれも無い人の最後の瞬間だった。

「君に合わせるよ」

「…ありがとう。ベイオウーフ」

微笑みを携えて、レーゼはやわらかく瞼を下ろす。
胸の内に広がる温かみを、今ここで確かめるかのように。

「さあ。続きといこうか。
 それとも降参かい?」

ベイオウーフはゆるゆると長剣を正眼に構え、
レーゼは彼の言葉に呼応するように、従容と臨戦態勢をとった。
ベイオウーフの力を目の当たりにして、さらに何人かが逃走したものの、
どこからともなく怒号が上がり、それは次第にうねりとなって
再び先ほどまでの殺意と敵意の集合体をつむぎ上げる。
決死の覚悟で次々に踊りかかる剣士達の剣戟を、
レーゼは人外の動体視力をもって紙一重で避わしつつ、
殺傷力過剰の拳撃で一人また一人と血の海に沈めていく。
ベイオウーフは持ち前の魔法剣で敵の弱体化を
請け負いながらレーゼのサポートに回る。
サポートのみならず、剣の鍔迫り合いに持ち込まれてもなお、
彼の剣は的確に相手の急所を切り裂いていく。

「…ふむ。そろそろ私の出番のようだな」
オルランドゥは鞘から聖剣エクスカリバーを抜き払う。
冷たい鞘鳴りを立てて、世にも美しい剣の刃があらわになった。
刀身に鮮やかな紋様を刻まれた、至高の芸術品にして
至高の騎士剣。騎士の頂点に立つ、剣聖の得物である。
これから戦に臨もうというにはあまりに静かな様子で、
オルランドゥはエクスカリバーを携えて佇立する。
ラムザが気づくよりも前に、彼は場の異変を察知していた。

「少し先で邪な者達がうごめく気配がする。
 大方、エルムドアめが異界から召喚した悪魔の類だろう。
 彼奴らの足止めは私が引き受けよう」

返事も聞かずに、オルランドゥは二人に背を向けて
そのまま先に進んでいく。

「伯、ご無事で」

ラムザの低く、強い意志のこもった呼びかけに、
オルランドゥは振り返って、ニイッと笑った。

「ラムザ。アグリアス。
 死ぬなよ」

彼の靴が踏み鳴らす石版の音は凛とした響きをもって、
戦場の喧騒にまぎれる事無く、二人の耳にいつまでも残響していた。
ラムザが戦況を見やれば、敵の数は残り少なくなっている。
レーゼとベイオウーフの快進撃により、あれだけいた
警備兵たちも、もはや数えるまでになっていた。
彼らの役目は、特攻。
戦場では、彼らは常に先陣を切って、敵の戦力を大まかに削る役を担う。
主力級かつ隊の長であるラムザを無事に守り通し、
出来うる限り無傷のまま…つまり彼の戦力を万全の状態に
保たせたままで、敵の大将格を削ぐためにぶつけるまでの護衛である。
人域を超える速力の貫き手で剣士の胸板を鎧ごと刺し貫きながら、
半身を返り血で赤黒く染めて、レーゼが二人に声を掛ける。

「ラムザ。雑魚は私達が始末します。
 どうぞ奥へ。
 妹さんを救出して下さい」

剣士達と間合いを計りながら、背中越しにベイオウーフも
声を上げる。

「後続はオレ達が責任をもって食い止める。
 君達は先に進んでくれ」

「二人とも、よろしくお願いします。
 どうか、ご無事で」

先に進むラムザに付き従うアグリアスに、レーゼは
すれ違いざまに檄を飛ばした。

「アグリアス…ラムザを…隊長を
 頼みますよ」

普段どおりの仏頂面をまるで崩さずに、澄ました顔で、
アグリアスは応えた。

「分かっている。
 お前達も死ぬなよ」
ラムザとアグリアスの二人は、城内に潜む刺客に
注意を払いながら、慎重に奥に進んでいく。
城内にも兵が控えている可能性は考えられたが、
それはないと、敢えてラムザ達は断じた。
彼らの経験ゆえの判断である。
城門前に控えていた警備兵達は目算で100人以上である。
いかな城主といえども、命を賭した兵をあれ以上
雇うだけの資金を持っているとは考えにくいし、
命惜しさに逃げ出した者以外の剣士達は、
背水の陣といった鬼気迫る雰囲気だった。
城内に兵が控えているのならば、形勢が
不利になった時点で城内に逃げ込むことで仲間と合流し、
勝算を増すことが可能になる。
にも関わらず、彼らは一向にそうしようとしなかった。
あれはすなわち、後がないこと。
つまりここを突破されてはもう兵が残されていない
証であると考えられる。
オルランドゥが出現を察知した新手の魔物というのも、
ラムザ達を城門前で始末しておきたいから
呼び出したのであって、いわゆる“切り札”とも
いうべき駒を早々に動かしたのは、城内に兵力が備わっていない
という推理の裏づけになる。
二人は足音を殺しながら、慎重に、できる限り素早く先に進む。
当然の事ながら、二人は無言であり、
会話も必要最小限しか行わない。
無味乾燥とした雰囲気を保っていた。
ラムザはアグリアスに気遣って顔色を伺うこともないし、
アグリアスもそんなことなどする理由が無い。
二人は同じ隊の仲間であって、それ以上でもそれ以下でもない。
ラムザは敵の首領たるエルムドアを狩るために
こうして万全の状態で城に潜入し、アグリアスの役目は
彼の役目を阻止しようとする外敵を排除することである。
その目的を遂行する上で感情は無用であり、
男と女という性別さえも無意味なものとなる。
必要なのは、各々の役目を果たすための実力のみ。
そして互いの実力の程は、長い付き合いの中で
十分に認識しあっている。
不要な気遣いは相手の実力を過小評価した
無粋極まりないものでしかないのである。
言葉はかけずとも、二人は無言の信頼関係で繋がっていた。
ラムザとアグリアスは敵陣において、感情を排した
論理的かつ合理的な思考を組み立てつつも、
背中を預けられる頼もしい仲間の存在と、
以心伝心のこの現状を、互いにどこか心地よく感じていた。


最終更新:2010年03月27日 00:00