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ラムザ達の予想は見事に的中し、雑兵どころか
ついに一人の刺客とも遭遇しないまま、二人は広間へと到着した。
燃え盛る二つの燭台に照らされて、薄暗い部屋に
5つの影が浮かび上がる。
ラムザとアグリアスの眼前に立つのは、銀髪鬼エルムドア。
その脇には、右と左に一人ずつ悪名高い女の殺し屋を
はべらせている。
まんまとここまでラムザの侵入を許したにも関わらず、
エルムドアはあくまで泰然として、優雅な立ち振る舞いを決して崩さない。
二人の殺し屋は、人でありながらまるで闇の中に
わだかまる影のような存在である。
存在感がおぼろで、実体をもった幽霊であるかのような
不気味な印象を二人に与えた。
見るからに、人気の無い場所では会いたくない類の人間である。
「ようこそ我がランベリー城へ。
 手荒な歓迎になってしまったが、許して欲しい。
 彼らは所詮、品格をもたない下衆でね。
 主人の言いつけも守れず、
 ろくに賓客の持て成しもできない駄犬なのだよ。
 おかげで私自らがこうして君のお相手をしなくてはならない」

鷹揚に喋るエルムドアは白々しいほどの笑みを浮かべ、
親しげにラムザに語りかける。
貴族然とした態度は、彼が"かつて"本物の貴族であった
頃の名残だろう。しかし今となっては、銀髪鬼エルムドアは
心身共に聖石の魔力に蝕まれた、人外の存在でしかない。

「妹はどこにいる?
 アルマを返してもらおうか」

「ふふっ…。気が早いな。
 単刀直入で事務的。
 貴族同士の社交というものは、
 もっと会話と雰囲気を愉しむものだよ。
 それでこそ上流階級の嗜みではないのかね?
 ラムザ・ベルオブ」

「…僕はあなたとお喋りをしに
 ここまで乗り込んできたわけではない。
 おとなしく妹を返してもらえれば良し、
 さもなくば…死んでもらおう」

「つれないものだな。ここまで勝ち進んできた
 君達の武勇伝でも聞かせてはくれないのかね?」
無言で剣を構えるラムザを目にして、エルムドアは
大きなため息をつき、肩をすくめた。

「まあ何にせよ、戦いは避けられない。
 君にこの場を愉しむような気持ちはないようだ。
 私としても、見過ごすことの出来ない
 痛手を君達から受けているものでね。
 どの道君達を生かして帰すつもりはない。
 君達を殺してしまう前に、ほんの少しだけ
 お話に興じたいとも思ったが…残念だ」

そういってエルムドアが手を頭上にかざすと、
何も無い空間から突如異様な剣が出現した。
片刃の剣である。
いや、それ自体は二人も初見ではない。
ラムザ達が常用する両刃の剣とは異なる
片刃の剣は、遠く異国の地から貿易によって
国内に輸入される外来の剣であり、
硬度、切れ味ともに優秀な性能を備えている。
エルムドアが手にしている剣の異常性は、
その刀身の長さにある。
所有者の身長を優に倍する程の長さの刀身を備えた剣。
これほど常軌を逸した長物など、今日この日まで
この世と地獄が交錯する修羅場と死線をくぐり抜けてきた
二人でも、見たことも聞いたことも無いような代物である。
剣の刀身は、基本的に長ければ長いほど良い。
刀身が長くなるだけ、使用者の攻撃の間合いが広くなるからだ。
しかし長すぎる刀身は、逆に使用者の負担となり、身軽さを奪う
足かせとなってしまう。剣とは、その構造上鉄の塊であり、
刀身が長ければ長いだけ剣の重量は増すのが道理である。
重い剣は使えない。実戦では、身軽さが何よりも要求される。
武器の威力や種類など二の次だ。
相手よりも先に得物を敵方に叩き込めば、ほぼ勝負は決する。
即死させることが叶わなくとも、重傷を受けて動きが鈍った敵を
追撃によって仕留めるのはたやすい。
したがって、使用者の負担が少ない軽い剣が好ましい。
小回りが利き、素早く振り回せる剣が望ましいのだ。
現に、暗殺と諜報を生業とする忍者は、
派手な長剣など決して使おうとしない。
彼らが好んで使用するのは、忍刀。
軽さと携帯性を重視して設計され、忍者達が頼みとする
高い機動性を損なわず、逆にそれを存分に生かすための
必要最小限の刀身を備えた短刀である。
もしも力と技量に自信があるのなら、自らの腕力と相談して
相応の長剣を使えば良い。
そんな剣士の常識から明らかに逸脱した刀を手にするエルムドア。
もしも彼があの"超"長物を自在に扱えるのだとしたら…
剣の重みや空気の抵抗など意にも介さないほどの
力で剣を振るえるのだとしたら…あの長物を使うことによって
得られる剣の間合いと威力の利は脅威である。
異常な長剣を軽々と片手で掲げながら、
エルムドアは悠々と二人の様子をうかがい見る。
ラムザの隣に控える女…整ったかんばせに備わった双眸は、
秋の澄んだ空を思わせる、鮮やかな蒼を携えている。
美しいばかりでなく、確かな信念に支えられた、揺ぎ無い
強い意志を宿した瞳は、彼女の凛とした佇まいを
より一層強く印象付けるようである。
折れず、曲がらず、硬さと強さと美しさを兼ね備えた、
鍛え抜かれた異国の刀。そんな形容が、彼女にはぴったりだった。
見たことも無いであろう、異様な凶器を目の前に突きつけられてもなお、
おびえた様子を見せない彼女にエルムドアは思わず苦笑した。
「困ったな…。女性と斬り結ぶのは
 やったこともないし趣味でもない。
 ………。
 セリア。レディ」

生きた人形のように、直立不動のままエルムドアの
左右に控えていた二人が、揃って顔を上げる。

「あちらのお嬢さんのお相手は、
 セリア。レディ。
 お前達が務めて差し上げろ」

「わかりました」

「仰せのままに」

無機質にそう応えて、セリアとレディと呼ばれた殺し屋は
揃って佩剣を抜き払う。
セリアと呼ばれた女は侍が得物とする片刃の刀を両手に携え、
レディと呼ばれた女は忍者が用いる忍刀を両手に掲げ持つ。
それぞれが二刀流。四本の白刃が、薄暗い部屋の中で
ちらちらと白く、妖しく輝いた。

「丁重に、誠意を込めて殺せ。
 ただし首から上は傷つけるな。
 色々と“遊び甲斐”がありそうだからな」

先ほどまでの弛緩した空気が急速に氷結し、
殺意と敵意がみなぎる、一触即発の緊迫した雰囲気に急変する。
「アグリアスさん」

視線の先を正面のエルムドアに据えたまま、
ラムザは隣のアグリアスにそっと声を掛ける。

「あの2人…僕達の仲間を以前、3人も殺しています。
 強敵ですが…抑えておいてくれますか?」

「…一々確認するな。お前の背中を
 守るのが私の仕事だ。
 お前はあの銀髪を片付けることだけを考えろ」

ラムザの戦いの邪魔にならないように、
アグリアスはラムザと距離をとっていく。
2人の暗殺者も、指し合わせたように
アグリアスと同じ方向へ移動していく。

「アグリアスさん。死なないで下さいよ」

「お前もな。生きろよ、ラムザ」

2人の間で交わされる、色気も何も無い無骨なやり取り。
視線も交わさず、互いが互いの力になることさえできない。
それでも、言葉を交わすことはできる。
死んで欲しくない。生きていて欲しいという願いを
互いに伝えることはできる。
その僅かなぬくもりは、儚い力しか持たない。
現実的には、何の助力にもならない気休めでしかないとも言える。
しかし、ラムザとアグリアスは、何度と無くこのやり取りを
繰り返して、今日この日まで戦い続けている。
このちっぽけな、生還のための祈りを繰り返して。
アグリアスは剣を構えたまま、微塵の隙も見せずに
眼前の2人を見据える。
気圧されないように自身を鼓舞し、相手を威嚇するためにも
鋭い視線を叩きつける…が…。
そんなにらみを全く意に介した様子も見せずに、
セリアとレディは静かに佇立し、アグリアスの様子を観察する。
実に嫌な目だった。
およそ人間らしい感情のほとんどを排した、人形じみた目。
敵意も、示威も、怒りも何も感じられない。
そこに在るのは、透明で純粋な殺意のみ。
それになにより、これから刃を交える相手を人間として
見なしていないかのような奇妙な視線。
アグリアスを、これから解体される牛か豚のように、
暗い目で無感情に見据えている。
アグリアスがこの人形じみた2人の思考の内容を知る由も無いが、
事実、2人の暗殺者の頭の中で今構築されている考えは、
目の前の標的をいかにして殺(バラ)すかという一点のみ。
過去に殺してきた膨大な数の人間の記憶と
眼前の標的の特徴を照合し、最短で死に至らしめる方法を検索する。
そこに感情など介する必要はなく、相手の苦痛や恐怖など
思いやる必要も何も無い。
迅速かつ確実に標的を亡き者にすること。
それだけが、2人を暗殺者たらしめる必要十分条件。
目の前に佇む2人の女がいかに危険な存在であるのか、
アグリアスは直感的に理解していた。
幾多の死線を乗り越え、アグリアスは色々な意味で
狂った人間を目の当たりにしてきた。
快楽殺人者を始めとした、殺しに喜びや生きがいを見出すアウトサイダー。
人の苦しみと悲しみ、怒りと絶望、それに命を
至高の糧として生きるような、社会の闇に巣食う破綻者達である。
そんな頭の螺子が緩んだ狂人達と、アグリアスはうんざりするほど
刃を交わしてきたが、心のあり方は違えど、彼らは"人間"だった。
人の不幸を喜ぶ心情も、嗜虐の感情も、人の心には
元から備わっている。戦場という常軌を逸した環境に放り込まれると、
そういった負の感情が増長し、たがが外れて心が歪んでしまうだけの話である。
異様な熱を帯びた殺人鬼、冷酷無比な拷問嗜好者。
心には温度があり、熱い心を持った者か、冷たい心をもった者かの
いずれに属するのかは、目つきや雰囲気から容易に判断がつく。
その経験則から鑑みるに、眼前の2人の存在は異常というほかない。
彼女達には、「熱気」も「冷気」も感じられない。
温度をもたない、0度の世界で心が静止した存在。
殺人に喜びも悲しみも見出さない、快楽殺人者とは
明らかに異なる暗殺のプロフェッショナルである。
今までアグリアスが出逢ってきたどんな狂気とも違う、
死を生み出す闇が冷たく結晶し、人型をとったような人間。
殺しを日常化した作業として、淡々と遂行する、
感情と自我を削がれた完全なる狩猟犬。
自らは何も望まず、何も欲さず、主の命に従うまま
ただ死人を増やしていくだけの存在である。
生きながらにして、2人の心は既に虚無、死人のそれと同じ。
歩く死人である。言わば生者を本能的に冥府へと
引きずり込む、悪霊の類と大差ない。
何の光も映さない、暗くよどんだ瞳には、人間らしさなどもはや
感じられない。
2人の瞳に宿る闇に吸い込まれるかのような錯覚を覚え、
アグリアスの全身に悪寒が走る。
戦士としての本能が、思考を介さずに適切な行動を選ばせていた。
ふとアグリアスが気づけば、自身の左手が腰に佩びた剣の柄に掛かっている。
剣士は、戦地に赴く際に、剣を二本持っていく。
剣とは折れるものである。折れずとも、斬り合いの際に
弾き飛ばされて、剣を失うという事態は珍しくない。
そういった場合を想定し、予備の剣を持っていくのである。
華やかな装飾に彩られた騎士剣は、彼女が普段から愛用して
いる業物であり、予備の剣は、それに較べて何の変哲も無い
みすぼらしい剣である。
この剣は、彼女が幼少の頃より使い続けてきた第二の命。
雨の日も、風の日も、この剣を振るって技をその身に刻み込んできた。
アグリアスと共に道を歩んできた、彼女の誓いと魂が宿った剣。
それを肌身離さず、こうして彼女はいつも戦場に持参していた。
初志を忘れないために。今までも、これからも、共に道を歩んでゆくために。
左手が、この剣を求めている。相対したこの死線において、
誓いの剣を使えと無言で訴えている。
体は自然にそれに応え、佩剣を左手で抜き払う。
右手には剣匠が魂を込めて鍛え上げた唯一無二の騎士剣を。
左手にはこれまでの道を共に歩んだ唯一無二の剣を。
二刀流は、専門外といえども修めている。
セリアとレディは共に二本の刀を手にしている。
四本の刀から繰り出される、驟雨の如き斬撃をしのぐためには、
一振りの剣だけではとても追いつかない。
絶対に、左手の剣の力が要る。
守りに頼みを置いていては出遅れる。
全ての力を攻めに回さなくては、この修羅場を乗り切れない。

「せいぜい苦しんで死んでもらおうか。
 君の悲鳴と絶望こそ、我が溜飲を下げるための
 極上の美酒となる」

異様な長物を苦も無く構え、白く、冷たく光輝く
白刃に殺意をたぎらせながら、エルムドアが邪にせせら笑う。

「貴様が死ね。エルムドア」
そう冷徹にはき捨てて、ラムザはエルムドアに踊りかかった。
信念を込めた騎士剣と、呪われた妖刀が刹那の間に交錯する。
白刃と白刃がぶつかり合う鋭い音が、同時にアグリアスと2人の
殺し屋の開戦を告げるのろしとなる。
セリアとレディが双方の間の距離を一瞬のうちに詰めて、
むき出しの殺意を込めた刀を振りかざし、アグリアスに斬りかかる。
素早さと正確さを兼ね備えた斬撃を二振りの剣で
打ち払いながら、刹那の隙を突いて反撃を試みるも、
申し合わせたように防がれてしまう。

「(…速いくせに重い剣…!)」

動きは軽捷にして、振るう太刀は鉛のように重い。
きゃしゃな外見には不釣合いな力は、攻撃を防ぐ
アグリアスの体力を、確実にじわじわと削っていく。
いみじくも先ほどまでの読みは的中し、セリアとレディの
振るう四本の刀による攻撃は、間断なく雨のように降り注がれ、
アグリアスは一方的に防戦を強いられている。
多対一など、今まで何度も経験してきた戦いだが、
この2人はこれまでの敵とは別物である。
連携がほぼ完全にとれており、容赦の無い
正確な攻撃を次々と仕掛けてくる。
集団戦になろうと、しっかりとした連携をとって
一人に襲いかかれるような者は稀であり、
その隙が、多勢の難を崩すための突破口になるのだが…。
動きも素早く、目で追えないほどではないが、
連撃に次ぐ連撃は、アグリアスに息つく暇さえ与えてはくれない。
いかにせん、手数が多すぎる。
こうしてアグリアスと、2人の殺し屋が刃を交えるのは今が初めてだが、
以前に、エルムドアが率いるセリアとレディの2人と、
ラムザの部隊はリオファネス城屋上でぶつかったことがある。
ラムザの話によれば、その際に、鍛えられた手錬の仲間が
この暗殺者たちに3人も殺されたという。
その言葉が事実であることを、アグリアスは今こうして
身をもって思い知っていた。
圧倒的優位を保っているにも関わらず、セリアとレディの顔には
余裕の笑みどころか表情も何も浮かんでいない。
油断や驕慢…いや、そんな人間らしい感情など一片も見せず、
付け入る隙を与えずに標的を迅速に仕留める狩人。
3人の仲間はまぎれもなく、正気の埒外の世界で暗躍する、
この闇の住人達の餌食となったのだ。
相変わらず、能面のような顔で、矢次早に刺突と斬撃を
見舞うセリアとレディは、絶え間なく動いているというのに、息一つ上がっていない。
最初の印象に違わず、彼女らは本物の殺人機械であった。
それも飛びっきりの、“人殺し”という名の道具。
道具は自我など持たず、生まれ持った性能をもってして
求められるところの役目を全うする。
セリアとレディは息もつかせぬ斬撃の嵐を繰り出して、
アグリアスは鍛えぬいた技をもってしてそれに応戦する。
一見すると、どちらも決め手を持たない、こう着状態のように
思えるが、攻撃を受け続けるだけで体力が削られていく
アグリアスの方が、明らかに分が悪い。
このまま持久戦に持ち込まれれば、いずれ疲れ果てたところで
セリアの侍刀か、レディの忍刀のどちらかに斬り刻まれることになる。

「(せめて聖剣技を使う隙があれば…)」

アグリアスの切り札ともいえる聖剣技は、確かに強力な
決め技であるが、技を繰り出すまでに数秒の硬直が生じるという
欠点があった。硬直が一番短い小技であっても、
2秒間の動作の停止を余儀なくされる。
この2人を前にして2秒の硬直…刈れと言わんばかりに
自ら首を差し出すがごとき愚行である。
敵方に傷を負わせて動きが鈍った場合や、
ある程度力量の差がある格下が相手の場合には
聖剣技は有効かつ頼もしい攻撃手段であるが、
今のような激しい剣の応酬下では、聖剣技を繰り出すための
わずかな硬直が、即、死につながる。
セリアとレディが、そんな隙を見逃すはずが無い。
使おうとした瞬間に、間違いなく殺される。
結局の所、現時点において、聖剣技の使用は不可能なのである。
かといって、このまま消耗戦を強いられていれば
いずれアグリアスが敗北することは明らかである。
じわじわと焦燥感が心を侵食し、歯噛みする
アグリアスに対して、依然として2人の殺し屋は
付け入る隙を与えずに怒涛の剣戟を降り注ぐ。
そんなこう着状態の中で、ラムザとエルムドアの打ち合いが、
アグリアスの視界をちらりと横切った。
エルムドアのもつ、片刃の超長剣は伊達ではないようで、
異様に広い剣の間合いを存分に生かし、ラムザの進撃を許さない。
ラムザも執拗に食い下がり、懐にもぐりこんで
致命打を浴びせようと懸命に粘っているようであるが、
エルムドアの剣の腕も確かである。
そうはさせまいと、常人には手に持つことすら不可能であろう
重量の剣を軽々と、器用に振り回し、まるで球形の結界でも
紡いでいるかのようにラムザを寄せ付けないでいる。
さっさとこの2人を片付けてラムザに加勢したいのだが、
加勢どころか、このままでは自分の命がまず危ない。


最終更新:2010年03月27日 00:03