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「ふっふっふ、やっと見つけたわ」
 闇夜の草むらの影からこそりと姿を見せる怪しげな影。帽子の下で黄色く輝くその瞳は、
見るからに黒魔道士のそれにしか見えないが、実際そのとおりである。
「ベオルブ家の御曹司が異端者ねえ…名門のおぼっちゃまもおちたもんね」
 そう呟いて彼女はにやりと笑ったのだが、黒魔道士の彼女の表情はやはり伺えない。
「見てなさいよぉ、あのラムザを捕まえればいかにあたしが優れた魔道士か、あの馬鹿な
 連中もきっと理解するわ…うふふふふ…!」
 彼女の名はジェニック。ラムザ一行を狙う賞金稼ぎの一人であった。

「人数増えたなあ…」
 焚き火の前でそう呟くのはムスタディオである。
「ラムザさんは異端者なんだから、もっと自重して少人数で行動すべきだと思うんだけど…」
「いいじゃない、旅は道連れ世は情け、って言うし、味方だって多い方がいいわ」
 眉をひそめるアリシアの肩を、ラヴィアンが笑いながらぽんぽん叩いている。
「でも、おかげで見張りも人数増やさなきゃならないって話でしょ?」
「今日の見張りはアグリアスにマラーク、あとクラウドか…」
「クラウドって変な奴よね。何考えてんのかわかんないんだもの」
「いい男じゃない?」
「黙っていればね…」
「っもー、アリシアったらカタイ! カタイわよ! クラウドの髪型なみにカタイ!」
 楽天的なラヴィアンに、アリシアがため息をつく。
「けどほんっと訳わかんねえからな、あいつ。自分のこと全然話さねえ割りに人の話を聞くのは好きだって言うし」
「そーねー、ムスタディオの銃の話を何も言わずに聞いてくれるくらいだもんねえ」
「どういう意味だよそれ」

「…ぇっくしっ」
「なんだ、風邪か?」
 くしゃみ一つするクラウドに声をかけるのはマラークである。
「いや…多分誰かが俺の噂をしてるだけだ」
 クラウドも変なところが敏感である。
「そうか? ならいいんだが」
「ふむ…さてはクラウド、今朝の寝癖が噂されてないか気になってるな」
「わかるのか」
 クラウドの目がきらりと輝く。どうやら変なところが敏感なのはアグリアスも同じようだ。
「別にそんなのどうでもいいだろ…とりあえず何もないんだな」
 珍妙なやりとりを繰り出す二人に呆れ顔のマラークが、散開するように手で知らせる。
 そんな3人にこっそり近づく人の影。そう、先程のジェニックである。
 ジェニックから見て一番近いのはアグリアス。その隣にクラウド、一番遠いのは意外とこういう仕事に
慣れているマラークだ。
「さて、まずはどうやって落としてくか…って、うわわっ!? こ、こっちに気付いた!?」
 観察している間にずんずん近づいてくるアグリアスにジェニックは慌てた。今ここでまともに戦うのは
分が悪いし、派手に騒いでも、騒がれてもまずい。いっぱいいっぱいになったジェニックが
出した答えは…これである。
「そうだわ、こんなときこそ…トード!!」
 丁度アグリアスの身体が木陰に入った瞬間だった。ぼふっ、と煙に巻かれたかと思うと、
見る見るうちにアグリアスが縮んでいく。
(な、なんだ!? 一体何が…)

 煙が晴れ、アグリアスが周囲を見渡すと、いつもよりも視点が低い。周囲の木々が大きく
なったような気がする…。
「きゃあ~、可愛い~!」
 声の方を見ると、黒魔道士姿の巨人が目を輝かせてこちらを見下ろしているではないか。
アグリアスは思わず声を上げた。

「にゃああ」

 …にゃあ?
 自分の声を聞いて、慌ててアグリアスが自分の右手を見た。そこにあったのは手ではない。
前足である。そう、猫の前足。アグリアスは小さな白い猫になっていた。
「…って、そうじゃなくって! おっかしいわね~、間違っちゃったかしら?」
 目の前で一人漫才を演じている黒魔道士が、不満げな様子で首を傾げ、
「何処で間違ったのかしら~…もう一回、トード!!」
 その黒魔道士は、なんと丁度近くにいたクラウドに魔法を唱える暴挙に出たのだ。
ぼん、とクラウドを煙が包み…なんと今度はクラウドがトカゲになってしまった。きょろきょろと
慌てふためくそのクラウドトカゲが黒魔道士とアグリアスの姿を見つけてぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「うーん、惜しい! もうちょっとでカエルだったのに!」
 そういう問題ではない。そして二人の後を追ってきたマラークも、それを目撃する。
「げっ!? なんだありゃ!?」
「いっけない、見られちゃった?」
 いち早く慌てるマラークを捕捉したジェニックが、マラークにもトードを唱える。
「おとなしくしててよねッ! 三度目の正直ッ、トード!!」
 そうして煙がマラークを包み、マラークはあっさりとカエルになってしまった。
「あ、やっとうまくいったわ! よーし、気を取り直して…あれ?」
 満足げなジェニックが見渡すと、あの猫がいない。トカゲもいない。
「に、逃げられたあー! 追わなきゃーッ!」
 きょろきょろと周囲を見渡して、ジェニックがテレポで姿を消した。

 猫にされたアグリアス、トカゲにされたクラウド、そしてカエルにされたマラークが、
闇夜の森の中を思い思いに走っていた。
(大変だ! 誰かに急いで知らせないと!)
 そういううちにマラークがトカゲクラウドを見つける。ここは合流して協力するのが得策だろう、
そう判断したマラークが、クラウドの進行方向に狙いを定める。カエルの扱いには慣れているマラークである、
ジャンプ一番、トカゲにされたクラウドを見つけてその上に飛び乗った! …が、着地地点が最悪であった。

 べちっ。

「っ!?」
 なんせマラークの着地地点が、クラウドの顔面だったのだから。
「ゲゴッ! ゲゴー!」
 べちべちとカエルマラークがクラウドの顔を叩くが、クラウドが何の反応も示しない。
カエル嫌いのクラウドが、マラークのボディプレス一発で気を失っていたからだ。
「ゲゴゲゴ! ゲゴー!」
 さっさとキャンプに戻ればいいものを、マラークは気を失ったクラウドに慌ててそれすら忘れている。
 そしてアグリアスもまた彼らに合流する。猫、トカゲ、カエルという異色の鳥獣サミットが始まった。

…。

……。

………。

じゅるり。

「ゲコーーーーー!」
(はっ!? い、いかんいかん、思わずカエルを美味しそうだと思ってしまった)
 アグリアスの涎に怯えたマラークの逃亡によりサミット閉幕。わずか5秒弱の三匹面談だった。
クラウドにいたっては気を失っているので実質不参加である。
(じきにマラークを食べてしまいそうだ…早く誰かに何とかしてもらう他ないな)
 嗜好までも猫になりつつある自分に恐怖を感じながら、アグリアスはキャンプ目指して茂みの中を駆け抜けた。

 キャンプまでの途中に小さな川がある。その川のそばで、ラムザはメリアドールと一緒にいた。
 アグリアスがラムザの名を呼ぶが、その声はあくまで猫のもの。
「!?」
 その声にメリアドールが反応する。
「! …猫ですね」
 そしてラムザもアグリアスを発見する。二人とも、この猫がアグリアスであることはやはりわからないようだ。
(ラムザ! 敵に襲われてしまったんだ!)
 必死に叫ぶアグリアスだが、しかし自分の口から出るのはにゃあにゃあという言葉ではない鳴き声ばかり。
「かわいいなあ」
 アグリアスの叫びもむなしく、にこにこしながら近づくラムザはお構いなしに喉を撫で始める。
(うっ…!?)
 ちょっと固いラムザの指が、猫の弱点を刺激する。
(ちょ、ちょっと待って…! なんだこれは…!)
 ラムザの指が首筋をなでる。まるでマッサージを受けているようで気持ちよさに睡魔が襲ってくる。
(はっっ、いかんいかんいかん! こんなところでうたた寝してる場合じゃない!!
 遊んでないで気付いてくれラムザッ!!)
 と、意思を持ち直そうとするも、
(はうっ、も、もうちょっと…あ、駄目、そこ…)
 頭へ背中へ、首へ腹へとラムザの指はことごとく猫の弱点に潜り込む。
(ッだあーーーーーーー!)
 ここで誘惑に負けるわけにはいかない。気合を入れてアグリアスはラムザの間合いからひょいと飛び退き、
名残惜しそうなラムザの顔に後ろ髪引かれながらも背を向ける。
 そのラムザの後ろではメリアドールが怯えている。どうやら猫が怖いらしい。怖がられているようでは
ろくに話もできはしまい。
(それにしても、意外な弱点があったものだ)
 ふふ、と小さく笑いながら、アグリアスはキャンプを目指して駆け出した。

 キャンプにたどり着いたアグリアス、まずはアリシアとラヴィアンを探す。といってもある程度の勝手は
わかっている、この時間ならテントの中で荷物整理しているだろう。案の定、テントの中にアリシアと
ラヴィアン、そしてムスタディオの3人を発見した。
「ん? 野良猫なんて珍しいね。ほら、おいでおいで」
 そうして見つかるなりラヴィアンに抱え上げられるアグリアス。いくら姿が違うとはいえ、長年連れ立った
自分をすぐに認識できないとは、ちょっと情けないやら困ったやら。
「なんか困ってるみたいよ?」
「そんなことないわよ、ねーー?」
 アリシアの言葉もほどほどに、アグリアスをなでくり回すラヴィアン。可愛がろうとしているのはわかるが、
無理やり体を丸められたまま無闇に頭を撫でられる。…苦しい。
「なんか苦しがってるぞ。お前、猫の扱い方知らないんじゃないか?」
「失礼ねえ、そんなことありませんよーだ」
「いいから俺にも触らせてくれよ。ほら」
 そう言って差し出したムスタディオの手から、強い機械油の匂いがする。指にも少しすすが残っているようだ。
幾ら猫の扱いを知っている手だとしても、こんな手ではちょっと触られたくない。
「ほら」
「ふャーッ!」
 そこまでするつもりはなかったが、ばりっ、と思わず手を引っかいてしまった。
「痛ッ! な、なにすんだこいつ!」
「そんな手じゃしょうがないわね。ほら、こっちにいらっしゃい」
 そう言って今度はアリシアが抱きかかえる。力任せに撫でていたラヴィアンとは裏腹に、やたらと優しく
アグリアスを撫でるアリシア。窮屈な腕の中から開放されてアグリアスがほっとしていたときに、
おぞましい『それ』が聞こえてきた。
「…気持ちいいでちゅかー?」

 ぞわッッッ。

 アグリアスのしっぽが容量を増す。
「いい子でちゅねー、じっとしててくだちゃいね~」

 びきびきびきびき。

 アリシアがぼそぼそ呟くたびに、アグリアスの身の毛も激しくよだっている。耳から入った囁きが、
血液の巡りを凍らせる。血液どころか声帯まで凍らされたようで、絶叫したくても声が全く出てこない。
むしろ開いた口から魂が逃げていってしまいそうだ。
「あっ?」
 …部下に幼児言葉であやされるのが、これほどまでにおぞましいとは…。
 アグリアスは一目散に逃げ出した。しっぽの太さを倍近くぶっとくして。

(酷い目に遭った…ううっ)
 疲労困憊全身鳥肌のアグリアスが次に遭遇したのは隊の中でも一、二を争う実力の持ち主、シドである。
「うむ? 野良猫か。こんなところで独りきり…いや、一匹きりでは危なかろう」
 そう言いながら猫を持ち上げて、一言。
「ふむ。女の子じゃな」

 ずどしゅっ!!

 すさまじい勢いでアグリアスの北斗骨砕肉球打(たった今命名した)がシドに炸裂する。それでも
彼女は気が晴れなかったのか、今にも噛み付かんとする勢いで総毛を立ててひとしきり威嚇してから、
倒れたシドの上をべしべしと踏みつけつつ、また別の人間を求めて走り去っていった。
 残ったのはぼろ雑巾のように叩きのめされた老剣士。改めて彼を紹介するが、彼こそは隊の中でも
一、二を争う実力の持ち主、南天騎士団にその名ありと謳われた、雷神の異名を持つ剣聖シドルファスである。
猫に敗北を喫し、たまたま用を足しに行っていたラッドに救出された彼は、このとき引退を考えたと語る…。

 火の番をしているのはベイオウーフとレーゼである。ドラゴンに身を変えられていたレーゼならば…と
アグリアスが二人に近づいた。にゃあ、というアグリアスの問いかけに、二人はそろって振り向いた。
「あら、珍しいお客さんね」
「ん? はは、本当だ」
 アグリアスが暫く二人を見ていると、不意にベイオウーフがアグリアスを持ち上げ、そのまま自分の
脚の上に乗せた。今までの手厚い歓迎とは違って、ベイオウーフは何もしない。撫でてもこないし、あぐらを
かいてそのままの体勢でじっとしてくれている。アグリアスにとっては丁度いいゆりかごになり、
焚き火の暖かさを受けて丸くなっていると、これはうとうとと眠くなってしまう。
「いつか、こんな風に二人でゆっくりと暮らしたいな」
 ベイオウーフの言葉に、レーゼが黙ってうなずいた。
 この二人の間には最低限の言葉しか要らないようだ。そんな二人のやり取りを微笑ましく思うとともに、
ふと、少しだけ、胸の奥がむずむずする。それはきっとうらやましいのだろうな、と、冷静に分析できたと思うと
やはり少しだけ寂しさが増す。
「あら、この子ったらベイオに甘えているのかしら?」
 そう言ってアグリアスの背中をレーゼが撫でている。こちらも猫の扱い方を知っている手だ。
「なんだいレーゼ、嫉妬してくれているのかい?」
「そうね、せめてこの子が男の子だったら話は違っていたかもしれないわ」
「おやおや穏やかじゃないな。レーゼも遠慮せず、俺にもっと甘えてくれてもいいんだよ?」
「うふふふ…冗談よ、冗談」
「はは、それは残念だな」
(………。)
 前言撤回。頭上から降り注ぐピンク色の熱線が熱い。そんでもってレーゼの指が描く「の」の字がちょっと
加速気味でこそばゆいを通り越してちょっと痛痒い。
 どっちみち、自分の意図に気付いてもらえないなら長居は意味がない。くつろぐためにお邪魔した
わけではないのだ。アグリアスはベイオウーフの膝の上とレーゼの指先の間から、少々名残惜しくも
撤退することにした。

 アグリアスは再びラムザに接触を試みる。ベイオウーフとレーゼの例を挙げても、やはり一番信頼している
人物に頼るべき、と判断したからだ。
 そのラムザは、相変わらずメリアドールと一緒に川原にいた。聞き耳を立てたわけではないが、
弟がどうの、聖石がどうのと神妙な話のようだ。アグリアスも盗み聞きは悪いと思ったか、彼らの話を
遮って、再び二人の前でにゃあ、と声をかけた。
 途端、メリアドールがびくり、と、跳ね上がる。相当に猫が怖いらしい。
 ラムザは笑ってアグリアスに手を伸ばし、自分の膝の上に乗せる。
「メリアドールさん、そんなに怖がらなくてもいいんですよ」
「そ、そう?」
 そういうことをしている場合ではないのだが、アグリアスにしてみれば、メリアドールが何かにおびえると
いう状況を見たことがない。となるとやはり悪戯心をくすぐられるようで、もう少しこのメリアドールを
眺めていたいという衝動に駆られてしまう。
「…ん…!」
 勇気を出しておずおずと手を出すメリアドールに、アグリアスはわざと噛み付こうとする素振りを見せる。
「ひっ!? …ラ、ラムザ、やっぱり駄目」
 目に涙を浮かべてメリアドールが手を引っ込めてアグリアスから逃げようとする。
(やれやれ、そんなに私が怖いのか…)
 初めのうちはからかっていたつもりのアグリアスだったが、そう思うと途端に少し切なくなる。
それに、こうも怯えて泣きそうにされていては、逆に弱いものいじめをしているようで気が咎めて
しまうのもまた人情。
(まあ、たまには敵に塩を送るのも悪くはあるまい)
 顔を上げたアグリアスが、怯えるメリアドールに近づいて…そのまま膝の上に乗って丸くなった。
ベイオウーフのゆりかごやラムザの腕の中もなかなかだったが、メリアドールの膝枕もまたくつろぐに
悪くない心地だ。かたやメリアドールは突然懐いてきた猫に驚いて硬直している。
「ははっ、メリアドールさん、気に入ってもらえたみたいじゃないですか」
「ちょっとラムザ、これ、ど、どうしたらいいのよお」
(…『これ』とはなんだ、『これ』とは)
 ちょっとかちんときたが、相変わらず涙目のメリアドールである。まあ、この程度の無礼は大目に見てやろうと
アグリアスがそのまま目を瞑る。それに聊か疲れた、一息入れたいところだ。
(まあ、これで少しは慣れるがいい)
 暫しの休息をメリアドールの膝の上で取る。しかし、その休息がとんでもない事態を引き起こした。
「ほら、撫でてあげるといいんですよ、この辺とか」
 横からラムザがアグリアスの喉をさする。
「…こ、こう?」
 追ってメリアドールの指がアグリアスの懐へ入り込む。
(…む?)

 それからが地獄のようだった。
「ここがいいのかしら?」
(ひ、ひあああ!?)
 メリアドールの指が動くたび、アグリアスの背筋にぞくぞくと気持ちよいものが走る。
「喜んでますね」
 にこにこしながらラムザが言うが、とうのアグリアスはそれどころではない。
(やめてくれメリアドール!! このままでは本当に猫になってしまう!)
 アグリアスがにゃあ、と悲痛な──本人にとっては、だが──抗議の声を漏らすも二人には伝わらない。
無邪気な子供のように笑う二人の天使の笑顔が、アグリアスにはさながら悪魔のようだった。
(こ、こんなことをしている場合ではないんだ! こ、こんな…こんな…あああああ…)


 そう。こんなことをしている場合ではなかった。

「ブリザラ! ブリザラッ! あぁ、やっぱり炎よりこっちのほうが派手に目立たなくって奇襲にぴったり!」
「うわっ!?」
「きゃーっ!?」
「将を欲すればまず馬を射よ! ラムザがいないみたいだけど、それならそれで外堀から埋めさせて
いただきましょーかっ!」
 アグリアスと入れ違い気味にラムザたちのキャンプに現れたのは、高笑いする黒魔道士、ジェニックである。
「げっ、ジェニックじゃねえか」
「何よラッド、あんたの元カノ!?」
「うっげ、趣味悪いこと言うなよ! 商売敵だよ、腕はいいけど超の付くほど男嫌いでエリート思考で…」
「誰の趣味が悪いですってッ!? トードッ!」
 言うが早いか、ラッドが煙に巻かれてカエルになる。
「うふふふ、男だろーとベヒーモスだろーと、カエルにしてしまえば問題ないわッ! 捕まえるのも簡単だし!」
 ラッドをカエルにしたジェニックが得意げに笑う。
「ほらほら、痛い目見たくなかったら、どいつもこいつもゲコゲコお鳴きッ!」
 なおもジェニックのトードが炸裂し、一人また一人とカエルにされていく。
「今度は誰ッ!? そこのお嬢ちゃん!?」
 けらけらと笑いながら、ジェニックがラファにトードを唱える。
「いやあぁっ!」
 ラファの姿が煙に巻かれ、やがて…そこにはぺたんと座り込むラファの姿と、見覚えのある、ラファに似た
風貌の男が一人。
「んん?」
「カエルにトードをかけると元に戻るって誰かに習わなかったかい?」
 とっさにラファの身代わりに入ったマラークが棍を手の中でくるくると回しながら、煙の中からジェニックに
突進する。
「でぇいッ!」
 マラークが、意表をつかれてたじろぐジェニックの見せた隙を見逃さず、棍を振るって彼女を叩き飛ばす。
ジェニックは思い切り腹を打ち据えられて、ごろごろと地面を転がってからヒステリックに叫んだ。
「っ痛ぁあっ!! 何すんのよ野蛮人! これだから男は嫌いなのよッ! もういいわ、あんたなんか
 消し炭におなりッ! サンダガ!!」
「!」
 ありえない速さで魔法を唱えるジェニック。マラークもまたその技術に少なからず驚嘆する。
「兄さーんッ!!」
 瞬間の出来事に、ラファの叫びも虚しく、稲光と轟音がマラークを直撃する!

 …が、そのマラークは棍を身構えたまま平然と立っていた。
「…んんん?」
 裏真言という特殊な能力を操るがためにイヴァリースの神々に対して信仰心がないマラークだが、
それでも魔法の直撃を食らって無傷というのはありえない。先ほどもトードをかけられ、それは見事に
効果を発しているのだ。ジェニックが首を傾げる一方で、にやりと笑ったマラークがきびすを返して
カエルにされた仲間を乙女のキッスで治していく。
「な、な、なによその余裕の笑みは! ガキの癖に気に入らないわ! ファイガッ!!」
 マラークを中心に再び爆炎が巻き起こるが、一体どうしてであろうか、マラークだけではなく誰一人として
火傷すらしていない。
「…な、なんでよ…なんでなのよ!」
「おやおや、魔道士を名乗る割に呪詛の類はからっきしのようだな」
 棍で肩をとんとんと叩きながら、マラークが余裕の笑みを浮かべる。
「種は簡単。ゴクウの棒って知ってるよな? こいつでお前の信仰心を封じただけさ。ま、本当なら
 わざわざ教えてやる義理もないんだが…いや、そもそもこいつを知らないほうがおかしいと思うぜ?」
 そう言って、手にした棍、ゴクウの棒をくるくると回してにやりと笑うマラーク。カエルにされたのが
癪だったのか、わざと説明して挑発する。
「きーーーッ!! 猪口才で狡くて小賢しくて、まるっきりサルじゃないのよ! お似合いだわッ!」
「やれやれ騒々しいな。なんとかして沈黙させた方が良かったか」
 力を失ってなおまくし立てるジェニックに、マラークが呆れたように呟いた。
「そんなことより、形勢逆転ってやつだぜジェニックちゃんよ」
 カエルの姿から元に戻ったラッドが、ジェニックにすごんでみせる。
「っく、来るんじゃないわよ! ガフガリオンのいないあんたみたいな雑魚にやられてたまるもんですか!」
「くうぅぅ、すげえむかつく! そう言われると近寄りたくなるのが人の性、ってやつだよなあ?」
「ラッドー、顔が悪役になってるわよ~。それにしても、大体何で男が嫌いなわけ? どこが嫌なの?」
 と、ラヴィアンがふとした疑問を口にする。
「全部よ全部ッ!! あんなものの何がいいっていうの!?」
「あんなもの、ねえ。ふぅん…ま、いいけど?」
 ラヴィアンが組んだ両手を広げ、空へと掲げた。
「ふ、ふんっ! 今のあたしに魔法が効くわけないでしょ! あんた今まで何を習ってきたのよ!!」
「少なくとも、あんたに大ダメージを与えるのに効果的な方法くらい簡単に思いつくわ」
 なおも強がるジェニックに、ラヴィアンがニヤリと笑いながら魔法詠唱を完成させる。
「大地を統べる無限の躍動を以て…『悩殺』せん! タイタン!」
「へっ?」
 ジェニックの頭上にあった月に、人間の影が浮かび上がる。その影はだんだんと大きくなり…地響きを立てて
月夜に降り立つ大地の巨人、タイタンの姿となった。
「さーあタイタン! 男の魅力を見せ付けてあげて!!」
 ラヴィアンの声に応えるようにタイタンが白い歯を輝かせて微笑むと…渾身の力をこめてポージングを決める!
「ひ、ひ、ひぎゃああああああああ!!!」
 次の瞬間、ジェニックの悲鳴が木霊した。そんな彼女にかまわず胸筋を上下させるタイタンの小麦色の肉体が
月光に照らされ、その月光が彼の歯をなおもきらりと輝かせる。兄貴、ナイス筋肉。すばらしい。
「い、いああ、いあいあいあーーーーーー!!!!」
 一方のジェニックは最早呂律も回らないが、そんなことはお構いなしにタイタンのショータイムは続く。
脚を見せ、腕を見せ、背筋を見せ、腹筋を見せ、胸筋を見せ、そして白い歯を見せてタイタンが
満月のスポットライトの下で極上の笑顔とポーズを決める! と、
「ば、ば、ば、ばがーーーーーー!! ぢね! ぢね!! ぢねばがああああーーーーーーーーーー!!!!!」
 罵声と悲鳴と涙とほかにもいろいろ見苦しいものを撒き散らしながら、ジェニックは一目散に
逃げ出したのだった。
「なーんでそんなに嫌がるのかなあ? 素敵じゃないの、タイタン」
「いや、普通は嫌がると思うぞ…」
「そうか? 滅茶苦茶ブラボーだったろ」
 首を傾げるラヴィアンにムスタディオが正直な感想を述べる。ラッドは平気らしい…むしろそういう趣味か。
「それより、アグリアスやクラウドはどこへ行ったんだ?」
「そうだ、あの二人も動物に姿を変えられたんだ。クラウドはトカゲにされたのを見てる」
「トカゲ!?」
「もしかして、こいつか? こいつ、さっきから俺の肩につかまってて離れないんだ」
 慌ててマラークがムスタディオの背に乗ったトカゲに万能薬を振り掛ける…と、光とともに、クラウドが
元の姿に戻る。
「…酷い目にあった…悪夢だ、あの女とはもう一生遭いたくない」
「だからって俺に抱き付かれても困る」
 ムスタディオの背中にしがみついたまま、青い顔をしたクラウドが目に涙をためていた。一時的とはいえ
あれだけ大量にカエルがいたのだ、無理もないだろうか。そのクラウドの背を叩いて、マラークが周囲を見渡した。
「よし、俺とクラウドはラムザにこのことを伝えに行く。みんなは悪いが、他に敵がいないか警戒しててくれ。
 それと誰か…そうだな、アリシアさん、すまないがラファを頼む」
「? あたし?」
「男たちは近寄らない方がいいだろう…」
「「「???」」」
 そう言い残して駆けていくマラーク。見ればラファは空を仰いで茫然としている。視線の先には夜空以外に
何もない。
「? ラファちゃん?」
 アリシアが声をかけても、ラファは一言も発さない。
「…もしかして…」
 アリシアがラファの視線の先を思い出す。…そうだ。ここはさっきまで踊っていたタイタンの真後ろ、
もう一つの『特等席』…!
「ラファちゃん? …ラファってば!? ねえ、起きてる? ねえ!? ラファ!?」
 事の重大さに気付いたアリシアがラファの顔を覗き込む。しかし目の前で掌を振っても、ぺちぺち
頬を叩いても、ラファは何の反応も示さない。
「…ラーヴィーアーーンーーー!!?」
 振り返ったアリシアの顔は、まるで般若のようだった。
(アリシアったら、だんだんアグリアス様に似てきたわね…)
 ラヴィアンは、そう微笑ましく思いながら脱兎のごとく逃げ出していた。


最終更新:2010年03月28日 17:00