尾道赤レンガの会

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Merry Christmas 2019
ご協力への感謝と共に以下のように報告いたします。

1、恵子ホ-ムズさんのアガペワ-ルドからニュ-スレタ-が届けられました。


2、「地獄船で広島へ」出版につきましては経費節約のためオンデマンド方法を検討しています。テレンス・ケリ-氏は2013年9月に天に召されましたのでご遺族とのコンタクトを願っています。


3、因島で捕虜生活を送ったフレッチャ-・クック氏と土生収容所所長野本大尉と中野軍曹の再会写真。
https://img.atwikiimg.com/www34.atwiki.jp/akarenga/attach/1/4/2019akarenga.docx

「東京から広島へ行く列車は尾道を経由する。私は門司で”大日丸”から下車した1942年11月の寒い夜、下関から尾道へ向かった列車の旅を思い出した。・・・・翌朝、私はフェリ-で松山に向かった。近藤氏のおかげで道後温泉の快適な日本式旅館が予約されていた。この旅館が旧看守との再会の場になっのだ。・・・夕食の招きに応じてくれた最下位の相手は、元土生収容所の所長野本アキラ大尉と中野シゲマ軍曹だった。・・・新聞記者が引き揚げると、日本間に案内された私たちは、そこで和食を注文した。食事は着物姿の魅力的な若い女性たちの給仕ですすめられた。・・・私はあまり食べなかった。会話を続けるために、忘れた日本語を思い出したり、単語帳から言葉を探すのに忙しくてとても食事処ではなかったのだ。・・・」(ジョン・フレッチャ-・クック著「天皇のお客さん-書かれざる戦史-日本捕虜収容所」江藤潔訳・徳間書店・1971年、254-256ペ-ジ)

4.10月シドニ-さんを迎えて


以上
みなさまの上に祝福をお祈りします。



今年も敗戦記念を迎え、皆様には恵みのうちにお過ごしのことと存じます。

いつもご協力やご助言をいただきありがとうございます。

感謝と共に報告させていただきます。

1、イエントさんという元因島収容所捕虜の息子さんがテレンス・ケリ-さんについてご自身のサイトで以下のように紹介されております。


2、「地獄船で広島へ」の中に登場する監視兵宗広源一氏(ミニ-)は

徳島県三好郡東みよし町の出身で同町の歴史民俗資料館には巣鴨刑務所でB級戦犯として過ごされた時の日記や遺品が展示されていました。

元館長の前田安夫氏が「もうひとつの戦後・あるB級戦犯の巣鴨日記」という本にまとめられております。絶版なので私は電子化をおすすめししたいと願わされています。

3、以前、亡くなられた捕虜の方の葬儀と遺骨についてお伝えしましたが

葬儀は明徳寺で行われ、ご遺骨は終戦時まで無量寺に納骨されていたとおもわれます。

4、「地獄船」の翻訳と校正はほぼ終了しておりますが、出版時の条件に付いてケリ-さんご遺族と再交渉のうえで進めたいと思っております。

2019イ-スタ-おめでとうございます。

ご協力を感謝しつつ、以下報告いたします。

1.恵子ホ-ムズさんより次のようにテレビ番組の紹介いただきました。ご本人の出演は前編とのことです。

『天皇 いのちの旅(前編・平和への祈り)』

4月23日(火)午後9時~/4月29日(月)午後11時45~

『天皇 いのちの旅(後編・象徴への模索)』

4月23日(火)午後9時59分~/5月6日(月)午後11時45分~

放送局:NHKBSプレミアム 

※4月23日は通常の放送編成と異なります。ご注意ください。


2.前回訳文の校正、小林さんから回答いただき感謝です。

3.
「エルシュン出版」を始められた大塩宣教師に訳本の出版の可能性について検討いただいております。オンデマンド方式といって、注文に応じて印刷する方法があり、これだと経費を節約できるとのことでした。とりあえず、電子書籍も検討いただいております。


Merry Christmas!

ご協力を感謝し、以下のように報告させていただきます。

1,恵子ホ-ムズさん、旭日双光章を受賞されました。


2、By Hellship to Hiroshima の訳、校閲をほぼ終え、

 縦書変換と電子本その他の出版方法を検討しております。


どうしても分からない次のような文がにありました。

1ダ-スとは、バリカンの数でしょうか。残りを去らせと一応訳しましたが

残りをカットすべきと訳すべきでしょうか。どなたか教えていただければ幸いです。

The Japanese, we found, were given to enthusiasms which were all embracing whilst upon them but inclined to be short lived and but for Minahero in the camp (of whom more later) we might have gone back permanently to longer hair.

But every now and again when hair had grown to a respectable crew cut length, Minahero would have a dozen in the guard room and run a channel with hair clippers through from front to back like a lawn mower cutting a single swathe and send them out again leaving them to choose whether to have the rest off or go around like a negative image of an Amerindian.

「我々が知った日本人は、全体的な傾向として熱しやいが、冷めやすい傾向があった。それでもし収容所にミナヒロ(彼の事は後に更に言及)がいなかったら、我々はずっと長髪に戻っていたかもしれない。けれども、髪が角刈りにふさわしい長さに伸びると、ミナヒロは監視部屋におよそ1ダースを招いて、バリカンを前から後ろへ、芝刈り機が刈り草一列を刈るように一筋走らせて、彼らを再び外に出し、残りを去らせるか、アメリカインディアンのネガティブ・イメ-ジのように歩き回るか選ばせた。



3、因島捕虜収容所については「天皇のお客さん」(ジョン・フレッチャ-・クック著・江藤潔訳・相和46年・徳間書店)があります。

その中で戦後、元所長の野本氏と副所長中野氏に松山で再会され、歓談されたとありました。愛媛新聞社から記事のコピ-を送っていただき、ご親族と思われれる方にご連絡できました。
                      以上

みなさまの上に祝福をお祈りします。

島田好国〒722-0006

尾道市沖側町13-50

☎0848-22-9867



西日本豪雨被害では大変だったことと存じます。

徳島も台風20号が接近し、防災に備えております。

今年は賀川豊彦生誕130周年、鳴門の捕虜収容所で

アジアで最初のベ-ト-ヴェンの第九がドイツ人捕虜に

よって演奏されて100周年を迎え、記念行事が行われ

ました。

ご協力を感謝しつつ、報告させていただきます。

1、By Hellship to Hiroshima の翻訳草稿、ほぼ完了し

 校閲の段階に入っております。


2、小林さん、POW研究会で発刊予定の「捕虜収容所辞典」編纂のメンバ-の一員として、向島、因島、善通寺を担当されます。


3、映画「戦場のメリ-クリスマス」及び家督俳優のインタビュ-サイト
https://www.youtube.com/watch?v=70Fzv1XHmwg

4,徳島剣山世界農業遺産が認定されました。

みなさまの上に祝福をお祈りします。


2018年明治維新150周年の復活節を恵みのうちにお過ごしのことと存じます。

ご協力を感謝しつつ、報告させていただきます。

1 .By Hellship to Hiroshima 11章の翻訳草稿(若松英士氏訳)


13章freedom regained は溝淵尚子しによって前半部が訳され、残りの

後半部が終了されれば、全章完訳となります。

2. 3月5日徳島大学にディビト・モ-トン准教授をお訪ねし、京都東山の霊山寺観音教会に保管されている戦争捕虜資料についてお聞きしました。”Hellship"の著者テレンス・ケリ-氏は242ペ-ジで



Lee John S L/Cpl. 4667546. 1/10/44 Acute pneumonia. Cremated Myotlkuji, Mitsonoshio achi, Hiroshima-Ken, Japan'




「リー・ジョン S L/Cpl. 4667546 44年10月1日 急性肺炎、日本広島県三庄町明徳寺で火葬される」と述べて、もうひとつの寺、無量寺に言及がなされていませんので、お尋ねいたしました。





モ-トン氏の祖父はイギリス人捕虜としてタイメン鉄道建設に従事させられ、その日記が翻訳、出版されています。


3.小林さんから、向島収容所で死亡された米国人捕虜George.B.Scott氏の親戚の方が今年度来訪予定との連絡をいただきました。

みなさまにはクリスマスシーズンを迎え、新たな年に備えておられることと存じます。

ご協力を感謝しつつ、以下のように報告させていただきます。

1、By Hellship to Hiroshima 翻訳途中経過以下の通りです。

 エピロ-グ、若松英士さん訳


 10章 溝淵尚子さん訳



2、恵子ホ-ムズさんアガペワ-ルド2017クリスマスレタ-いただきました。

file:///C:/Users/minamizawa/Google%20ドライブ/Christmas%20NL%202017%20Account%20Report.pdf


3,鳴門のドイツ兵捕虜収容所跡地は世界記録遺産登録の申請が決まりました。





みなさまの上に祝福をお祈りします。


2017年敗戦記念日を迎え、皆様には暑さの中恵みのうちに過ごしの事と存じます。

ご協力を感謝しつつ、現況を報告させていただきます。

1.By Hellship to Hiroshima の翻訳草稿、遅くなりましたが、  

 おかげさまで以下の通り 完訳に向かっております。因島における紙碑(written

 monument)として残されますよう願います。 

 ロンドン在住の元国連職員の藤原さんにもメ-ルでアドヴァイスをいただいておりま 

 す。夫人のバレリ-さんは恵子ホ-ムズさんから日本語を学んだそうです。 



 2.なお、英文原本の電子本は以下で購入可能です。 



 3.翻訳を手伝っておられる若松氏は徳島恵教会伝道師で工学博士でもあります。

  徳島で協力いただいている永井英彰氏は徳島新聞の記者として活躍され、

  現在、徳島剣山世界農業遺産支援協議会の会長をされています。  



 4.東海大の鳥飼教授のサイト、参考になりました。



 みなさまの上に祝福をお祈りします。



2017/2 モニュメント訪問記事・朝日新聞
http://www.asahi.com/area/hiroshima/articles/MTW20170213351100001.html

ご協力を感謝しつつ、以下ご報告させていただきます。

1、恵子ホームズさんとアガペ-ワ-ルドからレタ-をいただきました。




2、因島のオ-クの木のどんぐりから二世がチャ-チスク-ルで育てられて現在一メ-ター近くに成長中です。移植先も検討中。


3、By Hellship to Hiroshima の翻訳経過報告




電子書籍で出版されれば経費はかからないそうです。


4、熊本県田ノ浦の捕虜収容所跡にモニュメント設置が計画され、小林さんが碑文作成に協力されました。

5、
ウィキベディヤ(百科事典)にメモリアルプレ-トのことが掲載されていました。



因島空襲も。




2013,2014年報告





関係各位 様
                       2014年10月8日
元アメリカ兵捕虜の遺族の向島訪問(ご案内)
いつもお世話になります。
第二次大戦中、フィリピンで日本軍の捕虜となった元アメリカ兵捕虜の遺族2人が近々
向島を訪問いたします。一行は向島捕虜収容所跡地に立つメモリアルプレートを見学した後、近くの小学校を訪問して交流を行ないます。
短時間ではありますが、どうぞお気軽にご参加下さいますようご案内申し上げます。

スケジュール
日時:2014年10月16日(木)
訪問場所:10:00―10:30 米国兵捕虜メモリアルプレート
     10:40―11:30 向島中央小学校
                   (全校児童400人による歓迎の歌を披露)


訪問者(米国より下記2名)
名 前	備  考
1 Edward Malikowski(87)
エドワード・マリコウスキー

ペンシルヴェニア州出身 6才上の兄 Francis Malikowskiが向島で捕虜生活(1944.9.7-1945.9.10の1年間) 。帰国後1997年75才で死亡。
2 Susan Malikowski
スーザン・マリコウスキー
(上記の娘) 付添人


(注)
米兵捕虜のFrancis Malikowski は日立造船向島工場(東工場)の製材部門で1年間働いた。                   
添付集合写真参照。〇印が本人。


尾道レンガの会(日英米の和解と交流) 

連絡先(担当者):小林晧志              
電話:0847-51-4346 
                           携帯:090-6415-1641
                           Email: colin3467@mpa.seto.ne.jp





Alex Morganアレックス・モ-ガンさん(10代の娘さんを持つ2児の母、英国で企業
幹部のため語学学校を経営、日本にもクライアントあり)
訪問日時:5月29日(木)~31日(土)グリ-ンヒルホテル泊、メモリアル、日英友好モニュメント
            報道機関、教会など訪問予定

祖父Edward P. O’Conner(エドワ-ド・オコナ-)が向島で捕虜生活、日立造船向島工場で2年9カ月労働。モーガンさんは祖父が収容所で書いた驚くべき日記と情報を持っておられ、松浦精一氏のホ-ムペ-ジを読んで、最近になって向島に行かなくてはと思われたとのこと。



「ザ・レイルウェイ・マン」2014年4月より上映
      http://www.yoseyama.jp/blog/2013/09/the-railway-man.html

2013.10.18 元米兵捕虜夫人訪問
http://www.us-japandialogueonpows.org/2013POWvisit-J.htm




バーチャル歴史資料館
http://1drv.ms/1qTVU7I



Memorial for POWs of WWII. “We Remember You” Project has just began.
http://angels-swing.com/remember/archives/537

日米英友好メモリアル・プレートの保存に御協力ください。
	1、募金:一口500円(何口でも可)
2、ボランティア募集(時間は自由)
モニュメント広場敷地工事

将来、英米国際レンガ歴史館を建て、近現代の国際交流の歩みを、資料を通じて次の世代に伝えていくプランもあります。


  「尾道赤レンガの会」  http://www34.atwiki.jp/akarenga/

事務局〒722-0073    広島県尾道市向島町16058-22

                            電話/Fax 0848-44-2762

                            振込先  (口座番号) 01350-6-50411
                                 (加入者名)尾道赤レンガの会