オープニング - (2008/06/13 (金) 22:00:43) の1つ前との変更点
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*オープニング ◆SO3BDqFnYo
夜よりも深く、そして纏わりつくような闇が周囲を包んでいる。それは今まで見たこともない、本当に無明の闇だ。
ぼのぼのはその闇を払うように身を震わせた。
闇に溶け込んでいて見えないが、周囲にはむせ返るような獣の臭いと、複数の声が聞こえている。その声はどれもが不安に彩られ、大声で叫んでいるものもいた。
割と近くでシマリスくんとアライグマくんが喧嘩をする声が聞こえてくる。そのことに、ぼのぼのは少し安堵した。
ここはどこだろう。昨日はいつものようにお父さんと共に眠りについたのだ。
だが、気がつけば自分をつなぎとめていたケルプもないし、海にも浮かんでいない。
ただ、暗いだけの空間に、いろんな動物たちが集められている。
そこから考えられることは一つだった。
ぼのぼのの脳裏には、スラリとした体躯を桃色の毛皮で包んだ猫科の獣に抱えられる自分の姿が浮かんでいた。
(そうか。ボクたちはしまっちゃうおじさんに仕舞われちゃったんだ!)
「もうダメだぁ~……」
ぼのぼのはガクリと前足を地面について、むせび泣いた。
恐れていた事が起きたのだ。しまっちゃうおじさんに仕舞われてしまった以上、自分はもうお日様を見ることが出来ないのだ。お父さんのぼりも出来ないし、貝も食べられない。きっと毎日夜魔王が来て、闇の中で足を嘗めたりするのだ。暗いから嘗め放題に違いない。
そう思ったとき、ペロリと何かがぼのぼのの足を嘗めた。
びっくりして振り返ると、そこには真っ白いオオカミがいた。暗闇なのになぜオオカミと分かったのかというと、その毛皮は闇の中だというのにうっすらと光を放っていたからだ。しかも面白いことに、オオカミの顔と胸部には赤い模様が走っている。今までみたことがない、美しい獣だった。
オオカミはラッコにとっても危険な動物だ。しかし、この白いオオカミを怖いとは思えなかった。おそらく、惚けた顔をしているからだろう。
「はげましてくれたの?」
「ワンッ!!」
オオカミは元気よく返事を返し、ペロンと今度は顔を嘗めてきた。
なぜかオオカミの言葉は分からなかったが、その存在が発する温かい雰囲気は、ぼのぼのを立ち直らせるのには十分であった。オオカミの温かさはまるでお日様のようだったのだ。
「オオカミさん、ありがとう」
ぼのぼのは立ち上がってオオカミに礼を言い、オオカミは尻尾を振った。
そのとき、ふいに青白いものが視界に入った。
何か光るものが浮いている。それは忽然と宙から生まれ、そしてどんどん増えていく。ゆらゆらと揺れるそれは、色こそ違うがかつて見た火と同じだった。
鬼火に照らされて、状況が段々と分かってきた。ぼのぼのたちが集められたのは大きな四角い空間のようだ。壁は分厚い木板と黒光りする鉄骨が張り巡らされ、まるで大きな動物のお腹の中にいるようにぼのぼのは感じた。
「お、ぼのぼのじゃねえか!」
「ぼのぼのちゃんもいた!ぼのぼのちゃんもいたー!」
アライグマくんとシマリスくんがぼのぼのの元へと駆け寄ってきた。周りを見れば、見知った顔が幾つかある。赤いワニや長い犬歯をもったヒョウなど、見たことも無い動物たちもたくさんいた。
彼らは全員、首に黒い輪っかを付けていた。自分の首に触れると、そこに同様のものがあることがわかる。石のような硬いもので出来ているようだ。
「おい、なんだよ?そいつ」
アライグマくんがオオカミを指差した。オオカミはフンフンとアライグマくんの指の臭いを嗅いでいる。
「さっきお友達になったの。ねー」
ぼのぼのの言葉にオオカミはワフッと応えた。
「シマリスよー。オオカミちゃん、よろしくねっ」
「…ポアっとした間抜け面だな。変な模様だし」
アライグマくんがオオカミの模様を指でなぞったとき、今までに浮かんだものよりも一層大きな火がぼのぼのたちのずっと前方で生まれた。
そして、火と同じように忽然とソレは宙より現れた。
九つの尾っぽをくねらせた巨大な影。金色の毛皮に身を包み、顔には白塗りの狐を模した面を付けている。白いオオカミと同じぐらい美しいが、それ以上に全身が総毛立つほどのおぞましさと禍々しさを全身から放っていた。今までぼのぼのが想像してきたあらゆる怖いモノよりも恐ろしかった。
突然の登場に、周りの喧騒は一層やかましくなった。
「静マレ」
厳かな声が金色の獣の口から漏れた。決して大きな声ではなかったが、動物たちに口をぴたりと閉ざさせるだけの迫力と威厳を持っていた。
「我ガ名ハ妖魔王キュウビ。貴様達ガ集メラレタノハ我ガ呪法ノ為……」
身じろぎすら躊躇う緊張した空気の中、キュウビの名乗った獣は朗々と続けた。
「貴様達ニハ、コレカラ残リ一匹トナルマデ殺シ合イヲシテ貰ウ――」
そう、キュウビが告げるやいなや、轟という地鳴りのような吼え声がすぐ横からした。見れば、先ほどのオオカミが凄まじい形相でキュウビを凝視している。四肢を張って身を低くし、今にも全身のばねを使ってキュウビに飛び掛らんばかりだ。今までの惚けた表情からは想像できない変貌だ。
その一方で、その吼え声を聞いて、キュウビの面が嗤ったように見えたのはぼのぼのの気のせいだろうか。
オオカミの吼え声で呪縛を解かれたのだろうか。周囲で一斉に怒号が上がった。
この状況にぼのぼのはただただ慄き、周囲をキョロキョロと見回した。そして、気付く。
「シマリスくんがいない……?」
「なにぃっ!?」
シマリスくんの姿が消えていた。あの小さい姿を求め首を巡らすと、なんとシマリスくんは周囲の動物たちの足元をすり抜け、キュウビの目の前に立っていた。
ぼのぼのは慌ててシマリスくんのもとへ往こうとしたが、いきり立った動物たちのせいで思うように進めない。
キュウビは制するでもなく、怒声を上げる動物たちを黙って睥睨するだけだ。その様子はぼのぼのを酷く不安な気持ちにさせた。
「ぼのぼの!こっちだ!!」
隙間を見つけたアライグマくんが声を張り上げた。四つんばいになって、ぼのぼのは前へと進んだ。騒音の中だというのに、シマリスくんの声は酷くはっきりと聞こえた。
「ねえねえ、キュウビちゃん。シマリスはそんなつまんないことやりたくないの。シマリスはぼのぼのちゃんやアライグマちゃんやオオカミちゃんと遊びたいの」
「ホウ。ツマリ?」
「つまり!シマリスたちを帰してほしいのでぃすっ!そんなもんに付き合わされちゃ堪ったもんじゃないのでぃすっ!」
「成程……子鼠ヨ。我二逆ラウトイウノダナ……丁度良イ」
今まで感情の感じられなかったキュウビの声に愉悦が混じったのをぼのぼのは感じた。
シマリスくんの身体が金縛りにあったように強張ったのが、足の隙間から見えた。
それと同時に、動物たちの頭上を白い影が飛びぬけて行くのもぼのぼのの目に写った。
宙を駆けるオオカミの尾が大気を切り裂くが如き一文字を描く。しかし、キュウビの尾の一本が蠢いて十字に走る方が幾許か早い。
ガウッ!?と驚愕の声を上げたオオカミにキュウビの二本目の尾が振り下ろされた。オオカミは悲痛な声を上げ、床へと叩きつけられる。
キュウビは身を凍らせるような哄笑を上げた。
ようやく抜け出たアライグマくんがシマリスくんの元へと駆け寄ろうとするが、その哄笑に足が竦んでしまったようだ。
ぼのぼのの耳にキュウビの嘲笑が突き刺さる。
「皆ノ者見ルガ良イ。我二逆ラッタモノノ末路ヲ!」
ポンッと、あまりにも軽い音が響いた。
何も知らなければ、その音の正体を想像して楽しくなるような音だ。そして、いつもならそれを確かめにシマリスくんやアライグマくんと探検に行っただろう。
しかし、もうそんなことは起こらない。そんな楽しいことは金輪際訪れない。
シマリスくんの首が赤い水を噴き上げていた。首の上にあるはずのシマリスくんの顔はどこにも見当たらない。赤い水がぼのぼのとアライグマくんに降りかかった。それは、とても嫌な臭いがした。
ぼのぼのの目と鼻の先で、シマリスくんの小さな身体は床に崩れ落ちた。
オオカミが地面に叩きつけられたときよりも悲痛な声を上げる。
「シマリスくん!?」
「シマリスー!」
ぼのぼのは首から上を失ったシマリスくんの亡骸を抱きしめた。アライグマくんは膝をついて、ぼのぼのとシマリスくんを呆けたように凝視している。
先ほどまでの喧騒は一気に静まっていた。
「良ク聞ケ、畜生ドモヨ。貴様タチニ付ケタ首枷ハ、我ノ思イ一ツデ爆破サセル事ガ出来ル。無理に外ソウトシタリ、我ノ意ニ逆ラオウトスレバ、コノ様ナ最期ヲ遂ゲル事トナロウ」
惨状を目にし、気圧され怯える動物たちの様子が愉快なのか、キュウビの尾がそれぞれが別の生き物の如く禍々しくうねり、踊る。
「デハ殺シ合イノ概要ダ。コレカラ貴様達ヲ我ノ用意シタ土地ニ、ソレゾレ転移サセル。ソノ際ニハ食料ニ地図、ソシテ幾ツカノ道具ノハイッタ袋ヲ持タセヨウ。貴様達ニ使イコナセルカハ分カラヌガナ。
ソノ地ニハ立チ入リヲ禁ズル区域ヲ設ケル。ソコニ入リ込ンデモ、首枷ハ爆発スル。禁止区域ハ四半日ニ増エテユク。ソノ場所ハ、ソレ迄ノ脱落者ノ名ト共ニ我ガ伝エヨウ。努々、聞キ洩ラスコトノ無イヨウニナ。首枷ニヨル爆死ハ我ノ求メル物デハ無イ。因ミニ、丸一日経過シテ一人モ脱落者ガ出ナイ場合モ全員ノ首枷ヲ爆破スル」
ぼのぼのの耳をキュウビの言葉は空風のように通り抜けてゆく。いつもの「どうして?」が次々と内に湧き上がってくる。
どうして、シマリスくんは動かないんだろう。どうして、あの獣は大きく美しいのにこんなことをするんだろう。
(ボクの中で気味の悪いものが大きくなっていくのはどうしてなんだろう?)
「最後マデ生キ残リシ者ニハ、褒美トシテ我ガ何デモ願イヲ叶エテヤロウ。念ヲ押スガ、我ニ逆ラオウトスルデナイゾ?我ノ目ハ全テヲ見通シ、我ノ耳ハ全テヲ聞イテオル。貴様ラハ生存本能ノ赴ク儘、タダタダ殺シ喰ライ合エバ良イノダ」
キュウビの嘲りが響くが、それに反発の声を上げるものはもういない。
いや、ただ一匹――
「グァーゥッ!」
傷つき、白い身体の所々を赤く染めたオオカミが吼えた。その痛々しい姿に、キュウビは更に愉悦を刻んだ声を響かせた。
「天照ヨ。神ヲ名乗ル犬畜生ヨ。貴様ガ真ノ大神ナラバ、コノ獣達ヲ救ッテ見セヨ。出来ルカ?出来マイナ。子鼠ノ命モ守レヌ貴様ガ!」
その言葉にオオカミは応えない。ただ、尻尾が弧を描いた。
それを見たキュウビはカッと吐き捨てると、甲高く啼いた。
その声に吃驚したぼのぼのの目に写ったのは、先ほどのまで金色の獣ではなく、紫紺の法衣に身を包んだ毛の無い雌猿の姿であった。
それが人間という種族であり、またその姿がとある世界の民を諭し導いた慈悲深い尼僧の似姿であることをぼのぼのは知らない。
「畜生たちよ!我を憎め!怨み、憂い、呪え!!我は全て受け入れよう!貴様達の無念は我が胸へと刻んでやろう!」
キュウビはたおやかな女の声で高らかと告げた。
「故に……心置きなく、去ね」
その言葉と共に鬼火が消え、また辺りを闇が包んだ。
再び闇が晴れたとき、あれほど居た動物達は跡形もなく消えていた。残されたのは首を吹き飛ばされた子栗鼠の亡骸。その傍らには小さな花が一輪――
【シマリス@ぼのぼの 死亡】
[残り 47匹]
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