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不夜城のシロ - (2008/09/27 (土) 17:37:34) のソース
**不夜城のシロ ◆TPKO6O3QOM 気がつくと、ぼくは陽だまりの中にいた。 ぽかぽかしていて、すごく気持ちがいい。お日さまの匂いがふんわりとぼくの中に入ってくる。 さっきまでのこわい出来事は、みんな夢だったみたい。 しんちゃんのママもひまわりちゃんも、今はお昼寝してるのかな。とても静かだ。 でも、もう少ししたらしんちゃんが帰ってきて、また騒がしくなるんだろうなあ。 まったく、しんちゃんはほんとうに仕方ないんだから―― 傷口を抑える布が二呼吸もしない内にどす黒く染まっていく。もう何枚目だろうか。中々止まらない血に気ばかりが逸る。楽俊が煎じた止血剤を飲ませたが、 効果はないようだ。傷口が首であるため、強く圧迫できないのも原因の一つか。 ニャースは汗を手で拭った。彼の眼の上に布と同じ色の線が引かれていく。涼しい気温だというのに汗が止まらない。 ニャースの手の下には真っ白い、綿飴のような毛並みの子犬が横たわっていた。その白い毛皮は首の傷から溢れ出る自身の血に赤黒く染まっている。ライトに照らされる肢体は趣味の悪いオブジェのようだ。 瞼の間から僅かに覗く子犬の瞳がぬめりとした光を返している。 場所が場所なだけに感染症の心配よりも止血を優先するしかなかったが、今の状態でどうにか出来るとはニャースは思っていなかった。子犬の傷は、何かに千切られたのだろう、醜悪な口を見せていた。 嫌なものを思い出し、ニャースは腹に力を込める。 血の様子から、幸いにも動脈系は傷ついていないことが分かっている。しかし、いっそ動脈まで千切られていた方が、面倒がなかったかもしれないとニャースは胸中で呟く。 そうであれば、この子犬を助けようなどという気を楽俊も起こさなかっただろう。 この子犬は近くに殺し合いに乗った獣がいるという証拠だ。止めを刺さなかったのか、それとも刺せなかったのか。それは推測の域を出ることはないが、もし後者の場合、襲撃者は追撃に来る可能性が高いのではないだろうか。 辺りには血の臭いが立ち込めている。襲撃者でなくとも、肉食の獣が嗅ぎ付けてくるかもしれない。そもそも、ここで明かりをつけている行為そのものが危険極まりない。 楽俊もそれは分かっているようだが、それでも子犬を助けることを選んだ。それを聞いた時、舌打ちしたい衝動を抑えるのに難儀した。 くぅーんという声が手元から聞こえた。はっと子犬を見るが変化はない。弱々しい脈動が布越しに伝わってくるだけだ。 声は子犬の下に伏せている白いオオカミからだった。 「アマ公、まぎらわしいことするにゃ!」 思わず声を荒げる。それがただの八つ当たりに過ぎないとニャース自身にも分かっているのだが。 少しでも傷口を心臓より高い位置にしようと、アマテラスというらしいオオカミの首筋に寄り掛からせるような形で子犬の頭を置いている。明かりを増やす意味で置かれた鏡の反射光がまぶしいのだろう、アマテラスはしきりに目をしぱしぱさせていた。 何が楽しかったのか、何度も円を描いていた尻尾は今は地面に力なく垂れてしまっている。 まだか。とニャースは歯噛みした。 楽俊は別のライトの下で薬を調合している。聞こえてくる薬研の音に、ニャースの焦りは激しくなるばかりだ。 子犬の身体はどんどん冷たくなっていく。出血と夜気が急速に子犬の体力を奪っているようだ。火でもあればいいのだろうが、自分にそんな技はなく、道具もない。 また、子犬を苦しめているのは首の傷だけではない。腰の骨も折れていた。おそらく、背後に聳える崖から転げ落ちでもしたのだろう。 これでは、たとえ一命を取り留めたとしても深刻なハンデを背負うことになる。子犬も、そしておそらくは子犬を連れていくと言い張るであろう楽俊に同行するニャースも。それでも助けることが人間の土俵というやつに相当するのかもしれないが。 ニャースは諸々のことに思考を巡らせ、その全てをため息として吐き出した。そこには、結局付き合ってしまっている彼自身のことも含まれている。 足音が近づいた。楽俊が薬の調合を終えたらしい。たしか化膿を防ぐ薬だったか。 出血も大分治まってきたようだ。楽俊に場所を譲ろうとして、ふとニャースは違和感を覚えた。 布伝いに温もりが伝わってくる。どういうわけか、子犬に体温が戻ってきていた。呼吸も、大きく、深くなっていく。 思わず、ニャースは楽俊と顔を見合わせた。 まぶしいな……ぼくは目を細めた。 段々目が慣れてくると、ぼくを照らす電気の後ろに紺碧の空が見えた。そして、思いどおりに身体が動かないことに気づいた。いや、力そのものが入らないのかな。 ぼんやりとするぼくの頭を、鈍い痛みが貫く。 ああ、そうか。夢じゃ……なかったんだ。 ぼくの目の前にはネズミさんとネコさんがいた。ネコさんを見て、思わず逃げようとしちゃった。動かないのに。 それにそのネコさんが、さっきのネコさんみたいな怖いネコさんではないことはすぐに分かったんだ。少しいじわるそうだけど、それ以上に優しそう。 だいたい、悪いネコさんならネズミさんが一緒にいるはずはないよね。 このネズミさんとネコさんがぼくを助けてくれたんだね。 それと姿は見えないけど、ぼくにぴったりと寄り添ってくれている存在がいることが感じられるんだ。それはとても嗅ぎ慣れていて、でもそれとは別にとても懐かしい思い出をよみがえらせる匂いをしていた。 ……そうだ。これはお母さんの匂いだ。しんちゃんのママが、そしてあまり覚えていないけど、ずっと前にぼくを包んでくれていた匂いだ。 凄く……あたたかくて、眠くなってくる。でも、まだ駄目だ。助けてくれたお礼をしなくちゃ……。 ぼくは顎と喉に力を入れた。泣きたくなるほど痛かったけど……動く。ちゃんと力が入る。 最初は掠れ声しか出なかった。 「おい、喋るにゃ! いいから、じっとしてろにゃ」 ぼくがなにか言おうとしていると分かったのか、ネコさんが気づかってくれた。 ありがとう。でも、あなたたちに言わなくちゃいけないことがあるんだ。 もう一度、空気を吸いこんで喉に力を込める。 「ぼう……しの、ネ……コ……気を……けて」 空風みたいな声が漏れる。なんか、ぼくの声じゃないみたい。 うまく伝わったかなあ? ネコさんはしばらくブツブツ呟いている。 「? ぼう、しのネコ……帽子のネコ! 分かった。分かったにゃ。だから――」 ネコさんはぼくに笑いかけてくれた。よかった。伝わったみたい。 ……ほんとはね。もっと他に伝えたいことがあるんだよ。もっともっとお話ししたいことがあるんだよ。 それにね、ききたいことだって一杯あるんだ。 だけど、時間がないんだ。よく分からないけど……でも、分かるんだ。 だから、いま一番大切なことを選んで、伝えた。 いい人は死んだりしちゃいけないんだ。お侍さんを失ったときのしんちゃんみたいに悲しむ子が絶対いるから。そんな子のお顔、絶対見たくないから。 でも……おなまえぐらい、知りたかったなあ―― 麻酔が効いて、子犬は眠りに落ちたようだ。傷口は布ごと縫合した。とはいえ、自分の腕だ。万全を尽くした処置には程遠い。 「ラクシュン、ちょっといいかにゃ?」 子犬に自身のケープを掛けてやっていた楽俊を手招きする。ニャースも楽俊も血まみれだ。生乾きの血が毛皮に張り付いて、風に揺れるたびに不快な違和感を皮膚に伝えてくる。 アマテラスは子犬を包み込むような体勢で蹲っている。それを眼の端に捉えながら、ほてほてと歩いてきた楽俊にニャースは小声でささやいた。 「あの子犬、助かると思うにゃ?」 「……そいつをおいらに言わせたいのかよ?」 疲れたように楽俊が呟く。それが彼の答えを表していた。 ニャース自身も楽俊と同じ意見だ。ならば、なぜ尋ねたのか。 楽俊に否定してほしかったのかもしれない。 「すまんにゃ……」 謝罪を口にする。楽俊は応えず、草叢の中にあった大きめの石に腰を下ろした。 処置以前に、血が流れ過ぎていた。表面からは分からないが、恐らく内出血も相当していたと思われる。内臓も傷ついていたのかもしれない。 生への渇望か、それとも神様の御業か。子犬の体温は戻り、生命力も一時的にだが回復した。だが、それで子犬を此方側に留まらせることはできないだろう。 もし、これが神様の仕業ならば、残酷な奇跡を起こしたものだとニャースは思う。 帽子のネコに気を付けて。とだけ、子犬は言い残した。ただそれだけを言わせるために、子犬を起こしたのか。あのままなら死の恐怖を感じることなく逝けたものを。 あの子犬も子犬だ。死の恐怖を吐露するわけでもなく、啼くわけでもなく、己を襲ったものの特徴だけを告げた。あの状態でありながら、あくまで他者の心配をした。 それをニャースは苦々しく思う。なんであいつらは自分を中心に生きないのかと。 騒いでいいのだ。もっと喚いていいのだ。誰も非難しない。自分だって……多分しない。 「ニャース――」 思考に沈んでいたため、呼びかけに気づくのに数瞬を要した。 楽俊を見やると、彼は何か考え込むように下を向いている。そのまま、彼は告げた。 「おまえと天照は薬箱を持って先に行ってくれ。おまえらを必要としてるやつが、この先絶対にいるだろうから」 「……おまえはどうする気にゃ?」 なんとなく答えを予想しながら、訊く。 「おいらはあの子犬の傍にいようと思う。どうなるにしろ、独りはあまりに寂しいじゃねえか」 その答えに、ニャースは苦笑した。やっぱり、こいつはこういう奴なのだ。 「にゃーは構わにゃいが――」 言いながら、視線で子犬の方を示す。心配そうに子犬の頭を舐めてやっているアマテラスが見える。アマ公と呼ばれることを異常に喜ぶオオカミの姿が。 「あいつが、アマ公が了解するかにゃ?」 ニャースの言葉に楽俊は逡巡の表情を見せたが、すぐに首を振った。小さな笑みと共に。 「だから、にゃーも付き合ってやるにゃ。一人より、三人いた方が賑やかで楽しいにゃ」 結局付き合ってしまう自分も甚だ人がいいと、ニャースは自嘲する。ただ、最後の門出ぐらいに付き合ってやる義理はあるだろう。 傾きかけた月に、ニャースはそうにゃろ。と呼びかけた。 夜明けを待たずして小さな白い獣は死んだ。陽だまりに抱かれたまま―― 【C-5/崖下/1日目/黎明】 【チーム:三匹が行く!】 基本:殺し合いに乗っていない参加者を集める。 【備考】 ※危険な獣「帽子のネコ(ケットシー)」の情報を得ました。 【楽俊@十二国記】 【状態】:健康、疲労(小)、無力感、血まみれ 【装備】:なし。 【道具】:支給品一式、フィジカルミラー@ペルソナ3、不明支給品0~1個(本人は確認済)、アマテラスの支給品一式と不明支給品1~3種類(楽俊とアマテラスは確認済) 【思考】 基本:キュウビを人間の土俵で倒す。 1:子犬の遺体をどうにかしてあげたい。 2:ニャースのいた世界の話を聞いてみたい。 【備考】 ※楽俊の参戦時期はアニメ第6話です。 ※人間の姿になれないことに気付いています。 ※会場が十二国以外の異世界であり、参加者にも異世界の住人がいることを認識しています。 ※アマテラスの本当の姿が見えています。 ※アマテラスを唯のオオカミではないと感じています。 【ニャース@ポケットモンスター】 【状態】:健康、疲労(小)、血まみれ 【装備】:なし。 【道具】:支給品一式、エルルゥの薬箱@うたわれるもの(1/2ほど消費)、シルバー・ケープ@魔法少女リリカルなのはシリーズ、不明支給品1~2個(本人は確認済) 【思考】 基本:殺し合いからの脱出。楽俊たちと一緒に行動する。 1:血をどうにかしたい。 2:ピカチュウたちが気になる。 [備考] ※不明支給品に、ニャースから見て武器になるようなものはなかったようです。 ※異世界の存在について、疑わしいと思いつつも認識しました。 ※キュウビや他の参加者をポケモンだと考えていますが、疑い始めています。 ※ピカチュウが、サトシのピカチュウかどうか疑っています。 ※アマテラスが、ただの白いオオカミに見えています。 【アマテラス@大神】 【状態】:全身打撲(中・治療済)、強い悲しみ、ところどころ血まみれ 【装備】:所々に布が巻かれている。 【道具】:なし。 【思考】 基本:打倒キュウビ。 0:………………… 1:ぼのぼのとアライグマが心配。 【備考】 ※アマテラスの参戦時期は鬼ヶ島突入直前です。そのため、筆しらべの吹雪、迅雷の力は取り戻していません。 ※北の方で起こった何かを感じ取ったようです。 ※筆しらべの制限に気付いているかもしれません。 ※楽俊とニャースに懐きました。 ※キュウビの目的について、何か勘付いているかもしれません。 ※筆しらべ「光明」と「月光」で昼夜を変えることはできないようです。 【フィジカルミラー@ペルソナ3】 装備者に物理攻撃を一度だけ反射するバリアを張ることが出来る鏡。効果範囲を味方全体から変更。 &color(red){【シロ@クレヨンしんちゃん 死亡】} &color(red){【残り 43匹】} *時系列順で読む Back:[[現場は木造平屋建て]] Next:[[ ]] *投下順で読む Back:[[現場は木造平屋建て]] Next:[[ ]] |010:[[ニャースの謡]]|楽俊| | |010:[[ニャースの謡]]|ニャース| | |010:[[ニャースの謡]]|アマテラス| | |007:[[シロとケットシーの偽典・黙示録だゾ]]|&color(red){シロ}|&color(red){死亡}|