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魂の拠り所(前編) ◆BEQBTq4Ltk


あぁ、どうして。


 どうしてあたしは、こんなのになってしまったんだろう。







「え、エンブリヲさん!」


 エンヴィーの襲撃によって首輪の解析を一時中断していた初春飾利と高坂穂乃果はエンブリヲを心配していた。
 一人でホムンクルスを遠ざけ、聞こえてくる戦闘音だけが彼の生存を証明している状況である。
 別の教室から聞こえている間は彼を感じ取れるが、会話は流石に届かない。
 そのため、エンブリヲがエンヴィーを制圧した瞬間は彼女達からすればどちらかが負けた意味合いとなっていた。

 負けた、といっても勝負の世界においての死亡であり、エンヴィーを知っている彼女達はエンブリヲの身を心配する。
 彼が負ける姿を想像するわけでもないが、初春飾利にとっては佐天涙子を殺した存在がエンヴィーである。
 高坂穂乃果からしてみれば嫉妬のホムンクルスは天城雪子の死因を作った張本人でもあり、彼の残虐性を知っているのだ。

 そんな心配を破壊するのかのように開けられた扉の先には、傷一つ負っていないエンブリヲの姿があり彼女達は安堵する。

「遅くなってしまったね。エンヴィーは今、大人しくさせたから安心してくれ」

 彼はまるで襲撃が無かったかのように普段通りの姿で教室を歩き椅子に腰を下ろす。
 表情には笑みを浮かべるほどの余裕があるようで、目の前にあるティーセットを掴むと自分で注ぎ始めた。
 軽く口に含み、それを飲み干した所で、初春飾利の方へ向くと口を開いた。


「首輪の解析結果を聞くところで邪魔が入ってしまったが……どうだったのかな」


 殺し合いを強いられる上での強制力となっている首輪の解除は全ての参加者が望んでいると言っても過言ではない。
 多くの生命を守ろうとする英雄も、欲を満たすために暴れる悪人も、願いのために刃を振るう人間も。誰も彼もが望んでいる。
 こんな枷が無ければそもそも運営の言葉を一から十まで聞く必要も無いのだ。


 開幕の儀式で殺された上条当麻。
 その首を爆破によって吹き飛ばされた光景はパフォーマンスとしては完璧であった。
 一般人であれば突然の拉致に加え生命の消失を見せられれば心を掌握されてしまい、運営の言葉を信じるしか道を選べない。
 戦闘能力を持っているような超人であれば話は別であるが、日常において血は馴染みの無いものである。
 目の前で首が無くなる瞬間を見れば――人間は簡単に狂ってしまう。


「残念ながら首輪に関する情報は全てロックが掛けられています。
 解析を試みていますが……まだまだ時間が必要ですね。結果がすぐには出ないようです」


「そうか……それは残念だ。けれどよく頑張ってくれたよ初春……他に何か解ったことはあるかい?」


 例え結果を伴わないことになってもその者の努力を無下にすることは無い。
 初春に労いの言葉を掛けつつエンブリヲは何か別の糸口を掴んだかどうかを尋ねる。
 すると彼女は表情を緩ませた後にディスプレイを指さしつつ言葉を紡ぎ始める。


「参加者の戦闘能力に関する情報フォルダを発見しました」


「戦闘能力限定、と捉えて構わないか?」


「はい。それも開示出来るのは死んでしまった参加者だけのようです」


 ほぅ、と答えたエンブリヲは席を立ち上がりディスプレイの前まで移動しマウスを動かした。
 カーソルの先にはタスクの名前が表示されており――開示不可能なため、何も起きない。
 この時、エンブリヲは舌打ちをしたが初春飾利と高坂穂乃果には聞こえていない。

 次にキング・ブラッドレイにカーソルを合わせるも――これも開示不可能であった。
 ディスプレイは丁度、エンブリヲの身体と重なっているため、後ろの女性陣には見えない構図だ。
 生死を確認した所を見られれば不審がられるが、見えなければどうということはない。
 無論、見えてしまってもエンブリヲならば問題なく邪魔者を排除出来るのだが。


「死人の弱点を開示出来るだけか。それでも有益な情報を手に入れることが出来たよ」


 などと一応は言っているエンブリヲだが、彼はまだ見ていないと等しい。
 彼の頭の中は今頃、一人で喘いでいるだろうホムンクルスを材料に、どう首輪を解除するかで一杯である。
 エンブリヲは人間では無い。もちろん、ホムンクルスでも無いが、人為らざる者と捉えれば同じカテゴリーだ。

 仇にも同じ括りで扱うとなれば、激怒するだろうが今は関係ない。
 人体にどのような影響を与えるか、どの範囲にまで干渉するのか。
 それらを暴く前に一度、初春飾利の元を訪ね解析結果を聞こうとしていたが……結果は特に無し。

 彼女が得た情報だフォルダを利用し参加者の死亡状況が確認出来るのは、首輪解析に関係は無いが有益な情報である。 
 エンヴィーを用いた実験が終了次第、他の参加者の情報を集めるのもいいだろう。

 此処まで考えた所で、席を立つが、エンブリヲの視界に映り込んだのは扉の先で嗤うホムンクルスだった。


「やぁ。お前を殺しに来たよ」






 あたしはどこで間違ったんだろう。

 あたしはただ、彼の幸せを願っただけ。

 それが今じゃ、魔女になって、人間ですら無い怪物になっている。


 あたしの視界は異形な見た目に反して、透明感のある、まるで映画をみているような気分だった。

 みんなが見えるだけで、干渉はできない。

 あたしの身体なのに、人間じゃないから、言うことを聞いてくれないのかな。

 話したい。攻撃するつもりも無い。

 あたしの思いとは逆に、魔女は暴れ続ける。


 あれはあたしじゃない。

 あたしは美樹さやかで、人間だ。

 魔法少女になってしまったけど、それでも人間だ。

 魔女じゃなくて、人間だ。


 あの魔女はあたしじゃない!




「なに言ってるのさ、あれもあたしだよ。目を逸らさないで」






 屈辱だ。
 人間如きの分際でこのエンヴィーに干渉するなど、許されることじゃない。
 身体の内部を弄ったかどうかは知らないが、感情の昂ぶりが尋常では無いほどになっている。

 あの男、エンブリヲが触れてから可怪しくなっている。犯人は間違いなくあいつだ。
 舐めたマネをしやがって……殺してやる、絶対に殺してやる。

 そのためにもまずは体内を弄ることをしなければならない。
 ただの人間ならこのまま黙って喘いでいるだけだろうが、ホムンクルスならば簡単に治してみせるさ。


「――んぁ……はぁ、は……っし」


 本当に屈辱だ。
 感じたくも無い感情に耐え切れず声を漏らすこの姿を他の奴らに見られたらたまったもんじゃない。
 でも、もう大丈夫だ。今の身体は平常だからもう、遅れは取らない。

 階段を上がっても息が切れることも無ければ振動で喘ぐこともなく普段通りだ。
 エンブリヲに触れられる前に圧倒的質量で押し潰してやればいい。それで殺す。


 ドアによし掛かった所で、あの憎い面を発見した。


「やぁ。お前を殺しに来たよ」





 エンブリヲが大人しくさせている筈だったエンヴィーの登場により初春飾利と高坂穂乃果の警戒心は瞬時に極限まで高まった。
 互いに身を寄せ、不安や恐怖から逃げるように身を固める。初春は一歩前に出て穂乃果を守る形となっている。


「ん……なんだ高坂穂乃果だっけか。大佐が天城雪子を焼き殺した時以来かな?」


 けたけた嗤い高坂穂乃果にとってのトラウマを抉るホムンクルス。
 紅蓮の錬金術師と手を成り行きで組むことになったきっかけの戦闘がマスタング大佐との再戦だった。
 死人は一人と二匹。巻き込まれた参加者の中には高坂穂乃果がおり、彼女は見てしまったのだ。
 事故とは云えマスタングが天城雪子を焼き殺す瞬間を。


「マスタング大佐はいない……か。ま、あんな殺人鬼の近くにいたくないよね」

「……さい」

「あ?」


 人間を嘲笑うことが趣味な部分も含んでいるエンヴィーは意味もなく相手を煽る時がある。
 今回の標的は高坂穂乃果であったが、短い言葉で切り上げた。


「悪いのはマスタングさん……じゃなくて貴方です。貴方がいなければ雪子さんもワンちゃんも、死ぬことは無かった」


「弱いからあいつらは死んだんだよ。それをこのエンヴィーのせいにするなんて……あー、人間はだから嫌いだ。現実を見なよ」


 予定ならば高坂穂乃果の精神は揺らぎ、無駄に焦燥感に駆られ必死な形相を浮かべているところだ、とエンヴィーは一人思う。
 しかし現実は、ホムンクルスの言葉に抗い自分の意思を確立しているではないか。
 視線を逸し初春飾利を見れば彼女の表情もまた此方を睨んでおり、エンブリヲに限れば憎たらしい笑みを浮かべている。


「そうかい、そうかい……つまんないなあ。折角キンブリーが死んでそこそこいい気分だったのに、それをエンブリヲに邪魔されて」

「私の知ったことでは無い。襲って来た貴様が悪い」

「高坂穂乃果のリアクションも全然面白くない」

「……私は貴方を満足させるために生きている訳じゃない、から……」

「そこのお前も同じなんだろ?」

「同じ……貴方が違うだけですよ、エンヴィー」



 一通り喋り切った空間は無音に包まれる。
 それを素早く破ったのが――ホムンクルスだ。
「じゃあ死ねよ」と短く呟いた後に、左腕を突き出す。

 その左腕は変色し、悍ましい緑色、獣のように肥大し高坂穂乃果に襲い掛かる。
 彼女は戦闘の心得が無いため、迫る腕に対し抵抗することが出来ないでいた。
 格闘技を齧っているなどの領域の話では無く「高速で迫る人外の腕」に対し、対処法など知るはずも無い。

 自分一直線に迫る腕。
 高坂穂乃果が出来ることは死なないことを祈って、瞳を閉じるだけである。
 外れればいい。相手の手元が狂えばいい。限りなく零に近い確率を、奇跡を願うしかない。


「――だいじょ、ぶですか……高坂さ」


 奇跡とは滅多に起きないモノだ。
 簡単に連発されてしまっては有り難みが薄れてしまい、奇跡は意味を持たない記号となるだろう。
 幸福が誰にでも訪ればそれは平和な世界だろう。しかし世界は残酷である。
 誰かが幸せになれば、別の誰かが不幸になる。そのように上手くできている。

「う、初春さん……初春さん!!」

 己に迫る生命の刈り取りが、初春飾利に向けられた。
 高坂穂乃果が瞳を開けると己の前に立った初春飾利の胸が緑色の腕に貫かれていた。
 溢れ出るおぞましい血の量から察するにこの傷は――。

「逃げてください……は、やく」

 肺が潰されているのか、思うように発言できず言葉の歯切れが悪くなっている。
 呼吸も困難になっており、肩がしきりに動いている。血も止まっていない。
 逃げろと言われても高坂穂乃果は錯乱状態に陥っており、その場に固まっていた。
 無理もない。目の前で人が死にかけているのだ。それも、自分が原因で。


「じゃあお前から死ねよ」



 殺す対象が変わった所で、それは順番の違いだけである。
 エンヴィーからすれば初春飾利の死に際の言葉などどうでもよく、息の根を止めるために腕へ力を供給する。

「あが、あ……ぐぅ」

 ミシミシと音を立てる初春飾利の身体から時折、何かが折れた音が響く。
 異常なほどの圧力を受けた生身の身体が悲鳴を通り越し、ギブアップのサインを送る。
 もう助からない段階まで、彼女の身体及び内部機関は破壊されている。


「――チィ、またお前か」


 緑色の腕を斧で斬り裂いたエンブリヲはエンヴィーへ距離を詰めると蹴りを放つ。
 ホムンクルスはその一撃を掌で受け止めるも、エンブリヲの全体重を乗せた攻撃によって教室外へ飛び出す形となった。


「出来る限り遠くへ逃げるんだ」


 それだけ言い残しエンブリヲもエンヴィーを追って教室を飛び出す。
 見れば斬り落とした腕が再生しており、俄然、首輪解除のためとしての実験材料の価値が上がったと内心思っている。
 最も、高坂穂乃果やエンヴィーがそれを知る術は無いのだが。



「初春さん……っ」


 残された高坂穂乃果はエンヴィーによって胸から上を潰された初春飾利だったものを見下ろしている。
 自分を守るために死んでしまった。その生命を己のために潰してくれた存在を。

 言葉が出ない代わりに胸の中から溢れ出る嘔吐物を防ぐために、掌で口を覆う。
 収納具の近くまで移動し、その隅に耐え切れない異物を口から垂れ流す。

 初春飾利も、エンブリヲも逃げろと言った。
 生き残っている高坂穂乃果はその言葉どおりに動くのが最善の選択肢だろう。
 襲撃者であるエンヴィーをエンブリヲが抑えている今が、最大の好機である。

 しかし身体が動かない。
 精神が安定するまでには時間が掛かるだろう。
 頬を伝う涙が床に落ちる。先程まで騒がしかった教室が今はとても静かだ。

 風紀委員である初春飾利が守ったその存在。
 もはや高坂穂乃果の生命は彼女だけのものではなく、全てが積み重なった結晶であった。




【G-6/音乃木坂学院/一日目/真夜中】




【高坂穂乃果@ラブライブ!】
[状態]:疲労(大) 、悲しみ、嘔吐感
[装備]:デイパック、基本支給品、音ノ木坂学院の制服、トカレフTT-33(3/8)@現実、トカレフTT-33の予備マガジン×3
[道具]:練習着
[思考・行動]
基本方針:強くなる
0:心の整理をする。
1:この場から離れる。
2:花陽ちゃん、マスタングさん、ウェイブさんが気がかり
3:セリュー・ユビキタスサリア、イリヤに対して―――――
[備考]
※参戦時期は少なくともμ'sが9人揃ってからです。
※ウェイブの知り合いを把握しました。
※セリュー・ユビキタスに対して強い拒絶感を持っています。が、サリアとの対面を通じて何か変わりつつあるかもしれません
※エンブリヲと軽く情報交換しました。











 廊下を舞台に争うは方や人造生命体であり、対峙するは神を称する存在である。
 彼らに目的があるとすれば、それは目先の存在を排除することだ。
 脱出や優勝などの道ももちろんあるのだが、今は敵を殺すために動いている。

 一本道である廊下ならばエンヴィーの変異した腕の攻撃を回避するのが困難になる。
 狭い空間の中で放たれる面積比の大きい腕をエンブリヲは斧を盾代わりに活用し防ぐ。


「面倒だし……さっさと殺すよ!」


 拉致があかない――訳ではないのだが、苛ついているエンヴィーは腕を戻し宣言する。
 敵であるエンブリヲを、憎き存在を殺すために彼が取る手段は真なる姿の開放だ。

「――ほう」

 その光景にエンブリヲは軽く呟き、何か珍しい催し物を見るかのような瞳を持つ。
 膨れ上がるホムンクルスの身体。沸騰するかのように現れる突起物。
 ぼこぼこと音を立てながら分裂や結合を繰り返す細胞。人造生命体は人間体を超える巨大な生物へと変化することとなる。

 魔獣に相応しい緑色の身体。
 人間さを微かに残す黒い長髪。
 大地を覆う巨大な四肢とそれらに支えられる悪魔の姿。


「殺してやるよエンブリヲオオオオオオオオオ!!」


 魔獣の咆哮は学院の中隅々まで響き渡る。
 それに呼応するように――エンヴィーの身体に耐え切れぬため、音ノ木坂学院は崩壞を始めた。



 身体が辛かろうと。
 体力が低下していようと。
 今にも意識が途切れかけようと。

 エドワード・エルリックは走り続ける。
 己の身体に鞭を撃ち走る姿は正に物語における英雄が相応しい。
 闇に手を染める一人の少女を救うために、最年少の国家錬金術師が奮闘する、

 苦しくないと云えば嘘になる。
 DIOとの戦闘を終えた時点で、意識は失っていた。
 頭の中に眠る全ての風景が飛んでいたのだ。目を覚ました所で疲労は回復していない。
 例え転がってでも彼は前に進み、殺し合いを止めるために、走り回るだろう。

 立ち止まっている時間は無い。
 多少の傷を抱えてでも、殺戮を打破するためにも。


「普通に走っているだけじゃ追い付けないんじゃないか」

「御坂がこっちに居る確証も無いけど、そりゃそうだよな……」


 彼に随行するマオが言葉を漏らす。
 田村怜子から得た情報を元に移動をしているものの、この先に御坂美琴がいる確証は無い。
 そもそも、零に近い状況から無理やり結果を創りだした形に近く、所謂、部の悪い賭けである。

 止めるだの辞めさせるの言い続けても、会えなければ意味が無い。
 努力に伴わない結果に襲われ、残るのは虚無感だけだろう。


「んじゃ……ちょっと近道するか!」


 言葉を言い終えたエドワードは立ち止まり、悪知恵が思い付いたような表情をしている。
 近道と言っているが地図上で表せば特に横道がある訳でもない。
 あるとすれば空間――奈落しか目ぼしいものがない状況である。

「近道? あぁ、便利だな」

 エドワードが何を言っているか理解出来ないマオは彼に問いただそうとするも、直ぐに意図を飲み込んだ。
 言葉に漏らしたが本当に便利なものだとつくづく思う。
 その力があれば、何でも出来るんじゃないか。そう思えてしまう。



 錬金術は失われた古代の遺産だと思われていたが、充分、現代にも通用する一種の魔術のようだ。


「道を作りやがったな、エド」

「おう……っつてもエリアを横断するのは無理だからな。
 上手く短く済むようにしたけど……どうなっかな」


 彼が言うには橋を錬成するにも限界があり、エリア全体に掛けるにはそれ相応の物質が必要だ。
 賢者の石などの規格外なエネルギーを秘めた媒介があれば問題は無い。
 だが、現在、それらを賄う物が無いため、橋を錬成した所で、途中で途切れてしまう。


「おい、こりゃあ途中で終わってるぞ。もう少しで届く、頑張れないのか?」

「だから言っただろって……っし」


 鋼の錬金術師は機械鎧に刃を付着させると、渡ってきた橋を軽く削る。
 手頃な大きさにまで削った岩を持つと、一度深呼吸しマオに話しかけた。


「マオ、バッグに入れ」


 エドワードの提案にマオは反発すること無くすんなりとバッグに己の身体を入れる。
 考えても見れば支給品扱いで生きているとは全く持って理解し難い状況だ。
 邪魔な参加者であれば殺せばいい。しかし、何故、ある程度自由の効く支給品なのか。
 そんなもの、主催者にしか解らないのだが。


「――――――っと!!」


 橋の切れ目にまで一気に走りだしたエドワードは己の脚力を信じ――跳んだ。
 岸は見えており、勢いうつけて跳べば――届かない。


「届け……ッ!」


 闇夜に轟く蒼い閃光。
 錬成を発動したエドワードは先程削りとった岩を錬成し、槍へと変化させた。
 腕が届かないならば、槍を岸へと刺し込み、残りは腕力で登ればいい。

 一か八かの賭けである。
 失敗すれば彼は奈落へ堕ちて死ぬだろう。
 その危険を犯してでも、今は時間が惜しい。

 もうこれ以上――誰も悲しませないために。


「へっ……どんなモンだ」

「――――――――――――――馬鹿かお前は」


 宙ぶらりんになったエドワードに対し、マオが溜息と共に言葉を残す。
 槍を決して離さないその腕――彼らは向こう岸にまで辿り着いた。




 タツミの行先は音ノ木坂学院である。
 気絶している鳴上悠と銀を抱えている以上、安全な場所を確保する必要であり、近い建物が学院だった。

 参加者が減り続ける中でも時間は止まらず、安息の時は訪れない。
 休める間に休むのが生きるための手段だ。ジュネスが崩壞した今、近場は音ノ木坂学院である。

ヒルダ……ま、黙ってても仕方が無いか」

 己に怒号を飛ばした女が居る。けれど、逃げていては何も始まらない。
 弁解するつもりもない。ただ、犯した罪を受け入れるだけ。

 殺し合いが加速する中、生存者が徒党を組まなくては生きていけないだろう。
 仮にあのエスデスに襲われた場合、一人と多数では生存確率に大きな差が生まれてしまう。

 そしてヒルダには一つ、詫びを入れる。
 失ったものはもう二度と、戻らない。だがタツミには着けるべきけじめがある。

「車輪……?」

 背後から近寄ってきた気配はころころと自分を通過して転がっていく。
 木製の車輪だ。石に躓きながらも懸命に遙か先まで回転していたが、何処から来たのか。
 よく見ると何やら輪は欠けた後があり、更に目を凝らすと銃弾が埋まっているではないか。

「戦闘が起きているのか……っ、これは」

 そもそもこの車輪をタツミは目撃したことがある。
 それは帝都に居た時――元の世界ではなくつい最近のことだ。
 殺し合いに巻き込まれてからの数時間で見かけたこの車輪、忘れる筈も無い。

 しかし車輪が転がって来たと云うことは、だ。
 アレが参加者と戦闘しているのだろうと、誰にでも解ることだった。

 タツミは音ノ木坂学院とは逆方向へ、踵を返し南へ進む。
 責任は自分にある。これ以上、あの出来事から被害者を出さないためにも、彼は走る。


「待ってろよ――さやか」





「おいおい、なんだってのさこれ……!」


 それは突然の出来事だった。
 ジュネスを目指していたヒルダ、白井黒子小泉花陽の三人は一度、教会を訪ねようとしていた。
 寄り道も兼ねて、道先にあったため、散策しようとしたところで、不可思議な現象が起きたのだ。

 その出来事にヒルダは驚きの声を上げた。
 教会に入ろうと扉をくぐった先は――この世とは思えない謎の空間だった。
 芸術的、と称すればいいのだろうか。
 壁は湾曲し床も平らではなく凹凸、それもでこぼこと表現するかよりはぐにょぐにょが似合う可怪しさだ。

 扉の先が雪国だった方がまだ受け入れられる。
 手で頭を抑え、とうとう気でも狂ったかと落ち込むヒルダであるがこれは現実である。


「廊下のようにも見えますわね」

「お前、意外と驚かないんだな」

「もう慣れっこですわ。慣れたいわけでは無いのですけれど、ね」


 白井黒子は辺りを見渡し、形状が廊下のように続いていることを確認していた。
 流石に壁に触れることはしない。何が起きるか見当もつかないからだ。


「まるで会場に続いているみたい……コンサートをするような」


 小泉花陽が呟いた言葉に反応しヒルダは現実に意識を引き戻し、周囲をよく見てみる。


「たしかになんか宣伝のポスターみたいなのが壁にあるな」

「絵画かと思いましたがポスター……なるほど。教会に入ったつもりがコンサートホールに通じていた。
 …………自分で言っておきながらそれは無いと思いますの」

「白井さんの能力みたいにワープしたとか?」

「そんな21世紀のような技術は……無いとは言い切れないのが悲しい話ですの」

「いや……此処は教会がある場所と変わってないぜ」



 ヒルダがバッグから取り出したデバイスには変わらず教会と同じ座標が表示されていた。
 つまり彼女達はワープした訳では無く、何処か不思議な空間へ迷い込んだ訳でも無い。
 文字通りの「教会に入ったつもりだったがその中は教会じゃ無かった」だけである。


「デバイスが壊れている可能性は……無いでしょうね」

「じゃあやっぱり……う、歌が聞こえる?」


 何やら奥から旋律に乗せた声が聞こえる。
 理解は出来なくおそらく日本語では無いその言語は、聞いたことが無い言葉だった。
 まるで加工されているような、この世のものとは思えないものだ。


「まるで悲しみを叫んでいるような……心が痛い」

「小泉さん、何か言いまして?」

「え!? あ、何でもないです」

「気が遠くなる気持ちも解るけど集中してないと死ぬぞ……って、ええ!?」


 驚きの連続だ。
 殺し合いに巻き込まれてからは幾度なく信じ難いことが起きている。
 例えば自分とは異なる世界の人間がいた。
 例えば時間を止める参加者と遭遇した者もいる。
 例えば大切な存在が殺人に手を染めてしまった。
 例えば……その数多の現象は今も増え続けている。例えば教会が急に元の風景に戻ったり、と。


「……一難去ってまた一難」
「あ、何がだよ?」
「扉が開いてますね……お、奥に居るのは怪獣……?」
「はぁ……本当にびっくりのオンパレードですこと」







 口では軽く、歳相応の少女のような話しぶりである白井黒子だが、その瞳と姿勢は戦闘時へと移行している。
 風紀委員として犯罪者と対峙する時と同じように、この殺し合いの中で危険人物と対峙したように。

「さっきの歌はあれから聞こえて……なら歌っているのは」
「おう、十中八九あいつだな。ラグナメイルと同じサイズかありゃあ? いや、ちょっとは小さいか」

 拳銃を取り出したヒルダは対象を見定め、そのサイズを図る。
 距離はまだまだ離れているが、それでも大きいため相手は規格外の存在だ。

「鉛球撃ち込んでもどうにかなる相手じゃねえよなあ」
「まだ敵と決まった訳じゃ……」
「それ、本気で言ってる?」
「………………」

 銃口を遠くに居る対象へ定めるヒルダだが、言葉にした通り鉛球を当てた所で怯む相手には見えない。
 剣を振り回しながら近寄ってくる姿は正に死神だ。モンスターのような外見から悪魔とも言える。

 教会へ向かっていることから、あれは敵だろうと決めつけている。

 彼女達は知らないが迫る相手は――とある参加者の成れの果てである。


「――来ますわ、二人共近寄ってくださいまし!」


 かつて魔法少女だった存在から放たれた大量の車輪が開戦の合図となった。

最終更新:2016年04月09日 22:40