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魂の拠り所(中編) ◆BEQBTq4Ltk


何処にも居ない。
 イェーガーズ本部で目を覚ました御坂美琴は建物を飛び出し、周囲を散策していた。
 闇夜ではあるが所々を雷光で照らしつつ動いてみるものの、誰一人して発見出来ていない。

 キング・ブラッドレイが自分を休ませてくれたのだろうと予想は出来る。
 きっと彼のことだ。待ち時間を散策に当てたのだろうと思うが、遠くまで行ってしまったのか。
 イェーガーズ本部に残された起き書きには南へ行く旨の記載があった。
 彼の文字を見たことは無いが恐らく本物だろう。

 それに従い南下した所で、誰とも遭遇していない。
 先程から南では明らかに戦闘が行われているだろう音が散々響いていた。
 しかし、今となればすっかり静まったようで、何一つ奇妙な音が聞こえていない。


「南は落ち着いたみたいだけど今度は東が騒がしい……少しはゆっくりしなさいよ」


 獣のような咆哮が御坂美琴にまで届いている。
 そのような参加者がいるかは不明であるが、もう何が出て来ても驚かない。
 元々、学園都市は超常現象のオンパレードであり、今更何かに度肝を抜かれる訳でも無いのだ。


「行く宛も無い……から、ね」


 どの道、東へ向かえば予定通りアインクラッドに近づくことになる。
 仮にキング・ブラッドレイがいれば、そこで合流することも可能だろう。
 最も出会った所で、全てが穏便に済むとは限らないが。

 大方、何処かで戦闘でもしているのだろうあの老人は、と御坂は思う。
 冷静に振る舞っていながらも戦闘の際に見せる微かな狂気と滾る瞳は戦士のソレであった。
 何かを求めているのだろう。己を満たしてくれる何かを求めて。


「――行こう」


 その先に何が待っているかは解らない。
 そもそも時折、自分は何故戦っているのかという疑問に襲われる。

 死にたくないからか。
 主催者を倒すためか。
 誰かを救うためか。

 まるで自分が自分ではないような、己のことなのに解らなくなる。

 御坂美琴はその答えを求めているのだ。


 私はどうすれば――開放されるのか。




 悪魔が放った車輪は教会の風通しをよくしていた。
 扉付近が破壊され、ビッグフットでもそのまま通れるぐらいには大きい入り口が出来上がっていた。

 あの一撃を受けると、下手をすれば骨が折れていたかもしれない。
 嫌な可能性を想像したヒルダの表情はよろしくないが、未知の体験がそれを凌駕していた。


「テレポート……?」
「わたくしの能力ですの、大丈夫ですか?」
「私は何とも……ヒルダさんは?」
「だ、大丈夫だ。ちょっとビビっただけだから」


 白井黒子の能力で教会前から避難した彼女達は、互いの安全を確認した。 
 誰も怪我は負っておらず、悪魔からの襲撃に対し回避を成功させた。
 悪魔は此方に迫っており、振るわれる剣の風が感じられ、近づかれてしまうとその余波だけでも脅威となるだろう。


「で、どうするよ。あれをなんとかしないとジュネスには辿り着かないぜ」
「対処……するにも無駄な戦闘は避けたいところですの」
「同感だ。アイツは見ただけでヤバい奴だ、関わりたくない」
「相手の情報が少な過ぎて作戦すら練れませんの。無駄な体力の浪費は避けるべきですわ」
「じゃあ、悔しいが一旦退くしくないな……っと、また車輪だ!」


 白井黒子が小泉花陽とヒルダの腕を掴みテレポートの力を行使する。
 彼女達は瞬時に消えると、北へ現れそのまま走り始めた。

 殺し合いに関係なく戦闘に置いて相手の情報が無いまま戦うのは大きな危険が伴う。
 出方や能力が解らない以上、為す術もなく一方的に殺される可能性も低いとは言い切れない。
 故に彼女達が選んだ選択肢は逃走だ。目的地からは遠ざかるが、わざわざ危険を侵す必要は無い。

 最も悪魔から完全に逃げ切れる保証も無いのだが。


「その能力、本当に便利だよな。ナイフとか身体の中へ移動させたらヤバいんじゃないか?」
「それも可能ですが……残念ですけど、今は何故か出来ませんの」
「出来るのかよ、それ……」
「まぁ、そんなことなんてやりませんけど。おそらくコレのせいですわ」


 コンコンと指先で嵌められた首輪を小突く白井黒子の表情は笑っていない。 
 能力に枷を負荷するこの首輪はおそらく、学園都市の実験ではないかと思ってしまうぐらいの科学力である。
 変な想像はしたくないが、殺し合いの真相はやはり、どうしようもなく闇が深いものだと認識してしまう。

 と、考えてはいるものの、今は逃げることが最優先である。



「小泉さん、走れますか」
「私は大丈夫です、だから気にしないてください」
「いいガッツだけど無理はすんなよ」
(わたくしのテレポートが在るとはいえ……制限もある中、何処まで逃げ切れるか――ッ!)


 逃走中。
 もちろんその間は敵に狙われない訳が無く、悪魔は継続して彼女達を追っている。
 巨体の怪物は動きが遅いのが定番だ。しかしその分、一歩一歩の距離が大きい。
 悪魔の動きは遅い訳では無く、人間程度の速度ならば簡単に距離を詰めてしまう。

 白井黒子が気付いた時には新たな車輪が迫っており再度、瞬間移動で回避し走り続ける。
 背後を振り返れば依然として悪魔が近付いている。
 距離が詰まれば詰まるほどその存在感に圧倒され息苦しくなり、自然と焦りが生じてくる。

 テレポートを駆使すれば逃げ切ることも可能であるが、生憎、殺し合いには制限が存在する。
 例えば世界の針を止める能力に干渉する程度には、参加者間の中で均衡を整えようとした主催者の計らいだ。
 白井黒子については普段よりも体力の消費が大きくなっており、また、距離もある程度制限されている。
 それに脳に掛かる負担も大きなっており、演算処理に対し過度の能力使用なれば脳が焼き切れてしまうだろう。しかし――

「あたしの武器はこれと剣だけだよ。あんな奴に近寄りたくないから武器は必然的に鉛球だけ。
 そんでも試しに一発ぶち込んでみるかい? ドラゴンと同じで銃火器、それも拳銃じゃ全然歯がたたないと思うけど」

「牽制になれば大勝利、と言った所でしょう。
 無駄に弾を消費する必要もありませんわ。このまま逃げますわよ。着いて来てください」

「は、はい……!」

 一度に瞬間移動するにも質量さえ計算しなくてはならない。無論、三人程度なら制限を考えても可能だ。
 だが転移した先が安全かどうかは保証できない。そもそもそんな長距離を移動できる訳も無いのだが。
 白井黒子にとって武器でありとっておきの切り札でも在るのが能力だ。
 いざという時に発動出来なければ意味が無い。そして今がそのいざという時だ。

「もう一度行きますわよ……人?」

 今一度白井黒子がテレポートを発動しようとした時、ふと行く先に人を発見した。
 その男は彼女達を追い越すと、ブレーキを掛けるように大地を削りながら停止し――拳で車輪を吹き飛ばした。


「殴ってぶっ飛ばしやがったぞアイツ」
「あの人、手袋みたいなのを嵌めていますね」
「ならそれがあの殿方の武器なのでしょう……味方であればの話ですが」


 突如現れた男は悪魔と敵対していることから、おそらく敵意は無いだろうと彼女達は思い込む。
 敵であれば車輪など気にせず此方を襲うだろうが、最終的な判断は男の反応を待つしか無い。
 そして、男は振り返るとその口を動かした。

「久し振りって訳でもないけど、また会ったなヒルダ」










「………………誰だよお前」







 あたしは目の前に立っている女を認められなかった。
 なんでこの女が居るのか全く理解出来ないし、する努力もしない。

 思考放棄だ。こんなの現実じゃないって思い込んだ。
 全部が全部、夢で、デタラメで、不思議な出来事で。

 目が覚めたら夢だった。
 あたしもマミさんもまどかも転校生も死んでいない。


「な、なんであんたが立っているのさ……」


 声にも出した。
 それぐらい認めたくない出来事なんだろう。
 現実が怖くて自然と後ずさりしていた。



 ピチャピチャと水が跳ねる。
 気にしていなかったけど床は黒くて赤い液体まみれだった。


「なんでってそりゃああたしだから! なーんてね☆」


 目の横にピースを合わせたあざといアイドルみたいな笑顔で女はあたしに言った。
 あたしだから。
 答えになっていないけど、それが答えだった。
 説明になっていないけど、「これが説明」なんだ。

 だってこの女は――あたしだから。


「あたしの目の前になんであたしがいるの……?」


 正真正銘の美樹さやかがあたしの目の前に存在している。
 ドッペルゲンガーならどれだけよかっただろうか。それならまだ、受け入れられる。
 でもこの女は違う。


「我は影、真なる我――へっへーん、一度言ってみたかったんだよねコレ」


 影と言い切った。
 だからこのシャドウはきっと――なんでもない。



「そんなのどうでもいいから、あたしを元の居場所に戻して」

「居場所? ないないそんなの。わかってるでしょ、あたしは」


 手を横に振りながら否定した影は呆れたように笑っている。
 ふざけているようだけど、あたしは本気だから黙る訳にもいかない。


「戻して。まだあたしにはやることがあるの」

「無いでしょそんなの。タツミを殺すとか?」

「違う」

「願いを叶えるために全員殺すとか?」

「……」

「嘘でしょ。本当にあたしはいっつも言葉と考えていることが違うんだからもー。さやかちゃんは困ったちゃんですよ」

「ふざけないで……こっちは本気なんだからッ!」

「何が本気さ、遊び半分だったからこんなことになっているんでしょ」

「――――――――ッ!?」

 月並みの表現だけど、影の言葉であたしの頭の中は真っ白になった。
 違うって叫びたいけど、口が動かなかった。
 妙な呻き声みたいな、声が漏れているだけで何も出来なかった。

 そんな恐怖から知らない間にあたしは後退していた。
 なんで自分の影に怯えているかは解らない。ただ、怖かった。
 目の前のあいつがどうしようもないくらいに、怖かった。

「ひゃ」

 下がり続けていると何かにぶつかって尻もちをついた。
 するとそこは水じゃなくて椅子だった。しかも劇場にあるタイプの椅子だ。
 よく見ると影が立っているのは壇上で、あいつ一人が人形のように笑っていた。


「なんで解らないかな……あたしはいつだって素直になれずに、本気にならないでやっていた」

「嘘、違う……あたしはそんなんじゃない」

「だーかーらー……はぁ。美樹さやかって女はとても醜いんだよ。本気じゃないくせに悲劇のヒロイン気取ってさぁ!!」


 叫ばれた。
 その声は劇場に響き渡って、ミュージカルの主演のようだった。
 反響する声は最期の余韻まで感情を残し、やがて主演を彩るスポットライトが消えると奥のスクリーンに映像が映しだされた。


「きょ、恭介……」


 これから始まる映像なんて解らない。
 けど、ちょっと予想できるのが、自分でとても虚しくなった。





「だってお前、俺に言ったじゃないか」
「だから知らねえって! あたしは初対面だっつーの! そもそもあのデカブツは殆どお前の責任じゃねえかよ!!」
「……ごめん」
(言ってしまったですの)
(ヒルダさん……それは我慢しないと)


 颯爽と現れた男はタツミと名乗りヒルダとあたかも知り合いのように話していた。
 しかし彼女は彼を知らず、会話が全く進まない。
 そこで戦闘中ではあるが、手短に話した所、結局、ヒルダはタツミを知らず初対面であった。

 白井黒子と小泉花陽から示されたホムンクルス――エンヴィーの話を聞き、彼らは一つの可能性に辿り着く。
 騙された、と。
 正確なことは解らないが真実である。彼らがこの答えを知るのはまだ先の話ではあるのだが。


「あのデカブツは美樹さやかって参加者で身体はお前のバッグに入っている」

「魂はあちらにあるけど身体はこちらにあるため放送には呼ばれていないと言うこと……?」

「対処する方法は無くて今は止めるために来た、でよろしいでしょうか」

「情けないけどその通りだ……誰か佐倉杏子って子を知らないか?」


 タツミが語る出来事は魔法少女と云う概念についてが軸となっていた。
 悪魔の正体は魔女であり、その真なる姿が参加者であり魔法少女である美樹さやか。
 現状として彼女を元に戻す手段がないため、唯一の生存魔法少女である佐倉杏子を探しているが、彼女達の反応から察するに知らないだろう。


「知らないか……此処は俺が引き受けるからお前達は安全な場所へ逃げてくれ」

「逃げろってお前、拳一つで勝てんのかよ!?」

「……誰かが足止めしないと、被害が広がるからな。
 もうこれ以上、悲しみを生まないためにも俺がこの役を引き受ける」


 魔法少女と魔女の新たな情報が存在しない以上、さやかを元に戻す手段を知りようがない。
 現時点で彼女を止める方法は倒すか無力化するか殺すしかないのだ。
 その役目を担うと言い出したのがタツミであり、彼は覚悟を決めていた。
 こうなってしまったのも全ては己に責任があるから。もう、誰も巻き込まないために。




「無理に決まってんだろ……お前が死ねばバッグに入ってる悠と銀はどうすんだよ」

「そうだったな。頼んだぜヒルダ」

「要らねえよッ馬鹿……ってまた攻撃が来るぞ!」


 何度目になるか解らない車輪の襲撃を回避した所で、白井黒子がタツミに近寄った。


「現状として逃げるのが一番真当な手段だと思いますけれど」

「それはそうだ。でも俺は――」

「はぁ……考えてくださいまし。
 無闇に戦っても解決策が無いのなら意味もありませんですの。
 だったら今は生きることを考えてください。その佐倉杏子という方に会えればまだ別の手段があるかもしれませんし」

「だけど……いや、そうさせてもらうか」


 言葉を並べた所で進展しないことを悟ったタツミは一度、己の意見を引き下げ撤退の意思を示す。
 問題はどうやって魔女から逃げるかに移行する。
 白井黒子の瞬間移動に頼ってばかりはいられず、そもそも完全に撒けるのは不可能だろう。

 出来るならばとっくに彼女達三人は戦線を離脱している。
 さてどうしたものかと――とタツミが考えた所で最悪の事態が起きることになる。


「何か聞こえないか、呻き声みたいな」

「地震みたいに揺れて……何か近づいて、ひっ」


 小泉花陽がその異様さに気付く振り返ると、まるで悪鬼が迫っているかのような感覚に陥った。
 周囲に漂う空気を全て邪悪に変貌させるようなソレは、咆哮と共に大地を駆けている。

 緑色の怪物が口を開き、獲物を見下すような強者の瞳で笑っていた。


「どいつもこいつも見たことある奴らばっかじゃん……見飽きたしお前ら全員此処でこのエンヴィーが殺してやるよ」





 結論から述べると、音ノ木坂学院は半壊した。
 真の姿へ変貌したエンヴィーを支えきれなくなった床と柱は脆く崩れ去る。
 かつて廃校の危機に脅かされていた学院は物理的に壊れ、生徒が通うには無理な状態となってしまった。

 無論、箱庭となっている殺し合いの会場に通う生徒などいる筈も無いのだが。

「エンブリヲオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 怪物の咆哮は学院全体を震わせ、窓ガラスが順に破裂していく。
 エンヴィーは現在、大地に立っておりその足が付いている場所は床ではなく土だ。
 断面となった各教室を見渡すも、エンブリヲの姿が見当たらずに苛立っているようだ。

 試しに前足を振るい、学院の一部を崩す。
 バラバラと落ちていく机や椅子。教室と呼ばれたその空間の思い出を全て削ぎ殺すように。


「何処に行った……この短時間で遠くには行けないよね」


 エンヴィーが目を離したのは変異に係る僅か数十秒のみである。
 時計の針が一周すら回らない時間では逃げるにも限界があり、見失うにも限度がある。
 獲物を視界から外された狩人は吠え狂い、己が私欲を満たさんがために学院を再度破壊させる手段をとる。
 大きく振り上げた前足を降ろそうとしたところに、校門の方角で動く影を捉えた。


「見ーつけた!」


 暗闇だろうが気配さえ察知できれば、少しでも見えれば狩りは決まる。
 学院から離れるその影を追い掛け、ホムンクルスは大地を震わし、その土に足跡を残しながら駆け抜ける。
 半壊してるとはいえ学院が大き揺れており、余波で更に建物が崩壞する絵はまさに地獄だ。









「単細胞め」



 走り抜けるエンヴィーを屋上から見つめるエンブリヲの言葉が風に流され消えて行く。
 彼はホムンクルスが変異する際に、廊下から飛び降り既に大地へ避難していた。
 その後、降り注ぐ瓦礫に対処しながら敢えてエンヴィーに己の姿を認識させ、興味を校門へ導く。

 其処にエンヴィーが釣られたことを確認すると、己は瞬間移動を用いて屋上へ。

「精々他の参加者を減らしてくれたまえ」

 エンブリヲが優先したことはディスプレイの中に眠る各参加者のデータだ。
 初春飾利が途中ではあるが導き出した結果を見過ごすわけにもいかず、主催の手の内が見えない以上、情報を求めるのは必然である。

 参加者の記録をわざわざ残しているには理由が当然、必要になる。
 或いは主催の慢心だ。この程度の情報ならば与えても問題が無い、と。

 掌の上で踊らせている状況は、端的に言って心が癒されることでは無い。

(あのパソコンは何らかのデータバンクを繋がっているはずだ。潜り込みさえすれば……)

 必ず糸口が埃を被り眠っているはずだ。ならばその埃を払い、真実へ辿り着けばいい。
 エンブリヲの次なる目的地は幸い、生きているディスプレイが眠る部屋となる。





【エンブリヲ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(小)、服を着た、右腕(再生済み)、局部損傷、電撃のダメージ(小)、参加者への失望
[装備]:FN Five-seveN@ソードアート・オンライン
[道具]:ガイアファンデーション@アカメが斬る!、基本支給品×2 二挺大斧ベルヴァーク@アカメが斬る!、浪漫砲台パンプキン@アカメが斬る!、クラスカード『ランサー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ、各世界の書籍×5、基本支給品×2 不明支給品0~2 サイドカー@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[思考]
基本方針:首輪を解析し力を取り戻した後でアンジュを蘇らせる。
0:ディスプレイから情報を探る。
1:舞台を整えてから、改めてアンジュを迎えに行く。
2:広川含む、アンジュ以外の全ての参加者を抹消する。だが力を取り戻すまでは慎重に動く。
3:特にタスク、ブラッドレイ、後藤は殺す。
4:利用できる参加者は全て利用する。特に歌に関する者達と錬金術師とは早期に接触したい。
5:穂乃果を利用する。
6:真姫の首輪を回収した後、北部の研究施設に向かう。
[備考]
※出せる分身は二体まで。本体から100m以上離れると消える。本体と思考を共有する。
分身が受けたダメージは本体には影響はないが、殺害されると次に出せるまで半日ほど時間が必要。
※瞬間移動は長距離は不可能、連続で多用しながらの移動は可能。ですが滅茶苦茶疲れます。
※感度50倍の能力はエンブリヲからある程度距離を取ると解除されます。
※DTB、ハガレン、とある、アカメ世界の常識レベルの知識を得ました。
※会場が各々の異世界と繋がる練成陣なのではないかと考えています。
※錬金術を習得しましたが、実用レベルではありません。
※管理システムのパスワードが歌であることに気付きました。
※穂乃果達と軽く情報交換しました。
※ヒステリカが広川達主催者の手元にある可能性を考えています。
※首輪の警告を聞きました。



 襲来したエンヴィーが巨躯を存分無なく発揮しようと跳躍を開始した時点で白井黒子は既に行動を終えていた。
 魔女との戦闘で生まれた瓦礫を拾い上げると、能力を行使しエンヴィーの瞳にそれを放つ。

「痛ッ、ナメやがって!」

 眼球に直撃を貰ったエンヴィーは瞼を閉じながらも、攻撃を止めようとせず圧死させるべく落下。
 しかしこれも白井黒子が小泉花陽とヒルダを連れ瞬間移動済みであり、直撃も余波も、誰も受けていない。

 大地が震える中で蹌踉めく彼女達へ向けてエンヴィーが前足を豪快に振るう。
 再度、瞬間移動を行使した回避方法でいなすと、ホムンクルスから距離を取り始めた。

「逃げても無駄だよ、逃さないからねえ」

「俺も逃がすつもりは無いぜ――ッラァ!」

 上空から響いた声に反応しエンヴィーが視線を移動させると一人の男が剣を握っていた。
 月と重なる形で降下する男の刀身に光が反射し、暗闇と云えどその瞳が顕になる。

 不気味なぐらいにまで。一種の恐怖すら覚えるほど澄んだ瞳だ。
 殺し合いの状況だろうと、己を全く崩さない――殺し屋としての眼差しだ。

 ヒルダからすかさず剣を受け取っていたタツミは白井黒子の瞬間移動とは別に跳躍していた。
 エンヴィーの瞼が閉じていることを利用し、出来る限り気配を押し殺しての奇襲だ。
 振るわれた剣は防がれる筈も無く、ホムンクルスの背中に突き刺さった。


「ぐ……イライラすんなああああああ!!」


 苦痛に表情を歪ませながらも身体を揺らしタツミを振り解くために暴れ始め、その振動に剣は抜けてしまう。
 体勢を崩し、宙に放り出された所で彼の目前には尻尾が迫っており、防御した所で圧倒的体積差から完全に相殺することは不可能だろう。
 タツミが覚悟を決め全身に力を張り巡らせた瞬間、空間に白井黒子が割り込みテレポートで彼ごと移動する。

 誰も存在しない空間を尻尾が斬り裂いた所で、被害など生まれる筈も無い。
 着地したタツミ達はエンヴィーとの距離を開けると、もう一体の敵と挟み撃ちにならないように散開した。


「なんでさやかはエンヴィーを襲わないんだ……挟み撃ちか」



 ホムンクルスが襲来したことにより危険度が急上昇したが、もう一つの脅威が消えることは無い。
 魔女は相変わらずタツミ達を狙い、遠では車輪を放出し近では剣で猛攻を仕掛け続けている。
 車輪を掻い潜ったとしても剣が迫り、その一撃を全力で受け止めるタツミがサイズの壁が聳え立つ。

 防いだ段階でも全てを殺すことは出来ず、また、受け流すことも不可能である。
 衝撃が全身を駆け巡り一種の麻痺現象が身体に襲い掛かる。


「止まってちゃ駄目なんじゃないかなァ!!」


 その好機を逃す程エンヴィーは馬鹿では無い。
 猪突猛進、身体の巨大さを贅沢に活かした力技でタツミを殺しに掛かる。

 それを回避する方法が、最早お手軽なシステムと化している白井黒子の瞬間移動だ。
 タツミが魔女とホムンクルスを引きつけている間にインターバルは既に終了済みである。

 ヒルダの武器が拳銃のみであり、小泉花陽は戦闘経験を積んでいない一般人である。
 魔女とホムンクルスの規格外を相手にする段階で人間側の戦力はタツミと白井黒子のみだ。
 どれだけ実力をフル回転させようと限度があり、一体でも厳しい状況に更に加わると逃げることすら困難となる。

「悪い……なぁ、やっぱりお前らだけでも逃げろ」

「それすら出来ない状況なのは貴方も解っているでしょうに」

 例えタツミが囮になったとしても、無事に白井黒子達が逃走出来る確率は限りなく低い。
 二人共、言葉には出さないが状況は所謂、詰みに近い。

「だから喋ってる程! お前らに余裕なんて無いんだよおおおおおおおおおおおお!」

 地獄門の如く口を大きく開いたエンヴィーの喉元から舌が鞭のように白井黒子に接近した。
 舌は彼女の身体に纏わり付くと空中に移行し、叩きつけんと大地へ急降下。しかし彼女は瞬間移動で脱出。

「しまっ――!」

 大地に避難したはいいものの、舌は近くの大地へ落ちることとなりその衝撃が彼女を襲う。
 瓦礫を含んだ質量の攻撃は当り所が悪ければ生身の人間は簡単に死ぬことになる。
 能力者と云えど所詮その身体は一般人だ。無理をすれば人間は生命を簡単に散らせる。

 タツミも間に合わず、遠くで小泉花陽を護衛しているヒルダも白井黒子の救出は不可能だ。
 魔女が助ける訳も無く、エンヴィーの攻撃に対し割り込んだのは誰も出会ったことのない男。

 その姿を知っているのはホムンクルスただ一人。
 眼前に現れた憎き敵の姿に彼は苛立ちと、殺したい獲物を発見した獣王の如く雄叫びを上げた。


「久し振りだねえ鋼のおちびさん……エドワード・エルリックッ!!」




 白井黒子が気が付いた時には大地が隆起し己を守る障壁と化していた。
 迫る瓦礫は全て降りかからずに大地へ転がっている。助けてくれたのは赤いコートの男の子だった。

「無事か――ッ!」

「……? ありがとう。わたくしは白井黒子と申しますの」

「お、おう。エドワード・エルリックだ」

 歯切れの悪い返事をしたエドワードは周囲を見渡し愚痴を零す。

「なんでこんな怪獣大戦争やってんだよ」

「わたくしに言われても困りますの。幾ら錬金術が使えるとは云え貴方のような子供は避難するべきですわ」

「誰が豆粒ドチビだって――痛ってえ!?」

「お嬢ちゃんはそんなこと一言も言っていないだろうに」

「猫が喋って――来ますの!」

 空から雨のように降り注ぐ車輪を回避するために白井黒子はエドワードの腕を掴むとその場から消えた。
 次の大地へ着地した段階でエンヴィーと魔女を視界に収める。敵は近くに固まっていた。
 タツミが魔女の相手をしてくれていたようだが、大量の車輪を捌き切れずに此方へ来たようだった。

「すっげえ……その制服着てる奴は何かしらの能力ってモンを持ってるのか?」

「こちらからしてみれば万能な錬金術の方が驚きですけど……え?」


「お前、錬金術を知っているのか?」

「制服……お姉さまを知っているのですか!?」


 常盤台の学生は白井黒子と御坂美琴の二名だけである。
 エドワードがその制服を知っていることは超電磁砲を知っているのと同意義だ。
 探し人である存在の足掛かりを掴めるとなると、白井黒子はエドワードに接近していた。



 錬金術を知っていることはつまり、マスタングかキンブリーと接触した人間だけである。
 前者なら別に探してはいないが伝えるべきことが山程ある。
 後者だった場合は本当に言うことは無い、と思うエドワードだがマスタングの行く先は抑えておきたい。

「ち、近いぞ。俺は御坂を探してんだ。それでお前が知っているのは大佐かそれともキンブリーか?」

「お姉様の居場所を知っている訳では無いのですね。
 わたくしが出会ったのは二人共ですわ。マスタング大佐とは日中に別れたっきりですの」

「そうそう! 大佐は参加者の一人焼き殺したんだよ? それもみ・か・た。知ってるかい鋼のおちびさん」

「――――――――――――知ってるよ」

「とんだ発言ですこと。それを仕向けたのは貴方ですわ。全く反吐が出る程の下衆ですわね」

「それにお前が関わってるのもな……エンヴィー!」

 掌を合わせた音が空間に響く。
 その音は誰もが聞き慣れた音であり真理を知った人間が奏でる錬成の調和だ。
 機械鎧に刃を宿しエドワードはホムンクルス目掛け大地を蹴り上げる。

 それに対抗するようにエンヴィーが尻尾を振り回し瓦礫を飛ばす。
 その数は数百を超えているもののエドワードは刃で捌きつつ、距離を詰める。

 懐に潜り込んだ所で腹を斬り裂くも、巨体が倒れ込んで来たため錬成を発動し大地を隆起させる。
 潰されないように耐えている中で白井黒子が駆け寄りテレポートで彼を運びだすと次なる場は上空だ。
 数分前にタツミが強襲したようにエドワードを放り投げ背中への攻撃を狙うも――車輪だ。

 魔女が馬鹿の一つ覚えのように連発する車輪がこの一帯を覆っているようだ。
 タツミは接近戦しつつ捌き、ヒルダは小泉花陽を守るように回避を続け、エンヴィーと交戦しているエドワードと白井黒子にも襲い掛かる。

 ホムンクルスへの強襲を中断し、刃で車輪を受け流すとそのまま大地に降り立つ。
 対象は魔女の隣へと移動しており、その光景は壮観だった。

 緑の巨躯と人魚の魔女。
 本来ならば決して交わる筈のない存在が殺し合いの劇場において悪魔の共演を果たしている。

「なぁ、エンヴィーの横にいるのはなんだ……まさかホムンクルスか?」

「違う。あれは参加者の――美樹さやかって女の子だ」

「美樹さやか……さやか――杏子の知り合いの、魔法少女!?」

「猫が喋って……!?」

「その下りはもういい。で、本当に美樹さやかなのかあれは?」

「間違いないさ――俺の目の前で魔女になったんだからな」

「魔女、魔女ォ!? おい、なんで魔法少女が魔女になってんだよあれは敵なんだよな!?」

 近くに居たタツミに話しかけるエドワードにとって驚きの嵐だった。
 立っていられなくなるような疑問と新情報が暴風雨のように襲い掛かる。

 戦闘の最中ではあるが、全てを知るために彼はタツミの言葉に耳を傾ける。














「お前に言いたいことは山程あるんだが……もう一度聞く」






 ホムンクルスと魔女の攻撃を捌きながらエドワードと白井黒子は美樹さやかの一部始終を聞き終えた。
 波乱――運命を歪められた一人の少女の物語は哀れだ。 
 これに過去のこと――佐倉杏子辺りから聞き出した場合、もっと悲惨に感じるだろう。

 殺し合いに巻き込まれた一人の少女は常にタツミと行動していた。
 彼に責任がある訳では無い。そして彼にも責任がある。



「さやかの肉体はお前のバッグに入っているんだよな?」
「ああ。元に戻せる方法を知っている訳じゃないけど、その時のために」


「もう一つ。ソウルジェムが砕けて魔女が生まれたんだな?」
「……俺がグリーフシードを渡さなかったから」


「まだだ。そのグリーフシードはまだタツミが持っていることでいんだよな?」
「勿論だ。嘘なんて憑かねえ」


「さやかが魔女になったのは放送よりも前でいいんだな?」
「そうだ、魔女に首輪があるんだから生存扱いってことなんだろう」


「よし解った――タツミ」
「……どうした?」




「全部終わったらお前はさやかにちゃんと謝れよ」




 笑顔で言い切った。
 最年少国家錬金術師――通称鋼の錬金術師、エドワード・エルリックは言い切ると鉄パイプを錬成し大地に陣を描く。

「一分でいいからエンヴィーとさやかの相手を頼む」

 彼が何を考えているかは解らない。

「それってどんな意味が、それにさやかに謝るって一体……」

 エドワードは言葉で語らずタツミの瞳を見つめた。
 確固たる信念を持ったその瞳を見てタツミもまた、言葉を語らず剣を握り直した。

「これは貸しですわ」

「貸し?」

「この場を脱しましたら御坂美琴お姉様について知っていることを全部聞かせてもらいますわ」

「……わかったよ。けど」

「覚悟は出来ていますの」

「――おう」

「それと先程、錬成した鉄パイプ――百本程くださいまし」









「そろそろ行こうか」




 魔女の隣に陣取るエンヴィーはエドワード達を数分ではあるが、放置していた。
 侮っている訳では無い。気になることが一つあったからだ。

 何故、この魔女は襲って来ないのか。

 この一帯に集まった参加者の中で一番の危険人物だと自覚しているエンヴィーからすれば狙われないのが不思議である。
 仮に魔女が殺し合いに乗っているとすれば、数減らしのために協力している可能性もある。
 しかし、幾ら話しかけても返答すらしないこの存在に知性があるとは思えない。あったとしても言語機能は備わっていないのだろう。

 意思疎通が出来なければ解るものも解らない。
 同胞のホムンクルスであるグラトニーやスロウスはまだ言葉が通じていた。
 最も解った所でエンヴィーからすれば敵に変わりは無いのだが。

「ま、お前の演奏は前にも言ったけど嫌いじゃないから終わった後にもう一度奏でなよ。その後に殺してやるからさ」

 誰もが気付かなかったが一瞬だ。
 僅かの時ではあるが魔女か少しだけ嬉しそうに――したかもしれない。











 タツミが走り始めた時と同時に白井黒子がバッグの中から鉄パイプを二本取り出した。
 すかさずそれらを瞬間移動で飛ばし、己も大地を蹴り上げホムンクルスに迫る。

「ぐぅぅう……お前から殺す、白井黒子オオオオオオオオ!!」

 鉄パイプが両目に刺さったエンヴィーは賢者の石による再生が終了した段階で大地に足を降ろす。
 瓦礫が飛び散りまずはタツミに迫るが剣で対処し勢いを殺すこと無く走り続けた。
 白井黒子は瞬間移動で避けつつ、エンヴィーの両前足に鉄パイプを移動させ大地を巻き込んで突き刺す。

 更に怒りの度合いが上昇したエンヴィーは舌で強襲するも、それも鉄パイプに防がれる。
 計四本の鉄パイプが舌の上から大地に串刺しとなって突き刺さり、動くことが不可能となる。
 強引に舌を己へ戻すと刺さったパイプは噛み砕き、唾のように吐き捨てた。


「もう一度目を潰させてもらいますの」


 空中に飛び出した白井黒子が鉄パイプを握り締めエンヴィーの瞳目掛け振り下ろす。

「――ッ!?」

 その時、エンヴィーの身体に奇妙な膨張が発生した。
 震え上がるその巨躯に浮かび上がるは無数の顔だ。それも人間の。
 呻き声を上げ始めた亡者の念に気圧された白井黒子は攻撃の手を休めてしまう。

「なんで人が……っ」

「止まってるよ甘ちゃん!」

 爪で斬り裂かんと振り回された凶腕に対し白井黒子は瞬間移動を試みるも、演算が遅れてしまう。
 移動こそ成功させたが、左足に爪が掠ってしまい美しい人体に赤黒い血が流れ始める。
 傷は深くなく、移動に支障は出ない段階であるが当然、走ろうとすると激痛は免れないだろう。しかし。

「エンヴィーは引きつけましたわよ。後はそちらの仕事ですのエドワード」







「後は任せたぜエドワード!」






 車輪を掻い潜り魔女と対峙していたタツミは見事に彼女を錬成陣へ誘き出すことに成功していた。
 無論、無傷な訳では無く身体の至る所から流血しており死亡まではいかないものの、意識が飛んでも不思議では無い。

「後は任された、ってな。こっからは俺の仕事だ」

 錬成陣を描き上げたエドワード。
 彼が立つ大地には肉体だけが残った美樹さやかとグリーフシードが置かれていた。

 迫る魔女を見つめ、掌を合わし、彼女が錬成陣に侵入した瞬間で大地に触れる。
 蒼き閃光が雷光のように駆け巡ると、大きな光に包まれ彼らはその場から消えることとなる。


「それじゃあ、行ってくるぜ」




 スクリーンに映しだされたのは恭介の病室へ通うあたし――美樹さやかだった。
 客観的に見る自分は違和感を感じる。
 劇場だからか音が全体を震わせるように響いていて、四方八方から音が聞こえる。
 あたしってこんな声だっけ、そんなことすら忘れるぐらいに。


『恭介のために何度も通っていたよね」

「当たり前でしょ。心配だったんだから」

『でもソレは嘘。本当は自分のためだよね』

「な、何を言っているのよ」

『恭介に必要とされたかった。自分を求めて欲しかった。好意を抱いて欲しいからでしょ』


 まるで後頭部を金槌で殴られたみたいに意識がとびそうだった。
 シャドウはあたしに対して、徹底的に追い込むつもりなんだろう。
 席を立って力一杯に叫び返してやった。黙るのが怖いから。


「そんなこと……あたしは!」

『嘘では無いでしょ。ほら、見てみなよ。幸せそうな顔してさ』


 映しだされたのはイヤホンを共有していたあたしと恭介の姿だった。
 本当に幸せだったのは今でも覚えている。
 画面のあたしも頬を染めて、とても幸せそうだった。


『結局は自分のためだったけどね』

「だから違うって! あたしは恭介のために」

『どこがさ! どこが恭介のためだって言うんだい!』


 ステージを踏み付けた音が劇場に響き渡る。
 その時にスクリーンの映像が代わり、映しだされていたのは――思い出しくもない場面だった。


『恭介に音楽を聞かせ続けることが彼のため? 本気で言ってるの?』

「だってあたしは恭介に音楽を――」

『もう二度と! 演奏できない彼にすることが……へぇ、彼のために、ねえ?』

「ちが、違う……」

『ふーん』


 最期まで言い切れなかった。この時点であたしは解っていたんだと思う。
 でも口には出さなかった。だって認めることは怖いから。


『契約したのも本当にあたしって馬鹿だよね。マミさんが死んだのを見たくせに契約するんだもん』

「マミさんを馬鹿にするな!」

『してないから、それに話題を逸らさないで。
 自分の生命を代償に教えてもらった魔女との戦いに対する恐怖をあんたは恭介のために無駄にしたんだよ、マミさんを』

「契約したのは恭介の腕を治すため。それにマミさんの代わりにあたしが……!
 マミさんが死んだのは見学に行ったあたし達の責任もあるから、それであたしは……っ」


 少ししか話していないのに息が切れていた。
 それ程までにあたしは必死だったんだろう。
 心なしか見た目よりも落ち着いていた。自分でも不気味なぐらいに。


『契約した所でさ、なんで恭介に告白しなかったの?』

「それは今、関係無いでしょ……あたしは」

『そのくせに仁美を妬んでっさ……馬鹿じゃないの?』


 恭介の腕を願いで治したあたしは彼にそのことを伝えなかった。
 魔法少女になってあなたを救いました。なんてことは口が裂けても言えない。
 不思議ちゃんを通り越してちょっとヤバい人みたいだもん。それは嫌だった。



 恭介が学校に復帰してから数日経った時。あたしは仁美から相談を受けた。
 モテモテなんだよね恭介は。
 仁美は告白したいって言った。事前にあたしに言ったのは抜け駆けは嫌だからって。
 良い子だよね本当に。
 勇気が無いあたしは仁美にGOサインを出していた。本心に嘘を憑いて……嘘?


『仁美が恭介と付き合い始めたら嫉妬嫉妬嫉妬……誰が悪いか知ってる?』

「ぅ…………」

『お前だよこの馬鹿。おまえいずべりーふーりっしゅ。
 自分が恭介のことは好き。だから告白はあたしもする、なんて言えば良かったのに』

「………………」

『無言は肯定だからね? 我ながら本当に馬鹿で女々しくて自己中だよ』


 なんでだろう。
 あたしは必死に泣くのを堪えていた。
 頑張って上を向いて瞳に貯まる雫を落とさないように拳まで握っていた。

 辛い。 
 逃げたい。
 本当のことを言わないで。



『自暴自棄になって魔女を狩ってもグリーフシードを使わない』
やめて
『わざと魔力を多く消費する』
やめて
『挙句の果てに助けに来たまどかにキレる。杏子の腕も払う』
もう
『魔女になりかけた所で殺し合いに巻き込まれるも結局は魔女になる』
お願いだから
『少しでも誰かに本心を言っていればこんなことにはならなかった』
助けて
『それは自分の責任。嘘を憑いて、「美樹さやか」を演じていたから』
やめて


『だから遊び半分なんだよ。本心隠してるから追い込まれてるくせに他人のせいにしてさあ』


「やめろ……止めろっ!!」


 もう、嫌だ。
 なんでそんなことを言うのか。
 本当にこいつはあたしの影なんだろうか……あっ。



『違わない! 認めろ美樹さやか! お前は醜いんだよ!
 他人の目ばっか気にして嘘を憑いて生きている! なのに責任は他人に押し付けるような人間なんだ!!』



「違う……違う違う違う! あたしはそんなんじゃない……あたしじゃないくせに何が解るのよ。
 他人のくせに、よく解かんない存在のくせに偉そうにさっきからさ……何なのよ、あんたは……何なのよ」

『最初に言ったでしょ。あたしは影。あなた自身であり美樹さやかでもある』










「違う、あたしじゃない! あんたなんか、あたしじゃない!!」









『本当に哀れだよね「美樹さやか」ってさああああああああああああああああ!』







 シャドウの周囲を水が、血液が、剣が、車輪が、音楽を渦巻くように集中していく。
 その中心に立っているシャドウに吸い込まれ始め、何かを作っているようだった。
 あたしが瞳を開ければ悍ましい魔女が、見下していた。


『馬鹿だよ。現実も受けいることが出来ないなんて』

「な、んで魔女の姿……」

『なんでってあたしなんだからしょうがないでしょ。魔女になった美樹さやかさん』

「うるさい……うるさい!」


 ソウルジェムを取り出したあたしは変身した。
 もう、耐えられない。
 あたしを追い詰めるこいつを倒すためにあたしは剣を握りたかった。でも。


「ソウルジェムが無い……っ!?」

『気付いたよね? 魔女になったらそりゃあソウルジェムは無いよねー』


 これは認めるしか無いのか。
 目の前の存在は魔女であり美樹さやかだ。

 こいつの言うとおりあたしは醜い存在だ。
 責任を他人に押し付けて、自分のことしか考えない人間だ。

 その通りだと思う。
 でも、認めたくない。


「う……ぅ、……っ」


 涙が止まらない。
 悪いのはあたしなのに。
 なんでかは解らない。

 涙が止まらない。 
 こうなったのも自分の責任なのに。
 今のあたしは誰かに救ってもらいたいと勝手に願っている。

 だからふざけた言葉が溢れる。


「お願いだから……誰か、助けて……」


 本当に馬鹿だと思う。
 こんな状況でさえ、自分の力じゃなくて誰かの力で助かろうとしている。

 こんな願いは誰も聞いてくれないだろう。
 だから、「助けてやるよ」なんて聞こえた時は耳を疑った。

 幻聴でも良い。
 この状況から脱せるなら、救世主は誰でも良かった。

 そして気付けば彼が立っていた。




「魔法少女の場合は真っ白い空間じゃなくてこんな暗い所につくのか。
 これじゃあまるでグラトニーの腹ン中みたいだな……よっ、助けに来たぜ美樹さやか」



 金髪であたしより小さい男は振り向き笑った。
 なんだろうか。あたしはこの人を知らない。背丈からか頼りない印象を受けている。
 でも、不思議と彼を見て安心していた自分がどこかにあった。



『驚いた……この空間に入ってくる人間が居るなんて』

「この空間って此処はどこだ? 真理かと思えばやけに暗くて気色悪い」

『今、自分で言ったばっかだよ。
 この空間の大半は擬似・真理の扉とマヨナカテレビで構成されているからね。あなたの判断はある意味正解である意味不正解』


 あたしからすればシャドウと男が話していることは全く理解出来ない内容だ。
 グラトニーとか真理とかマヨナカとか。初耳ばかりで考察のしようが無い。

 男は何か気付いているらしく、とても考えを張り巡らせているように真剣な顔つきだ。
 対するシャドウはけらけらと嘲笑っている。あれがあたしなんて今は本当に認めたくない。


「なんで擬似・真理の扉に俺は――まさか」

『ん、思い当たる節でもあるの?』

「いや、何でもない。
 どうせ、今頃は俺達を見下しているホムンクルスの親玉を想像しただけだ」

『面白いこと言うね。もっと聞きたいけど今のあたしは最高の気分だから相手をしてね――ッ!』


 シャドウの後ろに剣が何本も空中から生えるように現れ始め、切っ先を男に向けていた。
「お前が誰だか知らないがその見た目は魔女なんだろ――大人しく元の居場所に戻りやがれよ」
 掌を合わせた彼は血の海へ腕を潜らせるとそのまま槍を引き抜いていた。
 あたしが立っていた時は槍なんて足に引っ掛からなかったから、とても不思議に感じる。
 まるで槍を創り上げたみたいに。

 シャドウが右腕で握った剣を振るう。それに呼応した無数の剣が男に飛んで行った。
 あたしは彼の後ろにいる。けど震えて、泣いて、動けなかった。

 男は槍を演舞のように操りながら迫る剣を次々落としていく。
 あたしに気遣っているかは解らないけど、一本も後ろに漏らしていない。

「気をしっかり持てよ。俺が元に戻してやっから」

「あんたは誰――え?」

「エドワード・エルリック。
 そうだな……佐倉杏子からお前のことを聞いていて、最近の出来事は全部タツミから聞いたって言えば信用してくれるか?」

 何を言われているか、また理解出来なかった。
 久々に聞いた杏子の名前にも反応出来ない程に、あたしは耳を疑った。
 もし意識がはっきりしていたなら。元に戻すってエドワードは言ったことになる。

「元に……それって」

「言葉どおりだけど――まずはこいつからだッ!」

 エドワードは剣を捌ききるとそのまま槍をシャドウへ投げた。
 槍の後ろを着いて行くように走っていて、また掌を合わせていた。
 気になっていたけど、彼の腕は鉄みたいに見える。それに触れると蒼い光が輝いた。

 気付けば腕の先に刃が付いていて向かってくる車輪を斬り裂きながら走っている。
 エドワードがどんな人かは解らないけど、何だかあたしは安心していた。

 あたしより小さいのに、戦っている姿を見ると何だかその背中が大きく見えた。

 彼が言っていた杏子とタツミの名前からして事情を色々と知っているんだと思う。
 魔法少女のシステムも知っているだろうし、あたしの馬鹿さもきっと知っているんだろう。
 そんな人があたしのために戦っている。その事実に心が痛くなる。


『制限されていたから結局あの女達を結界に閉じ込めることは出来なかった。
 けどねえ、小さい人間一人に負ける程まで弱くなったつもりはこれっぽちも無いよ』

「誰が……ぶっ飛ばす」


 シャドウが振り下ろした大きい剣を跳躍で避けたエドワードはそのまま刀身に着地した。
 何か怒っているみたいだけど今の会話でどこに怒ったんだろうか。
 そんなことを考えれるぐらいまでには、あたしの心は落ち着いていた。



 刀身を駆け上がると腕の刃でシャドウの瞳を斬り裂いた。
 痛みを体現するように左腕で顔を抑える姿を見ていると、あたしが傷付いているようで怖かった。


『ああああああああああああ!
 邪魔すんなって……あたしをさああああああ!!』


 また無限の剣が空中に現れて一斉にエドワードへ飛ばされていた。
 血の海に着地した彼はまるで魔法使いだ。
 掌を合わせる音が響いたかと思えば、いつの間にか赤い壁が召喚されている。

 剣が壁に激突しガリガリと削れる音がこの空間に浸透する。
 幾つもの刃が突き刺さって、後ろから見ているあたしからすれば今にも崩れそうだ。


「なあ、解ってるよな?」

「……え?」


 ふとエドワードが漏らした言葉にあたしの胸が急に苦しくなった。
 解っている。
 今のあたしにその単語は猛毒だ。


「この空間とお前とあいつ――もう解ってんだろ」


 やめて。
 どうして助けに来た彼までそんなことを言うのか。


「違う、あたしはあんなんじゃ……っ」

「俺はまだ何も言ってないけどやっぱ解ってんだな」

「あっ」


 裏を取られた気分だった。
 あたしはシャドウがあたしじゃないと拒絶した。
 でも、言われた言葉は本当で、あたしは自分自身に嘘を憑いていた。

「っくそ、壁が保たねえ……ッ!」

 恭介のことが好きだった。
 だから仁美が告白したいって言った時は本当に困った。
 だって、あたしには告白する勇気何て無かったから。

 それで仁美に譲っても、あたしは被害者気取りだった。
 あの女に恭介を奪われた。馬鹿みたいって自分でも思うよ、情けないくらいに。

「自分を受け入れろ……辛いかもしれねえけど、人生ってのはそんなモンの繰り返しだぞ」

 心配してくれたまどかに八つ当たりしたのは本当に自分のことがカスだな、って客観的に思えた。
 魔法少女になれ。今なら口が裂けても言えないよ。

 杏子は最初はあたしに上から目線で説教ばっかりの嫌な奴だった。
 それでも……最期にあたしの隣にいてくれたのも杏子だった。



 錆び付いたあたしの心はどんな音だろうと決して響かなかった。
 魔女にまで落ちぶれた馬鹿は、理由は知らないけど殺し合いはに巻き込まれる。
 そこからも自暴自棄でタツミにはたくさんの迷惑を掛けた……相手は相手でどうかと思うけど。

 結局、杏子の腕を払ったあたしに、他人の腕を取ることなんて出来なかった。

 最期のあたしは気付けば一人で泣いていた。
 辛くて、寂しいあたしの姿。

 帰る場所すら失ったあたし。

 それでも、まだ名前を呼んでくれる人がいる。

「頑張れよ。タツミは自分の罪を受け入れて戦ってる」

 あたしのために戦ってくれている人がいる。

「杏子もな……あいつだって辛い別れがあったけど今も戦ってると思うぞ」

『うるさいねえ。そいつが醜い自分を受け入れるとでも思ってんの!』

「また車輪と剣かよ……幾らでも落としてやらァ!!」

 ふと気付く。
 あたしは奇跡に縋った女だ。

 その奇跡は三度起きている。

 一つは魔法少女の契約を果たして恭介を救えたこと。

 二つは魔女になりかけの状態から殺し合いに巻き込まれたお陰で生命が延長したこと。

 三つ目は魔女になったのに、こうして意識があること。

 望み過ぎた。
 あたしはこれ以上、何を求めるのか。

 今も戦っている人達がいる。
 その人達に対してあたしは――なんて醜いんだろう。



「ごめんね……本当にごめんね」



 強がった声を出したつもりだったけどすごく掠れていた。
 あたしの言葉にシャドウの攻撃は止まっていた。

 一歩ずつ近づくあたしに対して、シャドウは戸惑っているようにも見える。


『ごめん、じゃないよね。
 何言ってるのさ、狂ったのかい美樹さやか』


 少し視線を下に向けるとあたしの足が震えていた。
 ビビっているんだ。この期に及んで生命を失うことに恐怖している。
 いや、死にたくはないんだけどね。


「あんたの言うとおりあたしは醜いよ。
 自分のことばっか考えてるくせに他人の目を気にして、辛くなったら責任すら他人に放り投げるような女さ」


 言ってやれ。


「あたしってほんと馬鹿。なんてことは言われなくても解ってる」


 言うんだ。


「気付かされたってのも違う。あんたの言うことを最初から理解してた。でも、嫌だからまた嘘を憑いていた」


 これが。


「拒絶して……誰かに救われるのを待っていた」


 あたしのありったけ。


「ごめんね……「あたし」。
 拒絶してさ、自分のことなのに……本当にごめんね」


 シャドウの――「あたし」の腕に手を伸ばす。
 人魚みたいな見た目とは裏腹に暖かい温もりを感じた。

 気付けば魔女の姿は「あたし」になっている。
 目の前には瞳を光らせた「あたし」が困惑の表情を浮かべている。
 その姿は悩んでいるあたしにそっくりだった。

 だから。

「一緒に帰ろう――あたし達の居場所へ」

 悲しませないためにそっと抱きしめる。

『あ…ぁ……』

「だからもう一度、現実と向き合いに行くよ」

『わけわかんないよ……なんで、どうして』

「キュウべぇの真似? 似てないけどさ――あたしのことは「あたし」がよく知ってるでしょ!」

 笑顔で言ってやった。



 マミさんがあたしに言ってくれたように。
 ほむらが……そんなことあったかな、きっとあったと思う。
 まどかがあたしを励ましてくれたように。
 杏子が最期まであたしを見捨てなかったように。

 その言葉を聞いたら「あたし」は粒子みたいに消えて行った。
 真似するつもりじゃないけど本当にわけわかんないよって感じ。
 ただ、泣きながらも最期は笑顔だったから。離れ離れになった訳じゃない。
 だってあたしは「あたし」なんだから。


「へっ……んじゃ、後は帰るだけだな!」

「帰る――ねぇ、本当に帰れるの!?」


 エドワードの言葉にあたしは食い気味で突っ掛かった。
 本当に帰るかどうかなんて知らなくて、ただ彼の言葉を信じていただけだから。


「任せろ。人体錬成――って言っても解かんないよな」

「ごめんあたし中学生だから」

「……?
 まぁいいか。簡単に言うとお前の肉体は生きている」

「身体は残っているんだ……人形みたいに」

「それでソウルジェムが砕けて魔女になった――つまり、魔女は魂が穢れた成れの果て」

「グリーフシード……帰ったらタツミに謝ってもらわないと。あたしも謝るけど」

「俺は昔にな……肉体を失った弟の魂を鎧に憑着させたことがあるんだ」

「…………………………………………………?」

「その時みたいによ。魔女がお前の魂ならそいつを肉体に戻せばいいと思ったんだ」

「で、できるの……?」

「通行料は幸いグリーフシードで代用出来たからな。
 あれは魔女が変化した存在だから元を辿れば生きた人間を原料にしている……今回限りの使用だ」

「じゃああたしは……人間に、もどれ、る……?」

「一か八かの賭けだったけどよ。
 お前が自分の魂を受け入れたんだ。さ、一緒に帰ろうぜ」

「じゃあ俺の身体も元に戻してくれ」

「ね、猫が喋った!?」

「契約者のことは知らん。お前はバッグに戻ってろ」


 涙が止まらなかった。
 もう、ゾンビみたいに一生を過ごすと思っていた。
 そんなあたしに訪れた四度目の奇跡。

 タイミングを見計らったようにあたしとエドワードの身体が消えて行く。
 きっと現実に――殺し合いの会場に戻るのだろう。

 あたしの人生はまだ終わっていなく、やることがたくさん残っている。
 それでまずは――この殺し合いを終わらせてやる。


「次に来た時は全部返してもらうからな」


 消える間際にエドワードが言っていた言葉をあたしは理解出来ずに聞き流していた。

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最終更新:2016年04月09日 22:49