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Bloody Stream ◆BEQBTq4Ltk


赤く紅蓮のように燃え上がる車体とそれを実現させた邪悪の断罪者。
 周囲の色を染めながら漂う絶望を見ていたジョセフの息は切れていた。

 佐倉杏子が車に叩きつけれられていたら。
 普通の人間なら確実に死んでいる。魔法少女でも致命傷になるかもしれない。爆発もだ。
 故に彼女が隣に立っていることは素直に喜べることであった。


「た、助かったよ……」


「気を抜くな……奴はアレで陽の光を遮断しているぞ」


 DIOが車体を叩き付ける前にジョセフはハーミットパープルで杏子を救出していた。
 幾らか地面を擦り付けながらの移動となってしまったが、そうでもしなければ状況は更に悪化していただろう。
 身体を覆うことにとって、陽が落ちていない状況でも移動手段を手に入れた吸血鬼。
 逃走を図ろうにも、どうやら此処で一度何かしらの形で勝負を着けないと離脱は難しいようだ。

 しかし対峙するジョースター家因縁の相手である邪悪の根源DIO、彼は強い。
 吸血鬼と化した身体から繰り出される格闘は人間の領域を超えており、それはジョセフが嘗て対峙した一人の師を連想させる。
 それに加え圧倒的な力を所有するスタンドも持ちあわせており、能力の謎は解明出来ていない。

「来おったなDIOめ……これでッ!」

 ハーミットパープルによる瓦礫の投擲で進路を塞いでみるも、片腕で簡単に払われてしまう。
 その隙にジョセフと杏子は二手に別れ同時に攻撃を仕掛ける。

 伸ばされたスタンドとナギナタによる近接攻撃。

 しかしDIOはそれを難なく回避――いつの間にか一歩先に進んでいた。


『また認識出来ない移動ですね……』


「そこの杖、お前はルビーの代替品か何かか?」


『――! 貴方は会ったのですか!?』



「知らんな……KUA!!」



 流れるように払われる手刀を杏子は上体を逸らすことにより回避。
 しかし上体を戻した瞬間に拳を叩きこまれ、腹を抑えこみその場で俯いてしまう。

「どうやって支配から抜けだしたかは知らぬが、このDIOの前に現れたからには覚悟をしているんだろうなァ!」

 回し蹴り。

 DIOの右足が杏子の顔面を捉え――障壁によって拒まれる。

『しっかりしてください、佐倉様!』


 魔術的な障壁によって阻まれたDIOの回し蹴り。
 サファイアの力により、攻撃から逃れた杏子は痛みを我慢しながら跳ぶように後退。
 ジリジリとインクルシオと障壁がぶつかり合う中、降り注ぐ瓦礫を避けるためにDIOも後退していた。


 その中で距離を詰めたジョセフは己の腕にシャボン液を塗りたくり、DIOに拳を放つ。
 異変に気づいたDIOは攻撃を受け止めるのでは無く、受け流しを選択。

(ぬ! シャボン液を纏い波紋をより一層流し込もうとしたのが読まれたか!?)


「貴様が一番弱いぞジョセフ・ジョースター
 老いに勝てないとはやはり人間はくだらん下等生物よッッ!!」


 拳を受け流され前のめりになったジョセフの身体に膝蹴りを叩き込む帝王。
 身体を折り曲げ、苦痛の表情を浮かべる波紋戦士に対し、腕を突き刺す。

「――――――――――――!!」

 脇腹に差し込まれた腕を見てしまい、痛覚が身体中を駆け巡る。
 張り裂けそうな痛みと、自分の中に汚物が混入する不快感と精神的損傷。
 様々なマイナス要素がジョセフの身体に襲い掛かる中、DIOは腐った笑い声を響かせていた。


「貴様の血ィ! このDIOの糧にしてやろうッ!!」


 吸血は何も鋭利な牙で首元に噛み付いて行うとは限らない。
 身体の――方法は幾らでも有り、DIOが決行するのは腕による吸血だ。

 元々はジョナサン・ジョースターの身体だ。
 その血を受け継ぐジョセフ・ジョースターの血は身体によく馴染むだろう。


 吸血を行う前からDIOは勝利を確信していた。
 邪魔をする魔法組はまだこちらに駆け付けておらず、ジョセフは虫の息だ。

 血を吸うことによって体力を回復し、更なる高みへと昇ることが出来る。
 失った片腕もジョセフの腕ならば、問題なく動かすことが出来るだろう。


「さぁ、ジョセフ・ジョースター! 貴様の生命とやらはこのDIOが終わらせてやろう!」


 宣言したDIOではあるが、此処で問題が発生してしまう。
 しまった、と謂わんばかりの表情をしており、原因はジョセフの瞳。
 彼の瞳はまだ死んでおらず、しかとDIOを睨みつけていた。

 そして口元が――不敵に嗤っていた。


「これだけ近づいてくれれば嫌でも流せるわい……喰らえ、波紋疾走ッッ!!」


 自分に突き刺されたDIOの腕を握り込み、波紋を直接叩きこむは歴戦の波紋戦士、ジョセフ・ジョースター。
 インクルシオの上からだろうと関係無く、ゼロ距離で流し込み、反撃を始める。


「き、貴様~~~~~~ッッッ!!」


 DIOは即座に腕を引き抜くと、スタンドを具現化させ右足を蹴り上げるとジョセフを上方へ飛ばす。
 次第に波紋が身体の中を駆け巡り、一部の血管が死んだ感覚に陥るも致命傷までには至らない。
 更に流し込まれていれば危なかったが、早期に引き抜いたことにより、その姿、今だ健在である。

 スタンドはジョセフを追い掛けその場を跳ぶと、ガードを崩すために腹に一発の拳を入れる。
 苦しむ敵に情けを掛けること無く、一発、また一発……拳の嵐が吹き荒れる。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」


 休むこと無くラッシュを叩き込み、最期の一発は全ての勢いを上乗せした上段回し蹴り。


「無駄ァ! 吹き飛べ、ジョセフ・ジョースターッ!!」


 無慈悲にも顔面を捉えられたジョセフは対応する術も無く遥か上空へぶっ飛ばされる。
 圧倒的なスタンドパワーを見せつけられることになり、謎の瞬間移動のトリックも暴けていない。
 全てがDIOの掌の上で踊らされている中、ジョセフは時計塔上部――時計板に衝突してしまう。

 長針と短針を吹き飛ばし、時を刻む機能が無くなった壊れ玩具。
 其処には血塗られたジョセフ・ジョースターが叩きつけられていた。




「テメェッ!!」




 地上に残るDIOに奇襲を仕掛けた杏子のナギナタは標的の身体を捉えることに成功する。
 しかし槍の柄を掴まれてしまい、両者は硬直状態に陥った。


「何やら強くなったみたいだがこのDIOには及ばんな」


「なら試してみるかい……ってう、動かない」


「どうした? 来ないならさっさと終わらせて貴様の生命を潰してやる」


『佐倉様!!』


 DIOは余裕の発言を繰り返し、槍を握っている掌に力を少し加えた。
 すると槍は簡単に破裂してしまい、杏子の集中力と意識が一瞬途絶えてしまった。
 戦闘中であるが故に相手から視線を逸らすことは無いのだが、『いつの間にか拳が目の前』にあった。

 防ぐ術も無く、歯を食いしばり、瞳を閉じて半ば諦めを示しつつ拳を待つ。
 一発もらったならば、すぐさま戦線に復帰しジョセフの分も攻撃してやる、と彼女は思う。

 けれど何時になっても拳は来ず、気付けば佐倉杏子は空を飛んでいた。


「――――――――――――――まじか」


『大丈夫ですか佐倉様?』


「大丈夫では無いけど驚いたよ……でもそんな時間があるなら、あいつを倒す!」


 己に生えた翼に驚くも、杏子はそのまま降下を開始しDIOに立ち向かう。
 サファイアとの連携で魔力の弾幕を張りつつ接近し、捕捉されないよう直線ではなく移動に遊びを持たせる。
 DIOがインクルシオを纏った己の片腕で弾幕を処理している中、背後を取った杏子はナギナタを振るう。

 予想通り、DIOの姿は無く、若干横に移動しており、ナギナタは空を切る。

「だろうと思ってたよッ!」

 更に強引に振り回し、その場で大きく回転し、自分の方位を全て斬り裂く。
 たかが横に移動しただけでは回避することなど不可能であり、DIOにまともな攻撃が初めて通じることになる。

 胸の部分を斬り裂き、血こそ出ていないが装甲を削ぎ落とすことには成功し、生身が露出することになった。

 吸血鬼が夕暮れの中――生身を晒すことになったのだ。


 夕日は日中時に比べると日差しは弱いかもしれないが、陽の光には変わらない。
 DIOに対抗するための、吸血鬼にとって有効な弱点を突くことにより状況は変わるだろう。

 痛みに苦しみながら叫ぶDIOの姿が浮かぶ――のは杏子とサファイアだけであった。


『佐倉様!! また――この能力は』


 気付けば吹き飛ばされていた。
 何が起きているかは解らないが、吹き飛ばされていることだけは解る。
 結果だけが残っており、気持ち悪い、と佐倉杏子は思っていた。

 DIOに攻撃を入れたのは自分だった。
 けれど顔面に衝撃を受け、吹き飛んでているのも自分だった。

 風を斬るように飛ばされている自分。傷口に風が染み込み地味な痛みが走る。
 首を方向け前方を見ると、バッグで胸を抑えながらDIOが追い掛けているのが見える。

 隠している辺り、日差しは有効であるようだったが、追撃が生まれない。
 あろうことか損傷が大きいのは杏子側であり、DIOに対してまともな一撃を加えられただろうか。

 腹が立つ。
 自分が吹き飛ばされている方向が時計塔内部に通じる辺りも腹が立つ。

 サファイアが先回りしていて、どうやら自分を受け止めようとしているようだ。
 小さい体積でどう受け止めるかは不明だが、きっと魔法でどうにもなるのだろう。


「はは……」


 笑いが溢れる。
 何故こんなことを冷静に考えているのか。

 それは心の何処かで負けを悟っているのかもしれない。
 圧倒的な邪悪の根源たる存在DIO、その圧倒的な力を前に敗北を認めているのかも知れない。


(だっせーな……これじゃエドに合わせる顔が――やっぱ負けたく無えよな)


 時計塔内部に到達した佐倉杏子。
 これで吸血鬼を苦しめる日光は届かない。

 逃げるも不可、勝利も不可……けれど、諦める訳にはいかなかった。









 意識は在る。
 己の身体に走る痛みで意識を失いそうになるが、留めている。


 呼吸を整える。
 波紋によって痛みを和らげ、生き残るための活力を生み出す。


 時計板に飛ばされたジョセフ・ジョースター。
 短針が左肩に深く突き刺さり、抜く時の痛みを想像すると今にも意識が飛びそうだ。
 骨も数本折れており、呼吸するだけで内部が痛むことから器官の何かも破壊されているようだ。


 冷たい風が身に染みる。
 幾度なく危機的状況を乗り越えてきたジョセフだが、DIOに対抗するための活路を見出だせずにいる。
 スタンドの圧倒的なポテンシャルと一切トリックが不明な謎の能力。


 加えて吸血鬼故の超人的な身体能力まで合わさっている。
 嘗て対峙した柱の男達よりは身体能力が低いようだが、スタンドがそれを補っている。


 瞬間移動を行ったり、気付かない内に無数の打撃を叩きこんだりと、奇妙な能力である。
 仮に能力が瞬間移動だとしても、一切の予備動作を見せていない。
 予備動作そのものが無ければ見極める手段は無いのだが、有ったとしても此処まで見抜けないものなのか。


 それに瞬間移動ならばもっと大胆に移動する筈。
 DIOが移動している距離は、一度の能力では明らかに短いのだ。


 近接上体からの背後や、攻撃を回避するための僅かな移動しかしていない。
 何か制限が在るのかもしれないが、その規則性を見抜かなければ勝機は訪れない。


「やるしかないのう……ワシだけが倒れている訳にもいかん」


 地上では杏子が単身でDIOに挑んでいる姿が見える。
 幼き戦士が戦っている中、年長の自分が黙って見ている訳にもいかない。
 まずは肩に刺さった短針を抜くことから始めなければならない。現実が嫌になる。


 右腕で針を掴むと、呼吸を整え万全の状態で痛みに迎え撃つ。
 抜くのは一瞬だ、戸惑えば戸惑うほど――自分が辛くなる。


「ッ――――――――――ああ! クソ、やってられんわい!!」


 怒りを抜ききった針に込め、躊躇すること無く時計板に叩き込む。

「もう時を刻むことも無いんじゃ、お勤めご苦労さんってとこかのう」

 軽口を叩いてはいるが、現状、どうすることも出来ない。


 地上で戦う杏子を見ていると、やはりDIOの瞬間移動が厄介だと再認識することになる。
 虚を突いた一撃も、移動されれば空を斬るだけの無駄に終わってしまう。


 あの能力が無ければ少しはまともに――いや、戦況は変わっていたのかもしれない。
 前に対峙した時も、今回も数は此方側が完全に有利であり、手数は圧倒的に上だった。
 スタンドを含めても此方側に勝機を見いだせた――のかも知れない。


「DIOに一撃を……これでやっとか」


 苦しみながらもDIOに一撃を加えた杏子。
 ナギナタはインクルシオの装甲を削ぎ落とし、DIOの肉体を世界に晒す。

「まだ時間はある……太陽がまだ生きている」

 日差しが弱点である吸血鬼。
 時計塔内部の戦いでも外壁に穴を開けることにより仕掛けた奇襲は効いていた。

「浴びている時間が長ければ勝機も……む、いかん!」

 杏子が優勢になるかと思えば、DIOが怒りの猛攻を仕掛け淡い希望は簡単に崩れ落ちた。
 気付けば杏子は謎の打撃を受けており、意味不明に飛ばされていた。
 何度も見た光景である。


 飛ばされた杏子はそのまま時計塔内部にまで飛んで行き、DIOもソレを追っている。
 日差しのハンデが無くなり、戦況はまた振り出しに戻る。
 振り出しどころか此方側の損傷が大きく、唯でさえ不利な状況が更に不利となってしまう。


「杏子を助けなくては……あんな小さく女の子が戦っているんじゃ。
 大の男であるワシが老体に甘えて偉そうに解説しとる場合ではない……そうだろう」


 誰に向けた言葉かは不明だが、ジョセフの目の前には共に戦った戦士の姿が浮かぶ。
 彼らはどんな状況であろうと諦めることは無かった。それはジョセフも同じである。




「まだ時間が在る……ワシは動けるんじゃ。諦める訳には――――――ッ」




 座り込んでた身体を起こし、時計盤に塗られた血を見て彼は固まった。


 突き刺さっている短針に触れ、一呼吸を置く。


 そう、時計は時を刻んでいない。


 時を刻んでいないのだ。


 短針を引き抜いたジョセフは針を見つめながら独り呟く。


「針が動かなければ時計は止まる」


 当然だ。
 アナログにとってそれは当然のことである。


「時を刻まなければ進むことは無い」


 生物はその時を刻んて生きている。
 それは有機物に問わず、無機物にとっても同じである。


「世界は常に廻っている」


 世界の時はテロが起きようと、誰かが死のうと止まることは無い。
 停止することになれば全ての生物の時が一斉に止まる時だろう。あり得ない話ではあるが。


「世界が止まったとしても、認識する術は無い」


 止まったことを認識すれば『認識した生物』の時は止まっていない。
 仮にそのようなことが可能であれば、実質、世界を支配しているようなものだ。


「もし、もしもの話じゃが……DIOが――」


 之まで対峙した時。
 謎のスタンド能力、瞬間移動、予備動作が無い、認識が出来ていない、そして自分が壊した時計。


 結びつくことの無い全ての要素が何重にも連なる螺旋を形成し一つの答えを導き出す。


 風前の灯火。
 そんな己に鞭を打ち、ジョセフは走る――因縁を終わらせる突破口を開くために。


 そう――終わらせるのではない。


最終更新:2016年01月16日 21:58