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アカメが斬る(前編)◆BEQBTq4Ltk
一閃。
闇夜を斬り裂く刀身が月灯りを反射し蛍のように空間を彩る。
鋭利な金属音が激しい楽曲を奏でる中、ふと聞こえるのは彼女らしからぬ声だ。
「オラ……オラオラァ!」
アヌビス神。
刀身のスタンドであり一時的ではあるが伝説級の殺し屋の身体を掌握し、迫る悪鬼を狩り殺す。
まずは横に刀を払い首を刎ねようとするも、ラースは剣を縦にすることで防ぎ間合いを詰めた。
「人が変わったような口振りだな」
「変わってるから当然だろうよぉ~」
「精神を覚醒させた……いや、全くの別人に乗っ取られたか」
「察しがいいじゃねぇか――へぶぅ!?」
アヌビス神の言葉を止めたのはラースの裏拳だ。
顔面に直撃し
アカメの鼻が折れる音が響き渡る。だがラースは止まらず裏拳の回転を利用し遠心力を上乗せた蹴りを放つ。
アヌビス神は柄で蹴りを防ぐものの威力を全て押し殺すことは不可能である。
持ち手が痺れる。衝撃により動きが止まった隙。
これらをラースが見逃す筈もなく再度、迫る剣の一撃を――こちらも刀で弾き返す。
「調子に乗るなよ老いぼれ……」
(痛ってぇ~~~~骨折れてるぞアカメ)
『……』
「着いて来るか。ならば更に加速しても問題は無いな」
「は……はぁぁぁぁ!?」
ラースはアヌビス神に接近していた。
接近するでは無く――既に行動を終えていたのだ。
この期に及んで、傷をお負いながらも縦横無尽に暴れる彼を見てアヌビス神はただただ驚愕するばかりであった。
明らかに成長している自分に追い付いているではないか。
無論、そんなことは事実では無い。
ラースはアカメの口調の変化やサファイア、ルビーと言った存在を目撃したが故に一種の仮説を打ち立てた。
彼女が握る刀身――アヌビス神もまた意思を持っているではないのかと。
そしてそれは確信に変わる。
小手先を調べる必要は無くなった。今は死合を果たすだけ。
ただ剣を振るうのみ。
◆――
このまま東へ向かえば禁止エリアとなる。
ならば一度、北上し東へ向かうべきだ。
東には強者が――蔓延っている
――◆
死者の読み上げは生者に精神的な負荷を容赦なく積み重ね、諦めの言葉さえ無視して無情に現実を叩き付ける。
一通り情報交換を終えた彼らに対し、言葉の落雷が轟いた。
生者――
ウェイブからしてみれば何人の知り合いが生命を落としたのか。
面識のある
タツミを含め、数え返したくない人数が読み上げられてしまった。
隊長だった
エスデスは死んだ。別れた狡噛慎也も死んだ――
小泉花陽も、
ロイ・マスタングも死んでしまった。
己の無力を嘆く――けれどその嘆きさえ今は虚しさしか生産しない無の行いだ。
涙を流すのか、違う。
喚くのか、違う。
ならば、ならば、だ。お前はどうするのか。このまま腐り果てるなど死者が許さない。
拳を握り壁へ叩きつけると、市役所内に鈍い音が響いた。
「仇は――取ってやる」
一人の男が静かに、されど内に眠る烈火の闘志を燃やしながら天に誓う。
生者――
佐倉杏子からしてみれば一番呼ばれたくない名前が会場に轟いた。
放送により彼女の知っていた人間は全員、この世界から消え去った。
巴マミも、
鹿目まどかも、
暁美ほむらも、そして、
美樹さやかも死んでしまった。魔法少女は佐倉杏子しか生きていない。
何故だ、何故周りの人間は自分を残し死んでいくのか。どうして自分は生き残っているのか。
弱い。殺し合いが始まってから一日が経った今、自分は何をしてきたのか。
何も出来ていない。胸を張って言えることなど何一つとして存在しないのが現実である。
放送を聞き、孤独となった少女は独り、呟く。
「またあたしから――離れていった」
生者――
田村玲子はどうだろうか。
放送を耳にし感情が動かなかった/動いたの話では無い。
面識のある
泉新一と後藤はまだ生きている。だが、
初春飾利の名前が、タツミの名前が呼ばれた。
ジョセフの時も、
西木野真姫の名前も過去に呼ばれている。
寄生生物は人間とは異なる種族だ。言うまでもない。
しかし、傍から見れば人間に寄生している彼女達を見抜けるだろうか。
挙動不審だったり特徴的な行動はあるだろう。だが、初見で見抜くことなど一般人には不可能である。
その彼女が、まだ生きている。
人に触れ、人の心を知り、生命の往来を耳にし、他者の交流を育んだ彼女はまだ生きている。
心に僅かながら生まれる空洞。
円が切れかかり、一つの図形が不完全のように。
あるものが存在しなく、かと云って答えが出るはずもない。
己の感情の波に何色を示しながら、一つの疑問を口にした。
「広川は――――――奴らはどうやって我々の生死を確認しているのか。やはり――――――」
それは、初春飾利を連想させる言葉だった。
◆――
どうやらロックはあと一つで解除されるようだ。
必要かどうかは、まだ解らない。
だが、きっと君達にとって有益になるだろう。
――◆
市庁舎には本来ならば働いている職員がいる。言うまでもないが殺し合いに置かれているのはある種の箱庭である。
例えばウェイブが所属していた帝都の組織であるイェーガーズ。
彼らの本部は何故か地図上に記載されており、実際に存在していた。
無論、中には誰も存在せず、名簿に乗っている所謂参加者以外の人間は会場にいない。
けれど、施設の再現度は本物級でありウェイブも会場にある本部に対し違和感は抱かなかった。
市庁舎の会議室に移動した彼らはホワイトボードの前に集まり、田村玲子が書いた文字を見る。
『首輪に盗聴器が埋め込まれている可能性がある』
「なるほど……そりゃ納得だね」
情報交換の場では持ち出さなかった案件をホワイトボードに示す。
仮に盗聴器の可能性があるならば、堂々と声に出しては意味が無い。
田村玲子は元々、初春飾利達と以前に捜索した情報を改めてウェイブ達に示した。
『じゃあ何で死者の名前がわかるんだ?
死んだら通信ってのが途絶えるってことでいいのか』
『そうだろう。
バイタルサインが途絶え、データを管理しているシステムに信号が届かなければ死者とみなされるかもしれない』
『よく分かんないけど面倒だな。あたしならカメラでも隠して映像で見るけどな』
文字を書き終えた佐倉杏子は自分の筆跡で状況を判断し、魔法少女へと変身した。
ウェイブに言葉を掛けられるがそれを無視して、会議室に備え付けられたカメラを槍で貫き、溜息を零す。
『危なかった』
『そんな単純なのか? 破壊したことはありがとうな』
『当たり前が当たり前じゃないと思え。
少なくとも私のような寄生生物やお前のような帝具使い、そして魔法少女は当たり前じゃない』
それもそうだな。
と、呟きながらウェイブは溜まった文字をクリーナーで消し始めた。
腕を払う際に佐倉杏子が破壊したカメラに視線を送る。若干だが電流が迸っており、苦笑いが溢れる。
消し終えた所で、インクの匂いが鼻に残り気分を害ししため、窓に近寄り少しだけ開けた。
大きく開けてしまえば、自分達の居場所を誰かに知らせることになってしまう。
市庁舎の電気も全て消しており、会議室の中は備え付けのスタンドライトと基本支給品で済ましている。
その上で窓を開け、声を漏らしてしまえば隠れている意味が無い。
見の隠しで滞在している訳ではないが、無用な戦闘は極力避けたいのが全員の総意だ。
外の空気を吸い終わると窓を閉め、ホワイトボードへ身体を向けた。
「結局のところさ、分かっても何も出来ないじゃん」
椅子に凭れ掛かりだるそうに頭の後ろで手を組んだ佐倉杏子が声を出した。
灯りのない天井を見上げながら零した本音は誰もが思っていることだ。盗聴器の存在に気付き、何をするのか。
対処法も特に無いのならば、普段と変わらない。
『外す方法もない』
「だろ?」
と呟くと、跳ねるように立ち上がり、スカートを払う。
背筋を伸ばし座っていた力を抜いた後に、ウェイブ達の方へ振り返り――話題を振り返す。
「じゃあさ、あたしは行くから」
彼らの返答を待たずに扉へ向かい、彼女は会議室を後にしようとする。けれどウェイブは彼女を止める。
「行くってお前は何処に行くんだよ。さっきは認めてただろ」
「あいつのために十人殺して生き返らせる」
「は……?
あんなのを真剣に、信じるって言うのかよ」
「んなわけないよ。とにかく言ったろ?
あたしに関わった奴らから死んでいくんだ、あたしは疫病神なんだよ」
彼女は言った。意識を取り戻しバッグの中から脱出し、光を浴びた所で。
近くに居たのはDIOとの戦いで肩を並べたウェイブと田村玲子だった。初顔合わせとなる。
自分を助けてくれたようだが、過去に関わった参加者を思い出す。いや、忘れてなどいない。
佐倉杏子だけを残して死んでいく。光が闇に飲み込まれ、彼女から離れていく。
きっとウェイブ達も同じだ。
佐倉杏子という魔女に関われば、みんな死んでしまう。
なら殺さないためにも、彼女は別行動を取ろうとするが生憎だ。本当に。
彼はそれを許さない男である。
「理由になってない。周りが死んでいくなら俺も田村だってきっと同じだ。
現に放送で呼ばれた中には俺の仲間が、大切な仲間や師が呼ばれた。けど俺は生きている」
「……」
佐倉杏子は何も言わない。いや、言わない。
ウェイブの言葉を聞いた所で、それは他人の意見である。
言ってしまえば「それがどうした」で済んでしまうのだ。彼の言葉は響かない。
故に佐倉杏子は扉に手を掛ける。けれど、動かない。止まってしまう。
足を止めている。
甘えだな、と彼女の心で悲しき感想が渦巻く。
この期に及んで、止めてくれる存在がいることに何処か嬉しく思っている。
「あー、もう! あたしに関わるなって――」
「そうか。ならば別行動だ」
空気が変わったようだ。進展しない空間を動かしたのは口を閉ざしていた田村玲子である。
その言葉は彼らの意識を奪う。
ウェイブも佐倉杏子も、思考が停止してしまい口も動きも連動だ。
「おい……田村、お前は佐倉を止めないのかよ」
降ろしていた手が拳を握り、力が混み始めたのか震え始める。
救えなかった――己の知らぬ間に死んでしまった仲間の姿が脳裏に浮かぶ。
俺はまた救えなかった。佐倉杏子を――そんな未来が離れないのだ。
今此処で彼女を見逃せば――と、思った矢先に田村玲子の発言である。水をかけられた気分だ。
「そうは言っていない。
集合場所をこの市庁舎にし、二時間後に再集合だ」
◆――
方角は北。
到達後、東へ向かう。
その際に獲物と遭遇すれば――殺す。
――◆
迫る刃を屈んで回避したアヌビス神は間髪入れずに己もまた刃を振るう。
ラースは後方に跳ぶことで一撃を避けると、着地と同時に大地を蹴り上げた。
交錯する視線はどちらも確実に相手を殺す殺意の表れだ。空中で衝突し、今にも爆発しそうなまでに膨れ上がる。
互いが距離を詰めた所で、アヌビス神は足を止め豪快に刃を振り下ろす。
対するラースは剣を両腕に握り込み、横に構えることでその一撃を防いだ。
「とっとと死ねば楽になるのによぉ~~!!」
「ならば殺してみせろ――出来るならば、な」
剣をかち上げアヌビス神の上半身が衝撃により開いてしまい、両腕もまた天へ伸ばす形となった。
「ヤバいッ!!」
迫る袈裟斬りを回避するために、その身体を大地に擦り付けるように落とし、転がる。
アカメの身体に泥が付着するも、そんなことはどうでもいい。生きることを、殺すことを、勝つことを考えろ。
立ち上がったアヌビス神目掛けラースの飛び膝蹴りが迫る。
右掌で受け流し、背後に移動した彼に対し刃を放つも剣に阻まれた。
阻まれようと諦める訳にはいかない。剣の上を滑らせるように刃を移動させ――振り切る。
「――ぬッ!?」
ラースの表情が曇り掛かり、それは左肩に刃が届いた証拠である。
如何なる強者であろうと、生命体ならば傷を負えば死ぬのは当たり前だ、と思いたい。
掠り傷程度であるが、アヌビス神の刃は確実にホムンクルスと拮抗しているのだ。
いや、成長を続けるスタンド故に――あの
キング・ブラッドレイを追い越す可能性を秘めている。
手を休めるな。この一撃はまぐれかもしれない。けれど、連続で成功すれば必然へ昇華する。
払った刃を引き戻しラースの喉元を――首を捻られ失敗に終わる。
左拳で腹を狙うも膝を宛行われ、拳から骨が軋む音が響いてしまう。
拳を引くと同時に迫る剣を刃で上方へ逸らすと、身を低くし肉薄し、再度左拳を握る。
今度こそ腹に叩きこむも、ラースは肘を首筋へ叩き込みアヌビス神の動きを止めた。
戦場で停止すればそれは格好の的であり、突き落とされる剣は左肩を無常にも貫いた。
ラースが剣を引き抜くと鮮血が吹き出し、アヌビス神は痛みに対し文句も言わずにその場から離れる。
肩はまだ動く。
戦える。
俺は絶対に負けない。
◆――
佐倉杏子は放送を聞いてから意見を変えた。
仲間が呼ばれ悲観的になったのかもしれない。
……仲間か。
――◆
佐倉杏子は意地でも意見を変えないだろう。
放送前にはウェイブ達と行動を共にすると認め、優しさに涙まで流した彼女に何があったのか。
再度疫病神を自称し、寂しい笑顔を浮かべた彼女の心情は誰にも汲み取れない。
十人殺して生き返す。
当然、嘘の発言ではあるが、完全に否定出来ないような、どこか奇跡に思いを馳せているようにも感じられた。
何にせよ一度決めた結論を後から捻じ曲げた事実は本物であり、数時間程度しか関係のない仲だが佐倉杏子が優柔不断とは思えない。
やはり放送がきっかけであり、親しい存在が呼ばれたに違いない。
故に他者との接触を拒み、独り強がりただ死ぬ運命を選んだのだろう。
それはウェイブも感じ取っていた。強めな口調とは裏腹に黄昏の丘で独り明日を見ている少女の心境を。
決して言葉には出さない。放送がきっかけなのは明白であるが、土足で禁制に踏み込むほど鈍感な男ではないのだ。
引き止めの行いは本心だ。この状況で単独行動は見殺しにするのと同義である。
そして佐倉杏子は精神状態が不安定なことも含めると、今の彼女を独りにするのは誰が見ても危険だった。
言葉を投げても彼女は返さない。彼の下に届くのは強情な独りよがりだけ。
それを見兼ねた田村玲子が提案――個別行動後に再集合を促すものである。
佐倉杏子は意見を変えない。
ウェイブは彼女を心配する気持ちから己の意見を変えない。
ならば、視点を変えて、ある程度の落とし所を作るしか平和的解決策は無いのだ。
佐倉杏子とて放送前には心を許していた。いや、余裕がまだ存在していた。
一度、頭を冷やせば意見を聞いてくれるだろう――と、田村玲子なりに人間の心を分析した結果である。
佐倉杏子は北への捜索へ向かわせる。
東に行けばエドワードと遭遇する可能性があるが、今の精神状態で会わせては暴走しかねない。
ウェイブは南への捜索へ向かわせる。
田村玲子が最後にマスタングと遭遇したのが現在地より南の座標だ。
彼の仲間であったウェイブならば仇を取る――そう宣言していた戦士への計らいである。
残る田村玲子は東へ向かう。
消去法だ。北と南は塞がっており西は探索の余地が無い――ならば東だ。
市庁舎の正面で三人の意思が一度の別れを告げる。
◆――
誰か武器持ってたら譲ってくれないか。
――これはどうだ。
これは――まさか。
――げっ、たしかDIOの野郎が持ってたな……たしかイン。
いや、大丈夫だ。
悪いけどよ、田村。その帝具を俺に譲ってくれ。
――◆
やれることはやった――などど言い切れればどれだけ気持ちが楽になっただろうか。
瀕死の状態に追い込まれた
タスクを何とか病院に運んだまではよかった。そう思いたい。と、
雪ノ下雪乃は額に浮かぶ汗を拭った。
背負うにしても雪ノ下雪乃には限界がある。途中に引き摺ってしまったこともあった。
流れ出る血を止めるために上着を脱いで押し当てたりもした。気休め程度になればいいと思っての行動だ。
けれど、タスクの顔色は回復せずに、意識が戻ることも無かった。
病院に辿り着いて真っ先に見つけたのがキャスター付きの担架である。
タスクの身体を急いで、且つ丁寧に寝かすものの身体の節々が衝突してしまった。
べったりと赤く染まった自分の腕を見て気分が悪くなるも、この状況でタスクを救えるのは自分しかいない。
担架を押し運び、身体は無意識に手術室を目指していた。
無論、手術など出来る訳が無い。
息を切らしながら扉を引き開けると、ドラマで見慣れた空間が視界に飛び込んだ。
本来の手術室ならば灯りを消し照明で照らすだろうが、今は関係ない。スイッチを押し部屋の灯りを灯す。
担架を中央にあるベッド近くまで運ぶと、雪ノ下雪乃は周囲の薬やマニュアルと思われる冊子に目を通した。
専門的な用語が並んでおり、焦っている思考回路では処理しきれない情報が視界を飛び回る。
深呼吸。
落ち着け――無理ならば姿でも取り繕えと。
形から入る人間がいるように、雰囲気だけでも掴めれば状況は進展する。
何せタスクを救えるのは雪ノ下雪乃しかいない――やるしかない。
結果として、出来ることなど殆ど無いのが現実である。
やったことと云えば血液を拭きとった事。簡単な消毒を済ませた事。栄養補給のために点滴を差し込んだ事ぐらいだろう。
溢れ出る血液の止血も試みたが――実際に止まっているか定かでは無い。
表面上は止まっているが、内部の状況までは把握出来ず、レントゲンを取る時間も余裕も無い。
輸血パックを使いたいが、タスクの血液型など知っている訳が無かった。
彼の身体に適応しない血液を注ぎ込んでは却ってその生命を削ることになってしまう。
願うならば。
タスクが目を覚ますか、医療に長けている参加者の救援が現れることを。
心の底から、思うだけであった。
タスクの生還を願う少女が居る病院から遥か南にて。
逆手に握った刃を振り下ろし、回避されたことで蹌踉めくアヌビス神の姿があった。
そして、体勢を崩すこと無く再度刃を振るい、ラースの左頬を掠め斬る姿もそこにあった。
(行動が更に速くなったか)
戦闘の中で成長するアヌビス神。
何時までもラースに遅れを取ることなど、ありえず、許されず、あってはならない状況だ。
刃を構える金属音が響いたと思えば彼は既にラースの目の前まで距離を詰めている。
首を撥ねんと一閃するも剣に阻まれ、追い打ちは危険と判断したのか距離を取った。
「人間じゃ……ねえぞジジイ……とっとと斬られろよぉ」
「人間では無い、と言ったらどうするかね」
「頭ン中がハッピー過ぎて吐きそうになるぜ……っと!」
大地を蹴り上げ――ラースも同じように駆け出した。
互いが交差する前に刃と剣が重なり――両者、弾け飛ぶ。
「もらった――もらったァ!!」
動きが速かったのはアヌビス神だ。
右上に弾き返された刃を、渾身の力を込めて振り下ろす。
対するラースは防御のために剣を戻すものの、速さが足りていない。
戻った頃にはアヌビス神に斬られている――勝った、とアヌビス神は確信していた。
これが本当の戦ならば、アヌビス神は勝っていただろう。
「~~~~~~~ッ!!」
制限。
例えば神と称される
エンブリヲの能力に一定の限界が生まれていたように。
白井黒子の瞬間移動に普段よりも絶大な浪費が加えられたように。
アヌビス神の乗っ取りにも時間の制限が課せられていた。そして。
「時間切れ――残念だったな」
アカメに意識が戻ったその時、彼女の動きは止まってしまった。
戸惑いもあっただろう。そしてラースは反撃の構えを取り――アヌビス神を彼女の後方へ弾き飛ばした。
『チクショ~~~~~~!! あと少し、あと少しで俺が……俺がァ!!』
宙を舞い虚しくも大地に突き刺さったアヌビス神の悲痛な叫び。けれどアカメは振り返らない。
足払いを行いラースの体勢を崩そうとするも、読まれていたのかバックステップに回避されてしまう。
迫る剣戟を紙一重で躱し続け――絶望から一筋の希望を掴み取った。
「――葬る」
「む――ッ!」
アヌビス神と同じように大地へ突き刺さっていた棘剣を引き抜くと、それが反撃の合図となった。
ラースを真っ二つにする勢いで振り上げるも、上体を後ろに移動することで躱された。そこに追撃を掛ける。
言葉なと要らない。神速で繰り出した蹴りが彼の腹に直撃し、身体が折り曲がっていた。
アヌビス神に身体を任せていたことで精神的に余裕が生まれ、状況を判断する能力が、視野が広くなった。
剣を振り、防がれても手を休めること無く、何度も、何度も。
「葬る」
修羅となれ。
「葬る」
己を切り替えろ。
「葬る」
もう。
「葬る」
誰も死なせないために、遅れを取らないために。
「葬る」
この男を、殺せ。
「――――――葬るッ!!」
払った一撃は仇敵の首を刈り取るべく行われた死の瞬きである。
疲労した身体で放でる全てを込めた謂わば全開の一撃だ。
惜しくもラースによって防がれるが、真髄はその先だ。まだ攻撃は終わっていない。
剣に乗せた血液が――ラースの瞳に付着した。
視界を奪え。
どんなに相手の瞳が凶暴でも、閉ざせばその脅威は無と成り果てる。
肘打ちをかまし、ラースを後方へ飛ばすとそこは――奈落の果て。
「見事」
足場を失ったラースはただ、奈落へ落ちるしか無い。
零れた言葉は対する戦士――殺し屋に送る賛辞である。
しかし。
「どうだ……一緒に地獄へ落ちるつもりはないか」
彼は何一つ、諦めておらず、落ちる寸前にも牙を光らせていたのだ。
伸ばされた腕はアカメの髪を掴み取る。勝利を確信していたアカメは対応出来ていない。
そしてラースが髪を引っ張ると同時に、アカメの身体もまた、奈落へ落ちることとなる。
『う、嘘だろ……ッ! アカメ、アカメ~~~~!?』
誰も居なくなった闇の大地にて。
無残に突き刺さるアヌビス神の声だけが響いていた。
最終更新:2016年10月28日 11:49