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可能性の獣 ◆BEQBTq4Ltk
一人になったところで、
佐倉杏子は何をするかというと、実のところは何も決まっていない。
自分は疫病神だ。何処かの書籍でありそうなタイトル風だと若干笑いが込み上げてくる。
勿論、笑える状況でも無ければ、心情的にもあり得ない。
ノーベンバー11を始めとした参加者が自分から離れていく中、追い打ちを掛けたのが
美樹さやかの死である。
彼女とは殺し合いで遭遇していないものの、生き残った最後の知り合いとして気に掛けていた。
あわよくば再会――淡い気持ちを抱いていたが、そんなことも叶わず、無情にも放送で名前を告げられてしまった。
整理が着きかかった心がまたぐちゃぐちゃにされた気分である。お世辞にも整理されたとは言い難いが。
ウェイブ達は疫病神たる佐倉杏子と共に行動する選択肢を選んだ。大馬鹿野郎だと彼女は思っていた。
けれど、それは嬉しかった。心の奥底では自分は死んだ方がいいのではないか。そんなことさえチラついていた。
流れた涙は間違いなく本物であった。優しい言葉に心が動いてしまった自分がいた。
誰かに必要とされ、生きる意味を、言ってしまえば見捨てられない自分がいることに涙を流した。
一緒に居ていいんだ。あたしはここにいる、いさせてもらえる。そんな感情が生まれた瞬間に美樹さやかの名前が呼ばれたのだ。
カウンターなんて優しいものじゃない。
全体重を掛けられ顔面にジョルトカウンターを喰らった気分だ。
先程までの落ち着いた心には闇が生まれ灰黒い空が何処までも広がってしまう。
考えたくもない。
気づけば、また一人にしろだの、疫病神だの言ってしまう始末である。
恥ずかしい。もう子供じゃないのに。
まだ中学生ではあるが、魔法少女として生命の遣り取りを行っている以上、大人になっているつもりだった。
それがどうだろうか。
実際に現実と直面すれば駄々を捏ねる幼い少女がいるだけであった。
現実に耐えられくなり、構って欲しいが故の強がりを見せ付けて、手伸ばしたウェイブを邪険に扱う。
何ともガキらしい行動だろうか。
そのくせ、飛び出す度胸も無いと来た。
巴マミが存命ならば優しくしてくれただろうか。
折角のウェイブをだったが、彼と口論にまで発展した。
もう合わせる顔も無い――と、
田村玲子の提案は佐倉杏子にとって本当に有り難いものだった。
一人になれる口実だった。
独りにならないで、一人になれる。今の佐倉杏子が最も欲しがっている状況である。
田村玲子には見抜かれていたのだろう。きっとウェイブもそうだと振り返る。
自分の馬鹿な独りよがりが見抜かれていた。本当に恥ずかしい話だ。
「あー……次はどんな顔して戻ればいいんだよ」
つま先で地面を穿り両腕を頭の後ろで組ませながら一人で恥ずかしむ。
穴があったら入りたいとは正にこの事である……と、思っても意味は無い。
しかし、こんなことを考える余裕があるのかと聞かれれば、それはNOである。
殺し合いは確実に進行している。
自分は生き残り、周りだけか死んでいく。
まるで自分だけが箱庭に囚われていて実際は自分だけが蚊帳の外にいるような感覚である。
しかし。
流れる血の香りと貯まる血の池。北に続いていく血痕を追って行く間に緊張が張り詰める。
交戦があったのは確実である。エドワードやウェイブ、田村玲子と共にDIOと交戦した時とは違う。
真新しい血痕を追っていると、気付けば視界の先に灯り――病院が見え始める。
「病院か……また来ちゃったよ」
一度だけ来たことがある。
思い出したくもないDIOの洗脳を受け、解除出来たもののそれは
エスデスに完全敗北を喫した中の出来事だ。
不幸中の幸いに分類されるものであり、佐倉杏子からしてみれば悪夢でしかない。
瞳を凝らして病院を見ると、何やら一室だけ光が灯っている。
あれでは参加者がいることを堂々と宣伝していることと同義である。佐倉杏子は溜息を零す。
血痕も続いているため――負傷している参加者が居るのだろう。
「世話がかかるな……ってあたしは他人のこと言えないんだけどさ」
◆――
この感覚は――後藤、か
――◆
南へ向かうウェイブだが、やはりマスタングの動向は気になっていた。
気になっていた。と言うよりも田村玲子が彼と遭遇した地点が近かったことと放送で名前を呼ばれたこと。
それらを結びつけると彼はその近くで死んだと嫌でも連想してしまう。
聞いてしまえば後は行動するだけだった。
小泉花陽の死も気になる。
狡噛慎也もだ。隊長であるエスデスが死んだこともにわかには信じ難い。
忌まわしく記憶を植え付けられた
エンヴィーも……キリがない。
ウェイブの身体は一つだ。
行動するにも分裂出来ない人間となれば、一つの方角へしか進めない。
判断材料は田村玲子の情報のみ。言い換えれば
ロイ・マスタングの目撃情報しかない。
ならば。
行くのは必然的に南へとなった。
確認――することがあるかと聞かれれば、特段は無いだろう。
死体の埋葬ぐらいか。何はともあれ情報が手に入ればいい。
マスタングとは殺し合いで出会った仲間である。殺されたと聞けば、黙ってはおけない。
クロメを殺害したキンブリーは死んでいる。しかし、マスタングを殺した犯人は生きているかもしれないのだ。
犯人は現場に戻ってくる。なんて説もあるぐらいだ。もしかしたら出会えるかもしれない。
その時は――心臓が跳ね上がる。
何かが迫っている。
暗闇だろうと感じる。それは殺気と呼ばれる波動だ。
確実に、獣が迫っている。そしてこの感覚は知っている、そうだ、彼は知っている。
会いたくない。
この手で殺せると思えば幾分かは気が晴れるだろう。とてもそんな気分になれるつもりはないが。
さて。バッグから剣を取り出すと、ウェイブは一呼吸置いた。
借りはある――いや、マスタングが世話になったと言うべきか。
もしかしたらこの男がマスタングを殺したのかもしれない。そんな結末さえ思えてくる。
無論、彼が負けるなど信じ難いことであり実際に手を下したのはエスデス――ではなく、彼自身であるのだが。
「こっから先は行かせねえぞ……後藤ッ!」
迫る獣に対し天高く剣を掲げたウェイブは叫ぶ。
悪名高きナイトレイドの実質単体戦闘能力ならばあの村正を操る
アカメと対をなすブラートが所有する帝具を握り締め。
悪名高き――そんなものはどうでもいい。現にアカメとの交流でナイトレイドが真の犯罪組織という考えは消えかかっている。
無論、犯罪組織に変わりは無いのだがそこに義は存在していた。
今宵だけは悪鬼を纏う修羅と成り果てよう。
情けない話だが敵対する獣は強い。油断など出来ず、殺すならば悪魔に魂を売る覚悟無ければ勝てない。
地獄に片足を突っ込んででも倒す相手だ。そうもしなければ更に死者は増えるだろう。
叫べ、勝利を掴むために。
インクルシオの名前を。
◆――
ご丁寧に病院内にも血の跡がありゃあ……。
手術室に誰かが居るってことか。
――◆
偶然が何重にも重なればそれは奇跡となり得る。
後藤は東の騒動――放送前に起きた
御坂美琴を始めとした混戦の波動を感じ取っていた。
あれだけ爆音が響き、何度も発光していれば遠く離れていても、嫌ほど目立つ。
暗闇が余計に光の奇妙さを演出していた。無論、明るくては空を翔けるイリヤの姿が目に止まっただろう。
戦闘が発生した時点で、後藤は誘われていた。
駆ける足は東へ向かう。けれど、禁止エリアの存在が獣の動向を制限してしまった。
仕方なく北上を選んだ所で――男が、一人の男と遭遇してしまう。見たことのある顔だ。
殺し合いとはその名の通り生命を賭けに暴れまわる生存本能の競い合いである。
目の前に現れてしまえば――例外なく敵となり、獲物だ。餌だ。糧だ。
「何度やってもお前は俺に……やってみろ」
ウェイブの印象が残っているかと聞かれれば、特段の個性は無かった。
ロイ・マスタングのような錬金術。御坂美琴のような超能力。DIOのようなスタンド。
持ち主を鏡として写す異能を持っていないウェイブは後藤にとって単なる障害物程度の存在である。
生き残っている点を考えれば充分強者の分類に入るだろうが、そんなことは関係ない。
敵に大小の優劣は無い。楽しませてくれるのか、それが問題であり、生物としての本能だ。
そんな男が、今、一つの力を持って立ち塞がる。
面白い、そうでなくてはつまらない。と、言葉が溢れる。
人間離れした脚力を以って大地を跳ぶと、前方のウェイブへ向かい拳を振り下ろす。
迎撃の構えが取られており、拳が衝突すると彼ら周囲の砂塵が衝撃によって舞い上がる。
浮いていた後藤は着地すると更に拳を繰り出し、相手も拳で対抗しその場で打ち合いの応酬が始まった。
一発一発が必殺級の威力、重さを兼ね備えている。
油断すれば互いの身体に甚大な衝撃が走る。寄生生物と云えどあくまで寄生に過ぎないのだ。
(身体が人間だって言うのなら不可能なんてあり得ねえ)
田村玲子から聞いた寄生生物の話。
泉新一と後藤。彼らは人間であり、人間では無い。けれどその身体は紛れも無く人間である。
「行かせねえ……こっから先へは絶対に!」
「誰が居るのかは知らんが、邪魔をするのならお前が死ね」
悪鬼と獣の争い。
互いに背負っている物があるのだろう。
それは誇りなのか、夢なのか、他者の想いか。
「その鎧を装着し守りを得たようだが、足りん」
嵐のような応酬が崩れた。
後藤が上体を屈ませ一瞬の隙を狙いウェイブの懐に入り込むと、起き上がりと同時に腹へ膝蹴りを放つ。
速度を乗せた一撃を受けウェイブの身体は折り曲がるが、インクルシオは砕けない。
「捕まえたぜ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
逃がすものか。
足を掴んだウェイブは全身に力を込めると、その場で回転し後藤を放り投げた。
まだだ、手を緩めない。
投げ飛ばした後藤を追い掛けるように自分も走りだすと、跳躍し後藤の顔面に拳を叩き降ろす。
決まれば獣の顔面は砕け散り、決して無視することの出来ない衝撃が身体の中を駆け巡るだろう。
それは決まればの話であり、決まらなければ意味は無かった。
「調子に乗るな」
既に後藤の頭部は刃物のような形状へ変化していた。
ウェイブが拳を叩き降ろすよりも速く彼の肩に刃物が突き刺さっていた。
突き刺した刃物を起点に体勢を立て直すと、ウェイブ毎持ち上げ――彼の身体を大地へ叩き付けた。
刃物が抜け球体のように地面を跳ねるウェイブ。
インクルシオを纏っているためその表情を伺うことは出来ない。
しかし肩の装甲は一部剥がれ落ちており、その箇所から覗く赤い鮮血が彼の損傷を表していた。
「負けてらんねえ……お前を生かせば誰かが死ぬ。許せねえ、もう、誰も死なせねえ!!」
数度目のバウンドでやっと受け身を取ると、すかさず後藤を視界に収める。
前方には刃物の触手が迫っており、対抗するべくバッグから剣を取り出し弾き返す。
何度も迫る刃物を、こちらも何度も何度も何度も。
埒が明かないのは解っている。
だが、手を緩めれば刃物がインクルシオを貫いてしまう。
守ったら勝てないが、守りを捨てれば負ける。
ならば、守りながら攻めればいい。
刃物を捌きつつ走るウェイブ。
何度弾き返しても攻められるならば、その嵐を突っ切るしかない。
金属音が闇夜に響く中、悪鬼は目の前の敵を倒すために全力を尽くし、走る。
やれ。
この場で後藤を仕留めなければ近隣に居るであろう佐倉杏子と田村玲子が危ない。
その先に居るであろう
エドワード・エルリックや泉新一達、
本田未央達にも危険が及ぶかもしれない。
「ラァ!!」
両腕で握り締めた剣で刃物を弾き返すと、後藤は頭部を元の状態へ戻しウェイブ目掛けて走り出した。
本来ならば数本の触手で嬲り殺すところだが、生憎、今は一本しか生み出せない。
手数で負けるならば、より近接に特化した人間の状態で対応するのが最も最良の策だ。
腕を組み槌のように振り下ろす。
その一撃を剣で受け止めるも、全身に衝撃が響き大地へ軽くウェイブの足がめり込んだ。
後藤は右腕を鞭のように撓らせるとウェイブの顔面を捉え彼を吹き飛ばした。
「期待はずれだったな」
既に後藤は跳躍しウェイブの上空へ移動していた。
追い打ちを掛けるように、殺意を込めて彼の身体へ着地する。
大地には月面クレーターのような凹みが出来上がり、インクルシオの装甲は腹の箇所だけ剥がれ落ちていた。
紫へと変色した腹が深刻さを演出する。
臓器が潰されたか、骨が折れたか。
それは解らない。けれど一つ解ることと云えば、ウェイブが敗北したことである。
◆――
強い。
いや、俺が弱いのか。
情けねえ。
はは……さて。
悪いな、クロメにセリュー、マスタングと花陽。それにみんな。
俺はまだそっちへ行けない。
せめて――後藤一人ぐらい、倒してからな
――◆
万が一の自体だって有り得る状況だ。
手術室の前に辿り着いた佐倉杏子は念の為に魔法少女へ変身し、槍を構えた。
血の跡から察するに怪我人がこの中に居るのだろう。
普通に考えれば正しい。何も可怪しいことはない。
けれど、殺し合いの中で正しいと信じれる事象は存在しない。
全てが最悪の未来を超えて結末に繋がると考えなければ、簡単に死んでしまう。
罠の可能性を考えた彼女は、手術室の扉を蹴破り突入した。
扉が適当な壁に衝突すると、その後に続いて彼女も部屋に侵入――すると、一人の少女が震えていた。
無論、少女と云えど佐倉杏子よりは年上だ。綺麗な黒髪、そんな印象を受けた。
「心配すんなあんたの敵じゃ――ってそいつ重症じゃねえか!?」
明らかに警戒されているため、緊張を解こうと軽口を叩くものの、視線は担架に集まってしまう。
眠る男性の周辺には血が溜まっている。ある程度は消毒され、応急処置を施されているのは見れば解る。
しかし、絶体絶命の状況と云うことも見れば解る。
「なあ、此処に運んだってことは手術出来るのか?」
「出来るならとっくにやっているわ……っ」
「だろうな……ぅ、どうする……?」
残念ながら佐倉杏子に医療的な知識は皆無である。
聖職者の家系らしく祈って神に男性の生命を――そんなことで救われるならば殺し合いなどとうに破綻している。
黒髪の少女がここまで男性の延命を図ろうと必死に助けたのだろう。
その行いは確実に男性を救っている。しかし、最後の一押しが足りていない。
何をすれば彼は助かる。
手術など不可能だ。一瞬で傷を無くせる技術も設備も無い。
「……はぁ、やるしかないか」
どうせ放っておけばこの男性は死ぬ。
ならば、何も行動しないで見殺しにするよりも全力を尽くした上で、その最後を見届けたい。
「何をする気なの……まさか、助け――」
「れるかどうかはわからない。
ほら、教わるよりも見て盗めって言うじゃん? もし失敗したらあたしじゃなくて師匠を恨めよ」
奇跡や魔法。
それらは確実に存在する。
例えその先が暗い絶望だったとしても、その瞬間だけは眩しい程の希望である。
「力を貸してくれ――マミさん」
◆――
可怪しい。
何故、下から血の到達音が聞こえる……?
――◆
倒れたウェイブを見下す後藤の瞳はこれから焼却されるゴミを見るかのような、欠片一つの興味さえ抱いていない濁ったものだ。
朽ち果てる生命に何も惹かれず、黙ってゴミを処理するだけだ。言葉すら必要無い。
インクルシオを纏った状態ならば少しは楽しめるかと思ったか、期待はずれ極まりない。
この男に割いた時間を活用すれば更なる強者との出会いがあったかもしれない。
好機を潰したウェイブに対し、後藤が思うことは何もなかった。
強いて言うならば、期待はずれだの時間の無駄なの。
それらの感情を持つぐらいには人間に近付いているのかもしれない。と、自我が告げていた。
人間に寄生してからどれだけの時間が経過したのだろうか。
認めたくは無いが、その思考はもしかすると人間寄りに若干は傾いたのかもしれない。
無論、空想上の哀れな末端論であり、証拠も事実も存在しない。
「多くの人間を見てきた。その中には明らかに人間を超える異能を持った奴らもいた。
だがお前は……人間だった。武を少し囓った程度の脆い人間だった。人間の限界だ、死ね」
再び頭部を刃物へ形状変化させると、その生命を刈り取るために首へと差し向けた。
インクルシオの装甲だろうが、強い衝撃を与えれば砕ける。剥がれ落ちている腹と肩が物語っている。
少量の休憩を取ったところで、ウェイブの力は、体力は万全に回復した訳では無い。
比較的激戦に関わらず、巻き込まれたとしてもそこまで大きな戦闘は個人的に行っていなかった。
だが、積み重なった疲労は確実に彼の身体を蝕んでいる。
もし。
体力が万全だったならば。
グランシャリオが健在だったならば。
精神的にも万全だったならば。
結果は変わっていただろう。
しかし、それは残念ながらもしもの話だ。
現実を見ろ。ウェイブは敗北し、後藤に殺される寸前だ。
正義の物語は何も全てが英雄の勝利とは限らない。
死ぬのが現実であり、人間としての逃げられない義務であり、運命である。
――このまま、死ねるか。俺はまだ終わっちゃいねえ。
苦し紛れだ。
後藤の刃物が首へ到達する寸前に剣を割り込ませ、死の瞬間を弾く。
首は健在だ。けれど衝撃によってウェイブの身体は大地を転がるように飛ばされた。
「まだ息があったか……しぶとい人間だ」
後藤が歩む。
一歩一歩と次こそウェイブを殺すために。
「しぶとい、か。お前に褒められても嬉しくないね」
剣を杖代わりに立ち上がる悪鬼は、声を振り絞る。
まだ死ねない。勿論、死ねる程の一撃をもらってはいない。
彼の中の心が、魂が疲れた身体を奮い立たせる。
「やられろよ――化物」
何だこの男は。後藤が率直に思った感想である。
強がりな啖呵を切ったところで、何が出来ると言うのか。
くだらん。所詮はパーフォマンスに過ぎない。と、まるで興味を示さない。
「力を貸してくれ――俺に!!」
バッグに剣を仕舞い込み、新たな武器を取り出し左腕に装着する。
その帝具はかの将軍が、殺し合いでは◆◆◆が使用していたあの帝具だ。
殆どが崩壊した武具を用い、ウェイブは吠える。
「帝具の二重使用だろうが――やってやる」
帝具とは本来、相性が良くなければ扱える代物では無い。
無理に扱えば使用者は死ぬ。故に限られた者達しか持つことすら許されないのだ。
更に追い打ちを掛けるのが体力の消耗――単体使用でも難しい帝具を二重に使用したとしたら。
それは限界を超えた者だけに許された奇跡の降臨である。
彼の叫びに応えたインクルシオが成長を促し、
魂の呼応に反応した雷神が今此処に混じり合い――雷鬼が現界する。
左腕に雷光を纏った雷鬼が獣へ駆け出した。
対する後藤は触手を向かわせるものの、篭手に防がれてしまい金属音が響く。
その直後にバチバチと雷光が弾け飛び、獣が怯んだ一瞬の隙を突いてウェイブは懐に潜り込む。
「もう――離さねえから覚悟しろ」
空気を斬り裂くように突き出した左腕は後藤の首を掴んだ。
雷光を走らせ、獣は発声どころか呼吸さえままならない状況に追い込まれる。
動く手足や触手で雷鬼に攻撃を加えるものの、彼は止まらない。
「■■■■■■――!!」
声にならない叫びだ。
後藤が目にしたのは瞳の装甲が剥がれ落ちた雷鬼。
その瞳は死んでおらず、未だに明日を見つめる光の潤いを得た覚悟が宿っている。
そしてそれは――幾度なく立ち向かって来た参加者達と同一のものでもある。
「まだまだああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
攻撃の手を止めるな。相手に反撃の隙を与えるな。
後藤を掴んだ腕に一段と力を込め、一歩、一歩と確実に足を進める。
やがてそれは加速し徒歩から走りへ――雷光のように闇夜を照らす閃光となる。
開放しろ、己の中に眠る野生を、鎖を解き放て。
元々ウェイブと後藤が遭遇したのは市庁舎から南の地点だ。
更に獣を遠ざけるべく雷鬼は南へと誘導を行い、他者を巻き込まないように戦闘を展開していた。
そして今は獣を更に南へ押し込まんと走り続け、誰にも被害が及ばないようにしていた。
奇跡である。
現に会場の南西には参加者が一人して滞在していない。
彼らの戦闘に割って入るとすれば一部始終を見ていた参加者に限られる。
『禁止エリアに接触しています。エリアに滞在する場合は三十秒後に首輪が爆発します』
首輪の警告が響き、後藤の瞳に一段と危険の灯りが見える。
幾多に攻撃を加えようと雷鬼は止まらず、鬼神の如き勢いで走り続けているのだ。
しかし首輪の爆発となれば――見過ごせるものでは無い。
数々の異能や会場に瞬間移動した主催者の技術を考えると、首輪の爆発は死を意味する。
決して抗うことの出来ない現象だ。それは獣と云えど例外では無い。
触手をウェイブの首に纏わり付け、息を止めようとするが雷鬼はこれでも止まらない。
そして――後藤が開放される時が訪れる。無論、無傷では済まない。
「ソリッド……吹き飛べえええええええええええええええええええええええ!!!!」
足と止め、大地に突き刺すように踏ん張り、現界にまで溜め込んだ雷光を放出する。
吹き飛ばせ、全てを。
吹き飛ばせ、獣を。
吹き飛ばせ――悪を。
その瞬間は時が止まったように全ての音が消えた。
辺りを飲み込む雷光が全てを照らし、気付けば轟音が響き渡る。
DIOの館を突き破り、奥側の壁に衝突したところで後藤の動きは停止した。
身体は黒く焦げ、内部が焼き切れたのか煙が発生している。
ガラガラと瓦礫と共に崩れ、獣が雄叫びを挙げることは無かった。
「やったぜ……っと、た、おれたら首輪が爆発しち、ま、、う」
後藤を吹き飛ばした雷鬼の左腕は粉々に崩れ落ちた。
雷神憤怒アドラメレク――帝都が誇るブドー将軍の帝具が今此処に眠る。
インクルシオは砕けていないものの、ウェイブの体力が現界に近いために解除となっている。
「ありがとうございました」
それは誰に向けられた言葉なのか。
此処まで自分を鍛えてくれた将軍か、雷神を操る将軍か。
「俺は……ちょっとは、がん、ば、れたよな」
それは誰に向けられた言葉なのか。
友か、仲間か、戦友か。
ウェイブのみにしか解らない言葉であり、聞いているのは寄生生物だけである。
後は、このエリアを去ればウェイブの完全勝利だ。
まだ死ぬ訳にはいかない。まだ、会場には悪が蔓延っており、怯える参加者がいる。
全てを終わらすまで、その生命を燃やし尽くす訳にはいかないのだ。
一歩、一歩と歩み続ける。
爆発の時を刻む首輪が残り十の針を動かす寸前に、エリアから離脱する一歩を踏み出せない。
「足がうごか――ッ!?」
信じられなかった。
気付かぬ間に左足には蔦が絡まっており、一歩も踏み出せない。
一刻と爆発の足音が近づく中、ウェイブの心臓が急激に速度を上げ危険の信号を鳴らす。
「ご……ッくそ!!」
馬鹿だ。
何時から後藤が死んだと思い込んでいたのか。
全ての可能性を潰すまで――首を取るまで安心してはいけなかった。
声帯を潰されても、全身を雷で焼かれても、その瞳は死んでいない。
ハーミット・パープルのスタンドを用いてウェイブを足止めし一緒に――いや、彼を殺し、自分は脱出する魂胆だ。
口を開き明け、ウェイブの肩に喰い付く構えを取る。
殺す。こいつだけは絶対に殺すと獣から覚悟が迫るのだ。
首輪が爆発する前よりも速く飛び付き――獣が目にしたのは同じ獣だった。
「滑稽な姿だな、後藤」
◆――
この女は何を気にしている。
後は死ぬだけだと……そうか。
奈落にも底があるのだな。
――◆
人間に寄生しただけだ。
それは身体が人間であり、感情や心もまた、素体は人間である。
独特な感情を持ち、情に揺らぐ人間とは謎な生命体であった。
しかし寄生し、生きていく間に。
本当に気付かない間だったが、どうも影響されている節がある。
それは徐々に明るみを帯びて表へ進出し始める。
初春飾利の名前が放送で呼ばれた時――今までに無い感情を抱いた。
西木野真姫が呼ばれた際にも抱いた感情だが、たった一つの生命が失われただけだと云うのに。
何故だか、説明は出来ないものの、少しの間だけ口を開かず言葉を詰まらせていた。
人間で表すところの悲しみだろう。
けれど、寄生生物である田村玲子がその感情を抱いただろうか。
一概にYESとは言えない。
己の精神に答えが出せないまま、佐倉杏子が市庁舎を出て行こうとした時に、閃きが生まれる。
彼女は大切な存在が放送で呼ばれたのだろう。故に精神が不安定状態になっている。
言葉は刺々しく、強がってはいるが瞳は悲しみのブルーを帯びたままだ。
助けを求めているが、素直になれない。
そう――素直になれない。
誰か助け舟を出さなければ、何れ佐倉杏子は壊れてしまう。
再集合の提案をし、落とし所を作り、振り返る。
寄生生物は人間が理解出来ない。
それは歩み寄ろうとしていないだけである。
観察対象にしようと、それは上から見下した発言だ。
自分達は人間と違う。
寄生し、コントロールを奪い、所有権を獲得した。この時点で自分達が上の立場だと認識していた。
しかし、寄生生物と云えど寄生対象が無ければ終わりだ。犬にでも寄生してしまえば――終焉は簡単に訪れる。
寄生生物は決して人間より格段と上の存在では無い。
彼らと同じで独りでは生きていけず、寄り添い合い生きていく。
――そうか。
一つの答えが弾き出される。
――素直になれていないのは……。
そして、彼女は後藤の波動を感じる。
地点は此処から近い――ウェイブが居る南だ。
距離も何とか視認出来る。今ならば間に合う――間に合う。
――死者が出るのは、決して嬉しくは無い。
◆――
我々は、生きている。
――◆
刃物と化した触手でハーミット・パープルを斬り裂くと、ウェイブを少々乱暴に押し飛ばす。
彼を安全な――禁止エリアから脱出させつつ、己は後藤に接近し獣の動きを止める。
『禁止エリアに接触しています。エリアに滞在する場合は三十秒後に首輪が爆発します』
構うな。
「お、おい! 田村、何してんだよ!?」
構うな。
「■■■■■■■■■■■ッ!!」
構うな。
後藤の動きを触手で絡め封じ、最後の言葉を告げる。
「お前は生きろ。
生きて、生き延びろ」
「だから何言って、俺も――ッ!?」
現界だ。
腕を伸ばそうと、走り出そうと。
脳が指令を送っているのに、身体が反応しない。
「お前が死ねば悲しむ者がいる。私はいない」
ウェイブは膝を崩す。
立っているだけでも現界だ。元より禁止エリアから脱出するのも地力では瀬戸際だった。
最早、彼に田村玲子を救う力は残っておらず、後藤を追い込んだところで役目を果たし終えた。
「何言ってんだよ……ふざけんな!!」
叫ぶ。
それしか出来ない。
何と無力だろうか、男はただ、叫ぶことしか出来ない。
「俺や佐倉杏子が……泉新一、それにお前が話してくれた西木野真姫や初春飾利だって悲しむに決まってるだろうが!!」
――そうか。
と、言葉は風に流された。
口元が緩み、人間で表す笑顔とやらが田村玲子に浮かんでいた。
「哀れだな」
目の前で暴れ狂う獣が一匹。
「お前の首輪はもう直爆発するだろう」
現実を受けいることの出来ない獣が暴れ狂う。
「解らないのか、後藤」
首輪の針が止まる。
田村玲子の首輪は動き続けるが、後藤に残された時間は無い。
声帯を破壊され、肉体も再起不能に追い込まれた獣が最後に目にしたのは奇しくも同じ寄生生物だ。
しかし、最後の表情は対照的であった。
もがき続ける獣と、答えを得た獣。
同じ寄生生物と云えど、歩んだ道と出会いが異なれば。
独りを選ぶか、寄り添うか。
生物として――違いが生まれる。
「お前は人間に負けた」
そして――
DIOの館が爆発に包まれる瞬間を、ウェイブは黙って見るしか、選択肢は存在しなかった。
【後藤@寄生獣 セイの格率 死亡】
【田村玲子@寄生獣 セイの格率 死亡】
【B-5/二日目/黎明】
※会場南西に後藤及び田村玲子のデイバッグが飛ばされました。
【ウェイブ@アカメが斬る!】
[状態]:疲労(超絶大)、ダメージ(絶大)、精神的疲労(大)、左肩に裂傷、左腕に裂傷、全身に切り傷、腹に打撲
[装備]:エリュシデータ@ソードアート・オンライン、悪鬼纏身インクルシオ@アカメが斬る!
[道具]:デイバック、基本支給品×2、不明支給品0~3(セリューが確認済み)、
南ことりの首輪、浦上の首輪
タツミの写真詰め合わせ@アカメが斬る!
[思考・状況]
基本行動方針:ヒロカワの思惑通りには動かない。一度自分達の在り方について話し合い、考え直す。
0:……生命を無駄にしない。
1:市庁舎に戻る。
2:地図に書かれた施設を回って情報収集。脱出の手がかりになるものもチェックしておきたい。
3:工具は移動の過程で手に入れておく。
4:盗聴には注意。大事なことは筆談で情報を共有。
5:みんな……。
[備考]
※参戦時期はセリュー死亡前のどこかです。
※クロメの状態に気付きました。
※ホムンクルスの存在を知りました。
※自分の甘さを受け入れつつあります。
最終更新:2016年08月07日 22:44