世界の終わりの壁際で(後編) ◆BEQBTq4Ltk


 空を支配する黒き機神ヒステリカ。
 メインカメラから通じる地上を搭乗席で見つめるエンブリヲは鋼の錬金術師と超能力者を気にしていなかった。
 各種動作を確認し、エネルギーの残量や機体の修復具合を確かめている。

「システムオールグリーン……とは言えないが、充分だろう」

 貴様等を殺すには。と、付け加え、エンブリヲは改めて操縦桿を握り、前方モニターに表示された標的を見る。
 たった人間二人で調律者に挑むなど、愚か者の極みという表現すら生温い。勝てる筈が無いだろうと嗤いが溢れた。
 先の地上戦では確かに人間相手に決め手を欠けていた。分身作成や瞬間移動に伴う体力消費は無視出来ず、錬成や風を始めとする質量の操作。
 力を取り戻しつつあるとは言え、どうにもこの箱庭世界に滞在している間は本調子が取り戻せない。世界から隔離された空間が神を苦しめる。

 茅場晶彦の掌の上という立場は神にとって最大限の侮辱である。
 彼の知らぬ間に裏で主催者の一人であるアンバーと通じていた事実を始め、茅場晶彦は神の逆鱗に何度も触れていた。
 今も結局は彼がこんな事――殺し合いを起動させたせいにより、たかが数名の人間相手に苦戦を強いられた。この怒りと屈辱、死を持って償わせるしか無い。

「まずは貴様等を排除し、後からゆっくりと背後の岩を破壊しよう」

 視線はエドワード・エルリックが錬成した巨大な岩型のドームへと移る。
 操縦桿を軽く下に傾け、各種電達によりヒステリカのメインカメラもまた下を向いた。

「中には……タスク、黒、足立透、佐倉杏子雪ノ下雪乃、そして茅場晶彦」

 ヒステリカさえ起動すれば鋼の錬金術師と超能力者相手に遅れを取ることはない。
 奴らは分身を相手に必死になって、泥まみれになって、血を流して、時間を稼いでくれたのだから、こればかりは礼を言ってもいいだろう。
 そのような人間を見下した感想を脳内で描きつつ、神は二、三先のビジョンを考える。

 鋼の錬金術師と超能力者はこちらへ挑む。
 ヒステリカの性能は彼らが想像するよりも数倍は神秘に包まれており、内緒話のつもりだろうが、会話は全てエンブリヲに筒抜けである。
 厳密に言えばエドワード・エルリックが岩のドームを錬成した後の会話であるが、どのみち彼らが把握していないことに変わりない。
 どうやらタスクはあれから意識を失ったらしく、この知らせは神にとって今日一番の嬉しい誤算である。
 彼を斬り捨てた時に踏み込みが浅かったと後悔していたところだ。急な一撃だったため不十分であり、挙げ句の果てに分身を喪失する結果となった。

 事故である。神にとっても分身の早期喪失は想定外の事態だ。
 生存者一同に押され始めていたとは言え、足場さえ破壊すれば神殺しの手も弱まり、確実に御坂美琴の息の根を止める筈だった。
 少々、アヌビス神を見縊っていたのが仇となった。崩壊する岩場を飛び飛びに接近され不意を突かれる。
 分身の首が撥ねられる中、ヒステリカの起動さえままならないのだが、停止を続けていれば御坂美琴の雷撃を喰らうことは明らか。

 一撃で破壊される心配は無いが、絶対という認識を持てば予期せぬ事態に陥ることを、神は身を以て学んた。
 それらしい言葉を響かせ人間共に頭を悩ませる必要を与え、少しでも時間が稼げればとその場を凌いでいた。

 足立透にビームライフルを向けたが、あの時点では一発すら撃てない状況であった。


 ホムンクルスが持ち出した帝具との戦いで不覚にもヒステリカは損傷してしまい、修復作業が始まったとはいえ本調子には程遠い。
 唯でさえ制限を科せられている中での修復となれば、本来は当たり前のように使える各種機関も悲鳴を上げてしまう。
 その後に生存者一同が絶望に染まり、戦意を失えば意図せずしてヒステリカ復活の時が来たれり――と、上手くはいかない。

「そうだな……貴様以外の人間を先に始末し、最後にお前の生命を潰す」

 結局はこの手で殺すことになるのだから、順番の変化は些細なものだと、エンブリヲは視線を鋼の錬金術師達へ戻した。
 一番にタスクを殺害しようと思ったが、気が変わった。彼が魔法による治療を受けているならば、意識が確立した所に絶望を与えればいい。
 さすればドラマは最高潮となり、歪んだ顔のまま焼き払ってやる。エンブリヲの表情が悪魔そのものとなった瞬間、鋼の錬金術師の声をヒステリカが拾い上げた。

『――――――――――証明してやる』

「やってみせろ。終わらせてやる」

 どの口が戯言を。神に証明? 神こそが証明を司る者であり人間は黙って告げなる言葉に従えばいいのだ。
 ヒステリカの動作は万全とまではいかないものの、各種動作に問題ないことは確認済みであり、人間数人相手に負ける方が難しい。
 時間を稼ぐ必要もない。この空間に於いてエンブリヲは正真正銘、覆しようのない最強の座に居座る参加者だ。

 少しは遊んでやろう――誰にも見られない邪悪な笑みが空から人間を見下した。




 空を見上げる御坂美琴の周囲がバチリと唸るのは雷撃を調整するためだ。距離を測り間違えれば、その差分だけ電気が無駄となる。
 己を発電機と捉えれば、どれだけ線を引っ張っても生み出せる電気は僅かだろう。
 右腕をぐるぐると回しながら身体の関節を確かめ、骨や筋肉繊維に異常がないことを確認し、瞳を閉じた。

「あいつを乗り切れば残りは私一人でも何とかなる。してみせないとダメ……じゃないと私は――ッ!」

 敢えて口にすることにより一層の覚悟を決めた彼女が目を見開いた時、視界に飛び込んだのは黒い球体である。
 彼女からすればビー玉程度の小さい球体なのだが、それは遠近法が見せる視覚のイタズラだ。実際は人間体のサイズを誇る銃口が向けられていた。
 遂にエンブリヲが動き出したのだろうと御坂美琴は大地を蹴り上げ、同じタイミングでエドワード・エルリックも反対側に動き出した。




 相手が攻めてくるのは当たり前のことであり、寧ろよくここまで手を出していないと感心してしまう。
 エンブリヲの慢心が形となっているだけであるのだが、それこそが神殺しを果たすための絶対条件でもある。

 手を抜かれなければ勝負にもならない。無慈悲にも神がトリガーを引いただけで鋼の錬金術師の居場所が消えた。

「ちょ――エド!」

 高密度エネルギーの着弾により地上は燃え上がり、砂塵が舞い、全ての認識が不可能となる。
 爆風で吹き飛ばされた御坂美琴は空中に放り出されるも、右腕に電気を集中させ大地へ放出し、彼女の身体がまるで時が止まったようにピタリと動かなくなる。
 地上の砂鉄を基点に己と電磁の線で結んだ彼女は、空中で身体を固定しながら地表を見下ろす。高さは三十メートルといったところか。

 少ない木々が燃えており黒い煙が立ち込めている。エドワード・エルリックの姿を探すことは困難だろう。そもそも煙しか視界に入らず。

「これぐらいの被害で収まる訳無いってのに、遊ぶにしても質が悪いわね」

 体内の電気を動かし、空を更に見上げるよう身体を動かした御坂美琴は黒き機神を見つめ、パイロットの趣味の悪さに言及する。
 ビームライフルとは一般的な武装だろう。ヒステリカのスペックを知らないため詳細は不明だが、古今東西、ビームライフルは初期カーソル位置になっていても不思議ではない。
 実弾兵器が初期位置になっている場合も多いのだが、遠距離武装に於いてビームライフルは定番中の定番である。

 たった一発。たった一発だ。

 大地が壊れ、肩を並べた仲間の姿も見えない。生存しているかどうかも怪しい状況へ、たった一発で追い込まれたのだ。
 最もエンブリヲが手を抜いていることは明らかである。最大出力で放てば残りの生存者を囲んだ岩のドームごと大地を吹き飛ばすも可能だっただろう。
 それは本来の力が絞り出せない可能性が高いのだが、そんな楽観的に物事を考えれば馬鹿を見るだけである。

 追撃を受けぬために御坂美琴はゆっくりと地上へ着地し、砂塵の中へ移動する。
 同じ場所に留まっていては狙ってくださいと宣言していることに変わりない。相手は唯でさえ殲滅力に長けているのだから。

「……っ、分かっていたのに」

 このように。再度、地表へ落とされた高密度エネルギーが巨大な衝撃を発生させる。偶然にも御坂美琴とは離れた位置に着弾したとは云え、少しでも気を抜けば吹き飛ばされる。
 たかが数十メートルの距離などロボットからすれば些細なものである。御坂美琴は雷撃をアンカーのように大地へ突き通し、砂鉄を軸に己を固定させ、空に視線を向ければ黒いシルエットが止まっていた。
 ヒステリカ以外にあるものかと敵を認識した彼女は牽制代わりに雷撃の槍を放つ。足元が固定されているため、普段よりも大振りに放たれたソレの役割。

「見えているのね。ったく、これじゃあ煙に隠れても誤差の範囲じゃない」

 シルエットが横へ動き雷撃の槍を回避する。動きが見切られている――よりも、最初から見られていたのだろう。
 槍の役割はヒステリカの索敵能力を試すためであり、どうやら砂塵の中でもこちらの動きを把握しているらしく、露骨に彼女は嫌そうな表情を浮かべた。

「必要なのは速度と手数……ああ、もうっ! あんだけ啖呵切ったくせに一発で退場だなんて格好悪いにも程があるでしょ!!」

 単純な回答として二方向からの攻撃に対し、判断が遅れるのは当然のことである。
 対象にとって問題のない一撃であったにせよ、認識の段階で僅かな遅れが発生し、それは調律者であっても同じことであるのは、先の戦いで判明している。
 ならばロボに乗ったところで五感が強化されたとしても、所詮は反射速度に限界があるはず。
 前後、左右――と、揺さぶりを掛けるように仕掛ければ攻略の糸口が見えそうなのだが、生憎と相方の消息が不明である。
 役立たずとまでは言わないが、御坂美琴は鋼の錬金術師の不甲斐なさに愚痴を零しつつ、電磁による砂鉄の持ち上げを行っていた。



「いない奴を戦力に考えても意味は無い。同じ理由で閉じ込められてるあいつらも論外。
 頼れるのは自分しかいないんだってんなら、やってやるしかない……やってやろうじゃんって、自分を奮い立たせるしか無い」

 状況はどん詰まりである。
 機械相手に勝利を収めたことはあるが、ヒステリカは規格外の存在であり、学園都市を徘徊するような警備ロボや、どこぞの研究者が作り上げたロボットとは雲泥の差の性能を誇る。
 雷撃は簡単には当たらず、機械故の巨体であろうと初動も素早く、各種機関の伝達速度も常識を超えるものと今回の攻防で発覚している。
 さて、そんな相手にどう挑むべきか御坂美琴は考える。しかし、そんな悠長に時間を取れる訳も無く、瞬速で弾き出した答えは至ってシンプルであった。

「ブチ当てる」

 やることは変わらない。
 それは殺し合いの遥か前――にも感じてしまう、決して平和とは呼べないあの頃。
 不良に絡まれた時、妹達を殺害する白い悪魔と対峙した時、友達に危険が及んだ時、あの人を目の前にした時。
 いつだって自分は変わらなかった。今も同じように――左手で適当な小石群を拾い投げると、突き出した右手に纏うは雷光。

「私の前に立ち塞がるって言うならぶっ飛ばす! 今までそうして来たように――この瞬間も! 『この先』もッッ!!」

 世界を斬り裂くように地表から空をなぞる幾多にも分かれるオレンジ色の線。
 地上を覆い隠していた砂塵がとある地帯だけ晴れると、台風の目のような場所に立つは一人の少女。
 小石群の散弾式超電磁砲。地表より放たれたそれは周囲を震わせ、タスク達が閉じ込められたドームも大きく揺れていた。

 視界が晴れた瞬間、御坂美琴の瞳はヒステリカを捉えられず、代わりに捉えたのは右腕に流れる血液である。
 中指の先から腕へ垂れる赤黒い液体は明らかに己の限界を主張していた。邪魔くさいと彼女は乱暴に腕を振るい、血液を飛ばす。
 まだ動く。流血程度で恐怖を感じる時間はとっくに過ぎているのだ。少なくとも白井黒子と対立するよりも前に――ああ、どうしてそんなことを思ってしまったのか首を振る。

『とても響く言葉じゃないか。人殺しの発言とは思えないがな』

 背後――正確には後方の空から響いた声にはいはいと雑な対応を取り、御坂美琴が振り返る。
 分かってはいたがこうも簡単に回避されると面倒だと手で頭を抑え、さあどうしたものかと空を見上げた。

『威勢はよかったが肝心のエドワード・エルリックはもういない。さて、これから貴様はどうする?』

 ――こっちが教えてほしいぐらいだっつーの。

 などと口にはしないが、状況を打破する一手があれば敵であろうと教えてくださいという気分である。
 エドワード・エルリックがいれば小言のついでに相談でもするのだが、未だに彼の姿が見えず、声すらも聞こえない。
 超電磁砲により一部の砂塵が晴れたとは云え、視界がハッキリとしている箇所は少ない。そこらに彼がくたばっている可能性もあるのだが。

「アンタを倒さないといけない。それは分かってるでしょ? 神様だっていうならそろそろ年貢の納め時ってことで人間に勝利を譲りなさいよ」

『本気で言っているのか?』

「……これでアンタが本当に勝利を譲るなら夢だろうね。それか嘘」

『クク、夢であればよかっただろうになあ……愛する者が死んでさぞ悲しかろう』

「あい……っ、揺さぶってるつもりなら無意味よ」


 顔を若干赤らめながらも状況を考えろと彼女は雷光を煌めかせ、空を睨む。
 相も変わらず無傷なヒステリカをどう撃墜しようかと思考を張り巡らせるも一歩届かず。
 脳内ですら達成出来ないシチュエーションを実践出来るものか。しかし、黙っていては何も変わらない。

『揺さぶる必要などあるものか。何故なら貴様はもう、死ぬのだからなあ!!』

 ヒステリカ搭乗後、初めて調律者から動きを見せる。
 ビームライフルの構えを解くと、後部スラスターから粒子が飛び出し、機体は急降下。
 操縦者からすればただの移動であろうが、生身の人間であり地上に立つ御坂美琴からすれば地獄の到来に変わりない。

「冗談じゃ……ない」

 身体が持ち上がる。轟と大地を滑る風圧は女子中学生一人を簡単に宙へ吹き飛ばす。
 大地の表面が目繰り上がり、生存者を囲むドームすら亀裂が入る。一部は崩壊しており、最早、隔離の意味がない。
 再び電磁場により宙へ留まった御坂美琴は地表を見下ろし、ドームの確認と――目当てを発見。

 時間を掛けたところで死亡率が上昇するだけ。現に宙へ飛ばされていることを考えれば、いつ死んでもおかしくない。
 戦闘が発生してから数分――いや、十分は確実に経過している。佐倉杏子の言葉を思い出せば『数分』でタスクは意識を取り戻すはずだ。
 エドワード・エルリック当初の目標である時間稼ぎは達成したであろう。ならば、次はどうするか。答えは一つ。


「『夢であればよかった』……そうね、全くそうよ。夢であれば少しは救えたかもしれない」


 地上へ身を降ろすことなど考えるな。
 己の安全に費やす電力を、演算をこちらに回せ。


「でもね、それじゃダメなのよ。この世に起きたこと全部が真実なの。目を背けちゃいけない」


 右腕を大地へ向け、高圧電流を放出。血管が今にも破裂を連想させる程、浮き上がるも歯を食い縛る。
 地上を迸る雷光が大きな円を描き、大地がそのまま浮かび上がった。


「あいつが死んだことだって、みんなが死んだことだって――黒子をこの手で殺したことだって! 全部の罪に知らんぷりで、目を背けたまま生きれる度胸は私にない!!」


 自分は何を口走っているのか。人間、極度の状況に追い込まれれば頭がおかしくなるのだろう。
 そうだ、先のエドワード・エルリックも同じだ。その前も、全員を錬成に巻き込んだ時も今思い返せばチグハグだったかもしれない。
 愛する者――調律者が発したこれっぽちの言葉に意識を乱された。馬鹿だなあと絶望的な状況の中で御坂美琴は笑う。



『ククク……クハハハハハハ! どうした、それがどうした? ならば私を殺すか? 『ヒロイン』を気取り『主人公』や『ヒーロー』の面を被る『人殺し』め」


 勝手に言っていろ。
 御坂美琴が血塗られた右腕を強引に空へ掲げ浮かび上がるは砂鉄。
 それもヒステリカを上回る質量を誇り、空中に上げられた影が絶望の化身を覆う。

「あんたに言われなくなって分かってるのよ……だからね、もう忘れようともしないって決めた」

 電磁波により浮かんでいる彼女の両足は大地から離れており、踏ん張ろうにも力が入らない。
 巨大な砂鉄の槌の形成を留めるにあたり、多くの電気を消費するが、彼女は気合で耐える。
 歯を食いしばり、痛みが全身を襲っても弱音を吐かず、瞳はしっかりとヒステリカを捉えていた。
 額に浮かび上がった血管が破裂し流血するも、彼女は気にせず更に右腕を空へ。

「あんたを殺して、その後にみんなも殺す。全てを終わらせて、私は全てを背負って生きる。だから――」

 だから。

 空間に響く轟音。
 彼女の右腕が降ろされた時、砂塵渦巻く砂鉄の槌もまた神へ天罰を下すように動いた。


「邪魔をすんじゃないわよ! 神だか調律者だか知らないけど――私の願いを妨げるならああああああああああああ!」


 直径五十を超える砂鉄の槌。
 ヒステリカであれど、例え砂の塊であろうと。
 無傷とは言い切れまい。回避されれば気力が尽きる――調律者が御坂美琴から感じ取った覚悟である。


『邪魔をするのは貴様だろう、貴様が聖杯の起動を企まなければ! 他の連中も生還出来ただろう!』


 搭乗席のエンブリヲはビームライフルを仕舞うよう動作を行い、超電磁砲の彼女の希望を打ち砕くべくレバーを引いた。
 ヒステリカが取り出すは近接用の武装。フルスロットルで正面から砂鉄の槌を斬り裂く。後部スラスターから放たれた粒子が加速の起爆剤となる。

 彼らは互いに参加者であり、生存者であり、敵である。

 手は組まずとも最後の一人を目指した正直者。
 故に最大の障害となる。願いを叶えたくば、同じ志を持った強敵を排除せねばならぬ。
 一人は願いと己のために。一人は復讐と己のために。



『少しは貴様等も評価の対象だった! ホムンクルスに一矢報いたその奇跡、下等生物に少しは毛が生えた存在であると認めよう!
 私の言った『下僕にしてもいい』……あれは冗談ではない! 貴様等を生かす価値を見出したが、やはり愚かだ……貴様は愚か者だ!!』


 風を、世界を斬り裂く黒き機神。
 砂鉄の槌へ接近すれば周囲の砂塵や電磁波が機体を襲うも、知ったことか。
 この程度の障害、恐れる必要もないとエンブリヲは更に加速させる。


「知ったこっちゃない! アンタが私達をどう評価しようが、それがなんだってのよ! 自称の神様に認められたって、奇跡も、魔法も――願いも! 何にもありゃしないじゃない!」


 砂鉄の槌がヒステリカの剣に直撃し、空中に留まる御坂美琴の表面に大量の砂鉄が飛ばされる。
 鋭い一閃の余波が槌を貫き、旋風を伴い迫るも彼女は逃げることもせずに立ち向かう。どのみち、空中に逃げ場所はない。ならば、抗うのみ。

 砂鉄の粒が身体に切り傷を創るも、彼女は能力を解いての逃走を選ばない。
 額より流れる血液が瞳に入り込み、視界が赤く染まろうとも気にしない。
 重要なのは瞳を逸らさないこと。砂鉄の槌を斬り裂き、その場で旋回し残る砂塵等全てを吹き飛ばしたヒステリカから目を背けるな。


「頼れるのはもう、自分しかいない――それが、私の選んだことだから。隣に立ってくれる人も、憧れた背中も、もういない。だったら自分の力でどうにかするしかないのよ」


『だろうな。その言葉を否定するつもりはないが、現状として貴様自身の力でどうにか出来ると思うのか?』


 吹き荒れる砂塵の中心でヒステリカはビームライフルを御坂美琴へ向けた。
 エンブリヲが指先を軽く引けば、彼女は死ぬ。塵一つ残さず、箱庭世界を漂うだろう。
 調律者はカメラを通じ、最後の敵を見つめる。彼女こそが最後の壁だ。テオドーラを失ったタスクは脅威にならず、機体を手にした時点で黒も論外だ。

 反逆の糸口を掴む可能性を持つ鋼の錬金術師は死んだ。
 ヒステリカの索敵機能を使用しても、彼の生体反応は地表から確認出来ず、初手のビームライフルで死亡したと考えるのが当然の摂理。
 あれだけ啖呵を切ろうと、ホムンクルスの裏をかこうとも、所詮はただの人間。惜しいガキを亡くしたとエンブリヲの瞳が真剣さを帯びる。
 そしてその刹那――自分は何を考えているのかと、小馬鹿にしたような笑い声を上げた。
 人間の底力を見せつけられ、どうやら柄にもなく感化されたようだ。ヒースクリフに問いを投げた時、争わずとして帰還する術が残っていれば、結果は違っていただろう。
 やはり人間とは愚かである。有りもしない奇跡――願いの成就に縋った結果、世界の終わりの壁際に等しい無の空間で死闘を繰り広げているのだ。救いようもない。


『終わりだ御坂美琴。貴様も鋼の錬金術師の後を追わしてやろう。あの世で幻想殺しの男と仲良くしているんだな』


 愚かな人類を消滅させるのも、神の務めであろう。
 新たに創設される新世界に御坂美琴は必要ない。
 ぐるりとレバーを回せば連動するようにヒステリカの右腕も回る。
 握った刀身に反射した光が彼女を照らす。よく見れば今にも死にそうな状態じゃないかとエンブリヲは馬鹿にするよう、大げさに嗤う。


「一つ、いや二つね。あんたは勘違いしている」


 笑い声を気にせず、彼女は右腕を真上へ掲げ、伸ばされた人差し指の周囲がバチリと刺激された。


「一つはね、あの世に行くつもりなんてない」


 砂鉄の槌は斬り裂かれたが、彼女は常に電気を放出していた。
 それは雷撃の槍や超電磁砲を形成するモノではなく、『大量の砂鉄を空中に留まらせる』ために。


「もう一つ」


 これが最期の言葉となるのだからどんな戯言にも耳を貸そうとエンブリヲはレバーから手を離していた。
 ホムンクルスとの戦いを折りに慢心を消し去った彼であったが、絶対的勝利条件確定の煽りを受け、完全に元のエンブリヲへと戻っていた。

『彼』は言った。
 自分達が勝利するための前提条件は神が手を抜いていることだと。


『……、』




「それは俺の口から言ってやる。御坂は鋼の錬金術師の後を追わねえ――俺はあの世じゃなくて、お前の目の前にいるんだよ!!」




 吹き荒れる砂鉄の嵐の中心だった。
 ヒステリカの前方に浮かぶ一人の少年。
 見間違えるものかと、エンブリヲは分かっていながら敢えて少年の名を口にする。


『エドワード・エルリック……!? 貴様の生体反応は消えていた筈だが……!?』


「そうかもな。俺は数秒前までの記憶がない」


『……なんだと?』


「言わせんなよ。お前が撃った光のせいで、今まで気を失ってたんだよ……』


 御坂美琴の電磁波により浮かぶエドワード・エルリックはバツが悪いのか、視線を下へ逸らす。
 その先には黒く焦げ、捲り上がった大地が映されており、ビームライフルが着弾した地表でもある。



 御坂美琴はエドワード・エルリックの姿が確認出来なかったため、彼を戦力のアテとしなかった。
 エンブリヲは鋼の錬金術師の生体反応を感知出来なかったため、彼は死んだものだと認識していた。


「私が空から下を見た時、遠くでぶっ倒れてるこいつを発見した。軽く電磁波を飛ばしてみたら心臓が動いていなかったのよ。だから」


『電気ショックか』


「みたいだな。急に意識がハッキリしたってことは、俺が倒れていたってことなんだろ」


 情けない。あれだけ時間を稼ぐだのと発言した矢先に気絶し、あろうことか心臓も止まっていた。
 本当に情けない――これからの行動で取り返せるかは不明だが、このまま黙って死を受け入れる程、諦めの良い育ちはしていないと、鋼の錬金術師の口元が緩んだ。
 紅きマントが風に飛ばされ、遥か彼方へ流れた時、彼は錬成の蒼き閃光を轟かせ、己を取り囲む砂鉄を――無数の槍へと役割を与える。


『そんな見え透いた攻撃に当たると思うの――っ!?』


「なんでわざわざ無駄にこんな大量の砂鉄を持ち上げたと思ってるのよ。あーあ、大変ね。そんなに『砂鉄塗れになったら関節部分が詰まって』そう」


 機体を貫くなら雷撃の槍だろう。
 機体を破壊するなら超電磁砲だろう。
 機体のシステムを停止させるならば直で張り付き高圧電流を流せばいい。

 砂鉄の槌を持ち上げ、それも規格外のサイズにまで作り上げたのには目的がある。
 決してクライマックスだからと必要以上に気合が入り、演出やパフォーマンスの一貫として行った訳ではない。
 全てに於いて驚異的な性能を誇るヒステリカであるが、御坂美琴の見立てでは雷撃を直撃さえ出来れば勝機があった。
 ならば封じるべきは機動力であろうと、彼女が選択したのは砂鉄による妨害だった。最も馬鹿正直に振り回した所で警戒されるため、この瞬間まで無駄な傷を負ってしまったが。


「ほんと馬鹿な男。地上で戦って時は正直、勝てなくてもしょうがないかなって思えるぐらいに、アンタは強かった。
 それが実は強がりで、圧倒されてると思ってたら拮抗しててイケるかもって。でも、ロボを持ち出されれば本当に無理かな」


 分の悪い賭けだった。
 勝利の条件はエンブリヲが手を抜くことであり、数十分前の彼は慢心を捨てていた。
 心に余裕が無かったため全力で生存者を殺しに掛かっており、実際、最も優勝に近い存在だった。


「とっとと私達を殺せばよかったのに。アンタってほんと馬鹿……まあ、そのおかげで私達はこうして生きていて、アンタを殺せるんだから礼を言わないとね」


 風が彼女の髪を靡かせ、バチリと周囲に雷光が迸る。
 彼女達を囲む無数の砂槍が電気を纏い、たった一つの対象であるヒステリカへ狙いを定めた。




「ありがとう。アンタが調子に乗ったナルシストだったおかげで、こうして私達は――私は、明日を迎えられるんだからッ!!」


 右腕をぐわんと己に引き寄せ周囲の雷光が彼女を輝かせる。
 輝く光全てが砂槍と繋がっており、彼女の意思一つで無数の槍が動く仕組み。
 自分を取り囲む不幸を祓うように右腕を外へ。連動するように大気を震わせ雷光がヒステリカへと迸り、後を追うように砂槍が動いた。


『無能の極みたる猿がこの私に楯突くなど……ッ!』


 搭乗席に居座るエンブリヲは知らぬ間に流れる額の汗を袖で拭い、改めてモニターを見据えた。
 一面に映り込む砂槍の本数は数えるだけ無駄だろう。メインカメラで捉えている箇所だけでも正確な把握は不可能である。
 普段ならばヒステリカの握る剣で斬り裂くところだが、関節部分、他機体の全てに流れ込んだ砂鉄は調律者を焦らせる。
 機体が思うように動かない程度ならば可愛い話であった。調律者も笑い声を響かせるだけであっただろう。

 しかし、レバーを押し込んでも機体は僅かに動くばかり。いってしまえば誤差の範囲である。
 有り得ない有り得ないと呟く調律者は不測の事態を引き起こした二人の人間を睨む。
 たかが砂鉄に動きを囚われるなどあってなるものか。御坂美琴の雷撃を帯びている分、どうやら無駄に機体へ損傷を与えているらしい。


『舐めるなよ』


 だが、地力が違う。
 格の違いを見せてやる――ヒステリカの左腕にはビームライフルが装備されており、機械特有の停止寸前のようなぎこちない音を響かせながら持ち上がる。
 銃口は正面を向いており、砂槍の奥には電磁場により浮いている御坂美琴とエドワード・エルリック。
 ヒステリカの動きを完全に停止したと思い込んでいたのか、彼女達の表情が明らかに暗くなり、わざわざカメラをズームさせてまで確認したエンブリヲは笑う。


『死ねえええええええええええええええええええええええええ!!』


 銃口周辺が熱により歪む。
 収束する光が一帯を支配するように輝きだし、エドワード・エルリックは先の攻撃を連想したのか、肩に力が入っていた。
 もう二度とあのような失態を犯すものか。砂塵の中へ腕を差し込むと、錬成の光が敵にも劣らぬ輝きを見せる。

 音が消え、視界が白一色となる。
 彼らがこの現象に気付いた時には全て終了しており、認識した時、何重にも作られた砂の壁がビームライフルを防いでいた。
 光の速度を誇る一撃に対し、目視してからの行動など不可能である。御坂美琴の雷撃に対処する時と同じように、ある程度の予測が必要となる。

 ヒステリカの機動力を低下させた。
 エドワード・エルリックと御坂美琴は確実に手応えを感じていたが、あくまで低下させたに留まる。
 つまりは無力化したなど思っておらず、ヒステリカの完全停止など夢のまた夢であり、機体が動いたことに対してはやっぱりかという感想しか残らない。


 ならば調律者の性格を考えるに、怒りに任せた攻撃を行うだろう。
 ギチギチと機械の不備を連想させる音が響いた時点で近接攻撃は無いだろう。故に遠距離たるビームライフルを持ち出す筈だ。
 鋼の錬金術師の読みは結果として的中し、事前に砂の壁を錬成することにより攻撃を不正だ。


「あ、危ねえ……あれだけ重ねてギリギリかよ」


 と、事実だけを述べれば錬金術師が機神の一撃を防いだという快挙を成し遂げた。
 しかし、実際には偶然である。まず、予測して行動したとはいえ、光の速度に毎回対処出来る保証はない。
 御坂美琴同様に、ヒステリカにも制限が為されており、厳密に言えば光速にも達していない速度であるが、エドワード・エルリックは生身の人間である。
 錬金術を習得していえど、光の速度を認識することは不可能である。今回は結果を引き寄せたとは言え、運がよかった。

 そしてなによりも、何重にも重ねた砂の壁は例外なく全て破壊されている。
 パラパラと砂の残滓が風によって流されるが、それと同時に世界を焼き尽くす灼熱の残滓もまた、エドワード・エルリック達の肌を撫でていた。
 残り数ミリも残っていない。つまり、数ミリでも壁が薄ければ今頃は高密度エネルギーによって焼かれていたのだ。
 これらの事実を認識した時には、攻撃が終了している。さぁ、ギリギリで生き残ったこの先に次はどうするべきか。

 などどゆっくり考える時間は無い。
 彼らは雷撃と錬成により作り上げた無数の砂槍でヒステリカを堕そうとしている。
 手は撃っているのだが、状況を見つめる彼らは険しい表情を浮かべていた。



『このような砂如きに私が負ける? 調律者が……?』


 数は精製者でも把握し切れていない。
 無数に浮かぶ大きさ十数メートルの砂槍。
 幾ら機神と云えど、貫かればただではすまない。


『出来損ないの生命体であるホムンクルスに屈辱たる首輪を嵌められ、陰部を破壊され……』


 エンブリヲがビームライフルの引き金を動かした時、既に砂槍はヒステリカへ射出されている。
 速度は不明だが、自動車の其れに遅れを取ることはない。
 掠っただけでも機神に影響を与える筈だ。そして、ビームライフルの一撃から一分は経過している。
 ヒステリカに砂槍が命中していてもおかしくはない。寧ろ、命中しているのが当たり前だろう。


『我慢に我慢を重ね、遂に主催者との接触に成功したかと思えばヒースクリフの掌の上で踊り狂っていた……』


 しかし。


『全てを水に流しても構わない。何故ならば、私はもうすぐに、貴様等全員を抹殺し、本来の姿に戻ることが出来るからだ』


 砂槍は一本たりともヒステリカに辿り着いていない。


『だが』


 何故なのか。


『貴様等に負けるだと……? 誰が? 調律者たるエンブリヲ様が……? 統一理論……全ての宇宙を支配するこの私が……?』


 その姿は神に相応しいと言えるだろう。


 ヒステリカは迫る無数の砂槍を、全て破壊していた。


『冗談じゃない、ふざけるなッ!! そんなふざけた話があってたまるか! こんな結末、ド三流とも呼べぬわ!!
 阿呆め、この馬鹿共が……少しは認めてやる。忌々しい首輪を解除したことも、下等生物たるホムンクルスを打倒したことも貴様等の手柄だ。
 だがな、所詮はそこまでだッ! 私をあいつと一緒にするな、この私こそが世界の創造者であり、森羅万象を司る調律者――それが! たかが貴様等の小手先に! 
 屈することなど、有り得て――たまるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』


 怒号と共に緑の輝きに包まれるヒステリカ。
 あまりの美しさに御坂美琴は目を丸くしていた。この光の正体がマナであることに、その世界の住人ではない彼女が気付くことはない。

 右腕に握った剣――光の粒子を更に放出。
 左腕に握った銃――決して無駄打ちをせず、全て砂槍を粉砕。
 ヒステリカの暴れ具合は外で目撃する彼女達へ更なる絶望を植え付ける。


 有り得ぬ死角からの一撃も、全て粉砕。
 縦横無尽、全ての方角から無数に届く砂槍全てを例外なく粉砕。


「そんな冗談染みた覚醒、アンタに許されてたまるか……ッ!」


 絶対的な危機を乗り越えるべく、謎の光に輝いた機体が降り掛かる脅威を全て取り祓う。
 聞こえは良いのだが、間違いなく悪であろうエンブリヲに起こる奇跡ではない。ふざけているのかと御坂美琴は軽く頭を抱えた。
 最も事態はエンブリヲの想像を超えており、マナの力がヒステリカ全体に伝わり発光しているのだが、彼はこの状況を把握していない。
 元からそのような機能が備わっていたかも不明であるのだが、現象の有無や理由、根拠の提示など彼にとってはどうでもいいことだ。
 生きるか死ぬか。はっきりさせるべきはこの二点だけである。


『落ちろ、落ちろ、落ちろ!!』


 御坂美琴とエドワード・エルリックは黙ってヒステリカの無双を見ているが、彼らに危険が及んでいない。ということにはならない。
 剣の斬圧が、ビームの熱が、銃弾の余波が彼女達にも届いており、直撃が発生しても不思議ではない状況に陥っている。
 万が一を防ぐために鋼の錬金術師が何重もの砂の壁を錬成しているが、完全に防ぎ切れる保証はない。


『ククク、そうだ……フハハハハハハハ! たかが! 砂如きに! 落とされるような! 私で! あってたまるものかァ!!』


 数秒前まで無数の砂鉄に機動力を囚われていた機体と同じ動きなどと、誰が信じるのか。
 全方位から迫る槍を撃墜、粉砕、消滅させるその姿は正に黒き機神。やはてマナの発光は収まるが、それでも完全に本来の機動力を取り戻していた。
 箱庭世界に於いてホムンクルスや茅場晶彦に出力を抑えられているとはいえ、相手が生身の人間ではあるが実力者の御坂美琴やエドワード・エルリックであったとしても。


『この私が負けることなど有り得ない……そうだ、そうだ! この私があああああああああああああああ!!』


 神が人間に敗北するなど、御伽噺だけで充分だ。
 エンブリヲは搭乗席に居座りながらも、己の五感全てに全神経を集中させ、微かな音ですら、僅かな影ですら全てに対応していた。
 機体という都合上、タイムラグが発生するのだがヒステリカを己の手足同然に動かし、如何なる角度からの襲撃でも全てを防ぐ。



「こっちに来t――――――――ッッッ」



 無数に放たれる弾丸とビームの嵐は何も全てが砂槍を相殺している訳ではない。
 神と云えど、ヒステリカを介している以上は手作業で対応しており、少なからずミスが存在する。
 例えばビームライフルがエドワード・エルリック達へ飛んで来るのも、決して有り得ぬ話ではなく、寧ろ当然であった。

 こっちに来た――と、最後まで言葉を紡ぐ前に彼の意識に空白の刹那が生まれた。
 およそ、彼の身体を支配した衝撃はこれまでの人生の中でも感じたことのない振動と規模を誇る。
 何重にも重ねられた砂の壁から伝わる波動は容赦なく身体を震わせ、胴、腰、脳までもが機能せず、錬成が解けてしまう。






 知覚不可能な速度で高密度エネルギーが後方へと流れ、その軌跡が美しい緑の線を描く。
 ぱらぱらと落ちる砂塵が雪のような儚さを演出するも、彼らがそれらを認識する余裕などあるものか。

 エドワード・エルリックが意識を取り戻した時、頭が依然として揺れており、平衡感覚すらまともな状況ではないが、自分が落下していることだけは分かった。
 落ちる身体と復活する意識の中でヒステリカへ顔を向けると、錬成した砂槍も解除され、尋常ない量の砂塵が吹き荒れている。
 ヒステリカの機体全体を砂が覆っており、結果として更に機動力の低下を付与したが、決して喜べる状況ではない。
 彼一人で空中を自由に歩けるものか。


「アンタも落ちろおおおおおおおおおッ!!」


 世界から音と光を奪うように放たれた雷撃。体力の消費を無視した怒りの雷。
 エドワード・エルリックの背後――この場合は奥と表現した方が正しいか。何にせよ空中を刻む一筋の雷撃がヒステリカへ向かう。
 彼と同じように空中に投げ出され、電磁場の応用による座標固定も解除された御坂美琴は、一矢報いようと落ちる自分を気にせず攻撃を放つ。

 黒を基調したヒステリカは一面が砂に覆われており、シルエットでしかその面影を感じさせない。
 感知センサーを担うような装置も上手く働いていないだろうと踏んだ御坂美琴は、己の保身よりも破壊を優先。
 最も掟破りが特技であるような調律者には防がれると思いつつも、完全防御は不可能だろうとも予測している。
 言ってしまえばこのまま落ちるのも腹が立つ。せめてこの一撃でも喰らっていろと八つ当たりの意味を含めた一撃である。


『――――――――――――――』


 怒りを力へと昇華させ、絶対的な危機を乗り切ったエンブリヲは一人、コックピットで冷静さを取り戻す。
 鋼の錬金術師も超能力者も所詮は調律者の敵ではない。後は殺すだけ――そう思っていた。
 未だにヒステリカを取り囲む砂槍が一斉に解除されただの砂鉄に戻ったかと思えば、全てが機体に張り付き、先と同じように機動力が大幅に低下。
 御坂美琴の放った雷撃による影響なのか、ヒステリカに帯電していたそれが砂鉄を引き寄せたらしく、文字通り機体の全てが砂鉄に覆われてしまった。

 本来ならば砂鉄程度に屈するヒステリカであるものか。あの忌々しいヒースクリフの調整によって、たかがそこら辺の砂鉄によって危機的な状況に追い込まれてしまった。
 何という屈辱だろうか。どれだけレバーを動かそうが、ペダルを踏み込もうがヒステリカはエンジンを吹かせたような音しか響かせない。









『どれだけ』




『この私を』




『侮辱すれば』




『気が済む』




『万死に値する――などと、言うものか』




『貴様等の存在、全世界を渡り歩き、残滓一つ残さずに、消し去ってやる』




 ぎこちのない音が響く。
 無理やりに稼働するヒステリカの頭部が持ち上がり、瞳の先には御坂美琴が雷撃を放とうと右腕を伸ばしていた。
 軌道を予測するに直撃だろう。決して無視の出来ない被害を被ることになるだろう。
 神の機体と云えど、この箱庭世界に於いて、従来の運用は不可能だ。たかが人間二人に機動力を奪われたことがいい証拠である。

 しかし、当たらなければどうということはない。

 砂の下からでも分かる程に頭部が輝きだし、御坂美琴がそれを認識した時、既にビームが放たれていた。
 世界を斬り裂くような太い一閃は雷撃を簡単に破壊し、それを上回る速度で駆け抜け、更に轟音を響かせた。


 調律者は言った。力は取り戻しつつあると。
 それはヒステリカも同じであり、ロックを貸せられた機能が徐々に復活している。
 ホムンクルス戦で損傷が発生し、思うように動かせなかった機体も真の姿へと戻りつつあるのだ。


「み、さ、、、かぁ!」


 ただただ落下するエドワード・エルリックは彼女へ手を伸ばす。
 運が良いのか悪いのか、風圧など様々な要因により近付けた。次に銃弾でも放たれれば二人仲良くあの世行きである。
 既に破られた手前、強くは言えないがもう一度、砂の壁を錬成すれば少なくとも即死は免れる筈だ。
 成功させるための媒介である砂塵は無数に渦巻いている。能力の発動の度に体力を大きく消費する御坂美琴よりもマシであろう。

 ――本当に馬鹿な奴。

 同じく落下する御坂美琴は手を伸ばすエドワード・エルリックを見つめ、ため息をつく。
 こちらは敵だ。今は手を組んでいるかもしれないが、最終的には殺し合う仲になる。
 彼は全てを救うつもりでいるが、生憎、こちらは全てを殺すつもりでいる。その意思は散々伝えた筈だ。
 本当に馬鹿な奴。この手の男は常識が通用せず、前を見るどころか、確率的にも有り得ない明るい未来を見つめている。
 暗闇の中に立ち、もう二度と、光を浴びれない世界へと踏み込んだ自分が、まるで光の世界に立つ資格を持っているような、そう、錯覚してしまう。
 そして御坂美琴が手を伸ばした時、彼女と彼の手は届かなかった。





「ククク、クハハハハッハハハハ!! この私に楯突いた事、その生命を失うことによって後悔するがいい!!」





 わざわざハッチを開き、肉眼でエドワード・エルリック達の落下を確認したエンブリヲは殺し合いの中で最上級であろう笑顔を披露した。
 砂鉄により各種動作が不良を起こしている中、強引にハッチを蹴り開けてまで確認したが、何と素晴らしい景色か。
 雨のように落ちる砂塵すらも気にせず、調律者は静かに指を弾き己に降り掛かる砂鉄をマナの干渉により歪めた風で吹き飛ばす。

 このまま止めを刺すべく裁きの一撃を与えたい所であるが、肝心のヒステリカが動かない。
 ハッチの開放でさえ奇跡のレベルである。依然として各種レバーなり装置なりを弄っても機体へ上手く伝達されていない。
 しかし、憎き二人さえ片付ければ問題はない。仮に御坂美琴がこのまま雷撃を放ったとしても、コックピットで休憩していた分、こちらが有利であろう。
 超電磁砲だろうが、砂鉄の剣だろうが、雷撃の槍だろうが全てを消し去ってみせよう。調律者は気分がいいのか、搭乗席に戻らず大地を見下ろしていた。


「――ん?」


 突如、ガコンとヒステリカの頭部から音が聞こえ調律者は上を向く。
 操作をしていない状況で何が動いたというのか。まさか御坂美琴やエドワード・エルリックが何らかの方法で空を飛んだのか。
 将又、砂槍の残骸が襲い掛かってきたのか。何れにせよ全ては排除するのみ。


「き、貴様……ッ」


「あの世で後悔しろ、エンブリヲ」


 調律者は視界に映った人物に、言葉を失う。
 何故、貴様が此処に居るのか。即座に視線を下へ移すと、鋼の錬金術師が作り上げたドームは崩壊していた。
 そして抜け出して来た――黒の契約者は両腕に電気を纏わせ、砂に覆われたヒステリカへ下ろす。


「どうして貴様が此処にいる……!?」


「それぐらい自分で考えろ。調律者であり、神なんだろう? 神に分からないことがあるとすれば、お前は本当に神か怪しいがな」


 黒の背後で蠢く砂鉄に気付いたエンブリヲは視線を横へ逸らす。
 空中から大地へ続く砂鉄の足場――御坂美琴の電磁場によって形成された即席の階段。
 更に下を見ればマガツイザナギによって回収された彼女が此方へ雷針を飛ばしていた。


「邪魔をするな!」


 指を弾くことによって雷針に干渉し、破壊。
 ざまあみろと見上げてくる御坂美琴に対し、殺意が膨れ上がるが、対処すべきは彼女ではない。


「貴様もだ、させるものかァ!!」


 懐から銃を取り出した調律者は黒の契約者へそれを向けると間髪入れずに発砲。
 対する彼は刃一つで銃弾を弾き、能力を用いてヒステリカへ雷撃を仕掛ける。
 空中で轟く雷光は御坂美琴のものと比べると派手さに欠ける。だが、零距離で対象に放たれる一撃は例え神の機体であれど、確実に傷を与える。



 調律者は更に銃弾を放とうとするも、カチリという引き金の音だけが虚しく周囲に散った。
 ――弾切れだ。と、黒の契約者が口にする必要のない事実を呟き、エンブリヲの顔があからさまに赤くなる。
 銃をコックピット後方へ投げ飛ばすと、彼は空中を蹴った。

 当然、空中に蹴られるような質量を秘めた空間は存在しない。しかし、調律者に常識が通用しないことは最早、改めて説明する必要もない。

 大気を振動させる雷撃。
 砂塵に包まれたヒステリカをライトアップするように輝かせる。
 ヒースクリフに肩を貸して貰い、地表を歩くタスクは空の仲間を見守っていた。

 その空で死闘を繰り広げるエンブリヲはヒステリカの肩へ着陸。
 頭部にて雷撃を放ち続ける黒の契約者を殺害せんと、右掌で周囲を舞う砂塵を握り締め――砂鉄の剣を作り上げた。

 更に、更に空中を蹴り上げ黒の契約者へ向かった契約者は剣を振り下ろす。
 金属音に似た何かが周囲へ響き、調律者の一撃は黒が腕を振るったことによって発生した砂鉄の壁に阻まれた。
 御坂美琴やエドワード・エルリックの応用を見様見真似で行ったが、何とか成功したようである。

 当初の予定は果たせた。鋼の錬金術師が宣言した時間稼ぎ、ここまでヒステリカへ損傷を与えれば充分だろう。
 時間にして数十秒と満たないが、黒の契約者が流した雷撃は確実に絶望の化身たるエンブリヲの機体へ響いただろう。
 己の役目は果たした。このまま引き続き刃を以て調律者の首を刎ねたい所であるが、此処はヒステリカの上。謂わばエンブリヲの掌の上である。
 長いは不要だと、迫るエンブリヲの一撃を回避し、空へ跳ぶ。

「血迷ったか……チィッ」

 飛ぶ術を持たない黒の契約者は空を落下する中、ワイヤーを射出し付近に漂っていたマガツイザナギへ括り付ける。
 ガクンと大きく揺れるものの、地表への落下を回避しヒステリカ上からの離脱に成功。
 その光景を見たエンブリヲは舌打ちを行い、指を弾いた。すると風が目繰り上がり、ヒステリカの頭部を覆っていた砂鉄が吹き飛んだ。

 続けて機体全てを覆う砂鉄を祓いたい所であるが、都合よく能力が戻っていない。
 次にヒステリカを動かす時、最低でも可動部分に詰まってしまった砂鉄を取り除く必要があり、エンブリヲは苛立ちながらもコックピット席に座る。
 腕を介して機体へマナの力を流し込み、機体が緑色に輝いた。
 ヒステリカの稼働まで――せいぜい数分だろう。十分も掛けてなるものか。

 エンブリヲはただ一人、憎き人間共を抹殺するために次なる時を待つ。




 マガツイザナギに抱えられ、ゆっくりと空を落ちるエドワード・エルリックと御坂美琴はこれといった会話をしなかった。
 そんなことよりも足立透が自分達を助けたことが意外であったため、正直な所、理由を探っていた。
 鋼の錬金術師は遂に自分から力を貸すようになったかと少し喜んでいたが、超能力者は違う。
 何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。抱きかかえられたまま、あの雷撃――マハジオダインでも撃たれればたまったものではない。




「……」

 ならば先に雷撃を放つべきか。やられる前にやるの精神であるが、一つ気になることがある。
 この状況で能力を行使すればエドワード・エルリックも巻き込まれてしまう。頭数が減ることに越したことはないのだが、戸惑ってしまった。
 彼女の脳内に浮かぶは数分前に手を伸ばされた光景。こんな自分を、こんな状況でも助けようとしたその姿に躊躇ってしまった。

「……怖いな」

 などど、近くで彼女が少なからず残っていた彼女を彼女として確率させる在りし姿の心と戦っていることなど、エドワード・エルリックは知る由もない。
 ただ、何か思い詰めた表情を浮かべる彼女を心配するしかなかった。声など、とてもではないが掛けられそうにもにない。

「色々言いたいことはあるけど……お疲れ様だな!」

 重い空気が流れる中、地表ではタスクの治療を終えた佐倉杏子が笑顔でエドワード・エルリックらを迎えた。
 ハイタッチの準備をしているが、錬金術師は対応に戸惑う。その姿を見たのか佐倉杏子は顔を下へ向けた。

「そうだよな……まだ安心出来る状況じゃないもんな。ごめん」

 違う。佐倉杏子の発言は正しいが、鋼の錬金術師は自分が情けないと思っていた。
 あれだけ時間を稼ぐだの啖呵を切ったが、実際は御坂美琴が居なければとっくに死んでいただろう。
 視線を横へ流せば、腕で汗を拭いながら空を見上げる彼女の姿。協力が無ければ、調律者に為す術なく破れていた。

「そうね、まあアンタが一番お疲れ様って感じじゃない?」

 視線に気付いたのか、御坂美琴はそっけない言葉を紡ぐと変わらず空を見上げていた。
 何やらぶつぶつと呟いているが内容は聞こえない。

「珍しく気が合うじゃん。とりあえず、笑える時に笑っとけって。ね?」

「いやいやいや、笑えないね。結局はコレ、俺達死ぬしかないでしょ」

「あ?」

「あァ?」

 すると後方から近寄った足立透は馬鹿にするように佐倉杏子を見ながら頭を掻いていた。
 彼の言うとおり、ヒステリカに対抗する手立ては未だ確率されていない。砂鉄よって機動力を奪っただけだ。
 此処で御坂美琴が雷撃の一つや二つを放てばと思うも、彼女を見る限り明らかに疲れの表情を見せていた。
 よく見れば額や右腕には流血の痕があり、現在は止まっているが、彼女も限界が近いのだろう。
 これでエンブリヲの次に障害になると考えていた二大巨頭の一つが脱落当然だと、足立透は内心喜んでいた。もう一人は黒である。
 しかし、肝心の調律者はどうしようもない。そんな状況の中で明るい声を上げる佐倉杏子に苛ついていた。



「あ? じゃねーよ。あんだけ勢い良く啖呵切った結果がアレを砂塗れにしただけだぞ?」

 足立透は空に留まるヒステリカを指差しながら

「まあ、何発かはブチ込んだし、あいつ……黒の電気も入った。だけどよぉ、これからどうすんだよ。タスクのロボはぶっ壊れちまった。
 空すら自由に飛べない俺達に何が出来るって話よ。実際、こいつらは俺がペルソナを向かわせなかったら落下死してたろ」

「言っておくけど、アンタのあの気色悪い人形がなくなって私は自分でどうにか出来たわよ」

「あァ?」

「……助けを頼んだ覚えはない。俺も自分で処理出来た範囲内だ」

「あァ!?」

 現状を解説したつもりだった。結局は自分に助けられたんだぞと手柄を自慢したいだけだった。
 しかし、御坂美琴と黒は明らかに嫌そうな表情を浮かべながら足立透の言葉を否定した。
 助けられた分際で生意気なと、同じように表情を崩す足立透。彼を見た佐倉杏子はざまあみろと小馬鹿な笑みを浮かべていた。

「助けてくれてありがとな。お前が自分から動くってのは予想外だったけど、助かった」

「お、おう……そうだよ、それが正しい反応だよな」

 ただ一人だけ礼を述べるエドワード・エルリックに驚いたのか、足立透は言葉に詰まる。
 それが普通の反応だということに気付くのは少し先の話であった。するとヒースクリフの肩を借りながらタスクが近寄った。

「そっちはもう大丈夫そうだな」

「ありがとう、本当に……ただ」

 佐倉杏子の治療により傷口は完全に塞がっていた。時間にして数十分だろうか。
 激しい動きは厳しいだろうが、そんなことも言っていられない。懐にアヌビス神を忍ばせ、戦闘の準備は出来ている。
 だが、エンブリヲをヒステリカから引き摺り下ろさなければ、勝機は無い。
 ただ、ただと敢えてその先は口にしない。誰もが分かり切っているからだ。

 空を見上げる御坂美琴、黒。
 彼らを見守る雪ノ下雪乃。
 言葉を交わすエドワード・エルリック、佐倉杏子、足立透、タスク。
 ただ一人黙っているヒースクリフ。

 誰もが分かり切っている。自分達は依然として絶望的な状況であると。



 エドワード・エルリックと御坂美琴は時間を稼ぎ、ヒステリカの機動力を奪った。
 黒の契約者が機体そのものの活動を停止させた。
 佐倉杏子がタスクの治療に成功した。

 ただ、それだけである。

 全てが単発。点を繋ぐ線が無いのだ。
 ヒステリカが砂鉄を全て取り払い、エンブリヲがその気になった瞬間。
 今度こそ全員揃ってゲームオーバーだ。

「ねえ、ちょっと」

 皆が口を閉ざしていると御坂美琴が声を上げた。
 彼女を見ると、空を指差しており、それはヒステリカ――から少し離れた所に囚われているアンジュへ向けられていた。

「あれ――外れてない?」

 十字架に貼り付けられたアンジュの手足を結ぶ鎖がとれかけていると、御坂美琴は言った。
 よくあんな遠くの物が見えるな……と、足立透が瞳を細くし確認した所、たしかにとれているようにも見えなくない。

「さっきまで空中に居たんだから、その時から確認してたに決まってるでしょ」

「あ? いちいちムカつくガキ共だY「ふむ……そうか」

 足立透の言葉に割り込む形でヒースクリフが小言を漏らす。
 相変わらず何か含みを持たしており、未だに勿体ぶっているような態度にエドワード・エルリックが動こうとした瞬間だった。


「走った方がいい。幾ら死んでいるとはいえ、彼女は君の大切な人なのだろう?」


 ヒースクリフの紡いだ言葉が皆の動きを止めた。
 何を言っているのか。走る、何処に。彼女とは誰なのか、アンジュであろう。
 彼の言葉にタスクが真っ先に反応し、懐に忍ばせたアヌビス神を握ると、大地を蹴り上げた。

「頼む、また力を貸してくれ――頼むッ!」

『……よく分からないけど俺が断ると思うか? いいぜ、使ってくれェ!!』


 空から落ちる彼女――アンジュを助けるために、タスクは走り出した。


 アヌビス神を用いることにより、己の身体能力を限界まで引き上げる。
 大地は雷撃、錬成術、魔法、調律者の能力によって多くか焼き払われ、陥没、消失と駆け抜けるには最悪の状態だ。
 空を翔ける術を持たないタスクにとって、たった数百メートルを走り切るだけでも、生命賭けとなる。

「ッ――こんな所で」

 膝が折れる。
 窪みに爪先が掛かり、無理やり蹴り抜こうと右足を力任せに突き出すも、身体はバランスを崩し、あわや転倒となる。
 己に外部から干渉するようにビリリと――身体を電気が駆け抜けた。
 その正体と仕掛け人に心当たりはあるのだが、タスクは振り向かずに、再度、走り出す。
 ただ、右腕を空へ伸ばし、それを礼、兼、成し遂げるための合図とした。

「はぁ……なにやってんだか」

 御坂美琴は前方で倒れそうになるタスクへ雷撃を飛ばし、電磁場の応用によって彼の身体を支えた。
 彼女からすれば無駄である。唯でさえ満身創痍、雷撃の行使も体力を消費し、その証拠に右腕の傷口がまた開いている。
 タスクに肩入れする義理も無ければ、寧ろ、彼を助けたのは自分の方である。誰が治療のための時間を稼いだのか。


「アンタは羨ましい。そんなに思ってくれる人がいて」


 空を落ちるアンジュを見つめて。
 身体が勝手に動いてしまったと、後から冷静になった御坂美琴は身体を休めるために、その場に座り込んだ。





 走り続けるタスクは目の前の大地が消失していることに気付き、身体を支配しているアヌビス神が迂回のルートを探そうと周囲を見渡した。
 決して足を止めることなく、道を見出そうとするも、前方の大地は完全に陥没しており、落下を続けるアンジュを救うには迂回など不可能だ。
 どうする、どうするとタスクとアヌビス神は思考をフル回転させ――何も思い浮かばないが、後方から声が響いた。


「そのまま走れ! 道が無いなら俺に任せろ!!」


 振り向きこそしないが、視界に混ざり込む閃光から、答えは一つしか無かった。
 タスクは声に従うように大地を蹴り上げ、向こう側へ着地するように跳んだ。しかし、当然、届かない距離である。
 陥没大地へ落下する彼の足元に黒き橋が現れ、着地し体勢を崩しそうになるも気合で押し留め、走り抜ける。
 エドワード・エルリックの錬成によって生まれた足場を全力で駆け抜ける――が、質量の限界があるため橋が途切れていた。
 跳躍で飛び越えるにはまだ無理だろう――すると、バチバチと大気を振動させ砂鉄の橋が続く足場となった。


「お前には助けるべき女がいるんだろ? いいから早く行け」


「ありがとう――行ってくる!」


 タスクを追うように大地を駆け抜けた黒の契約者。
 途切れた足場を先のヒステリカ戦で披露した御坂美琴の技術を応用し、砂鉄の橋を精製。
 タスクの足を止めぬために、仲間のために進むべき道を作る。


「いきなり走ったからなんだなんだと思ったぜ」


「……どう思う」


「なにがだよ?」


「あの女を救った所で、何か変わると思うか」


 黒の契約者は己に追い付いた鋼の錬金術師へ問を投げる。
 アンジュは既に故人である。彼女を救った所で意味は無い。


「……そりゃあ、あれだろ」


 エドワード・エルリックは一呼吸於いて、


「惚れてんだろ。だったら、理由はそれしかないだろ」


 言い切った。更に、


「お前だって、少しは心当たりがあるんだろ?」


 黒の契約者は何も答えなかった。




 アンジュは彼――タスクにとって大切な存在である。
 大切な存在という言葉で片付けれる程度であるものか。
 彼は彼女を愛し、彼女は彼を愛する。
 来いと言われれば駆け寄り、会いたいと言われれば地球の裏側にまで一飛び。


 それは死体であろうと、故人であろうと、この世を去っていようと。


 彼の愛情は、気持ちは、心は、思いは変わらない。


 見よ、宙から地へ落ちるその姿。
 遠方であるにも関わらず、肉眼ではっきりと確認出来るあの美しさ。
 雪のように白く儚い肌、見る者全てを魅了する美貌――死して尚、彼女の魅力は失われない。


 彼は彼女の騎士だった。
 如何なる時も傍に立ち、危険がその身に及ぶものなら、生命を賭してまで守り抜く。


 それがどうだ、殺し合いで無情にも響いた彼女の名前。
 それは死を意味する――騎士は、主の元に辿り着けぬままだった。

 情けない、騎士の肩書が聞いて呆れる。

 いや、騎士の肩書などどうでもいい。
 愛すべき人を守れないで、なにが男だ。



「今度は君を一人にしないから――だからッ!」



 間に合え――間に合わせてみせる。



『ああ、もう! 走れ、いいから走れェエエ! 絶対に!! 止まるんじゃねえぞォ!!』



 戦闘の影響によって発生した穴に爪先が掛かり、タスクは体勢を崩してしまう。
 止まらないように、倒れるぐらいならば先に受け身と取ってしまえと前転の要領で即座に立ち上がり、反動からかアヌビス神を手放してしまう。
 拾おうと振り向く――前に声が響いた。止まるな、走れと。




 声に従い再び大地を蹴り上げ、タスクは大凡残り二十メートル。
 アンジュを救うために、焦土を駆け抜ける。

「まにあ、え……っ」

 アヌビス神の能力により身体能力を高め、本来ならば到底間に合う筈の無い距離を無理に縮めていた。
 一般人の脚力では確実に間に合わない。しかし、スタンドたるアヌビス神の加護があれば――故にヒースクリフを始めとする生存者はタスクを止めなかった。
 金属音が背後から響き、彼の脳裏に最悪の未来が描かれてしまう。刀が無ければ、間に合わず、アンジュは大地へ落下し、その姿が破裂するだろう。

 させるものかと歯を食い縛り、満身創痍の身体に鞭を放ち、例え傷口が開こうと。
 止まるな、動けと無理やりに足を前に出す。アンジュ落下まで残り二十メートル。
 前提として左右の運動と上下の其れでは圧倒的に速度が異なり、距離が同じであろうと、到達時間は大きく変動する。
 誰がどう見ようとタスクが駆け付けるよりも先にアンジュが落下する。彼自身も諦めかけたその時、服の襟を強引に引き上げる者が居た。

 風を斬り裂き、人間の速度を上回った脚力で現れるは龍の魔法少女たる佐倉杏子。
 タスクの襟を掴み、両足を広げ、腰を回し、瞳はアンジュを見つめ、身体を回転させるように、そして、


「間に合わせてやるから、ちゃんとしっかりキャッチしてやれよな!」


 彼を放り投げた。
 弧を描くような曲線ではなく、限りなくストレートに近い軌道だった。
 下手にタスクの身体を心配し力を緩めれば確実に間に合わないと判断した佐倉杏子は全力でぶん投げると決めていた。
 そもそも、彼が走り出した理由に検討が付いておらず、御坂美琴が雷撃を放った段階でようやく事態を飲み込んでいた。

 遅れを取ったと、距離を埋めるために魔法少女へ変身し、更にインクルシオを纏い、大地を、空を蹴り上げる。
 加速する中で黒の契約者と鋼の錬金術師を追い越した時、ふと風に運ばれた彼の会話が耳に届いた。

 アンジュを救ったところで何があるのか。

 全くその通りであろう。
 突然の事態――彼女の落下に、生存者はまともな会話を行わず、タスクが走り出してしまった。
 エンブリヲとの決戦から間を置かないめまぐるしい展開に、脳が追い付かない。小さな頭で佐倉杏子は考えていた。
 アンジュを救ってどうするのか、と。しかし、そんなことは分からないと早々に切り捨てる。
 助けられるなら、それでいいのではないか。死体であろうと、彼女はタスクにとっての大切な人である。
 それ以外に理由など、いるのだろうか。ならば、自分は彼の、仲間のために動くべきだ――気付けば追い付いていた。

「でも、こっから先は本当に……どうすればいいんだろうね」

 アンジュはタスクに任せればいい。
 佐倉杏子は視線を空へ――ヒステリカへと移す。
 砂鉄に覆われたその姿は先よりも剥がれており、それは復活の兆しを表す。
 この間に御坂美琴が雷撃でも放てばいいだろうにと思うも、彼女は彼女で限界が近いらしく、後方で座り込んでいる。
 生存者の最大火力を考えれば、彼女が自分であろう。インクルシオの力は人間の限界を超え、龍の力を引き出す。
 最も御坂美琴と同じように自分も限界だ。彼女のことをとやかく言えないと、佐倉杏子はインクルシオを解き、その場に座り込んだ。

 ふと、空で何かが蠢いた。
 冗談じゃないと佐倉杏子は座ったばかりの尻を自分で叩くように起き上がり、タスクの後を追う。
 ビームライフルの銃口が彼に向けられており、そうなれば答えは一つしかない。




 空中で身動きなど取れる筈も無く、タスクはただ正面のアンジュだけを見つめていた。
 佐倉杏子の大雑把な投擲により、間に合う可能性が大幅に上昇した今、彼女を救えない理由が消えた。
 弾丸の如き速度で空中を駆け抜け、あと少し、あと少しで手が届く。


「アンジュ」


 距離残り十。
 見間違えるものか、目先に居るはアンジュだ、あのアンジュである。
 何度、何度、君を思っただろうか。


「アンジュ――」


 距離残り五。
 腕を伸ばすもまだ届かない。ならば届かせてみせる。


「――アンジュ!」


 距離残り零。
 腕を首裏へと優しく回り込ませ、全身で包み込むように彼女を抱いた。


「冷たい……冷たいね。本当にごめん、俺がもっとしっかりしてれば」


 彼女は口を開かない。
 死体であるが故に当然。男はただただ、己の不甲斐なさを空へ呟く。


「何が君を守る騎士だ。俺だけが生き残って……君は」


 彼が彼女へ接触したことは言い換えれば、地表に近付いたことになる。
 大地へ落下するまで数メートルあるかどうかも怪しい。
 佐倉杏子の腕力によって彼らの速度は人間の出せる其れを超えているのは当然だ。


「君は――君を、もう俺は離さない、一人にしない、俺は君を守るッ!」


 タスクの背中に衝撃が走る。アンジュを傷付けぬため、自らを大地へ向けた。
 滑る音が周囲に響き、肉を削ぎ落とすかのような、生々しい音が響く。
 彼の後をなぞるように赤黒い線が生まれ、それでいて出血は彼だけのものであるのだから、大したものだろう。


 アンジュを守るために、タスクは自らだけを傷付ける事を選んだ。
 例え彼女が故人であろうと、彼は守り抜いた。
 今度こそ、君を守る。騎士は主への誓いを果たした。男は愛する女を守った。


 そんな彼を祝福するように轟砲が鳴る。
 全ての声や音を吸い込むように支配するは一発の弾丸。
 大きさは人間を誇るような機動兵器用の武装だった。


 偶然であるが、彼は空を見上げていた。
 徐々に視界を埋め尽くす黒い弾丸はヒステリカから放たれた。

 あぁ――アンジュと一緒に、死ぬのか。





「伏せろォ!!」




 諦めの欠片が思考を埋め尽くしていた時、亀裂が走る感覚に襲われた。
 理解するよりも先に身体が反応し、タスクは更にアンジュを守るよう抱きしめた。
 後に気付くが、伏せろと言われても既に伏せている。彼も焦っていたのだろうと――数分後の空でタスクは微笑むことになる。


 始まりの音は全てを飲み込んだ。
 空から到来する弾丸は希望を砕き、死への景色を簡単に映し出す。

 次の音は意識を確立させた。
 蒼白き閃光が空間を迸り、周囲の大地を持ち上げた。

 更なる音は身体を震わせた。
 弾丸が砂の壁に衝突し、己に纏わり付くしがらみが全て吹き飛ばされるような感覚だった。

 終の音により、タスクは瞳を開いた。
 ぱらぱらと砂が落ちている。何が起きたかと確かめようとするも、視界は黒一色。
 深い闇に覆われたのだろうか。瞳どころか顔全体を何かが埋め尽くしており、鼻先には毛のようなものが当たっている。
 そことなく鼻先を刺激する匂いに嗅ぎ覚えがあり、段々と意識が回復する中、どうやら人肌と同程度の温もりを感じた。
 正体を確かめようと手で触れた時、やはりどこかで覚えているような肌触り。もぞもぞと手を動かしていると、急に視界が明るくなった。

 アンジュがエドワード・エルリックに抱えられており、魔法少女姿の佐倉杏子が此方へ槍を振り下ろしていた。


「え、えぇ!?」


 鼓動が止まる。
 彼女の槍は耳の近くへ突き刺さり、それは大地へであるが、風圧や音が耳に残る。
 間違いなく殺意が込められていた。何故か、見当も付かないのだが、佐倉杏子の顔は赤らんでいた。

「えっと……か、風邪でもひいたのかな?」

 刺激しないように愛想笑いを浮かべるも、逆効果だったようだ。

「あんた、筋金入りの変態なんだね」

 突然の厳しい対応にタスクは戸惑い、言葉を失う。
 自分が何をしたのかと、記憶を遡れば――そうか。

「さっきの感覚の正体はアンジュだったんだ。彼女の暖かさや身体を忘れる筈がない、そうだ! そうだったんだ!」


 疑問を解決したが、佐倉杏子は聞いていない。
 大地に倒れ、空を見上げていたタスクは視線を横へ移す。
 鋼の錬金術師が赤い布を錬成し、優しくアンジュの身体に被せていた。

「全く、これで二度目だぞ? 今回は返さなくていいからな」

 あれは殺し合いの幕が開かれ、まだ一日も経過していない頃。
 あれからどれだけの時が流れ、どれだけの生命が失われたのか。
 鋼の錬金術師はアンジュを優しく大地へ下ろすと、近寄ったタスクへ声を掛けた。

「よく間に合ったな――って言いたいけど、お前はもう休んでろ。その傷じゃあ、歩くことも無理だろ」

 アンジュを庇ったことにより、タスクの背中は数メートル、大地を削り取った。
 衣服が剥がれ、流れる血液は尋常じゃない。彼が歩く度に、小さな血の池が生まれてしまう。

「…………」

 その光景に佐倉杏子は口を開かなかった。
 魔法の治療でも限界がある。彼女はその方面に明るくなく、これまでも師である巴マミを見様見真似で行っていただけの話である。
 これ以上の施しは専門の知識が無ければ不可能である。仮に成功した所で消費する魔力から自分は人間の姿を保てなくなり――などとは考えるな。
 誰にも気付かれずに首を振るう。すると視界に幾つかの影が映り込み、エンブリヲ以外の参加者が集まっていた。

「大丈夫……!? 本当に、本当に馬鹿な人なんだから」

 雪ノ下雪乃はタスクの姿に驚くしか無かった。
 これまでに多くの人間と出会い、強い存在は何人もいた。
 どれだけ傷を負おうと、立ち上がり、諦めること無く、自分の信念を貫いた戦士の背中を見た。

 だが、タスクの背中から瞳を反らしてしまう。
 内部の肉が露わとなり、一部では何やら白い塊が見え、其れが骨であることに気付いた時、雪ノ下雪乃は唾を飲み込んだ。
 もう、立たなくてもいい。
 そう、言葉を掛けたいが、口は動かなかった。
 生存者全ての力を総動員にしなければ、空に浮かぶ最低の屑には勝てないのだから。


「……へぇ、こんなに綺麗に再現出来るんだ」

「へへっ、綺麗だろ? 本当のアンジュはもっと綺麗で、可愛くて……見たら驚くよ」

「はいはい、ごちそうさま……って、元気なんだか死にそうなんだか」

 優しい表情で眠るアンジュの顔を覗き込んだ御坂美琴は、人間と変わらぬその姿に感心していた。
 彼女が住んでいる学園都市ならばこの程度の死体偽造・復元など容易いものだが、エンブリヲは材料も必要とせずやってのけた。
 戦闘前の彼の口振りから、生命を吹き込むことも可能だろう。いや、既に心臓を注ぎ混んでいるのかもしれない。
 首元に手を当てれば、体温や鼓動が感じられず、間違いなくアンジュは死体である。しかし、何やら奇妙な感覚に襲われるのだ。
 其れは学園都市で何度か体験したような――正確に言えば上条当麻がよく巻き込まれていた未知の能力に似ている。

 不確定要素を取り除くべく雷撃を――などととは流石に行わず、こんな状況でさえ惚気けるタスクに嫌気が差していた。

「この指輪は婚約指輪かしら?」

 アンジュの掌に付着していた砂を払っていた雪ノ下雪乃は、彼女に嵌められていた指輪に気付く。
 美しき緑の宝石を宿したその指輪はきっと彼らの愛を約束した物だろうと、勝手に思い込み、問を投げた。

「いや、それは皇族に伝わる指輪さ」

 彼の発言によりアンジュが王の血筋を引く存在だということが明らかになり、鋼の錬金術師は信じられないといった表情を浮かべる。
 記憶が正しければ、彼女はお世辞も品性が良いとは言えない女だった。しかし、思い返せば、元の世界で共に戦ったあの男も王族だった筈。
 彼も彼で王らしき態度や言葉使いでは無かった……と、実際の所はどうでもいいものらしいと勝手に納得していた。

「それにヴィルキス――アンジュの機体を動かすためのキーの役割も持つんだ」























「そうだ……ヴィルキスを動かすための……いや、そうだ……でも……………なら――ヒースクリフ!」



















 一つ、考えていたことがある。

 エンブリヲが結果的にヒステリカを手にし、君はテオドーラを手に入れた。

 何も問題は無い。ホムンクルスに対抗するための武器を手に入れただけだ。

 さて……最初から機体が殺し合いに導入されなかった理由は改めて説明する必要も無いだろう。

 バランスを考えたからだ。ゲーム――と言ってしまえば、君達や死者には失礼だが、ある程度は調整をしていた。

 中には時間を止める存在やエンブリヲのような神も居たからな。彼らに機体をぶつけるよりも、彼らを人間の枠に嵌めることを考えた。


 制限と呼ばれる物だが、エンブリヲは自力で幾分か突破してしまった。

 きっかけは鋼の錬金術師――エドワード・エルリックが全員の首輪を解除したことだろう。

 君達を縛るしがらみが解かれたことになり、結果として隠されていた機体も表舞台に顔を出すことになった。


 この制限、考えたことはないか?

 例えば御坂美琴。君は能力の行使により、普段よりも疲れを感じていた筈だ。

 足立透。お前は私と最初に出会った時、ペルソナをまともに発動出来なかった筈だ。

 他にも、思い当たる人物はいるだろうが……機体は違う。


 ヒステリカはエンブリヲと同じく、神の力を有している。

 彼共々、首輪を外した所で、この世界に居る限りは永遠に真の力を開放することはない。

 制限はあくまで力だけ。彼らの存在そのものを消し去るようなことは無いさ。


 さて、存在そのものは消し去っていない。

 この世界を構築するデータは、君達に関わる物全てを集め、注ぎ込んだつもりだ。

 支給されたアイテムにしても、わざわざ所縁のある物を選んでいる。

 そう――君達に関わる全てのデータを注ぎ込んでいる。


 これは私も彼女――アンジュが空を落ちている時に気付いた。

 機体は全て、復元している。

 タスク、君は分かるだろうが、己の死を偽装した時、懐かしい機体をホムンクルスから与えられただろう?

 あれが証拠だ。最も君に反旗を翻されることは分かり切っていたため、強い機体を与えれなかったようだが……まあ、それはいい。

 ここまで言えば分かるだろう? 



『この世界にもあるのだよ。君が思い出したあの機体が』



 お膳立ては整っている。

 ……いや、私ではない。

 君や雪ノ下雪乃――それにアカメ泉新一達が中心となって働いたじゃないか。

 この世界を戒めるロックは参加者の手によって解除された。

 その褒美を遅れながら、元主催者から贈呈しようじゃないか。

 最も動くかどうかは君次第だが――さぁ、その名を叫べ。エンブリヲを倒せるのは君しかいない。






 絶望だった。
 参加者誰しもが明日を夢見た。
 明るい日――殺し合いの先に、光を追い求めていた。

 ホムンクルスを打倒し、残るエンブリヲとの決戦。
 地上で無慈悲に振るわれる神の力。諦めずに何度も立ち上がり、一度は勝利を掴んだ。

 次に戦場は空へと移行した。
 生存者は全て人間、空を自由に翔ぶ術を持たない。
 それでも、下を向かず、小さな錬金術師と超能力者は立ち向かった。

 知恵を働かせ、仲間のために時間を稼ぎ、神の動きを封じた。
 神殺しの偉業は着実に達成へと向かっている。しかし、それまでだ。

 誰もが決定打を放てず、減るのは己が寿命のみ。


「アンジュ、貸してもらうよ」

 ――男は愛する女の指輪を自分へ。


 黒き機神に対し、彼らはよく立ち向かった。
 生身の人間が誰一人欠けること無く、空を見上げている光景こそが奇跡。
 これ以上を望むことは高望みだろうか。否、断じて否。


「見ているかい、アンジュ。この輝きは俺と君の輝きなんだ」

 ――男が嵌めた瞬間、指輪は闇を斬り裂くように美しき緑の輝きを宿す。

 あと一歩、エンブリヲさえ倒せば明日へと踏み出せる。
 その先に足立透と御坂美琴が立ち塞がろうと、最大の壁である調律者さえ排除すれば。

 空に浮かぶ黒き機神ヒステリカ。
 銃弾を放った後に一切の動きを見せず、どうやら先程の射撃はエンブリヲが気合で動かしたようだ。
 砂鉄の面積が減り本来の姿の割合が多くなっているのが地上からでも確認出来る。
 奴が力を取り戻すまで数分も必要無いだろう――ならば。


「さぁ、応えてくれよ」


 アンジュを右腕で抱き抱え、タスクは左腕を空へ伸ばす。
 緑の輝きが遥か地平線までをも照らし、ヒースクリフ曰くお膳立ては終了している。
 ならば最後は役目を果たすだけだ。


「俺にはその資格が無いのかもしれない」


 他の生存者は黙って彼らを見守るだけ。
 この先の展開を把握しているのはヒースクリフのみであろう。
 彼は薄い笑みを浮かべている。それはどこか優しさと暖かさを感じさせるような、雛鳥を見つめる親鳥のような。


「だが、お前が応えなきゃ俺達は此処で終わりだ。そんなの、誰が認めるか、受け入れられるか、諦められるか!
 多くの仲間が散った。狡噛さんも、マスタングさんも、未央も、新一も、アカメも――それに多くの仲間が志半ばに」


 彼の言葉に呼応したのか、指輪の輝きが更に膨れ上がる。
 まるで女神が祝福するかの如く、タスクを中心に生存者を包み込む。


「こんな結末、俺は嫌だ。エンブリヲが統一する世界なんて……皆が笑って暮らせない世界が! 正しい筈が無い!
 頼む、力を貸してくれ。あいつを倒すにはお前の力が必要なんだ……あいつの一人勝ちだなんて、皆が……報われない。
 だから! さぁ、応えてくれ! 俺はアンジュの騎士だ――その資格が無くても、俺には戦う理由が必要なんだ――それに」


 空へ叫ぶ。
 力の限り、魂の限り。
 血反吐を吐こうが、背中、腹の傷が開こうが彼は叫ぶ。


「俺はアンジュと何度も繋がった! その意味――分からないとは言わせない!!」


 突然の宣言に生存者は瞳を丸くし、呆れる者もいれば、顔を赤らめる者もいた。
 この流れでその発言をするのか。頭が狂ったのか。元から狂っていて、これまで必死に隠していたのか。
 足立透は大きく口を開き、黒の契約者は軽蔑の眼差しを、ヒースクリフは全てを見通した上で笑う。
 その他、少年少女は顔を赤らめ、目の前の男は何を言っているのか本気で呆れていた。


「彼女の暖かさはこの身を通じて知っている。何度も愛を確かめあったんだ、俺達は二人で一人であり、一人で二人!」


 更に奇妙は発言を重ね、いい加減にしろと御坂美琴がバチリと周囲に電気を纏わせ、佐倉杏子を槍を握った瞬間だった。
 ガラスが割れるような音が空から響き、蒼を斬り裂くように亀裂が走っていた。


「なぁ、ヴィルキス。たしかに俺はお前に相応しくない存在かもしれない。搭乗者としての資格を満たしていないのかもしれない――だが!
 さっきから言っているように俺はアンジュと身体を重ねた! 繋げた! 挿れあった仲だ! 彼女の血が俺に流れ、俺の血も彼女の中へ流れている!」


 最早、此処まで堂々に発言すれば恥ずかしみも感じないのだろう。
 余りに下品な言動に雪ノ下雪乃は呆れたのか、タスクから視線を反らし空を見上げる。
 本当におかしな人だ。こんな状況なのに、今にも全員が死ぬという局面なのに。何故か自然と笑みが浮かぶ。


「俺の身体はアンジュへ捧げ、彼女の身体もまた俺に捧げられている。さぁ、まだ何か言う必要があるか?」


 無い。
 エドワード・エルリック、佐倉杏子、御坂美琴の声が重なった。
 そして空に走る亀裂は更に大きくなり、隙間から一筋の光が差し込んだ。

 ――最後の最後に、役に立てたか。

 ヒースクリフの呟きは黒の契約者にしか聞こえない。
 彼は反応することも無く、ただ黙って空を見上げ、来訪する白き機神に目を奪われていた。


「俺とアンジュと皆のために! お前の力を貸してくれ! 来ォォォオオオオい!! ヴィルッ!!! キィィィス!!!!」


 未来という明日を目指し、その身を焦がしながら叫んだ青年の思いに応えるように。


 空を斬り裂くは白い流星。天を轟かせし、最後の希望。


 ヴィルキス――神殺しを果たすために必要な最後の欠片を、眠り姫の騎士が手に入れた。





「はああああああああああ!? 動かない!? あの流れで!? たいした説明もしないくせに、肝心な部分は勢いで乗り切れねえとかふざけんなよ!! バーカ!!」


 ヴィルキスを見つめる足立透は体力の限り罵倒を放ち、冗談じゃないと機体を蹴る。
 いい年した大人が情けないと誰もが思い、しかし、ある種、代弁をしてくれた彼を囲って責めることはしない。

 空を斬り裂いたヴィルキスは着陸すると、タスクはアンジュを抱き抱えコックピットへ。
 皆へエンブリヲを打倒する旨を伝え、飛び出つつもりだった。だが、幾ら動かしてもヴィルキスは反応しない。
 各種機関に異常は見当たらず、まさか声に応じたが、結局は資格を満たしていないため動かない。そんなオチではないのかと、タスクは焦りを見せる。

 専門的な知識は無いが、ヒースクリフ、エドワード・エルリック、御坂美琴がヴィルキスを一通り確認するも、やはり異常は見当たらない。
 ヒースクリフ曰く、元々ヴィルキスは参加者であれば誰でも操縦可能に設定しているらしく、この場に召喚された今、問題は無いらしい。
 帝具のように相性や元々の操縦技術による戦力の差は当然あるが、タスクに限ってそのようなことはない。
 ならば、何故、動かぬのか。


「初動さえ突破すれば後は問題なく稼働するだろうが……初動だな」


 エネルギー切れを起こしている訳でも無く、はじめの一歩さえ乗り越えれば正常に――というのが、始まりの男である茅場晶彦の見解である。
 答えが分かれば早速行動に移したい一同であるが、初動のために何をすべきか。
 エドワード・エルリックが策を考えている時、御坂美琴は一人で歩きはじめ、ヴィルキスの後方に辿り着くと声を上げた。


「さっさとしなさいよ。私と……こいつ、それにえっと……黒? この三人でコレを打ち上げるから」


 最初に足立透を指差し、次に名前を思い出すよう必死に脳内を検索し、最後は顎でヴィルキスを指す。
 彼女の生意気な態度に足立透は舌打ちをし、誰が協力するものかとその場を動かない。
 対象的に黒は何かを感じ取ったのか黙って彼女の元へ近付き、早くしろと言わんばかりに足立透を睨む。

 流石にこれまでの疲労も重なり、彼はこれ以上反発せず、半ば諦め腐った表情のまま歩き出した。
 ヴィルキスの打ち上げのために集められた三人の特徴を佐倉杏子は考える。幼い思考からか雷しか浮かばず、それでどうやってロボットを打ち上げるのか。
 真意が分からないため、エドワード・エルリックをちら見し彼に答えを発言するよう促し、気付いたのか鋼の錬金術師もまた、準備をするように掌を合わせた。


「なるほどな。土台は俺に任せろ。杏子、お前の魔法で鎖を作って補強してくれ」


 錬成の光が迸り、大地が盛り上がる。
 斜面を形成し、土台の切れ目はヒステリカへ向いている。
 エドワード・エルリックが何をしているかは分からないが、佐倉杏子は言われた通り、ソウルジェムから魔力を放出。
 紅蓮の炎を連想させる赤い閃光が周囲を照らし、地面から生物のように飛び出した鎖が錬成の土台へ絡み付く。
 決して解けないよう、何重にも縛り上げ、錬金術師が発言した土台とやらが完成。

 つまりは発射台だ。
 ヴィルキスを固定するように背後には壁があり、中心には分かりやすい窪みが生まれていた。まるで此処を叩けと言わんばかりに。
 流石の佐倉杏子もこの段階にまでなれば、御坂美琴が行おうとしている作業に見当が付く。


「あたし達で空へぶっ飛ばすから、後は任せた! ってことかい」




 コックピット内部でタスクは錬成を目撃し、彼らがやろうとしていることを察知し、微笑む。
 彼らにはたくさんの迷惑を掛け、どうやら最後までお世話になるようだ。本当に、頼れる自慢の仲間達である。

「彼らに伝えてほしいことがあるんだ」

 内部へアンジュを運ぶために手を貸していた雪ノ下雪乃はタスクの言葉に耳を傾ける。
 今更、何を改めるのか。

「今までありがとう。次に会う時は俺がエンブリヲを倒した時だって――あ、『殺す』じゃなくて『倒す』で頼むよ。そうじゃないと」

「彼に申し訳ない――かしら。分かったわ、言われなくてもそこまで空気が読めないタイプじゃないから心配しないで」

 タスクはエンブリヲを殺す。
 倒すなどと云う生温い言葉で片付けることはせず、一度は斬り殺した相手、もう二度と復活させないために必ず葬る。
 だが、エドワード・エルリックは其れを良しとしない。彼には彼の信念があり、外野がとやかく言うものではないため、タスクは言葉を選ぶ。
 雪ノ下雪乃もそれを察しており、心配は無用だと告げた。

『おいぃ~本当にいいのか? 俺様が一緒にあいつを殺しに行くぞって誘ってんだぜ?』

「いや……コックピット内部に立てかけるだけだよ!?」

 彼女の手に収まるアヌビス神は自分も連れて行けとタスクに迫るも、あっさりと断られ、口を開くことを止めた。
 彼とも長い付き合いである。キング・ブラッドレイに挑み、優勝者を偽装させるための作戦も共に行った。謂わば殺し合いに於ける相棒だ。
 ――君にもお世話になったね。
 そう告げると、よせやい、と短く返答があるだけであった。

「私からも貴方に言いたいことがあるの」

 そして、雪ノ下雪乃が言葉を紡ぎ

「だから、必ず帰って来て。これは私からのお願い。もう誰も死んでほしくない――このまま皆が生き残ればそれだけでいい。
 お願いを叶えて。優勝者には何でも願いを叶えてもらえるんでしょう? だから、必ず帰って来て。それは貴方にしか出来ない仕事だって分かってる――それでも」

 ――必ず帰って来て。


 タスクの掌を握り、彼女は何度も繰り返した。
 手は震え、瞳が潤っている。その姿にタスクは優しく頭を撫でると、爽やかな笑顔を見せ


「当然さ! 必ず帰って来る。だから、君は安心して待っててね!」


 言い切った。
 それは自分に言い聞かせるためでもある。
 エンブリヲは強い。ヴィルキスの力を以てしても、必ず勝利出来るとは口が裂けても言えない。
 だが、挑まなければ明日は無い。元より分の悪い賭けを繰り返し、此処まで辿り着いたのだ。

 今更、何を恐れるのか。
 近くで見守ってくれるアンジュにすら顔向け出来ない――と、外に雷光が走り、どうやら御坂美琴の合図のようだ。

 雪ノ下雪乃は最後に笑い、優しく手を振り、コックピットを去る。
 必ず帰って来る。言ってしまった手前、相打ち覚悟で挑もうとしていた己の精神を改めなければ。
 タスクは己が頬を叩き、気合を入れ直した所で、ヒースクリフが外から顔を覗かせた。

「……なにか問題でもあったのか?」

「いや、どうにも君とは最後の会話になりそうだからね。言っておきたいことがある」

「手短に頼むよ。俺はこれから……って、最後の会話にはさせないって!」


「すまなかった。君には面倒な役を押し付けてばかりだな」


 それは意外な言葉だった。
 茅場晶彦は殺し合いの始まりを担い、この悪趣味なゲームの黒幕でもある。
 結果としてホムンクルスに裏切られ、記憶を消去された状態でこの世界に放り込まれたため、被害者でもあるが、参加者には関係ない。

 お前が居なければ此度の悲劇は幕を開かなかった。
 タスクもまた、彼のことをよく思っておらず、だからこそ謝罪は意外だった。
 正体が判明してからも勿体ぶる言動や態度を続けた彼が頭を下げ、言葉を失ってしまう。


「ヴィルキスの顕現も元は君達がロックを解除したことが主な要因でね。私は余計なことしかしていのだが……すまない」」


「俺は貴方を許さない――でも、茅場晶彦ではなく、この世界で出会ったヒースクリフという男は共に脱出を目指す仲間だった。
 首輪を解除するために奔走して、時には戦いに巻き込まれながらも立ち向かった貴方を俺は仲間として見ていた。だから――仲間に今更、そんな畏まった言葉はいらない」


 強い男だ。まるで全ての闇を焼き尽くす太陽のような男だ。
 笑顔のまま言い切ったその姿はどんな力にも屈しないだろう。一度はエンブリヲを倒しただけのことはある。


「だけど、茅場晶彦には必ず罪を償ってもらう。俺がエンブリヲを倒した後で――それでいいかい?」


「これは参ったな。私も必ず帰還しないといけなくなってしまったよ……その為にも、エンブリヲは任せた」




 空を見上げていた足立透の耳に届いた稼働音が彼の表情を強張らせた。
 ヒステリカを覆う砂鉄の殆どが消えており、最早、美しき緑の輝きが空一面を覆い尽くしているではないか。
 タスクの機体が動かないとなれば、黒き機神に対抗する手立てが無い。もう一度、砂鉄で動きを止めろと焦りつつ、御坂美琴へ命令。

 彼女は足立透の言葉に反応する事無く、深呼吸を繰り返していた。
 息を整え、無駄な体力を消費せず、限りある電力でこの場を乗り切るしかない彼女は彼に構っている余裕など無いのだ。
 無視されたことからか、大人気なく突っ掛かろうと足立透が一歩を踏み出した時、ヒースクリフがヴィルキスから降りた。

「何を話したか聞かないけど、準備は出来てた?」

 身体を伸ばし、溜まっていた疲れを体外へ放出すると、御坂美琴は状況を尋ねる。
 会話の内容に欠片の興味も無く、彼女にとって必要な情報はタスクが動けるかどうか。
 彼が生存者の中で最も死の世界に近い存在だ。魔法で治療したようだが、傷口は全て開いており、当然のように血が流れる。
 高度から落下するアンジュを救っただけでも奇跡であろう。更にヴィルキスを呼び込んだ彼がこの場で脱落しようと、誰も文句を言わないだろう。
 しかし、彼の死亡が確定した時、生存者達の神殺しは失敗に終わる。

「ああ、彼なら問題ない。それよりもそちらは大丈夫なのか」

 ヒースクリフが気にかけることはただ一つ。
 ヴィルキスの打ち上げが成功するか否かである。

 機体を仕込んだ記憶は蘇っているが、エネルギー等に細工を施した記憶が無い。
 起動の鍵である指輪さえあれば誰でも稼働させることを可能にしていた。指輪の適正の有無はあるが、タスクは乗り越えた。
 故にヴィルキスが動かない理由は無い。しかし現実として動いていないこの状況を作り出したのはホムンクルスであろう。

 最後の最後にホムンクルス――お父様は人間を恐れていたらしい。
 叛逆の象徴である白き機神ヴィルキスが参加者の手に渡り、牙を剥くことに対し、事前に手を撃っていたようだ。
 アンバーや広川が細工を施すとは考えにくい。いや、彼ならば或いは――と、ヒースクリフが思考の海に身を費やしていた時、御坂美琴が遅れて返答した。

「私は大丈夫。あとはこいつらがちゃんと働いて、あいつらが作った土台が崩れないで……それに、そいつが気合で乗り切れば、ね」

 こいつらと視線を送られたうちの一人である足立透は生意気な小娘に舌打ちを行い、露骨に機嫌の悪さを示した。
 勝手に仕切るその姿が気に食わず、お前も俺と同じ殺人鬼のくせに、どうして其れほどまでに前を向いているのか。
 このサイコパスめ。遂に現実も認識出来なくなったか……とは言わず、黙っていた。

 もう一人である黒の契約者もまた口を開かない。
 己の身体を確かめるように、掌の開閉を繰り返し、肩を回し、後方からヴィルキスを見つめる。
 少し間が空いた後に、
 ――お前こそ、口だけじゃないことを証明しろ。
 と、釘を差した。


 次にあいつらと顎を向けられた一人である佐倉杏子は馬鹿にするなよと内心で思いつつ、その場に座り込んだ。
 現在はインクルシオを解き、魔法少女としての姿でも無く、等身大の女子中学生として、仲間を見守っている。
 神殺しに於ける自分の役割は終えた。次に出番があるならば――と、誰にも気付かれず足立透をちら見した。

 もう一人である鋼の錬金術師は己の胸を機械鎧で叩き、歯を見せる。
 ――付け加えるぜ、お前が手を抜かなければ成功するさ。
 と、皮肉交じりの激励を行い、言葉を受けた御坂美琴は呆れた表情を浮かべ、はいはいと手を振りながら発言を流した。


『あははっ、じゃあ後は俺がなんとかするだけか』


 ヴィルキスを通じ操縦者の資格を得た姫君の騎士――タスクの声が大地に響く。
 生存者の会話が聞こえたようであり、頼れる仲間とその他仮初の仲間に最後の言葉を告げる。

『まだ、言ってないよね?』

 彼の言葉に皆は首を傾げ、心当たりが無いため、記憶を遡る。
 約束事などしていただろうかと振り返る中、唯一、言葉の意味を理解していた雪ノ下雪乃が口を開く。

「あれからそんなに時間が経っていないじゃない。せっかくだから、自分の言葉で言いなさい」

『それもそうだね……皆、これまでありがとう』

 突然の言葉に足立透は吹き出し、流石に空気が読めていないと自分で察したのか、誤魔化すように咳き込む。
 その姿を軽蔑するように黒の契約者が見下す中、道化師は我慢出来ずに思いをぶち撒ける。

「そんなあからさまな死亡フラグ建設すんじゃねえよ」

「お前こそ水を差すなよこの屑」

「はぁ? お前の方が屑だろ……ったく、ガキは黙ってろ。それでな?」

 このガキだけは最後の最後まで良い印象を抱かない。佐倉杏子に中指を立てた足立透は続けて言葉を紡ぐ。

「俺が欲しがってる言葉はそんなモンじゃねえってのは分かってるよな?
 お前、この中じゃまともな方なんだから頼むぜ……エンブリヲっつう神様を殺せるかどうか。ハッキリしてくれ」

 けたけたと嗤うように。
 張り詰める空気を気にせず。
 道化師は皆が喉元で押し留めている言葉を遠慮なく言い放つ。


 誰が見ても無謀な賭けであった。
 神話を創り上げるように、神殺しを果たすために。
 天上の権能を振るう調律者を殺すために。人間は知恵と勇気を振り絞り、己の限界を超え立ち向かった。

 そして此度の幕が降りようとしている。
 それは喜劇なのか、悲劇なのか。結末は誰にも分からない。
 筋書き無き物語を彩った役者達は最後に何を見るのか。全ては彼に託された。

「……誰もお前を責めない。もしもこのまま動かなかったら、その時はその時だ」

 彼の声が響かない。気遣うようにエドワード・エルリックが空を見つめ、拳を握る。
 ヴィルキスの打ち上げが成功したとして、機体が可動領域に突入するかどうかの保証は無い。
 空中で朽ち果てる可能性もある。そもそも、初動さえ乗り越えればなどという淡い幻想に縋っているだけ。
 タスク一人に背負わせるには重すぎる過負荷だ。潰されたとしても、仲間を助けるだけと鋼の錬金術師が言い切った。

「いや、ダメ。それは無理。アンタがそのまま撃墜でもされるようなことがあったら、私達は全員死ぬ。
 あのド変態に殺されるのよ? 冗談じゃないって話。だから何とかしなさい。奥さんの前で気張ったんだから、それぐらい成し遂げなさいよ」

 それを否定するよう、やや食い気味に御坂美琴が言葉を被せ、周囲の空気が更に張り詰める。
 ヴィルキスがこのまま動かなくても誰も責めない? 冗談じゃないと付け加え、空を指差した。

「見れば分かるでしょ。そっからでも見えるわよね? もう余裕が無いの。会話の時間も終わり。あとはやるか、やれるかの二つ。やられるも、やれないも無いから」

 マナの輝きがヒステリカ全体を覆う。
 それは全ての砂鉄が吹き飛んだ証拠であり、機体を縛り付ける因果全てが消滅したこと表す。
 黒き機神が天空を絶望の空へと変貌させるまで、数分あるかどうかといったところだ。マジかよと足立透が顔を背け呟いていた。


『――分かってるさ。というかね? 俺はまだ何も言ってないのに、勝手に盛り上がらないでくれ。
 俺は諦めちゃいない。エンブリヲに勝てないとも思ってないし、ヴィルキスは必ず俺の想いに応えてくれる。そして』


 機体から響く明るい声が沈む空気を一変させる。
 誰が弱音を吐いたのか、誰が諦めたのか、誰が現実を受け入れたのか。
 姫君の騎士は最初から諦めてなどおらず、その瞳は何度とあの世を見ようが、最後まで光を失わなかった。
 其れはこれからも同じ。たった一握りの欠片でも可能性があるなら、掴めばいいだけの話。
 明日を夢見ることに罪などあるものか。必ず生きて帰ると――レバーを強く握った。



『俺は必ず帰って来る。エンブリヲを倒した後、また皆で会おう。いいかい、二人共。最後の最後まで戦うつもりがあるなら、俺が相手をしてやるさ!
 だから、もう一度だけ考え直してくれ。このまま争うのが正しいのか……ってね。もちろん、罪は償ってもらうけど、これ以上、人が死ぬのを見たくないんだ』


 ――考えとくわ、一応。
 彼女は瞳を閉じ、一呼吸を於いた後にゆっくりと言葉を紡ぐ。
 そのたった一拍の空白に込められた感情は誰にも読み取れない。


 ――いいから、とっとあの男を殺せよ。
 下を向き、道化師は恥ずかしき台詞を放つ男から瞳を逸らす。
 青臭いノリに自分まで侵されそうで嫌になる。どいつもこいつも、嗚呼、どうして真っ直ぐに生きられるのか。


『はは、これは帰って来てからも大変だね。うん、必ず帰って来ないと……よしっ!
 黒さん、エドワード、杏子――そして雪ノ下雪乃。なんか改めてフルネームで呼ぶと、こそばゆいね。
 今までありがとう、そしてこれからもよろしく。このふざけた殺し合いの中で皆に会えたことが唯一の救いだった』


 最期の言葉に呼応し、ヴィルキスの機体が輝き出す。
 美しき緑の煌めき――ヒステリカと同じくマナの眩き閃光。
 姫君の騎士はマナの力を持つ存在であり、この輝きは本来ならば有り得ない。

 対抗するように搭乗席を照らす指輪の輝き。
 ヴィルキスの操者に必要な資格を思い出せ――輝きの主こそ、彼女だろう。

 騎士は背後で眠る姫君を見つめる。
 そうか、この輝きは君が俺のために。死んで尚、皆のために力を貸してくれるのか。
 拡大解釈のご都合主義も極めれば滑稽である。そんな訳があるかと、タスクは己を笑う。

 だが、理屈などどうでもよく、現象さえも理解する必要は無い。
 目の前に映る事実だけを真実として捉えろ。このマナの輝きは、本物だ。

「クク、そうか。君は更に奇跡を起こすのか」

「自分だけ名前を呼ばれなかったことかしら?」

 突然の発光に誰しもが地表で驚く中、ヒースクリフが言葉を零し、雪ノ下雪乃が拾い上げる。
 彼だけがこの状況を理解していた。厳密に言えば空のエンブリヲも同じだ。しかし、調律者はそれどころじゃない。
 激昂に身体を支配され、ヴィルキスの召喚にアンジュを奪われ、有り得ぬマナの輝きさえ見せられていた。
 元より彼はタスクを好んでおらず、万が一にも彼を生かす理由など無い。この手で殺してやる――ヒステリカの可動まで一分を切った。


「なに、彼とは二人で会話を終えているからね。
 奴の行いが仇となった。己の力に逆転の要因を創られるなど、哀れな神だ」

 ヴィルキスの輝き――其れはタスクの解釈が正しい。
 つまり、死んでいる筈のアンジュが彼に力を貸したことになる。
 拡大解釈のご都合主義と捉えたが、原因は奇しくも神であり敵であるエンブリヲが創り上げたものだ。

 御坂美琴が気付いた奇妙な感覚――アンジュには参加者の一人であったイリヤの心臓が注ぎ込まれている。
 彼女がどういった存在かは割愛するが、調律者の力により、アンジュの身体に新たな生命の息吹が宿っているのだ。
 エンブリヲが力を取り戻し、この箱庭世界から脱出すれば彼女は目を覚まし、再び生を実感するだろう。

 その手前、彼女の身体に血液が渡り、マナのラインとも呼ばれる回路が確保されたのだ。
 イリヤという存在に感謝するしか無いだろう。彼女の心臓こそ、逆転に於ける最期のピースとなる。

「何が起きようとこれで最期だ。神が世界を壊そうが、人間が明日を掴み取ろうが――このゲームのクライマックス、水を差すのは野暮だろう」

 そして、茅場晶彦として行く末を見守る男は最期の役目を果たすべく、ヒースクリフとして盾を構え、雪ノ下雪乃の前に立つ。
 続けてエドワード・エルリックが彼らを守るように大地の壁を錬成し、魔法少女へと変身した佐倉杏子が補強するように鎖を召喚。
 全ての準備は整った。後はヴィルキスを最期の戦場へと送り届けるだけ――御坂美琴が己の身体へ雷を宿す。



「さぁ、これからが私達の本番よ! 泣いても笑っても、コレをしくじれば皆仲良くあの世行き、嫌でしょ!?」


 ズバチイ! と雷鳴を響かせ、髪を逆立てた彼女は同じ雷撃の使い手である男二人を囃し立てるように叫ぶ。
 雷の規模に比例し、彼女の額は更に割れ、右の瞳に血液が入り込もうが、閉じることはない。
 緑に輝くヴィルキスの機体が赤黒く見えようと、彼女は自分の役目を果たすのみ。


「大人なんでしょ!? 男なんでしょ!? ガタガタ文句を言うなら後で聞いてあげる、そして殺す! 
 だけど、今だけは手を貸しなさい。情けないけど、コレを打ち上げるには私の電気だけじゃ無理――だから恥を偲んでアンタ達に頼んでんのよ!!」


 更に雷が天から放たれ、彼女の周囲を構成する空気が切り裂かれ、大地が隆起し、右腕の血管が再び破裂する。
 繊維が弾けるような音が響き、足立透は雷鳴轟くこの状況でさえ聞こえる事態に肝を冷やす。
 右腕を突き出すだけでも精一杯だろうに。お前はどうしてそこまで――それ程までに願いを叶えたいのかよ。


「誰が文句を言ったんだ、それはお前の幻聴の話だろう」


 冷静にワイヤーを窪み――ヴィルキスを固定する壁の中心に突き刺した黒の契約者は己の能力を発動させる。
 線を媒介に電気を通じさせ、白き機神を空に押し上げるための翼となるために。
 自分の雷撃は御坂美琴や足立透のように派手な一撃とは違う。ただ、自分の役割を果たすために――仲間のために。


「タスクの帰りを待つ必要も無い。俺がお前を仕留めるだけだ」


「はっ! そんだけ言える余裕があるなら大丈夫そうね――3!」


 突如として始まったカウントに足立透は目を見開く。
 急かすな、強要するな、俺を縛り付けるな。誰が協力すると言ったのか。
 こんなふざけた賭けに乗るぐらいなら、土下座してエンブリヲの下僕になった方が未来は明るいのではないか。


「――2!!」



 お構いなしかよ。なんだこのガキは、馬鹿にしやがってと道化師はカウントを続ける彼女を睨む。
 だが、逆に睨み返され、その瞳には『殺すぞ』と悪鬼めいた黒き感情が隠さず宿っているではないか。
 殺し合いが始まってから出会うガキ共は例外なく狂ってやがる。道化師は前触れ無く過去の出来事を思い出す。
 空条承太郎も、エドワード・エルリックも、佐倉杏子も、御坂美琴も――鳴上悠も。
 ベクトルは違えど、どいつもこいつも最期まで諦めず、端から見れば無謀な賭けでも必ず勝てるという訳の分からない自信を以て挑んで来やがる。


 糞ガキ共が、社会の真実を知らないから、本当の世界を知らないから、青臭いノリを続けられるんだ。
 お前らが生きようとしてる世界は残酷で、儚さも感じられない不条理を詰め込んで蓋をしたようなゴミ箱だ。
 希望なんてどこにもありゃしない。目の前に広がるのはオチも用意されてない、つまらないクソッタレの御伽噺だけなんだ。
 だから、そこまで頑張る必要も無いんだ。このまま現実を受け入れて、死ぬのは待てばいいんだ。あーあ、最期までクソな世の中だった。


 ――目を覚ませ……足立透ッ!!


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 
 ふざけんな、このまま死ぬ? 誰が、俺が、今、此処で? そんなの嫌に決まってんだろォ!!」


 あの青年の声が何故か頭の中で響き、身体全体を駆け巡った。
 その瞬間、道化師は目を見開き、無我夢中で掌のカードを握り潰し、己が仮面の象徴マガツイザナギを顕現させた。
 ペルソナが握る刃に雷光を煌めかせ、ヴィルキスを打ち上げるための力とするために、振り下ろす。


「最期まで俺を苦しめるのかよ……へっ、いい度胸じゃねえか。必ず、本当のお前をまた、俺が殺してやるからなあ!?」



「事情は知らないけどコレで揃った――1!!」



 黒の契約者と道化師の雷がヴィルキスの待つ壁へ轟いた。
 準備は終了し後は打ち上げるだけ――更に御坂美琴を包む雷光が輝きを増す。
 プツンと繊維が切れる音が響き、それは右腕なのか別の部位なのか。彼女自身にすら分からない。


 言えることはただ一つ。止まれば痛みに負け、二度と動けなくなる。
 身体の損傷を嘆くのも、乙女らしく泣き叫ぶのも、役目を果たした後でいい。
 それに――『充電』さえ終われば、自分はまだ戦える。今は黙って神殺しのために生命を燃やせ。


「0――しくじったら、あの世の果まで追い掛けて! アンタどころか傍で寝てる女も雷でまとめて焼き尽くすからァ!!」



 左腕を外から内へ振るい、手先から流れる微弱な電波が周囲を飲み込む。
 三者の電気を文字通り己に手繰り寄せ、彼女の身体は直視不可能なまでに、全てを白き世界へ誘うかの如く輝きを見せた。
 その瞬間、遠くで目撃していたヒースクリフがまさかと声を漏らし、近くに立つ黒の契約者も同じ言葉を呟いた。
 まさかとは想いながらも、これ以上、近場に留まっていれば己も焼かれてしまうため、エドワード・エルリックの錬成した壁まで避難する。


 ヒースクリフと目線が交差し、疑問が確信へと至る。
 どうやら、最期の役目は他にもあるようだ。そして、足立透が慌てて滑り込むように壁裏へ到着し、残るは御坂美琴のみ。


 髪を逆立て、周囲を破壊し、己に三者の雷を宿した彼女は重い一歩を踏み出す。
 足が地表から離れた瞬間、たったそれだけで世界の音が消え、着地した瞬間、たったそれだけで世界を音で満たす。
 それらを繰り返し、歩行はやがて加速し、己を雷と化した少女は一発殴るために右腕を引いた。


 ――あんなド変態の悪趣味キモ面万年不清潔男が最期に嗤うだなんて、誰が認めるかって。そんな幻想、アンタがとっととぶち壊しなさいよ。


 己の身体が刹那の未来に訪れる衝撃に負けないよう、左腕の先から鋭い雷撃を射出。
 アンカーのように大地へ突き刺し、己の身体を固定。後は思う存分、ぶん殴るだけだ。


 身体に宿った高圧電流――などという日常世界に溢れた言葉では説明し切れない雷を細い右腕へ集中。
 数分後に右腕が破裂し使い物にならなくなろうが知った事か。壊死すれば、無理やり運動神経を刺激すれば動かせる。
 神様を殺すための生贄と考えれば腕の一本などどれだけ安かろう。さて、どうして自分がここまで身体を張っているのか。
『ヒーロー』や『主人公』。それに『ヒロイン』の資格を持たぬ自分が、なんと馬鹿らしい。足立透が居なければ『道化師』がお似合いだった。


 本当に、ふざけた話だ。
 ホムンクルスを倒し、それぞれの因縁を精算すれば此度の殺し合いは幕を閉じていただろう。
 本当に、おかしな話だ。
 何処かで筋書きが狂ったのだろう。第三者の視点で見守る神はどんな顔をしているのか。
 本当に、馬鹿げた話だ。
 筋書きなんて最初から無かったのかもしれない。誰もが自分の好き勝手に動いただけ。他人が帳尻を合わせれば、全ては無となる。
 本当に、救えない話だ。
 物語の、己が生命の終わりをこれ程までに感じたことがあるだろうが。だが、まだ死ねない。まだ、終わらない。
 本当に、笑いたい話だ。
 世界が終焉を迎えるまでもう少し。その時に倒れていれば、全てが水の泡。さぁ、私の身体。お願いだから最期まで――願わくばこの先も。
 本当に、本当に。
 どうして自分は此処まで狂ったのか。渇いた笑いが雷鳴に掻き消され、御坂美琴一世一代渾身の右ストレートが放たれた。


「此処まで私が! エドワードが! 杏子が! 雪乃が! 黒が! それにヒースクリフだって……あの馬鹿だって!! 
 アンタのために限界を迎えてんのに無理しれ……無理して、頑張った、立ち上がった、力を貸した! だからアンタは応えなさい、勝手な言い分だとは分かってる!
 それでもね、こんな状況になったら失敗する方が嘘なの。ふざけたド三流の脚本なんて要らない。だからと言って無理に意識高いような振る舞いも要らないの……あぁ、もう!!
 なに言ってるか分からないでしょうね。私も自分で分かってないし、アンタには聞こえてないかもしれない。だから、これだけ聞こえればいい――アンタは! 気負わずにアンタの役目を果たせええええええええええええええっ!!」




 その光景は神にとって信じられないものだった。


 初めにアンジュの奪取。あの猿め、何処まで人を馬鹿にするのか。


 更なる苛立ちはヴィルキスの顕現。


 茅場晶彦の残した財産だろうが、余計な事をしたものだ。


 だが、あの猿にヴィルキスは操れない。


 そして、金色に輝く白き機神。


 三者の雷を注がれたヴィルキスは、世界を斬り裂くように、時を追い越す速度を誇り、飛翔した。


 ふざけるな、そんなくだらぬ話、誰が認めるものか。


 下等生物たる人間共は黙って調律者の元に殺されるがよい。


 ヒステリカは此処に復活し、忌々しい砂鉄は全て消えた。


 故に、貴様を殺す。


 故に、私がこの手で貴様を殺す。


 故に、貴様は私に殺されろ。



『タスクウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!』






 天へと昇る金色の流星は空間を斬り裂いた。


 軌道に煌めく粒子は天の星々を連想させる。


 信念を刃に換え、青年は仲間の想いを背負い、最期の戦いに赴いた。


 対するは天を支配する絶望の化身。


 己が姿を取り戻し、修復が間に合わなくとも、猿を殺すには充分だ。


 銃身から放たれる無数の閃光。しかして、白き機神はただの一撃すらも掠らない。


 対の機神が空で交差し、刃を重ね、鋼の旋律を響かせる。


 理から隔絶された世界の終わりの壁際で。


 終焉を司る神殺しの演目が、始まりの鐘音を鳴らす。






【E-5・上空/二日目/午後】


【タスク@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(絶大)、ダメージ(絶大) 、背中に裂傷(重症)アンジュと狡噛の死のショック(中)、狡噛の死に対する自責の念(中)、首輪解除、アンジュと共に
[装備]:ヴィルキス@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞刃の予備@マスタング製×1、友切包丁(メイトチョッパー)@ソードアート・オンライン、
     パイプ爆弾×2@魔法少女まどか☆マギカ、エドが作ったパイプ爆弾×2
[道具]:なし
[思考・行動]
基本方針:生還しアンジュ喫茶でもう一度皆と集まる。
0:アンジュの騎士としてエンブリヲを討つ。


【エンブリヲ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、服を着た、右腕(再生済み)、局部損傷(完全復活)、電撃のダメージ(小)、参加者への失望 、穂乃果への失望、主催者とヒースクリフに対する怒り 、首輪解除
[装備]:FN Five-seveN@ソードアート・オンライン、ヒステリカ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞(修復率40%程)
[道具]:基本支給品×2 クラスカード『ランサー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ、ガイアファンデーション@アカメが斬る!
     各世界の書籍×5、基本支給品×2 ヴィルキスの指輪@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞、サイドカー@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[思考]
基本方針:アンジュを蘇らせる。
0:タスクを始末する。
1:ハーレムを作る。(候補はアンジュ、渋谷凛、イリヤ、クロ、戸塚、御坂、雪乃)
2:アンジュを蘇生させ選ばれし女性たちを蘇らせた後、この世界をヒステリカによって抹消する。



 形あるものは何れ、朽ちる。
 電池が切れるように、雷光の輝きを失った彼女は焦点の定まらない瞳で空を見上げていた。
 彼女を見つめる者は悟る。燃え尽きたのだろう。心も身体も限界を超え、己の役目を果たしたと。

 身体に宿した雷は度重なる過負荷を与え、生命の灯火は消えていたのかもしれない。
 ただ、最期まで諦めずに前を向いていたから。道を狂わせど、彼女の本質は変わっていなかったのかもしれない。
 参加者の生命を奪った雷光の錬金術師――改め、学園都市が誇る超能力者《レベル5》の第三位、超電磁砲《エレクトロルマスター》御坂美琴。

 その生涯、最期は仲間とも呼べぬ腐れ縁のために、己が生命を燃やし尽くした。

「……お前が死んだら、意味がねえだろ」

 彼女を見つめる鋼の錬金術師が歯を食いしばり、やり切れない怒りを虚空へ流す。
 御坂美琴の周辺は何億――下手をすれば更に先の段階にまで達した雷により、地表は完全に黒一色。
 彼女を中心に瓦礫が積み重なり、近寄れない。その役目を終えた身体を介抱することも出来ない。

「エド、しっかりしろよ」

 傍に駆け寄った佐倉杏子が肩に手を起き、下を向いた彼を励ます。
 御坂美琴は最期に正義の心を取り戻し、生存者のために散ったのだ。
 此処で立ち止まれば彼女に合わす顔が無い。敢えて口にしないが、それは彼も分かっている。

 生存者の中では最も彼女と縁があった。
 言い換えれば誰よりも彼女の事を知っている。
 最期の最期まで伸ばした腕が届かない存在だった。そして、本当に届かない所まで行ってしまった。


「――どけっ、油断してる暇は無い!」


 感傷に浸る彼らを追い越す黒い影。
 契約者は死線に赴くような、外せない一撃を放つかのような。
 全てが零に至らないために、ただ独り、焦げた大地を駆け抜ける。

「お、おい。あいつはどうしちまったんだ?」

 鋼の錬金術師達に追い付いた足立透が光に蝕まれた瞳を擦り、尋ねる。
 その問に誰も答えない。答えられないのだ。
 黒の契約者が急ぐ理由、それも死んだ御坂美琴に対して。

「死んではいないよ。そうだったら倒れてる。でも――あれは助からないんだ……くそっ」

 佐倉杏子が苛立ちと悔しさ、何処にもぶつけられない怒りと共に大地を踏み躙った。
 魔法で助かるものか。致命傷のレベルだと判断する者はいない、あれは手遅れだ。

「たしかに彼女は死んでいない――だが、黒が正しい」

 茅場晶彦が言葉を告げた時、聞き慣れた音が響いた。

 その音に誰もが驚いた。

 茅場晶彦は瞳を細め、黒の契約者は更に確固たる信念の元、大地を蹴り上げる。

 バチリと彼女を中心に響いた雷鳴。

 雷を宿す身体。全身を包み込む電磁の影。そして動くは壊死寸前の右腕。


「なによその死人を見たみたいなリアクション。馬鹿ね、あんだけ盛り上げて自分だけ退場なんてするはずないでしょ。だから――次に会う時が本当にお終い」


 彼女――御坂美琴の右腕から放たれた雷撃が即席の砂鉄の壁を創り上げた。
 状況を飲み込めないエドワード・エルリックは本能が赴くままに土流壁を錬成。
 佐倉杏子は流されがままに魔法少女へと変身し、黒の契約者は急いで引き返すと雪ノ下雪乃の近くへ駆け寄る。
 茅場晶彦は全てを悟ったように微笑み、足立透が何も理解出来ぬままとりあえず空を見上げた時だった。


 光り輝く流星。
 ヒステリカの放った銃撃の残滓が地表を閃光によって支配した。




 先のヴィルキス打ち上げの際に、ヒースクリフは気付いたことがある。
 御坂美琴が他者二人の雷を利用しようとしているのではないか、と。そして正解だったようだ。

 炎、氷、雷、風――四大を更に超越した数多の属性が蔓延る箱庭世界。
 参加者誰もが枷を嵌められ、本来の力を出さない者もいる中、在りし日の茅場晶彦はとある調整を行っていた。

 世界の数だけ理が存在し、それらを崩すことなく一つの世界に当て嵌めた。

 御坂美琴の超電磁砲、マガツイザナギの放つ雷撃、黒の契約者としての力。
 三者に共通するは雷。しかし、限りなく近い存在であり、最も遠いナニカである。

 ペルソナを扱う者はそれぞれの特徴として司る属性を無効化、或いは吸収する力を持っていた。
 雷を司る者に幾ら落雷を放とうと一生、倒れることも無ければ、傷付くこともない。
 そんな理不尽はゲームに不要と考えた茅場晶彦は事前にそれらを取り巻く壁を排除した。
 炎を無効化しようと別の世界たる焔であれば――無慈悲に燃え尽きる。

 参加者の一人である天城雪子がとある悲劇によって、同じく参加者の一人であるロイ・マスタングの焔に焼かれたように。

 さて、数多の理が混在する中で、御坂美琴を思い出せ。

 ヴィルキスを打ち上げるために拳を放つ。その前に彼女は三者の雷を己に引き寄せ、その身体に宿した。
 雷の現象は同一であれど性質は異なり、故に身体へ宿すことは損傷を与えることになる。

 だが、彼女は動いた。確実に常人ならば死ぬ雷をその身に宿して。


「驚いたよ。まさかとは思うが……たしか君達の能力は全て科学の元に証明され、つまりは演算したんだろう?」


 ビームライフルが全てを吹き飛ばした後。
 目を覚ましたヒースクリフは周囲を見渡し、真っ先に視界へ飛び込んだのは瓦礫でも、燃え尽きた草木でもない。
 焼き焦げた大地でも無ければ、天の頂きで死闘を演じる機神でもない。



「ご名答……でも、失敗よ失敗。私の身体はおかげでボロボロ。見てよこの右腕、運動神経に無理やり電気を流し込まないと動けないの。その度に激痛が走って……はぁ、最悪」


 白き機神を戦場へ打ち上げた立役者。
 愛する者を失った失墜の乙女。
 道を狂い、悲劇のヒロインにすらなれなかった超電磁砲。


「御坂美琴。私は君を少々、甘く見すぎていたよ。ヴィルキスの顕現こそが最大の奇跡かと思っていたが、君も中々にふざけたことを平然とやってのける」


 御坂美琴。
 大地に座り込み、真っ黒に焦げた右腕を垂らし、空を見つめる少女。バチリと寂しく、か細い雷光を空へ飛ばす。
 地上でのエンブリヲ戦、鋼の錬金術師と共同で挑んだ機神戦。
 二つの神殺しは能力こそあれど、生身の彼女の生命を擦り減らした。

 元よりホムンクルスとの戦いで限界を迎えた身体に鞭を重ね、見せ掛け倒しで立っていた。

 仮にタスクが空のエンブリヲを殺したとしても、己に次は無い。
 立つ気力すら残っていない少女に残り七人を殺せるものか。ならば来る時のために『充電』を選択。


「だから失敗だって。ちなみにさっきのアレは演技ね。
 私の体力は本当に残ってないし、百メートルすら満足に走れない。電気だってもう無理よ。
 結局はあいつらの電気を借りただけ――まぁ、それでもヒステリカを相手し終わったぐらいの状態には戻ったけど」


 プラスマイナスで表現すればマイナスだ。
 力を消耗し、体力は限界でおまけに電気も限界を迎えた。
 言ってしまえばタスクにエンブリヲを任せるためだけに無理をしてしまった。

 本当に最悪と彼女を空を見つめ、色とりどりの軌跡を描く機神を見つめ、静かに言い放つ。



「ねえ、ヒースクリフ。邪魔をしなければアンタを殺すのは後にしてあげる……え? 邪魔ってなんのことかって? 決まってるじゃない――空で戦ってるあいつら、生き残った方を私が撃ち落とす」






【F-2/二日目/午後】


【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:ダメージ(絶大)、疲労(絶大)全身に刺し傷、右耳欠損、深い悲しみ 、人殺しと進み続ける決意 力への渇望、額から出血
    足立への同属嫌悪(大) 四肢欠損、首輪解除 寿命半減、錬金術使用に対する反動(絶大)、能力体結晶微量使用によるダメージ(大)
    右腕壊死寸前、科学的には死を迎えても不思議ではない状態、身体は常に電気を帯びている、限界突破(やせ我慢)
[装備]:能力体結晶@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、大量の鉄塊
[思考]
基本:黒子も上条も、皆を取り戻す為に優勝する。
0:残った生存者を殺す
1:タスクとエンブリヲ、生き残った方を殺す。
[備考]
※参戦時期は不明。
※電池切れですが能力結晶体で無理やり電撃を引き出しています。


【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】
[状態]:HP25%、異能に対する高揚感と興味、真実に対する薄ら笑い
[装備]:神聖剣十字盾@ソードアートオンライン、ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン、神聖十字剣@ソードアートオンライン
[道具]:
[思考]
基本:ゲームの創造主としてゲームを最後まで見届ける
0:さて、どうしたものか。
[備考]
※数時間後に消滅します。
※装備は全てエドワード・エルリックが錬成したものです。特殊な能力はありません。

229: 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:09:53 ID:9kFLgI0c0

 エドワード・エルリックが目を覚ました時、最初に感じたのは視界を覆う黒い物体だった。
 何やら温もりを感じさえ、俺は死んだのか――と、諦めを一瞬見せるも、意識が覚醒し飛び起きた。

 ぐぇと呻く猫を気にせず、空を見上げ死闘を繰り広げる機神の姿から自分が生きていることを実感。
 状況を確かめようと周囲を見渡し、視界に飛び込んだのは黒と雪ノ下雪乃だけ。
 記憶を遡れば、空から降り注いだヒステリカの銃撃に大地が飲み込まれ、吹き飛ばされた。

 こうして生きているだけでも奇跡だろう。
 突如として息を吹き返した御坂美琴の姿を危険を感じ取り、咄嗟に壁を錬成したのは正解だったようだ。
 身体はボロボロだが、奇跡的にも衝撃等による傷は受けていない。

「……って、猫!?」

「気付くのが遅いな。先に言っておくが、お前らが此処に飛んで来たんだぞ」

 そして冷静を取り戻したエドワード・エルリックは猫の存在に驚く。
 よく考えてみればエンブリヲが参加者を一箇所に集めた時、猫の姿は無かった。
 序でにカマクラとエカテリーナちゃんの姿もあり、どうやら彼(猫)らは彼(猫)らで危機を乗り越えていたらしい。

「どうやら全員無事のようだな。残念だが、全員がな」

 機神とは別方向の空を見上げた黒の契約者は一筋の雷光を目撃し、御坂美琴が生存していることを悟る。
 数分前、彼女は原理は不明だが、自分の雷撃を糧にしたらしい。気付いた時には遅かったが、次は確実に息の根を止めると刃に手を伸ばす。

「休んでいる暇は無いってか。この調子じゃ杏子達も生きているよな……さぁ、行くか」

 自分達の果たすべき行動は変わらない。
 調律者の相手は姫君の騎士が引き受けた。ならば――役目は変わらない。

 エンブリヲが参加者を集める前に、何をしようとしていたか。
 それは最初から変わらない。もう誰も、死なせないために、全てを救うために。


「へっ、結局はあの時のままだ。俺達はこのまま――御坂を止める。聖杯の起動なんて、絶対にさせねえ」



【F-5/二日目/午後】


【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[状態]:疲労(大)、右腕に刺し傷、腹部打撲(共に処置済み)、腹部に刺し傷(処置済み)、戸塚とイリヤと銀に対して罪悪感(超極大)、首輪解除
     銀を喪ったショック(超極大)、飲酒欲求(克服)、生きる意志、腹部に重傷
[装備]:黒のワイヤー@DARKER THAN BLACK 黒の契約者、包丁@現地調達×1
     傷の付いた仮面@ DARKER THAN BLACK 流星の双子、黒のナイフ×10@DTB(銀の支給品)、水龍憑依ブラックマリン@アカメが斬る
[道具]:基本支給品、ディパック×1、完二のシャドウが出したローション@PERSONA4 the Animation 、大量の水、クラスカード『アーチャー』@Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ
[思考]
基本:殺し合いから脱出する。
0:聖杯とやらを壊す。
1:御坂を追う。
2:銀……。



【エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、精神的疲労(大)、全身に打撲、右の額のいつもの傷、黒子に全て任せた事への罪悪感と後悔、強い決意 、首輪解除、腰に深い損傷(痛覚遮断済み)
[装備]:無し
[道具]:デイパック×2、基本支給品×2、ゼラニウムの花×3(現地調達)@現実、不明支給品0~2、ガラスの靴@アイドルマスターシンデレラガールズ、
    エドの作ったパイプ爆弾×4学院で集めた大量のガラクタ@現地調達。
[思考]
基本:生還してタスクの喫茶店にもう一度皆で集まる。
0:聖杯を壊し、御坂を倒す。
1:大佐……。
※登場時期はプライド戦後、セントラル突入前。


【マオ@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】
[道具]カマクラ@俺ガイル、エカテリーナちゃん@レールガン
[思考]
基本:生還する。
0:エドと共に行動し、御坂美琴に対処する。

230: 世界の終わりの壁際で :2017/11/07(火) 01:11:03 ID:9kFLgI0c0


 彼は言った。

 必ず、帰って来ると。

 だからそれを信じるだけ。

 怖い。どれだけ信じようと、不安が過る。

 それは彼に対して失礼であることは分かっている。

 それでも、これ以上、仲間が死ぬことに耐えられない。


 ――なんて、弱音を吐くものか。


 そんな私を彼らは望まないだろう。

 だから、全てを信じ、彼の勝利を願う。

 ヒステリカの銃撃により、全てが終わったと思った。

 だが、咄嗟に握ったアヌビス神が、傍に駆け寄り抱き抱えてくれた黒が。

 エドワード・エルリックの錬成した壁が。

 全ての要因が重なり、こうして生きている。

 だから――なんて、全てを繋げて言うつもりはないけれど。

 貴方も生きて、必ず帰って来て。

 空を見つめる一人の少女、願いは天の頂へ。



【雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(極大)、友人たちを失ったショック(極大) 、腹部に切り傷(中、処置済み)、胸に一筋の切り傷・出血(小) 、首輪解除、右手粉砕骨折、顔面強打
[装備]:MPS AA‐12(破損、使用不可)(残弾1/8、予備弾倉 5/5)@寄生獣 セイの格率、アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース、ナオミのスーツ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞
[道具]:基本支給品×2、医療品(包帯、痛み止め)、ランダム品0~1 、水鉄砲(水道水入り)@現実、鉄の棒@寄生獣
    ビタミン剤、毒入りペットボトル(少量)
[思考]
基本方針:殺し合いからの脱出してタスクの喫茶店にもう一度皆で集まる。
0:タスクの帰りを待つ。
1:自分の責任として御坂を何とかする。
2:もう、立ち止まらない。



 俺はずっっっっっっっっっと思っていたことがある。

 お前ら、魔法少女はキチガイの集まりだ。

 どいつもこいつも、俺の邪魔しかしねえ。

 わんわん喚くは、殺意に満ちてるわ……本当にガキかよ。


 だから殺してやった。

 暁美ほむら鹿目まどか……あぁ、百歩譲って鹿目まどかには酷いことをしたかもな。

 なんつたって毒を飲ませんたぜ! この俺が! いやあ、毒って効き目が早いんだね。

 堂島さんに教わった奴よりも……って、今のは取り消せ、戯言だ。あ、鹿目まどかを殺したのは本当だよん、マジで。


 お前は知らないかもしれないけど、あいつら合体したんだぜ? 不細工に……あははははははは!

 お人形さんみたいだぜ? 阿修羅のアレを象ったつってもガキには通じないよな?

 どっちがどっちだったかな……左が暁美ほむらで、右が鹿目まどか? 逆だったかな?

 死体を裁縫するヤベえ奴がいたんだよ! 信じられるか? 信じられないよなあ!? ざぁんねん、本当ですぅ。あははははははは!!


 ああ、笑いすぎて腹が痛いよ。

 あいつらが見たいなら学院に行けば見れるかもね……あっ、その前にお前は此処で死ぬわ! わりぃわりぃ……それでよォ。



「どうだ、友達を馬鹿にされて見下される気持ちは? お兄さんにちょっと教えてくれよなあ!?」



 道化師の言葉を最期にマハジオダインが轟いた。





 魔法少女に変身したが、意味は無かった。
 ヒステリカの銃撃により吹き飛ばされた佐倉杏子が意識を取り戻した時、身体は瓦礫の下だった。
 顔のみが無事で、空を見上げればタスクが神殺しの役割を担っており、どうやら現実だと認識。

 なんとか身体を動かそうにも、生身の状態では無理がある。
 ソウルジェムに手を伸ばそうと、瓦礫で見えない中で試行錯誤を繰り返していたのが、最悪の男が現れた。
 マガツイザナギを顕現させた足立透は先の言葉を並べ、勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 急に現れてなんだこの男は。
 死ねよ、本当にどうしようもない。
 自分はこんなに口が悪かったかと悩む佐倉杏子であるが、そんなことは知ったことか。

 生憎、友達を馬鹿にされてスルー出来る程、冷たい性格はしていない。
 ははっ、友達かと渇いた笑いをこぼす。果たして本当に友達なのか、自分が勝手に思っているだけなのか。
 さて、友達が少なかった自分には分からない。何もかも師匠であった巴マミが悪いと勝手に責任を押し付ける。
 暁美ほむらは愛想が悪く、鹿目まどかはお人好しで、美樹さやかは馬鹿で真っ直ぐで、実力も無いくせに他人のために――魔法少女とはやはり、馬鹿ばっかの集まりだ。


「おい、いいこと教えてやるよ」


 見上げればペルソナが刃に雷を纏わせていた。
 こいつは馬鹿の一つ覚えで同じ技を繰り返す。他には無いのか、この一芸馬鹿め。
 そんな奴に負けられないよな。己を奮い立たせる。
 そんな奴に友達を馬鹿にされたら、黙っちゃいられないよな。
 そんな奴に殺されたら――なぁ、ノーベンバー。ジョセフ。それに――エド、皆。


 あたしって本当に馬鹿だよな。



「魔法少女ってのは自らの願いを叶えて、皆の笑顔のために戦うんだ。お前が言うような――クソみたいな存在じゃない」



「聞こえねえよ馬ァア鹿アアアアアアアアアアアア!!」



 そして佐倉杏子へマハジオダインが轟いた。


 そして佐倉杏子の姿が消えた。


 そして佐倉杏子は魔法少女へ変身し、


 そして佐倉杏子は龍の鎧を纏う。


 そして佐倉杏子は右腕に槍を、左手に槍を。


 そして佐倉杏子は槍で瓦礫を吹き飛ばし、剣で雷を斬り裂いた。


 そして佐倉杏子は叫ぶ。





「お前にもう一つだけ教えてやる。あたし達、魔法少女ってのは――目先の欲に本質を見失って、自分の魂を地獄の閻魔大王様に売り飛ばした奴等のことさ! 
 どんな悲劇が待っていようと、それは自分が馬鹿だったから仕方ないんだ。夜になると絶望の未来に何度も泣いてたよ。その度にもう何も怖くないからって自分に言い聞かせた。
 そして、頼れる魔法少女の先輩があたしから離れて、殺し合いでも、どんどん皆が離れて自分だけが残った。ははっ、もう少しで皆の元へ行けそうだ――その前に、お前を倒すっていう役目を果たしてからな!!」





 かくして、物語の局面は終末へと至る。


 幾度なく、黄昏が訪れ、終わりに終わりを匂わせた曖昧な世界は終わりを告げる。


 此度の物語、誰が筋書きを描こうか。


 役者はただ、前だけを見つめ、明日を掴み取るために死力を尽くす。


 神が前回の不手際により生じた溝を埋め、一同に介した参加者は再び、元の状態に戻る。


 さぁ、瞳を逸らすな。


 最期に嗤うは神か、超能力者か、道化師か。


 希望の先に残る彼らは明日へ辿り着くか。


 全てはIF。無限の可能性を秘め、物語は最期の最期まで、止まらない。






【G-7/二日目/午後】


【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、精神的疲労(大)、顔面打撲、強い決心と開き直り、左目負傷 、インクルシオの侵食(中)、首輪解除
[装備]:自前の槍@魔法少女まどか☆マギカ、悪鬼纏身インクルシオ@アカメが斬る!
[道具]:基本支給品一式、医療品@現実、大量のりんご@現実、グリーフシード×2@魔法少女まどか☆マギカ、使用不可のグリーフシード×2@魔法少女まどか☆マギカ
    クラスカード・ライダー&アサシン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、不明支給品0から4(内多くても三つはセリューが確認済み) 、
    南ことりの、浦上、ブラッドレイ、穂乃果、ウェイブの首輪。
    音ノ木坂学院の制服、トカレフTT-33(2/8)@現実、トカレフTT-33の予備マガジン×3、サイマティックスキャン妨害ヘメット@PSYCHOPASS‐サイコパス‐、
    カゲミツG4@ソードアート・オンライン
    新聞、ニュージェネレーションズ写真集、茅場明彦著『バーチャルリアリティシステム理論』、練習着、カマクラ@俺ガイル
    タスクの首輪の考察が書かれた紙
[思考・行動]
基本方針:生きて帰ってかタスクの喫茶店にみんなともう一度集まる。
0:足立を殺す。
1:後悔はもうしない。これから先は自分の好きにやる。
2:0を終わらせてから仲間を探す。
[備考]
※参戦時期は第7話終了直後からです。
※封印状態だった幻惑魔法(ロッソ・ファンタズマ)等が再び使用可能になりました。本人も自覚済みです。



【足立透@PERSONA4】
[状態]:鳴上悠ら自称特別捜査隊への屈辱・殺意 広川への不満感(極大)、全身にダメージ(絶大)、右頬骨折、精神的疲労(大)、疲労(大)、腹部に傷、左太腿に裂傷(小)
    爆風に煽られたダメージ、マガツイザナギを介して受けた電車の破片によるダメージ、右腕うっ血 、顔面に殴られ跡、苛立ち、後悔、怒り、片足負傷、首輪解除
    悠殺害からの現実逃避、卯月と未央に対する嫌悪感、殺し合いからの帰還後の現実に対する恐怖と現実逃避、逮捕への恐れ
    全身に刺し傷、腕に銃傷、血だらけ
[装備]:ただのポケットティッシュ@首輪交換品、
[道具]:初春のデイバック、テニスラケット、幻想御手@とある科学の超電磁砲、ロワ参加以前に人間の殺害歴がある人物の顔写真付き名簿 (足立のページ除去済み)、
    警察手帳@元からの所持品
[思考]
基本:全人類をシャドウにする。
0:杏子を殺す。。
1:生還して鳴上悠(足立の時間軸の)を今度こそ殺す。俺はまだ鳴上悠を殺してない。殺してないんだよォ!
2:捕まりたくない。
[備考]
※参戦時期はTVアニメ1期25話終盤の鳴上悠に敗れて拳銃自殺を図った直後。
※支給品の鉄の棒は寄生獣23話で新一が後藤を刺した物です。
※イザナギが使用可能になりました。

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最終更新:2018年02月09日 22:05