216

裁きの門◆ENH3iGRX0Y


「邪魔? まさか私は傍観者であり続けるつもりだ」

ヒースクリフの答えはすぐに返ってきた。迷う必要も渋る理由もない。
既に彼は退場した。いわば、ゴーストだ。これ以上のゲームの干渉は彼の美学に反する。
例え結末が何であれ、それがプレイヤー達の出した答えならヒースクリフは何も異を唱えない。

「……まあ、そう言うとは思ってたけど」
エンブリヲの時は例外だ。ここから先は君達だけの舞台だ」

御坂も答え自体は予想していたが、改めて言われると面を喰らう。
善悪を超えた天才の思考回路は御坂のレベル5の頭脳を以ってしても理解が追いつかない。
普通に考えれば命乞い擦るなり、エドワード達に付くなりするはずだが。
果たしてこんなものを見ていて何が面白いのか。天才と言うのは頭が良すぎて、娯楽が狂った方向に向かうのだろうか。

「丁度いい。タスク君かエンブリヲか、それともエドワード・エルリックか、あるいは黒か……か、または雪ノ下雪乃か。
 誰が君と最後の戦いに臨むか知らないが、時間はある。少し暇つぶしに談笑でもどうかな」
「何よ……」
「かつて、私のゲームを攻略した男は……君と同じ愛の力でシステムを凌駕した」

SAO事件、最後の決戦においてキリトとアスナは茅場晶彦のシステムを愛により打ち負かした見事、ゲームマスター、ヒースクリフを打倒した。
少し似ている気もしたのだ。御坂美琴の動く理由も上条当麻への―――

「君を支えるのは愛の力なのだろうか」
「ば、ばっかじゃないの……! 何よ、いきなり」
「不思議なものでね。私の作るゲームは最後は必ず、愛の力が私の予想を超えている」

御坂美琴は決して弱者ではないが、ここまで生き残れるほどの猛者であったかと言われると否でもあるだろう。
殺しに於いては他の達人に比べ劣り、場慣れもしてはいるが戦の経験はやはり少ないと言わざるを得ない。
ヒースクリフは良くて中盤で落ちるだろうと考えていたほどだ。

「君はここまで生き延びた。運もあるだろう。偶然なのかもしれない。
 しかし、優勝は目の前だ。君は誰よりも生存に長け、勝ち続けてきた。
 そして何より、私のゲームを誰よりも真摯に捉え、プレイしてくれた君にはある種の感謝すらしている」

「皮肉でしょ。好きでこんなゲームプレイしてた訳じゃないわ」

「それでもいいさ。君は最高のプレイヤーの一人だ。だからこそ、ゲームの開発者として話をしてみたいと思っただけだ」

褒められているのだろうか。だが、聞いているとイライラしてくる。
こんな訳の分からないモノに連れられて、いきない最高のプレイヤーだの言われてもこちらは誰かを楽しませるために戦った訳ではない。
やはり前言を撤回して今すぐ殺してしまおうか。

「ねえ、一つ聞きたいことがあるんだけど――――」








「――――…………誰かを推している訳ではないが、君の武運も祈っている」

ふとヒースクリフは踵を翻す。

「何処、行くのよ」

「また会おう。野暮用が出来た」

殺してもカウントされない相手をわざわざ殺す理由もない。
御坂は怪訝そうにヒースクリフの後姿を見送り、再び視線を天空の機神へと移した。


「……槙島聖護、か」

御坂が今しがた聞いた青年の名を呟く
現在の生き残りから逆算すれば分かる事だが、放送で呼ばれたようにあの男も命を落としたらしい。
他人の内面に首を突っ込み煽るような男だ。どんな死に方をするか―――いや予想できない。
不思議と強さだけなら、鍛えた成人程度の男だが死に様は想像がつかなかった。

「アンタは楽しかったわけ? こんな無様な姿を見て」

答えは当然ない。
あるはずがない。死んだ人間は口を利かない。ましてや死体すらない空に向けて声を発したところで、誰が聞いているのやら。
何人も死体へと還した御坂はそれをよく理解していたはずだった。
それでも無駄と知りながら、答えが欲しかった。

今更、これまでの血塗られた旅路を後悔するわけではない。
ただ何故か無性にもう一度あの男と再会したい。そういった奇妙な感覚や使命感が湧いてくる。
苛立ちにも似た、しかし憎しみや殺意ではない。

「見せてみたいわね。私の輝きだっけ? 今、どんなドス黒い色してるかさ」

そうして分かってきてしまう。
槙島が御坂に接触した時、あの男は恐らくはしゃいでいたのではないだろうか?
普段にあの男やその背景を知らない為に、完全な見たまんま印象を頭の中で再構築したに過ぎないが、槙島は殺し合いというより、このイレギュラーの展開に困惑より先に歓喜していた。
殺しを好んでいたのではない。そう、もっとそれとはむしろ真逆だ。
クラス替えをして馴染のないクラスメイトに囲まれながら、話の合う奴を見つけたような。あるいは絶滅寸前の生き物が自分とは別の個体を見つけた時のような。

いわゆる孤独からの解放。

そしてはしゃぐだけはしゃいで、多分あの男は最後には急激にクールダウンしながら死んだのだろう。


あの男はきっと―――


推測と思い込みも混じっているが、こんなことまで推測できてしまうのは御坂が同じく道を逸れた孤独の人間になったからかもしれない。
人間は誰しもが孤独を嫌がる。
そこに例外はない。例え殺人鬼ですら、裏を返せば殺す対象者である他人を求めているのだ。
御坂美琴も孤独に耐え兼ね、そして手を血に染めた。

「やばいわね……。幻覚見えるとか」

御坂の目に映る槙島は、かつて見た時と違い、とてもか弱く小さい存在に見えた。
当然幻だ。血の流しすぎや、感傷に浸ったせいでそんな感じのモノが視えていると錯覚しているだけに過ぎない。

「まあ、せっかくだし言っておこうかな」

しかし、幻覚であろうとも言わなければならない。
全ての言い訳も逃げ道も潰しておきたいから。
もしも槙島にさえ会わなければ、こんな事にはならなかったなんて、誰にも――それこそ数時間先の未来で後悔しているかもしれない自分にだけは言わせたくないから。

「私は私の意志で戦ってきた。誰に扇動されたわけでもない」

幻覚は見えなくなった。
ボロボロの体でまともに感覚もないが、力だけが込められているように感じられる。
気のせいでただの思い込みの錯覚だが、少し自分の中で心強く思えた。

負ける筈がない。

相手が誰であろうと、負ける気がしない。

仲間を引き連れ止めに来るであろう者達にも、愛の力で飛翔した機神にもだ。

「……そうよ、私は私の為に戦って必ず勝つ」





【F-2/二日目/午後】


御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:ダメージ(絶大)、疲労(絶大)全身に刺し傷、右耳欠損、深い悲しみ 、人殺しと進み続ける決意 力への渇望、額から出血
    足立への同属嫌悪(大) 首輪解除 寿命半減、錬金術使用に対する反動(絶大)、能力体結晶微量使用によるダメージ(大)
    右腕壊死寸前、科学的には死を迎えても不思議ではない状態、身体は常に電気を帯びている、限界突破(やせ我慢)
[装備]:能力体結晶@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、大量の鉄塊
[思考]
基本:黒子も上条も、皆を取り戻す為に優勝する。
0:残った生存者を殺す
1:タスクエンブリヲ、生き残った方を殺す。
[備考]
※参戦時期は不明。
※電池切れですが能力結晶体で無理やり電撃を引き出しています。







見落としがあるのではないか。






ゲームは佳境を迎え、終結に近づいている。
当初の茅場の目的とは些か違っていたが、結果として彼なりに満足のいくゲームが作り上げられたのではないかと思う。
出来る事なら今の生存者にキリトが居ればもっと良かったが。
だとしてもそれはあまりにも贅沢過ぎる程、茅場は自らの器を満たし後悔など何一つなかった。

「筈、なのだが」

お父様は脱落し、アンバーは消息不明、恐らくは殺されたのだろうか。エンブリヲ曰く生きているかもしれないと睨んでいるらしいが、どちらにしろアンバーは今はどうでもいい。
重要なのは最後の主催、広川剛志。

「あの男、一体何者だ」

茅場は広川について知らない。強いて言うなら茅場の後釜でスカウトされたらしいということだけだ。
お父様との戦いにおいても足立を銃で撃っていた以外は大した活躍もしていない。戦闘力は殆ど皆無、現状の生き残りの中では正しく最弱の男だ。
だが、本当にそうか?

「引っ掛かるな」

ヒースクリフは念入りに周辺を見渡しながら、広川の姿を探し続ける。
もっともそれで見つかる筈などないと、本人でさえ分かり切っていることだ。あくまでついでの行為に過ぎない。
彼が向かっていた目的地はアインクラッド、その前に置かれた首輪交換所だった。

「完全なゲーム脳だな」

手には銀色に光る首輪が握られていた。それは佐倉杏子から無断で拝借したものだ。
エンブリヲとの戦いの中で、彼女の意識がエンブリヲに向いている間にティバックに手を忍ばせることくらいは造作もない。
彼女が持っていたのは5つの首輪だ。これだけあれば、一つは必ず大当たりが出るだろう。

「さあ、鬼が出るか蛇が出るか」

ボックスの中に首輪を放り込む。電子音が鳴り響き、機械音声がヒースクリフへと語り掛けた。














エドワード・エルリックが目覚め、雪ノ下雪乃が目覚める。
二人の顔色は優れず、疲労が見て取れた。この二日間戦い続きだったのだ。
天国戦争を生き抜いた黒ですら、戦闘に支障を来す恐れがあるほど消耗している。戦の経験のない二人の疲労は当然のものだ。

「戦えるか」

だが、二人を介抱できる余裕も時間も黒にはない。戸塚と守ると約束した雪乃であっても、現状でもし動けないのであれば置いてくしかないだろう。
御坂を放置すればどちらにしろ全員が死ぬのだ。
エドワードも雪乃もそれを理解している。何より、御坂の蛮行の元を辿るならば事前に防げたことを強引に推し進め、彼女を生かした二人の責任でもある。
故に二人の回答は決まっている。

「当然だ」
「当然よ」


ここで休んで、誰かに尻拭いをさせるなんて真似は出来ない。自分たちの責任は自らの手で取る。
強い意志を感じさせた言葉だった。
我ながら、馬鹿な問いをかけたと自嘲し黒は前を向く。
この諦めの悪い二人がこの程度で置いて行かれることに納得などする筈がないのだ。最後までお父様に逆らい歯向かい、喰らい付き続けた少年たちが諦めることなどない。

三人はボロボロの体を引き摺りながらも前へと進んでいく。




「おめでとう。諸君、よくぞここまで生き延びた」


「おまえ……」



「こうして直に話すのは初めてだな」



黒、雪乃、エドワードの前に忽然と彼は現れた。
惨劇の開幕を告げたこの殺し合いの参加者たちにとって全員が共通する怨敵、広川剛志その人だ。
お父様との戦いのなかで行方を晦ましていたが、やはりというべきか生き延びていたらしい。
もちろん、それをそれを喜ぶものなどいないのだろう。不殺を掲げるエドワードですら、意図的に殺さないだけで彼の無事に歓喜するかといえば否かもしれない。

「意外だわ。こうして、私たちの前によく顔を見せられるものね。
 もしかして、今更お父様に無理やり従わされていた、なんていうつもりかしら」

雪乃の言うように、殺し合いの参加者の大半はそのスタンスに限らず、広川を憎む好機があればその命を奪いにくるだろう。
特に現状残ったエドワードを除く生存者は彼を殺めることに抵抗はない。
一般人の雪乃ですら殺意というものを抑えられない。

「俺も一発殴るくらいはしないと気が済まねえ」

元より人を殺めないだけでエドワードもまた血の気の多い若者だ。
喧嘩っ早く、怒りという感情にはまだ抑制が効かない節も多々ある。
殺意の代わりに怒気を纏い、エドワードは広川へと詰め寄る。
雪乃はも同じくアヌビス神を握りしめる。

「随分、恨まれたようだ」

自分自身を皮肉るように広川は薄く笑い、大袈裟な手振りで両手を肩程の高さにまで上げて掌を空に向けたまま、Wの字を作りジェスチャーした。
妙だと黒は訝しんだ。
広川の行ったのは明らかな余裕だ。しかし彼の戦闘力は素人同然、恐らく戦闘においては現代日本の一般的な成人男性の域を出ない。
力を隠している可能性もあるが、所詮はただの隠れ蓑としか使われていなかった男だ。
アヌビス神、エドワード、黒の三人を相手取るほどの力量を持っているのだろうか?

「待て二人とも―――」

黒は他の二人に比べ、経験を積んでいたことに加え、広川に対する情報のなさ故から次なる一手に対し慎重になっていた。
雪乃は泉新一から、なまじ彼は一般人であると聞かされた為、エドワードは前述のように怒りにより一時的な激昂が感情を支配した為。
逆に二人は黒と違い広川に対し、闘志を露わにする。

「迂闊に近寄るな。何か分からないが……嫌な予感がする」

前に飛び出し、二人を庇うように両手を広げながら黒は広川を睨みつけた。
奴の一挙一動に一切の隙を与えぬように注視し眼光を尖らせる。
その光景にエドワードは怒りから、僅かに冷め冷静さを取り戻す。
そして横の雪乃の腕を引く。雪乃もまた二人の行動から、無意識に抱いていた油断から目覚め、足を止めた。

「正解だ。黒の死神……戦場で培われた勘というものか。素晴らしい」

広川の口調には皮肉といった他意などは含まれない純粋な称賛が込められていた。
黒の取った行動は正しく、それが何よりも最善であったと自ら種明かしをするかのように。

「黒の死神に感謝した方が良い。彼がいなければ既に君達はこの世を去っていた」

「なんだと?」

広川の台詞に対し、エドワードは一切の説得力も信憑性も感じない。
まるごしの中年男性一人で何が出来るというのだ?
だが、広川はその自信と油断……彼の力量を考えるならば、本来ならば不相応な慢心は収まるところを知らない。

「鋼の錬金術師、君の力を私に提供するつもりはないか?」
「何?」
「その力は然るべき方法で適切に扱わねばならない。
 考えたことはあるか? 人を殺めるという点において、お前はこの場の誰よりも長けてるという事に」

エドワードは拳を強く握りながら、広川を睨みつける。
自らの信念を否定する言い様に対し、反射的に体に力が入り感情的になっているのが自分でもわかった。
それを見越しているのか、表情一つ変えず淡々と広川は口を開く。

「手を合わせ、物質のある限り無限の錬成を行える。ありとあらゆる状況に合わせ、その場にあった戦術を練ることができる。
 そうだ。様々な殺し方とそれを可能とする頭脳もある。しかし、何故それを人へと向けない? あまつさえ、自らに要らぬ枷を強いる。
 これではただの阿呆だ」

戦術という観点で言うのなら、広川の言葉は正しい。
マスタングの炎やキンブリ―の爆破など、錬金術の殺傷力は非常に高い。
特にエドワードは一つの錬成に特化せず、オールマイティにその時々の状況環境に合わせた錬成が行える。
御坂との戦いも、彼が殺しを解禁していれば既に決着はついていただろう。

「ふざけんじゃねえよ。お父様みたいに血の紋でも刻めってか? んなもんお断りだ」

かつてキンブリ―にも似たようなことを言われたが、当然答えは拒否だ。
殺さない覚悟を始めて口にした時の様に強い口調で否定する。
広川も予想はしていたように呆れながら、また言葉を紡ぐ。

「人間は増えすぎたとは思わないか」

「……まさか、人口増加のことかしら? 嘘でしょ、もしかして殺して数を減らせとでも言うつもりではないわよね」

「その通りだ」

雪乃は唖然とした。
確かに人口増加は大きな問題であり、何としても解決すべき人類の課題の一つだ。
地球に対する被害どころか、まわりまわって自分達の首すら絞めかねない。
理屈の上ならば、人の数を減らすことで解決はするだろう。
しかし、事はそう単純ではない。

「馬鹿じゃないの?
 ネットに触り立ての中学生でも、もう少しマシな発想をするわ……。こんな人間が市長になれるなんて、民主主義の欠点が服を着て歩いているのと同じじゃないかしら。
 これ以上恥の上塗りで黒歴史を増やす前に、今すぐネット回線を断ち切った方が良いでしょうね」

雪乃も人口の増加については理解しているし、それが近い将来の大きな問題となる事も知ってはいる。
しかし広川の言ってることは極端だ。
あらゆる面から見ても歪んだ極論でしかない。言ってしまえば、それは到底叶いもしない理想論でもある。
実現などされる筈がないし、してはいけない。
独裁者に牛耳られた国家ではないのだ。そんな暴論が通る筈もない。
現実を知らない。それでいて、知識だけ無駄についた稚拙な中学生が言いだしそうな馬鹿げた話だ。

「俺達は、お前の理想論に付き合う気など毛頭ない。」

警戒を重ねていた黒だが、何時までも受け身でいる訳にはいかない。
ナイフを抜き、広川の動きを注視しながら足を踏み出す。
広川は一切動じず、身動き一つ取らない。そういった型の動きかと思えば、隙だらけで何時でも肉薄し殺すことができる。
事実、既に黒の脳内では幾度となく広川を殺めたビジョンが繰り返されている。

「……どうした? 来ないのか、こうしてる間にも御坂美琴は―――」

だが未だに攻められずにいる。
得体の知れなさが、黒の本能の警鐘を鳴らし体の動きを押し留めている。

「チッ」

舌打ちし、一気に黒は加速し広川の懐へと飛び込む。
これが罠であることも重々承知でこちらを焦らせながら、広川はあえて煽っていることを分かっている。
故に黒が誰よりも早く、飛び込むのだ。この三人の中で最も戦場に慣れており、修羅場を潜った。
何が起こっても生還できる可能性は黒が一番高い。

「……っ!」

喉元へとナイフを翳し、その切っ先は広川の喉仏を捉えた。
一秒も経たずに引き裂き、鮮血を噴き出すことだろう。
エドワードはそれを察し、目を細めながらも広川を死なせてしまうことに自身の無力さを痛感する。

「あ、れは……」

それは早計だったと一秒後にエドワードは思い知らされる。
青い光が広川を包んだ瞬間、黒のナイフを赤い鎧に身を包んだ巨人が、その巨人のサイズに合わせた巨刀で起用に防いでいたのだ。

「ペルソナ、よね……足立とは形状が違うけれど」

雪乃の記憶でそれに値する異能は一つしかない。足立の操っていたペルソナだ。
姿形は違うが、そのサイズ比は確かにペルソナそのものだと断言できる。
エドワードもスタンドとは違うその巨人の姿から、あれがペルソナであることに疑いは持たない。
つまり広川はペルソナ使いであったのか? 足立と同様に?

「紹介しよう。これは、ヨシツネと呼ばれるペルソナだ」

広川は淡々と巨人の名を呼ぶ。
膨れ上がる殺意を感じたのか、黒は一気に後方へ飛びのく。そして距離を置き、相手の出方を伺う。
だがヨシツネは一瞬にして黒との距離を詰めた。

「な―――」

黒の数倍はあろうかという巨体でありながら、その俊敏性は黒をも凌ぐ。
ヨシツネの刀が胴体を切断する為に振るわれた
黒は咄嗟にナイフを合わせる。しかしナイフには罅が入り、この耐久力では長くは持たない。
僅かの拮抗の間に刀の刀身を黒は蹴り上げ、刀の軌道を上方へと逸らす。
そのまま自身もしゃがみ、ヨシツネの一閃をやり過ごすした。

手元にあの友切包丁があれば話は別だったろう。
どうせロボ戦になるのなら、渡さなければよかったかもしれない。

殺し合い中で幾度となく救ってくれた名刀の不在を黒は惜しむ。

しかし、ただ惜しんでいる暇もない。まだ相手の初撃を避けただけなのだ。
ヨシツネは黒へと刃を向け、否―――黒達に刃が向けられていた。

「避けろ!!」

それに気づいた時には既に遅い。黒の遥か後ろにいたエドワードと雪乃へと斬撃が飛ぶ。

『野郎ォ!!』

アヌビス神が雪乃の体を支配し、その斬撃へ自らの刀身を叩き込む。
これで確実に弾いた。アヌビス神はそう判断し攻めへと転じようとし、刹那自らの判断が過ちであったことを思い知らされる。
更に七撃、剣撃が放たれていたのだ。
ほぼタイムラグゼロの同時にである。

異能としての成長には制限が掛けられているが、アヌビス神本人の実力はまた別だ。

ナイトレイドの切り札でありまごう事なき剣豪のアカメが使い手として担い、最強の剣聖ブラッドレイの剣裁を受けたアヌビス神の実力は確実に成長していた。

銅を狙った一斬を確実に防ぎ、足を狙った斬撃を可能な限り早く跳躍し避ける。
雪乃の太腿に赤い線が刻まれたが、これに関しては内心で謝りながらもどうしようもないことだ。
幸い動きに支障はなく、残った五撃を迎え撃つには何の問題もない。

「あっぶね……!」

機械鎧が黒く染まり。鋼のそれから大幅に硬化する。
この場で幾度となく、御坂対策に使用したダイヤの機械鎧の炭素硬化を耐久性にまで留めた姿だ。
ヨシツネの刃は機械鎧に直撃する。しかしその優れた硬化性から、腕は刃を耐え切った。
エドワードの小柄な体を僅かに浮遊させるが、すぐに地に足は付き体制を立て直す。

「うおっ!?」

しかし一斬を防いだのはいいが、追撃は免れない。
ヨシツネの攻撃は一刀だけではない。同時に無数の斬撃を炸裂させる。

「やっ……」

アヌビス神の恩恵も、黒の死神と恐れられた歴戦の暗殺者でもない。
錬成に長け、腕っぷしにそれなりに自信があるだけのエドワードはヨシツネの動きに全くつていけない。
グロテスクな内臓を晒し、刺身へと変貌するのに時間はそう掛からないだろう。

「エドワード!」

黒が駆け出し、ワイヤーを投擲しエドワードの足を引っかけ転倒させる。
その頭上を刃は奔り去り、ワイヤーを仕込んだベルトの仕掛けを動かし、巻き戻されたワイヤーとそれに繋がれたエドワードを引き摺るような形で回収する。

「さ、サンキュー……」

黒とエドワードの周りの木々や建築物が抉れ、切り倒され瓦礫と木々の破片が降り注ぐ。
あれが生身の人間の体に当たったらと思うと、身の毛もよだつ。
エドワードは冷汗をかきながら、自分の代わりにバラバラになった無機物をまじまじと見つめた。

『ど、どうだぁ! 全部しのいでやったぞ!!」

アヌビス神もまた優れた剣術で斬撃を受け流し、そのまま迷わずヨシツネの射程範囲外に見切りを付け後退する。
三人は一か所に固まり、ヨシツネとその奥で立ちはだかる広川へと意識を向けた。

『おい、悪いがもう次は受けきれないぞ』

広川にかました強い口調の台詞とは打って変わり、アヌビス神は黒に弱気になりながら声をあげる。
雪乃の身体で荒げた息は、そのままアヌビス神の疲労度合いを示していた。
彼女の身体に体力がないのもそうだが、あの攻撃を完全に防ぎきるのは難しい。
現に雪乃の身体は血まみれだ。
一つ一つは決して深い傷ではないが、数が増えれば出血も増える。最悪失血死という事もありうるだろう。
成長の異能で覚えてはいるが、何分手数が違いすぎる。本体の剣がメインだった頃ならそんなもの気にせず戦えたが、今は違う。

「……分かっている」

血だらけの二人を見ながら黒も思考を尖らせ戦略を練る。
次、もう一度あの攻撃が来れば確実に誰かが死ぬだろう。
あれだけの技だ。インターバルや溜めが必要だと思いたいが、そうでなかった場合は悲惨だ。

「本体を叩くしかないな」
「けど、誰が突っ込むんだ。俺はあのペルソナの動きに付いていけないし、雪乃だってアヌビス神がついているとはいえ……。
 アンタにやれるのか?」

黒の実力を過小評価するわけではないが、如何に黒の死神といえどあのペルソナに真っ向から挑めば、結末は死以外にありえない。
アヌビス神を黒に手渡せば可能性も上がるかもしれないが、無防備になった雪乃を狙われでもしたら、ひとたまりもない。
それは他ならぬ黒自身が良く理解している。それでも、今の残された戦力で広川へと辿り着ける可能性があるのは黒だけなのも事実。

「やるしかない。一番この場で動けるのは俺だけだ」

黒はエドワードと雪乃を下がらせ前に出る。ナイフを逆手に電流を流しながら、広川とヨシツネを睨み好機を伺う。
あれを操作しているのが人間である以上、必ず隙はある筈だ。

「意気込みは買うが、無謀だと思うがね。気が済むのならやってみるがいい」

「随分な自信だな。これだけの芸当が出来るのなら、お父様とやらに従う必要もなかったんじゃないのか」

「……そうk―――」

広川の台詞は黒の耳には最後まで届かなかった。
僅かな隙、短い集中の途切れた合間を見つけ黒は疾風の如く駆け出す。
ヨシツネは刀を動かし、だが黒の速さに追いつけず刀は地面を抉り抜く。
広川の眼前に黒が肉薄し、その胸をナイフが貫いた。

「な、に」

「残念だが、ヨシツネには物理耐性がある」

黒のナイフは広川には突き刺さらず、まるで鋼を小突いたかのように傷一つ突いてはいない。
傍目からは広川を殺める寸前で、黒が腕を止めているかのようにも見えるだろう。
しかし、当の黒は全力を込めてナイフに力を入れている。

「くッ……!」

ナイフを放り捨て黒は広川の顔面を掴む。ランセルノプト放射光が黒を覆い、電流が発生し広川へと流れた。

「無駄だ」

広川へと流れた電流は向きを変え、黒の腕を通して黒自身へと反射される。
自身の電撃による感電こそはないが、その衝撃で黒は吹き飛ばされ尻餅をついた。

「馬鹿な、お前は……!?」

「生憎、私は参加者のルールに従う必要がないのでね。故に、私の放つ力は一切の制限もなく。何の枷も強いられない」

確かにこの箱庭には制限という枷がある。だが、あくまでそれは殺し合いを成立させる為の云わば主催者の都合に合わせた処置に過ぎない。
広川は参加者ではない。そもそもが、殺し合いなど彼にとってはどうでもいい。ゲームのバランスなど今更関係がない。
そう、参加者でないのなら制限は必要がない。この箱庭においてただ一人、広川はその全力を遺憾なく発揮することができる。

『はあああああ!!? そんなん、アリかァ!!?』

アヌビス神は叫ぶ。
ただでさえ厄介な力が全力で振るえ、こちらは一々制限を気にして戦わなければならないのだ。
エンブリヲでさえ、制限という同じデメリットを抱えた上での死闘だった。こんなものはもう戦いでも何でもない。
一方的な虐殺だ。













「バグは修正しなければね」









黒が傷一つ付けられなかった広川の胸を一つの刃が貫いた。







「貴様―――茅場……」


「プログラムの修正は、運営としての当然の行いだ。君にはここで消えてもらおう」


「あり……えん……」


「いやあり得るのさ。万物両断エクスタス、どんな物質であろうと両断できる。例えそれが最強のペルソナの耐性であろうとも」


茅場晶彦、いやヒースクリフは巨大なハサミの形をした刃物を広川から引き抜く。
赤黒い血の海に共に広川は倒れた。



「ヒースクリフ……何故、ここに?」
「首輪交換機を使って、広川の位置と武器を貰ったんだよ。意外とまだシステムは生きているらしい」


黒の疑問にヒースクリフは淡々と答える。
殺し合いは終結したと考え、既に首輪交換など誰しもが忘れていたが、お父様が脱落した後も勝手に稼働し続けていたのだろう。

「すまないね。君達には余計な手間を取らせてしまった。
 早く御坂美琴を追うといい。ゲームはまだ継続中だ」

ヒースクリフはそれこそ害虫を一つ駆逐したような平然さでエドワード達に向き直る。
事実、広川という男は彼にとって邪魔者以外の何物でもなく、プレイヤー達が織りなす物語の行方を見届けたいだけなのだ。
そこに立ち入る者は何人たりとも許すことは出来ないということだろう。









「いや終わりだ。ここで私が終わらせる」






不死身の存在について彼らは今更驚きはしない。ホムンクルス、その親玉のお父様を見ている以上、再生力に優れた存在もいるのだろうという程度の認識だ。
しかし、彼はいまこの場に於いて驚嘆していた。それはヒースクリフも例外ではなく、むしろ誰よりもその光景を信じられないと言わんばかりの表情でそれを見つめていた。
血だまりの中から広川はゆっくりと立ち上がり、その胸の刺し傷と破れたシャツとスーツが修復されていく。

「私のペルソナをまだ見せていなかったな」

赤い煙のようなオーラが広川を包み込む。それは足立透が使役するマガツイザナギの召喚に近い。

「ペルソナだと? 君のペルソナは―――」

ヒースクリフは、そこで初めて広川が手にする一冊の本に気付いた。
青く光る本は、鳴上悠がペルソナを発現させるものと同一の光だ。
あの本が何なのか、失われたヒースクリフの記憶が呼び覚まし、彼に解を与える。
ペルソナ全書。ベルベットルームの住人たる「力を司る者」が所持しペルソナを繰り出す力の根源のようなもの。
主催としてゲームの準備を進めていた際に支給品としてリストにはあったが、入手の困難さと力の強さから茅場とお父様はそれを諦めたものだ。

「どんな手を使った? 一体どうやって」

存在するはずがない。あくまで候補にあっただけのそれが何故こんな場所に存在している。
いやそれ以前に―――










存在意義か。

私の存在意義は……人の望みを叶えることだ。だからこそ、こうしてそれを見極めようとし結果としてそれに臨む姿を求めている事に気付いた。
ならばこれは報いだ。私を裁いた男の思惑が何であれ、私には相応しい末路なのだから。

「嘘」

この女の声は死人の中でも、飛びぬけて鮮明に聞こえてきていた。
私たちのいる怨念の渦の中で自らの意思を保てるものなど誰一人としていない。
現に私という存在自体も最早曖昧で、自意識を保つのも難しい。恐らく名前ももう思い出せない。
そういうことなのだ。ホムン……もうあの男の名前も思い出せないが、奴の糧になる。賢者の石として消費されるだけの存在なのだから。

「本当にそうなの?」

何が言いたい。私は末路を受け入れる……受け―――



反響される。私が見届けた死が。



多くの死を見てきた。その全てが何らかの想いを持ち、最後まで抗おうとしていたのだろう。
そして私はその姿を見ることを望んでいて……

『違うのか』

声に出ていた。

この瞬間、私ははっきりと自我を思い出したのかもしれない。
私が出した過ちなどなく全てが正しい願い。これは決して間違ってなどいない。
だからこそ―――私はその願いを叶えなくてはならない。

『いや、』

誰かの願いを叶えることは誰かの否定に繋がることだ。
故に私がすべきことは願望の成就などではない。だから私は傍観者として、このまま幕を―――

『違う』

あの女は私を見てほくそ笑んでいた。その手に輝く光。
そうか……なるほど、これは確かに見落としていた。茅場もフラスコの中の小人もアンバーでさえ。

「聞かせて、名前を」

『私の名? ……私の名は―――』











霧が濃く、箱庭を包み込む。
広川がその名を紡ぐ。
死の国の主、冥界の神。

広川が握りつぶしたタロットカードから現れる一対の異形。
その神々しさは、黒が見た中では彼らが打ち上げたヴィルキスにも匹敵しうるだろう。
ただしヴィルキスの華やかさとは対照的に、白い拘束具を身に纏った姿であることを除けば。





「イザナミ」






想定外の事ばかりが起きている。ゲームマスター茅場晶彦はの心中は驚愕に支配されていた。
SAOを開発し、この殺し合いを創り出したまさしく天才である彼ですら理解が追い付かない。
今頃、天空でタスクと争っているだろうエンブリヲに意見を求めたいほどだ。

「お前は消えた……こんなイベントは私は知らない」
「知らない? ふざけるな。ヒースクリフ、お前はこのバカげたゲームの作り手だろ!」

ヒースクリフの胸倉を掴み問い詰める黒だが、彼に掛けられる言葉は何もない。
本当に知らないのだ。
電子世界を彷徨っていた際に、イザナミの死を知り黒幕は誰にも知られずひっそりと退場したとばかり思っていた。
しかし何故だ? どうやって奴はこの世界に帰還を果たした? お父様が取り込んだ以上は消費エネルギーとしての域を出ない筈だ。
お父様が意図的に蘇生させねば。だが、それこそ考えられない。
あの男がイザナミを何故復活させる? 意味がない。

「どうやら、とことん私をコケにしてくれたな」

黒の手を振り払い、ヒースクリフは怒りを込めた声で広川に怒声を飛ばす。

「この茶番の終わり方がそんなに気に入らないのか、茅場晶彦」
「当然だ。我々はここから先は一切の干渉をすべきではない」
「馬鹿な男だ。そうやって、何かを産み出した気でいる。
 何度も言うが、全て茶番だよ。お前も、お前が創ったゲームも……こんなモノに付き合い無駄死にした参加者も」

ヒースクリフを押しのけエドワードが足を踏み出す。完全に堪忍袋の緒が切れ、頭に血が上った状態だ。

「無駄死にだと!?」

殺し合いに乗った奴らも乗らなかった奴らも何かの為に戦い、そして散っていったのだ。
中には救えない外道もいたことは認める。それでも全ての死が無意味などと、エドワードからしたら許せるものではなかった。

「お前はここまで起こった惨劇、その死に意味のあるものなどあるとでも思っていたのか?」

広川は残酷にその異議を切って捨てる。

「君が言いたいのは、死んだ者達にも守りたい者や譲れないモノがあった。そういうことだろう。
 それが全て茶番だ。自らの正当化に過ぎん。もし守りたい者があったのなら、何故矛先を間違える?
 お前達参加者が最初から団結していれば、死者は最小限に済んだのではないか?」

「だから俺達は……!」

「団結したとでもいうつもりか? 団結は各々が大局を捉え、一つの目的に対し強く結びつくことだ。
 お前は一度して己の主義主張を曲げず、自らに強いた信念とだけ戦い続けている。ただの一度たりとも大局を見てはいない」

参加者が一切の争いをせず、脱出に向けて行動すれば一人の犠牲者も出ないだろう。
理想論ではあるがエドワードを含め参加者の殆どが皆、生存敷いてはその為の脱出を目的にしていたのに対し、非合理な行動が多かったのは否めない。

「その結末が今の惨状であるとまだ気づかないか? 御坂美琴、足立透、エンブリヲ……お前が本来打破すべき存在がこれだけの数を占めている。
 君は一度として団結したことなどない。いや、君に限らずこの場に呼ばれた参加者は全て同じだ」

エドワードの拳に力が入る。
怒りによって機械鎧が軋み、左手の生身の掌からは皮が裂け血が出る寸前だった。
奴の言う通り、上手く立ち回れなかったと言えばそうだ。
エドワードの知る範囲でも、もっと何とかなったのではと思う点は多い。

「身勝手な理屈で多くを巻き込み破滅した者を上げていけばキリがない。表向きは正義を謳いながら、自身の欲望のままに暴れあまつさえ何の責も負わぬまま死んだ者もいる。
 さあ、君はどちらかな鋼の錬金術師?」

だとしても、そうだとしてもその全てが無駄と切り捨てられていい訳がない。
彼ら彼女らの死に様を全て知っている訳じゃない。自らを貫いて、信念を見せ付けた者もいれば無様に死んだ者もいるのだろう。
だが、一つの死には数え切れぬほどの人生があり、一つの運命が終わりを告げたのだ。

「どちらにもならねえよ! 俺はここにいる全員で必ず、生きて帰る!!
 そしててめえをぶん殴って、今までの台詞全部訂正させてやる!!」

これ以上、誰一人として死なさない。エドワードの出す答えは広川への宣戦布告でもある。
同時に自らの勝利宣言と広川の発言の完全な否定だ。

「それが下飾っているというのだよ」

広川は動じる様子もない。一度瞬きをして冷たく言い放つ。

「下がれ、エドワード!」

黒のディバックが開き、そこから水流が巻き上がる。
竜の唸り声のような水音を巻き上げながら、螺旋状に回転した水流を黒はイザナミへと叩きつけた。
水飛沫が雨のように舞い上がっては落ち、黒を濡らし辺り一面を湿らせていく。
地面が水にぬれた際に放つ、独特な臭味が黒の鼻孔を突いた。

『せっかちな人だ』

イザナミの声は黒を嘲笑うかのようだった。
間違いなく命中させたハズだったが、広川とイザナミは無傷。
ブラックマリンの力は黒が身をもって知っている。
魏との戦いで見せたその威力は、黒の中で強い印象を植え付けていた。
お父様との戦いでも、この指輪がなければ黒は戦力として付いていけなかったかもしれない

「もう分かっているだろう。私達には死という概念が存在しない」

「黙れ!」

地面に落ちた水を巻き上げ、それらを槍状に再構成する。

「考えたことはあるか? 生物界のバランスを」

黒が腕を振るうと共にタクトを受けた奏者のように水は広川とイザナミを囲う。

「さっきも同じことを言ったと思うが、そう間引きだよ。人間の数を直ぐにでも減らさねばならん。殺人よりも、ゴミの垂れ流しの方が遙かに重罪だ」

縦横無尽に行き場を塞ぐように張り巡らされた水の槍は、同時に数コンマのラグもなく降り注ぐ。
広川に触れる寸前、水が打ち消されていく。
遥か天空から飛来する雷が水を打ち、一瞬にして蒸気すら上げさせず水を滅ぼす。

「……それで、貴方が私達人間を間引くつもりだとでもいうの? それはもう貴方という人間の驕りでしかないわ」

『そして管理する。人間という種を含めた全ての生物のバランスを……それが先ず広川が我々と交わした契約』



イザナミに光が集約し、突如爆ぜて弾けた。


「さあ、こちらの契約を果たしてもらおうか。イザナミよ」


万能属性を誇る最強魔法メギドラオン。


「……………ゲームオーバー、だ」

エドワードが最後に聞いたのは。
如何なる時であろうと、余裕を持っていたヒースクリフが全てを放棄し目を伏せていた光景だった。
その刹那、全てが光の渦が包み込み、全てを無へと還す。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――
――――――――








「兄さん。昼寝もいいけど、もうそろそろ起きてよ」

アルの声で俺は目が覚めた。自室のベッドから何度も見た天井が真っ先に目に入り、覗き込むようにアルがこちらを見下ろしていた。
俺と短く切ってはあるが、同じ金髪で金色の目で……。

「……アル、体……戻ったのか」

「何言ってるの?」

「だから……お前、体を取り戻したのか!?」

アルは人体錬成の対価で体そのものを持っていかれ、俺が辛うじて鎧に魂を定着させて生命を維持している状態だ。
けれど目の前のアルは違う。鋼ではなく血色の良い皮膚が全身を覆っていて、ちゃんと肉体がある。
フンドシ一丁だったのが、普通に服を着て鎧ではありえなかった感情を表情にして表に出している。
紛れもない。今のアルは生身の人間だ。

「体って……取り戻すも何も……」

「……そうだ、お前……何を対価にした!? 石か? 賢者の石を使ったのか!? 
 あれは使わないって約束だったろ……。いや、そこまで残された時間がなかったのか……」

「約束って何さ?」

「だから、母さんを生き返らせようとしたのは俺達の責任だ。それに誰かの命を使わないって―――」

「ちょ、ちょっと何言って……ぷ、くくく……あっははははははは!!」

アルを責めるという気はなかった。
死ぬのは誰だって怖い、約束を破ってしまったとしても……それはしょうがないのかもしれない。
でも、だからといって笑いだすアルを俺は許せなかった。
ベッドから飛び起き、アルの胸倉を掴んで壁際に打ち付ける。

「てめえ、何笑ってやがる!」
「くくく……い、いや、ごめんごめん。でも、誰だって……ぷっ、笑うよこんなの」
「忘れたのか? 賢者の石は生きた人間から……」
「いや賢者の石はお伽噺の産物で存在しないし、母さんを蘇らせるなんて師匠に殺されちゃうよ。ていうか―――」

賢者の石が存在しない? 確かに当時はあるかどうかも分からない雲を掴むような話だったが、今は存在は確認している。
結局、生きた人間を材料にした代物なんて使えない。それ以外の方法を探すと二人で決めたが。



「どうしたの、二人とも」



「……え」



「母さん、いつの間にか死んだ扱いになってるし……くくく、ははは……」



そこには母さんがいた。


俺達が創ろうとして、失敗した何かじゃない。


「いやね。お化けを見るような目で……怖い夢でも見たのかしら」

「聞いてよ。兄さんさ、目が覚めるなり―――」


俺の俺達の母さんがそこにいた。




ああ、そっか……全部悪い夢だったんだ。










―――夢を見ていた。
   とても嫌な夢だった。比企谷君が死んで由比ヶ浜さんが殺されて、戸塚君まで……。
   血生臭くて悲惨で残酷な、とても目を背けたくなるような夢だった。


「悪夢で心底良かったわ」
「私、殺されちゃうの!?」
「ええ……ぐちゃって感じにパーンって……頭が」

何それ? 面白かったねー!

「正直、あまりに重い内容にドン引きなんだが」

俺、比企谷八幡は退屈な授業を終え明日が土曜という開放的かつ、実に晴れ晴れとした気分で日課の奉仕部兼生徒会室へと足を運び、雪ノ下雪乃から衝撃的な告白をされた。
殺されたらしい俺は。夢の中で変な奴に。エルフ耳って、俺は異世界転生したのか?
俺が死ぬのはまだ良かったが、戸塚が殺されたのが許せなかった。どうして神が産み落とした美の権化にして唯一善行たる、この穢れた世界に一つ純真で純粋な戸塚を殺めてしまったんだ。
雪ノ下の人格と、その脳内の登場人物達に異議を申し立てたい。
何故、俺は夢の中で衝撃のファ―ストブリットを撃って、トリズナーになれなかったんだ。

というか何だよ。明らかにス〇ンドとかペル〇ナとかニー〇ンとかま〇かとか禁〇、いやレー〇ガン? 三期早く。そういや三期やるじゃん。D〇Bも早くしろ。
ビート〇けしで有名なバトル・ロワイアルまで混じって、カオスとかいうレベルじゃねえぞ。

「やはり、寝る前にこんな悪趣味な小説を読むべきではなかったわね。
 凄いわ比企谷君は。これをオカズにご飯を平らげるそうよ」

何故、こいつは自然の摂理のように俺を罵倒するのか。
バトル・ロワイアルなんて読んだこともねえよ。たけしと藤原竜也しか知らねえよ
お"れ"がな"に"し"た"っ"て"い"う"ん"だ"よ"お"ぉ"ォ"ォ"ォ"!!!!

「さて、お喋りはここまでにして、そろそろ業務の方に移りましょう」

凄いな。
ここまで人の士気を下げておいて、よくまあこんな平然と仕事に取り掛かれるな。
悪魔なの、この人。

「比企谷君、A組のことだけれど」
「ああ、お化け屋敷の予算か」
「かなりオーバーしそうね。もう少し抑えられないかしら」
「かなり気合入れててな。一応俺からも言ったんだが、あまり聞き入れて貰えん。
 葉山にも協力してもらうけど、雪ノ下も一緒にきて説得してもらえるとありがたい」
「仕方ないわね」

俺達が今頭を悩ませているのは文化祭の準備の進行についてだった。
大まかなところは流石、雪ノ下といったところか、俺達二人はその指針に従って、雪ノ下の補助に回れば取り合えず文化祭開催までは漕ぎつけるだろう。
まあ、どんなグダグダでも学校の行事がキャンセルになることなど殆どない。

問題は各クラスの出し物についての管理といったところだ。

生徒会の意思伝達がそちらの末端に伝わらなかったり、意に反する指示を聞いた途端敵視されることもある。
しかし予算は限られている。必ず何処かで妥協し、納得しなければ文化祭は回らない。
如何に反感を買わず納得させるかが重要で、そこは雪ノ下の理詰めといつもの罵声が飛ぶ前に由比ヶ浜や生徒会ではないが、葉山のコミュ力には助けられていた。

2年の頃からは考えられない話だ。葉山にこうやって、普通に奉仕部に協力してもらえるというのは。

「F組はね。やっぱり鉄板焼きが良いんだって。さいちゃんったら、男らしくお好み焼きを作るって」

買い占めなきゃ。

「そちらは予算についても問題ないわね。まあ生徒会関係者が二人も居るんだもの。食べ物関係だけれど、衛生面も任せられるわ」

それから淡々と談笑を交えながら業務を終わらせていく俺達。

「―――こんなところね。……早く終わったし……良かったら帰りに、何処か……行かない?」

「うん、そうしようよ。ヒッキーも来るでしょ!」




―――本当に何気なく、そして尊い一日だった。
   私と由比ヶ浜さんで話題を出して、それに比企谷君が反応してくれて、私が弄って比企谷君が返してくれて……。
   こんなやり取りが今日はどうしようもなく、大事なものに思えて手放したくなかった。


   そうね。きっと、多分……私は今幸せなんだと、思う。







エドワード・エルリック@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】死亡

雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。】死亡







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――
――――――――








目の前の全てが真っ白に塗り替えられる。
天空で争っていた二対の機神が墜落していくのが目に見えた。

エドワードは? 雪乃は? ほかの連中も……恐らく……。



『さあ、貴方も受け入れるといい。黒、貴方も幻想(ユメ)を見ればいい。優しい夢を―――彼女と一つに』



エコーの掛かった女性の声の中に黒は僅かに聞き慣れた声を聞いた。

女性を模した影のような存在が黒の腕を掴む。
まるで観測霊のようだった。ただ一つ、黒が知る者と違うのはその観測霊の口元が引きつり、艶めかしい笑みを見せていること。

「離せ―――」

致死量の電撃を容赦せず黒は流し込む。だが、影は物ともせず腕を広げ黒を抱きしめる。

―――黒、やっと掴まえた。

「……銀」

今度こそ聞き間違えようもない。
その影は銀の声を発し、黒の耳元で愛おしく呟く。
影は振りほどこうともがく黒を、愛撫するかのように指でなぞる。
そして影の足が地面に飲まれ、同じく黒も下降する。

もう、離さない。

地の底へ引きずり降ろされるように沈んて行く。

『今、貴方は何を思っていますか? 恐怖? いや違う。それは歓喜だ』

「違う―――これは銀じゃ……」



―――もう貴方を一人にしないから。



これが、虚飾だとでもいうのか?

黒の胸の中にいるこの存在は、黒が求め続けた―――





【黒@DARKER THAN BLACK 黒の契約者】???



【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】 消滅



【アニメキャラ・バトルロワイアルIF】終結


【広川剛志@寄生獣 セイの格率】生還






想定外の事ばかりが起きている。ゲームマスター茅場晶彦はの心中は驚愕に支配されていた。
SAOを開発し、この殺し合いを創り出したまさしく天才である彼ですら理解が追い付かない。
今頃、天空でタスクと争っているだろうエンブリヲに意見を求めたいほどだ。

「お前は消えた……こんなイベントは私は知らない」
「知らない? ふざけるな。ヒースクリフ、お前はこのバカげたゲームの作り手だろ!」

ヒースクリフの胸倉を掴み問い詰める黒だが、彼に掛けられる言葉は何もない。
本当に知らないのだ。電子世界を彷徨っていた際に、イザナミの死を知り黒幕は誰にも知られずひっそりと退場したとばかり思っていた。
しかし何故だ? どうやって奴はこの世界に帰還を果たした? お父様が取り込んだ以上は消費エネルギーとしての域を出ない筈だ。
お父様が意図的に蘇生させねば。だが、それこそ考えられない。
あの男がイザナミを何故復活させる? 意味がない。

「どうやら、とことん私をコケにしてくれたな」

黒の手を振り払い、ヒースクリフは怒りを込めた声で広川に怒声を飛ばす。

「この茶番の終わり方がそんなに気に入らないのか、茅場晶彦」
「当然だ。我々はここから先は一切の干渉をすべきではない」
「馬鹿な男だ。そうやって、何かを産み出した気でいる。
 何度も言うが、全て茶番だよ。お前も、お前が創ったゲームも……こんなモノに付き合い無駄死にした参加者も」

ヒースクリフを押しのけエドワードが足を踏み出す。完全に堪忍袋の緒が切れ、頭に血が上った状態だ。

「無駄死にだと!?」

殺し合いに乗った奴らも乗らなかった奴らも何かの為に戦い、そして散っていったのだ。
中には救えない外道もいたことは認める。それでも全ての死が無意味などと、エドワードからしたら許せるものではなかった。

「お前はここまで起こった惨劇、その死に意味のあるものなどあるとでも思っていたのか?」

広川は残酷にその異議を切って捨てる。

「君が言いたいのは、死んだ者達にも守りたい者や譲れないモノがあった。そういうことだろう。
 それが全て茶番だ。自らの正当化に過ぎん。もし守りたい者があったのなら、何故矛先を間違える?
 お前達参加者が最初から団結していれば、死者は最小限に済んだのではないか?」

「だから俺達は……!」

「団結したとでもいうつもりか? 団結は各々が大局を捉え、一つの目的に対し強く結びつくことだ。
 お前は一度して己の主義主張を曲げず、自らに強いた信念とだけ戦い続けている。ただの一度たりとも大局を見てはいない」

参加者が一切の争いをせず、脱出に向けて行動すれば一人の犠牲者も出ないだろう。
理想論ではあるがエドワードを含め参加者の殆どが皆、生存敷いてはその為の脱出を目的にしていたのに対し、非合理な行動が多かったのは否めない。

「その結末が今の惨状であるとまだ気づかないか? 御坂美琴、足立透、エンブリヲ……お前が本来打破すべき存在がこれだけの数を占めている。
 君は一度として団結したことなどない。いや、君に限らずこの場に呼ばれた参加者は全て同じだ」

エドワードの拳に力が入る。
怒りによって機械鎧が軋み、左手の生身の掌からは皮が裂け血が出る寸前だった。
奴の言う通り、上手く立ち回れなかったと言えばそうだ。
ウェイブやマスタング大佐なんかもそうだろう。
エドワードの知る範囲でも、もっと何とかなったのではと思う点は多い。



「身勝手な理屈で多くを巻き込み破滅した者を上げていけばキリがない。表向きは正義を謳いながら、自身の欲望のままに暴れあまつさえ何の責も負わぬまま死んだ者もいる。
 さあ、君はどちらかな鋼の錬金術師?」

だとしても、そうだとしてもその全てが無駄と切り捨てられていい訳がない。
彼ら彼女らの死に様を全て知っている訳じゃない。自らを貫いて、信念を見せ付けた者もいれば無様に死んだ者もいるのだろう。
だが、一つの死には数え切れぬほどの人生があり、一つの運命が終わりを告げたのだ。

「どちらにもならねえよ! 俺はここにいる全員で必ず、生きて帰る!!
 そしててめえをぶん殴って、今までの台詞全部訂正させてやる!!」

これ以上、誰一人として死なさない。エドワードの出す答えは広川への宣戦布告でもある。
同時に自らの勝利宣言と広川の発言の完全な否定だ。

「それが下飾っているというのだよ」

広川は動じる様子もない。一度瞬きをして冷たく言い放つ。

「下がれ、エドワード!」


「―――二人ともどいて」




『執行モード、デストロイ・デコンポーザー』




「―――ッ!?」

『対象を完全排除します。ご注意ください』


広川は青く輝く光の粒子を浴びた瞬間、分子分解され消失していく。
その余波に巻き込まれる寸前、黒の意識は反転する。

「間一髪、かな」

分子分解を齎す光は黒から遥かに離れた場所で、広川を吹き飛ばしていた。
次に黒が見たものは、背まで伸びた緑髪と人懐っこそうに無邪気な笑顔を浮かべる少女の姿だった。
少女は手の中にある特殊な外装の銃を弄びながら黒を見上げる。


「アンバー!?」

「久しぶり、黒」


一つだけ黒が分かるのは、目の前の幻のような少女は嘘なんかじゃない。真実であったということのみ。


「アンバー……フラスコの中の小人め、抜かったな」

肉体が再生していく広川は元に戻った口を器用に動かし、声を放つ。
さながら出来の悪いスプラッタ映画のような場面だった。

「貴方、ズルいよね。願いが果たせないから、興味を満たすために僅かな時間を生きるなんて嘘ばっかり」
「それはお互い様だろう? 嘘は契約者の十八番の筈だ」

軽口を叩き、余裕を見せるアンバー、
だが、彼女のボディラインを強調するような全身を覆うタイツに、赤く滲んだ個所があるのに黒は気づいた。
黒と同じように腹部をアンバーは負傷している。それも決して軽い傷ではない。
アンバーの肩を掴み、黒はより間近で傷を見つめる。

「アンバーお前、その傷は……」
「ん? ああ、これ?……大丈夫、ちょっと掠っただけだから」

アンバーは意外そうに呆気に取られながら、暫くして穏やかに笑った。

「……ありがと、心配してくれて」

イザナミに光が集約する。
それを見たアンバーはエドワードに視線を向けた。

「錬成、お願い」

錬成と言われエドワードはハッとして地面に描かれた広川を中心に刻まれた錬成陣の存在に気付く。
そして都合よく広川の周りを湿らせている水分。
黒がアンバーを見ると自分の左手の薬指にブラックマリンを嵌めて、黒に見せ付けるようにチラつかせていた。

「そういうことか!」

エドワードもこれだけのお膳立てをされて、何も察せない程の馬鹿ではない。
大量の水分と錬成陣、そして不死身の敵。これらから導き出せた答えは一つ。

「凍結、だろ?」

広川はイザナミからのパッシブにより不死の力を得ているのは明白だ。
だがいくら不死であろうと、肉体の構造自体は人間と同じであるはず、ホムンクルスのように。
それならばブリックズで一度実証したあの手が使える。

不死の人造人間であろうと、肉体そのものを凍結し活動を停止させてしまえば無力化は可能だと。


「しま―――」


錬成光が瞬き、そして収まった時、凍り付いた広川だけが錬成陣の中央に残されていた。


「うん、これで暫く平気でしょ。
 じゃあ行こうか、みんな」


「何処へ? そんな暇は……」


「じゃあ何も知らなくていいの? 私が知っていることは全て貴方達に話すよ。御坂美琴の居場所も」

呆気に取られる面々だが、確かに現状の把握は重要だ。
広川も倒したわけではなく、時間の経過で即座に復活してしまうだろう。
何よりエドワード達は御坂の居場所を知っている訳ではない。
もしかしたら、ヒースクリフが知っている可能性もあるが。

「大丈夫、時間は取らせない。御坂美琴のこともちゃんと間に合うから」

迷った末、雪乃がアンバーの後に続いた。
やはり何が起きているのか、彼女は知らないままでいるのは嫌だった。
それを見たヒースクリフも後に続く。彼はその好奇心を満たす為に。
エドワードは上空を見上げ、そして何処に居るであろう御坂を思いながら、やはりその後に続く。

「何を考えている……お前は」

その声は誰にも届くことはない。
最後にエドワードの背中を黒が追った。






最終更新:2018年02月09日 21:47