012
Brave Shine ◆BLovELiVE.
何の前触れもなく、目が覚めたら拉致されていた。
いきなり目の前で人の首が飛んでいった。
挙句、殺し合えなどと言われた。
「……夢じゃ、ないのですよね」
まるで映画か何かのような現状、しかし紛れも無い現実。
園田海未は深夜の街並、街灯だけが周囲を照らす中で一人そう呟いていた。
そうでなくとも、深夜の静かな街というのは自然と不安感を煽り立ててくる。
―――怖い
もしかしたら、そこの角を曲がると恐ろしい男が包丁を持って襲い掛かってくるかもしれない。
もしかしたら、建物に入ると後ろに潜んでいた誰かに殴り殺されるかもしれない。
未だ冷静な判断力を取り返せない思考は、本来ならば笑い飛ばすような低確率の事象をまるで実際に起こり得ることのように思わせてくる。
「…そうだ、バッグに……」
何か武器になりそうなものが入っているかもしれない。
こう見えても武術の稽古は日々絶やさず行っているのだ。その辺の暴漢程度なら追い払うことができる――――かもしれない。
そう考えながらバッグを開いた瞬間だった。
『美遊様ーーーーーーーーーーーーー!!』
「きゃあああああああああああああああ!!!」
何かがバッグの中から飛び出してきたのは。
◇
『なるほど、現状は掴むことができました』
青いリボンに六芒星のペンダントのようなものをつけた謎の物体。
バッグから飛び出したそれはカレイドステッキ・サファイアというらしい。
飛び出してきた瞬間はしばらく物陰に身を潜めてしまうほどに驚いたものの、今はこうしてある程度会話もできるくらいには落ち着いている。
サファイアが言うには、いつものように自分の持ち主と共に眠りの時間についたところで気がつけば真っ暗な闇の中に連れて来られていたらしい。
それ故に現状の殺し合いというもの自体も把握していなかった。
襲ってくる気配がないと、安全な存在だと認識するまで数分を要したもののどうにか情報交換ができるくらいには落ち着いていた。
「………」
『美遊様に、…イリヤ様とクロ様まで……』
名簿を開いて名前を呟くサファイア。
電池式のロボットにしては自我がありすぎるように思える。
ギュムッ
『園田様?』
触って引っ張ってみるが、それが何製なのかもつかめない。
「…あなたは、何なのですか?」
疑問は当然だった。
いきなりバッグから飛び出してきたペンダントと会話していた、などと。
穂乃果に話したら笑われそうな話だ。
『私は……そうですね、園田様にも分かる言葉で説明するならば、アニメなどによくある、魔法少女に変身するための変身アイテム、とでも説明しておきましょうか』
「………」
むしろ噛み砕いて説明されたぶん混乱してしまった。
『とてもすごい力を持った魔法使いが、研究の片手間に作り出した不思議アイテムと言った方がわかりやすかったでしょうか?』
「…いえ、もう結構です」
『もしや私の言うことを疑っておられます?』
「疑う以前の問題です……」
いきなり目の前で人が死んだり、殺し合えなどと言われたり。
挙句、変な道具に遭遇して魔法少女だの不思議アイテムなどと言われてもさらっと受け入れられるはずがなかった。
『なるほど。確かに信じられないでしょう。本来ならそれでいいのですが、この場でずっとそう思っておられるというのは少しよろしくありませんね。
一つお聞きしますが、園田様はここにきてから、まるで映画のようだ、みたいなことを思われましたか?』
「………はい」
『確かに今の現状自体がまるでフィクションの中のようなものかもしれません。しかしこの現状は間違いなく現実なのです。
現実に有り得ないことだから、と言っても現実に起こってしまってことは全て現実、それは受け入れねばならないものです』
「………」
サファイアの言葉に沈黙する海未。
それは、今のこのまるで悪夢のような事態のみに恐れているからではない。
殺し合い。
既に名簿は確認した。
穂乃果、ことり、凛、花陽、真姫。
自分だけではなく同じスクールアイドルグループ、μ'sのメンバーも自分を含めて6人参加させられている。
みんなただの女の子だ。
もしその中の誰かが死ぬようなことがあったら――――
『園田様、その先を考えられてはいけません』
「…心が読めるのですかあなたは」
急に目の前に現れたサファイアがそう海未に告げる。
無意識のうちに目が名簿へと向いていたことから察されてしまったみたいだと結論付ける。
『これはあまりよろしくありませんね。
……そうだ、園田様、少しお付き合い頂いてもよろしいでしょうか?』
「何でしょう…?」
サファイアがそんな心中を読み取って少し思案した後、海未に相談を持ちかけた。
『本来の私達はマスターの存在がなくとも自由に行動することが認められているはずなのですが、どうも今の私達は何か調整を受けた形跡がありまして。
私の支給者である園田様の傍を離れることができないのです』
「そう、なのですか」
もしその調整がなかったら、このペンダントは自分を置いて飛んでいってしまったのだろうか、と。
そんなことを考えると急に心細くなる自分がいて自己嫌悪に陥った。
彼女の話すことにまともに取り合っていないというのに、いざとなったら結局一人になるのが怖いのだ。
『それでですね。私達カレイドステッキはマスター認証した者にしか扱うことができない道具、その定員も特別認証を除けば二人までしか転身させることができないのですが。
その設定も弄られた形跡があるのです』
「…?」
『そこでお願いしたいのですが』
と、サファイアはピョンと頭の横辺りを跳ねた後。
『私と契約してみていただけないでしょうか』
目も何もないその六芒星の体を、まるでじっと見つめるかのようにこちらに向けてそう言った。
◇
契約。
要するに先に言った魔法少女に変身するために必要な認証らしい。
認証を済ませれば、対象を魔法少女へと変身させることができるとか。
『では失礼を。痛みは一瞬です』
「―――っ」
チクリ、と小さな痛みを感じた後人差し指で膨れ上がった赤い液体を拭い取るサファイア。
別に魔法少女に興味があったわけではない。
もう高校生だ。さすがにそういうものに憧れたりするような年齢ではない。
ただ、何かをしていれば気が紛らわせるんじゃないか、この現状でも冷静さを取り戻せるんじゃないかと思っただけだ。
『それでは私の柄の部分をお持ち頂いて……、あ、少し光るので物陰に潜まれた方がよろしいかと。
では、音声による名称登録を。園田様のお名前をお名乗りください』
「…園田海未、音ノ木坂学院2年生です」
『登録完了。では転身します』
「え、ちょっと待ってくだ、まだ心の準備が――――」
『コンパクトフルオープン!境界回路最大展開!』
と、なぁなぁで流されてしまったものの、いざとなると怖気づいてしまった海未の静止を完全に無視する形で転身の詠唱を唱えるサファイア。
慌てて海未は手を離そうとするが、ステッキ部分は手に食いついたかのように離れない。
体を光と温かさと、何かよく分からない感覚が包み込んでいく。
同時に着ていた音ノ木坂学院の制服が消失し、青を基調としたファンシーな衣装が代わりに包んでいく。
10秒ほどだろうか。自分の周りを光が発していたのは。
それが収まって、思わず閉じていた目を開く。
『ふむ、どうやら成功のようです』
「………」
何だか妙にスースーする感覚に下を向く海未。
「な、何ですかこの格好ーーーーーーーーーーー!!」
『園田様にふさわしいと思われる魔法少女の衣装に転身させていただきました』
体を覆う布は競泳水着のようにぴっちりとしており脇は露出し、しかも腹部は開いている。
腰には申し訳程度の長さのスカートが巻かれているだけ。
腕や足先は覆われているものの、太ももの辺りは野ざらしに近い。
「破廉恥です!こんな格好では人前に出られません!」
『大丈夫です。ここには園田様一人です』
だがずっと隠れているわけにもいかない。
恐る恐る外に出てガラスの前に立ってみる。
自分の姿の全容が見える。
長髪を結ぶように蝶のようなリボンが頭につけられて後ろ髪を結び。
背中にはまるで蝶をイメージするような羽らしき布がついている。
(このリボン…、意外と似合うのでは…)
何となくそのカラーリングが自分に合っているような気がした。
青を基調とした衣装。μ'sでのライブで着てきたのはだいたいこんな色の服だ。
(だからといって、このお腹とか足とかの露出は認められないですが!)
かつてアイドルの衣装としてことりに勧められたミニスカートの服がかなりマシなものにも感じられていた。
(これで少しは気を取り直していただけるとよろしいのですが)
サファイアはガラスに映った自分の姿を見つめる海未を眺めつつ考えていた。
彼女とてマスターに対する拘りはある。今の自分のマスターは美遊・エーデルフェルトただ一人だ。
契約したあの日から、彼女をマスターとして仕えようと決めたあの時から。
しかし現状においてはこの制限とやらのおかげで自分一人では主を探すこともできない。
であれば、協力し得る者である園田海未の精神管理もまた大事だと考えていた。
魔力回路やそれに代わるような力は感じられないため戦う力はなさそうではある。
しかしMS(魔法少女)力―――戦闘力、容姿 及び性格などの魔法少女特性、社会への影響力などを総合した数値は戦闘力の低さを残していたとしても元主であるルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトより高いように感じられた。
あの傍若無人で肉体言語を遠坂凜と繰り広げる元マスターと比べれば、まだお淑やかで慎ましさのある彼女はサファイアの好みではあった。
(まあ、美遊様が一番ではあるのですが)
と、そろそろ戻してもいい頃だろうか、と海未に意識を戻すサファイア。
すると彼女はガラスの前に立った状態で、周囲を伺うようにキョロキョロし始めた。
『……?』
「サファイアさん、今から見るものは他言無用でお願いします」
『は、はぁ…』
そうしてガラスから自身の全身が映る位置に移動した海未は。
まるでポーズか何かを決めるように顔の横に手をやって、ニコリ、と笑った。
『………』
「ふふっ」
さらにそこから全身を見せるようにクルリ、と一回転して。
「バーン」
『………』
指を前に差し出してそう叫び。
『あ』
「みんなのハート、撃ちぬくぞー!」
さらに弓を構えるようなポーズを構えて、横に跳ねながら。
「――――ラブアローシュート!!」
まるで必殺技を名乗るかのように、そう声を上げた。
『園田様』
「いいですか?この事は他言無用でお願いします」
『それは構わないのですが…』
決まった、とでも考えるように笑みを浮かべる海未は、念を入れるようにサファイアに再度告げる。
そうしてふと横に視線を動かすと。
「ハッハッハ」
『その、生体反応を検知致しまして』
「―――――――」
青い軍服を纏った眼帯の男が立っていた。
海未の笑顔が一瞬で凍りつく。
「………」
「いやはや、若さとは羨ましいものだな」
「……あの、一体どこから……?」
「フム、ガラスの前で笑顔を向け始めたところだったかな?」
「……」
「いや失礼、続けたまえ。私のことなど気にする必要はないぞ」
「――――――――――っ!!!!!」
羞恥のあまり叫び声を上げる海未を見ながら。
サファイアは姉がイリヤスフィールをいじる時の楽しみの断片を理解したような気がした。
◇
男は
キング・ブラッドレイと名乗った。
アメストリスという国で大総統、国の最高指導者についている者だ、と。
「アメストリス…ですか。聞いたことはないですが……」
「ふむ、それなりに栄えた大きな国であると自負していたのだが…」
ちなみに今、海未の服は音ノ木坂の制服に戻っている。
あの露出だらけの衣装でポーズをとっていたという事実は絶叫と共に心の奥に仕舞い込んだらしい。
「ちなみにその杖は一体何なのかね?」
「これは、…ええと、何と説明しましょうか……」
さすがに海未も、大の大人に対してこれが魔法少女の変身道具です、などと説明することは気が引けていた。
『私はカレイドステッキ・サファイア。特殊魔術礼装です』
「ほう、しかも喋るとは、なかなかに興味深い。中に人でも入っているのかね?」
『いえ、そんなことは』
「冗談だよ、ハッハッハ」
朗らかに笑うブラッドレイ。どうやらかなり気さくな人のようだ。
(よかった、どうやらいい人に会えたみたいです)
サファイアがいたとはいえ、一人でいた孤独がどうにか紛れそうなことにホッと胸を撫で下ろす海未。
「ところで君、何か武器は持っていないかね?
私は軍人で体には自信はあるのだが、何しろ武器がこんなものしかなくてね」
と、ブラッドレイが取り出したのは一本の錆びた鉈。
確かに武器にならなくはないが、剣や銃に比べればかなり心細いだろう。
「もしくれるのなら、君のことも守ってあげられると思うのだが」
「あ、それなら待ってください。確かここに一本の剣が―――」
と、海未がバッグに手を突っ込み、中を覗きながら弄り始めた時だった。
『園田様、危ない!』
サファイアの叫び声が響き、海未の体を押し出した。
「―――きゃっ」
悲鳴を上げて尻もちを付く海未。
それと同時に、持っていたバッグの中身が地面に転がり出ていく。
持っていたバッグに目をやると、それは真っ二つになっている。まるで何かで切られたかのように。
「ふむ、せめて一瞬で痛みすら感じぬように死なせるつもりだったのだが、まさか外すとはな。少し油断があったようだ」
「え……ブラッドレイさん…?」
今バッグを斬った場所に本来あったものは、バッグを見ていた自分の首筋。
ブラッドレイはそこに向けて鉈を振り下ろしていた。
その表情はついさっきまで話していた、朗らかなそれと何ら変化がない。
「私とて無益な殺生は好むところではないのだが、しかしそれでも帰らねばならぬ場所があるのでな。悪く思わないでくれるかね」
「……!」
が、そう言った瞬間隻眼の瞳に殺気が宿る。
鋭く、冷たいそれはそれまで普通に生きてきた海未すらも怯ませるほどのもの。
カツッ
一歩踏み出したブラッドレイの足に何かが当たる。
それは海未が取り出そうとしていた一本の剣。
「ほう、銃剣を加工したようなデザインだ。シンプルな作りだがいい素材を使っているようだ」
『園田様!走って!!』
サファイアの叫びに、咄嗟に立ち上がってブラッドレイに背を向けて走りだす海未。
彼の意識は拾い上げたそれに向いている。逃げる隙があるなら今しかない。
息を切らせながら全力で駆ける。
「――サファイア、さん!一体、どうなって、いるのですか!」
『私自身、あのキング・ブラッドレイという男に妙な気配を感じてはいたのですが、確証が持てなかったため判断が遅れてしまいました』
髪に掴まったサファイアは、あの男が現れた時のことを思い出す。
いくら自分があの時の海未に呆気に取られていたとしても、あそこまで接近に気付かれないことはありえないはず。
しかしそれが制限によるものなのか、本当に気配を消してあの男はあそこまで近寄ってきたのか、そのどちらなのかということに確信が持てなかった。
その結果、彼が牙を剥くあの瞬間まで判断が遅れてしまった。
「はぁ……!はぁ……!」
逃げる海未の精神は恐慌状態に陥りかけていた。
ついさっきまでは優しい気さくなおじさんだと思っていた相手が、刃物を持って追いかけてくる。
凛ほどではないが体力にはそこそこ自信があったはずだが、どんどん距離を詰めて追ってくる足音が聞こえる。
(嫌……助けて……)
『――!園田様!そこの十字路を右に!』
「えっ!?」
突然叫ぶサファイア。
その声に合わせて右に曲がる。
急なカーブに転びそうになるのをどうにか立て直して走り続ける。
広く一直線な大通り。
見晴らしがいいが逃走経路としては相応しいようには見えない道。
それでも一心不乱に走り続ける海未。
しかし本人の気付かぬうちに疲労の溜まっていた足はもつれ、地面に転び込む。
「あうっ…」
起き上がれぬまま、それでも追跡者への恐怖を思い出して振り向く。
だがさっきまで聞こえていた、自分を追う足音は既に聞こえない。
見晴らしのいい道路の後ろには既に誰もいない。
(もう、追ってこない……?)
「鬼ごっこは終わりかね?」
安心した瞬間、自分の背後、本来自分が逃げていた方向から声が届いた。
恐怖と絶望のあまり、振り向くことすらできない。
『はっ!!』
髪についていたサファイアが飛び出していく。
渾身の思いで放った体当たりは、しかしあっさりと鉈で道の脇に飛ばされていく。
そのまま、もう一方の手に携えていた刺剣を構えるブラッドレイ。
少しだけだが武術に携わっていたから分かる。あれは一直線に自分の心臓を貫くだろう。
(―――穂乃果……)
それが突き出される一瞬前、目を閉じた時に浮かんだのはずっと共にいた親友の顔――――
――――――バキィン
「む?」
「えっ…」
しかしそれが海未の体を貫くことはなかった。
「よかった、間に合った」
貫くはずだった剣を受け止めているのは、10歳ほどの少女。
その体を包んでいるのは露出度の高い衣装。まるでさっき自分が纏っていたような。
そしてその手に握られているのは、ステッキ形態のサファイア。
剣を引き距離を取るブラッドレイを前に、少女はステッキに問いかける。
「サファイア、状況を」
『こちらの園田海未様は私の支給主、そしてそちらのキング・ブラッドレイ様は殺し合いに乗っておられます』
「そう」
そうして少女、美遊はキング・ブラッドレイの殺気に対し、敵意を持って受け止める。
「どうして殺すの?」
「必要があるからだ。私とて命は惜しいし、何より急いでせねばならないこともある。
それが私にとってこの場にいる者達の数よりも重かっただけのことだ」
「……」
ブラッドレイの言葉に沈黙で答えた美遊は、まっすぐにステッキをブラッドレイへと向け。
「そう、ならあなたはきっとイリヤを傷つける。私がここであなたを倒す」
「できるかね?君のような子供に」
と、美遊は起き上がれぬ海未から離れるかのように横に駆け出し、そんな彼女を追うようにブラッドレイも走り始めた。
『園田様!ここからお離れください!』
「砲撃(シュート)!」
青い魔力の砲撃がステッキがブラッドレイに向けて放出。
しかしブラッドレイはそれを避けながら美遊の元へと突っ込む。
「―――!速―――」
最低限の回避態勢で砲撃を避けたブラッドレイは美遊の顔目掛けて剣を突き出していた。
その速さに驚愕する美遊。しかし刃は星形のバリアが美遊の前面に張られることで受け止められていた。
「ほう、それがその杖の本当の力かね?ますますもって興味深い」
その守りの外に向けて、もう一方の手に持った鉈が振りかぶられる。
全力で体を反らしたことで髪の毛を斬られただけに終わるが、無理な態勢を取ったことで地面に受け身も取れずに倒れこみかけ。
しかし逆に逆上がりの要領で地面を蹴り、その顔面へと蹴りかかる美遊。
咄嗟に鉈でそれを受け止めるブラッドレイ。
そのまま勢いに任せて飛び退こうとした美遊に、刺剣による追撃が襲いかかる。
腹部を貫かんと放たれたそれにサファイアも反応が遅れ障壁展開が遅れる。
「っ…!!」
後ろに飛び退く美遊。
痛みに抑えてはいるものの、刺突を受けた場所には大きな傷はついていない。
「ほう、咄嗟に体を硬質化させたか。グリードを思い出させるな」
『…美遊様、この男、おそらくあのバゼット・フラガ・マクレミッツにも匹敵する身体能力を持っています』
身体能力だけでかつて追い詰められた執行者にも劣らぬほどの力を発揮する男。
とてつもない脅威だった。
「初見では分からぬ力を持っている。肝も座っているし判断力も悪くはない。
だか、いかんせん若すぎるな。詰めの一歩が甘すぎる」
しかし退くわけにはいかない。
もしここで退けば、きっとこの男はイリヤの敵となる。
踏み込んできたブラッドレイは刺剣による突きを放つ。
あまりの速さにかわしきれず、防壁と併用して防御する美遊。
しかし突きは正確に、その隙間を縫うかのように放たれ続ける。
脇に、腕に傷を作り続けるも、致命的な場所だけは隙を避ける。
このままでは消耗戦となり不利にしかならない現状。
美遊は意を決したように、敢えてほんの一瞬、わざとには見えないような隙を顔付近へと作る。
刺剣はその隙を見逃すことなく突く。
申し訳程度に張っていた障壁は割れ、その頭を貫かんと迫り。
それを、ギリギリ、紙一重のところで顔を逸らして回避。
「サファイア!」
掛け声と同時に、サファイアの障壁が展開される。
「ぬ!?」
展開先は、ブラッドレイの突き出した腕。
空中に固定された障壁に巻き込まれたブラッドレイの腕は引きぬくことができずブラッドレイの動きを阻害する。
「―――砲撃(シュート)!!」
そのまま動けぬブラッドレイに向けて、美遊の砲撃が至近距離から放たれた。
爆発と同時に飛び退く美遊。
周囲を煙幕が覆い、戦果を確認しようとする視界を阻害する。
「サファイア、相手は?」
『今確認を――危ない!!』
サファイアの叫び声と、刺剣が煙を切って突き出されたのはほぼ同時だった。
かろうじて展開した小さな障壁はあっさり突き破られ。
グシュリ、と嫌な音を立てて剣は美遊の左目を貫いた。
「―――っあっ!」
咄嗟に撃ち込んだ砲撃がブラッドレイを牽制し、その距離を離す。
『美遊様!』
「ぐ…あっ…」
手で抑えるも、瞳の傷から溢れる血は止まらない。
一方でブラッドレイを見ると、服はところどころ焼け焦げているようだが決定打は加えられていない様子だ。
しかし刺剣を振るうもう一方の手に持っていたはずの鉈は刃が消滅し柄だけとなっている。
「今の一撃、もう少し威力の高いものが放たれていたなら防ぎきれなかっただろうな」
武器として使い物にならなくなったそれを放り投げながら呟くブラッドレイ。
さらにところどころに焦げ目のついた青い軍服も脱ぎ捨て、白いカッターシャツ姿に変わる。
「ぁ、…はぁ……はぁ…」
美遊の顔からの出血、そして体から吹き出す嫌な汗が滴り落ちて地面を濡らしていく。
『美遊様!撤退を!その傷で戦われてはお体に障ります!』
「くっ……」
サファイアの言葉に宙に飛び上がる美遊。
しかし受けたダメージの大きさ、そしてその身にかけられていた制限の中ではあまりに緩慢な動きしか叶わず。
チャキッ
剣の鳴る音が聞こえたその瞬間。
空中にいるはずの美遊の目の前に現れたブラッドレイが、目にも止まらぬ動きで剣を幾度も振りぬき。
彼が地面に着地するのと、美遊が全身から血を吹き出しながら地に堕ちたのは同時だった。
「…ふむ、やはりいつもより体の動きが悪いな」
そのまま、地に倒れ伏した美遊には目をくれることもなく、ここから離れたもう一人の獲物を探して走りだした。
◇
正直なところ、海未は逃げろ、と言われてすぐにその場から動き出せたわけではない。
殺されかけた恐怖はすぐさま拭うことなどできず、しばらくは美遊とブラッドレイの戦いを眺めていた。
サファイアの本来の持ち主であるという美遊はそれなりに戦い慣れしているように素早く鋭いものだった。
自分にはできないだろう、サファイアの言っていた魔法少女としての戦い方がそれなのだろう。
だが、そんな彼女の戦い方を目にしていてもなお、ブラッドレイは異常だった。
一見何も超能力や魔法みたいな力は何も使ってはいないように見える。
しかし、武術にそこそこ精通していた海未だからこそ、その動きが人間のそれとはかけ離れたレベルのものであることが分かってしまった。
中でも動きの一つ一つの速さと反応速度。その二つがあまりに有り得ない。
その戦う様子が、美遊以上に人間に思えず恐怖した海未は走り出していた。
もし追いつかれるようなことがあれば殺されるのは自分だ。
小さな少女を戦いの場に残して逃げる後ろめたさを、その恐怖心が上回ってしまった。
死にたくない。
その一心で走り続ける海未。
どれほど走ったかなどもう把握できない。
と、目の前に大きな橋が見えた。
確か地図では市街地の中心辺りにあったもので、その先には音ノ木坂学院があったと思う。
あそこまで逃げれば一息つけるのではないかと、そう思い駆け続ける海未。
「…っ、あっ!」
しかしその時、スカートを引っ張られるような感覚が走って地面に転げ込む。
慌てて起き上がろうとしても起き上がれない。
スカートに目をやると、端の部分を剣が貫いて地面に縫い付けられている。
「ふむ、外すか。やはりいつも通り、とは行かぬようだな」
そして、いつの間に移動してきたのか目の前に立っていたブラッドレイ。
「あの娘のことが気になるかね?私がここにいるということはその意味は分かるだろう?」
「あ……あ……」
引き抜いた剣からはまだ真新しい血が滴り落ちている。
あの血が一体誰のものなのか、考えるまでもないだろう。
「ではな。恨むならこんなことに巻き込まれた不運を恨め」
そう言って、ブラッドレイは逃げることもできぬ海未へと剣を振り下ろした――――――
◇
『美遊様!しっかりしてください!今体の回復に全魔力を回します!』
地面に血まみれで伏した美遊の傍で必死で語りかけるサファイア。
サファイア自身の体も傷がつけられているようだが、それが動きに支障をきたしている様子は見えない。
どうやらまだ動くことをブラッドレイは見逃した、ということだろう。
しかし、その事実を差し引いても美遊の体の傷の深さとは釣り合わない。
「……サ、ファイア。バッグの、中に、クラスカードがある…、それを、取って」
『いけません!今動かれては傷が―――』
「魔力の循環が悪い…。たぶんこの傷を治すのは、サファイアでも無理。…だから、お願い、サファイア。あれなら、あの男にも……」
『美遊…様……』
全身傷だらけの状態、片目の視力は失われ、失血の影響で意識も朦朧としている。
そんな状態でも、美遊はまだ諦めてはいなかった。
「イリヤだったら、こんな時でも、絶対に諦めたりはしない…。だから―――」
『…分かり、ました』
サファイアは美遊のバッグからカードを取り出す。
よろけ、地面を体から流れる血で濡らしながらも起き上がった美遊は。
カードを掲げて叫ぶ。
「――――夢幻召喚(インストール)!」
◇
◇
「む?」
剣を振り下ろそうとしたその瞬間、まるで後ろに引っ張られるかのような力が剣に発して腕の動きが止まる。
見上げたブラッドレイの目に入ったのは、鎖が絡みつき後ろに引っ張られている剣。
「ほう、まだ息があったか」
それを、思い切り力を入れて逆に引っ張るブラッドレイ。
引かれるように、小柄な体が宙を待ってブラッドレイと海未の間に降り立つ。
その存在、美遊の服装は先の魔法少女の姿とはまた別の形のものとなっていた。
黒いボディコンに身を包み、その目には眼帯が備え付けられている。
肩や足を露出させ両手には鎖のつけられた釘のような刃物を持っている。
次から次へと色々な格好を出してくるものだ、と。
ブラッドレイは動じることなく剣を振るい、その顔を切りつける。
手応えはあったものの想像以上に耐久力を持っていたのか、顔の眼帯と皮を切り裂くに終わり。
「――――ーむ!!」
次の瞬間、ブラッドレイの体の動きがまるで麻痺したかのように鈍り始める。
その見開かれた少女の、今や片目だけとなったその瞳を見た瞬間、まるで全身を強い力で縛られているかのような拘束力が覆った。
それは「宝石」のランクに位置する高位の魔眼、「石化の魔眼・キュベレイ」。
遥か昔、西の果ての形なき島にて語られたゴルゴン三姉妹の末妹、メデューサの持つ力。
クラスカード・ライダー。それが美遊に支給されていた唯一の支給品だった。
「ぬ…ぅ!」
しかし、その力も片目しか開かれぬ現状では最大の力を発揮することはできない。
大きく鈍りながらもこちらに剣を突きつけるブラッドレイ。
それを美遊は海未を決して視界に入れることがないように避けながら短剣を突き出す。
防ぐように翳されたブラッドレイの腕に刺さる。
地を蹴って後ろに下がるブラッドレイ。
しかしキュベレイの魔眼の力によって本来の速さを発揮することができない。
だが今なら攻め続けることができれば打ち倒すことはできるだろう。
しかし。
「掴まって」
美遊が海未の体を抱え上げたその瞬間。
二人の眼前に魔法陣のような光の模様が浮かび上がる。
その正面に立っていたブラッドレイは重圧のかかっていた体に鞭打って横に力いっぱい飛び退き。
「――――騎英の、手綱(ベルレ・フォーン)!!」
何かを唱えるかのような叫び声を美遊が上げたと同時。
魔法陣から飛び出した何かがブラッドレイの立っていたはずの場所を過ぎ去り。
橋を抉りコンクリートの地面を砕きながら、光の軌跡を残して空に舞っていった。
「ふ、ハハハハハハハハ!!全く、面白い!!」
体の重圧は既に解けている。
どうやらあの目に見られたことがこの体の異常の原因だったらしい。
錬金術でもない、全く未知の力。
「全く、人間というものは時として我々の予想外をいくものを見せてくれる」
腕に負った傷、そして全身に残る強い疲労があの少女の戦闘の成果、というところだろう。
しかしそれに対する怒りはない。むしろ賞賛する思いがあるほどだ。
「ああ、だからこそ、惜しいな。それが君の最後の成果となるということが」
そんな言葉の中に、僅かに名残惜しさを感じさせるようにブラッドレイはそう呟いた。
◇
「これは……」
目を開いた海未の目に入ったのは、自分が眩いばかりの光を放つ何かに乗っている様子。
まるで馬のようにも見えるその白馬、しかし背に生えた巨大な翼がそれがただの馬ではないことを表している。
「ペガサス…ですか…?」
「………」
前に乗っている美遊に問いかける。しかし返答はない。
きっと馬を繰ることで一生懸命なのだろう、と。
そう思った海未は気付かなかった。美遊の様子に。
やがて大きな建物の上に着地するペガサス。
そのまま、海未と美遊が足を下ろすと、まるで幻だったかのようにその姿が掻き消える。
ここはいつもμ'sの練習場所として使ってきた、音ノ木坂学院の屋上だ。
さすがにここまでくれば、あの男も追ってくることはないだろう。
「あの、
美遊・エーデルフェルトさん、ですよね」
「………」
「その、助けていただいて、ありがとうござ――」
「あなた」
と、海未のお礼を言おうとする言葉を遮るように口を開いた美遊。
「サファイアを、お願い――――」
ブシャッ
そう言いかけた瞬間、まるで堤防が決壊したかのように全身から血を流して地面に倒れこんだ。
「え……」
『…美遊様……』
唖然とする海未。一方でサファイアはその結末を予期していたかのように、己の主の名を小さく呼ぶ。
美遊は自身の回復に回すべき魔力を、全て一時的な止血に費やしていた。
だが、それは逆に魔力を使い果たした時それまで耐えていたダメージが全て一度に発してくる危険な手段。
当然サファイアは反対した。
しかし美遊はそれでも、あの男、キング・ブラッドレイに立ち向かう道を選んだ。
その果ての死。
もう動くことのない美遊の表情には後悔はない。
そんな、目の前で失われた命。
それを海未は、声を出すこともできずに見つめることしかできなかった。
【美遊・エーデルフェルト@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 死亡】
◇
「さすがに今から追いつくのは無理か。まあ他の全てをおいて優先すべきことというわけでもない、か」
ブラッドレイは腕を縛って止血を施しつつ、体の調子を確かめながら現状について思案する。
自分は北方司令部との合同演習から戻る途中、列車の爆破に巻き込まれたはずだった。
少なくともあの時に自分が死んだ、とは思えない。かといってこれが「お父様」に敵対する者が引き起こしたものかと言われれば怪しい。
逆に「お父様」が始めたものであるならば自分に何も説明がないはずもない。
であれば、今の自分がしなければならないことは何だろうか。
まず何があっても元の司令部へ帰還すること。
そのための手段は問わない。現状最も効率がいいやり方を考えるのならば、この場の者を皆殺しにすることだ。
だから、現状の行動方針はこう決めていた。
- エドワード・エルリック、ロイ・マスタングの二人の保護。
- プライド、エンヴィーの二人との合流。
- それ以外の全てをなぎ払う。しかしこの場からの帰還手段に心当たりを持つ者はその限りではない。
これが、ホムンクルス・「憤怒」のラースとしての自分の行動方針。
しかし。
「その”過程”をある程度楽しむ、くらいのことは構わないだろう?」
先の小さき少女の奮戦を思い起こしながら。
誰に言うでもなく「キング・ブラッドレイ」はそう呟いた。
【G-6/音ノ木坂学院屋上/深夜】
【園田海未@ラブライブ】
[状態]:疲労(大)、足に擦り傷
[装備]:
[道具]:カレイドステッキ・サファイア@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、クラスカード・ライダー@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ、基本支給品(美遊)
[思考・行動]
基本方針:死にたくない
1:え……
2:μ'sの皆を探したい
※サファイアによってマスター認証を受けました。
※サファイアの参戦時期はツヴァイ終了後です。
【F-6/橋付近/深夜】
【キング・ブラッドレイ@鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST】
[状態]:疲労(大)、腕に刺傷(処置済)
[装備]:デスガンの刺剣@ソードアート・オンライン
[道具]:基本支給品、不明支給品0~2(刀剣類は無し)
[思考]
基本:生き残り司令部へと帰還する。そのための手段は問わない
1:他参加者は基本的に殺害。
2:エドワード・エルリック、ロイ・マスタングは死なせないようにする。
3:有益な情報、技術、帰還手段の心得を持つ者は確保。
4:プライド、エンヴィーとの合流、ただし急ぎはしない。
※支給品の一つ、鉈@寄生獣 セイの格率は破壊されました。
※橋~音ノ木坂学院の間に騎英の手綱解放による光が走りました
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最終更新:2015年05月23日 17:45