開幕  ◆OEc6vj2q8o



記憶がないという記憶はある。
だから、突然の事態にも驚きが少なかったのはきっとそういうことなのだろう。
記憶がないことを周囲に悟られないように、生活を続ける上で身につけた一種の処世術。
そもそも何に驚けばいいのかが、分からないのだ。
やたらと常識外れな出来事にばかり巻き込まれていることだけは確かなのだから以前の自分は何に手を出していたのか、文句を言いたくなる時もある。
上条当麻は、とりあえず探してみた電灯のひもが見付からないことに、ここが自分のよく知る部屋でないことを理解した。
周囲は闇といっていい。
硬い床から、起き上がって見渡してみても、暗い。

とりあえず室内、と思っていいのだろうか。夜でさえ、これほど光を遮ることは出来ないだろう。ざわ・・・ざわ・・・
呼吸の音がやたら耳につく。最初、獣とさえ勘違いしたが、人……なのだろう。そう思いたい。ざわ・・・ざわ・・・
いくらなんでも知らない間に、飢えた獣の群れに放り込まれるような人生を送ってはいないはずだ。ざわ・・・ざわ・・・

「おーい。誰かいますか?」

大声でそんな言葉を辺り一面に響かせようかとふと思った瞬間、忍ばせた足音が近付いて来る気配がする。

――不思議と声が出ない。

何か声を掛けるべきでは、必死でそう考えるのだが、まるで魔法にでも掛かったかのように声が出ない。
……最もそう思ったのは一瞬のことだった。
そもそも、ありとあらゆる異能を打ち消す「幻想殺し」を右腕に持つ上条当麻に魔法を掛けられる人物がいるはずもいないのだろうが。


「……インデックス?」

近付いてくると、やがて輪郭のようなものが顕わになり、段々と特徴的な修道服姿を形作っていく。
常人が読めば発狂するほどの内容で埋め尽くされた10万3000冊もの魔道書を記憶した完全記憶能力を持つ少女。
その彼女の姿が闇の中に、何故かくっきりと存在を主張するかのように歩いてくるのがわかった。
馴染みの顔に安堵する心が半分、このおかしな事態に巻き込まれてしまっていることに対する不安の心が半分。
ともかく何か、この突拍子もない事態に心当たりがないか尋ねてみようとした、出鼻を挫くかのように思いも掛けない言葉がインデックスから飛び出してきた。

「あなたは見事、当選しました」

ほんのり興奮気味に伝えてくる。その意味を斟酌しながら言葉を選んで疑問を呈してみる。

「……何かに勝手に応募したのか? それとも立候補の届出を?」

「ううん。全然」
首を振りながら率直に否定の意を伝えてくるインデックス。

「自慢じゃないが、こちとら貧乏くじ以外は引いたことがねーんだぞ。どうせろくでもない怪しい勧誘やら商売やら宗教やらに決まってるだろ。
 帰ります、帰らせて頂きます実家に」

「だめ。これが終わるまでは誰も帰れない。死んでもダメだよ。死んで幽霊になったって帰れない」

妙な迫力でやたらに怖いことを言ってくる。

「いや、死ぬ思いしてまで帰りたいとは言っておりませんが……」

「死んでからでも家に帰りたいって思っていた子もいるんだから。そんな軽い気持ちで口に出してもらっちゃ困るよ。まったく」

「あの、何を言ってらっしゃるんでせうか」

いつの間にやら説教されている。訳の分からない事態の連続に頭を抱えたい衝動にかられ手を伸ばした瞬間、ふと、指先にひやりとしたものが触れる。


「あ、気付いたんだ。じゃ、早速だけど、そろそろ言っちゃおうかな。とうまで最後だし」

自分が何か別の生き物になった錯覚さえ起こさせる不穏な熱を持たない金属の感触がある。
――知らない間に、首に首輪が巻かれている。
その事実に胃からこみ上げてくるものさえあった、だが。

「――これから殺し合いをしてもらいます」

「…………」

「――これから殺し合いをしてもらいます!」

大事なことだから二回言った。というより単に望みの反応がなかったからだろう。
場にはしらけきった空気さえ流れ始めていた。

「あ、信じてないね。その首輪には爆弾が仕掛けてるんだよ」

むくれながらそんなことを言ってくるが、どうにも理解が追いつかない。
そうしている間にも時間は刻一刻と流れ、知らずのうちに全てが取り返しの付かないことになっていることにも気付かずに、上条当麻はとある事に気が付いた。

「……待て。おい、お前にもその首輪……」
「そう、だからこれから逆らった人がどうなるのかをはっきりと、見せてあげるから……決して目を逸らさないでね。とうま」

何が可笑しいのか言葉を発している最中も楽しみでしょうがないと抑えきれない笑みさえ溢しながら、手を振り下ろすような何気ない仕草をした。



――どん!

――衝撃。
それを最後に少女はその場に倒れ伏した。
いつの間にかどこからか光が、この惨状を晒すためだけに射している。
少女はぴくりとも動かず、血だまりの中に沈んでいた。
少年は事実以外には、何一つ幻想の混じらないその完結した世界の中にいて、無力に佇むことしか出来なかった。


【インデックス@とある魔術の禁書目録 死亡】


……この、いつ終わるとも果てない不毛で理不尽な遊戯はこうして始まった。



むくり。

「……と、こんな風になった人も失格ですので。
 それでは各自、所定の場所にまで移動して下さい。あ、これよりディバックを配ります。整理番号通りに並んでください。
 列は乱さないようにお願いします。心配なさらなくとも支給品は十分な数を用意してありますので。
 お待ちいただく間、配布されたルールブックにはよく目を通しておいて下さい。
 特定の注意事項を守らない場合、失格も有り得ます。
 もしもの場合は、然るべき公的機関への通報も考慮せねばなりません。
 ルールとマナーを守って楽しく参加してくださいね」

黒服の怪しげな男達に囲まれ、てきぱき準備を進める死体役兼主催者から、べったり怪しい血糊の付着したディバックを渡されはしたが、
「……所定の場所とか聞いてませんよー」
と、とりあえず小声で突っ込みを入れるに止めておく。

どこからかき集めたか、行儀よく順番を待つために並んでいる、やたら気合の入ったコスプレ集団を見るにつれて自分が一体どういう人生を歩み続けていたのか。
改めて疑問に感じることとなった。振り返りたいような、絶対そうしたくないような微妙な心境である。
それはともかく、ざわ……ざわ……とざわめく中から『拙者』『これがギアスの力』と言ったワードが漏れ聞こえてくると、その幻想をぶち壊す――とか言いたくなってくるのだが。
何がどうなったのか、さっぱり分からないが引き返すことの出来ない手遅れな状況であることだけは確かなようである。

「不幸だ……」



【インデックス@とある魔術の禁書目録 生存確認】
【残り六十四人】


【主催】
【インデックス@とある魔術の禁書目録】
【黒幕@???】



【ルールブック】
諸注意などがありますが、以下の内容が主となります。

基本ルール
期間は四日以内。優勝者にはひとつだけ何でも願いを叶える。
参加者は期限までに自分以外を全員死亡させる。
ただし期限が過ぎて二名が生き残っていた場合、両者を優勝者とする。
三名以上の場合は、勝者なし。全員死亡扱いとする。
ただし、二名を優勝者とした場合でも、願いはひとつだけしか叶わない。

【支給品】
一日分の食料、地図、方位磁針、照明器具、筆記用具、メモ帳、時計、
歯ブラシ、予備の下着、ランダム支給品1~3が支給される。

【放送】
6時間ごとに一日に四回の放送が行われる。
放送では前の放送までの間に死亡した人間の氏名。
そして進入禁止エリアを二つとサービスエリアを発表する。
進入禁止エリアに立ち入った場合、一分の警告の後に首輪が爆発する。
時間内に退避すればペナルティはない。
サービスエリアに立ち入った場合、ある特典が……。

【名簿】
名簿は最初の時点では、16名の名前が浮き出ている。
誰の名前が浮き出ているかはそれぞれ違う。
6時間ごとに16名ずつが追加されていくが、それもそれぞれ差異がある。



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最終更新:2009年10月22日 22:23