crosswise -black side- / ACT1:『疼(うずき)』(一) ◆ANI3oprwOY




技術の粋と、神秘の秘奥が競い合う。
ヒトの遺した2つの遺産が我を通す。
剣を執れ、銃を構えよ、異能を尽くして天上天下に知らしめよ。
指を鳴らせ、鉄兵の操者。火砲を上げ幻想の敵を打ち貫け。
さすれば、然るに道は開かれる。

あらゆる邪魔を踏破して。
あらゆる障害を駆逐して。
それでも、超然たる願いに臨むのであれば。
汝、最強を証明せよ。








          □ □ □ □





    crosswise -black side- / ACT1:『疼(うずき)』 




               ■ ■ ■ ■






/疼・対ノ劍舞




「ぬううううううううううぅぁああああああ!!!」
「せえええええええい!!」

鋼の剣が空を裂く。鉄の鎧が地を砕く。
譲れぬもののために、誇るもののために。壊す者と守る者は道を譲らない。
必勝の戦意と、必滅の殺意が凌ぎを削り合う。

二騎の衝突は大気を焦がし、並び建てられたモール街へと波及する。
大通りの路面が、オフィスビルの壁が、電柱が灯台が木材が鉄板がアスファルトがコンクリートがガラスが、
皆々が一様に吹き飛ばされる。押し潰される。砕け散る。引き裂かれる。木端微塵になる。
秒針を刻むたびに、都市が姿を荒野へ変えていく。
それはここに築かれた街並みの時間が逆行しているようであり、
逆に、やがて訪れる星の終焉を早送りで眺めるようでもある。

「フハハ。踊れい、独楽の如く。廻り続けて余を興じさせよ!」
「通さない……絶対に!」

死の舞踏が始まって一刻足らず。
音は止まない。嵐は消えない。戦いの執着はまだ遠い。
この場では、もはや茶飯事となり果てた戦いの音。
ヒトとヒトとの殺し合い。分けても最上位に届く伝説、神話にまで昇華された英霊達の闘争。
あるいは、生きていくためにヒトとしての善性を捨て、人面獣心の修羅と化し夜叉と堕ちた地獄の魍魎達の晩餐。
飽くことなく繰り返されてきたそれにこれまでと差異があるとすれば。
それが、人と機械におけるものであるという点だ。

人の名は織田信長。天下布部を成し遂げんとする王を自認する魔の武将。
一昼夜にして五の戦を渡り歩いたにも関わらずその姿は未だ健在。
己が覇道を妨げる外敵は総て滅してきたが決して無傷ではなく、少なからず損害を被っている。
されど、次なる争いがあるとなれば歩みを止められる筈もなし。
底尽きぬ野望、その為だけに身を厭わず、己が勝利に邁進している。

機械の名は紅蓮弐式。ヒト同士の戦争を新たなステージへと移行させた人型機械、ナイトメアフレーム。
ブリタニア帝国に反する組織、黒の騎士団における最強の一機は名の通りの赤の鎧を陽光で照らす。
思いを失くした少女、操者(デヴァイサー)である平沢憂は舵を握る。
孔の空いた心を支えるため、主君のルルーシュに叶わぬ献身を注ぎ続ける。
俄仕込みの操縦技術は、しかし紅蓮の機体性能を持て余すことなく発揮している。
スペック通りの破壊力を存分に引き出し、魔王との継戦を続けていた。

せいぜい二メートルの男と四メートル超の人型機械が、まるで互角のような立ち振る舞いを演じている。
これがナイトメア、あるいはモビルスーツ同士での戦闘ならばさして疑問を挟むことでもない。
人にでなくより巨大な対象に向けた、対物用の火器を満載した機械の攻撃とはそういうものだ。
大隊規模となれば、街一つ焦土にすることも容易い。
だが今目の前にあるのはたった二機。小隊以下の編制だ。
ましてや、その相手が生身の人間であり、あろうことかそれと真正面から鍔迫り合い、拮抗している有り様だ。
出来のいい作劇だと言われれば頷きそうになる、が頭の痛くなることにそれが演技でも芝居でもないことは承知済みだった。
今起きてるのはまごうことなきノンフィクション、悪夢の如き世界での現実の出来事。
―――奇妙な光景だ。
そう、戦場を眺めるルルーシュ・ヴィ・ヴリタニアはひとりごちた。



阿良々木暦からの危急の救援の報せ。
明らかに切迫した様子で伝えられた断片的な通信。
それに応答する間もなく、見計らったように現れた魔人。
事前の情報から、視認するそれが無差別に破壊を振るう殺戮者であることは明白。
知らずとも、あの威容を見て対話の姿勢を持つ和平の使者などには断じて見えないだろう。
出撃準備を整え戦線に出れば、合図もなく合戦の火蓋は切られた。

「かああああっ!」

信長の振るう超音速の剣戟。
剣も鎧もまとめて切り落とす勢い、弱卒如きでは到底受け止められはしない一刃。
穏やかな日常を生きてい、ただの女学生であった平沢憂では対応できるはずもない。

「やあああああ!」

それを可能とするのが、乗り込んでいる道具の存在だ。
人智の結集、科学の力。機械の兵士、ナイトメアフレーム。
かの戦国最強を思わせる紅き威光。その力もまた武将に見劣りせず。
信長の剣に、憂が駆る紅蓮弐式の大馬力の剛爪がかち合う。

「…………………!」

動きが、停まった。
信長の剣が、第六天魔王の攻撃が、競り合いにおいて拮抗されている。
奇怪なる爪と接触したまま前に進もうとしない。
未だ誰にも為し得ていない偉業。それを果たしたのは、年端もいかぬ少女が操る人形だった。
痛みもなく、疲労も最小限でありながら、プログラム通りの軌道は理に適った最適の行動を繰り出す。
内部を蹂躙するトルクが産み出す破壊力は機能美の極み。
その力が、かの魔王を抑え込んでいる。純粋な力の衝突では紅蓮に分がある。
僅かといえど、紛れもない力量差がそこに見えていた。



「ぬうううううううううっっっ!」
「こ、の………っ!」

しかし、その境界もまた薄氷の如し。
小石を投げ打つ程度の衝撃だけで割れる、脆い線引きに過ぎない。
両足が踏みしめる地盤を割りながらも、信長の姿勢は一向に下がりはしない。
備わった腕力、何よりも山をも越える誇りがそれ以上くず折れることを許さない。

「憤っっ!」

その猛りに呼応して、信長の背後にかけられた外套が妖しげに蠢動していく。
身の危険を感じて紅蓮が飛び退くと同時に、外套より無数の散弾が四方八方に飛びかかる。
泥のように澱んだ飛沫。強酸性の流体に底なしの悪意が内包されている。
そのひとつひとつが彼に刈られた命の数であり、同胞を求める亡者の群れが如く生者へ飛びかかってくる。
紅蓮の特徴である右の巨腕で飛びかかる蟲を払うように振り回す。
だが水に斬るも掴むも叶わず、破れた隙間を泥の膜が瞬時に包み直す。
水道の蛇口が破裂した勢いでもって際限なく迸る。
その波濤を諸共に浴びる気概は持てず、脚部のスピナーを回し距離を取ろうと退き下がる。
折角得た反撃の機会をみすみす逃してしまうが、結果としてそれは功を奏することになる。

「オーケイ嬢ちゃん、良い位置だ!」

放たれる淡い粒子光。
空気が炸裂するとともに、触れる物質を熱し消す銃砲が火を吹く。
それは紅蓮の背後、ホバーベースの隣に陣取るリーオーの持つビームライフルによる援護射撃だった。
駆るは傭兵アリー・アル・サーシェス。戦場を練り歩いてきた熟練の腕による的確な支援。
連携する憂との相性の上では最悪。甚だ不愉快だろうが、不平を漏らすことはしない。
今は殺し合い、戦争の最中だ。自分の軽率な行動で場を乱すわけにはいかない。
彼を困らせてはいけないという、いじらしい恭順。
それに、悪態をつく余裕はとても介在してはいなかった。

複雑な思惑などとは無縁の道を進む熱線は目標へ直進する。
生身では逃れられない容赦なき殲滅の光。防御を許さない超熱量。
ビームの熱波は傍を通り過ぎるだけでも人体の肌を焼け爛れさせ、沸騰させるだけの熱量を持つ。
人に向けるには余りに過度の破壊力。直撃でもしようものなら跡形も残りはしない。

でありながら敵は、見た目の禍々しさによらない華麗な足さばきでかわしてみせる。
陽炎の如し残像を残しての跳躍。ただの一足飛びとは思えぬ距離を進みビームの射線上から外れる。
二次被害に対しても、信長は再び背面の黒幕を展開。光の余波を遮るように斜めにかかげて防いでみせた。
リーオーの射撃は誰もいない地面を穿ち、不発に終わった銃撃手のサーシェスが舌打つ。
回避行動は同時に前方へと躍り出る布石となっており、魔王の進軍が再動する。
息を整える間もなく、戦陣は再開する。

「憂、右腕でなく左の刀を使え!相手の足を止めることに専念しろ。
 近づかせるなよ、何としても押さえろ!」
「……っはい!」

指揮官の指示に、恐怖を押し込め期待に応えようと操縦桿に込める力を強める。
ルルーシュの敵。それはそのまま憂の敵だ。自分の命を奪うものなら尚更のこと。
彼の力になると決めた以上退路などない。正面から迫る魔王をこの紅蓮で叩き潰す。
異形と化した右腕と違う、通常の左腕に備えたナイフを手にして躍り出る。
重い一撃が当たらぬならば、軽くとも確実に当てられるだけの数で圧倒すればいい。
出力ではこちらの方が上なのだ。一撃でも入ればそれだけで軍配は傾くはず。

逆手での切り上げは難なく避けられた。
本命の上空で持ちかえての振り下ろしは、またしても空振り。
三度目の突きも、剣を重ねて軽くいなされる。

「――――――っ!」

息つく間もない連撃は全て見切られ、傷ひとつとして与えられない。
焦りが汗となって掌を濡らす憂と比して、信長の顔には余裕すら見える。
肌が触れ合う間合いの遣り取りは戦国武将の独壇場だ。
憂の判断での操縦から動き出す紅蓮と違い、生身である信長は接近戦では常に先手を取れる。
この攻防も、かの王にとっては戯れの域を出まい。
諦めず、四度目の横薙ぎに入ろうとして―――突如、信長の姿が画面より消えた。

「え?」

ふ、と力が抜ける。
カメラが映す敵の姿がふいにいなくなる。
唐突な変化の困惑と、恐怖の対象が消えたことによる安堵。
緩急のついた揺さぶりが、張り詰めていた緊張を解かしてしまう。その合間に滑り込む殺意に気付かずに。

『憂、下だ!』

遠くから俯瞰していたルルーシュの声が届くよりも速く、
鬼の面構えが、モニター越しに憂の両眼に映し出される。

「っ!!!!」

瞬間、鼓膜に突き抜ける爆音。
憂の全身、頭部に収められた脳が激しく振動する。
視界が揺れ、体内を駆け巡る衝撃が三半規管を麻痺させる。
その正体は、四足獣の姿勢まで屈んでモニターの死角に潜り込み、紅蓮の顔面に叩き込まれた信長の拳の音だ。
直接的な傷は与えられないが、新兵を怯ませるには十分の剛拳。
混乱状態になった脳は、至近距離故に剣が使えなかったことを不幸中の幸いと噛み締める暇もない。
たたらを踏んだ機体に次なる脅威が死に誘う。

「っっきぇぇえええええええいい!!」

聞くだけで事切らせる咆哮。信長の手に持つ聖剣が軌跡を作る。
敵を後退させて強引に間合いを作っての斬撃。
頭部に手ごたえがないと知った信長は、より急所が多い胸部に狙いを定めた。
胴体を裂く剛剣。自分に凶器が飛び込む光景を目の当たりにして、憂の感覚が現実に引き戻される。
掻き回された意識を押しのけて表れた恐怖が、本能的な反応を起こす。
自動的にコンソールに乗せられた指が動き、さらに態勢が崩されるのも構わずに脚部の車輪を高速後転させる。
間近に足音を鳴らして歩く死から、何としてでも逃れようと足掻く。
切っ先が表面に触れる。勝利するべき黄金の剣が紅蓮の装甲を鮮やかに切り裂く。
削られたのは薄皮一枚。コックピットの内部までは深く切り込まれずに空ぶる形となる。
事実上の初陣、それも信長相手にここまでの機転を見せる彼女は確かに才に溢れてるといえよう。

「ぅ――――――――ぁ…………」

それでも、経験の少なさは心胆が凍える程に如実である。
ぞくりと、総身が震え上がった。
寒気が体を覆う皮膚を駆け巡り、鳥肌が立つ。
剣は当たっていない。上手くかわせている。
危険が及ばない堅固な機体に守られているのに、錯覚は袈裟に斬られた自分の姿を見せる。
確かめずにはいられず、思わず首に手を触れる。
当然、傷も血もない。全ては恐怖が生んだ空想だ。
にも関わらず脳裏に浮かぶのは最悪の構図。
あと一歩踏み込まれていれば、回避が間に合わなかったら、今の剣は自分を捉えていたのか。
自分は、死んでいたのか。

「敵前にて目を逸らすとは……愚かなり!」

起こり得なかった可能性の想像は恐怖は促進させ、動きを鈍らせる。それは魔王と対峙するにはあまりに危険な行為だ。
追撃とばかりに魔王はさらに空いた間合いに左腕を入れる。
凶暴な咆哮を上げる機銃。炸裂するGNビームガトリングガンの掃射。
携行火器としては破格の破壊力を持つそれは、だがナイトメアの装甲を抜くには至らない。
我に返った憂は咄嗟に右腕を前に出して防御、粒子の銃弾が装甲の所々をへこませる。
一拍遅れて、せめてもの牽制目的にスラッシュハーケンが射出される。
既に魔王は背後の外套を前方に先んじて集中させ防壁を構成。防御の態勢を取る。
強度、柔軟性、酸性の三特性を併せ持った、盾は包み込むように刺突を受け止める。
衝撃は殺し切ったが、至近距離で放たれた飛爪の威力は信長に進行を取らせず、足を地に縫い止められる。

「―――!あああああああああ!!!」

それを好機と見るよりも先に、死なない敵への恐怖心が勝っていた。
大上段に上げた右腕を遮二無二振り下ろす。
とにかく一刻も早くこの怪物を消し去りたくて暴虐を振るう。
一度受け止め右腕の力を知る信長は直立からのバク転。
押しだそうとする力を鮮やかに流し、爪は誰を捕らえるでもなく宙を切る。

「ハ――――――」
「……………………ッ!!」

モニターに映る凶顔の笑み。
両者共近接での斬り合いを主とする思想。間合いが空くことで暫し膠着する。
先に退いていた紅蓮と合わせれば、距離は戦闘が始まってから不変。
その長さこそが、彼我の格差を如実に告げていた。



 ◆ ◆ ◆ 



「……………………………」

目前で繰り広げられている戦いを、一歩離れたホバーベースの指令室からルルーシュはつぶさに観察している。
この場を撤退、ないし敵を撃破するために必要な隙を見つけようと一挙手一投足から目を離さず、周囲の変化にも気を配っている。
戦況は、一見して互角。
双方致命となる打撃は受けておらず、見極めているのか小手調べのような交わりが続く。
だが大局を見渡してみれば、不利が傾いてるのは明らかに此方だった。

『……オーイ旦那、ちょっといいかい』
「……何だ」
『あのさ、こりゃちょっと冗談きついんじゃねーのか?』

リーオーに乗るサーシェスからの声。言葉づかいこそ余裕だが、その声質は焦燥し切っているのがよく分かる。

『これでナイトメア一機分の戦力だぁ……?『アレ』本気で人間やめてんじゃねぇかよ』

少女の体に男の思考を埋め込まれた存在は我が目を疑う。
今自分が搭乗しているリーオーは基本援護にしか加わっておらず直接攻撃には及んでいない。
それを抜いても、あの出鱈目さは筆舌に尽くしがたい。
以前に一度遠目に見た時でも薄々感づいては居たが、今起きている光景は幾らなんでも無茶が過ぎる。
ナイトメアと斬り結び、あまつさえ互角に立ち回る男。
力比べで機械と人が拮抗しているのだ。これを冗談でなく何と嘆けばいいのか。
声に出しこそしないが、ルルーシュもそれには同意見だった。

サーヴァントに戦国武将。長きに渡る人類の歴史が生み出した時代の英雄たち。
人には到底手の負えない化生であることは分かっていた。
二の足で音速に届く機動をし、手にした剣は一太刀で岩を両断あるいは砕く。
時には、自己再生、一撃必殺、既存の法則を無視した超抜能力を駆使する。
そのような相手との戦闘を幾度と潜り抜けて、ここまで生き延びてきたルルーシュ。
その度、常にそれへの認識を改め直していた。
侮りを捨てた。油断を捨てた。今までの常識を投げ捨てた。
散々辛酸を舐められ続けながら、その辛苦を研磨剤へと変えて次なる戦いの為の糧とした。
これより敵にするのは一個の兵にあらず。千の軍勢であり、超常の兵器を携えた群体である。
そう弁えて打倒の策を構築した。対敵の戦力を想定して相応の手を打ってきた。

なのに、現れる相手は常にその上を行く怪物ばかりだ。
万全の備えで組んだ策を鼻で笑い、積み木細工を蹴飛ばすように他愛なく、力ずくで崩していく。
何故、こいつらは人間として生まれたのか。それだけ逸した力を持ちながら何故人の形をしているのか。
獣にでも生まれれば遺憾なく暴れるというのにどうしてわざわざ人世に顔を出すのか。



―――――ぶるぅううううううううううううううううああああ!!!!―――――――



その上。
何故こんなにも、癇に障る声で叫ぶのか。
亡霊の怨念が如く纏わり付く、かつての宿敵の顔。
煩わしい記憶がますます頭の痛みを募らせる。
けたたましく鳴る警鐘。不条理甚だしい事態に頭を抱える。

頭蓋を叩く痛みに耐えつつ、計算をし直す。今は泣き言を吐く暇はない。
思考を冷やして現在の状況、勝利条件を纏め上げる。
現在、ルルーシュは決着を焦らざるを得ない立場にある。
ノイズ混じりの通信。切羽詰まった阿良々木暦の声。
スザク達の一団も戦闘中にあると見て間違いない。
仮想敵の判断材料は少ないが、消去法でいえば相対してる敵とは一方通行となるだろう。
苦戦せず倒せる敵であるなど楽観視はできない。
ここまで生き残ってる相手だ。目の前の信長と同程度と見ておいても、過大評価ではない。
求められるのはより迅速な行動。向こう側、そこにいるスザク達との合流に他ならない。

しかし敵は、知ってか知らずか時間稼ぎのような戦法を取っている。
過度に攻めず、待ちに徹せず。押し込みつつも引く時は大きく後退せず。
少なくともこちらの進行方向を阻害する動きなのは明白だ。
ただ在るがままに動いていながら、その兵法は確実にルルーシュを焦らさせている。
その布陣を憂とサーシェスで散らそうとしているのに、一向に道が出来ない。
力づくではどうあっても退けることができない。すぐに元の場所に陣取られてしまう。
おかげで最短ルートを通れず何度も迂回する羽目になっていた。
そもそも考えて見れば、敵が仕掛けてきたのはホバーベースには手狭なビル街に差し掛かった時なのだ。

あまりに都合の良い事の運びに、何らかの意思を感じる。まさか、向こうの相手と組んでいるのか。
合流することを見越して先回りし、互いの分断を図ったというのか。
あの傲岸なる振る舞いの魔王に協調の姿勢があるかは疑わしいが、正解だとしたらそれは最悪の事態だ。

スザク達との距離は遠ざかってしまっている。
上空で、飛び交うビルの群れを相手に縦横無尽に駆け回っていた機影ももう見えない。
決着がついたとは思いたくはないが、そこまでに至る段階のひとつはクリアしているだろう。
かろうじて聞こえた通信からは、一団はショッピングセンターへと迂回して態勢を立て直しているらとあった。
南下を続ければ遠くなく接触出来るだろうが、直進の通路は通行止め。逆に混乱を巻き起こしかねない。
いずれにしても、このままではまずい。

憂の紅蓮では信長を抑えきれていない。今にでも限界を突破してしまいそうだ。
戦力でいえば決して引けを取るものではなく、むしろ互角であるはずだ。
だが突き崩せない。能力によらない要素で大きく劣っている結果だ。
戦闘に精神論というものを持ち込むルルーシュではないが、それでも戦う意志というものは重要なものだと肝に銘じている。
撃っていいのは撃たれる覚悟のある者のみ。それこそが自身の戦いにおける理念でもある。
対して憂にはそれがない。彼女の戦いへの意識というものはむしろ恐れに近いものだ。
それをルルーシュへの依存、失くした思いで必死に覆い隠しているに過ぎない。それは戦いにおいては枷でしかない。
いわば戦場の空気がまるごと憂の敵に回っていた。
戦いに臨む際の気概が違う。本来ならば虐殺にもならない、一方的な蹂躙になる他ない。
それを紅蓮の性能に助けられているのが現状だ。

サーシェスのリーオーは紅蓮を前に出す以上援護しかできない。
火力が強いため牽制に使えず、立ち塞がる形で敵がいるため挟み込むこともできないからだ。
だからこそ憂も落とされずにいるのだが、このままでは持久戦に持ち込まれていく。
数と装備の差ではこちらに分があるかもしれないが、その間にスザク達が落とされては本末転倒だ。
だがここで攻めに転じれば恐らく魔王の計画通り、無理に動いた隙を突かれ一気に瓦解するだろう。

つまり、今のままでは手詰まり。
選択肢を鑢で削り取られたジリ貧の状態。
少ない戦力でブリタニア軍を駆逐した黒の騎士団時代のルルーシュの策にも通じるものがある。
織田信長、平穏な日常を送っているなら、その名を知らぬ日本人はおそらくどの世界にもいまい。
駒は己一つでありながら状況を最大限に利用した奇襲。少数故に通用する攻めの展開。
成る程、噂に違わぬ歴史に違わぬ名将だ。
圧倒的な武に任せた狂戦士とは違う、知略も備えた難敵だ。



「憂」

ならば、策だけでも上回らねばなるまい。
知恵比べで古代人に後れをとるわけにはいくまい。

『だい、大丈夫ですよルルーシュさん。私、まだやれますから』

聞こえてくる憂の声は明らかに震えが混じっている。
自分でも気付いていない、無意識の反応か。

「いや、無理だ。お前は下がれ」

憂の発言を、一言で切り捨てる。
お前では奴を抑え切れない、役目を果たせないとい断言する。

『―――そんな、ことないです!!わたし、まだ戦えます!戦えますから、だから……!』

効果は覿面だった。血の気が引いたという表現が相応しい、生気が失われていく声だ。
それ程に今の憂にとって、戦えないということは自身の意義に関わることなのかもしれない。
その動揺を突いて、補足を追加する。
あえて心を乱したところで、落ち着かせるための言葉をかけ、冷静な思考を与えさせる。

「聞け、逃げろと言ってるんじゃない。これよりお前にはより重要な任務をこなしてほしい。
 一端ここを離れ、南にいるスザク達と合流するんだ」

今自分達に足りないのは数だ。状況を打破するだけの戦力を持つ手駒。
不足しているのならば増やせばいい。
敵の術中を外れた行動を取ることでこの場を乱し、奪われた機先を取り返す。
危険は大きい。確実とはいえない。
一歩間違えれば即破滅に真っ逆さまだが、やるしかない。

「今の状況では勝ちの目が薄い。打開するには南にいる集団と連携を取ることが不可欠だ。最低でも枢木スザクだけは確保して欲しい。
 そして、そのために動けるのはお前しかいない」

大事なのは機動力である。速やかに向こうの戦地へ辿り着き、戦力を確保して連れていくだけのスピードだ。
リーオーではその巨体ゆえに動きが鈍重、ホバリングも装備なしでは長続きしない。
それに比べれば、最高速では劣っても小柄な紅蓮が伝令役として相応しい。

『け、けど私がいなくなったらルルーシュさんが!今でも危ないのに……!』
「その点は問題ない。サーシェスを前に出してギリギリまで時間を稼ぐ。火力の点なら決して負けてはいないのだからな」

自分が離れることの不安を訴える憂。実際この手には戦力の分散という欠点もある。
形だけとはいえ互角の戦況。ここで前線を務める紅蓮が抜きフォーメーションを変えることが致命にならないとは決して言えない。
それを補うために、サーシェスのリーオーを前面に出す。
巨体による圧倒的なリーチと攻撃力を前に出せば攻めという点ではむしろ憂より適任である。
そうしなかったのはより確実な前進をするためだったが、ここまでくれば仕様もない。

「他のことは一切気にするな。
 『枢木スザクを連れてくる』ことを最優先にしろ。それ以外のものは全て捨て置け」

ただしこの策、肝心の憂自身に決定的な弱点が存在している。
逐次変動する戦場で、情報を伝達する役は非常に重要なポジションだ。
古今を問わず、情報の伝達は立派なひとつの戦いだ。
相容れない相手とも冷静に交渉し、状況に柔軟に対応する立ち回りが要求される。
そして憂にその任は本来役不足。
自己がない彼女にはとてもじゃないが荷が勝ち過ぎている。
こと阿良々木暦と遭遇する可能性が高いとなれば、尚更のこと。
そのため、接触に成功したら『スザクの意志を優先的に守れ』と言い含めておく。
最低限の情報は揃っている。スザクであれば、必要な行動を選択できると信じる。
結局、最後にものをいうのは信頼関係ということ。皮肉といえば、皮肉だ。


「これが俺達の生き残る道だ。お前が、その道をつくってくれ」

違いない信頼を込めて、限りない虚偽を混ぜて。
モニター越しの少女に、そう告げた。



ざわつく少女の心に、声はするりと入りこむ。
気後れはある。彼を残したまま行くことを。
たとえ一時でも、彼が手の届かない所まで離れることが、その間にいなくなってしまうのではないかと。
けれど、彼の期待に応えられるのなら、それが彼を助けることになるのなら、その行いは必ず成し遂げなくてはならない。

視界に入る、黒い武者。その姿を捉えた瞬間、再び体を身震いさせる。
依存の対象を失わないための奉仕の精神の裏には、対峙しているおぞましき怪物にも恐れがある。
今の憂は完全に信長に気圧されていた。それから離れたいという思いが、無意識といえど確かにあった。

『……わかりました。すぐ戻りますからっ、絶対連れてきますから……っ、
 ぜったい、死なないでください』

ルルーシュへの献身、信長への恐怖。
以上の二点が憂に最終的な判断を決めさせた。
誰がそれを責められようか。かの武将に刃向うという行為を起こすには、憂の心身は脆過ぎる。
今まで信長に挑み、散っていった勇者と違い、どこまでいっても彼女は普通の少女でしかない。
くず折れそうな体を正し、泣き崩れそうな顔を必死に保って、紅の機体は横道に逸れる。
続く道が、彼にも届くと信じて。

「何時下がることを許した、不届きが!」

当然、目の前の敵をみすみす逃がす程の隙などこの男は見せはしない。
引き下がる機影が己から逃亡するものと察し、弱腰の兵に憤慨する信長。
逃亡兵を処断せんと腕が振るわれ、黒い斬撃が飛ぶ。
足止めが目的とはいえ猛々しい魔王の覇気の集積体。余所見をして凌げるほど甘くはない。
防御に専念しなければ脚部を切断され道を閉ざされるだろう。

「させねえよっ!」

その為の道を重粒子の銃弾が開く。
ビームライフルの閃光が黒い波を蒸散させる。
続けざまに、憂が退避する時間を稼ぐため信長目掛けて撃ち放つ。
雨霰のビームに回避を取らざるを得ない信長を尻目に、紅蓮は街路樹の奥へとひた駆けていった。
滑走するローラーの音も消え、残るは三人の男のみ。

「いい援護だサーシェス。だがここからは正念場だ。全てを捨てる覚悟で臨め」
『BETは己の命ってか?いいねえ、俺好みのパターンだ。
 安心しなよ旦那、嬢ちゃんを待つでもねえ。俺がここで仕留めてやっからよ!』
「ああ、せいぜい期待することにしよう」

飄々とした口を変えないサーシェス。されどその心は煮えた油を注がれて燃え盛っている。
これで新兵のお守りから解放された。ルーキーの尻拭いなど己の性分ではない。
ここからだ。これから、彼の戦争は始まるのだ。
いよいよ到来する戦いに舌なめずりをする。

「……フン、下策に出るか。猪口才な。
 蟷螂の斧などこの信長には無意味であると知るがいい!!」

目の前で戦場から撤退する機兵を信長はその意味をたちどころに理解する。
恐怖に駆られての敵前逃亡ではない。明確な狙いがあっての行動だ。
恐らくは、伝令役。他方に散る勢力との連携を取るためによこした飛脚だろう。
―――なんという下策か。
己を前にして、少ない戦力を更に割いた軍で挑もうとするか。
あまりに必死で、あまりに哀憐。滑稽を通り越している。
なれば魔王の取る道は変わらない。
第六之魔を止められるなどという思い上がりを捻り折ってくれる。
その愚昧を悟らせるよりも前に手折ってくれよう。
希望を抱いて舞い戻ってきた者の前に、奴輩の首級を並べて見せつけてやろう。
その時に浮かべる、後悔と絶望に塗り潰された貌を待ち望んで。
背名に引き連れる闇の濃度をより増して、一騎当千の猛将は進軍を再開した。



鉄の巨人が地を鳴らして前に出る。機械の城塞から前を見渡す。
敵は人の形の悪鬼羅刹。命も機械も、世界をも燃やし尽かさんと漆黒の殺意を燃やし滾る。
命を懸けて命を守り、命を奪う。決死の覚悟で生を繋がんとする。
はたして、時計の中の砂が尽きる前に手が届くのか。
確証もない救いの手を、彼らは待ち続ける。





















【疼・対ノ劍舞――了】






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最終更新:2012年06月18日 01:43