crosswise -white side- / ACT1:『PSI-missing』(2) ◆ANI3oprwOY



/PSI-missing(2)/あるいは阿良々木暦の俯瞰風景『接続(善)』






強烈な圧迫感が全身を打ち据えていた。
鼓膜に叩きつけられる風切り音は、金切り声のように甲高い。
僕は飛ばされないように必死で踏ん張っている。
もう、目なんか到底開けていられない。っていうか顔を前に向けることすら至難。
少しでも口を開ければ見えない異物感が喉の置くまで進入し、呼吸困難を引き起こす。

「枢木! いくらなんでも速すぎる!」

戦場から離脱を開始してより数分、ランスロットの速度は段違に上昇していた。
手の平に乗った僕等のことなんか若干無視した勢い。
分っている、そのぐらいの速度じゃないと駄目だ、確かにそうだ。
だから僕はいい、耐えられる。
だけど腕の中に抱える天江が、もう限界だ。

「構うなあららぎ。衣は大丈夫だから」

呟かれる言葉は力強く、だけど苦しそうだ。
僕は少しでも天江の負担が減るようにと、彼女を抱え込むことしか出来ない。

「けど、……?」

更に言葉を続けようとして、しかし急に当たる風が軟化した。
轟々と耳をイカれされていた音が弱まっている。
きつく閉じていた両目も、薄っすらと開くことが出来た。

「なっ」

僕の身体越しに天江もポカンと、それを見る。
いつのまにか、真っ白い修道服に身を包んだインデックスが僕達の正面に立っていた。

「何を、してるんだ?」

彼女はこの風の中で微動だにせず、僕等の前で風を受け止めている。
相変わらず冷たく、無機質な、感情を感じさせない視線で僕達を見ていた。

「私には、『歩く教会』の防護があります」

素っ気無い言葉一つだけ。
インデックスは僕等に背を向けて正面を見据えた。
原理は分らないけど、風除けになってくれるってことか。

「……ッ」

内心で、歯噛みする。
どうして僕はこういつもいつも、出来ることが無いんだろう。
あの場に残ってグラハムさんの助けになることも出来ず、
天江を救うこともルルーシュ頼みで、
風除けすらインデックスより役に立たない。
まして、この状況を打開する方法なんて浮かびやしない。

ランスロットはビル街の小道(といっても大通りと比べての小道だ。ランスロット大のロボが通れる位の道幅は在る)を疾走している。
速度は手の乗った僕らが振り落とされないギリギリの……いや多分、許容範囲を超えている。
これほどの勢いで移動して僕らが無事なのはきっと、枢木の操縦の腕が特段に良いからだ。
実際、僕にはそんなの分らないけど、そうでも思わなければとても乗っていられない。


「くそ、せめて飛んで行ければ……」

ランスロットには飛行機能があるらしい。
それでも地上を進む理由は敵に見つからないためだ。
せっかくグラハムさんと式を囮にしてまであの場から離脱したというのに、
空中に飛び上がってしまえばすぐに発見されてしまうだろう。
もともと空中を移動してこなかったのは信長に見つからないためなんだ。
それが一方通行に遭遇してしまって、こうして分散するはめになっているけど……。

「もしかしてアイツ……僕等の居場所が分かってるんじゃ……」

それは最悪の予想だった。
だけど実際出会ってしまっている以上、否定しきれない予感。
前回の襲撃といい、今回の待ち伏せといい、タイミングが不自然すぎる。
どうにもこちらの動きを読んで仕掛けてきているような、周到さがあるのだ。

もしそうなら、アイツがグラハムさん達を無視して僕達を追ってくる可能性は捨てきれない。
背後から今にも奴の笑い声が追ってくるようで。
いや、それ以前にグラハムさん達はまだ無事なのか。
もうやられてしまっているんじゃないか。
ああ、駄目だ。ネガティブな考えしか浮かんでこない。

「プラスになることを考えろ」

自分に言い聞かせるように、口の中で小さく呟く。
一人で腐ってたってしょうがない。
それじゃ本当にただの役立たずだ。
僕にしか出来ないことを考えるべき。

この場で、操縦に集中している枢木と、ディートハルト。
追い詰められている天江、何を考えてるかも分らないインデックス。
その中で僕にしか出来ない事は、まあ、地味ながら、さっきからやってはいるんだけど。

「ていうかいい加減、繋がれよっ」

通信機を耳に当て、ルルーシュへとコールする単純な仕事。
まずは奴に僕らが移動し始めたことを教えなければならない。
合流を急ぐ意味はもちろんある、天江の時間はもう残り少ない。
更にグラハムさんと式への援軍の見込みも、もうルルーシュ以外にかける望みが無い。
この状況を打開するためには、どうしても奴の強力が不可欠だ。
諦めず懲りず、繋がるまではコールし続ける。

「それ、と」

もう一つ、さきほど考え付いた作業を開始する。
コックピットで機体の操縦をしている枢木に、僕の考えを伝えないと……。



□ □ □ □



ジェットコースターのような逃避行の中で、
僕らが辿り着いたのは巨大なショッピングセンターだった。
地図に記された要所の一つでもある、南西の巨大施設だ。

ショッピングセンター第二駐車場。
僕らはいまそこにいる。
ショッピングセンターを出てすぐの場所にある、屋外駐車場だ。
ちなみに第一駐車場はショッピングセンターと直接繋がっている立体駐車場を指すらしい。

後は北上して、ルルーシュと合流する予定。
けど、その前にやることがある。

「枢木……いけそうか?」
「金額は足りてる」

枢木の腕の再生だ。
ショッピングセンターのサービスを利用して、枢木の片腕に義手を接続する。
式が教えてくれた情報は間違っていなかった。
枢木、僕、天江、インデックス。
第二駐車場に備えられた首輪換金機の前にて、四人で見据えている。
『青崎燈子の義手』と記されたタッチパネル式の画面を。

「…………」

枢木は黙したまま、指先で画面に触れて、サービスの使用を選択した。
しばし、静寂の間が入る。
少々、時間が掛かるようだった。

僕はその間にルルーシュへの通信を再度試みた。
相変わらず電波状況は最悪のようだ。
何度コールしてもノイズしか聞こえない。
それでも僕はルルーシュへと呼びかけ続けていた。

枢木の腕が治れば、状況は改善する。
僕は枢木と話した結果、そう結論をつけた。
枢木は言っていた。腕が万全でさえあれば、ランスロットで空を行ける、と。

それはつまり、例え一方通行に発見されようと、操縦技術が戻ればルルーシュとの連携がすぐにでも可能になる。
枢木にはその自信があるということだ。
天江を助けたい僕にとっても枢木にとっても、理に叶っている。
だからここに来た。枢木の腕を直しに。
僕は賭けた。ルルーシュとの合流、それが活路になることを。

「…………まだ……か?」

いぶかしむ枢木の声が聞こえた。
僕も通信機を耳にかけたまま、自販機を見る。
冷蔵庫大の金属箱は沈黙を守ったままだった。

「壊れている?」

おかしい。
薬局の例をなぞるなら、ここから主催の者が現れ……ってパターンが予想できる。
けれど、一向に何も起こらない。
このままじゃ最悪無駄足だ。またしても主催者の罠が仕掛けられているのか……?
なんて事を考えていたとき、突如背後から、内臓を震わせるほどの地鳴りが聞こえて――


「「「…………!!!???」」」



『ずぅぅぅん』と太く重たい尾を引いて、僕らの腹の中をかき回しながら抜けていった。
僕も、枢木も、天江も、一様に振り返る。
何の……音だ……?

背後に聳えるビルの山脈の向こうで何が起こっているのか。
分らないけど。嫌な予感以外の何も感じない。
急がないと。
そう思って再度、自販機を見たとき。

「お待たせしました。
 これよりサービスを執行します」

誰かが唐突に、抑揚無く語りだした。

「本来、この場でのサービスを担当していた者は現状では動けないようです」

声に一同全員、振り返る。
そう『振り返った』のだ。
現れた誰かを見るのではなく。
それは僕らの内の一人を、すたすたと枢木に歩み寄り、真っ白い修道服の長い袖に通した腕を伸ばす、

「よって、禁書目録が代行として魔術の行使を行ないます」

主催者、インデックスに、全員の視線が集中していた。

「な……」

突然のことに、僕を含めた全員が絶句するなか。
差し伸べられたインデックスの手の平の上に、何かが形作られていく。

「使用治癒術式の厳選開始――完了。
 前執行者が使用していた異世界魔術の応用が現状にて最も短時間にて発動可能な魔術と認識。
 術式使用方法の照合――完了。
 治癒に必要となる義腕部の転送は滞りなく遂行。
 ――警告。腕部接続時の術式に禁書目録の理外の法あり」

凄まじい早口で何事かをまくし立て始めた少女に、僕らは呆気に取られるしかない。
それ以上に異質なのは、彼女の手の上に乗せられていたソレ。全員が凝視していた。

「い、インデックス……?」

心配そうにインデックスを見ていた天江の視線も、もちろん固定されている。
それは、一本の腕、だった。人間の腕だ。血の通った腕、ビクンビクンと胎動している。
断面からは骨と血が見える。何故こぼれ出さないのか疑問なくらいに、生々しい。

「前執行者の術式を解析―――――――失敗。
 警告。同様の工程では術式の再現は不可能。
 前執行者の異世界魔術工程を参考に、独自の解釈で魔術の再解析を試行―――――成功。
 結果から逆算、媒体の効力のみを解析、同様の奇跡の再現が可能。
 警告。この術式の使用は禁書目録独自の魔術仕様が必要。
 魔術使用許可を申請――許可されました。禁書目録にかけられた制限の解除を確認」

誰にともなく……自分にか? 
留守電を再生するかのように、淡々と言葉を重ね続けるインデックスを、みなが唖然と見守る中で。
彼女は枢木へと、両手に抱え持った『腕』を差し出した。

「接続はすぐに終わります。傷口をお見せください」

「ちょ、ちょっと待てよ……! インデックスお前……!」

背筋を冷たいものが伝う。
鋭い刃物が背骨に当てられているような、無視できない寒気だった。
こいつが今言ったことは、原理とか魔術とか分らないけど、
やってることはつまり主催者の立場に身を置く奴の振舞いだ。



これはどういう事だ?
インデックスとディートハルトは主催を裏切ったんじゃないのか?
だから彼女は天江を助けたいって、思ったんじゃないのか?
そんなやつがどうしてサービスの執行なんか……。

「やめろ」

インデックスの肩を掴もうとしてた僕を、枢木の手が阻んでいた。

「けど」
「尋問は後でいい」

見下ろせばインデックスもまた、冷たく突き放すように僕を見上げている。

「ここで時間を費やすことは、本意では無いはずです」

その無機質な声、無感情な瞳、思えば最初に見たときから何一つ変わっていない。
変わってはいなかった。
僕は大きな勘違いをしていたのかもしれない。
だとするならばこれは、この状況は未だに主催者の手の上って事になるんじゃないか……?

「……わかったよ」

僕はインデックスへと伸ばしていた手を引っ込める。
確かに枢木の言うとおり、今はこれより優先することがある。
一刻も早く腕を直すことが、先決だ。
天江は一刻を争う事情を抱えているんだ。
インデックスのことはその後で考えるべきだろう。
今はそれより――

僕は腕の接着を開始した枢木達から視線を切って、背後を見る。
駐車場から少し離れたところには、ランスロットに乗り込んだディートハルトがいる。
インデックスより、奴の狙いが分らなくなってきた。
奴ははっきり言ったんだ。『我々』は裏切り者だ、と。
にも拘らずインデックスは、未だに自分が主催者側の人間なのだと、隠す気がなかった。
奴は何かを僕達に隠している。思えば肝心なことは何も言って無い。

天江の制限時間に、僕の目はきっと曇っている。
なにか……重要なことを見落としているような……。

『ザザザ――ブッ…………』

その時、耳の中で聞こえた音に、僕は意識を引き戻された。
通信機が、通話状態になっている。

「ルルーシュ!? おい聞こえるか!? 今僕達は――!」

僕は救われるような心地で状況をまくし立てた。
不安材料はあるけど、状況は好転してきている。
これでルルーシュからの援護が得られる。
枢木の腕も治った。
状況だけ見れば、悪くない、希望の光は消えてない。

通信が繋がったということは、多分ルルーシュと僕らの位置が近づいてきてるってことだ。
合流は近い、援軍が近づいてきている、グラハムさんと式を助けられる。
僕らの戦力は完全になる。後はどうやって一方通行を撃退するかを編み出せすかだけど。
そこは智将ルルーシュの出番だろう。
僕はその後に、奴と対決することになるかもしれない。
それでも今は目の前の敵への対応が必要なのだから。

「ザザザザ――!」

やっぱりノイズが酷い。
すぐにでも切れてしまう事だろう。
とにかくこっちの状況だけでも正確に伝えないと。
そう思って声を張り上げていた時だった。






――状況は立て続けに巻き起こる。
それに、僕は気が付いていなかった。


「……何だ?」

ざわざわと、背後が騒がしいことが気になって振り返る。
天江が、僕の背後、ランスロットの更に背後を指差してた。
腕の接続を終えた枢木もそれを見る。
次にインデックスが、最後に僕が振り返って……。

「――――!?」

天江が指差した先には、一棟のビルがあった。
ショッピングセンターに向かい合うように建てられた建造物、けれど天江が指差していたのはそれ自体じゃない。
その上の、屋上にあったものだ。
巨大な給水機か何かの陰になっていて今まで見えなかったんだろう。
いやそれにしたって何故アレに気がつかなかったのか、皆目検討もつかないけれど。
天江によって、その姿が認識できるようになった瞬間。

「あれは……ナイトメア……フレーム……?」

枢木の呟きが聞こえた。
それは確かに、あのナイトメアと呼ばれるモノなのだろう。
大きさが大体一緒くらいに見える。
だけどあれは、ランスロットとも、サザーランドとも違う。
知らない機体だ。でも今はそんなことが問題じゃなくて。
問題はその機械が抱えた巨大なロケット砲みたいなものが、僕らの方向に向いている、ことで……。

「……こ、ここから離れろォッ!!」

僕は全力で叫んでいた。
叫びに応じるように、天江が一歩下がった。
僕が叫ぶ前から、枢木は既に動いていた。
インデックスはそ知らぬ顔で行動を開始した。
皆がばらばらの行動を取る中で――

僕等に向けられていた災厄の銃口は厳かに、閃光と焦熱を迸らせた。




□ □ □ □



「ザザザザッ――あー、あー、もしもし? ノイズ酷いっすねー、聞こえてるっすか?」


『まだなんとか……聞こえてるよ。でもこれ以上距離が開くと途切れちゃうかもな。で、そっちはどうだ?』


「いやぁー、なかなか期待通りにはならないみたいで。死人はゼロみたいっすよ。
 やっぱり直接狙わないとあたらないっすね」


『そうか、でも、目的は達成できたんだろ?』


「あ、はい。そのあたりに関しては上々っす、足止め完了しました。
 むこうのロボットも瓦礫の向こう側、あの人たちだけじゃどかすのは無理そうっすね。
 埋まってなくても、道が塞がってるようじゃ誰にもたどり着けないっす」


『敵の機動兵器は封じた、か。ならもう十分だよ。お前はこれ以上動かなくていい。
 同じポイントに敵が来れば逐次砲撃してくれ。それだけでいいから』


「了解っす。とは言え、もう誰も戻らないと思うっすけど……」


『それでもだ。無理に動かれて、勝手に死なれたら私が困るんだよ』


「あーはいはい、分りました。わたしはもうココから一歩も外に出ないっすから、澪さんは澪さんの仕事をして下さい」


『うん、分ってる。任せとけ』


「はい、任せました」


『じゃあ終り次第連絡するから、あの場所で落ち合おう』


「ええ、ではまた」


『…………なあ、モモ』


「なんすか?」


『……死ぬなよ?』


「澪さんは…………役目を果たしたら、適当に死んじゃっていいっすよ?」


『ははっ……やなこった』








通信が、切れる。


どことも知れぬ小さな部屋の中で、少女はソファにもたれかかっていた。
通信機に添えていた手を離して、もう片方の手に持ったそれを見つめる。

「んー、やっぱり本調子にはほど遠いっすねー。感覚全然ないっすよ」

ボロボロの腕の先に持つ、トリガー(引き金)。
それは、ナイトメアフレームの遠隔操作機器だった。
彼女には機動兵器を操縦した経験など無い、練習も積んでいない。
故にパイロットとして戦うことなど出来はしない。
しかし、『引き金を引く』事だけならば、誰にだって出来る。

「……ん」

引き金を、引っ掛けた指でクルリと回したその時、彼女はふと懐かしい気配を感じた。
それはもう遠い日の記憶にすら思える、あの肌寒い不条理(オカルト)の手触り。
ああ想定外がまた一つやってきた、と。
そんな、番狂わせの予感を確かに感じとりながら。

「それじゃあ、私達も……」

今は兎も角、と。
彼女は開け放たれた窓の外を見つめ。
ふっと、口元に笑みを浮かべて、小さく小さく呟いた。


「戦闘開始、っすね」





□ □ □ □



/PSI-missing(3)






吹き上がる炎が大気を焦がし、立ち上ぼる陽炎が空間を歪ませる。
大出力のスラスターより噴出し、全長十七メートルにも及ぶ巨人の全身を持ち上げるそれは、空の世界へ飛翔を為さしめる光の翼だった。
深紅の人型戦闘兵器、ガンダムエピオンは轟々と金緑色の軌跡を描きながら空を登り往く。
敵対するモノに対抗する唯一の手段をその装甲と、その掌に宿して舞い上がる。

「耐えてくれよッ!」

男が叫ぶ。
巨体の内側にて、操縦桿を握るグラハム・エーカーはこの時、パイロットとしての真価を問われていた。
この程度の機体上昇、エピオンにとっては造作もない。機体が秘めるポテンシャルの一割にも満たない瑣事。
しかし、機体の手の内に抱え込まれている生身の両儀式に掛かる負担は計り知れない。

全速力の運動性能を引き出せば、装甲の内側にいるグラハムにすら命の危険が及びかねない程、この機体は本来から強烈な暴れ馬である。
それを御するのみならず、機体の外側に剥き出しなっている唯一の攻勢手段を気遣いながらの航行――
ましてや戦闘など、狂気の沙汰としか言い様の無い行為だった。

空を飛ぶエピオンを、追う影が九つ。いずれも大質量の砲弾だった。
金属の鉄柱、コンクリートの外装、木製の骨組み、雑多な物物で構成されたそれは、地に無数に建ち並ぶ建築物そのものである。
立ち並ぶビル、民家等がそっくりそのまま地より抜き放たれ、エピオンを追尾してくる。
ともすれば滑稽とも言える光景も、勢いがミサイルの如しならば脅威でしかありえない。

砲弾が描く軌跡、その全てが同一ではない。天に孤立する巨人を落とさんとする包囲弾。
取り囲むように、曲進してくる六発。僅かに遅れて円の内側から狙い撃つ、三発の直進弾。
安易な判断は許されない。
エピオンの全速力をもってすれば、容易に離脱もできようが、しかし急劇な高速航行は式の肉体を壊してしまう。
故に、勝利のために、この時のグラハムエーカーに求められている技能は以下の三つである。

一つ、両儀式に害の及ばない航行速度を維持する。
二つ、一つ目の制限を守った上で迫り来る砲撃をやり過ごす。
三つ、上記二つを完遂した上で反撃に転ずる。

不可能。まるで不可能な難題だ。
そもそも自然の摂理を数え切れぬほど無視した攻撃を前に、
エピオン最大の強みである機動力を封印したまま対抗し、あろうことか反撃に転ずるなど夢のまた夢。
ただの理想論である。妄想に過ぎない、非現実。

「ならば――」

そう常人ならば、脳裏に浮かぶ不可能の三文字によってすぐさま振り払う。
馬鹿げた妄想。
諦めることが、正しい道理であり、

「ならば、そんな道理、私の無理でこじ開けるッ!!」

しかし、違った。
この乙女座の男、グラハム・エーカーは違うのだ。
なぜならば、彼はしつこく諦めも悪い男、俗に言う人に嫌われるタイプなのだから。

「ぜえぇぇぇあぁぁぁッ!」

裂帛の気合と共に、繰る手綱。
グラハムは手元で暴れる駻馬を全力で押さえ込み、己の意志を叩き込む。
手始めに機体の左手を同じ位置に固定させ、左腕部のシールドを下方に突き出した状態で、残りの全身を更に上空へ押し上げて。



――ときに、パイロットとMSの関係とは、つまりヒトとモノのコミュニケーションである。
しかしそれは常ならば意志の非意識の疎通となる。
内なる会話。人による訴えに対し、機械による従順な行為の変換。
グラハム・エーカーとガンダムエピオンのそれは、暴力的の一言に尽きた。


非意識ではありえないと思えるほどの、まるで意志を持っているかのような、機械の反逆が此処に在る。
逆らうはずの無い非意識が、手先で御せる筈の機械人形が、まるで言うことを聞こうとしない。
放つ命令に意義を唱える。否、否、否だと訴える。操れない、制御できない、という次元の理ですらない。
真逆、魔逆、操るものを操らんとする妖魔の業。
恐るべき事に反意の作用は機械の内側だけでなく、グラハムの内側にも生じている。
意識に、介入されている。

このような機体を、グラハム・エーカーは知らない。
人の反応速度を完全に無視した滅茶苦茶な機体スペック。
実戦を想定するにはあまりに不可解な武装構成。
そして、グラハムの脳裏すら操らんとする悪魔的システム――ゼロ。

暴れる、暴れる、暴れ続けて止まらない。
指先の繊細な動作など受け付けない。
今にもこの機体はグラハムの制御を振り切って、心を食いちぎって、解き放たれようとする。
抱え守る式など無視して暴発する。その速度で、彼女を殺す。
一瞬選択を誤るだけで、力加減を誤るだけで、呆気なくグラハムの意志など関係なく、制圧し、
自由を取り戻し、全速力で押し潰し、全てを壊し、下方の敵を殺し、勝利を、
そう勝利を、勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利を勝利だけを――


「ああ、いいぞッ! 悪くない抱擁だッ! 私の心すら焼きつくさんとするのかッ!」


勝利を拒絶するならば此処に、もう一つあるモノは繊細な手技などではなく――


「だがまだぬるいッ!ぬるいぞッ!もっと、もっとだッ!そうだもっと感じあおうじゃないかッ! 
 私からも、今こそ、抱きしめよう、ガンダムッ! 抱き合おうじゃないか、ガンダムッ!!!!!」


意中のモノの気を引き付けんが為の情熱的な、男の手技である。
押さえ込み捻じ伏せ組み敷き蹂躙せんとする、野太い腕である。
内なる炎をで鋼の機体を焼き尽くさんとする、情の抱擁である。

「さあ、行こうかッ! 力ずくで抱きしめ合おう! 私は全力で、君を抱きしめて放さんッ!」

そして始まる攻防戦。
向かい合った一つの意志と、一つの非意識。
ぶつかり合い、潰しあい、抱き締め合った、暴虐的な意思疎通は乱反射して戦場へと。

「ああそうとも!! 多少強引でなければ、ガンダムは口説けんからなぁ!!」

両儀式を抱えた手は固定。
どれほど、ガンダムが暴れようが、ここだけは動かさない。
譲らぬ一線、ゼロが示した偽りの勝利は、いかに勝利であろうと、グラハム・エーカーの勝利ではありえない。

「私の道を切り開け! 私に勝利を齎すならば! 君の力を示してみせろ!」

エピオンの左手を自ら封じる以上、使える攻撃部位は右手のみ。
グラハムに許された現状唯一の攻撃手段、機体の腰部にマウントされたビームソードを抜き放つ。
大気を焦がしつくす金緑色の刀身が、天を突き刺すように高らかに掲げられた。

まずは、先んじて向かい来る、六つの砲撃に対する迎撃を決行。
機体の向きを傾ける。
ビームソードを水平に構え、スラスターを吹かせながら、瞬間的にブーストすべき位置を調節し。

「はぁぁぁぁァッ!!」

『その場』で回転した。



同じ場所、同じ座標で、ガンダムエピオンの推進力をフルに発揮して機体の全身を回転させる。
ビームソードが、空間に何重にも斬撃のエフェクトを描き、斬る。
同時直撃を狙い打たれていた六の砲撃が、等しく同時に切り裂かれた。
それは既に達人の枠外にすら届きかねない。
驚嘆すべき機体制御力が成し遂げた、至宝とすら表現できるほどに磨きぬかれた経験と、
一握りの才能による、正しく『エース』パイロットの為せる技だった。

「ぐ……が……は……っ!」

代償は、多大なる圧力。
身体への負荷。
Gを一身に引き受けたグラハムは、
コックピットで血反吐を吐きながらも次なる動作を行なおうとする。

「……来た、か!」

直感的に察していた。
敵は近い、仕掛けてくる。

直後、予感違わず、エピオンの左腕部シールドへと横向きに激突した一棟のビル。
そこに加えられるインパクト。
盾の内側に守られた式を狙ってのものだ。

遅いと知りつつグラハムは対応を開始する。
しかし驚くべきことに、狙われていた式はとっくに対応を成し遂げていた。

衝撃が届く寸前、少女はその場で跳躍を敢行していた。
床下からの、不可視であった攻撃をを容易く、中空に飛び出すことで回避する。
古来の絶技、侍の歩法。
目さずとも、殺気の距離を測る、感じ取る、間合いの読み。
限定的ではあるものの、未来予知にも届く域の直感併用。

しかし、それだけで窮地を脱するには不足だった。
タイミングとしては完璧の跳躍も、
次の刹那に足場が消えてしまえば、身投げに等しい自殺行為に置き換わる。
式の反応が最適であっても、更に横方向からの攻撃に晒されたエピオンの動きには、同調していなかった。

少女の足場が消え失せた瞬間。
エピオンは砲撃の攻略に成功する。
がしかし、その一瞬の間に、グラハム・エーカーは肝心の両儀式を見失っていた。

「不覚ッ!!」

全ての砲撃を止め、撃ち落とした。
破片が無数に落ちていく中空。
舞い散る瓦礫をくまなく探れど、落ちる人影は見えない。

「どこに――」
「よォ?」

代わりに、
絶対零度の如き怖気が、
グラハムの背中に深々と突き刺さった。

「貴様ッ!」

機体を反転させ、エピオンの滞空していた位置より、更に上空を仰ぎ見る。
視界に映るものは、早朝の空と、天に浮かぶ雲と、エピオンを取り囲むように未だ浮く、空中でバラバラになった建造物の破片。
その内の一つ、中ほどで折れた高層ビル、横向きに落ちていくその上に立つ者が一人。
見間違いようの無い敵手の姿。
先の砲弾に紛れエピオンより更に上空に陣取った、一方通行の姿だった。

「そろそろ、逝っとくかァ?」

足場のビルを蹴り飛ばし、直下のエピオンへと喰らいにかかる。
これこそが十発目の砲弾。隠し球、変化球、魔球。

「まだだ」

両儀式という敵への抑止力を失ったいま、
敵の接近を持続的にを許すエピオンの装甲は、強度を失いハリボテに成り下がる。
矛は単体でも戦えるが、盾は矛と一体でなければまともに機能し得ないのだ。
接近そのものを回避するしかない。
即座にエピオン急降下を開始するエピオン。
しかしパイロットは己の動作に反する言葉を叫んでいた。

「まだ、退くわけにはいかんのだ」

戦闘が始まってから、そう長い時間は経っていない。
グラハムはこの一方通行との戦いで、回数にして三度の交差を越えてきた。
その間に、何度死線を潜ったか分らない。
しかしまだ足りない。スザクとの通信は電波状態が悪く、途切れたままだ。
北の集団と合流するには、まだ時間が足りないだろう。
これだけの時間では、あのか弱くも優しい少女の安全を確保するには足りない。

しばし、もうしばしの間。
もたせなければならないというのに、現状、矛を失った盾には時間稼ぎすらままならない。
エピオンの攻撃では何一つ出来ない。
先ほどまでは何とか保っていた、形式上の膠着状態すら、保てずしかし、グラハムは退けないのだ。

「認めん、認められんぞ私は!」

もう何度目かも分らない、絶対絶命。
紛れもない窮地。
されど同時に、彼の味方たる『矛』は、そう容易く折れるものではなく。

「おい、さっさと指示出してくれよ。オレも死にたくは無いんだけど」
「は――やはりな!」

落ち続けるガンダムエピオンの傍らで、同じく落下の一途を辿っていた高層ビルの、破片の上。
グラハムの確信通り、両儀式はそこにいた。
一方通行と同じように、シールドによって防がれ折れた一発目の砲弾の破片を足場にし、
灰色のビルの壁、コンクリートの上に、無傷で立っている。
あの一瞬、跳躍の瞬間、エピオンの手を離れた刹那の判断で、彼女は落下するビルの壁へと飛び移っていたのだ。

「私は信じていたぞ!」
「早くしろって」
「ああ、承知しているッ!」

とはいえ、このままでは地に叩きつけられる運命の少女へと、
エピオンの左手が伸び、拾い上げ、そして一方通行への道を作る。

「飛ぶぞ、両儀式ッ!!」

旋回するエピオンの腕。
装甲を蹴り飛ばし、ただ一人重力に逆らって、再び飛翔する少女。
その目前には、翳された一本の刀。
右手が柄を、左手が鞘を握り、キン、と鉄の音をたて、白銀の牙が顕となる。
今度こそ完全に黒鞘を破棄して、式は構えを取った。

鉄と空の路を駆け抜けながら、選択された型は――八双。
己の肩の上にて、左の手で柄を握り締める。
刃を水平に寝かせ、鋭利な切っ先を目前に向けた特殊型。
意味する技とは、殺法とは、殺傷力のみを追求する牙の刺突。

握るその古刀に、銘は無い。
煌く刃には曇り一つ無く、現世の空を今も、在りし日と変わらずに映している。
左手で放つ突き技を得意とし、無敵の剣とも称された一人の剣士が振るいし剣術。
かの日、それを実戦の元に行使した正義の凶刃。
決して紛うことの無い、名もなき名刀。鍛えし者の名を、鬼神丸国重といった。

「――――」

式は、空を見る。
金緑色の閃光が過ぎていった先に、澄み渡る掃天。
それに劣らぬ蒼き眼光をして今、降りてくる一方通行の姿を、確かに見据え。
大量の瓦礫と共に降りてくる声を、聞いた。

「ち、そォかよ。そンなに俺と闘りてェンなら、いっぺンだけサシで遊ンで――」
「――――」

踏み込みは、もう不要。
最低限の推進力は既に得ている。
じきに失われる前進だが、構わない。
いつか重力に囚われようとも、こちらから接近せずとも、斬るべき対象は自ら迫り来る。
そして今度は、決して逃がさない。

「オマエ……誰だ?」
「――」

質問に、少女は笑う。
『両儀式』は、とても女性らしい微笑で敵を迎えた。

「まァ、誰でもいいンだけどよ」

瞬間、爆ぜるような突き上げが、蒼天を穿つ。
両儀式は左腕を、弓の如くに絞りきった頂点から、解き放った。
腕、腰、足、回転する全身で狙い撃つ。
一点に込められた力は空間すら突き破るように、天へと伸ばされる。

もう同じ手は使わせない。
たとえ風圧の盾を展開されようとも、両儀式の切っ先は大気すら貫き通す。
空気の断層すら、殺してみせる。
今や中間の空を操ろうと、一方通行には迫る刃を止められない。
もうじき刃は空間を次々と突き刺し、刺し抜き、穿ち抉って、到達は数秒にも満たない間隙の後――


「しゃァらァくせェェェェンだよッ!!」

相対する一方通行は、退避を選ばなかった。
掲げられる手。右腕が、更に上空へと伸ばされる。
空を掴むように、そこにあった塵芥を握る。
掃天に拡散した億万の瓦礫の破片、空気に充満した埃の粒、そのベクトルを、操った。

構成されたそれは、真昼に降り注ぐ流星だった。
上空より一方通行に触れた瓦礫の破片が、その全てが殺意の豪雨となりて炸裂する。
向かう先は当然、下方より迫り来る蒼き殺意、その刀身に収束する。
攻撃が避けられぬなら、その穂先を潰すまで――





「「――――!!」」



瞬間、規格外の双方、同時に確信した。

突きの速度を、見切れず。
されど一方通行は構わず。

澄んだ刃にピシリと、僅かな亀裂が生まれ。
されど両儀式は構わず。


刃を伸ばす。
手を伸ばす。


そして、交錯する両者の影。
瞬く間もない、刹那の攻防の終わり。


上空に抜ける、両儀式の刀身が、砕けて散った。
下方に抜ける、一方通行の首に、薄く赤い筋が走った。



「――っ」
「……は」


苦む、両儀式。
哂う、一方通行。


決着、未だ訪れず。
両者、四度目の交差を終えていた。
刹那の先に、五度目の攻防を見据えながら。



□ □ □ □







/PSI-missing(4)/あるいは阿良々木暦の俯瞰風景『合流(悪)』





何も、見えない。


しばらくの間、僕の視界は完全にブラックアウトしていた。
痛みなんて、もう何度も経験しすぎていて、慣れてしまっていた。
だけど、見えないことは怖かった。
ええっと僕は……僕達はどうなったんだっけか。

イマイチ思い出せないけれど。
なにがどうなったのかも分らない。
どうなってもいい、そう思わないことも無かったけど。
これ以上失うものもない、そうかもしれないけど。
だけど、このまま僕が死ぬのも。
誰かが死ぬのも、不思議と、嫌なんだって、少しくらいは、未だに思えた。

「――――くぁ……」

奇声っぽい呻きを上げながら起き上がる。
身体は動く。ははは、じゃあ大丈夫だ。僕はまだ大丈夫だぞ。
それならきっと、他のみんなも大丈夫。そのはずだ。
そうじゃないと、困るんだ。

「…………あ」

景色が戻る。
平和な風景を期待していたわけでもないのに、覚悟していたはずなのに、呆気に取られる。
僕の目の前には抉られたアスファルトの路面と、薙ぎ倒されたビルと、炎と、瓦礫の山があった。
そして、目の前には、巨大なロボットが、横たわっていた。
あれは確か……ガンダム・エピオン……だっけか?

「なん……だ……これ」

なんでこんな所にあるんだよ。
式と一緒にあの交差点に残って、一方通行と戦っていたんじゃなかったのか?
それがどうして……こんな近くに。
えっと、アレ、僕は、僕たちはいま、何やってたんだっけ?
ショッピングセンター前にいて、それで枢木の腕が治って、それで隣のビルにロボットがあって、動き出して、砲撃……され……て。
てか、ああ、くそ、やっぱ駄目だ。もう、立てな……

「立て」

い、と思っていたんだけど。
不思議と身体が軽くなった。
いや、肩を持ち上げられたのか、いつ間にか隣にいた枢木に。
枢木は、僕の身体を引きずるように支えながら、燃える風景の中、どこかへと歩いていく。
くそ……やっぱコイツ、けっこう身長高いな……。
なんて、ボケたことを思いながらも。

「天江は……天江……は……どうなったんだ……よ?」

酷い耳鳴りの中で、僕は何とかそれだけを聞いた。
生き延びているのか、どうなのか。

「生きている」

枢木は、簡潔に答えて、指差した。焼け焦げたコンクリートの道の先。
そこは、ショッピングセンターの第一駐車場。立体駐車場の入り口。
天江と……そしてインデックスが、立っている。
こっちにむかって何かを叫んでいる天江。
そして駆け寄ろうとしている天江を、煤けたシスター服のインデックスが、無表情のまま袖を掴んで止めている。
良かった。ふう、あの馬鹿、そんなとこにいないでさっさと逃げろよ。
僕なんかに構ってどうすんだっての。

「って、なんで、だ?」
「なに?」
「なんでだ、いったいどこに行こうとしているんだ、僕達は」
「分るだろう。あそこだ」

僕の問いに枢木の指が、やはり立体駐車場を指している。

「ここは危険だ。ひとまずあそこに逃げ込んで、やり過ごすしかない」
「逃げ込む? あの、駐車場に?」

いや、待てよ。
まて、まてまてそれは、駄目だ、駄目すぎる。
やり過ごすだって?
そんな時間、もうないのに。

「馬鹿いうな。なんでそんなこと、ランスロットは……!?」

アレに乗ればすぐにルルーシュ達の所に着くんだろ。
お前の腕が治ったら、飛行ユニットが使用できてそれで、なんとかなるんだってそういって……。
なのに、枢木は頭を振ってただ一言、こう言った。

「何を言っている?
 ランスロットはいま……そうか、君は見ていないのか。兎に角、いまは無理だ。後で説明する」 
「そん……な。危険なら尚のこと隠れてる暇なんてない。
 早くルルーシュのところにいかなきゃ駄目なんだろう……!」

こいつはさっきから何を言ってるんだ?
ガラガラと音をたてて、足場が崩れていく感覚がする。

「君こそ馬鹿を言わないでくれ、いやまて……君は、もしかしてまだこの状況が分っていないのか?」

そうして怪訝そうな顔をした枢木が、ソレを指した。

「もう一度、アレを見てみろ。そして考えろ」

壊滅したショッピングセンター周辺を。
いや違う、幾つかの建造物を下敷きにして横たわる、ガンダムエピオンを、だ。
あ……ああ、なるほど、それで理解力のない僕にも流石に伝わった。
エピオンがここにある。
つまり、グラハムさんがここにいる、つまり、

「はは……」

なるほど、そういうことかよ。
ああ、なんて、ことだ。


「分ったろう。奴が、すぐそこまで来ている」

枢木の言葉を聞くまでもない。
エピオンがここに在るということは、自然、それと闘っていた者もここにいる。

よく見れば、エピオンの、大空へ伸ばされた手の平の上、そこに両儀式が見えた。
そして彼女は下方を、地面を見下ろしていて、そこに、そこに――奴がいた。
忘れもしない。
白髪の、赤目の、狂気の、超能力者の、一方通行。
奴も、式を見ていた。

もう僕からは視線を切り、エピオンと繋がるヘッドセットを通して、連絡を図ろうとする枢木。
応えるように、エピオンの腕が動く。
それはつまり中にいるグラハムさんもまだ生きているっていことだ。

斜めになった腕を式が駆け下りる。
奴も、一方通行も動く。
なんて、化け物だ。
襲撃、待ち伏せときて、次は戦地誘導。


僕は、僕らはそれを、愕然と見送るしかなかった。
あってはならない事が起こってしまう。
戦場が、僕らに追いついてしまった。
揺れ続ける僕の視界では、間違いなく、絶望的な状況が再び動き出している。


天江衣の死まで、残り時間、約三十分。
いまだ、希望との合流は成らぬまま。
再び僕らの目の前で、殺し合いが始まっていた。









【 ACT1:『PSI-missing』-END- 】






時系列順で読む


投下順で読む



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年06月18日 01:39