crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』(二) ◆ANI3oprwOY
――――――――――――魔の王道とは即ち覇道である。
世を造るは武。
其れが戦国において、常なる法則。
武道とは覇道。
旧世の破壊が創生の開幕。
其れこそが王の信ずる、唯一の鉄則。
武道とは、
覇道とは、
即ち喰らい合い。
異なる心と心の鬩ぎあい。
異なる道と道との潰しあい。
異なる武と武のぶつかり合い、なれば、殺し殺されに理(ことわり)は要らず。
死とは何か。
結果に過ぎず。
生とは何か。
始まりに過ぎず。
では、戦とは何か。
何ゆえ、人は戦うのか。
正義か。愛か。義憤か。名誉か。責務か。権威か。金銭か。復讐か。喜悦か。快楽か。
―――理由など、ありはしない。
戦いの果てには、何があるのか。
泰平か。繁栄か。乱世か。衰退か。歓喜か。悲哀か。後悔か。絶望か。勝利か。敗北か。生か。死か。
―――残るものなど、ありはしない。
戦いとは即ち破壊。破壊の先は新たな破壊が待ち、行き着く先は全て破壊のみ。
根の国に往くまでもなくこの現世は地獄。
人は生きながらにしてみな修羅の群。
誰もがその真理から目を背けている。
当たり前の事実を認めようとしない。
これではならない。これでは駄目だ。
骸の山を登り、髑髏の城を携え、大地に根差した苦悶を食み、空に混ざる嘆きに聞き入る。
互いが互いを喰い合う魍魎がはびこる毒壺の底。これこそ地獄に相応しい。
破壊と破壊と破壊の果てにこそ、我らが住まうべき世界がある。
それを知らぬ、分らぬ世は地獄よりも腐り果てた掃溜めに等しい。
故に、この現世は腐っている。
胸中を占めていたのは、腸をも煮え立つ憤怒。
幾ら吐けども底が尽きぬ怨嗟。
不服、不満、憐憫、憎悪、激怒。
そして今、かつてない敵とまみえた、圧倒的、歓喜。
笑え。此の有様を。此の無様を。
何処と知れぬ島に放られ、首輪に繋がれ飼われた痴態を。
機巧(からくり)の白武者に為す術なく嬲られ、蹂躙される矮小さを。
これ程の恥辱を受け、玩弄されたのならば。
どうして、憤怒せずにいられよう?
どうして、憎悪せずにいられよう?
どうして、歓喜せずにいられようか?
今、我が眼前に立つは、容易に砕けぬ強者。
全力をもって破壊するべき王道。
超えるべき敵が此処にある。
戦うべき道が、異なる覇道が、理無く殺しあうべき、戦うべき『敵』が、いま魔王の眼前に立っている。
今迄求めたもの、足りなかったもの、ここに集う。
ならばこれ以上に喜ぶべき事など無い。
斃せ。
それ以外に想う事など無い。
足りなかった。満ちなかった。脆すぎていた。
そう思いて、この常世を歩んでいた。
されど容易に及ばぬ大敵が在るというのなら。
猛るのみ。在るが儘に、本能のまま駆動するのみ。
己はここにいるぞと、魂を震わせて叫びながら。
嗚呼、そうとも、時は来た。
これより参ろう。
この魔王。
生涯初めての『全力』をもって、戦地へと。
いざ――――――
“ 百鬼眷属、我が背名にあり。我が開くは地獄の蓋 ”
今こそが、壺の中身を開ける刻。
■ ■ ■
魔気が、爆ぜる。
「ふはは……! 不は、ハハハハハ、覇覇覇覇覇ッ!!!!!」
哄笑と漆黒が天を突く。
魔王の怒号、怨嗟、そして最高の歓喜が炸裂する。
今こそ振るわれる真の全力。
もてる武装を使い尽くし、瘴気、闘気、覇気、全てが振るわれる時だった。
地を踏みしめる魔王はその腕を空へと掲げる。
輝きを失った聖剣より、上る一柱の塔。
魔力を充填する刀身に圧縮された黒き覇気、正しく魔に相応する力の元が一気に解放された。
空に亀裂が走る。
光さえ吸い込む無垢なる闇が、世界を内側から飲み込もうと渦を巻く。
天上にも届く斬撃は、攻撃の枠を越え既に遮断の域へと突入していた。
通過するあらゆる物質を上書きし、黒く塗り潰していく。
そんな絶望の光景を誰もが唖然と見送るしか出来ぬまま、そして、来るべき時は訪れた。
「覇亜亜亜亜亜亜亜亜――――――――――――!!!!」
下ろされる、断。
一刀にして、滅。
「―――…………しまッッ!!!!」
もはや、逡巡の間もなかった。
空中を自在に飛べるランスロットはすんでのところで洗礼を逃れる。
だが半壊し動力炉も壊れたホバーベースがその一振りから逃れられる筈もなく―――
「ル………………!」
振りかえった先には、後の祭り。
すぱん、と。肉を包丁で調理するように鮮やかに。
黒刀は船艇の腹に通され、真中から両断した。
ヤキが回るを通り越し、臨界点を超えた動力部。
ただの一撃をもって幕となる城崩し。
今度こそ再起不能の一撃を受けたホバーベースは爆炎に飲み込まれる。
赤黒い煙を吐き、塵の瓦礫へと変わっていった。
「あ―――――――――――――――」
海原に落ちる一滴の水。
大切な人の最期を目にした憂の口からは、そんな小さな音しか出せなかった。
燃え落ちる艇。消えていく命。いなくなってしまう彼。唐突な別れ。
ずっと恐れていた光景、目を逸らしていた結末が、現実として目に焼き付く。
瞳に映り込む、まっかに燃える城の赤。
刳り貫かれる胸の奥。抜け落ちていく芯の核。
けれど、それは矛盾。そんなことは起き得ない。空に孔が空くことはない。からっぽの器。
刃を投げつける怪物。自分を抱きよせるだれか。背中から血を噴き出すだれか。
だれかだれかだれか、それはだれか。
それは確か、わたしの、そうだ、あの時既に、自分は抱くべきおもいを―――――――――
「う、うああっ、あああああああああああああ!!」
起きた事態が同じなら、反応も同様だった。
フラッシュバックした記憶で恐慌状態に陥った憂は慟哭のまま操縦桿を傾ける。
憂の意思が乗り移った紅蓮の挙動は激しく乱れ、錯乱した新兵にも劣る稚拙な腕しか出すことができない。
目からは涙を零しながら、愚直な特攻を仕掛けていた。
妖しく灯す凶眼でそれを一瞥した信長は、さも愉快そうに笑う。
哀れに泣き咽ぶ少女など既に眼中の遥か外。
心はただ己より込み上げる喜悦のみで満たされていた。
「覇――――――アアアアアア亜亜亜亜亜イイイイイイ威威威威威威威!!!」
地を蹴る足。
狂乱が吹き荒ぶ。風は拳を生み、空間を捻じりながら殴りかかる。
無造作な紅の爪を余裕で弾き、空いた紅蓮の懐で殺意が爆裂した。
闘気を孕み、実物よりも雄々しく禍々しい拳は、コックピット部の装甲を大きくへこませ、たわませる。
「ぁぁぁぁぁっっっ!!!????」
憂は何が起こったのかすら理解できぬままに、齎された衝撃によって全身を砕かれるような衝撃に襲われた。
前後不覚に陥る。よろめく巨体に、追い打ちに瘴気が渦を巻く。
重さを伴って突き抜ける竜巻が機体を揺さぶり飛ばし、衝撃と瘴気にあてられた少女の意識は一瞬にして喪失していた。
続けざまに振るわれる拳。
鬼の腕によって機動兵器は木端の如く薙ぎ払われ、路上を転がり、建築群に叩きつけられ、崩れ落ちた。
追撃に振り上げられる黒剣と、超大化する刃渡り。
容赦など挟まず、魔王が串刺しの止めを見舞おうとした時、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
阻むように、空から激情を込めた爆撃が信長の頭上を覆う。
ランスロットのエネルギー翼より落ちる羽が密度を増して襲いかかる。
鬱陶しげに見上げる魔王。
その構えは防御も回避も捨てていた。
守るのはもうやめだ。今後は此方が攻める番だと、眼が如実に語っている。
「…………………!」
大地が隆起する。なだらかな平地から、木々が早回しで生えてくる。
信長を中心にして生い茂る棘の林。そこには生気がなく、他への殺意のみで育っていた。
剣の丘は成長を止めず浸食し続け、過剰に滋養を吸い上げ。
風船が空気を溜め込められなくなったように、盛大に破裂した。
それは例えるなら、焚火に入れた毬栗の山が一斉に弾ける様だろうか。
全方位にばら撒かれる散弾は積乱雲で発生した雷のように飛び走り、落ちる雹を焼き尽くしていく。
焼け野原に立ち尽くす信長はひとり、打ち上げた花火の爽快さに狂喜する。
逃げろ。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。
その一言がスザクの脳内中を駆け巡っていた。
死地に飛び込み潜在能力を全開にしておきながら、なおギアスは「逃げ」を宣言する。
生きるためにはそれしかない。この怪物に構うなと誘惑し扇動し強制する。
「だが―――!」
退けない。
背負ったものを想うのなら、ここで退く訳にはいかなかった。
目の前では、おぞましくも猛々しく聖剣が輝く。
向かう騎士に魔王はぎらつく矛を立てる。
王の剣はひたすら勝利を統べるのみ。
もう一度、ぶつかり合う魔王と白騎士の剣筋。
魔術と科学、魔道と正道が交差した軋轢は、大気の絶叫と火花によって具象化された。
"押し、切られ―――――――――!?"
断末魔の中心部にてスザクは驚愕する。
前へ進めない、どころではない。
押されている、などという規模ではない。
上の己に下の敵という位置関係にも関わらず、一合も打ち合えずに片腕で払われた。
弾かれる機体、否、逆に引き込まれていく。
空間を支配する黒の檻。見えぬ手に引き摺られ、地に墜ちる白騎士の全身。
陸への着地を余儀なくされ、敵の壇上へと登らされてしまう。
襲い掛かってくる漆黒の剣舞。
やむなく応じるランスロットの剣は、すべて容易に払われていた。
振るう剣戟の軌道は、何一つ敵を捉え得ない。
如何なる太刀筋も軽く受けられ、まともに返される。
その度に装甲を切り裂かれ、一合ごとに致命の損傷へと近づいてくる。
決して変わることのなかった火力の差。それがここにきて完全に覆っていた。
「なぜ……こんなにも!?」
不条理に叫ぶスザクの頭上、影の格子が覆っていた。
空に逃れようにも、剣の檻で囲われて翼を広げることができない。
脱出不可能の狩場の中に、ランスロットは囚われている。
「―――ッッ!!」
王の剣が白を削る。砕く。砕けていく。
ランスロットの装甲、スザクとスザクの造るべき世界の象徴が、壊されていく。
勝てない。
絶望が神経を侵していく。
魔王はスザクの戦術を、ルルーシュの連略を、ただの『武』の一文字で蹂躙していた。
呆気なく、理もなく。
余りにも滅茶苦茶。荒唐無稽で、支離滅裂。
秤で計っていた計算を、秤ごと壊して破断するようなもの。
目の前の敵はそんな破天荒をやらかす文字通りの規格外だったという、それだけのこと。
「おおおおおおオオオオオオオオオ雄雄雄雄雄雄雄雄ッ!!!!!」
遂に魔剣は騎士のそれを完全に上回る。
伸ばされる二刀の漆黒。振るわれる壊滅の閃光。
一撃が騎士の剣を弾き飛ばし、一撃が騎士の胴を切り払っていた。
「ッッッァ!!」
不完全な回避。空に散る大量の装甲片はうけた一撃の深さを表している。
それを見ても、スザクの脳裏に諦めるという考えだけは浮かばなかった。
死ねない、死ねない理由がある。
それを忘れることは出来なかった。
なぜならまだ、聞こえているから――
『生きろ!!』
軸足でランドスピナーのフル稼働.
地に円の跡を描く、遠心力を命一杯乗せた回転蹴りを叩き込む。
魔王の腕に撃ち込まれたそれは、漆黒の持つ左の大剣を撃ち払い。
間断無く、放つ二連のスラッシュハーケン。
一撃目が魔王を捕らえる。
だが右の聖剣によってワイヤーごと斬り払われていた。
踏み込んでくる魔王。振り上げられた左の拳。ランスロットの軸足に炸裂する。
前方へと崩れる全身。
串刺しの聖剣が下から迫り来る。
寸前、二撃目のスラッシュハーケンを迫り来る地面へと打ち込んで、無理やり機体を持ち上げた。
「ぐぅッ」
ランスロットの装甲に盛大な縦一文字を刻む剣戟。
装甲をガリガリと剥ぎ取られたものの、内部に深く喰いこんではいない。
十字に付けられた傷。衝撃だけで、既に深刻な振動がスザクの全身を襲っている。
明滅する意識の中、かろうじで機体を後ろに下げるが、続く動作ができない。
既に体が、限界だった。
「娑亜ァァァァァァァァ――――――!」
動きの止まった白騎士を照らす、魔王の剣光。
万軍を滅する欲界の焔。
大型帆船をも両断する黒い極光が再び吼える。
「――――――――――――破ァ亜亜亜亜!!!!!」
昼夜を反転させる悪意の奔流。
形状は先程のものとは違う。
斬撃による線ではなく、面で迫る放射状の波動。
「あ、が――――――――――――!」
すんでのところでシールドが間に合ったのは、やはりギアスの恩恵があってこそだろう。
理屈も理論も飛ばした超反応の防御はスザクの命を長らえさせた。
だがそれもすぐに限界。受け止める盾はコンマ毎に罅が増え、避け得ぬ破滅を暗示する。
激流がランスロットを飲み込んでいき、押し潰し、粉砕する。
機械越しでさえも、骨の砕けるような激痛がスザクを絶え間なく殴りつける。
潰れ窪み小さくなっていく意識。押し流されていく心に届く声は、ただ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ。
生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ―――――――――。
「が――――――――――――アアアアぁあああああ!!!!!」
悲鳴を上げる筋肉、関節、神経、骨格、脳髄。
全てを無視して操縦桿を握る。
極限を越えた精神が指に命令を通す。
本来なら絶対に間に合わない行動。
その断絶した心と体をたった三文字の言葉が繋ぎ合せる。
無手の片腕から更に展開される防盾。
破砕寸前の盾にもエネルギーを送り込み、全身を包み込むように身を屈める。
『生きろ!』
血を吐く。
「……ろ」
己に放つ。
『生きろ!』
その契約を。
「生き、ろオオオオオぉおおおおおおおおお!!!!!」
全身全霊の、魂が炸裂する程の咆哮。
同時に黒波が引き、両の盾が砕け散る。
相殺し切れなかったエネルギーはランスロットへ流れ込み、機体を大きく後方に弾き飛ばした。
「……………………………っ―――――――!!!」
芥子粒ほどの意識の中、
かき失せる意志の火を消さず、握る手を離さず、無茶な態勢のままで最後の攻を敢行する。
敵の大技の直後。この瞬間こそが、最大の好機だと信じ。
滅茶苦茶な姿勢から、制御に回すべきギアスの効力を反撃へと向けた。
ラスト一発のスラッシュハーケン。その発動に。
「い、け、えええええええええええええッッッッ!!!!!!」
極限まで狭まったスザクの目が捉えた光景。
乾坤一擲の一撃。
墜落するランスロットから放たれた最後の反撃は鮮やかに、信長の胸の中心へと吸い込まれ――
直後。
ランスロットは受身も取れずビルの壁に衝突し、装甲を撒き散らしながら、ずるりと地に倒れ付した。
■ ■ ■
止まる魔王。
堕ちた白騎士。
時が凍る。
静寂が、漆黒の空と天の下に舞い降りていた。
燃え上がり、崩壊した、ホバーベース。
アスファルトの路上で転がったまま動かない、紅蓮。
ビルに叩きつけられた状態で停止した、ランスロット。
そして戦場の中心にて、一人立つ者。
「………………………………」
魔王の口と、腹から流される血は足元で池を形作っていた。
やはり今までの傷は浅くはなかったらしく、剣を杖代わりにしたまま動かない。
全てが、無為ではなかったのだ。
これまでの戦いによって刻まれた傷の一つ一つが重なり合いて、この時、魔王の脚を止めさせている。
無敵の覇道を阻んでいる。
静寂はきっと、ほんのひと時の間なのだろう。
短い膠着。
この一瞬が、生死の境界線だった。
誰もが行動限界を越え、無防備になることにより生じた、ほんの僅かな隙間。
動けるものはいない。全員が手詰まったことによる間なのだから。
故に賽は振り出しに戻った。
いち早く足を踏み入れた者が真っ先に行動権を得る。
それによる優位は間違いなく、この戦いの勝敗を決するだろう。
つまりはここが、分水嶺だった。
この時、この虚無の彼方において。
誰が最初に動くのか、誰が最初に立ち上がるのか。
それが勝敗を決する。
焦土と化した戦場で、それに全てが委ねられている。
そして、僅かの間隙の向こうに、勝利を掴む者は――――――
「ふ……はっ……」
動いたのは、
「幕だ―――虫けら共」
魔王、信長。
漆黒の王が、己が剣を地から引き抜く瞬間。
それがこの場で最も早く、そして最も決定的に、戦局を掴み取っていた。
「……ッくそ……ッ……」
未だに倒れ付したままの白騎士。
立ち上がれないスザクの声が、終末を滲ませ、
「これ……で…………」
今、完全に剣を抜き放った魔王の声が、勝鬨を歌う。
「この戦―――――――――」
だから、ここがカードの切り時だと、彼は、もう一人の魔王は、その意を決したのだ。
「――チェック(王手)だッ!!」
瞬間、誰もが不意打ちとして、その登場に瞠目した。
「な――?」
疾走する蒼き閃光。
信長が剣を抜いたその瞬間、彼の背後に広がる瓦礫の郡の扉から現れた、一機のナイトメア。
銘を『サザーランド』という。
それは、ホバーベースに格納されていたはずの機体だった。
憂が紅蓮を入手したことで浮いていた筈の一機。
激化する戦いの最中、密かに本陣から脱出し、
味方さえも欺きこの場所に、この一瞬の為だけに、潜み機を窺っていた男の名を、
「ルルーシュッ!?」
スザクが叫ぶ。
この状況でこれの操縦者であるのは、艇の旗手だったルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでしかありえない。
疲労の極み、片腕を骨折、まともに運転できる状態でないことは明白。
姿勢のなってない走行、武装はスタントンファ一丁のみの貧弱さ。
だがこの状況のみにおいて、それは決定打になり得る。
未だ完全に体の自由を取り戻していない信長を覆う、鉄の影。
予め計算されていた軌道、重なり合う一本の道。
この戦いにおける最後の策略。
魔王を討つべく用意された、一発きりの魔弾である。
ルルーシュは確信していた。
目前の戦闘をつぶさに観察し抜き、一つの結論を得ている。
今こそ最後の勝機、逃せば次はない。
スザクの決死の反撃により生まれたラストチャンス。
必ず活路を開いて見せる。何を代償にするとしても、戸惑う道理はない。
今にも動き出そうとしていた信長へと、いま第三の機装が突貫する。
「ガ――――――――――――!」
鉄塊が、信長の全身を打ち据える。
サザーランドの片腕に装着されたスタントンファの一撃。
更に機体そのものを文字通り弾丸にして、全身でもって叩き潰す。
単純かつ強力な力押し。ナイトメア全重量による押し潰し。
旧式の量産機とはいえ、パイロットの腕が不足しているとはいえ、
総重量7.48tの鉄の塊はそれだけで、手負いの魔王には凶悪な武器となる。
「――――――――ハァッッッ!」
信長の体は動かない。
外套を動かす僅かな力すら、完全に力を取り戻していない今だけは発揮不能。
この一瞬だけは、無力に成り下がっている。
超重量の一撃を受け、血反吐を吐きながら崩落したビルの残骸に叩きつけられた。
決着となる一撃が決まる。
苦悶に呻き、動きを止めた信長へと、ルルーシュの攻撃は止まらない。
サザーランドもそれを追うようにエンジンを全開に吹かしもう一撃、鉄と鉄で挟み込む。
後はもう、それで終わり。
鉄塊が魔王を完膚なきまでに擂り潰し、そのまま墓標となるのだろう。
「ふは……ははは……はははははははは!!」
まごう事なき死を前に、洩れた言の葉はやはり哄笑だった。
信長は磔にされたような体勢で、全身から流血を撒き散らす。
怒りが滲む、怒気が昇る。ああ、実に、実に不愉快だ。
してやられた。やってくれる。楽しいではないか。
面白い、面白い、面白すぎるぞと、爆笑する。
生命の危機が迫っている。
いま間違いなく、存在が脅かされている。
故に楽しい、愉しい、悦し過ぎて堪らない。
そうこなくてはならない。
こうでなくてはならない。
そうだ、これだ、これが死地。
これが戦いなのだ。
これこそが、戦いに生きるということなのだ。
嗚呼、応えたくなってしまうではないか。
そうとも、応えなければなるまい。
受けて立たねばなるまい。
その凶弾に、抗わなくてなるまいさ。
体動かぬ、力入らぬ、だから何だ。
ここで剣を握らずして、いつ握る。
ここで戦わずして、いつ戦う。
さあ、この挑戦を、死地を、覆してこそ、魔王たる矜持を示せ。
――なぜなら、ずっと待っていたのだから。
嗚呼そうだ、待っていた。
全力をもって打ち倒すべき強者。
戦場の煌き、戦士の猛り、この第六天魔王を討たんと交差する閃光。
何よりも過激に苛烈に壮絶に、己を黒く照らし出す、その逆光を待っていた――
「はぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁぁァ――――!!!!」
あり得ぬ一振り。
魔王の気迫が、その一撃を可能にした。
振るわれる黒剣の牙。
サザーランドの真中を横に裂き、砕く。
「ま……だッ!」
散る装甲、
サザーランドを通過した剣線は深くコックピットを貫いていた。
不可能を可能にして、だがやはり減じている魔王の剣力。
モニターやコンソールは粗方砕かれるも、剣圧はルルーシュの首元をギリギリ掠めるに留まる。
前方の景色を直に見るまでに機体の表面が破壊され、だがまだサザーランドは、体は動く。
「まだだ!」
再び肉眼で捉える、双王の形相。
ルルーシュは機体の馬力を最大にし、
信長はサザーランドを押し留める剣に更なる力を込めた。
「ぐ――――――ッ!!」
肉が焦げる匂いが漂い始める。
それが自分の腕から上っていると、ルルーシュは遅まきに認識する。
再び湧き始めた信長の瘴気が、サザーランドを覆いつくさんと腕を伸ばしていた。
痩せ枝が滋養を求め、近くにいた命に吸い寄せられていくように。
敵の力が増している。魔王の回復が、瀕死のダメージを上回りつつあるのか。
鋼鉄の弾丸は未だ信長の剣を突破するに至らない。
瘴気の制圧がルルーシュの命を奪うほうが、一瞬早い。
燃え落ち、炭化しようとする意識の中においてさえ、ルルーシュの思考は冷静だった。
自分が死ねば、信長はただの重石になったサザーランドから抜け出すだろう。
それでまた趨勢は裏返る。
今ならば、刺せる。
今なら、倒せる筈。
なのに足りない。
後一手、後一撃、もう一つ、最後の一押しさえあれば、勝てるにも拘らず。
「此度は実に良い、戦であった……ぞ」
勝ちを確信した武者の声が聞こえる。
「称賛を受け取れィ」
衝突する力と力は臨界を向かえ。
「だが、後一歩、及ばなんだなァ」
長きに渡ったこの一戦。
「………は、…………ちが、う……な」
遂に、
「間違っているぞ」
決着の時が近づいていた。
「俺の勝ち(チェック・メイト)、だ」
■ ■ ■
「………………ん」
周囲でかまびすしく鳴る音によって、
平沢憂は眼を覚ました。
モニターのむこうで燃えている黒色の火、唖然とする。
「ル、ルーシュ、さん……?」
目前で巻き起こる事態に当惑しつつも、彼の名を、呼んだ。
開いた目で見た状況を、正しく把握できていなかった。
けれど断片的には分かる。
目の前で続いている戦い。
かつて自らの機体だったサザーランド、それに乗って戦っている人が誰であるか。
それだけは、直ぐにわかった。
彼だ、そう彼しかいない。
「ルルーシュさんっ!!」
生きていた。
生きていた生きていた生きていた。
生きていたのだ。
嘘じゃなかった。
彼は生きていてくれた、約束を守ってくれた。
ここに、いてくれた。
嬉しくて、涙がこぼれた。安堵が胸を満たした。
心が、温かいものに包まれていく。
昔のように、幸せだったいつかのように。
「よかった生きて……―――――――――っ!?」
けれど安堵はすぐに動揺へと変わっていく。
依然、彼の危機は終わっていない。
サザーランドは信長を押さえ込み、しかし魔王は動きを止めていない。
刻一刻と黒い影が、蒼い機体を包み込んでいく。
このままでは―――また、失ってしまう。
嬉しさと、恐怖と。
相反する二つの事態に、目覚めたばかりの憂は混乱に見まわれた。
「だめ……!」
とにかく、ルルーシュが危機にいると。
それだけをだけ理解して、事の重大さを知る。
「お願い」
彼を救出しようと、再び機体を動かした。
「動いて、紅蓮!!」
少女の想いに答えるように、立ち上がるボロボロの赤い機装。
再び、紅蓮は地を踏みしめた。
最後の援軍として、憂は立つことができたのだ。
「……ルルーシュさんっ!!」
限界を迎えかけた機体でもって、駆ける。
駆け抜ける。絶対に駆けつける。
死なせない。
死なせてなるものかと、力を振り絞って、恐怖など振り払って。
『―――憂、聞こえるか?』
彼の言葉を耳にした。
再び、聞くことが出来ていた。
「はい……はいっ……聞いてますっ!!」
聞こえているとも、聞いているとも。
ああ、やっぱり生きていた。
生きていてくれた。
ならそれでいい、それだけでいいのだ。
それだけで救われる。
何もしなくてもいい、ただ生きてくれさえすればいい、傍にいてくれさえすれば、それで良かった。
だからいま、命じて欲しい。
今一度、貴方を救う為の言葉を下さい。
それがどんなものであれ、必ず成し遂げて見せるから。
必ず助けて見せるから。
だから――――――
『よく聞け、奴に通る攻撃のチャンスは一度。
この一瞬だけだ。だから―――』
けれど彼は、
一語一句、区切るように、聞き間違えようの無い正確さで。
『憂、奴ごと俺を撃て』
そんな命令を、告げた。
「―――――――――――――――――――ぇ」
今度こそ、完全に言葉を失った。
何も、何も聞こえなかった。最初はそう思った。
目がチカチカして、耳には雑音が鳴って、頭は揺れていたせいで上手く入らなかった。
そう思いたかった。
耳にかけた通信機から流れてきた彼の声に気付き、何か自分に言葉をかけたと認識して。
すると彼の命令を聞き届けようと思考は回り、言葉の意味を理解したところで、また止まってしまった。
聞き間違いだと思った。
いや、そう信じ込んだ。
そうであってほしいと希った。
「……え?」
そこでようやく憂は、自分の指が意思と関わらず動いていることに気付いた。
紅蓮の右腕に備えられた武装、輻射波動機構の起動スイッチに掛かる指。
それは紛れも無く、憂自信の指だった。
「――――っ嫌!!」
ボタンに添えられた指を逆の手で押さえ、自分が仕出かそうとしてることを阻止する。
胸中を占めるのは混乱だった。
なぜルルーシュが自分を撃てと言ったのか。
なぜ自分の腕は勝手に彼を殺そうとしているのか。何もかも分からなかった。
ただひとつ、彼が死のうとしてることだけを本能的に察知し、それに対してのみに抵抗していた。
『撃て。俺を――裏切るな』
「い、嫌……どうして……! ルルーシュさん、なんでっ!」
自分を蝕む得体の知れない力への抵抗。
言いたいことが多過ぎて、上手く舌が回らない。
けれど本当は分かっていた。
彼がこうする理由なんて、気付いていた。
既に彼は死にかけで、それなら自分を犠牲にして、そうやって目的を果たそうとすることを。
「いやっ、いやだっ……止めてぇっ……!」
そして今まで、彼が向けてきた言葉は全て嘘で、きっと自分なんてどうでもといいと思っていて。
構わなかった。それでも彼しかいなかったのだ。
嘘でも、利用価値でしか見なされなくとも、彼にしか頼れなかった。
もう私にはあなたしかいないから。
あなたがいなければ、生きてさえいけないから。
「生き……てっ」
死にたくないから、あなたに従い、尽くしてきた。
だけどいつの間にか、『死んで欲しくない』って、
生きていてほしいって、思ってしまったから。
「生きて……くださいよぉっ!」
懇願はきっと届かない。
いつからだろう。
私を騙す貴方が、とても哀しくて見えて、なのに優しく思えて。
どうしてだろう。
貴方に、笑っていてほしくて。
あの人のように、笑っていて欲しくて。
それは欠けた何かを補うような感情。
でも、感じられたから。
大切だった。
確かに、大切だって、思えたから、救いだった。
なのに、あなたは、死んでしまう。
私をおいて消えてしまう。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
失いたくない、失いたくない、もう二度と失いたくない。
大切な人が居なくなってしまうのは、耐えられない。
だから、
「ルルーシュさんっ……!!」
私を残していかないで.
ひとりにしないで。
見捨てないで。
どうか―――――――――
「死なないで!!」
全力で抗う声は、もう自分の耳にすら入らない。
涙を散らして己の腕にしがみつけど、時は止まらない。
奇跡は起こらない。
白染めに消えていく意識の中、悲鳴を上げる憂へと。
今までで最も優しい口調で彼は告げた。
静かに、まるで、聞き分けの悪い妹を諭すように。
『撃て、憂。――――――最後まで、俺を裏切るな』
それで、堰は切れた。
絶対遵守の力は、王の命令は下された。
ギアスの力は少女の願いを蹂躙し、精神を支配し、肉体を操作する。
「 」
空白の絶叫と、紅蓮の陽炎。
泣き叫ぶ声の理由も分からず、頬を流れる涙の意味も知らず。
ただ、命令通りに破滅のスイッチを押す。
それが、この長き戦いに、終止符を打っていた。
■ ■ ■
燃える。
「ははははははははははは――――――ッ!!」
紅蓮に染まる。
「フハハハハハハハハハハ――――――ッ!!」
漆黒の世界が劫火に包まれていく。
拡散する炎の中心点で大笑が響き渡る。
二人の魔王が、命を燃焼させていく。
魔王、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは叫ぶ。
天で高見するその存在に。
魂魄までを燃やし尽くして、ここに反逆を宣言する。
「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだッ!!」
彼にとっての戦いの信念の通りに、その身を撃たれながら。
そう、ここで切るべきカードなど、己自身以外にあるものか。
これが結末、これが矜持。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが示すべき、たった一つの理だった。
「フハ――ハハハ―――ハハハハハハハ!!!!」
それに、もう一人の魔王は炎の中で手を伸ばす。
否、剣を伸ばす。
末路の果てまで戦えと、誘うように。
「良いぞォ……小僧」
輻射波動はサザーランドの装甲を容易に貫き、
その下部にいる信長にまで浴びせられる。
紅蓮に染まる世界で、地獄の業火に滅されていく。
「面白い、気に入ったァ」
地上に落とされし魔王が第六天へ還って逝く。
その姿は、伝承に残された最期と同様のものだと、果たして彼は知るものか。
「フ…フフフ……
フハハハハハハハハ――――――
ハーッハハハハハハハハハハハハハ―――――――――!!!」
笑う。笑い続ける。
ひたすらに笑う。
全身が焼け爛れ、膨張し、破裂する間際だとしても笑いは止まらない。
その高笑いが意味する所は何なのか。
彼の者が死後に向かうは根の国か。はたまた別の何処か。
何も、分からない。
分からないまま、消えていく。誰も知らないまま、朽ちていく。
それでも、分かることはある。
ただひとつ、確かに判明した事実が在る。
織田軍総大将、征天魔王あるいは第六天魔王、織田上総介信長。
時の果ての異国の王、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとの合戦により討死にす。
享年四十九。
其の有り様、戦い振り、真に――――――“魔王”。
“ 人間50年、下天のうちを比ぶれば、夢まぼろしの如くなり ”
“ ひとたび生を得て、滅せぬ者のあるべきか ”
【織田信長@戦国BASARA 死亡】
■ ■ ■
死闘、之にて終幕。
二つの生が合い砕けた。
跡に残されしは、一つきり。
「……………………ぁ」
気付いた時には、全てが終わっていた。
醜く膨張したサザーランドの爆散する赤が、少女の網膜に焼き付く。
声も出ず、涙も枯れ果て、茫然とそれを見つめる。
見てはいるが、理解してはいない、それを拒否していた。
少女にはもうなにも残されていない。
慟哭だけを胸にして。
もはや、そのままだ。
そのままでさえあれば、彼女は永遠にそうしていた事だろう。
「―――――――ぁ」
からっぽの、何もかも失った平沢憂。
故に何も感じない、感じずに、今度こそ心を停止させ。
けれど彼女にはひとつだけ、返るものがあったのだ。
姉―――
平沢唯への思慕の念。
「ぃ―――――ゃ――――――――」
それは思い。
受け入れられず、拒絶していた思い。
怪異に奪われ、その力を奪った男に埋蔵されていた、重しの概念。
それがいま、帰還する。
思いを奪った神の、力を奪いし存在の死によって。
「……嫌」
胸の空白へ、ぎちぎちと、みしみしと、有無を言わさず、それが押し込められていく。
きっとそれが、契機になってしまったのだろう。
少女は取り戻してしまった、自己を。
目前に広がる惨状、少女は気づいてしまった。
たったいま己の手が行使した事象を、認識してしまった。
何も感じなければ、何も想わなければ無痛でいられた自身を、見失った。
「い、いやだ」
拒絶の声も、全ては無駄な抵抗だった。
代わりに見えてくるものは、見たくないもの。
見なければ、よかったものを、知ってしまう。
「あ、あ、あああ……ぁ」
死んだ。
―――認識する。
ひしゃげた鉄片。
弾け飛んだ血肉。
紛れもない、彼の死。
「やめ、て」
死んだ。
―――リフレインする。
突き刺さる凶刃。
流れ出す血液。
紛れもない、彼女の死。
「入って、こないでぇ……っ」
死んだ。
―――ノイズのように、二つの死が重なって。
死んだ。
死んでしまった。
失ってしまった。
壊れてしまった。
そしてもう二度と―――――
あの人達は、戻らない。
「いやあああぁあああぁああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ―――――――ッッ!!!!!!!!」
ばきり、と。
今度こそ、世界の壊れる音がして。
それで、平沢憂の心は完全に、砕け散った。
【ルルーシュ・ランペルージ@コードギアス反逆のルルーシュR2 死亡】
【魔王狂想編・閉幕 / Black Side--End】
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最終更新:2012年06月17日 23:12