crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』(一) ◆ANI3oprwOY
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―――――――――足りぬ。
そう思いて、この常世を歩んでいた。
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crosswise -black side- / ACT4:『逆光(ぎゃっこう)』
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□
/逆光・心ノ終剣
翔ける白、疾走(はし)る紅、猛る黒。
灰色の戦場にて、異なる三色が織り混ざり複合し混沌の色彩を生む。
空に昇るは白光。ランスロットアルビオンが翡翠の刃を地に放つ。
エナジーウイングより放射された秘刀が地表へとばら撒かれていく。
その数は無数。地を撃ち砕く、破壊の豪雨。
地に立つは黒影、
織田信長が暗雲の弾丸を天へと放つ。
黒紅の外套(マント)より放射された瘴気が空の群青へ駆け上がっていく。
その数は無限。空を喰らう、亡者の群れ。
尽きぬ事は同義。しかして一見で理解できよう。
この二つの数の差、規模の差。
漆黒を遥かに上回る翡翠の雨、その総数を見れば明らかだ。
一撃の大きさ、破壊力、そして量は翡翠のそれが上回る。
正に、天と地ほどの開きがそこにはあった。
魔王の瘴気の飛沫による迎撃は間に合っていない。
対人を想定した瘴気に対する、大軍を焼き尽くすエネルギーの刃。
数が違う。大きさが違う。威力が違う。スケールが違うのだ。
爆散する大地。相殺し切れぬ刃の波に晒される信長。
さながら大波に呑まれる小波である。
人外魔境を越える人至機境。
無限の瘴気など、果てぬ古の怨念など、未来に生きし無尽の前には乏しすぎる火。
大風に消され続ける、小さな火でしかない。
不条理など条理の前には屈するのだと、誰もが断ずるであろう光景だった。
だが、しかし。しかしである。
その大風をもってして、火の歩みを止める事が出来ぬのは、いったい如何なることなのか。
止まらぬ。止まらない。魔王の進軍は止まらない。
退きはしない、受け止めもしない、ただ蹴散らして。
降りかかる刃の豪雨の中であっても歩を進める。
漆黒は豪雨の中を突き進む。
撃ち漏らす、撃ち落しきれない、ならば切り払えばいい。
それが破壊で造る王道。
両の手で握る堕ちた聖剣を高く掲げ、剣閃でもって斬り開かん。
音よりも速く、光よりも怒涛に、黒の刃が光の雨を払い散らす。
豪腕を振るい斬って斬って斬り尽くし、創り上げる突破口を踏みしめ往く。
火は、消えない。
如何なる雨に撃たれようとも、これは戦国の大火である。
この火は、炎は、如何なる条理をも焼き尽くすと知るがいい。
「愉快ぞォ」
破壊の残響だけが飛び交う戦地にて、魔王の呟きは誰の耳にも届かない。
しかしその言葉は確かに発せられていた。
駆け往く戦場。天下全てを。
破壊し得るべき全てを。
魔王は闇よりも暗い眼光で見据えそして―――
「破天ッ!」
突如、発せられる咆哮と共に歩みは走りへと変わっていた。
更に速さを増した剣。膨張する黒。
さながら風によって火が勢いの増すように。
限界と思われていた漆黒が轟々と燃え上がる。
魔王の背後。一瞬にして黒が尚巨大な黒へと変化する。
いまや放出される瘴気の総数、先ほどまでの倍。
否、三倍。
否否、四倍。
否否否、果てなど無い。
亡者の列、その指揮を執る信長は今や一にして大隊。
無限の軍勢がここに出現する。
それは死をも恐れぬ魔王軍。
死を超えた死者の群れと共に、遂に魔王は霖雨を抜けだした。
これが戦国の進軍、見せつけそして次に見据えるは一つ、敵の城(ホバーベース)。
あれを陥落させるが此度の戦の醍醐味也と、口を歪める。
次の瞬間。
間髪入れず、横合いから飛び込んできた紅蓮の機装が、魔王の胴を貫かんと爪を振り上げた。
■ ■ ■
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――満ちぬ。
そう思いて、あの乱世を駆けていた。
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それはゼロの調律が為した采配であった。
「紅蓮はポイントA1から前へ出ろッ! 今なら通る、恐れるな!!」
あまりにも計算し尽くされた一手だった。
天の白光を眩ましにして、翡翠の雨に紛れるようにして、紅蓮の赤は唐突に現れた。
エナジーウイングの掃射を漆黒が突破する直後。
正確にして絶妙のタイミングで、視界外より死角を穿つ銀の爪が躍り出る。
「せあああああっ!!」
白の騎士と本陣(ホバーベース)を目指し駆ける信長へと、不意の一撃が叩き込まれる。
紅蓮が右の爪を振りかぶり、信長の胴体を刺す。
同時に振るわれる特斬刀が大地を砕き、横合いから王の軍勢を吹き飛ばす。
「はッ!」
ありえぬ所業。
動きを止められた魔王の眼光が、為した者を捉えた。
己を貫いた赤き機装を――ではない。
紅蓮の後方、白の騎士よりも、更に後方。
「だが出過ぎるなよ。対象をポイントB4へと導き、スザクへ繋げ!」
この時、この一撃を、最良最優の不意打ちを叩き込んだ後陣の智将。
紅蓮の弾丸を魔王へと叩き込んだ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
彼はこの瞬間、確かに感じていた。
ホバーベースの操縦桿を握りながら、紅蓮と純白、二機の指揮を執りながら。
己へと向けられている、魔王の眼光を。
その鋭さ、そのおぞましさ。歪む気配はいまだ衰えず健在であると。
「――――フハッ!」
翻した外套の防壁と、紅蓮の爪の衝突の結果は、拮抗だった。
罅割れる大地を踏み締めて、信長は超重の一撃を耐え凌いでいる。
ナイトメアの拳をむしろ押し返さんと気迫を込めている。
意気込みだけの話ではない、実際に押し返す兆しを見せていた。
立ち上る怨念の波、瘴気が紅蓮の装甲に伸びてくる。
赤の装甲が少しずつ黒色に染まっていく。
内と外より、徐々に鉄が溶かされていく。
「……ぅ………………!」
足元から這い登ってくる寒気に、コックピットにいる
平沢憂が青ざめた。
叩き込んだ不意打ちに、不備は無い筈だった。
だが完全に決まったと思った一撃は圧し留められ、どれだけ馬力を上げても押し切れない。
鍔迫り合った以上、退避することも出来ず、一転して窮地に陥っている。
「憂! 押し切ることに囚われるな! “上”の空間を使え!!」
仰いだ先から、天啓に等しい指示が帰ってくる。
迷いは即、死に繋がる。
迫る負の念に一刻の猶予も無かった。
「っっっえ、ええい!!」
前方を向いていた紅蓮の怪力を、やおら上へと転換する。
足を踏ん張っていた信長は地の利を失い、両脚が地を離れ浮き立つ。
紅蓮は将の指示通り、馬力の強さに任せ、そのまま上空へと思い切り投げ捨てた。
抵抗する間もなく大空へと飛ばされた信長。
宙空を翔ける翼なき人の身では自由に飛行することは叶わない。
空の世界で、人が鳥に叶う道理などどこにもありはしない。
「紅蓮は直ぐにポイントA3まで後退しろ!―――スザク!」
舞い上がった漆黒へと、緩急無く飛来する白き閃光。
みなまで言わぬ、以心伝心の連携。
蒼穹を縦横無尽に宙を駆け抜けるランスロットは、真髄たる空中戦を遺憾なく披露する。
「せあああああッッ――――――!!」
逃げようのない“狩り場”に放られた信長へと、全方位にわたってメーザーバイブレーションソードが振るわれる。
肉眼に捉えきれぬほどの高速でもって、乱舞する二刀の強襲劇。
刹那の合間に振るわれる赤の軌道、空の蒼へと幾重も剣線を刻み込む。
空の覇者たる大鷲じみた鮮やかな手並み。
すれ違う度に抜かれる赤剣は黒衣を裂き、鎧を砕き、その中の肉を抉り出さんとする。
「ぬぅおォッ!」
しかし対する信長もまたただでは落とされぬ。
体を千切らんとする斬風の中、鍛え抜かれた筋肉と磨き上げられた感覚を駆使し、空中でも素早く臨戦の構えを直していた。
四方八方から襲いかかる斬撃を、己の剣でもって的確に受け、捌いている。
信長もまた、いつの間にか二刀へと変じていた。
左の黒剣。
それは右手に握る西洋の聖剣とは異なる、元より覇道の黒に彩られし刀剣。
かつて立ち寄った闘技場にて掴みなおされていた、彼自前の大剣である。
宝具にも並び立つその強度でもって、科学の粋を集めた破壊の二刀と打ち合っている。
刺し切れない。
ならばと、中空を不規則に跳ね飛び、急速に飛び上がるランスロット。
魔王の更に更に上空へと、何十もの回転を自機に付加しながら昇る。
天を蹴るように、陽の光に背を押されるように、見る者を感嘆させるインへルマンターンを決め、白騎士は急降下を開始した。
続く一撃とは自明。推進力、重力、駆動力、全てを込めた突撃である。
ランスロットの、そしてスザクの、出し惜しみ無しの渾身撃だ。
落ちてくる彗星の如き断刀。
対する信長は大剣を真下に投げ捨て、聖剣を両手に持ち腰まで下げる抜刀の構えで待ち受ける。
瘴気のオーラにコーティングされるカリバーンの刀身。
伸び上がる切っ先、瞬時に五メートル余りもの刃渡りに変化する。
間隙は無に等しく、両者恐れず解き放つ。
騎士の斬り下ろしと、魔王の斬り上げ。
直後、ぶつかり合う赤と黒、二色が空を染め上げた。
超大の衝撃によって、地面と、周囲のビルの窓ガラスが砕け散る。
鍔迫り合うまでもなく、均衡の崩壊は一瞬。
相手の上から加速をつけて斬りつける地の利、そして馬力の差。
スザクはこのまま逃げ場の無き地上へと叩きつけんと、勢いを強める。
が、それさえもが魔王の範疇か。
信長は微細な力加減でもって力のベクトルの方向を修正し――
鳴り響く、ジェット機のターボファンが噴射されたような爆音。
信長の背後にて渦巻いていた漆黒が、弾けるように撒き散らされる。
時間をかけて蓄積させていた覇気と瘴気を暴発させた推力によって、白騎士の攻撃を逸らしきる。
剛力と精緻さ、何より実行に移す胆力がなければ実現し得ない対処法。
急降下によって死線を潜り抜けた勢いそのままに、信長は再び大地を踏みしめた。
同時期、捉え損ねたランスロットの赤剣はビル一棟を切り落とす。
再起には、暫しの時がかかる、それは回避不能の間。
信長もまた着地により一瞬の隙を晒しており。
両者の間に流れる緩急、間隙に飛び込んでくる、声と共に、
「予定通り(オールクリア)だ。各機、ラインD5まで退避しろ!!」
背後より飛来した鉄塊の弾丸(ミサイル)が、魔王の全身に喰らいついていた。
「―――――――――!?」
それは秘され続けた本命。
誘導されていた射線上、ホバーベースより放たれた、対ナイトメア用の戦術ミサイル。
激突の瞬間、ひしゃげる鋼鉄の外装。
ミサイルの内部をたんまりと満たしていたサクラダイトが発光し――――――
「吹き飛べッ!!」
智将の号令と共に、辺りは一瞬にして爆炎に包み込まれていた。
割れる地面、雪崩れるように倒壊していくビル群。
最も距離のあったホバーベースにまで届く衝撃波。
完膚なきまでの、破壊の一撃。
パラパラと、破片が飛び交う音が響く。
戦国の武将はいまや、煙の向こう。
「や……やった……!成功ですよ、ルルーシュさんっ!!」
障害物を盾にして爆風をやり過ごした紅蓮より、
平沢憂の喜びと安堵に満ちた声が後方の将に届く。
「まだだ、憂。気を抜くな」
しかし、言葉を受けたルルーシュは厳しい眼差しで黒煙の向こうを見据えていた。
その目に何一つ安堵は無い。油断も、作戦の成功を喜ぶ色すらない。
勘が、感覚が違うと言っている。
一策の成功ごときで倒れる敵なら、最初から何一つ脅威では無いのだ。
懸念を証明するように、黒煙により深い影が浮かび上がる。
ぐるりと、収束する黒。
「―――――――――ハ」
哄笑の如き唸り声と、響く足音。
魔王の健在証明、それ以外の何物でもない。
「スザクも」
「わかっているよ、ルルーシュ」
上空にいたスザクは、その動作を捉えていた。
ミサイルが直撃する寸前の光景。
すんでのところで身をかわし、地より引き抜いた己の大剣で鋼鉄の弾丸を切り裂いた魔王の手際。
爆風をマントで巻き込み防ぎきった信長の、一瞬の動作を。
「そ、そんな―――あのひと人間ですか!?」
「手を休めるな。この程度でやられるような相手でないのは分っている。
だが奴も無傷ではないはずだ。休みなく攻撃を続けろ」
「り……「了解!!」」
戸惑う少女の返答と、迷い無き騎士の応答。
耳に聞きながらここに智将は、もう一人の『魔王』は指揮を執る。
「織田信長……速度、攻撃、防御、三拍子揃った戦国武将。
そのうえ知略すら操る怪物。
だがどれほど完璧だろうと、必ずどこかに突き崩す余地はある」
実際、黒煙より現れた織田信長は無傷ではなかった。
黒の騎士団が叩き込んだ猛攻に次ぐ猛攻は戦果を上げている。
破れた外套、遂に欠けた鎧、所々傷の見える肉体、怒り露に血で濡れた形相。
ここにきて、とうとう攻撃が通り始めている。
紅蓮の不意打ち。
ランスロットの空中戦。
直撃には及ばなかったものの、ミサイルの命中。
全て、効いている。ダメージを与えている。
「ランスロットは間断なく攻め続けろ。削り続けることを第一に動け」
スザクの参戦によりルルーシュの戦力は飛躍的に上昇し、戦術の幅は大きく広がっていた。
一騎当千の強壮さを誇るランスロット。
単機で状況をひっくり返す戦力を発揮するそれを、後方からの指揮により更に引き伸ばす。
「紅蓮は地上でランスロットの援護を行え。
ただし、お前は攻めることを考えなくていい。具体的な指示は俺が出す」
憂の至らない部分にはルルーシュのフォローも万全だ。
要所に紅蓮の手を挟ませ、ランスロットが再攻撃し敵を封殺する。
将の采配。それだけで、次々と手が繋がっていく。
これが、世界の総てを支配した帝国の象徴。
魔王と恐れられ、死神と蔑まれながらも、決して侵されることのなかった誓いと力。
心技体の合一。武力と知略が合致した、それは戦術と戦略の完成形だった。
「勝機は、ある」
ついに、ここまで来たのだ。
スザクの戦術とルルーシュの戦略が合わさることによって、遂に織田信長と並び立った。
後は喰らい合い、どちらが残るかの消耗戦。
ならば数で勝るこちらの優位。
その、はずだが――
拭えぬ違和感があった。
否、これは恐れ、だろうか。
目前の敵に対する実態の無い、脅威。
力とも、心とも違う、まだ見ぬ何かに対する。
「…………」
ルルーシュは佳境を迎えた戦場を目に焼き付けながら、静かに拳を握り締めた。
ついに果たした再会と再開。
ここで潰されはしない。
いくつもの犠牲と死の上に、積み上げてきた戦いの連鎖。
それが今、一つの結末を結ぼうとしているのだから。
蟠る脅威があろうとも。
いずれ、ここが正念場にして分岐点である事は間違いない。
負けられない。
これまでの全てを無駄にしないために、絶対に、勝たなければならない。
「必勝こそが、求められる」
漆黒の中心に挑む二機へ指揮を送り続けながら、ルルーシュは想起する。
今と似たような感覚のあった瞬間。政庁戦。大英雄
バーサーカーとの戦い。
あの時はどのように戦いが終結したか。
無論、忘れてはいない。
もっと以前から、ルルーシュという人間はそうであったのだから。
そう常に、勝利を手にしてきた。
――――――数え切れない犠牲の上に。
敵の王(キング)を殺るために、数え切れぬほどの駒を使い潰した。
それを決して忘れない。
新しくは正義の為に戦う戦士を。
古くは好いてくれた者の父を。
罪の無い多くの人々を、大切だった肉親すらも。
切った。カードのように、切り捨てた。
屍の山の上に勝利を築く。
それがルルーシュの辿ってきた道であり、鬩ぎあう戦いの中では当然の摂理だったのだ。
ならばきっと今回も、もしもの事があれば。
何かを切らねばならない、かもしれない。犠牲にする必要に迫られるかもしれない。
されど駒には切れる駒と、絶対に切れない駒、二つの種類がある。
ではこの時、手の内にある駒。
それがどちらなのか―――あまりにも、考えるまでも無く、自明だった。
「…………ふっ」
苦笑を、一つ。
一度だけ目を閉じる。
思い返す。己の足跡を、ずっと前から決めていたことを。
その信頼を――利用する、と。
「……準備を、しておくか」
決断に時間などいらなかった。
目蓋を開いて、広がる戦場を見つめる。
そして、そこで戦う紅蓮の背中を見た。
漆黒の魔王と己の中の恐怖、二つと懸命に対峙する一人の少女を、見透かすように、見送った。
いよいよとなれば、これが彼女の見納めになるかもしれないのだから。
■ ■ ■
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――脆すぎる。
そう思いて、ただ戦場を生きてきた。
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手応えはある。振るう一刀毎に敵の命が削られるのを肌で感じているし、反撃に対しても十分対応できている。
人間大のサイズを狙うのは多少骨が折れたが、数度打ち合う内に要領も掴んできた。
ルルーシュの指示で動く紅蓮の援護も的確、一部の隙もない筈の布陣。
勝機は見えている。
「…………………………」
だというのに、絶えず襲いくる悪寒。不安。恐怖。
戦士として戦うにあたっての第一の関門は、己の感情を制御すること。
怯えに臆さず、さりとて麻痺もさせず、自己の力を引き出すための起爆剤として活用させる。
歴戦のスザクにとってとうの昔に越えた段階。その究極系たるギアスを得た今ならば恐怖すら己を生かす道になる。
そんな最高潮のコンディションにありながらも、なぜか止めまで決め切れず。
対峙し続けるだけで、不定形の恐怖が己のなかに雪崩れこんでくる。
何が足りないわけでもない。むしろこれ以上望めないだけの展開だと自負できる。
だというのに、どうして決着をつけられないのか。
こうもざわつきが治まらないのか。
常時ギアスは胎動し続けているのか。
答えではなく解法が判明しない問題。
直接渡り合っている分むしろルルーシュよりも切迫した心持ちだった。
「……ルルーシュ」
逡巡の後にスザクは従うべき王の名を呼んでいた。
口にする名には驚くほどの懐かしさがこみ上げている。
かみ殺して、先を続けた。
「これから、一気に決めようと思う。いけるかい?」
それはスザク自身にも、迷いを挟んだ上での進言だった。
つまり万全であったはずの戦略の放棄を意味している。
追い詰めていたはずの安全策を、善戦していた持久戦を自ら捨てようと言うのだから。
「…………」
しかし危険を冒すこと以上に、このまま長期戦を続けることを、スザクは危険に感じていた。
順調のはずの現状に紛れ込む違和感、拭えない危機感。
感じている理由にスザクは、一つだけ心当たりが在ったのだ。
それは一笑に付すべき馬鹿げた空想。
しかし戦場でじかに刃を交わしたスザクには、どうしても杞憂と断ずることが出来なかった。
故に、確かめるという意味においても、ここで一気に勝負を決める。
リスクを背負ってでも、やらなければならないとスザクは決断した。
「お前の判断ならば、いいだろう」
しかし時間を置くかと思われた質問は即断で了承を得られた。
「憂には俺が指示を出し、なんとしても追いつかせる。
だから以後、お前は―――お前の『全力』でもって戦え」
それは実質、スザクがルルーシュの指揮下から外れることを示している。
意味するのは楔からの開放。
一定の領域に至った兵にとって、指示は道しるべであると同時に枷にもなる。
エースの勇猛なる全力とは、時に他者と共有する事が出来ない。
本領発揮にはどうしてもルルーシュの指揮から解放してやる必要があった。
リスクは何倍にも膨れ上がる。
だがルルーシュはこの選択を是とした。
両者共に拭えぬ違和に押されてか。
いやそもそも、互いの判断に疑問を挟む余地など、今更この二人には無いのかもしれない。
となれば将の役は『指示』から『サポート』、バックアップへと切り替わり、
行われる戦略はガラリと色を変えることになる。
より攻撃的かつ直線的な布陣。
これまで以上に前線に出るスザクのランスロットと、危険な動作を強いられるであろう紅蓮。
ホバーベースもまた安全圏から踏み出し、援護を積極的に仕掛けなければならない。
激突の回数を増やし、交互ではなく二機による同時掃討。
攻めに傾倒した動き故に防御に不安が生じるが、どの道もう一押しする必要はあった。
ここで決着を付けるというのなら、戦いを終わらせるというのならば、その必要が有る。
「は――――――――――!」
王の了承を受けた空の白騎士は、地を駆け出した獣へと突き進む。
今までの軌道に比べてより苛烈に、流星の速度で急降下をかけた。
同時に、地上から赤武者が同じ標的へ疾走する。
回り込むランスロット、直線で突き進む紅蓮、高速で二機が交錯する。
その境界にいた信長は前後から両機体に挟み撃ちにされた形になった。
異なる方向から同時に放たれる斬撃。
対し、信長は右からの特斬刀にカリバーンで応じ、左の剣に瘴気の波動を浴びせる。
紅蓮の特斬刀は容易く捌かれるも、
ランスロットは放たれる瘴気を一刀に斬り払った後、すぐさま再攻撃をしかけていた。
目くらましの如く散らばる黒を貫く、鋼鉄と鉄線。撃ち出されし四連のスラッシュハーケンが信長に襲い掛かる。
内の三発が軽く避けられ、信長の背後にあったビルを貫くに留まった。
一発は信長を捕らえるものの、ぶつけられた魔王の左の黒大剣が通さない。
少し遅れて放たれていた紅蓮の飛燕爪牙もまた、右の聖剣がおし留めている。
「退けぃッ!」
中空にて翻る、マントの旋回。
膨大の風圧と同時、硬化された真紅が穿たれた。
ハーケンがそれぞれの機体へと弾き返されていく。
ランスロットは機体を捻り、四連全て問題なく回収。
しかし紅蓮は返されたハーケンの一撃を機体の頭部に喰らいかけ、一瞬だけ動きを止めてしまっていた。
そこへ放射される瘴気の波動。
遮るように、遠方からホバーベースの援護射撃と激励が飛来する。
「憂、下がるなよ!」
「はい! まだ……まだやれますッ!」
叱咤された憂が気力を振り絞り、再び戦線を見据えた時には既にランスロットは次の動作に移っていた。
ハーケンを戻した回転の勢いそのままに、斜め上方へ裂く袈裟の二刀。
信長もまた天に振りかざした二対の黒剣で応じ、虚空に十字が描かれる。
地上にてせり合う両者。
小枝と大木程の差があるのに関わらず、王の剣は砕けずその幻想を維持している。
ただし、持主はその限りではない。鉄をも両断する高周波が剣から腕に伝わり、腕の骨と筋肉を激しく軋ませた。
骨が砕けるどころか肉ごと粗引き肉にしかねない振力。
はめられた篭手が砕け、露になる腕には血糊がべとりと滴っている。
それでも信長の手は緩まない。痛みなど己の前進を止める理由になりはしないと柄を掴む指が鳴る。
鍔迫り合いの中心点にて溜め込まれた力が頂点に達し、破裂。両者弾かれながら後退する。
その頃にはようやく紅蓮も戦線に復帰していた。
旋回し、再び挟もうと接近する紅蓮とランスロットの両機。
信長はこのままやられ続けることを是しとするわけもない。
傷を怒りに、怒りを力に変えて溢れ流さんとランスロットへ向け走り出す。
地を蹴る魔王の両脚。
相対するランスロットは、一端エナジーウイングを収納。
ランドスピナーで接地面を滑りつつ、魔王との真っ向勝負に応じた。
「おおおおおおおあああああ!!!」
「うおおおおおおおっ!」
幾度もぶつかり合う赤と黒の閃光。
巨体をもって超重量の斬撃を繰り出すランスロットに対し、中空を跳躍しながら人外の腕力で打ち返す信長。
激突する戦意と殺意。重なり合う剣と剣。戦場に充満する熱量が空気を飽和させていく。
単純な打ち合いはやはりスザクが優位。
機械越しとは思えぬほどの柔軟性を帯びた剣筋。
生身の剣豪と見まごう域。
力だけでなく、技術で裏打ちされた動きは見る者に美しさすら感じさせた。
されどスザクが相手取らなければならないものは魔王の剣のみにあらず。
王の背後の漆黒より無限にはせ参じる瘴気の群れ。
魔王の軍勢、その全てだ。
中空にて翻る怒涛の剣舞。大気を燃やしつくす猛火の如き大乱舞。
二対のメーザーバイブレーションソードが竜螺旋の如くに巻き起こる。
鋼の脚が地を滑り、駆け上がり、目にも止まらぬ蹴撃の嵐を叩き込んでいく。
騎士(ランスロット)と騎士(スザク)は今や一体。
通常あり得ぬはずの無い、動きのラグをゼロにして、
完成された戦術の極意を示し、押し寄せる黒の津波を撃ち払う。
「―――こんなものか?」
魔王も未だ衰えず。
戦国最強をも凌ぐ剣舞を、心なしか先程よりも余裕のある動きで打ち合っていた。
攻撃に対応する勢いが格段に増している。
鋼の格子たる剣線の中心を突破し、時にコクピット目掛けて迫る震動がスザクの身をビリビリと震わせる。
遠距離からの射撃では決め手を欠き、近距離での斬撃ではむしろ敵に有利な条件。
攻めれば跳ね返る反撃の脅威を前にして、完全に攻めきれない。
体力勝負ならこちらに利がありそうなものだが、無数の傷が付いた姿の信長に消耗の顔はなし。
果たしてこの男、疲労という概念はあるのか。
ここにきてスザクは改めて、この男がかつてない化物であると認識した。
「そんなものかァ……虫けら共ッ!」
打ち合う。
怒涛の勢いで振るわれる騎士の二刀、魔王の双剣。
此処で遂に、ランスロットの前進が止められていた。
『ありえない』
今更のようにスザクの脳裏に過ぎる言葉。
こんな異常な光景を、既に違和で無くされているという事実が既にありえない。
果てなど知らぬかのように強まっていく王の剣は、今や一つの世界における最強の布陣に並び立つというのか。
やはり予感は正しかったとスザクは確信する。
徐々に押し返されていく圧力を、機械越しにも感じさせられている。
ギアスの胎動は強まるばかり。
この敵は一刻も早く、一秒でも早く打ち倒さねばならない。
そんな脅迫概念が総身を突き動かしている。
「これが死力か? ならば―――」
唐突に打ち切られる剣舞。
一瞬、スザクをして空虚に満たされる事態だった。
撃ち込んでいた剣線に異物が紛れ込んでいる。
伸ばされたマントに巻き込まれた刀身。
その腹に、逆手に握られた大剣が叩き込まれ。
あまりにも呆気なく砕け散っていく、赤剣の一本。
「な――」
「これにて散れィ!!」
薄くなった左側の剣戟を突く、黒閃光。
咄嗟に捻った機体の肩部に突き刺さる、大剣の一撃。
弾ける装甲の銀。ノイズの混じる視界。
やおらランスロットの体勢が崩れ、衝撃で機体の全身が浮き上がった。
一瞬で、攻守が逆転する。
たった一撃で流転させたこれが、魔王の武頼。
迫り来る二刀目の漆黒、伸び上がる聖剣が右の赤剣をいなし、スザクの世界を覆いつくす。
「―――――――――うな」
だが同時。
一つの覚悟を、スザクは決めるときができていた。
なぜなら此処にいる者が、此処に揃っている者が、敗北する筈がない。
それを信じている。
だから、目を逸らさずに、
「「…………違うな!」」
拒絶し、重なる声。
「「間違っているぞ!!」」
命を賭ける、この一瞬に。
窮地を、死地を、今。
「「ここからだッ!」」
――――――勝利へと、転化する。
戦地へと割り込みをかける、もう一人の王。突撃を仕掛けたホバーベースの巨体。
周囲に掃射を振りまきながらビルを次々と薙ぎ倒し、突っ込んできた本陣。
計算尽くされた軌道だった。
四方八方へと撒き散らされる障害物の嵐が魔王へと襲い掛かる。
極光は騎士をを両断する直前、飛来する散弾の妨害によって軌道を逸らされた。
代わり、迫り来る大質量の圧殺へと―――本陣へと伸び、ホバーベースの左辺を切り裂いていく。
上がる爆炎、しかし燃える城はいまだ落ちていない。
戦い続ける兵達へと、炎を向こうから声が届く。
「今だスザクッ! 憂ッ! 一気に畳み掛けろ!!」
騎士はその声に、勝機を作る信頼に、全力で応じてみせた。
息など合わせるまでも無い。この二人に、超えられぬものなど在りはしない。
崩れていたランスロットの銀脚が一瞬にして、足並みを変え再び蹴足の構えを取る。
反るように後方へ流されていた体制を逆に利用し、突き出すでなく撃ち出す。
地面スレスレを宙返るような前蹴りは起死回生の一撃となりて、刀剣ごと信長を後方へ吹き飛ばした。
「ぬォ――――――――!?」
蹴り飛ばしたその先に待ちかまえているのは、憂の紅蓮。
既に後方から加速を付け、攻撃態勢を整えている。
構えた紅蓮に向け、信長の視線が中空にてギョロリと動いた。
振り返るまでも無く、背後へと突き出された野太い腕。
次の瞬間、旋廻する瘴気の渦が轟々と紅蓮へ噴きつけられていた。
覆う濃霧は目晦ましなどという簡素な一手ですらない。
これはれっきとした攻撃だ。高められた黒気は晒された者を灼き尽くす焼夷兵器として機能している。
紅き装甲が防ごうと、霧は関節部から侵入し機内から焼き払うだろう。
「躊躇うなっ!突き進め!」
「やあああああああああああああああああああ!!!」
それに真っ向から反逆する王将の声。
主の指示を受けた少女は臆することなく、紅蓮の腕が唸りを上げる。
心の支えを求める憂にとって、ルルーシュの声は万軍にも勝る「援護」だ。
力をくれる、恐れを振り払ってくれる。誰よりも、信じている。
そんな思いに呼応して、紅蓮の右腕の鉄爪の中心、掌に相当する部位が真紅に染まる。
紅蓮弐式の虎の子、輻射波動機構。
標的に接触させての零距離での使用が前提だが、例え空撃ちであろうと生じる衝撃波は砲撃を防ぐ障壁として機能できる。
この場合も、シールドとしての役を見事に成し遂げた。
膨大な熱量と振動波が黒幕を蒸発させ霧散させ、それにより輻射波動の効力は相殺されたものの、障害は取り払われた。
無防備な背中を百舌の早贄にせんと巨爪が伸びる。
しかし織田の底力、未だ尽きず。
腰を捻り、身をよじって真後ろの貫手に剣を合わせにきた。
漆黒の殺意を注がれた選定の剣が、切り結ぶ爪ごと斬り裂こうと禍々しく輝き出す。
「……っ!」
極光に照らされた少女が、恐怖に囚われかけたその時。
「――させない!!」
「――やらせん!!」
割り込むものはやはり、王と騎士の双力。
飛来した王の銃弾が信長の剣を僅かに圧し留め、その間を騎士は決して逃さない。
手甲から射出されるランスロットのスラッシュハーケン。
伸びた先は、紅蓮の方を向いて丸裸の背中を晒した黒の武者。
ランスロットに搭載される強化型はアンカー部分にブースターが設けられ変則的な動きも可能となる。
大蛇のような野太い二本の縄が信長の全身に巻き付かれる。
対ナイトメア用のワイヤーは瘴気の熱といえど瞬時には切断できない。断ち切れる剣も城への一撃に振るわれたばかり。
そして身動きの効かない信長へと、今ついに紅蓮から伸びる鋼鉄の爪が直撃した。
「ぐぅおおおおおおおッ!!」
雄たけびが響き渡る。
外套の防御を貫き、鎧を砕き、今度こそ通った肉を抉る一撃。
トドメを刺さすべく憂の指が必殺の一撃へと掛かる。
即ち、輻射波動機構の再発動。
それでも動きを止めぬ魔王の剣は、既に紅蓮の腕へと振るわれようとしていて。
「――――――まだだ!!」
尚も早く、ハーケンに連結しているランスロットの両腕が動いた。
ぐんと引き戻される信長の五体。
瞬間、脱出を許さない超高速の引力と真空が信長を襲い。
「ぬぅ!?」
抵抗する間もなく。
建築解体に使うクレーンに取りつけられたハンマーのようなぞんざいさで、騎士は魔王をビルの中へと突っ込ませていった。
捕えた敵を振り回し、壁に、窓に、柱にぶち当てては壊し、また別の建造物へ吹き飛ばす。
衝突の抵抗も膨大なパワーで振り切り、旋風が荒れ狂う。
「おおおおおおおッ!!」
並び立つビルの雑木林を抜け、止めの一撃。
アスファルトの禿げた地面へと叩き付け、衝撃は巨大なクレーターを作り出した。
「ぐ……ぉ……っ!」
昇る土煙の中心から、苦痛の呻き響が響いた。
スザクの中にも漸くの手ごたえが浮かぶ。
かつて無いほど完全に攻撃が決まった筈だ。
これならばどうだ。もしも事が予想の通りだったとしても、これはひとたまりもあるまい。
人体という形状をしているならば、人間と言う要素が欠片でもあるならば、決して大ダメージは免れない一撃だ。
その自信と確信がある。
立ち昇る土埃の向こうの影は、スザクの手ごたえを裏付けている。
驚嘆するべきことに、大地に亀裂を入れてなお、織田信長は原型を保っていた。
しかし血を吐き出し、纏う鎧には亀裂が広がり、仰向けになったまま動かない。
いける。
その確信が、確証に変わりつつある。
機は逃せない。すぐさまクレーターの中心部まで駆け抜ける。
ここまできて、この程度で死ぬ輩でないのは厭というほど痛感済みだ。
確実に殺すには、首か心臓を潰すしかない。
そうしてでも停まらないのではないかという疑問も、否定し切れないことが何より恐ろしい。
倒れたまま動かない魔王の目前まで辿り着く。
ナイトメアの持つ剣に貫かれれば、さしもの敵も胸に孔どころか五体が千切れ飛ぶだろう。
それほどに完全な絶死の一撃を叩き込んで漸く倒せる、そういう規格外なのだから。
そしてその一撃が決まる瞬間とは、今をおいてない。
と、スザクは思ったが故に、
指も動かぬ無防備のはずの体へ向け、超振動の剣を突き刺そうとして。
瞬間。
後ろから這い寄る魔物の顎に全身を食い砕かれた。
「…………ッッッ!」
突如襲った災厄のイメージに、気付いた時には飛び退いていた。
止めにできた攻撃を放棄して、一目散に下がっていた。
肌に触れた死の危険に、スザクの意志など介さずギアスが強制的に退避命令を下したのだ。
手の甲で額を拭う。
すると球のような汗が大量に張り付いていた。
背筋にも、冷たいものが流れているのが分かる。
――――――なんだ、アレは。
スザクは己が目を疑う。
不可思議な現象などこの場では飽く程に見てきたというのに、今見てるモノに対しては混乱しかできない。
センサーの異常か、某かの幻覚にでも囚われているのか。
果ては己の正気を疑うというものも考慮の内に入れる程の不条理がそこにある。
「……………………なんなんだ、アレは」
まさか、と。
直感が慄く。
「な、に…………アレ?」
紅蓮に乗る憂、そしてルルーシュも同じ反応をしているのだろう。
どうやら、この光景を見ているのは自分だけではないらしい。
つまり、アレは―――まぎれもなく確かな実像を残して存在している。
ありえない、と。
理性が震え上がる。
膝も折らず、背筋だけで浮くように立ち上がった武者。
姿形はまるで変わらず、むしろ全身くまなく破損した風体は落ちた武者のようにも見える。
ただ、違っていた。決定的に悉く異なっていた。
それだけのことで、ここにいる生者が竦みあがっている。
魔王を中心に、空が、地が、染め上がっている。
黒い、暗い、おぞましい、そう表現するしかない。
眼前に広がる光景は夜よりもなお暗い、漆黒の具現だった。
それは立ち上る瘴気。
可視可能にまで編みこまれた闘気。
この世全ての悪。
ただ一言で言えば、魔を統べる王の気配。
いずれにせよただ暗く黒い、底抜けに膨大な黒の気が虚無の空より溢れ出し、それが信長の全身に収束していく。
その量、『無限』。誇張無く、無限にそれは現れる。
前方に広がる景色全てが闇の中に飲み込まれていく。
このままでは、世界全てが黒に染まるのではないか。
なんら比喩でなくそう感じさせるほどに膨大な、力の気配だった。
そうこれは、力の証、力の量、存在の規模であると。
見る者には聞くまでもなく知らされる。
違いすぎた。
桁が違う、規模が違う、これでは最早、事の概念からして違ってくる。
それほどに凶凶しく剣呑な、魔性の世界。
「―――――――――これが」
今、最悪の予感は最凶の形で具現した。
『奴はまだ、全力ではなかった』
そういう単純で、簡単で、事実たる、最悪。
『そしてこれから真に発揮される』
そういう単純で、簡単で、事実たる、最凶。
「―――――――――これが魔王」
蒼穹を火にくべるが如く漆黒はいま、空へと昇る。
天を貫き、世を焼き尽くす。
死出の門から夥しい数の腕が手招きをする。
蔓延る邪念が列を成し、彷徨う怨念が集合する。
この世の全ての『悪たれ』と願われたものが、凝り固まっていく。
「―――――――――これが魔王、信長」
今まで抱いていた、言い知れぬ恐怖感の正体。
立ち向かう三者はようやく思い至る。
それは、人間ならば、生物であれば必ず備えている本能。
目に見えぬ遺伝子に刻まれた、根源的な死への恐怖。
突き詰めれば至極単純。
だからこそ、それは抗い切れない意思を強制するのだから。
「―――――――――――――ク。
クク、ククク、クハハハハハ。
カハハハハハ――――――――――。
ハアーッハッハッハッハッハ!!!!!」
この世のものとは思えぬ哄笑と同時に竜巻が起き、漆黒が空を舞う。
不可視の風が、辺りに充満する瘴気に照らされ形を象る。
常世の地を、終末の果てに訪れる地獄に書き換える。
統べるべきは、戦国という名の煉獄也。
これが魔王の世界たる。
漆黒の王道、その極地。
これにて、終幕の刻。
恐怖せよ。
死は、すぐそこまで迫っている。
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―――時は来た。
故に、これより参る。
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最終更新:2012年06月17日 23:15