ep.00 -Re;quiem- ◆ANI3oprwOY
戦いの日々が続く。
トリガーを引き、連動して愛機(ランスロット)の持つ左手の剣が敵機の胴体を泣き別れにする。
右手に持つライフルから射出される熱線が風穴を空ける。
世界に争いは絶えない。
次元が違ったところでありようはそう違うわけでもなく、当たり前のように戦いが始まる。
数えきれない屍を重ね、夥しい量の血を流す。
戦争の在り方は人ではなく機械同士のものへと姿を変え、今や王の握るスイッチひとつで戦局が確定する。
死を見ることなく人を殺すそれは、直接殺し合ったあの場所よりもある意味で残酷な所業だ。
ナイトオブゼロの役割。ゼロレクエイム成就のための露払い。
即ちは、皇帝ルルーシュの剣として在ること。
ブリタニア領で倒れていたのを発見され現在の状況を把握出来るまでに回復してからの、
枢木スザクの日常が続く。
刃向う者、逆らう者は全て消す。
人の意識を捻じ曲げる呪いで隷属させ、圧倒的な武力によって処刑する。
向かってくる数がいなくならない限り何度でも、何度でも繰り返す。
誰もが憎しみを込めて指さす。悪逆皇帝、歴代で最も暴虐で傲慢な独裁者と。
身を変えては権力者に尾を振る売国奴、裏切りの騎士と。
「それでいい。僕らは証のために罪を犯した。
多くの戦いを起こし、多くの命を奪った。その怨嗟の声は当然のものだ」
この世の誰からも憎まれて。誰よりも惨たらしく死ぬよう望まれる。
そうなるように振る舞い、その通りに成るべく行動してきた。
人々の願い/怒りがひとつに集まり、頂点に達した瞬間。
悪逆皇帝は正義の反逆者の刃に倒れ、全ての膿を引き連れて血に沈む。
そこに―――礎になることを喜べと、傲岸に生贄を強いる神と、違いがあるといえるだろうか。
人の救世を豪語した
リボンズ・アルマークにも、そこには大義はあった。
それによって救われる人も、あるいは本当にいたのかもしれない。
他者との軋轢はなくなり争いは地上から永遠に消え。
死すべき運命だった人と共にいつまでも生きられる。
世界の平和。どれだけ年月が経っても色褪せない完成された絵画。
根底の理念はどうあれ、目指した地平は同じだった。
全てを救えるとは言わない。
報われぬ人は出てくる。これは完全なる救済とは程遠い、目指す未来には遥かに遠い一歩に過ぎない。
平和が訪れても、死んでいった人の怨嗟、涙は無にならない。
過去の蟠りを消し去っても、人が変わらない限りいずれまた憎しみは芽吹く。
結果がどんなに美しく、過程の犠牲に見合うのだとしても、犠牲そのものを忘れていいはずがない。
ゼロレクイエムの役割の意味は贖罪であり、清算だ。
苦しみ、悲しみ、間違い続けながらも考え抜いた答え。
人の愚かさを知り、醜さを味わい尽くして、それでも人は明日を進めると信じた。
その一歩を踏み出すために、これまでの罪科の全てをゼロにする手段。
数えきれない過ちがある。
その時は最善と思った選択が誤っていて、望まない被害を生み出していった。
今度こそはと志しても、残る現実は後悔と絶望の連続だった。
もっと上手くやれたのかもしれない。そう思わなかった時などなかった。
だけど、忘れてはならないこともある。
その失敗が、苦渋が、涙が、怒りがあったからこその、ゼロレクイエムなのだと。
悲劇を知った者がだけが、その重さを本当に知ることが出来る。
撃たれなければ、真の痛みは分からない。
……神との決定的な違いはそこだ。
遍く救済は同時に一方的な、安易な幸せの強制になる。
自分達はそれを良しとしなかった。罪も痛みも愚かさも、人類が未来を築くのに必要な枷。
傷ついて這ってでも進んでみせろと、突き放すように信頼を込めて後を押す。
その思いが、続く世界をここまで形作って来たことを無駄にはしたくないと、総ての意識が帰る場所で誓った。
「そうだ。だから、嘘にはしない。
あそこにいたルルーシュが辿り着いた最期を、ただのあり得た未来に変えるわけにはいかない」
バトルロワイアルの真実。
平行世界も聖杯も、そこにあった出会いも、別れも。
そんな痕跡は、この世界の何処にも残してはならない。
残されていたメッセージには、ルルーシュの死―――ゼロレクイエムが完遂されたことしかなかった。
未来の情報、現在のルルーシュに伝えればより理想的な結果に導けるだろうものも、何も。
本人が一番分かっているのだろう。見えぬ明日を明確に知ってしまえば、自分は同じ道には進めなくなると。
同時に、この筋書きでいいとそう肯定している。この道で間違いはないと声なき後押しを聞いた己に送ったのだ。
だから全てに蓋をする。
ゼロレクイエムに協力する者、ルルーシュ本人にすらも約二日の失踪の理由を明かすことはしなかった。
どれだけ追及を受けようとも口を噤み、ただ計画に支障はないとだけ答えた。
最終的には行動で示すことで皆に納得をもらい、療養期間を除いて作戦の大幅修正もなく進行に移っていった。
変わるのは、独り知る己の心だけ。
歴史がつつがなく流れる裏で、禁忌の真実を隠し通す。
そうでもしなければ釣り合わない。地獄を生き残った枢木スザクが背負うべき責任。
体は鋼に。心は鉄に。
戦いにも似た激しさで、己を殺していく。
フレイヤを載せたダモクレスを持つ、シュナイゼル卿と黒の騎士団の連合軍にも。
そこにトウキョウ租界で死んだと思われたナナリーが生きて対立したことにも。
戦友だったジノも、射出されたフレイヤの相殺も、最後に戦うカレンの紅蓮にも。
不意に溢れそうになる思いを封殺し切って、ナイトオブゼロの役割を果たし抜いた。
最期の交錯。大破したランスロットの爆炎と共に、枢木スザクの人生は闇に消える。
死者になり、新たな仮面(ペルソナ)を被り表舞台に立つ頃には、自分の存在は世間に認知されなくなる。
全てを捨ててこそこの役割を果たすことが出来る。
身を隠し、名を無くし、身分も失せ、生者の資格さえ捨て去って。
何もかも削ぎ落としても、生きている自分に残るものがあるだろうか。
……時が来た。
託された、最後の命を果たそう。
◇
約束の日の空は、晴れやかな晴天だった。
世界を統一した皇帝の記念式典。
引き連れた反逆者を処刑する壮大なパレードの下で、英雄は復活する。
黒衣と仮面、個人としての記号を排除した無貌の出で立ち。
虐げられる無辜の人々の願いを背負って立ち上がる、名無し(ゼロ)の反逆主。
貫通した切っ先が艶やかに濡れ光る。
肉の感触を確かめるように、剣の柄を強く握り締める。
剣は確実に胸の中心、心臓を穿っていた。死を避けようのない、致命傷だ。
自らの血に濡れ、力なく倒れて寄りかかる皇帝。
ここに、鎮魂歌(レクイエム)は真に完遂した。
「これは、お前にとっても罰だ。
お前は
正義の味方として、仮面を被り続ける……」
外す意図を浮かべることも、感情の揺れが手元を狂わせることもなく、始めから決めた通りに滑らかに事を成した。
当然だ。
異界に連れ去られるよりも、ずっと前からこの結末を決めていた。
変えようなどと思ったことはなく、この手で今度こそ命を奪えることに安堵すらした。
ただ、事前に決める覚悟が二重になっていただけ。
「枢木スザクとして生きることは、もう無い。
人並みの幸せも、全て世界に捧げてもらう……永遠に―――」
背中から剣を生やして、息も絶え絶えで紡ぐ声を聞く。
レンズ越しで横目に入る顔は血を失って蒼白になっている。
血の脈動も止まり、あと僅かの逡巡で死が訪れるのだと握った剣で感じ取れる。
この世界における、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの死。
枢木スザクにとって、二度目の光景を目の当たりにする。
同じ人間の死を二度経験しても、心は摩耗せず同じ感情を抱いている。
悲しみも、憎しみも、どちらも消えていない。
自分はやはりこれからもルルーシュを憎み、そして死を悼むだろう。
君が行ってきたこと。
君が目指したもの。
間違いも正しさも全て、空になった胸に留める。
「そのギアス……確かに受け取った」
これより先、永遠に縛り続ける命。
願いにも似た呪いを受け取る。
その時頬を熱いものが流れ落ちる。
ああそうか。
俺はまだ、ここに。
「――――――ありがとう、ルルーシュ。
僕に生きろと、願ってくれて」
剣を引き抜く。
敵であり、友であった男との別れが済まされる。
血飛沫がこぼれ、ルルーシュの体が崩れ落ちる。
『――――――ああ、ありがとう、スザク。
これでようやく、俺も明日に向かえる』
吹いた一陣の風。
それに混じって、遠い遠いの空から、声が聞こえた。
「―――、■■■■■……?」
呟いた自分の声は言葉に成りきらず、湧き上がる歓声に飲み込まれた。
見上げてもそこには何もない。
無限の彼方まで広がる、宇宙(そら)の先まで続いてそうな蒼い空があるだけだ。
血溜まりだけがある地面を眺める。
その下から聞こえるのは、少女のむせび泣く声。
ルルーシュの落ちた先、玉座の置かれた場所の真下に誰がいるのかを知っている。
刺した後の所作までは決めていないのだから、祭壇からずり落ちてそこに辿り着いたのは偶然でしかない。
けどその偶然が、あのルルーシュにも起きていたのなら―――ふたつ重なれば、それは運命と呼んでいいだろうか。
彼が戦うことを志した理由の起源。
永遠に悪名を背負うことになる男への最後にかける声が彼女であること。
世界を騙しおおせた嘘吐きに等しく同じ餞(はなむけ)があってくれるように。
そう、願った。
―――日は昇った。
さあ、次の道を歩き始めよう。
誰にも先が分からない、未知の明日が待っている。
◇
ひとつ、訂正しなければならないことがあった。
ダモクレス攻略に向かう直前の日。
義手は生身と変わりない性能の腕だが定期的なメンテナンスは必要になる。
ジェレミア卿改造の際のマテリアルのお陰でさほど苦労なく調整が出来るようになったのは幸いだった。
調整にメディカルルームへ向かう通路の途中。
翠の長髪をたなびかせて、C.C.が立っていた。
まるで、自分が来るのを待っていたかのように。
僅かに、心臓の鼓動が早まる。
帰ってから二人だけで話す機会は無く、そもそも以前からそんな関係でもない。
それが逆に、ルルーシュとは違って彼女への反応は曖昧になりがちになってしまうから。
「化け物扱いは慣れてるが、死人を見るような目で見られるのはさすがにそう多くないな。
そんなにも、むこうの私は酷い死にざまだったのか?」
開口一番。
心臓を穿つような、握り締めるような一言。
開口一番にこの奔放な魔女は、特大の爆弾を放ってきた。
衝撃を顔に出さないよう必死になるあまり、体の中で鼓動の早さに対応できていない。
「安心しろ。周りには誰もいないし聞かせる気もない。
私も、自分の死んだ体験談なぞ頼まれても語りたくはないしな。一生胸にしまっておくつもりだよ」
語る内容の意味お大きさを他所に、C.C.はいつも通りだ。
彼女にとって死の経験など慣れている……というのもあるだろうが。
どうあれ、C.C.はあの事実を知っている。殺し合いについての記憶がある。
そして今スザクに芽生えた疑念はC.C.に対してのものではなかった。
「ルルーシュは……知っているのだろうか」
最も恐れていること。
ここのルルーシュにも、バトルロワイアルの記憶が継がれているようなことはないだろうかと。
「知らない。この世界であそこの記憶を受けられたのはアーカーシャの剣とアクセスできた私―――つまりコードを持つ者だけだ。
まあCの世界に接触したルルーシュもある意味資格があったが、私がカットしておいた。"余計なお世話だ"とな」
「……そうか。安心した。ありがとう、C.C.」
妨げになる可能性があった不安要素を除いてくれたことに、感謝の念を口にする。
するとC.C.は、苦い顔をして変な不満を垂れだした。
「……お前に感謝を言われるのは慣れんな。第一これはお前の為ではなくて―――ああくそ、調子が狂う。
あっちの自分がやった事を思い出させるんじゃなかった。恥ずかしいったらない」
顔を手で覆い天に仰ぐ。
……普段見ない様子に少し驚く。本当に忘れたいぐらいの不覚があったようだ。
あそこで出会ったC.C.がどんな道を辿り、誰と関わってきたかはあまり知らない。
一人と妙に馬が合った会話をしていたが、それ以外にも彼女に変化をもたらす出来事があったのかもしれない。
死を望んでいた頃の魔女が、命を投げ出して庇い立てたくなるような。
「しかしなぜ、今頃僕に?機会は他にもあったし、そもそも言う必要もなかったと思うけど」
「これが最後になるからな。お前は死者として扱われ新たなゼロになり、私は元の放浪者に戻る。互いの接点は消えてなくなる。
……言うかどうかは悩んだが、やはりお前だけでも知っておくべきだと思った。その責任があると、思ったから。
―――ああ、そうだ。最後に伝えたいことがあったんだ。
私の言葉ではない、どこぞの坊やみたいな思考だけど」
言って、一端口を止め瞳を閉じる。
虚空に散った泡を拾い上げるような繊細な優しげな口調で、C.C.はその言葉を口にした。
「『ずっと、待っている』」
それは簡潔な、他愛ない再会の約束。
誰からの言葉かなど、聞くまでもない事だった。
「―――――――――――――――――――あぁ」
答えを返しはしない。第一言うべき当の本人はここにはいない。
出すべきでない言葉をぐっと堪え、面と向かって言い出すまで溜め込んでおく。
抱えた嘘が増えてしまったが、同じく消える僕が持っているぶんには構いはしないだろう。
いなくなる人間が存在しない出来事を憶えたところで、世の中に変わりはないのだから。
ゼロがゼロを抱えるだなんて、酷い矛盾だと思うけど。
それからはもったいぶった挨拶もなく、脇を通り過ぎてあっさりと別れる。
歴史に何も残らない会話は終えた。この内容が何かに記録されることは、永劫ない。
憶えているのは、二人の男と女。世界から"ない"ものとして認知される異端者。
死ぬことで人の社会から消え失せ。死なないが故に人の社会に混じれない。
そんな二人だけが識っている、この世界に一つもない物語。
失うだけ失って、新しく得るものがない人生に与えられたそれが―――最後の報酬だった。
【 アニメキャラ・バトルロワイアル3rd / 枢木スザク -To the next story!- 】
最終更新:2015年05月11日 22:01