鳥バレしたァッー!orz


【戦闘フィールド設定――森林】

 冷たい機械に囲まれた室内に、急速に風景が広がっていく。
 視線を上へと傾ければ、そこには漆黒の宵闇と満天の星空。
 寂寥感漂う冷たい夜空と、きらびやかな星々のコントラスト。
 否応なしに、この殺し合いに巻き込まれた直後の空を思い出す。
 嫌な思い出を掘り返されたような感触に、自然と視線が地上へと向いた。
 新緑の色に生い茂るのは、見渡す限りの針葉樹林。
 人間よりも巨大な幹と、目にも鮮やかな緑の葉。
 青々とした木々の列を、しかし彼女は遥か上方から見下ろしていた。

【敵CPU機体設定――リーオー】

 モニターに表示された名称は、獅子座の呼び名をもじったものか。
 されど眼前に現れたそれは、百獣の王とは似ても似つかぬ、無骨な機械の人形だった。
 とにかく、無骨なのだ。
 いかにも軍用機だと言わんばかりの、カーキ一色に染められたボディ。
 フレームにその形のまま着せただけの、装飾も何もない簡素な装甲。
 表情も何もあったものじゃない、テレビ画面のようなガラスが張られただけの顔。
 無骨を通りすぎてシンプル――最悪、適当と言っていいデザインだ。
 全身で簡単な大量生産機であることをアピールする外観。そこには猛々しさも美しさも微塵もない。
 されど、油断は禁物。
 そんななりをしていても、やはりそれは兵器なのだから。
 人よりのっぽな木々よりも、更に巨大な体躯を有した、身の丈15メートル以上の巨人なのだから。

【プレイヤー機体設定――】

 並べられたモニターの1つに、自機の情報が提示される。
 それこそがこの部屋を内包した外装であり、彼女が駆るもう1機の巨人の姿。
 木々を踏み砕き顕現するのは、煉瓦と漆黒に染まった鋼鉄の魔神。
 触れる物全てに牙を剥かんばかりの刺々しい装甲は、目の前のリーオーとは大違いだ。
 大きく開いた背後の緋色は、さながら伝承の悪魔の翼。
 左手からだらりと垂れ下がる刃の列は、雄々しく荒々しき竜族の尾か。
 緑に輝く双眸が、眼前の敵を睨み付ける。
 騎士のごとき、堂々たる偉容と。
 邪神のごとき、禍々しき異様。
 月明と星明かりに照らされし巨人は。
 少女の操りし凶暴な魔剣は。

【――ガンダムエピオン】

 その名はエピオン。
 OZ-13MS。
 次代の扉を開く者。
 かのトレーズ・クシュリナーダが設計した、最も気高き決闘用モビルスーツ。
 そしてミリアルド・ピースクラフトが操り、全地球人類を恐怖させた、最凶最悪のガンダムである。


「よ、……とっ」
 随所に呟きを織り混ぜながら、たどたどしい手付きでレバーを動かす。
 モニター上で視線を右往左往させながら、慌ただしくボタンを操作する。
 地図上に憩いの館と表記されたその建物の一角には、ロボットゲーム「戦場の絆」のシートに座る、琴吹紬の姿があった。

 何故このようなことになったのか。今から追って説明しよう。
 確かにあの円形闘技場において、ティータイムを装った毒殺作戦は成功した。
 唯を取り逃がしてしまったものの、結果として船井と美穂子の2名を殺害することはできた。
 だが、そこで問題が生じた。
 どさくさの中で、罠に使用したティーカップが、残らず粉々に割れてしまったのだ。
 これでは作戦を繰り返すことができない。
 ポットだけではお茶は飲めない。
 残り2人分のノルマを満たすために、代わりのカップを探さなければ、と思い、たどり着いたのがこの憩いの館。
 そうしてカップを探すうちに、行き着いたのがこのゲームの存在だ。
 なんでも、このゲームの本番モードで勝利すれば、そのまま敗者を死に至らしめることができるらしい。
 身体的に強靭でない紬にとっては、まさに願ったり叶ったりの代物だ。
 とはいえ、自分にゲームの才がなかった場合のことを考えると、いきなり本番モードに挑んで返り討ちに遭うのはまずい。
 そこでまずはCPU相手に練習モードで勝負を挑み、自分がこのゲームを使いこなすに足る器か否かを確かめようとし、今に至る。

 そして現在の琴吹紬は、当初の不安は杞憂であったと、徐々に認識しつつある。
 初めにこのシートに座った時には、あまりのボタンの数に面食らったものだった。
 おまけに機体のチョイスもよろしくない。
 見ればこのガンダムエピオンという機体は、一切の射撃武器を有していないのだという。
 格闘戦専用。
 飛び道具なし。
 何も考えずに飛び込むと、近づく前に蜂の巣にされる危険を伴う。
 諸刃の剣。
 素人にはお勧めできない。
 そんな機体をいきなり初体験の人間に与えるなんてのは、ぶっちゃけいじめも同然じゃなかろうか。
 そんなことを考えていたが、実際に動かしてみると、それらの不安も吹き飛んだ。
 まず、エピオンは速い。
 並の銃器では狙いもつけられない、圧倒的な加速力。
 当たらなければどうということはない、といったところだろうか。
 実際この練習モードが始まってから、彼女は敵リーオーのマシンガンを、全て難なく完全回避してみせているのだ。
 そしてその能力を使いこなせるだけの、操縦技術。
 どういう理屈かは知らないが、初めて動かすコックピットにもかかわらず、身体が妙にスムーズに動く。
 たどたどしい手つきではあるものの、まるで自分の手足を扱うかのようだ。
 どこをどうすればどう動くのか、いやに正確に理解できる。
 それだけではない。読めるのは自機のみならず、敵機の挙動もだ。
 相手の情報、次の行動予測……敵の全てが手に取るように分かる。
 ゲーム開始時にメインモニターに浮かんだ文字――「SYSTEM EPYON」とやらの恩恵だろうか。
「そろそろ、攻めてみようかしら……」
 地上からのマシンガンを猛烈な速度で回避しながら、ひどくあっさりとした口調で紬が呟く。
 生きるための術――機体の移動方法は、これまでの回避行動で大体掴めた。
 次は勝利するための術――攻撃方法を練習する番だ。
 右手の大出力ビームソード、左手の高熱鞭ヒートロッド。そして飛行形態時のランディング・ギアとして使われるクロー。
 エピオンの武装は少ない。おまけに遠距離戦に対応できるものがない。
 これらの武器を最大限に活かせなければ、寿命を延ばすことはできても勝ち残ることはできない。
【――CAUTION!】
 と。
 その時。
「あら……?」
 不意に、モニターの中央に現れる文字。
 突然表示されたレッドシグナルが、パイロットたる紬に警戒を促している。
【挑戦者が現れました。本番モードの対人戦へと移行します】
 程なくして現れたのは新たな文章。
 同時に、眼下のリーオーが消滅する。
 突然の対人戦――これが説明書に記載されていた、乱入システムというものなのだろうか。
 どこか別の建物で、何者かが同じゲームをプレイしている。
 あるいはこの建物にやって来て、別のシートに座っているのかもしれないが。
「ようやく来た……本番モード」
 そして紬の興味を引く、もう1つの記述。
 待ちわびていた存在への期待感へと、覚悟しなければならないという緊張感。
 本番モード――すなわち、金を賭けた真剣勝負。
 勝利者はペリカを入手することができ、敗北者は逆にペリカを支払わなければならない。
 しかし、所持金ゼロの者がコックピットのシートについた瞬間、賭けの対象は命へと変わる。
 支払いのできなくなった者は、その場で首輪を爆破されてしまうのだ。
 もちろん自分は一文無し。恐らくは相手もそうだろう。
 この島にペリカを入手できる手段がそうそうあるとは限らないし、こんな短時間でたどり着ける可能性はもっと低い。
 CPU相手に本番モードで勝負したなら話は別だが、そんなハイリスクローリターンな勝負など誰がするだろうか。
【対戦相手機体――Oガンダム】
 やがて表示される、対戦相手の機体名。
 自分の乗っている機体と同じ、ガンダムという名称が目についた。
「ゼロ、ガンダム……?」
 いや、これはオーガンダムと読むのか。
 口にした直後に、内心で訂正する。
 同時に目の前に現れたのは新たな巨人。
 これがOガンダムとやらか。なるほど、ガンダムとはいわばブランド名で、こういう顔をした機体の総称だったのか。
 自らの楽器知識に照らし合わせながら、対峙する相手を分析する。
 彼我の共通点は少ない。
 こちらが黒と煉瓦色の機体であるのに対し、敵は白とグレーの機体。
 エピオンのような過剰な装飾もほとんどなく、リーオーよりはましといったくらいの、極めてシンプルなデザインにまとまっている。
 唯一似通っているのが前述の顔だ。
 ツインアイに独特なフェイスカバー、そしてV字型のアンテナ。
 人間の思考とは単純なもので、たったそれだけの共通点でも、2つの機体が似ていると錯覚してしまう。
 否、これも素人目に見たからこその感想なのだろうか。
「……っと、いつまでも考えてる場合じゃないわね」
 思考を切り替える。
 目の前では乱入者たるOガンダムが、油断なく右手のライフルを構えている。
 既に勝負は始まっているのだ。棒立ちで乱れ撃ちにされるわけにはいかない。
 ぶぉん、と音を立て、ビームソードを抜刀。
 蛍光色の巨大なエネルギー刃が、夜の暗黒を切り裂き発光。
 腰部から伸びた動力ケーブルから、莫大な出力が注ぎ込まれているのが分かる。
「行くわよ――ガンダムエピオン」
 ここがいわゆる正念場。
 命と命の奪い合い。
 勝てば殺せる、負ければ死ぬ。
 真剣な面持ちでモニターを睨み、少女の口が呟いた。


 轟。
 大気を震わす爆音と振動。
 ざわざわと枝葉をかき鳴らすのは、宵闇に浮かぶ蒼炎と風圧。
 緋色の悪魔が虚空を裂き、猛烈な加速をもって突撃する。
 巨大な翼が空を切った。風が鋭い悲鳴を上げた。
 炎と風とイオン臭を伴い、ガンダムエピオンが標的へと殺到。
 されど。
 先手を取ったのはエピオンにあらず。
 悪魔の騎士は少数派。あらゆる世界の全てのモビルスーツが、接近しなければ攻撃できないというわけではない。
 がしゃ、と構えられるは黒光りするライフル。
 銃身を握り締めるのは、白と灰の巨人の右手。
 トリガー・プル。
 GNライフル・ファイア。
 先に攻撃したのはOガンダムの方だ。
 ばしゅう、と独特な音を上げ、地上から舞い上がる彗星が宙へと向かう。
「!」
 されど。
 先手を取ることは、先にダメージを与えることと直結しない。
 先に手を出したからといって、確実に命中する保障があるわけではない。
 迫りくるビームを回避する。
 最低限の動作で鮮やかに、灼熱の魔弾を身をよじってかわす。
 素人技ではない。一瞬、面食らったようにOガンダムが沈黙した。
 しかし、それもいつまでも続くわけではない。
 敵がそれなりの手練れだというのなら、手練れなりに対処するまでのこと。
 そう言わんばかりに、再度射撃態勢へと入る。
 発射、発射、発射。
 2発目、3発目、4発目。
 最初にかわされた分を除けば、たっぷり7発分もの流星群。
 当然、その程度で当たるわけがない。
 カット、カット、ついでにターン。
 ガンダムエピオンが発揮するのは、目まぐるしいまでの空中軌道。
 さながら暗雲の中を稲妻が駆け抜けたかのような――そう錯覚させるほどのジグザグ・カット。
 この程度は当たらない。フェイントでもかけない限りは、あの高速移動を捉えるのは難しい。
 故に、これはあくまでも布石だ。
 態勢を崩した瞬間に、GNビームサーベルを突き立てるための牽制。
「それでも……!」
 だが――そんなことは百も承知!
 敵の射撃はあくまで牽制、本命は直後のビームサーベル!
 エピオンシステムの未来演算は、その可能性すらも予測している!
 瞬間、激突。
 ほとばしるのは激烈なスパーク。
 繰り出されたGNビームサーベルと、強引に突き出したビームソードの真っ向衝突。
 ばちばちと音を立て駆け巡る光が、深夜の森を真昼色に染めた。
 大出力のエネルギー同士が、大気の歪みすらも伴って猛反発。
 激突を制したのは――やはりエピオン!
 機体動力から直接供給される潤贅なエネルギー量は、そのまま実剣でいうところの、切れ味と重量に直結する。
 そんじょそこらのなまくらでは、まともに打ち合うこともかなわぬ巨大剣だ。
 押し負けたOガンダムが吹き飛ばされる。
 痛烈な圧力をその身に受け、ずるずると両足を大地に滑らせる。
 足元に立ち並ぶ針葉樹が、衝撃でばたばたと薙ぎ倒された。
 刹那、猛追。
 この程度では攻め手を緩めない。
 なおもバーニアの炎を噴かせ、殺人級の超加速。
 それを実現できるのは、Gの伴わぬバーチャルゲーム故か。
 それとも原型となった機体そのものが、半端なパイロットの命など顧みぬ、狂った設計に基づくモンスター・マシンであるが故か。
 地表すれすれを滑るように疾駆。立ちはだかる木々は薙ぎ倒し進む。
 大きく開いていた距離が、僅か一瞬でゼロ距離へと縮小。
「ここっ!」
 びゅん、とビームソードがしなった。
 雷鳴と炎熱と閃光を纏う、神話の大剣が掲げられる。
 高々と持ち上げられた凶刃が、勢いよくOガンダムへと振り下ろされる。
「惜しいっ……!」
 紬の顔がしかめられた。
 ソードの斬撃は空振りに終わった。
 標的を見失った灼熱の魔剣は、眼下の森林へと叩きつけられる。
 じゅっ、と。
 まるで牛肉を鉄板にでも敷いたかのように。
 呆気ない音を立てながら、十数本の樹木が一瞬で蒸発。
 横に逸れたわけではない。
 背後に引いても剣は届く。
 防御しても弾き飛ばせる。
 すなわち、白の巨人の逃げ場所は――上。
 それはさながらオーロラの翼。
 それは月光浴びる蝶のごとく。
 光の粒子を双翼となし、天高く舞い上がらんとする巨人がある。
 新緑の光翼を羽ばたかせ、GNビームライフルを突きつけるガンダムの姿。
 されど――それも想定の範囲内!
 敵機の持つ装備の中に、真っ向からエピオンのビームソードを受け止められるものはない。
 ならば取るべきは防御ではなく回避。
 そして間合いを取り、GNビームライフルで一方的に攻撃する――それがOガンダムの思惑。
 万が一かわされた時の相手の動向は、既にエピオンシステムが予測済み。
 そして対処法さえも、とっくの昔に構築済みだ。
 ――脚部にヒートロッドを放て!
「これねっ!」
 システムの指示に従い、左腕部を振り抜く。
 漆黒の竜鱗に覆われた尾が、唸りを上げて敵機へ殺到。
 ぐわん、と咆哮する音は、虚空をぶち抜くソニックブームか。
 ぎゅる、と捕縛。
 さながら罪人の足枷のごとく。
 地上から伸びた黒の竜蛇が、白の巨人の右足を捕らえた。
 超高熱の刃の鞭――ヒートロッド。
 その発熱機構をオフにし、投げ縄の要領で巻きつける。
「ええいっ!」
 気合一声。
 剛腕一閃。
 振りかぶる左腕の動作に合わせ、巨体を引きずり回すヒートロッド。
 総重量53.4トンの巨体が、無様に宙を舞い大地へとダイブ。
 ずぅん、と鳴り響く地響きは、びりびりと風景すらも振動させた。
 踏み潰された樹木がへし折れ、もうもうと立ち込めるのは土煙。
 またもエピオンが読み勝った。
 紛争根絶を謳うガンダム――その始祖に当たる栄誉の機体が、みっともなく仰向けに倒れていた。
「すごい、すごいわ! 敵の動きが見える! エピオンの言うとおりにしただけで、全部上手くいってる!」
 口元を喜色に歪め、頬をほんのりと朱色に染めて。
 興奮を抑えきれぬ様子で紬が叫んだ。
 このエピオンは完璧だ。
 射撃武器のハンデなどものともせずに、敵機をこうも見事に圧倒している。
 エピオンシステムの未来予知が、戦況を完全に支配している。
 いかな戦術も戦略も、この無敵の先読みの前では意味をなさない。
 全能の軍神――あるいは、絶対の魔王か。
「さぁ――これでとどめよっ!」
 刹那、飛翔。
 舞い上がるガンダムエピオンの巨体。
 緑碧の光剣を月へと掲げ、深紅の翼を星空に広げ。
 白光を全身に受け煌く漆黒の悪魔が、勢いよくOガンダム目掛け急降下。
 空気を切り裂き。
 樹木を揺るがし。
 裂音さえも置き去りにして。
 音速で飛来する魔性の刃が、白と灰の巨人を貫かんと肉迫。
 これで勝負が決まる。
 相手はこれで確実に死ぬ。
 エピオンに不可能なんてない。
「見えるわ! 私の勝利と、貴方が死んでいく姿がッ!」
 その、瞬間。





 ――破局は呆気なく訪れた。





「……えっ……?」
 何が何だか分からなかった。
 否、事実としては捉えていた。
 できなかったのは、それを真実として認めることだ。
 Oガンダムが死んでいない。
 コックピットを狙ったはずの一撃が、しかしかわされ左肩を潰す程度に留まっている。
 瞬間、光が吼えた。
 桃色の閃光が引き抜かれた。
 呆然とする紬の目に浮かぶのは、エピオンのビームソードではなく、OガンダムのGNビームサーベル。
 桜の煌きが広がっていく。
 視界いっぱいがピンクに満ちる。
 コックピットのモニター全てが、ビームサーベルの光に塗り潰される。
【YOU LOSE】
 表示されたのは絶望の宣告。
 貴方はコックピットを破壊されました。
 この戦いは貴方の負けです。
 ペリカの提示が確認できませんでした。
 これより首輪を爆破します。
「っ……い、嫌っ……」
 ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴ。
 鳴り響く電子音と点滅するランプ。
 ペナルティたる爆弾首輪――その発破までのカウントダウン。
「いや、いや、いや、いやぁぁぁぁっ!」
 悲鳴と共に両手を伸ばす。
 がちゃがちゃ、がちゃがちゃと音が鳴る。
 全てのモニターがブラックアウトした、薄暗い操縦席の中で。
 涙を流す琴吹紬が、首輪を外さんともがき足掻く。
「やだ、やなのぉっ! 外れて! お願い、外れてよぉぉっ!」
 早く、早く首輪を外さなければ!
 このままでは首輪が爆発する!
 最初に犠牲になったあの人のように、首から上が吹き飛んでしまう!
 死ぬ!
 死ぬ!
 死んでしまう!
 このままでは私は死んでしまう!
 外れろ!
 外れてくれ!
 いやだ、私はまだ死にたくない! 何で外れてくれないんだ!?
 何で!?
 何で!?
 何で!?
 何で!?
「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 どかん、と。
 悲痛な叫びも虚しく、金属の首輪は爆発した。
 首から先が宙を舞い、ごとりと音を立ててコンソールに落ちる。
 涙で濡れた虚ろな瞳が、何も映らないモニターを見つめていた。



【琴吹紬@けいおん! 死亡確―――】



「――はっ!?」
 叫びと共に、我に返る。
 荒い息をあげながら、しばしそのまま沈黙する。
 やがて、記憶が蘇ってきた。
 未だ混乱する意識の淵から、じわじわと恐怖が蘇ってきた。
 じんわりと視界が水気で滲む。
 がたがたと両の肩が震える。
 びくびくと指先が痙攣する。
 ばくばくと心臓が鼓動する。
 涙やら汗やら鼻水やら、あらゆる液体が全身から噴き出した。
「今の、は……!?」
 震える指先で首元をなぞる。
 まだちぎれていない。首輪すらも健在だ。
 であれば、今のは何だったのだ。
 今の今まで見ていたのは幻だったのか。
 ――ビームソードは推奨しない。かわされてサーベルの反撃を食らい、死ぬ。
 システムが告げるのは簡素な制止。
 目の前のモニターに視線を向ければ、未だエピオンは空中にいた。
 地上にはOガンダムが倒れていて、ゆっくりと上体を起こしていた。
 現実には何も起きていない。
 エピオンはまだ突撃していなかった。
 Oガンダムはまだ反撃していなかった。
 決着はまだ着いていなかった。
 紬はまだ死んでいなかった。
「どういう、ことなの……!?」
 理解不能。
 解読不能。
 自分は夢を見ていたというのか。
 あれほどにリアルで鮮明な夢を、一瞬のうちに見たというのか。
 有り得ない。
 有り得るはずがない。
 そんな夢を見る理由がない。
 であれば、これは一体何だ。
 今なお五体を寒気に震わせる、あの不可解な幻影は――
「……っ!」
 瞬間、耳を打つ音。
 これまで音楽と共に生きてきた半生の中でも、聞いたことのない不可解な音。
 Oガンダムの音だ。
 GN粒子の光の翼が、風を掴んで羽ばたいた音だ。
 紬が空中で呆けているうちに、敵機が目と鼻の先まで接近してきたのだ。
「ひっ……いやああぁぁぁぁっ!」
 恐慌と共に、ソードを振るう。
 炎熱伴いし必殺の重剣が、しかし虚しく空を薙ぐ。
 当然だ。
 そんなお粗末な振りの剣が、そう簡単に当たるものか。
 身をよじり回避したOガンダムが、すれ違いざまに引き金を引く。
 GNビームライフルがバックパックを撃ち抜き、コックピットごと爆発させる。
 再び機体を撃墜させられ、首輪の爆破と共に死ぬ自分。
「何なの!? 何なのよこれは!?」
 それでも自分は死んでいない。
 ただ自分が死ぬイメージを、視覚と聴覚と触覚で体感させられただけ。
 恐怖に揺れる叫びと共に、新たなイメージが沸き上がってくる。
 背後からのGN粒子の風圧に煽られ、姿勢を崩した隙に刺されるエピオン。
 頭部をライフルで破壊され、何が何だか分からぬうちに蜂の巣にされるエピオン。
 機体にがっしりと組みつかれ、自爆装置に巻き込まれ消滅するエピオン。
 その度に首輪が爆発する。
 その度に琴吹紬が死ぬ。
 見たくもない死の光景が、何度も何度も再生される。
「いや、いやよ! 私は死にたくない! こんなの見たくなんてない!」
 頭を抱える紬の首が、またも爆破され吹き飛んだ。
 肉をちぎられ骨を砕かれ、血を抜き取られていく痛みと苦しみが、何度も何度も再生された。

 ――お前の敵は何だ?

 システムが語りかけてくる。
 今や無限の軍勢と化したOガンダムの襲撃に混じり、脳裏に浮かぶメッセージがある。
 それはなぶり殺しにされる度、何度も何度も蘇る悪魔の声。

 ――お前がこの力で倒したい敵は何だ?

 これはエピオンが見せているのか。
 この無限の敗北と死に様は、ガンダムエピオンのシステムが見せているのか。
 勝利を見せていたはずのエピオンが。
 敗北などないはずだったエピオンが。
 もはや勝利の方程式は見えない。
 そこまで意識が及ばない。
 敗北を招く失敗例ばかりに、ひたすらに意識が向いてしまう。

 ――見せてみろ、お前の敵の姿を。

 瞬間、闇の中に顔が浮かぶ。
 敵のイメージを切り裂いて、無数の顔が浮かび上がってくる。
 分厚い唇が特徴的な男――違う! 船井さんはもう殺した!
 帽子を目深に被った年下の少女――違う! 撫子ちゃんは救えなかった!
 ギターを構え、にこにこと笑う茶髪の友人――違う! 唯ちゃんごときの話をしてるんじゃない!
 私の敵は誰!? 一体私は、今誰と戦ってるの!?
 目の前にいるはずのOガンダム!? 私を惑わすガンダムエピオン!?
 もう何も見えない! 何も分からない!
 誰が敵で、誰が味方か、誰がどこにいるのかすらも分からない!
 敵はどこ!?
 敵は誰なの!?
 私の敵は誰なのよ――――――――――――!?





 ――凶がれ。





「!」
 不意に。
 声が、響いた。
 視覚も聴覚も働かなくなった闇の中、凛と響く声があった。

 ――凶がれ。

 この囁きを知っている。
 この殺気を覚えている。
 闇を切り裂き現れるのは、忌々しいほどに美しい少女。

 ――凶がれ。

 優雅で鮮やかな紫の髪。
 妬ましいほどに整ったスタイル。
 引き裂きたいほどに白い肌。
 虚ろな気配を宿した灼眼と、吐き気を催すほどの嫌な笑顔。
「浅上、藤乃ッ……!」
 そうだ。
 こいつがいた。

 ――凶がれ。

 全てはこいつのせいだった。
 守ろうとしていた千石撫子も、こいつのせいで死んでしまった。
 助けてくれた人達も、全てこいつに殺されてしまった。
 こいつのせいで制服姿を怖れ、まともな思考能力を奪われてしまった。
 こいつのせいで平沢唯達に捕まり、危うく殺されるところだった。

 ――凶がれ。

 許さない。
 こいつだけは許しておけない。
 こいつは私の手で決着をつける。
 いずれ皆等しく死ぬ宿命なら、こいつの息の根は私が止める。
 いつの間にかエピオンの剣は、私自身の手に握られていた。
 光の剣を強く握り、闇夜に歩みを進めていく。

 ――凶がれ。

 右の瞳は右回転。
 左の瞳は左回転。
 赤い光と緑の光、2つ合わせて二重螺旋。
 皆を殺した歪曲の念力を、押し退け掻き分け薙ぎ払って進む。
 私の敵は浅上藤乃
 エピオンが倒す敵は浅上藤乃。
 魔眼を輝かす少女の姿が、白と灰色の巨人に重なる。
 剣を携える私の姿が、黒と煉瓦色の悪魔に重なる。
 私の敵は浅上藤乃。
 お前は私がこの手で殺す。
 他の全ても私が殺す。
 高見の見物を決め込んでいる、帝愛なる連中も私が殺す。
「私の敵は……私の命を奪う者と、私の命を弄ぶ者……」
 エピオンシステムの闇が晴れた。
 漆黒に一筋の白光が差した。
 未来が見える。
 望む未来がそこに見える。
 学校の友達を殺す未来。
 サングラスの髭面を殺す未来。
 小さな白服の女の子を殺す未来。
 そして――浅上藤乃を殺す未来。

 殺してやる。
 殺してやる。
 殺してやる。

「私が――」

 お前を殺してやる。

 光の前に立ちはだかる女に、光の剣を突き立てた。







「……ぅわあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――ッッッ!!!」







 肺の空気全てを吐き出すような、猛烈な絶叫がコックピットに響いた。


 悪魔の瞳に力が戻る。
 ガンダムエピオンが再起動する。
 さながら光の天使のごときOガンダムの両腕に、真っ向から掴みかかっていた。
 これまで動きを止めていた機体が、突如として反撃に出たのだ。
 ぎりぎりと装甲の擦れる音。
 みしみしと関節の軋む音。
 押し返す勢いを味方につけ、漆黒と深紅の顔面が迫る。
 瞳が、光った。
 Oガンダムのメインカメラ全体に、光り輝く魔眼が映し出された。
 さながら冥府の魔獣のような。
 地獄の淵から覗くような。
 ただ光っているだけのはずのツインアイに、底知れぬ気配が宿される。
 そこに怖れを抱いたのか。
 驚き竦み上がったのか。
 膠着していたOガンダムが、瞬間押し返され始めた。
 轟然と唸りを上げるエンジン。
 緋色の翼を羽ばたかせる悪魔は、今にも食らいつかんばかりに巨人を睨む。
 ずぅん、と振動と衝撃を感じた。
 おびただしい量の土煙が上がった。
「ァアアアア―――ッ!」
 されどエピオンは止まらない。
 狂った雄叫びを上げる紬に呼応し、尚もOガンダムの身体を押す。
 土煙は砂嵐へと変わった。
 一陣の突風が森林んえぐった。
 もつれ合う2体のガンダムが、爆音と共に大地を滑る。
 灰色の腕がビームライフルを構える――させない! 撃たれればまた私が死ぬ!
 左腕のエピオンクローが、黒き銃身を弾き飛ばした。
 白の左手がビームサーベルへと伸びる――やらせない! コックピットを突かれれば私が死ぬ!
 ビームソードを左手に突き刺し、サーベルを掴む前に粉砕した。
 がりがりと刃が地面を削る。
 Oガンダムの手のひらを串刺しにした光剣が、深々と大地に谷間を刻む。
「うああぁぁぁぁッ!」
 必死で操縦幹を操った。
 ひたすら両腕を繰り出した。
 鳥の爪のごとき黄金のクローで、一心不乱に敵を殴った。
 殺す。
 殺す。
 殺してやる。
 これ以上反撃なんてさせない。反撃を許せば自分が死ぬ。
 黒の悪魔が装甲を穿ち、白の巨人を汚していく。
 闇に映える白色の装甲が、みるみるうちに砕け散っていく。
 ぐぐ、と顔面が持ち上がった。
 がん、と左手で地面に叩きつけた。
 鷲掴みの姿勢を取るエピオンの手が、ぐいぐいとOガンダムの頭部を地面に押しつける。
 エピオンクローが顔面に食い込み、ばりんとメインカメラが砕けた。
「ァァ、ァァ! ああぁっ!!」
 びゅん、と振り上がったのは閃光の魔剣。
 極大の熱量と切れ味を内包した、ビームソードが牙を剥く。
 馬乗りの態勢になったエピオンから、Oガンダム目掛けて怒濤の乱撃。
 ざくり、ざくり、ざくり。
 刺す、刺す、刺す。
 右腕が本体と別れを告げた。
 左肩の装甲が砕け飛んだ。
 胸元が音を立てて蒸発した。
 見るも無惨ななぶり殺し。
 果たして誰に理解できるだろう。
 このガンダムエピオンという名のモビルスーツが、決闘用機として造られた機体であることを。
 気高きトレーズ・クシュリナーダの理想が、この機体に込められているということを。
 されど、エピオンは敗者のための剣。
 盲目的に勝利を求める愚か者には、悪魔は厳しく、残酷でありすぎた。
「ぅぅうううああああああぁぁぁぁぁ―――ッ!!!」
 遂にコックピットが潰される。
 腹部に魔剣が突き刺される。
 光の剣は一太刀で巨人の身体を貫き、深々と鋼の臓腑をえぐった。
 ぐるり、ぐるりと掻き回す。
 憎悪と敵意と殺意を込めて。
 仮想空間の操縦席が、閃光と炎熱と雷鳴でぐちゃぐちゃになる。
 それでようやく限界を超えたのか。
 猛烈な風圧と炎熱を伴い、敵機は爆裂、四散した。
 爆炎は瞬く間に新緑を巻き込み、針葉樹林を埋め尽くす。
 漏れ出す緑の光の粒は、破壊されたGNドライヴの吐き出す粒子か。
 ぱちぱちと火の粉が爆ぜた。
 炎色に染まる夜空を、無数のGNの蛍が舞った。
 光と熱の支配する地に、立っている機体はただ1つ。
「……っくくく……あははははは……」
 乾いた笑いが響き渡った。
 少女の口を突く笑いだった。
 琴吹紬が我が身を預けるのは、灼熱と閃光に照らされる魔神。
 英雄が勝ち名乗りを上げるように、光の剣を高々と上げる。
 野獣が満月に吼えるように、顔を持ち上げ目を瞬かせる。
「やっぱりそうよ……私のエピオンは最強なのよ……この力があれば誰にも負けない……浅上藤乃にだって負けはしないわ……」
 もういらない。
 何もいらない。
 青酸カリも必要ない。このエピオンの力さえあればいい。
 どれほどの身体的実力差があろうと、ゲームの世界では関係ない。
 あの魔眼の使い手であろうと、この力の前では等しく無力だ。
 自分とエピオンさえあれば、どんな敵とでも戦える。
 何であろうと、このエピオンの剣が薙ぎ払う。
「あはははははは……」
 火と蛍の海で少女が笑う。
 赤と緑の螺旋の中で、漆黒と煉瓦の悪魔が笑う。
【YOU WIN】
 メインモニターに浮かぶ文字すらも、少女の目には浮かんでいないようだった。

【○○○○@×××× 死亡確認】

【C-3/憩いの館(地下ゲーセン内)/1日目/昼】
【琴吹紬@けいおん!】
[状態]:ゼロシステム暴走、狂喜
[服装]:ブラウス、スカート
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、忍びの緊急脱出装置@戦国BASARA×2、軽音楽部のティーセット、シアン化カルシウム入りスティックシュガー×10
    桜が丘高校女子制服(血濡れ) 、薬局から持ってきた薬品多数@現地調達
[思考]
基本:この島にいる皆を殺して生き返らせる事によって救う
0:私の命を狙う者……そして私の命を弄ぶ者……全てが私の敵!
1:全ての参加者をエピオンで殺す。
2:浅上藤乃をエピオンで殺す。
3:いずれ唯もエピオンで殺す。
4:主催者達もエピオンで殺す。
5:誰にも勿論殺されたくない。
6:阿良々木暦に会ったら、撫子ちゃんの事を伝えようかしら。
[備考]
※強い憎悪により、一時的に浅上藤乃に対するトラウマを克服しました
※名簿のカタカナ表記名前のみ記載または不可解な名前の参加者を警戒しています
※E-3北部~E-4北部間の何処かに千石 撫子の死体があり、すぐそばに彼女のディパック(基本セット、ランダム支給品1~3入り)が落ちています。
※名簿のカタカナ表記名前のみ記載または不可解な名前の参加者を警戒しています
※眼帯の女(ライダー)の外見情報を得ました
※殺し合いにプロのロボットパイロットが参加している可能性に気づいていません
※ゼロシステムの影響で暴走状態に陥りました。戦闘に関係すること以外に対する思考力が著しく欠如しています。
 また、ガンダムエピオンがあれば絶対に誰にも負けないと思っています。
※「戦場の絆」の自機が毎回ランダムで変わることは、半ば忘れかけています

【エピオンシステム@新機動戦記ガンダムW】
ガンダムエピオンのコックピットシステム。
近年の資料では、原作中でモニターに表示された「SYSTEM-EPYON」の表示から、便宜上このように呼称されている。
(対してウイングガンダムゼロのゼロシステム起動時には、「SYSTEM-ZERO」と表示されている)
根幹にはゼロシステムに酷似した装置が組み込まれており、文字通り乗り手に未来を見せる機能を有している。
全ての未来は乗り手の脳に主観として認識させるようになっており、
相当精神力の優れた者でなければ、死の可能性のビジョンに対する恐怖などから、暴走を招く可能性を孕んでいる。


投下は以上です。
とりあえずエピオンに乗る人は誰でも融通は利いたのですが、
どうも「ガンダムVSガンダム」を見る限り、戦場の絆ではゼロシステムが再現されないようなので、泣く泣くボツに。
Oガンダム弱すぎじゃね? と思われるかもしれませんが、まぁ、ロボットに乗ったことのない人が相手ということでw

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最終更新:2009年12月21日 11:05