開演 ◆tu4bghlMIw
静寂を切り裂くように、一定のリズムで奏でられる音があった。
トン。
トン。
トン。
トン。
聞こえるのはそんな小気味よい響き。
正方形と長方形。
二種類の四角だけが埋め尽くす舞台はピリリとした緊張感に覆われていた。
「通らばリーチ!」
その時、正方形――つまり、麻雀卓――を囲んでいた人間の中で唯一の男であった、金髪の少年が高らかに宣言した。
切られたのは孔雀を模した絵柄が刻まれた【一索】の牌。
『通らば』という前口上からも分かる通り、既に場は進み、一つの判断ミスが戦況を分ける状況だった。
【一索】は安全な捨て牌とは言えない。しかし、ここは行かねばならない。
彼が勝利を掴むためにはこの手を和了ことが絶対に必要だった。
が、どうやらこの牌で待っている人間はいなかったようだ。少年はホッと溜息をつき、千点棒を場へ置いた。
「カン」
「なぁっ!?」
だが、この一言によって、少年の望みは脆くも崩れ去る。
成立した立直。右隣、栗色の髪を短く切り揃えた小柄な少女が暗槓を宣言したのである。
手牌の中から四つの【五筒】の牌が晒される。
少女は四枚の【五筒】の内、両端の二枚を裏返し、規定の配置に並べる。
そして、他の三人の人間が驚愕する中、中央の王牌へと手を伸ばし、嶺上≪リンシャン≫牌を掴み上げた。
高らかに掲げられた右腕はまさに天を突く頂が如し。
それは、いわば嶺に咲く可憐な花。
「嶺上自模。新ドラが……乗った。子の萬貫で4000・2000です」
嶺上開花≪リンシャンカイホー≫
王牌と呼ばれる、通常麻雀の試合で必ず残す十四枚の牌。
カンを宣言することで、そこから一枚の牌を嶺上牌として手牌に加えることが出来る。
その際に、持って来た牌で和了った場合、成立する非常に珍しい役である。
だが、少女――清澄高校一年、
宮永咲にとって、嶺上開花は代名詞とも言うべき馴染みの役だった。
「うぉおおおおおお! 俺の起死回生の一手がぁあああ!」
「犬。お前はうるさいじょ。親の私の気持ちにもなってみろ!」
「これで宮永さんがトップですね」
「……うー南場じゃタコス力が出せないじぇ!」
少年――須賀京太郎が頭を抱え、雄叫びを上げる。
その対面、嶺上開花を上がった少女の左隣でタコスを貪る少女がガルルルル、と彼を凶暴な目付きで睨みつけた。
彼女の名前は片岡優希。
明るい髪色と到底女子高生には見えない幼い容貌。
そんな小柄な身体に有り余るバイタリティを備えた、ここ清澄高校麻雀部のムードメーカーだ。
「……優希。ソースが口の周りについていますよ」
「わわっ、のどちゃんくすぐったいじぇ」
そう呟き、卓を囲んでいた最後の一人がハンカチで優希の口元を拭った。
優希はむず痒そうに身を捩る。
少女の名前は
原村和。
ネット麻雀界では『のどっち』というHNで伝説にまでなっている天才的打ち手だ。
凛とした眼差しと整った顔立ち。
髪に結んだ紅のリボンが彼女の可愛らしい印象をより鮮明にする。
そして、なによりも男女問わず、周囲からの視線を釘付けにして止まない――あまりに豊満な胸。
なんとリボンと同じ色のタイが身に纏うセーラー服の谷間に埋もれているのである。
コレだけでも彼女が圧倒的過ぎるインパクトを持つ存在であることは一目同然だ。
「それにしても、部長はどこへ行ったんでしょう。宮永さん。なにか聞いていますか?」
「ううん。私はなにも……。でも本当にどうしたんだろうね」
県予選、女子団体戦は清澄高校の優勝で終わった。
加えて、個人戦でも咲と和は三位以内に入り、全国への切符を手にしている。
四高合同合宿も済み、後は各自が身体を休めるだけ、という安息の時だったのだが。
「探しに行った染谷先輩からも全然連絡ないじぇ」
「学校自体には来てたんだっけか。じゃあアレだ。早退でもしたんじゃないか」
「でも、連絡くらいは残してくれてもいいと思うんですが」
そう。清澄高校麻雀部にはこの四人の一年生の他、あと二人の部員が在籍している。
一人が二年の染谷まこ。
そして、目下姿を消してしまった人物。麻雀部の部長にして学生議会長をも兼任する――
竹井久。
「なにか、妙なことになっていないと良いんだけど……」
咲がぽつり、と呟いた。
それは特に意味などなく、気が付けば唇から溢れていた程度の不安に過ぎない。
だが、彼女の胸の奥で、何か良くないことが起こっている――そんなオカルトめいた雑念が渦巻いていたこともまた事実だった。
「タコスうまー」
呑気にモグモグとタコスを頬張る優希を一瞥し、咲はホッと溜息をついた。
『何か良くないこと』なんて、馬鹿らしい。
普通の高校生である自分達に、そんな突発的な一大事など起こるはずもないのだ。
「そろそろ再開するか。次は和が親だな」
「はい」
和が自動麻雀卓の洗牌ボタンを押した。
南二局一本場。咲は今の萬貫を和了ったことで和を抑えてトップに浮上。
が、まだまだ十分に逆転が考えられる点差だ。
(たぶん、気のせいだよね)
咲はぶんぶんと頭を振り、雑念を振り払った。
洗牌が終了し、サイコロが回る――そして、次の対局が始まる。
▽
「……と、ご覧の通り。我々はおまえ達の生活を完全に掌握している……!」
ここで映像が、終わった。
壇上に立った壮年のスーツの男――
利根川幸雄と名乗った――が不敵な笑みを浮かべながら辺りを見回す。
(みんな……っ!)
清澄高校麻雀部・部長、竹井久はギリッと奥歯を噛み締めた。
彼女は――とある黒服の集団によって拉致されていた。
特に乱暴などはされていないが、コレが自分の常識では到底考えられない悲惨な事態であることは紛れもない事実だ。
そして、拉致されて来たのはどうやら久だけではないらしい。
ここで不思議なのが例えば一つのカテゴリに類する者(若い女など)だけではない、ということだ。
少女。少年。成年。外国人。老人。
仮面を身につけていたり、着物を着ていたり。コスプレと見間違うかのような格好の人物もいる……武者、とか。
「だが安心したまえ……我々にはおまえ達の知り合いへ手を出すつもりは毛頭ない。
あくまで重要なのは今、ここにいるおまえ達、六十一名の参加者だ。
先程までの映像は我々が『力』を持っていることの証明に過ぎないっ……!
映像――目を覚ました久達は、先程から壇上のスクリーンに投影される編集映像を見せられていた。
目に飛び込んできたのは見たこともない様々な人々が会話をしたり、戦ったりする光景ばかり。
だが、結局一番最後に――清澄高校麻雀部での一幕が流された。そういうことだ。
加えて、いつの間にか銀色のリング――首輪らしきモノが久の首には装着されていた。
辺りを見回すと、他の人間にも同様の処置がなされている。悪趣味極まりない所行だ。
「もっとも、コレは分かりやすい形でこちら側、『主催』の力を示したに過ぎない……。
賢き者ならばこの場所に連れて来られた……それだけで悟っているであろう事実を再確認してもらっただけっ……!」
ゆっくりと、聞いている側を威圧するように利根川が言葉を紡ぐ。
「一回しか言うつもりはない……心して聞け……!
ここに集まっている人間には、とある『ゲーム』に参加してもらう……。
拒否権はない……強制的に……おまえ達には、我々帝愛グループの主催する『バトルロワイアル』へ、だっ……!
さぁ、先程の説明と合わせ、考えるがいい……! 我々がおまえ達に何をさせるつもりなのかをっ……!」
その言葉を聞き、久の背筋にゾッとした悪寒が走った。
それは、テレビなどでも何度か耳にした単語だ。
元々はプロレスか何かの用語だったと思うが、このような不穏な状況でその言葉が発せられることの意味。
つまり――
「利根川殿!!」
「……む?」
その時、武者鎧を身につけた赤いハチマキの男が凄まじい大声で叫んだ。
人間と思えないほどの声量である。
久は静まり返っていたホール内がビリビリと振動したような錯覚を覚えた。
「無礼と承知でお尋ね申す! 拙者、不勉強故にそちらの言葉が理解出来ぬ。
『ばとるろわいある』とは、どのような意味を表す単語でござろうか!!」
「おっと……
真田幸村か……これは……そうだな。
わしとしたことが、言葉自体を知らぬ者もいることを忘れる所だったわ……!」
くくくくっ、と利根川が厭らしい笑みを浮かべた。
その表情からは『忘れていた』などという失念の感情は一切伺えない。
おそらく、彼は『誰かがこの質問をすること』を初めから確信していた――最悪の宣告を、果てしない絶望と合わせ言い放つために。
「おまえ達にはこれから……殺し合いをしてもらうっ……!
誰と、か。ここまで言えば、分かるだろう……つまり、ここにいる六十一名でこれから互いに殺し合うということだっ……!」
決定的な一言だった。
ざわ……ざわ……というどよめきが一転してホールを包み込んだ。
それまで久の隣で黙り込んでいた同い年程度の黒髪の少女が、肩を震わせヘタッと床に腰を抜かしたように尻餅を付いた。
「殺せっ……生き残るためにっ……自分の命を守るためにっ……!
友も、恋人も、家族も……ちっぽけな馴れ合い意識などいらぬ……!
今、隣にいる者の顔をその眼に刻み込めっ……! 殺せなければ、殺される……これはそういうゲームだっ……!」
利根川の言葉が久の心を抉った。
いや、この場に居合わせた人間の大半が同じような感慨を抱いただろう。
親しい人間の映像を見せられ、拉致されて来た事実を明確な形で突き付けられる。
そして、この『バトルロワイアル』というゲームへの強制参加である――絶望的な気持ちになるしかあるまい。
が――その時、
「はいはいはーい、注目注目! オジサンの出番はここまででーす!」
「ここから、説明役は交代」
「な……にっ……!?」
壇上、奥の方から二人の少女が現れたことによって、事態は一変する。
利根川が驚愕に表情を歪める。
それは、久達がこの日初めて見る彼の狼狽であった。
「なっ……イリヤ!?」
「アーニャ! どうしてキミがそんな所にいるんだ!?」
茶色髪をした二人の少年が驚きを露わにした。
イリヤ――真っ白い髪の少女。アーニャ――桃色の髪の少女。
それが彼女達の名前らしい。どちらも見るからに外国の人間だ。
「スザク。うるさい」
「シロウはちょーっと黙っててねっ。黒服のみんなー出番だよー」
「なっ……!」
壇上へ駆け寄ろうとした二人を遮るように、現れた黒服にサングラスの男達が割って入った。
黒服達の乱れぬ行動に、スザクとシロウと呼ばれた少年達も思わず足を止めた。
どうやら、ここは状況を分析した方が適切だと判断したようだ。
が、ここに一人。納得の行っていない人間がいた。
一方的に『説明役の交代』を宣言された利根川幸雄、その人である。
「ど……どういうことだっ……わしはおまえ達のような連中がこのゲームに噛んでいるとは知らされておらぬぞ……!?」
「それは当たり前。あなたに『だけ』知らされていなかった」
「なっ……!」
「そうそう。それに、オジサンの今の説明は実は色々間違ってるんだよねー」
ニィッとイリヤが口元を歪ませた。そして、
「利根川幸雄。あなたも参加者の一人」
「ま……さかっ……!」
アーニャのその一言によって――利根川が崩れ落ちる。
その様子は先程まで鬼の形相で久達を恫喝していた人間と同人物だとは到底思えなかった。
「じゃあ、色々と訂正するよ。わたしが進行役のまず、さっきは六十一名だって言ってたけど、本当の参加者は六十四名。
これは一人がトネガワのオジサン、そして実はあと二人……既に会場の方に行っている参加者がいたりするの」
「あの二人はさすがに目立ち過ぎる」
「そういうこと。どんな参加者かは実際に会って確かめてねー!」
そんな利根川を尻目に二人は説明を続ける。
既に会場に行っている参加者?
つまり、殺し合い自体は他の場所で行うということだろうか。
「根本は先程と変わらない。最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう」
「そして――勝者である最後の一人は、普段の生活へ戻してあげる。
しかも、ね。一つだけ『何でも』願い事を叶えてあげる」
「……たとえ、それが巨万の富であろうと永遠の命であろう死者の蘇生であろうと」
付け足すように、アーニャが言った。
「もちろん、手段は問わないよ。真っ向から殺すのも良し。騙して殺すのも良し。
あとの細かいルールの説明は、全員に支給される荷物の中へルールブックが入ってるからそれを参照してね」
「あと、そう。首輪について」
「ああ、そっか。はい。みんなの首に付いてるリング、その『首輪』なんだけどね。コレって、」
イリヤが青白い指で自身の首を突いた。
だが、そこには首輪など存在せず、彼女の仕草がただのポーズであることが分かる。
「――爆弾、だから」
眼を細めた彼女がそう呟いた途端、ザワッと大きな喧噪が生まれた。
まるで大海原に発生した波のようだった。
最初は小さなざわめきに過ぎなかったソレはすぐさま大津波へと姿を変える。
「爆発すると命はない。勿論、例外なく」
「まぁふつーは爆発しないけどねっ。『禁止エリア』ってルールがあるんだ。
でも、詳しいことはルールブックに書いてあるからそっちをさんしょーしてね」
――死。
真面目に考えてみたことなどなかったが、あまりにも重い言葉だ。
まるで呪詛のように、何度も、何度も、頭の中でその単語が繰り返される。
と、その時。
「コレは……夢だ。夢に違いない……絶対……そうだ……」
久は先程の黒髪の少女がイリヤ達の説明を聞こうともせず、しゃがみ込んでいることに気づいた。
唇から漏れるのは自分自身へと言い聞かせるような現実逃避。
黒のブレザーにチェックのスカート。見慣れない制服だ。
少女は全身を震わせ、大きな瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「あなた――」
「ひっ!!!!」
久は衝動的に彼女を宥めようと手を伸ばした。
だが、少女は視界に差し出された物体に恐れを成し、短い悲鳴を上げて後ずさりをしてしまう。
(ここは……そういう意味の場所ってこと? だからって……)
久の胸の奥がズキン、と痛んだ。
少女は恐怖に濡れた双眸でこちらを見上げていた。
が、久達がそんなやり取りをしている間に、イリヤ達の『説明』は一段落が付いていた。
もっとも、その内容は全てルールブックに書いてある細々とした事柄ではあったのだが。
「こんなところかな。アーニャ、なにか言い残したことってある?」
「特には」
「じゃあ、みんなには会場に飛んでもらうよー!
でも、その前に――コレが本当に殺し合いだってことを確認してもらいたいの。
今から映すのは会場でのライブ映像でね。実際に現地で起こっていることなんだよ」
イリヤがスッと右手を上げた。
それは麻雀の試合において、自模った牌を高らかに天へと掲げる動作と非常に似通っていた。
ブンッと呼応するかのように真っ黒いままだったスクリーンに光が灯る。
ここまで来て、またなにかの映像を流すつもりなのだろうか。
何となく、そんな風に思った時――久は我が眼を疑った。
「まこっ!!!!」
自然と、その名前を口にしていた。
画面に映し出されたのは必死の形相で草むらを走るセーラー服の少女。
パーマとノンフレームの眼鏡。
明らかに清澄高校麻雀部の後輩、染谷まこに違いない。
そして、彼女の背後から迫る巨大な影。
身の丈三メートルはありそうな大男、であった。
浅黒い肌は隆々とした分厚い筋肉の鎧に覆われ、握りしめた拳は岩石のよう。
染谷まこは――そんな『化け物』としか形容出来ない怪物に、追い回されていた。
「どういうことなの、コレは!?」
「竹井久。黙っていて」
「黙っていられるわけないでしょうが!! 今すぐ、まこを……!!」
「それは無理。それにもう終わる」
「えっ――」
「イリヤ」
「うん」
アーニャが眠たそうな瞳で久を見下ろしながら応え、ふいっと身体ごと視線をスクリーンへと向けた。
真白い雪原で咲き誇る紅の徒花が風に揺られ、花びらを震わせるような光景だった。
傍らのイリヤがゆっくりと、唇を動かす。
大男の鉄拳が、白い少女の言葉に応えるように、まこの身体を――打ち砕いた。
血液が画面中に飛び散った。
彼女の断末魔の声すら、ホールの中には流れることはなかった。
ただただ、無情なまでに無機質で血生臭い音だけが会場に充満する。
「ま……こ……」
肉が千切れる。
骨が砕ける。
神経が断裂し、血管が破裂する――音で世界が溢れかえる。
「はーい、紹介するねー。今のがさっき言った『会場の方に行っている参加者』の片方、バーサーカーだよ。
バーサーカーにはみんなと一緒にゲームに参加してもらうから、仲良くしてあげてね。
ちなみに、今死んだ人にも特例として支給品が配られてるの。
バーサーカーにはコレは回収しないように言ってあるから、興味のある人は探してみてね!
それじゃあ、デモンストレーションも終わったことだし……バトルロワイアルを始めるよ!」
イリヤの言葉と共に、参加者の身体が微妙にぼやけ始める。
悲しみと絶望に打ちひしがれる暇さえなく、久は自身の身体がどこかへ飛ばされつつあることを認識した。
「バーサーカーが派手にやり過ぎたから補足する。
今、ほとんどの人達は『絶対に敵うわけがない』と思っているはず。
でもソレは間違い。実際、彼以上の力を持つ参加者だって今この場所にはいる。
単純な力は及ばなくても、ちょっと頭を使えば彼を倒すことが出来る参加者もいる。
彼の能力について詳しい知識を持っている参加者もいる。支給される道具の中には、彼を何度でも殺しうる武器すらある」
アーニャがそこで小さく言葉を切った。
それは普段の
アーニャ・アールストレイムを知る人物からはは、到底想像出来ない光景であった。
口調こそアーニャのソレであるが、このアーニャはあり得ないほど『饒舌』だったのだ。
「利根川の言葉を思い出して。彼を敵と定めて、あなた達が団結するのは一向に構わない。
だけど、あなた達はどちらにしろ殺し合わなければならない。
それに本当の意味で他の人間が何を考えているかなんて、絶対に分からない。
本当の敵は、本当に戦わなければならない相手は他にいるはず」
緩慢に壇上から参加者達を見回したアーニャはポケットをまさぐり、とある道具を取り出した。
それは、彼女の象徴とも言うべき道具――携帯電話だった。
アーニャはまるで普段と変わらない動作で携帯を操作し、内蔵されたカメラのレンズを参加者達に向けた。
「そしてそれは、私達でもない。あなた達のすぐ側にいる人」
かしゃり、と携帯電話のシャッター音がホールに響き渡った。
フラッシュの光がこの場に居合わせた六十二人の参加者の眼球を焼く。
それは、紛れもなく彼らの心を蝕む閃光だった。
もはや、ここに集められた人間が全員生きて顔を合わせることは有り得ない。
「記録――」
誰もがそう理解しているからこそ――最初で最後の集合写真は、重責となるのだ。
そして、アーニャが言い終わるとと共に、フッとまるでそこに誰もいなかったかのように参加者達の身体は消え失せた。
▽
「アーニャ。何やってるの?」
参加者の転送を終えた会場。
一気に人の気配がなくなった空間でイリヤがアーニャへと語りかけた。
「ブログの更新」
「……ふーん」
すっかり普段通りになってしまった彼女をつまらなそうな瞳でイリヤが見つめる。
どうやら、こんな状態になっても根本は変わらないらしい。
アーニャ・アールストレイムは進行役のイリヤに宛がわれたサポート役だった。
暴走がちで感情的なイリヤにとって、常に冷静沈着なアーニャは非常に相性の良い助手ではあるが、さすがに彼女は無愛想過ぎる。
「あれ。アーニャ、あなた……」
「え?」
首を傾げたアーニャは携帯電話の画面から眼を離し、意外そうな瞳でイリヤを眺めた。
それは、決して歪むことのない鉄壁の無表情。
アップになった桃色の髪は少女の神秘的なイメージを際立たせる。
「どうして泣いてるの?」
顔を上げたアーニャの頬を一粒の水滴が伝い落ちる。
本人ですら意外な、その雫の正体は――涙。
アーニャは手の甲で自身の涙を拭うと、もう一度、握り締めた携帯電話をまじまじと見つめた。
ブログの日記には先程彼女が撮影した写真が文章と共にアップされている。
様々な人間の顔、顔、顔――ソレを彩る感情も多岐に渡る。
憤怒、恐怖、絶望、驚愕、失望、困惑……。
アーニャはゆっくりと視線を上げると、小さな声で呟いた。
「よく、分からない」
もう一粒、ぽろりと少女の瞳から涙がこぼれた。
頬を伝い、ソレはゆっくりと落ちていく。
そして、ぼうっとしたアーニャが拭うよりも先に雨の白玉のように、その液体は床へと吸い込まれ――弾けた。
【染谷まこ@咲-Saki- 死亡】
『ルールブックについて』
※最低でも以下の記述は有り
【
基本ルール】
参加者全員が、最後の一人になるまで互いに殺し合い続ける。
優勝者の帰還は保証し、ありとあらゆる願いを一つ叶える。
【スタート時の持ち物】
参加者の持ち物は基本的に没収され、代わりに一人一つずつ鞄が支給される。
中身は一律に地図、方位磁針、メモ帳、筆記用具、食料、ルールブック(
参加者名簿込み)、時計、マグライト、ランダム支給品。
ランダムアイテムは参加者の持ち物や武器などをランダムに1~3個支給。
【放送について】
6時間ごとに放送で各時間帯に出た死者と禁止エリアを発表をする。
【名簿について】
最初に名前が乗っているのは五十名だけ。
残りの十二名については一回目の放送の際に名前を読み上げる。
【禁止エリアについて】
放送時に地図の三区画が禁止エリアに指定される。
禁止エリアの発動は二時間ごと。詳しいことは一回目の放送時に説明する。
参加者が禁止エリアに進入した場合、首輪が警告音を鳴らす。
この警告音から一分以内にエリアから出なかった場合、首輪が爆発する。
【ゲーム開始】
【残り六十四人】
最終更新:2009年10月22日 15:24