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静謐と、恐怖

第二十六話≪静謐と、恐怖≫

エリアG-2に存在する、鉄筋コンクリート三階建ての小規模な病院。
外来患者も、入院患者も、医師や看護師も誰一人としておらず、院内は異様な程静まり返っている。
三階にある個室病室の一つ、306号室に、一人の狼獣人の女性が潜んでいた。
獣に近い身体付きで、身に付けている物は胸に巻いた布と前掛けに似た下着。
濃い灰色と薄い灰色の毛並みが窓から差し込む光を反射し輝いている。
狼獣人の女性――島川奈織(しまかわ・なお)は、この殺し合いが始まった直後からこの病室に身を潜めていた。


「……もう、二時間経ったんだ……」

私は基本支給品の一つ、懐中時計が指している時刻を見て言った。
時刻は午前8時11分。この殺し合いが始まった時は午前6時7分だったから、
およそ二時間経過したと言う事になる。
二時間。たった二時間なのに、もっと長く感じたのは気のせいじゃないのかも。
突然、何の前触れも無く、私はこのバトルロワイアル――殺し合いに参加させられた。
あの教室での惨劇はまだはっきりと覚えている。
私もあんな風に血を一杯流して死ぬの? そんなの絶対に嫌!!
だから、私はこの病室にずっと隠れていた。
下手に動くよりも、じっとしていた方が安全だと思うし。
戦う気は無かった。私は人を殺すような度胸も覚悟も無い。
それならずっと隠れてた方がいい。

「それに、これ……結構役に立つかも」

そう言って私はデイパックから自分の支給品を取り出す。
それは説明書によれば、半径200メートルにいる他参加者を探知出来ると言う、
簡易レーダーという物だった。
つまり、自分の周囲に他参加者がいるかどうか、ある程度分かる便利なアイテム。
今現在、このレーダーは何の反応も示してはいない。
ただ、このレーダーは首輪に反応して位置を表示するため、
既に死亡した参加者の位置も表示してしまうらしい。

――”死亡”――。

その単語を思い浮かべた瞬間、あの教室で見た男の人の死体を思い出した。
大きく広がる血溜まり、漂い始める鉄錆の臭い――。

「嫌っ……!!」

再び恐怖心が押し寄せ、両手で頭を押さえ、体育座りで小さく蹲る。
震えが止まらない。怖い。死にたくない。死ぬのは嫌だ。

「……死にたく、ないよぉ……」

遂に涙が出てきて、私は嗚咽を漏らし始めてしまう。
なぜ、自分がこんな事をしなければならないのか。私が一体何をしたと言うのだろう。
一介の看護師であり、戦いとは無関係の日常を送っていた自分に、
どうして殺し合いをさせようとするのだろう……。
帰りたい。もう一度、大好きな父と母に会いたい。同僚の看護師のみんなや、
仲良くしている患者さん達に、もう一度会いたかった。
でも――。

「ひぐっ……うっ……えぐ……えっ……」

今は、出来る限り声を殺して、泣く事しか、出来ない。


静謐な病院に、女性の嗚咽の声が響く。
彼女のように、ただじっとしているだけの方が、この殺し合いという状況下においては、
生存するには有利になるかもしれない。
しかし、不確定要素も多々ある事も事実。
身を潜めている場所に、殺し合いに乗った者が訪れないとは限らない。
身を潜めている場所が、禁止エリアに指定されないとは限らない。
身を潜めている場所が、何らかの形で破壊されないとは限らない。
自分の力で道を切り開かなければ、死が待つのみという状況にもなり得る事に、
彼女は気付くのか、それとも……。


【一日目/午前/G-2病院三階306号室】

【島川奈織】
[状態]:健康、死に対する恐怖(大)、嗚咽
[装備]:簡易レーダー
[所持品]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本:殺し合いはしたくない。死にたくない。帰りたい。
1:とにかく一ヶ所にじっとしている。動き回らない。



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最終更新:2009年10月10日 14:59
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