47◇殺し合い
そして、殺し合いの時間。
◆◆◆◆
まばたきを一つして、目を開くとそこは廊下だった。
コンクリートの床は灰色で、中央に白のライン。
壁は上下に黒のラインが入った白壁で、等間隔に四角窓が空いている。
窓の外は雑木で遮られ、明かりは天井からの蛍光灯。それも等間隔。
少年が抱いた第二印象は、やはりここからか、というものだった。
蛍光灯によって照らされた廊下の奥には、洋風の大きな木扉がある。
大きな部屋があの奥にある。ここは最初に集められた講義室のような場所に続く廊下だ。
「ええっと……これは、夢から醒めたって、ことなのかな?」
「いえ、まだ夢の中ですよ」
とぼけた声を出すと、後方から声がした。
振り向くと、長く続く廊下の少し離れた場所に、一人の男が立っていた。
少年は水色のシャツを着たその男の姿を見て少しだけ安堵を覚えた。
「……え?」
だが、まだ変えてはいけない。殺し合いを始めるには、扉を開けるまでは“なぞらなければ”ならない。
少年はそこにいるはずがないと思い込んでいた男に対して、やはりとぼけた演技をした。
銀の髪を横に撫でつけた男は、いつか聞いたものと同じ、キザな口調で話し始める。
大丈夫、演技は得意だ。それで殺し合いを勝ち抜いたのだから。
「お久しぶりです、紆余曲折くん。
優勝……おめでとう、というべきなんですかね……」
「……えっと……すいません、……まさかあなたが、“主催”ですか?」
「いいえ、違います」
「でも……じゃあ……まさか、爆発が……」
「ええ、フェイクだったんですよ」
男が少年の解答を先回りするのを見越して、少年は話がスムーズに進むように、かつ違和感がないように話を進めた。
「あのときボクの首輪は確かに爆発したけれど、それはボクを殺すようなものではなかった。
爆発音が大きく聞こえたのは、内蔵スピーカーによるもの、だそうです。
そしてボクは、……「先手必勝」は、“文字だけ死亡扱いになって”、あの場から退場させられた」
「首輪がないのは、そういうことですか。……メガネもないですけど」
「そうですね……あのメガネが、ボクの遺品ということになるんでしょうね……」
銀髪の男はほんの少し目を伏せる。
流れは未だに変わっていない。問題はなし。少年は次の言葉を吐く。
「遺品って。あなたはまだ、生きてるじゃないですか」
「いいえ、死んだんですよ。「先手必勝」はあそこで。生きているのは紆余曲折くん、君だけです」
「リョーコさんみたいなことを言わないでください……大体、」
「一刀両断に会いたいですか?」
「……会いたいですね」
二度目の少年は、素直に答えてしまった。
「会いたいです。話し足りないし、見足りないし、触れ足りないし、足りないことだらけです。でも、会えない」
「会えますよ。あの扉の向こうに、彼女は居ます」
「……つまり、そういうことですか」
「……さすがに回転が早いですね。……気付いて、いたんですか? 首輪の仕様に」
「いえ。まさか。どこかでおはなしを聞いたわけでもあるまいし。
でも、殺すための爆発を抑え目にするということは――要するに、それくらい首輪が大事、ということでしょう?
そしてなぜ首輪が大事なのかを考えれば、おのずと可能性は絞れてきます」
「……驚きました」
かつて先手必勝だった男は、少年の物わかりのよさに驚いた。
そりゃあもう、予習を散々したようなものなのだから、驚いてくれなければ困る。
大丈夫だ。この程度の思考の短縮であれば、彼が思う紆余曲折というキャラクターの頭の良さの範囲を逸脱していないはずだ。
「とりあえず……ここに貴方がいるということは、外してくれるんでしょうか、これを」
変えないように振る舞おうとしすぎるのは逆にボロを出す。
演技くさい態度になってしまうからだ。相手をよく見て先回りができる彼ほどの人物の前では、それはボロが出てしまうやり方だ。
だから少年は、前回は少年の先回りをしていた男に対し、さらに先回りをする。
気づかれないように。
「……そうですね。それが今回の、ボクの役目です。ちょっと待ってください……すぐに、外しますから……」
こちらに近寄ってくる男の手に握られた鍵を使って、首輪は半円二つが連なった鉄の輪になる。
その裏側――首に触れていた部分に、さらに男は鍵のようなものを当てる。
するとさらに筒がズレて、中身が露出した……いや、開かれて、落ちてきた……。
「そう。首輪こそが、大事だったんです。なぜなら、首輪それ自体が――実験の“参加者”の、本体だからです」
男は紙を開く。
四角い紙を、巻物を垂らすようにゆっくりと開く。
首輪の筒の中に入っていたのは、「紆余曲折」の文字紙だ。
「これが、“君”です。大事に持っておいてください」
男は少年に文字紙を押し付けると、扉へ向かってすたすたと歩き出した。
少年は文字紙に目を軽く見開いた演技をしたあと、すたすたとそれに付いていく。
扉の前に、たどり着く。
「ボクから伝えられるのはここまでです。
ボクは結局、エスコート役。ボクから得られるものは、多くは望めません。
どうせ扉の向こうには、全てを知る者がいるんです。そちらに聞いてみればどうでしょう。
あるいは、扉をくぐる前に推理してみても面白いでしょうね。どちらを選ぶかは君に任せます」
たたたたたたんと勢いよく歩いていた男の足は、
そこまで言い切ると扉の直前で、ピタリ、と止まる。
「ボクは。この扉の向こうには行きたくないので、ここで、終わりです」
「分かりました」
「分かりましたか」
「はい。何が起きているのかは、大体」
少年は扉の取っ手に手をかけた。
「さすが、いい察しの早さです。もしかしたら、君なら……」
「褒められるような話じゃないですよ。場合によっては、
あなたが会いたくないその人にひどいこともするかもしれないですし。
それに、まだ完璧じゃないかもしれない。何もできずに終わる可能性が、まだまだ高いです」
「いいんですよ」
銀髪の男は、卑屈にも聞こえる言葉を吐いた少年の肩を、やはりぽんと叩いてくれた。
冷え切った場所で戦った彼からのエールは、やはり暖かい。
こんな言葉を掛けてくれるのならば、あと何度だって殺し合って見せる。
いや――今回で、終わらせる。
「ダメだったら、次の作戦を考えればいい。
君は優勝した。“負けたボクと違って”、実験からの解放を約束された存在だ。
今、全世界で君以上に、主催と対等な存在は居ない。驕らず、焦らず、無理せず戦って下さい」
「……」
少年は扉を押し込みながら、男に前回掛け損ねた言葉を掛けるか迷った。
だけどその動作よりも、男が少年を扉の奥へと押し込む動きの方が早かった。少年はその動きを止めなかった。
だから少年は今回も、男の顔を見ずに行く。
負けたがゆえに、実験からいつまでも解放されない、
永久凍土の中の化石のような、
永久の冷たい夢の中へ閉じ込められた男の姿は、もう心が熱くなるほどに焼き付けたから。
「だから――頼みましたよ」
ええ。頼まれました。
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広がった視界の先。
扉が閉じる音と共に、少年は光景を見る。
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「ねえ――どういうことかな?」
そこは、大学の講義部屋のようなところだった。ただし机はなくて、イスがある。
何もない白い空間の中、前方のステージに大きなイスがひとつあった。
その上にちょこんと、椅子の大きさに不釣り合いな小ささで、天飼千世は座っている。
「はじめまして、は微妙にニアイコールって感じだけど……本当に、はじめましてなのかな?」
天飼千世は愕然としていた。
文字が人間の真似事をしているようなその表情は、やはり少年には人間には思えなかった。
「待ってたんだ。おはなしをしようと思って。楽しい、おはなしを、しようって、ねえ。
ああ、君と話すのを、ずっと前から楽しみにしていたような気さえするのに……
対等な会話は、久しぶりなんだ。他の実験仲間は慕ってしかくれないし、“ひとりあそび”は楽しくなくて――」
実験で死んだはずの十四人が人形みたいに扱われ、人形みたいに置かれているその光景の中で。
おもちゃ箱をひっくり返して遊んでいたら親に見つかった、王様気取りだった子供のように、天飼千世は呆然と呟いた。
「あたしの名前は、「天飼千世」。
文字を愛して文字になった、最初の幻想言語学者。
ねえ、紆余曲折(ゆうしょうしゃ)くん、どうして? どうして――」
言葉は返さない。《八方美人》がある以上、天飼千世と会話をしてはいけないからだ。
もし返せるとしたら、こう言っている。
「どうしてアナタが私を殺す未来しか《見えない》の」
――そうなるように、一つ一つ丁寧に、潰していったからに決まってる。
一つ、《八方美人》を使う限り、天飼千世と喋ったことのあるものは天飼千世を殺せない。
一つ、《高論卓説》を使う限り、天飼千世が喋っている間、紆余曲折は席から動けない。
一つ、《生殺与奪》を使う限り、天飼千世は紆余曲折の所有物の所有権を握る。
もうこれらの文字を使われるようなことは、させない。
少年は《百発百中》の銃を取り出す。
まず、おはなしが始まらない以上、天飼千世に《八方美人》を行使することは出来ない。
だから天飼千世が取れる選択肢は、《高論卓説》か《生殺与奪》の二者択一だ。
あるいは他の何かを持っているかもしれないが、少なくとも前回の《百発百中》への対処はこの三つの熟語だけで行われている。
天飼千世は言っていた。《千世の読み》が見るのは《1000の結末》だと。
口ぶりからその《結末》は、《致命傷を得た時点からの未来映像》であると推測できた。
だから天飼千世は、《どうやって致命傷を受けるのかまでは、推測しか出来ない》。
おそらく今回も、《百発百中》への対処をまずはこの三つの熟語で行おうとするだろう。おそらくは《生殺与奪》で。
だが、少年は《紆余曲折》を持ってきている。前回はあえて一回も使わなかったが、
これをこのタイミングで発動させれば、《4秒間だけ、あらゆる四字熟語の効果(攻撃)を、曲げる》ことが可能だ。
四秒あれば、銃は撃てる。
撃鉄は起きている。――ためらいなく、引く。
もっとも怖かったのは、「なんらかの四字熟語か、あるいは彼女の一存で、この空間から追い出される」ことだったが、それはなかった。
おそらく《1000の未来》がすべて少年に殺される未来に変わってしまった恐怖が、
彼女に「ここで対処しなければならない」強迫観念を植え付けたのだろう。
《1000の未来》が全て変わってしまったのは自分がべらべらとお喋りをしてしまったからなのに。自業自得だ。
「――ッ!!」
二次の策として天飼千世は何らかの《文字》を使おうとする。だけど、もう未来は決まっている。
紆余曲折が一刀両断を殺す瞬間を見ていなかったのが天飼千世の敗北の導線だ。
だって、それを見ていたのならば、
前回で少年が「ただ単に《百発百中》の引き金を引いただけ」であったことに、おかしいと思わなければいけなかった。
紆余曲折のルール能力は。
《攻撃を4秒間迂回させることができる》というものだ。
自分からの《攻撃》に、
それはもちろん、適用できる。
あのときまで。
一刀両断と殺し合い、最後のボウガンを撃つあの瞬間まで――
自分からのまともな《攻撃》なんて、したことがなかっただけだ。
リョーコさんは、もしなにもしなければ、僕のボウガンの矢なんて、斬ってしまっていただろう。
「《××××》……!!」
《天飼千世の発動したあらゆる四字熟語の効果を、迂回して。銃弾は天飼千世の心臓を貫く》。
天飼千世は言っていた。こうなると知らなかった天飼千世が言っていた。
例え天飼千世であろうとも、文字の始祖であろうとも。その心臓を貫かれれば……人間の身体と同じように、死んでしまうのだと。
だから。これで、結末だ。
- そして1秒。天飼千世は未だに信じられないと言ったような顔をしながら、七色の血をまき散らし床に倒れていく。
- そして2秒。紆余曲折は終りを祈りながら目を閉じる。
- そして3秒。天飼千世が床に倒れ、夢が揺らぎ、世界は終わる。
- そして4秒。《紆余曲折》が迂回していた四字熟語の効果は――もちろん発動者が死んだところで止まらない。
リョーコさん。
どうでしょうか。
少年は人形のように動かない、かつて殺したパートナーに語りかけた。
僕は――逃げずに、やれましたよ。
こうして、すべての因果は収束した。
用語解説
【天飼千世】
……なんて読むんだっけ、これ?
最終更新:2017年04月30日 22:51