第三十二話≪愛に全てを≫
酒場で飲んだくれオヤジの川田さんを何とか振り切った後、俺は軍事施設跡を訪れていた。
雑草に埋もれた煉瓦の瓦礫だらけで、何が何の建物だったのかほとんど分からない。
錆に覆われた機銃や煉瓦の壁に微かに書かれている「護国忠君一矢ノ光」「投降服従死ヨリ恥ズベシ」
といった軍用標語から、ここが本当に軍事施設だった事が分かる。
「ん……」
どこからか血の臭いが漂ってくる。
血の臭いを辿っていくと、そこにはOL風の兎獣人の女性の死体があった。
仰向けに大の字になるように倒れて死んでいる。
腹部には大きな穴が空き、地面には血溜まりが広がり肉片のような物も確認出来る。
一体どんな攻撃を受けたと言うのだろうか。
女性のすぐ傍には槍のような物と水と食糧が抜かれたデイパックが置かれていた。
どうやら女性を殺害した者の仕業のようだ。
「……黒牙?」
不意に、背後から、とても聞き覚えのある少女の声が聞こえた。
振り向くと、そこには自分が追い求めていた、最愛の人の姿が。
「……弓那、弓那ぁ!!」
「黒牙ぁぁぁぁ!!!」
俺達は熱い抱擁を交わしたのは言うまでも無い。
俺の方が身長が高いため、弓那の身体が完全に浮かんでしまっていたが、
弓那本人はそんな事全くお構い無しのようだ。
「うわあああん……会いたかった、会いたかったよぉ……黒牙ぁぁ……えぐっ、ひぐっ」
俺の胸元の毛皮が湿っていく。弓那が毛皮に顔を埋めて泣いていた。
俺もだよ、俺も会いたかったよ。弓那……。
「弓那……よしよし……」
俺は涙腺を緩ませながら、弓那の頭を撫でてあげた。
◆
俺と弓那は、軍事施設跡の地下壕の通路を通り、海が一望出来る場所に来ていた。
ここも地下壕の一部だったようだが、波の浸食により崩落し、
水平線彼方まで一望出来るようになっていた。
何だか秘密基地みたいな感じで、俺は好きだ。
「そうか……そんな事が……」
「うん……私……人を……」
弓那が沈んだ表情で話す。
弓那はさっき俺が見付けた兎獣人に襲撃され、咄嗟に自分の支給武器である
ショットガンで応戦し、殺害してしまったらしい。
その後、この軍事施設跡を探索し、地下壕跡そしてこの場所を見付けたとの事だ。
「気にするな……って言うのはちょっと無理かもしれないけど、
しょうがなかったんだ。殺さなきゃ弓那が殺されていた。仕方無かったんだよ。
だから――あまり、気にしない方がいいよ」
俺は精一杯弓那を励まそうとしたが、
やはり人を殺してしまったショックは大きいらしく、俯いて頷くだけだった。
気持ちは分かるが、何とか弓那に元気を出して欲しかった。
いつも明るくて男勝りな可愛い弓那が、まるで別人のようだ。これ以上見ていられない。
考えた末、俺は――。
「ひっ!?」
俺は弓那の背後に周り、両手で思い切り弓那の乳房を揉みしだいた。
そして弓那の頬を舐める。
「ちょ、何してんのよ馬鹿ぁ!!」
「がっ」
顔を赤らめた弓那が怒りのと恥じらいが入り混じった表情で、
俺の頬に思い切り、掌底に近いビンタを食らわした。
その余りの衝撃に俺は軽く吹っ飛んでしまう。
でも、俺はちょっと嬉しかった。決して叩かれたのが嬉しいと言う訳では――いや、ちょっと嬉しいけど。
ともかく今俺が嬉しいのは……。
「はは、良かった。いつもの弓那だ。弓那はやっぱそうでなくっちゃ」
「え……」
弓那は俺の真意を悟ったのか、しばらく唖然としていたが、
「……ぷっ、くく、あははははははははは!」
やがて、底抜けに明るい声で笑い出した。
「あーはははははっ……あ、アンタ、相変わらずね。こんな状況だってのに、
感服させられるわ、ホント」
弓那は笑い過ぎて流れ出た涙を拭いながら言った。
俺は弓那がいつものように戻ってくれた事が嬉しかった。
だが、そんな弓那を見ている内に――。
「……」
「? どうしたの黒牙……!? ちょ、ちょっと、泣いてんの!?」
俺はどうしようも無く悲しくなって、涙が溢れて来た。
最初は涙だけ流して声が漏れるのは我慢していたが、次第に嗚咽が止まらなくなった。
理由は分かっていた。分かっていたんだ……。
「弓那ぁ……うっ……ごめん……でも、ね……」
「何? 何よ?」
「このゲーム……一人しか、助からないんだよね……ひぐっ……どんなに、
どんなに生き残ったとしても、誰も死ななかったら……結局、結局死ぬだけなんだよね……。
うっ……もっと、ずっと弓那とっ……一緒にぃっ、えっぐ……いたかったのに……。
もっとっ、ゆ、弓那っひぐっ……一緒にぃぃ……う、うあああああああ……」
「こ、黒牙……」
俺もう堪らなくなり、弓那の胸に飛び込んで泣き声をあげた。
正直、情けなかった。ついさっき頑張って弓那を元気付けようとした本人がこの様だ。
だが俺は、もはやそれどころでは無かった。
弓那との楽しい時間が、今までは永遠に続くのだと信じていた。
流石に永遠とまではいかないにしても、それが終わるのはまだずっと先の事だと、思っていた。
この
殺し合い――バトルロワイアルに参加させられるまでは。
もっと弓那と一緒にいたかった。いたかった、のに――。
はぁ、とんだヘタレ狼だよ俺は。使い魔失格だよ。きっと弓那に物凄く叱られるだろうな……。
「黒牙」
弓那が俺を抱き寄せながら、静かな口調で俺の名前を呼ぶ。
きっと、怒られるんだろうな。
「……ずっと一緒にいよう、ここで。もう、殺し合いなんか忘れてさ」
……え?
俺は涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を弓那に向けた。
弓那は、今までにみた事無いくらい、穏やかで優しい表情を浮かべていた。
やがて弓那は立ち上がると、自分のデイパックから地図、時計、ペン、懐中電灯、水と食糧、そして栄養ドリンクらしき物を抜き取ると、
まだショットガン等が入ったままのデイパックを、躊躇する事無く海の中に投げ込んだ。
「弓那!?」
弓那の突然の行動に、俺は驚きの声を上げる。
「……もう、戦う必要、無いもの」
弓那は再び俺の傍に座る。
俺は弓那の真意を読み取った。そして、自分のデイパックから水と食糧だけを抜き取ると、ビデオテープやその他名簿やコンパス等が入ったままの
デイパックを、思い切り海に投げ入れた。
地図、時計、ペンは一個ずつあればいい。
「……弓那」
「黒牙……」
俺達は再び熱い抱擁を交わす。さっき再会した時とは違う、とても温かみがある抱擁だった。
俺達はどうせ、長くは生きられない。最後に生きて帰れるのは一人だけ。
だが、俺には弓那を殺すという事は考えられない。それは弓那も同じのようだ。
殺し合いをやめた所で、結局待つのは死。
なら……なら、もう、殺し合いなんてどうだっていい。
最期の瞬間まで、愛する者と一緒にいよう。
「ん……」
俺と弓那は、互いに口(俺の場合マズルなのだが)を近付け……。
深い口付けを、交わした。
◆
黒牙……中学の時に偶然アンタの事見付けて、
最初は図体デカいくせに子供っぽい変な狼だなーとか、思っていたけど、
アンタ、凄く優しいし、純粋だし、それでメチャクチャ強いし……。
一緒に暮らしていて、段々、好きになっていったよ。
まあ、ちょっとスケベで性欲が強めなのはアレなんだけど。
とにかく、うーん、上手く言葉で言い表せないけど、黒牙と出会ってから、何か、
毎日がより輝きを増したって言うか、とても……うん。
とてもね……楽しかった。アンタと過ごした時間。
ずっと、て言う訳にはいかないけど、もっと長い時間、一緒にいられるんだって思ってた。
まさか、こんな理不尽な殺人ゲームで、そんな思いが叩き壊されるなんて夢にも思わなかった。
最後の一人にならなきゃ生きて帰れない、例え全員が殺し合いをやめたとしても、
24時間誰も死ななかったら、結局待つのは、死……。
だったら……ね? 黒牙? ずっと一緒にいよう?
殺し合いの事も何もかも忘れてさ、最期まで好きな事して過ごそうよ。
いいでしょ? ね?
最期までずっと、一緒だよ。黒牙。
私の最愛の、使い魔。
【一日目/午前/B-1地下壕跡】
【黒牙】
[状態]:健康、
大木弓那と抱擁中、戦闘完全放棄
[装備]:無し
[所持品]:水と食糧、大崎俊代の水と食糧、栄養ドリンク
[思考・行動]
基本:もう殺し合いなんかどうでもいい。ずっと弓那と一緒にいる。
1:弓那……。
[備考]
※彼の特殊能力は全て封印されているようです。
※バトルロワイアルを放棄しました。もう大木弓那の事しか頭にありません。
【大木弓那】
[状態]:健康、黒牙と抱擁中、戦闘完全放棄
[装備]:無し
[所持品]:地図、時計、ペン、懐中電灯、水と食糧
[思考・行動]
基本:もう殺し合いなんかどうでもいい。ずっと黒牙と一緒にいる
1:黒牙……。
[備考]
※特殊能力が使えなくなっている事に気付きました。
※バトルロワイアルを放棄しました。もう黒牙の事しか頭にありません。
※黒牙のデイパック(水と食糧抜きの基本支給品一式、ビデオテープ(3)入り)と、
大木弓那のデイパック(参加者名簿、コンパス、メモ帳、スパス12(6/7)、12ゲージショットシェル(70)、催涙スプレー(3)入り)は、
海に投げ捨てられました。
最終更新:2009年10月06日 22:12