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半熟作家と〝腐女子〟な漫画家【ガール】

豪奢な別荘だった。
『別荘』というより、ひとつの『屋敷』と言った方が正しい。
それも、エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』に登場するような、蕭然とした洋館だった。

その隣にわざわざ建設されたワイン蔵に、一人の参加者が隠れていた。
その中は、貯蔵されたワインの酸味と冷やかな湿気に包まれている。
窓がない貯蔵庫の性質上、灯りをつけても目立たないという意味で、『彼女』は幸運だったのだろう。

だからこそ、貯蔵庫の樽の上に座り、じっと居座るという行動ができたのだ。

封鎖されたワイン貯蔵庫の樽の上に座り込んで数十分。

彼女はその間、支給品の確認に没頭したっきり、何もしていなかった。
いや、心では色々な感情が渦を巻いていたのだが、行動らしい行動は何も起こしていなかった。
ただ、樽の上で小刻みに震えていた。




もう泣かないと約束してほしい。
あなたが泣いていると思ったら、わたしはどうしていいか分からないから。
もう、わたしはその涙をぬぐってあげることができないから。

風に踊る花びらの中を、旅立って行った人が言った。

だからぼくは約束をした。
もう泣かないと。
次に会う時は、ぼくがあなたの涙をふけるようになっていると。

その時のぼくは、ぼろぼろに泣いていて、説得力も何もなかったけれど。
ましてや、『殺し合い』なんてものに巻き込まれるなど、想像もしていなかったけれど。



それでも、その日からぼくは少しだけ強くなり、何があろうとも下を向かない人間になった。

……もちろん、『生き残れるのは一人だけ』と言われて、しかも女の子が殺されるのを見せられて、動揺を抑えることはできなかったけど。

でも、それを許容するつもりにはなれなかった。


ぼくは、絶対に生きて帰る。
何故なら、死ぬわけにはいかないからだ。

ぼくはまだ夢を叶えていない。
『作家』という狭き門をくぐって、その先に行くという夢。
万人の作家になって、いつかその人と再会を果たすという夢。

そして、ぼくと約束をしたその人も、この『実験』の中にいる。

だからぼくは、死なない。
何が起こっているのかなど理解できないけれど、それでも、死ぬことだけはしない。

そして、死なせない。
いつか、再び会うと誓った人を死なせない。
ぼくはまだ、再会に値するほど強くなってはいないけれど、それでも、今ある限りの力で守りたい。
その人と死に別れてしまうなんて認めない。

だからぼくは、『最後の一人になる』という道を選ばない。


それに、この舞台にいるのは、ぼくたち二人だけじゃない。
ぼくの高校生活に大きな揺さぶりを与えた三人の人間も、この『実験』に参加させられていた。

櫻井流人。竹田千愛。琴吹ななせ。

三人とも、決して殺し合いなんてできないだろう。
強いて言えば、流人君には少々脆いところがあったけれど、それは既に過去のことだ。

以前の流人君には、遠子先輩の為なら暴走しかねないような危ういところがあった。
しかし、それはもう終わったこと。
今の彼は、遠子先輩を守らねばという強迫観念から解放されている。
何より、ここにはたった1人の恋人である竹田さんもいる。
遠子先輩か竹田さんのどちらかと、流人君が切り捨てるような展開はまずあり得ない。
よって、彼は殺し合いなどをしたりしない。

竹田さんにとってもそれは同じだ。
流人君が危うかった時期の竹田さんなら、まだ暴走する危険があった。
けれど、今の竹田千愛は、『櫻井流人とずっと共に生きて行く』ことを決めている。
その決意は固い。彼女もまた、自分か流人君か、どちらかしか生き残れない結末は拒否するだろう。

そして、琴吹さん。
彼女もまた、死なせたくない人だ。
恩人であり、ぼくが一番苦しかった時に支えてくれた人。
けれど、恋愛感情で答えてあげることができなかった人。
その一点で、ぼくは彼女と同じ道を歩けない。
要するに、合わせる顔がない。
もちろん、こんな状況で『顔を合わせづらいから』なんて理由で知り合いを放置するなど、愚かにもほどがある。

けれど……ぼくは遠子先輩が一番大事だけれど、それでも琴吹さんに死んでほしくない。
そう言ったら、彼女は怒るだろうか。
きっと怒るだろう。
だから、遠子先輩と琴吹さん、二人を秤にかける時が来るとしたら、迷わず遠子先輩を優先しよう。
ぼくが彼女にしてあげられる配慮は、それぐらいしかない。

だから、当面は遠子先輩との合流を最優先して動くことにしよう。

その上で目的地を決めることにする。
そうなると、やっぱり、E-8エリアの図書館が怪しかった。

遠子先輩は、本と本がある場所をこよなく愛している。
たとえ町に核兵器が打ち込まれたとしても、図書館に籠って本と一緒に心中しかねないような人だ。
今が命がけのサバイバルだろうとそんなの関係なく、図書館を目指すだろう。
そして、遠子先輩の本好きは、ここに呼ばれた皆が知っている。
だから皆も先輩自身も、『図書館に向かえば合流できる』と見越している線が強い。

地図によると、ぼくのスタート地点はA-5エリアの東部だった。
ここからだと、図書館に向かうにはB-5の別荘地からのびた車道を通るのが最短になる。

そういうわけでぼくは、目立たないように気をつけながら、別荘地の建物に沿うように歩いていた。
豪奢な屋敷は、夏休みに訪れた、姫倉家の怪談屋敷を想像させる。
……そう言えば遠子先輩は、夜中に出歩くのを怖がるほどの怪談恐怖症だった。
『魔女の口づけ』というオカルトな単語から、いつもの妄想推理をして怖がっていないか、心配になる。



――あれ?



その違和感に気づけたのは、車道を目指して屋敷の敷地内に侵入したからだった。
何に使われているかも分からない大きな倉庫。
その扉の向こうに、小さな光源があった。
小さな入口のわずかな隙間から細い糸のような灯りが漏れている。

胸がどきりと高鳴った。

無人の別荘地で、ぽつんと点灯した灯り。
つまりこの中には、他の参加者がいる可能性が高いということだ。

正直、“他の誰か”と接触できることは、頼もしくもある。
しかし、その“誰か”が生き残れる一人を目指している――つまり、殺し合いに乗っていることだって大いにあるのだ。

それに、少なくともその“誰か”は遠子先輩ではないと思う。
この『実験』が始まってから、既に数十分が経過している。
遠子先輩は、いつまでも一か所に隠れているような性格じゃない。
この近辺からスタートしたなら、もう移動してしまっているだろう。
もちろん、怪我をして動けなくなっているという嫌な可能性もなくは無いけれど……。

遠子先輩を優先するなら、ここは見過ごした方が効率的なのかもしれない。
ここから“図書館”までは、かなり距離があるのだから。
何より、ぼく自身、人とのコミュニケーションがあまり得意ではない。
高校生活でそうしていたように、当たり障りのない会話ならば演じられるけれど、未知の参加者との接触は、正直なところ気が重い。



しかし、ぼくに『見過ごす』という選択肢はなかった。



ぼくは誓ったのだ。
もう、見ないふりはしないと。
どんな現実からも、目を逸らすことはしないと。
怠惰や臆病から気づかない振りをして、楽な道に流れることだけはしないと。

だから、たとえ荷が重いことだとしても、ぼくは目の前の人間を見捨てたくない。
ましてや、それが誰かの命を左右するというのなら。

だからぼくは、小さなドア一枚を隔てた、向こうにいる“誰か”に声をかけようと決めた。


しかし、声をかけるのはいいとして、……どう切り出せばいいんだろう。
ことは生きるか死ぬかの問題だ。
なるべく、相手を警戒させずに切り出さなければならない。


――すみません。そこに誰かいますか。
うん、これじゃ普通に警戒されるな。というか、怖がられるな。


――すみません。ぼくは怪しいものではありません。
う~ん。そんなことを言うと、逆に怪しく聞こえる。


「すみません……ぼくは聖条高校3年の井上心葉という者です。
ぼくは人を殺すつもりなんかありません。
もし信用できないようでしたら、その中にいてもらって構いません。
このままでいいので、お話だけでもさせてもらえませんか?」
結局、こんな風に言った。

意外なことに、食いつくような即答が返ってきた。

「イノウエコノハさん、ですか?」

はきはきした感じの、女の子の声だ。

「え、はい、そうですけど」

驚きつつも肯定すると、倉庫の中であわただしい気配が動く。

「あなたがあの“井上心葉”さん!?」

いちオクターブはね上がる、叫び声。
同時に、バン、と勢いよく開かれたドア。

その無防備さと意味不明な言葉に、ぼくもあっけにとられて彼女を凝視する。

メガネをかけた髪の長い女の子だった。
その長さは腰まで届くほど。結ぶこともピンでとめることもせずに無造作に伸ばしている。
あまり身なりに気を使うタイプではなさそうだ。
でも、垂れ目がちの大きな瞳と丸いメガネが、知的そうな印象を与えるのか、あまりやぼったい感じはしない。
どこかの高校の制服らしき、赤いネクタイのセーラー服に、ぼくらと似た境遇かもしれないと少し安心する。

そして、その大きな瞳は、どういうわけかキラキラと輝いていた。
まるで、とびきりの宝物を見つけたと言わんばかりに。
どういうわけか、初めて会うはずの名前を知られていて、しかも期待するようにキラキラと見つめられていたのだった。




さて、どうして田村ひよりが、井上心葉の存在を知ったのか。


それは、彼女が倉庫の中で、一人震えていた理由に起因する。


そう、確かに彼女は震えていた。しかし、恐怖からではない。
その心の中には、色々な感情が渦巻いていた。ただし、混乱やパニックではない。


井上心葉がその場を訪れるまで、彼女は驚くほど明るい顔をしていた。
少なくとも『最後の一人しか生き残れないぞ』と先ほど宣告されたにしては、あり得ない表情をしていた。



――とても幸せそうにうっとりしていたのだ。



その手に、一冊の本を持って。

「『僕は君の幸福を祈っているよ』……この台詞が泣かせるなぁ。
こんな切ないシチュエーション、大手サークルの名作だってなかなかお目にかかれないっすよ。
やっぱ文学作品だからって敬遠してちゃいけないよねー.
太宰治だって、吉屋信子だって、そういうのを描いてるって言うし。」

ぶつぶつとこぼれ出る独りごと。
その両手には、ワープロ打ちの原稿用紙をホチキスで止めただけの、簡単な冊子。
本を、熟読していたのだ。
それも、高校演劇の脚本を。
もちろん、ワイン倉庫に脚本などが落ちているはずもなく、当然にそれは彼女の支給品だったのだが。

「それにしても素晴らしきはこの脚本を描いた人のセンス!
ト書きのアクションと台詞配分のバランス! 淡々としたナレーションの語り口!
並々ならぬ才能を感じるっス!」

賞賛の言葉は、脚本から見出された“萌え”にはとどまらず、それを描いた執筆者へと向かう。
それは、決して過大評価ではない。
そして、根拠のない評価でもない。

田村ひよりは、“伝説の少女A”こと泉こなたも、一目おくほどの筋金入りオタクであった。
そして、生粋の“腐女子”であった。
アマチュアなりに数多くの作品を批評し、同人誌の取捨選択をした経験があり、“ハズレ本をつかまない”という審美眼を磨いてきたのだ。
それゆえに、台本に書かれた“井上心葉”という脚本担当の名前にも、一創作者としてリスペクトの眼を向けていた。

「絶対にこの脚本を描いた人はすごく創作経験がある! 間違いない!
オリジナルで何か描かせたら絶対に完売するよ。っていうか、文芸部員だから描いてるはずだよね。読んでみたいなー。
……ああ、でも上手いからといって、こっちの世界の人とは限らないんだよなー……惜しいなぁ」

脚本を胸に抱きしめ、とても崇高な表情で満足する。
いわゆる賢者タイムというやつだ。

(イノウエコノハさんかー。どんな人だろう。
文芸部で上演した演劇ってことは、きっと脚本を描いた人も、何かの配役で出てるよね。
配役の数が少ない演劇だし、規模の小さそうな劇だし。
誰の役をやってたのかなぁ……あたし的に、野島くんのイメージが似合うんだよなー
……だってこの劇、野島が語り部ってことになってるし。
……だとしたら、やっぱ井上さんも“受け”のビジュアルなのかなぁ……野島がどう考えても受けだもんなー……。
野島が中世的な美青年って印象だし。大宮はどう考えても攻めだし。
……いや待てよ。井上さん野島のヘタレ攻めって説も――)

そしてとうとう、妄想の方向は彼女の専門領域である掛算の世界に。
賢者タイムはだらしなく崩れてゆき、ニヨニヨとしまらない笑顔があらわれる。

「……って、いかんいかん! 今はダメ! 何やってんだあたしは~っ!!」

しかし、いくら妄想力が旺盛とはいえ、彼女もまた常識ある一般女子高生である。
さすがに、この時ばかりは、我に返った。

「友達が危ないっていうのに会ったことない文芸部の人にまで妄想して……自重しろ。こんな時ぐらい自重しろ~……」

訪れたのは、強烈な揺り戻しの自己嫌悪。
両手を頭に当て、樽の上で文字どおり頭をかかえた。

「……自重して……自重するのはいいけど、これからどうしよう。
いきなり『実験を始める』とか『魔女のくちづけ』とか、今起こってることだって、たいがい信じられないしなぁ……。
こういう閉鎖空間モノも、題材としては面白いんだろうけど、実際に体験するとなるとねー……。」

溜息混じりに呟いた時だった。

「すみません……」

ハスキーな高い声が、ドアの向こうから聞こえた。
妄想の世界から帰って来たひよりにとっては完全な不意打ちであり、体は硬直して心臓は止まる。

しかし、である。
声の主はこう続けたのだ。

「ぼくは聖条高校3年の井上心葉です。人を殺すつもりなんかありません。
信用ができないようでしたら、その中にいてもらって構いません。
せめてお話だけでもさせてもらえませんか?」

なん……だと?




「じゃあ田村さんは、支給品でぼくのことを知ったと……」
「そういうことです。あたしあの『友情』に感動しまして、描いたひとに会いたいと思ってたところだったんですよ~。
そしたらとんでもない男の娘……ゲフンゲフン! 野島のイメージそのままな人が出て来たから、感動しまして」
「いや……あれは原作をそのまま写したような台本だから、そんな大したものじゃないよ」
「そんなことないっすよ! テンポの良く読めるように工夫するのだって、センスが要るんだから。あたしだっていつも……」
「いつも? 田村さんも文芸部に入ってるとか?」
「いや、あたしは……その、個人的に4コマ漫画とかを、ですね……」

田村さんは、顔を赤らめてもじもじした。
とても嬉しそうなのに、何故だか時々、とても歯切れが悪くなる。

「まぁ、それは置いとくとして。田村さんも友達を探してるんだよね。
今はそっちの話をしようか」
「はいっ。そうでした。え~と、あたしの知り合いは5人いるんですけど……」

田村さんは我に返ったように、どぎまぎと会話を始めた。

友好的で安全な人、なのだろう。
少なくとも、こんな殺し合いで平然としているだけ、ずいぶんすごいことだと思える。
ちょっと能天気というか、話がそれることはあるけれど、とても殺人などを考えているようには見えなかった。
ちゃんとした協力関係を築けそうな人だ。

それに、ぼくの描いた脚本で感動してくれたというのは嬉しいことなのだが
……それにしても、興奮しすぎじゃないだろうか。


そのうっとりした表情はまるで、ぼくが描いた三題噺(デザート)を期待して待つときの、遠子先輩に似ていた。
遠子先輩が、極上のオカズを眼の前にした時のような……失礼、誤解を招く言い方になった。
遠子先輩が、極上のオヤツを眼の前にした時のような、輝きっぷりだった。


まぁ、いいか。
本好きな遠子先輩のように、本や漫画を読むことが大好きな人なのだと、ぼくはそう納得した。


【B-5/別荘地の倉庫/一日目 深夜】

【井上心葉@〝文学少女〟シリーズ】
[状態]健康、ちょっと引いてる
[装備]聖条高校の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品1~3(確認済み)
[思考]基本:知り合いと共に生還する
1・田村ひよりと情報交換。
2・知り合いを探し、守る。天野遠子を最優先。
※天野遠子の卒業後からの参戦です

【田村ひより@らき☆すた】
[状態]健康、男の娘を発見したことによる興奮状態
[装備]陵桜高校の制服
[道具]基本支給品一式、聖条学園文学部の演劇台本@〝文学少女〟シリーズ
不明支給品0~2(確認済み)
[思考]基本:殺し合いはしない
1・井上先輩と情報交換。
2・知り合いを見つけたい。
※井上心葉をリスペクトしました。

【聖条学園文学部の演劇台本@〝文学少女〟シリーズ】
文化祭で上演した演劇『友情(武者小路実篤)』の為に、井上心葉が書き下ろした脚本。
いちいち天野遠子の推敲が入っているので、高校演劇の脚本としてはかなりレベルが高いと思われる。
脚本家を描いた井上心葉は、当日にきゅうきょ代役で主人公の野島を熱演して一部の腐った女子生徒から大好評を得た。


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最終更新:2011年12月24日 00:45
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