A-7エリア。頭を吹き飛ばされた女の死体を、『彼』は見下ろしていた。
その顔色は死体を直視しているとは思えないほど平坦だ。
眉を顰めることさえなく、ただ黙って無惨な死体を見下ろしている。
この女を殺したのは彼ではない。彼は先ほどとある男と戦い、まあ全く以て『いつもの通り』に事実上敗北した。それから意気消沈することなく、バトルロワイアルの会場を探索していたのだ。『過負荷』の彼にとって、負け続けてきた彼にとっては敗北など些末なことだ。
そんなこんなで彷徨いていると、この死体を発見した。
過負荷の彼といえどバトルロワイアルの犠牲者の死体は珍しい。
深い考えなどは特にないまま、彼は死体を見下ろしている。
『なるほど。このバトルロワイアルに乗り気なのは僕だけじゃないのか』
彼―――球磨川禊は、笑顔を見せてそう呟いた。
皆殺し。それが彼の掲げたバトルロワイアルにおけるスタンスだ。
主催側にとある人物が居ると予想し、勝てる筈がないから乗った。
しかし彼の中でこれは違うのではないか、という波もまた生じている。
球磨川禊は過負荷だ。どんな状況でもへらへら笑う、負の属性を持つ。
その自分がバトルロワイアルを制す?
有り得ない、と球磨川禊は断じた。
彼も自らが致命的な敗北気質であると自負している。
球磨川禊がこのバトルロワイアルにて『勝利』など勝ち取れるはずがないのだ。精々悪役に徹して多くの死体を不意討ちで積み上げて、最期は惨めで無様に息絶えるのがオチといったところだろう。余りにも過負荷な終わりで、彼の戦いは幕を閉じる。
それはさながら人気不振の打ち切り漫画のように、漠然としない。
『あーっ!!しまった、この僕としたことが忘れていたよ!』
しかし球磨川は、とある事実を思い出して自らのスタンスを一転させる。
ふと、何気なく思い出した『それ』は彼の迷いを断つ決定打になった。
『未成年で殺人を犯したら、罪が軽くなって損しちゃうんだった』
罪が軽くなって損する。
この意味を理解できるものなどそうは居ないし、居なくて正しい。
『過負荷』と称される人間にとっては一般常識。
負けて負けて負けて負けて負けて、負け続けてきた彼らの歪んだ常識だ。
さて。唐突に何の脈絡もなく不殺の意志を固めた球磨川禊だったわけだが、彼ほどの過負荷が素直に愛と希望の対主催になるかと言われれば答えはNOだった。
過負荷(マイナス)を変える。
マイナスをプラスにするためには、過負荷(マイナス)の値を上回るだけの幸福(プラス)で上書きする必要がある。しかも彼は球磨川禊。『-13組』の元締めであり、どこまでも負け続けている男である。
彼を変えられるだけの幸福など、世界には片手の指程度しか居ない。
下手をすれば更に少ない。
球磨川はある意味では人殺しよりも過負荷なスタンスへと転向した。
絶対に勝てない、しかし負け戦なら百戦錬磨の彼だからこその。
観察者。
バトルロワイアルを中立の立場から観察し、絶望と不幸を振り撒く。
希望と幸福を螺子伏せ、物語をより過負荷の方向に向かわせる。
常人から見れば『正気の沙汰とは思えない』狂気の沙汰だったろう。
狂気の沙汰ほど面白い―――などとは言わない。彼はただ、ありのままの自分で居ようとしているだけに過ぎないのだ。『球磨川禊』という列車を平常通り運行するだけ。
そして彼は歩く。新たなる新鮮な絶望と不幸を求めて。
その口元は、笑顔を作っていた。
□
パァン。
キィィン。
まず破裂音がして。
次に金属音がした。
あれ?と球磨川は呟いた直後、自分が狙撃されたのだと気付く。
『大嘘憑き(オールフィクション)』。
全てを虚構にする過負荷。それがある限り球磨川は死なない。
だが、主催側によってその力に規制が掛かっている今、素直に今の偶然は球磨川にとっては珍しく幸運だった。まさか背後の『気配』に向けて投げつけた螺子が上手く弾丸に衝突するとは思ってもいなかった。
背後から驚きの声がする。両手に大螺子を持って振り向く。
少し離れた箇所に立っているのは緑髪の少女。手には黒光りするモノ。
S&W M19を球磨川に再び向けていた。
「……………死ねッ!!」
『それは困るなあ。だって僕は死にたくないからね』
しかし幾ら襲撃者が銃火器に多少の心得があったとしても、S&W M19はリボルバー拳銃だ。動く標的を捉えるのはなかなかに難しいし、機関銃などとは勝手も違う。運良く当てられたとしても、一撃で相手を仕留められるかは分からない。それに、相手が相手だ。
相手は巨大な過負荷。一撃の被弾など苦痛の内に入らないだろう。
緑髪の少女、園崎詩音。
彼女の
殺し合いに乗った理由は想い人・北条悟史の為。
既に彼女の思考回路は正常なものでは無くなっている。風土病・雛見沢症候群により錯乱し、疑心暗鬼に捕らわれ、殺人さえ犯す狂乱者となっているのだ。
もはや詩音に躊躇いなどは存在していない。
理性という名の鎖から放たれた獣にも等しかったろう。
だが、何にせよ。
園崎詩音という不幸な少女は、どこまでも『運が悪かった』。
最初に最悪クラスの過負荷に出会ってしまったことが、悪かった。
詩音の右腕が地に縫い止められた。
ぎゃあああああ、という醜い悲鳴をあげたが、球磨川の顔色は変わらない。
球磨川には園崎詩音をどうこうする気はなかった。
ただ、聞きたかった。この狂った少女が、何故殺し合いに乗るかを。
『ねえねえ。君、この殺し合いにどうして乗り気なの?』
返事はない。
詩音は鬼の形相で球磨川の顔を睨みつけている。
彼女には今、疑心暗鬼による激しい憎悪の他に、もう一つ感情がある。
詩音からすれば初対面の名前も知らない少年。そんな初めて会った少年に腕を刺されて、恐怖でも怒りでもなく彼をただ純粋に『気持ち悪い』と思った。
殺したい。この気持ち悪さを払拭する為にも、殺したい……!!
詩音は片腕から血が噴き出すのも厭わずに球磨川の首に手をかけた。
無理に体を起こしたせいで右腕がかなり痛む。出血する。
かけた腕に力を込めた。が、彼の顔色はちっとも変わらない。
そして彼は詩音の腹に勢いよく大螺子を突き刺した。
耳をつんざくような絶叫が響き、詩音の股間から黄金の液体が染み出す。
痛みのあまり彼女は失禁していた。
だが。腹を押さえた手には血など付着していない。
有り得ない。確かに腹を破り、下手をすれば貫通していた筈だ。
気が付けば、右腕の拘束も解けていた。
螺子は消え、またしても詩音の傷口は綺麗さっぱり消えている。
安堵などではなく恐怖が詩音を支配した。
目の前の少年の得体の知れない力を、狂乱状態にありながらも恐れた。
そして、思い当たった。
この少年の得体の知れない力でなら、可能だと。
北条悟史を生き返らせることが可能だと。
詩音は主催者の言葉を信じていなかった。
どんな願いも叶えられる。そんな世迷い言を信じるほど彼女は幼くない。
だが、自らの―――北条悟史の為の復讐の完遂を求め、殺し合いに乗った。
しかし、この力があれば出来るかも知れない。
悟史を生き返らせ、復讐も必要ない未来に、至れるかも知れない―――。
詩音は瞬時に冷静さを取り戻した。
狂乱しながらも、彼女は可能性を追求するために平静になる。
「………答えますから、こっちも一つ聞かせて下さい」
『ん?いいよ。尤も僕が答えることなんて大した物じゃないし嘘を吐くかもしれないし出鱈目かもしれない。それでもいいかな?』
「それは私が決めることです―――では。私の優勝する理由は、復讐です」
詩音はついさっきまで恐怖していた球磨川に全てを話し始めた。
一切の脚色も捏造もない、『園崎詩音』の真実を、語った。
一切の茶々を入れることなく球磨川は黙ってそれを聞く。
そして理解する。園崎詩音がどんな人生を歩んできたどんな人間かを。
彼女の話は、長い。そして、苦い。
■
全ての話が終わった。
最後の記憶、古手梨花を殺害したところまで話し終えた。
詩音は同時に驚愕した。あれほど人に嫌悪を与える少年の目からはとめどなく涙が溢れ、また嬉しそうに彼は突然詩音の肩に手を乗せて話し始めたのだ。
『ああ、なんて良い話だ。詩音ちゃん!君は間違いなく過負荷だよ!良かった、まさかこんなところで仲間に出会えるとは思わなかったよ!何でも聞くといい、僕が答えてあげよう』
「じゃ、じゃあ。―――貴方のその変な力、死をなかったことにできますか?」
『お茶の子歳々だね』
即答だった。
そしてこの瞬間、園崎詩音のバトルロワイアルは。
第二ラウンドに移行する。
「なら、私が優勝します。主催の制限とやらが切れたら、その力で生き返って下さい。そして、悟史くんの死を『なかったこと』にして下さい」
支離滅裂な話だった。
しかし仕方無い。今の彼女はL4と呼ばれる状態。
既に正常な思考など不可能なほどに、壊れてしまっているのだ。
球磨川はそれを聞き、頷く。
理解していながらも、それが不可能と理解しながらも、笑顔で。
球磨川禊は過負荷だ。
園崎詩音が過負荷だったとしても、到底及ばないだけの過負荷。
彼は観察する。
園崎詩音の末路を、その課程の絶望も不幸も観察する。
『自己紹介が遅れたね、僕は球磨川禊。世界最悪(笑)の男さ!』
球磨川禊の笑顔の裏を、詩音は知らない。
秘めたる嘘と偽装に気付かないまま、物語は進んでいく――――。
【深夜/A-7】
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]健康
[所持品]不明支給品
[思考・行動]
0:皆に絶望と不幸を振り撒き、それを観察する
1:詩音ちゃんを観察しよう
2:損した気分になるから殺し合いはしない。
※園崎詩音の過去・復讐の話を聞きました
【園崎詩音@ひぐらしのなく頃に】
[状態]精神汚染(大)、L4
[所持品]S&W M19@現実
[思考・行動]
0:禊さんと協力して優勝し、悟史くんの死をなかったことにしてもらう
1:知り合いにも容赦しない。
2:古手梨花は再度必ず、惨たらしく殺害する
※『目明し編』、沙都子を殺害する前からの参加です
※『大嘘憑き』について誤認しています
※雛見沢症候群L4状態。進行も考えられます
最終更新:2011年12月12日 14:14