簡素な、何処にでもありそうな教会。
突然の覚醒。状況が理解できない哀れな『駒』は慌てふためく。
『駒』の数は54、人間から人外まで、様々な種類を。
準備は整った―――悪夢の幕開け。
壇上に躍り出る、黒い神父。
そして、物語が始まる。
◇◆
間桐雁夜の意識が静かに覚醒した。何時も通りの頭痛が、頭を苛む。
教会の中には数十人の人間が居るようだ。さて、これはどういったことだ――――、と、覚醒したばかりの頭を必死に巡らせる。
雁夜が体内に抱え込むとある『モノ』は変わらずに雁夜の肉体を激痛という形で痛めつけていたが、すっかり人間離れした風貌の雁夜の姿に注目している人間が居ないということが、これが只ならぬ事態だと暗に告げていた。
ざわめきが起こっている。どうやらここは教会のようだ。
壇上に立つ神父服の人物に向け、人々は怒号やら文句やらを好き勝手に吐き散らす。
しかし彼らもまた、『状況を理解していない』雁夜と同じなのだろう。
(何だ……?俺は……確か、時臣のヤツに………)
そうだ。間桐雁夜が此処で無傷でいることがまず不可解極まりない。
自分は確かに因縁の男・遠坂時臣との決闘に敗れ、全身を炎で焼かれたはずだった。
しかし今の雁夜の体には火傷の痕はない。
あるのは体内の『蟲』たちに食い荒らされた痕のみだ。
この事態を仕組んだ何者かが、治癒魔術の類で回復させたというのだろうか。
彼はつい先刻まで命懸けの『戦争』に身を投じていた。
とある少女を助ける為に、文字通り命を削って戦ってきた。
自らの相棒となっていた『狂戦士』と、この世の常識というものを完全に無視した『サーヴァント』共とたった一つ、万能の願望器『聖杯』を巡った命の奪い合いをしてきたのだ。
しかしここに居る人間たちには、明らかに魔術というものに縁が無さそうな人間も多い。
老若男女を問わずに集めた人間たちだと雁夜は考えた。
明らかに幼い者も居れば、相当な年配の者も居る。とても戦えるとは思えない者から、絶対に敵に回してはいけないという威圧感に近いものを感じさせるような者も。
残念ながら、彼の『バーサーカー』はそこに居ないようだ。
どんな意図を持って集められた面子なのか―――理解が出来ない。
ただ一つ、これは聖杯戦争とは全く毛色の異なるが『ろくでもない事』だとは本能が第六感に近い何かで理解していた。
「静粛にせよ―――魔王の眼前であるぞ」
神父が横に逸れて、新たに壇上に現れた鎧武者。
その姿を見た瞬間、間桐雁夜は背筋に得体の知れない何かが這い回るような悪寒が走るのを確かに感じた。体内の蟲が暴れる。激痛が走るが、壇上の鎧武者から目を逸らしてはいけない気がした。
時代錯誤な風貌、しかしそれは人間の根本に存在する『畏怖』という感情を余りにも刺激した。
武者が現れた瞬間、ざわめいていた参加者はすぐに言葉を消した。
魔王――――そんな単語が、まさに彼を形容するには相応しい。
武者は愉快そうな笑みを浮かべると、神父の方をちらり、と見た。
「綺礼よ………これはまた、随分と愉しめそうであるなァ」
「信長。言っておくが貴様の贄ではないぞ」
綺礼と呼ばれた神父は物怖じする様子も見せず魔王に返答する。
綺礼は雁夜たちに向き直ると、一言言った。
「喜べ。君達の願いは本日ようやく叶う」
その神父の発した言葉から、雁夜はこの神父が何者かをある程度看破した。
聖杯戦争の管理者『聖堂教会』の、人間―――――!!
神父服は彼に似合っていて。
瞳の光彩は濁り、どこか酷薄な印象を与える。
外からは分からないが、鍛え抜かれたその屈強な肉体。
第四次聖杯戦争、アサシンのサーヴァントを従えていた男。
――――――――――――――――――――――『代行者』言峰綺礼。
「綺礼!アンタ、何を考えてんのよ!?」
幼い叫び声。それを聞き、綺礼は満足気に口元を歪める。
彼女にとっては、その人物はよく知る人間だった。
そして雁夜にとっては、声をあげた少女がこの場に居たことが最大の誤算だった。
少女の名前は遠坂凛。雁夜の宿敵・時臣の娘だ。
彼女が傷つけられることを、雁夜は望まない。
そして凛にとっての言峰綺礼は、良い印象を受ける人物ではなかった。
『お父様・遠坂時臣』の弟子で、聖杯戦争における父の協力者。しかし凛はどうにも綺礼は胡散臭い印象が先だって好きになることが出来なかった。
若くして異端狩りのエキスパート『代行者』となり、八極拳を達人の域まで極めた、肉体を極限まで苛め抜き、その果てに人間を超えるほどの力を得た文字通りの『怪物』。
そして、凛は知らないが近い未来彼女の尊敬する父を殺害する人物。
人格の破綻した異常者。
「いきなり願いなどと言われても理解が追い付かないだろう。ここで少し説明をさせて貰うことにする―――二度とは言わん。心して聞くんだな」
ざわめきは起こらない。
皆薄々気付いているのだろう。この男が、自分たちの命運を握っているのだと。
故に、静かな教会に言峰綺礼の言葉はよく響いた。
「之より君達54名には、たった一つの願望器を巡ってとある『戦い』をして貰う」
雁夜は理解した。『戦い』が何を意味するかを。
最悪の、戦いを。
これなら、魔術回路の有無も才能も、関係ない。
しかし、切に願う。この予想が、外れて欲しいと―――――――。
「君達が行う『戦い』とは」
「―――他人を蹴落として最後の一人になる、ということだ」
ざわめきが、起きた。悲鳴や泣き声も混じり、教会の静寂は消え去る。
最後の一人になるまで戦え。
他人を蹴落として。
「会場は用意してある。そこで、戦ってもらう」
もう、確実になった。
この神父と魔王が自分たちにさせようとすること。それは。
それは――
殺し合い。
「殺し合いにおいて反則はない。しかし、余りにも――――」
「――――――そこまでだよ、綺礼」
雁夜の憎き宿敵が、綺礼の言葉を遮った。
「残念だが今の君は只の害悪だ。師としては見過ごせない」
時臣は魔術を使用する体勢に入る。
真っ向から戦えば、時臣に綺礼が勝てる確率は低くない。
しかし綺礼はかつての師を見て、また口元を歪めた。
「そうですか―――ならば師よ、貴方は戦いを放棄すると」
炎が渦を巻く。遠坂時臣の魔術が行使される。
悔しいが雁夜も、時臣がどれほどの魔術師かは理解していた。
遠坂家の宝石魔術は、生半可な魔術師では避けられない。
言峰綺礼は動かない。
第四次聖杯戦争優勝候補の魔術師、遠坂時臣。
聖杯を求める過程で、卑怯な戦略を用いることもあった。
しかし、魔術師としてではなく一人の人間として、父親として、言峰綺礼の狼藉を見過ごすことは断じて出来なかった。
「悪いが容赦はしない」
時臣の炎がうねり、綺礼の元に進んでいく。
「そうですか―――では、お別れですね、我が師よ」
雁夜は今になってようやく気付いた。
違和感など一切なく、首に巻きついていた鋼鉄の首輪を―――。
ボォンッ!!と、爆発音。
遠坂時臣の首が、弾け飛んだ。
間桐雁夜の追い求めた宿敵は、余りにも呆気なく、死んだ。
「お父様ぁぁぁぁぁあああああああああっ!!」
泣き声が、響いていた。
時臣を誰より慕っていた少女が、動かない亡骸に縋り付いている。
違和感がなかった。魔術か―――と、雁夜は歯噛みする。
そして、凛に駆け寄った。
自分の変わり果てた顔を見ても驚かないほどに、凛の心は壊れていた。
「凛ちゃん―――、大丈夫だ。おじさんが、守ってあげるから」
「う……っく、ひっぐ……カリヤ、おじさん………?」
「間桐雁夜か――君の判断は正しいよ。つい、凛の首まで吹き飛ばしてしまうかもしれなかったからな」
狂ってる、と誰かが言った。
「君達の首に巻きつけてある『それ』は、爆弾だ。つい先刻までは、反逆者が出るのを待つために感触というものを消させて貰っていたがな。
起爆条件は二つだ。我々の指定した『エリア』から出ること。そして、もう一つは――――――、」
雁夜は凛を抱き寄せたまま、綺礼の言葉を聞いた。
今では首にしっかりと感触がある。鉄の、冷たい質感が。
人々は皆自分の首を触り、そして青ざめた。
「儀式の進行を妨げると見なされた場合――――だ」
自分に逆らうな、と告げているという訳か。
「さて――六時間毎に、死者と『禁止エリア』を告げる放送を行う。
『禁止エリア』に指定された場所に侵入した場合も、首輪が爆発することになる。
24時間の間死者が出なかった場合は、全員の首輪を起爆する」
つまり、誰も殺し合いをしなければ全員が死ぬ、ということ。
実に厄介だ―――と、雁夜は再び歯噛みした。
「そうだな、この面子の中には『自分はこんなものでは死なない』というだけの力を持つものも確かに居る。
しかしこの首輪が爆発すれば、例外なくそれらも死ぬ。
儀式の中で力の格差が大きくなってしまうのでな、あまりにも強力な『能力』には制限を科させて貰った」
(そうか……じゃあ、たとえ英霊といえどこの首輪からは逃れられないと)
「そして、見事生き残った優勝者には『万能の願望器』を以て願望を叶える権利を与える。
不老不死、叶わぬ想いの成就、復讐、富に名誉――死者の蘇生、果てにはこの世から一切の争い事を消し去ることだって可能だ。
無論、この『儀式』をなかったことにすることも不可能ではない」
人々の中で、顔色を変えた者たちもいる。
余りにこれは――――魅力的過ぎる条件だ。
殺し尽くしたところで、正しい者に聖杯が渡れば何も問題はない。
「そうだ―――紹介が遅れたな。私は言峰綺礼という。こちらは私の協力者にして武器にも等しい男、第六天魔王織田信長。協力者はあと二人ほど居るが、まあそれは知らずとも良い」
織田――――信長だって?
間桐雁夜は眉を顰めた。
織田信長――――戦国乱世の魔王、いわば『戦国武将』。
同じ疑問を持った者も居たようだが、答えが出されることはなかった。
あれは―――サーヴァントのようなものだ、と雁夜は自己解決する。
「ではそろそろ始めよう」
視界が眩む。
絶対に離さないように凛の小さな体を強く、抱き寄せて――――
「さあ踊れ。自らの願望の為に、精々足掻くがいい――――!!」
◆◇
誰も居なくなった教会で、言峰綺礼は小さく微笑む。
「どうだ信長――今宵の宴は」
「実に醜悪よ―――だからこそ、この余の寵愛に値する」
悪が、揺らめく。
【遠坂時臣@Fate/Zero 死亡】
【儀式開始】
最終更新:2011年12月22日 13:51