「う……んん……」
――朝、か? ……随分と長く寝ていたような気がするな。早く起きて鬼太郎の朝飯を作ってやらなくては。
深い微睡みの底から、意識が急速に滑翔してゆく。
――その異常は視覚に現れた。靄のかかった視界が徐々に開けてゆくにつれ、普段見慣れている天井がそこにはないことに僕は気付いたのだ。
青白い光彩を放つ二本の蛍光灯が、いくつかに渡って連なっている天井。
ぼんやりとしながら首を少し左に傾けると、壁の上半分を覆いつくす、くすんだ緑色のカーテンがあり、更に左へ視界を落とすと、何人もの人間が、床に敷き詰められるようにして倒れていた。
――なに?
「…………な、なんっ……うわぁっ!!!?」
訳の判らぬまま飛び起きた僕は、更なる異様な光景に驚愕する。
思っていた以上に広い室内――どうやらその中枢部にいるらしい僕の周りには、老若男女問わず、意識を失った人々で溢れかえっていたのである。
中には異国の者らしき容貌の者もいる。
犬や犬を模した銅像、更には桃色の紙コップを逆さまにしたような不気味な物体まである始末だ。
「い、いったい何なんだ、これは……?」
「うぅん……うっせえな~、静かにしろよ兄貴ぃ……」
反射的に身構え振り返る。しかし、何のこともなかった。ただ幼い子供がもそもそと起き上がろうとしていただけのことである。
――落ち着け、とりあえず落ち着くんだ。
前にも同じくらい……いや、これ以上の恐怖を体験したばかりじゃないか。これくらい、恐るるに足りない。
僕は、すうぅ、と一回だけ深呼吸し、目の前で眠そうに両目を擦る子供に「大丈夫かい?」と尋ねた。
「ん、大丈夫……って、オッサンだれ!?」
「僕は水木……会社員だ。ところで、本当に大丈夫かい? どこか怪我は?」
「大丈夫だって。それよりおっさ…………っおぉ、なんだこいつらー!?」
そこでようやく周囲の異常に彼――いや、彼女か?――は気付いたようだ。
「どうなってんだよ、また誘拐されたのか!? いつの間に!? 昨日はたしか、ゴキブリ潰そうとしてまたテレビ壊したガーゴイルぶっ飛ばして寝たはずだよな、な!?」
いや、そんなこと訊かれてもわからない。
しかし誘拐……誘拐か。たしかに、この事態に陥った経緯を推測するに、その線が一番妥当だろうか。
「……きみ、名前は?」
「――ん? 双葉。吉永双葉だぜ」
「双葉くん「女だバカ!!」……双葉ちゃん、もしかしたらきみの知り合いも誘拐されてるかもしれない。ちょっと捜してみてくれないかい?」
「あっ、そうか……よし!」
彼女がいそいそと立ち上がるのと同時に、私もおもむろに腰を上げて、周囲に目を凝らす。
――今まで気にしていなかったが、どうやらここは映像資料室か何かのようだ。窓側を前方として右の壁に、いくつかの巨大なモニターが敷き詰められている。
それはそうと、右へ右へ、ぐるりとその場を回るように見渡すと、やはりというべきか、黄色いちゃんちゃんこを纏って眠りにつく少年の姿を、部屋の片隅に見つけることができた。
「あっ、兄貴にガーゴイル! それに百色と梨々まで! おーい、起きろ~!!」
彼女も知人を発見したようで、嬉しそうに声を掛けている。そして彼女のその大声に触発されたのか、床に沈んでいた多くの人間の身体が、意識の覚醒と共に起き上がり始めた。
あっという間に辺りは喧騒に包み込みこまれる。十にも満たなそうな子供など今にも泣き出してしまいそうだ。そういえば双葉ちゃんの姿が見えなくなったな。きっと兄や友人の下へ駆けつけていったのだろうが、大丈夫だろうか?
『おはよう。ぐっすり眠れたかな、みんな?』
その時、突如として何者かのくぐもった声が室内に響き渡った。同時に、壁のモニター画面に映像が流れ始める。
「っ!? ア、アノン!?」
そこ映っていたのは、紫色の長髪を無造作に垂れ流している少年の顔であった。
どうやら彼はアノンという名前らしい。彼を知っていると見られる、雑草のような髪の毛の少年が、声を荒げて叫んだ。
しかしそれを意に介すことなく、彼は屈託のない――だが何故か、背筋がゾッとするような冷たい微笑を浮かべながら口を開いた。
『まずは自己紹介からだね。僕の名前は……まあ今聞いたと思うけど、アノン。
地獄人……ていってもわからないか。とにかく人間とは違う生物なんだ』
地獄人……幽霊族と同じようなものか?
『突然こんな所で目が覚めて驚いているよね? ごめんごめん、実はきみたちに
殺し合いをしてもらいんだ』
……な、なんだって?
ざわ・・・ざわ・・・
再び喧騒に包み込まれる室内。しかし当然だろう。何が殺し合いだ。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
身の代金目的の集団誘拐と言われたほうがよっぽど真実味があるではないか。
『どんな手段を使ってでもいい。最後の1人になるまで殺し合うんだ。制限時間は3日……』
「何とぼけたことヌかしてんのよ、このクソガキ!!」
不意に、アノンの言葉を遮るように、疳高い女性の罵声が室内に轟く。
流石に僕も驚いて背後を振り向くと、そこには、青みがかった長髪を振り乱しながら、端正な顔を憤怒によって醜く歪ませている女性の姿があった。
「何が殺し合いよ、そんなくだらない話に付き合うと思ってる!? アタシはネルフの作戦部長よ。こんなことしてタダで済むと思ってんの!?」
『やれやれ、話はちゃんと最後ま「クソっ、開かない……ちょっと、さっさと解放しなさい、これは命令よ!」……まったく、しょうがない人だな』
群衆を掻き分けて出口へ向かった女性は、ヒステリックに喚き散らしながら扉を叩いたり蹴ったりしている。
馬鹿かあの人は? たしかに少年の言ってることはくだらない与太話だが、曲がりなりにも我々は人質という立場にいるんだぞ?
『……さて、もう気付いている人もいるかな? きみたちの首についているそれ』
首についてるそれ? 言われて僕は首に意識を向ける。
……何故僕は気が付かなかったんだろうか、僕を含め周囲の人間全てに紅い首輪が装着されているではないか。
『これはきみたちに殺し合いを強要させるための措置でね。それじゃあ改めてルールを説明するよ。その首輪はある禁止行動を行うと起爆する小型爆弾なんだ』
……ば、爆弾?
ざわ・・・ざわ・・・
『まず1つ目は無理やり首輪を外そうとすること。当然だね。
2つ目は禁止エリアに侵入すること――これについてはあとで詳しく説明するね。
3つ目は24時間以内に誰1人として死者が出なかった場合。まあ、念のためにね。
そして最後は僕に対して明らかに反逆の意志を示す言葉を「ボグチャッ!!」口すること……って、ああ、言ってるそばから仕方ないなぁ』
――何が起きたのか、しばらく理解出来なかった。
人は信じがたい出来事に直面すると、しばし現実を受け入れられず放心状態に陥るという。
見知らぬ女性の頭が吹き飛び、尚且つズタズタに引き裂かれた神経と血管が、頭蓋と胴体を繋ぐ役割を失った首から露わになり、鮮血が迸ったこの瞬間、まるで時が止まったような錯覚を覚えた。
そして恐怖は時間差でやってくる。
「ミ、ミサトさんが……ミサトさんが、そんな……こんなの嘘……嘘だ……」
あまりのショックに卒倒した白いカッターシャツの少年を皮切りに、恐怖と混乱がこの場を支配してゆく。
少年に習うように倒れだす者。
事態を未だ受け入れられず、呆然と立ち尽くす者。
うずくまり泣き出す者。
狂ってしまったのか不気味に笑い出す者。
アノンに怒りの視線を注ぐ者。
中には血溜まりに浮かぶ女の遺体を抱きかかえて涙ぐむ男もいた。
僕はといえば――非情かもしれないが、何も感じはしなかった。
最初のショックは大きかったものの、地獄を一度経験し生還した僕にとって、人の死はそこまで非日常的なものではなくなっていたからだ。
『黙れ』
………………。
『……素直で嬉しいよ。それと、さっきちょこっと話に出た禁止エリアのことを説明するにあたって、この殺し合いの舞台をまず教えてあげるね。
ここは絶海の孤島でね。まあ、1つの巨大な街と思ってくれて構わないよ。
島は合計88のエリアからなっていて、無人ながら、ライフラインとなる病院やレストランといった施設はもちろん、電話回線も島内部でのみだけど繋がっているんだ。
詳しくは支給品に含まれるマップを参照にね。
さて、禁止エリアについてだけど、きみたちはここからそれぞれ島のどこかへランダムに空間転移されて、そこから殺し合いを始めてもらうことになる。
その時に注意してもらいたいのがこの禁止エリアね。
6時間ごとに島のあちこちに設置されたスピーカーから、それまで死んだ参加者の名前と同時に、マップに対応する座標を3回放送する。それから30分経過すると、放送された座標のエリアは禁止エリアになるんだ。
禁止エリアになっちゃった場所に近づくと首輪から警告のアラームが鳴るんだけど、その時10秒以内にそこから離れないと、そこの女みたいになっちゃうから気を付けてね?』
はははは、と無邪気に笑うやつの言葉を遮る者は、最早誰一人としていなかった。
地獄人という名の通り、悪魔のような残酷さをひけらかした少年。妖怪や幽霊の類が恐怖の象徴だとすれば、こいつは狂気そのものを具現化したような化け物か。
『……みんなノリが悪いなぁ。ま、いいけどさ。
あ、それと支給品についてだけど、コンパス、時計、地図、ランタン、必要最低限の食料、ルールブック、参加者名簿、あとランダムアイテムが2、3個入ってるデイパックを空間転移と同時に渡すからね。
とりあえず大まかなルールに関しては以上。何か質問はある?』
「報酬は」
『ん?」
「報酬はないのか。まさか、我々に何のメリットもなく、ただただ不毛な殺し合いを強要させるとでも?」
そう言って前に進み出たのは、無精髭を生やし、濃いサングラスで瞳の表情を隠す、不気味な中年の男であった。
『そうだね……それもそうだ! よし、それじゃあ、きみたちのモチベーションを上げることも兼ねて、優勝者には何でも好きな願いを叶えてあげるよ』
……なん、だと?
ざわ・・・ざわ・・・
『巨万の富、未来永劫轟く名声、何者にも屈しない力、そして望むなら誰かの命を蘇らせることだって構わない。どうだい、素敵な優勝商品だろう?』
馬鹿な、そんな話、誰が信じると……いや、まてよ。現に僕は一度死んで蘇ったじゃないか。
だとすれば、こいつにも出来ないことは、ないのか?
彼の荒唐無稽な言葉に、先ほどとは違ったざわめきが皆の間に走る。
「……信じられんな」
『信じるも信じないもきみたちの勝手さ。どうせきみたちに拒否権はないんだし。さて、他には何かないかな?』
「……アノン、なんでこんなことするんだ!? なんで……なんでこんなひどいこと……」
『質問は殺し合いのことに関してのみお願いします、植木くん』
先ほどの知り合いであろう少年が涙ながらに訴えかけるも、表情一つ崩さず彼は質問を突っぱねた。もう無いのかと言いたげに、彼は視線を我々の間でキョロキョロと泳がせると、満足したような笑顔で「よし」と頷き、囁いた。
『それじゃあ殺し合い――バトルロワイヤルを始めようか、みんな』
【映像資料室/早朝】
【葛城ミサト@新世紀エヴァンゲリオン 死亡】
〔残り71名〕
最終更新:2008年08月26日 20:27