わたし――――柄部霊歌は殺人鬼である、と前置きしておく。
世間様には『辻斬りハロー』なんて訳の分からない、時代錯誤に挨拶を混ぜたもう滅茶苦茶にふざけきった仇名で呼ばれているけど、全く間違いはない。
というか辻斬りと呼ばれたのも無理のないことだ。
わたしの犯行は過程はどうあれ刃物での斬撃で行う。別に格好つけた意味合いはなく、ただ単に一番音を出さずに殺害出来る凶器は刃物だから、そこに尽きる。
だけどこの時代に辻斬りってワードはないよね。
『ハロー』っていうのは何となく分かるけど、繋げたのはナンセンス。
普段は普通のちょっと小さな高校生で通しているのに、あんな大仰な名前はない。
可愛いぬいぐるみが好きで、流行りのゲームくらいは嗜む普通の女の子。
テストが近付いてくると遊びに走って結局泣くことになる普通の女の子。
亡くした兄のことを想うとつい暴走しちゃう普通の女の子。
兄殺しの犯人を追って殺人を重ねる普通の女の子。
沖崎翔―――あの屑男をぶち殺したあいつを解体したいだけの、普通の。
沖崎はわたしのクラスメイトだった。
わたしが辻斬りを始めた時期に、逃げるように転校されてしまったけれど。
でも諦めない。
地球の果てまでだって追いかけて、必ずあいつを解(バラ)す。
兄を殺したあいつは、少なくとも五体満足で死なせてやるつもりはない。
指を寸断して手首足首を落とし四肢を落とし腹を裂き臓物(ハラワタ)を少しずつ潰し爪を剥ぎ耳と鼻を削ぎ口を裂き舌を切り、最後に頸動脈を斬る。
それでやっと、わたしは辻斬りを完遂できる。
わたしには兄がいた。
柄部霊貴(つかべ・りょうき)という、優しくて格好いい自慢の兄。
柄部霊歌は柄部霊貴が大好きで、まさにべったり依存した状態だった。
シスコン兄貴とブラコン妹ー、なんてよくあるラノベみたいな。
忘れもしない一年前の夕暮れ午後5時45分頃までは。
兄は斬られた。わたしをかばって、短刀で頸動脈を斬られて失血死。
無能な救急隊員が駆けつける前に、兄さんは呆気なく息絶えてしまった。
わたしは犯人を見た。間違いなく、サッカー部主将・沖崎翔の姿。
なのに証拠不十分で警察は動いてくれず、事件はそれから七度繰り返された。
許せなかった。
許せる訳がない。
大好きな兄を殺して尚、のうのうと生きているあの男が。
性的暴行を毎夜のように繰り返す屑が平然と生きている世界が許せない。
――――――だから。
わたしはこの世界を壊しました。
あいつを殺す為に。
あいつの生きている腐りきった世界への冒涜の為に。
何度も殺して。何度も逃げて。数え切れないほど人を斬った。
わたしは生まれながらに殺しの才能があったらしく、苦戦したことは一度もない。
真っ赤な部屋で刀を携え、世界に向けて言ってやるんです。
ざまーみろ、腐った世界め。
心を消すために何となく『ハロー』と口にしていたら、僅かな躊躇いもなくなった。
昼間は学校の優等生、ちなみに転勤族。
夜間は町の殺人鬼、時代錯誤の辻斬りハロー。
転勤は意外と楽だ。
兄の保険金と死んだ両親の遺産があれば、後は嘘を吐けばいい。
沖崎を殺す為になら金なんて惜しくないしねっ。
さて。
わたしこと柄部霊歌は、大変な目に遭っている。
沖崎の居場所は突き止めた。毎晩嬌声の響く性犯罪の坩堝の廃屋。
殺す手筈も整った。
刀の整備も怠っていないし、たった一振りで斬り殺せる。
でも、それは叶わないかもしれない。
余りにも過酷な運命が、今わたしの道を闇に閉ざしているのだから。
バトルロワイアルなんて最悪にトチ狂った闇が。
闇。世界のふざけた采配。
世界はやはり狂っている。こんな世界は殺す。
辻斬りハローは最後に世界を斬る。
参加者として呼ばれている沖崎翔を殺した後に、楓坂闇薙の首を刈る。
そして手にした世界を無茶苦茶にして、わたしは闇の中で死ぬのだ。
元より兄さんのいない世界など既にわたしのいるべき世界ではないのだから。
当然皆殺し。
殺し『合う』のではなくただ一方的に『殺す』だけ。
適当な刃物でいつもの通りに出会った人間を斬り殺して優勝を目指す。
そうだ、一つ忘れていた。
わたしが殺したくないと思ってしまうような人間が居たなら、困る。
たまにあるのだ。殺しに入った家で自殺志願者に行き遭ったり、家族を逃がすために体を張られたり。今までは何とかそういう人間たちも斬ってこられたが、そう上手くいくかは分からない。
わたしは家族を大切に想う、いわば『大黒柱』のような人間が苦手だ。
兄さんを嫌でも思い出させ、わたしの行為が間違っているように思えてくるから。
兄さんの代わりはいないし、わたしは何も間違っていないはず。
わたしの現実を浸食する『家族愛』が、わたしにとって最悪の敵。
殺されかねない。
家族の為に戦うような輩が相手なら、辻斬りが鈍る可能性もある。
殺意の海に生きる柄部霊歌。
そんなことは許されない。
今まで数え切れない数を殺した殺人鬼に殺意を捨てる権利はない。
あいつに辿り着くまで殺し続ける。
世界に冒涜の雨を降らせるまで滅ぼし続ける。
柄部霊歌が此処に告げる。
辻斬りハローは終わらない。
世界に冒涜の雨―――滅びが訪れるまでは終わらない。
恩師も友達も動物も植物も関係なく、殺し尽くして滅し尽くす。
生ぬるい家族愛には弱いけれど。
わたしの為に世界に殺された兄の為に。ありとあらゆるモノを斬る。
バトルロワイアルに勝利するところから、始めてみよう。
神になる。きっとそれがふざけきった世界への一番の冒涜になるから。
その果てにどんな終わりがあったって、構わない。
優雅に生きる貴族共を。
人々を導く聖職者共を。
貧乏に生きる貧民共を。
傍観するだけの民共を。
わたしの理由で、根こそぎに滅ぼしてやろうじゃないか。
□
いきなり、暗雲が立ちこめている。
空には美しすぎる満月が輝き、見惚れるような星空が広がっているが、少なくとも今のわたしにとっては皮肉以外の何物でもなかったといえる。
飛来する銀色は間違いなくそれを証明していた。
それはナイフ。調理用の殺しには向かない刃物。
でもそれが何本も刺されば、さすがに面倒な事になってしまう。
生憎此処は商店街、喫茶店の一つや二つあってもおかしくはない。
調理用ナイフの数はまだかなりあると見ていいだろう。
的確にわたしの喉元に飛来してくるナイフを自分の得物で落とし、呟く。
「はろー、はろー」
得物は西洋の短剣。斬れ味もそこそこあり、模型でないことは確かだ。
リーチが短いのはいただけないけど、そこは技術で補えば何も問題はない。
殺しの言葉は紡がれた。後は襲撃者を斬るだけ。
しかし、相手は間違いなく素人ではない。この投擲は達人といえるレベル。
速さこそ高くはないが、確実に急所を狙ってくるのは恐ろしい。
いや、これはどう考えたっておかしいな。
楓坂闇薙の言っていた『能力』というやつかもしれない。だとすればかなり厄介な能力者を相手にしていることになる。明らかな暗殺向きの、殺しの能力。
次のナイフも叩き落とし、続く投擲は避けて術者に迫っていく。
「ふむ」
感嘆の息を漏らして相手はわたしにナイフを投擲する。
叩くことは造作もないが、念には念を入れて避けておく。
速度まで変えてこられたりしたら目も当てられない。
「あはっ!!はろーっ!」
我ながら狂った声をあげて、得物を襲撃者の頭上で振り被る。
ああ、これは勝った。
たとえ相手が徒手空拳の達人だろうが、拳より早く頭を裂ける。
未だに能力とやらが何かわからない自分でも、能力者に勝てるんだ。
世界は気持ち悪いくらいに平等で――――――――。
停止した。
わたしの全てが停止して、お得意の冒涜論さえ止まってしまう。
だって。だって、あんなのは。
あれじゃあまるで。蘇ったみたいじゃないか。
あの顔つき。背の高い引き締まった肉体。少し悪い目つき。
「―――――兄さん」
直後。わたしは初めて、人殺しに失敗した。
■
「辻斬りハローが………まさかこんなに可愛らしい娘だったとは」
世の中分からないな、と青年・福沢正也は微笑しながら呟いた。
目の前には銀髪の少女、柄部霊歌が目を閉じて横たわっている。
殺してはいない。
あと数分もすれば意識が戻り、また血生臭い
殺し合いになるだろう。
鍛えた肉体と我流の武術が活きて、何とか辻斬りを一度は倒せた。
殺すのは楽だ。その細い首に腕を回せばあっさりとその命を断てる。
だが殺す気はなかった。
いや、彼には殺す理由がなかったから。
自殺志願者――――。
福沢正也は『家族愛』をこじらせて『自殺志願者』となった人間である。
事故に遭い、目覚める確率は限りなく零と宣告された妹・福沢沙耶。
血液系の難病を克服してから半月も経っていないのに。
彼は絶望した。
この世の不条理に。
死ぬしかない。
沙耶を殺して心中すれば、この世界から逃げられるから。
自らの不思議な能力。
『調理用ナイフを生み出し、確実な投擲を行う』。
それを用いて自らの眼球越しに脳髄を貫いて自害する寸前で、意識を失った。
バトルロワイアルで最初に辻斬りハローに出会えたのは幸運だと思った。確実に殺してくれるから。
けれど。何故か体は動いた。
肉体を守るために、防衛行動を行っていた。
「………俺は何だ。何がしたいんだ、俺は」
独りごちた時に、辻斬りが言った言葉を思い出す。
『兄さん』。沙耶の呼び方と同じ。妹―――――か。
自分の世界の中心であり、自分が生きていた理由であった少女。
世界に嫌われた、少女。
でも、沙耶のことを考えるのはそろそろお終いにしてしまおう。
もう終わりたい。この下らない世界と決別する為に。
手に、調理用ナイフを発現させる。
眼球の前に刃先を翳し、手付きを投擲するものに。
何も成し遂げなかった半端者への最大の罰として。
迷いは、とうに消えている。
視界には、銀色。
◇
「まったく何をやってるんですか兄さんっ!!兄さんが死んだらわたしはどうするんですか、兄さんのいない世界で生きていくなんて御免ですよきっと世界を壊しちゃいますよ!」
えーと。とりあえず『どうしてこうなった』と言っておくか。
俺、福沢正也は今、巷で話題のシリアルキラーに説教を食らっている。
死のうとした時に、手にしたナイフを両断されて。
しかもこの少女、何故か俺のことを兄だと勘違いしているようなのだ。
生憎俺に生き別れの妹が居たとかそんな隠し設定は一切ないはず。
沙耶が何らかの方法で意識を取り戻したとしても、姿が違いすぎる。
何処かゴスロリ調の服に身を包んでいるが、沙耶は派手な服装を好まない。清楚な、白色を基調とした服を揃えていた。いつか退院した日にはこの服を着てお外で遊びたいな、なんて言っていたが。それは結局たった二週間に終わった。
背が低くて色白なのは共通。だが雰囲気が違いすぎる。
こいつは辻斬り。あの怪物じみた身体能力をか弱い沙耶が持っている筈がない。
まあ何より髪だ。
沙耶は黒髪だった。
こいつは銀髪だ。
そういう風に見てみれば、沙耶の鏡写しに見えなくもない。
幼い顔立ちは似てる。改めて見れば髪さえ黒くすればかなり似てるな。
「えーと………霊歌、だったっけ?」
「そうですよ。妹の名前を忘れないで下さいっ、霊貴兄さん」
柄部霊貴。
俺はそんな名前のようだ。
しかし解せないな。今のこいつには、一切の力を感じない。
丸腰だからか?どうにも俺には、霊歌がさっきまでと違う人物に見えて仕方ない。
ブラザー・コンプレックス。
いや――――これは、もはや。
「………兄、さん……お願いですから、霊歌の前からもういなくならないでください………ゆめの中のわたしみたいに、なりたくないんです………」
うん、これまずいな。
夜道で女の子を泣かせてる不審者の構図が見事に完成してやがる。
しっかしなぁ………この娘の兄になったら、それは沙耶への裏切りだ。
霊歌は可愛い。沙耶をこの世で一番愛していた俺としても、つい気が移ろぎかねない。ましてや俺はこの際カミングアウトするが身内には変態なんだ。つまり妹には。
どうせ終わらせる命、最期にこの娘の仮の兄になるのも悪くはないけれど。
救いのない人生だったが―――最期に。
たとえ相手が幾多の屍を生んできた辻斬りだとしても。
俺の安い埃塗れのプライドなんざより背負っているものは重そうだ。
「そうだな、じゃあまず霊歌はどう動くつもりなんだ?」
「決まってるじゃないですか。兄さんとわたしが生き残るために他の参加者たちを殺していくんですよ、もちろんあの主催者もですっ」
当たり前です、と念を押された。
そうか――――乗るのか。
この娘は辻斬りハローだ、もはやそこには微塵の間違いもない。
自分も大概だが、柄部霊歌は間違いなく狂人といえるだろう。
人を殺すことに何の躊躇いも覚えない、生粋の殺人鬼。
だからこそいい。
狂った少女の駒として死ねるなら、それは何とも面白い終わり方だ。
故に、俺は。
命に代えても柄部霊歌を―――俺の義妹【いもうと】を、守り抜く。
「ああ、分かった。皆殺しだな心得たよ霊歌」
霊歌の華奢な体を抱き寄せる。
ひゃっ、という可愛らしい悲鳴。到底殺人鬼だなんて思えないな。
温かくて柔らかい体。綺麗な銀の髪が俺の腕にかかる。
頬を右手の人差し指で撫でると、沙耶のものより少し高い体温がよく感じられた。
傍から見れば変態。しかし俺にとっちゃこれが普通。
クラスでこの世で妹より可愛い人間はいないと発言し伝説になった男をなめるなよ。
顔はどうでもいい。
偶然にも沙耶も霊歌も可愛らしい顔立ちをしているけれど、たとえ不細工だったとしても俺の妹萌えが揺らぐことはありえない。いつだって俺の世界の中心は妹だ。
唇を重ねる。
先刻まで普通ならドン引きもののブラコンっぷりを見せていた少女と同一人物とは思えないほどに慌てふためく霊歌の姿を見て俺は萌え死にそうになる。
「むー!む――――っ、ぷはぁっ!?」
「ははっ、霊歌は可愛いなあ。ただのスキンシップじゃないか。」
「兄さんっ」
ぷーっ、と赤くなった頬を膨らませて睨む姿を見て、俺はまた唇を重ねた。
ああ―――――狂人同士、実に心地良い。
◆
狂い狂ったものがたり。
◆
【深夜/C-2商店街】
【柄部霊歌《刃物を持つと身体能力が向上する》】
《状態》健康、上機嫌
《所持品》基本支給品、西洋風の短剣
《思考・行動》
0:兄さんと生き残るために皆殺しにする。
1:兄さんっ♪
2:沖崎翔は必ず、惨たらしく殺す。
※福沢正也を兄・柄部霊貴と誤認しています
※記憶が混乱していますが、沖崎翔への憎悪と『辻斬りハロー』としての記憶は残っています。ただし後者は記憶はあれど理由は覚えていません
【福沢正也《調理用ナイフを発現させ的確に投擲できる》】
《状態》健康、上機嫌
《所持品》基本支給品、不明支給品
《思考・行動》
0:柄部霊貴として義妹(柄部霊歌)を生かす。
1:霊歌を愛でる。
2:霊歌の方針に従うが、全てが終わったら自害する
※柄部霊歌を《義妹》と認めました。
【柄部霊歌】
15歳、高校一年生。銀髪を腰まで伸ばしており瞳は紫色。
正体は巷を騒がせる連続殺人鬼・辻斬りハロー。兄・柄部霊貴の仇である沖崎翔を殺害するために凶行を重ねてきた。
刃物を持つと身体能力が向上する能力を有し、具体的に言えば飛来する刃物を視認してから叩き落とせるくらい。弾丸も視認してから避けることが出来るが、弾丸ほどになると失敗の方が多い。
【福沢正也】
19歳、大学一年生。黒髪で目付きが悪い長身の青年。
沙耶という妹の為に全てを捧げたが、沙耶の昏睡により自殺志願者に。
妹を愛しており、義妹実妹に関わらず溺愛する。
我流で拳法を修得しているため実は能力を使わなくとも戦える。肉弾戦でのスペックは恐らく参加者中最強クラス。
調理用ナイフを発現させ、狙った場所まで確実に投擲する能力を持つが威力は低いので狙うのは眼球か喉元に絞られる。
最終更新:2012年01月10日 10:04