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Lilium

この世界に、神はいるのか。
この世界に、救いはあるのか。
この世界は、歪んでいるのか。
不条理の三文字で納得できないことは、この世界に掃いて捨てるほどに存在する。



北川理央、と言う女子高生がいる。
彼女は頭も良く、運動神経にも優れなおかつ高身長、スタイルも良く人当たりも穏やかとまさに非のうちどころのない完璧な女子高生だった。
ただ、彼女には一つ常人と違う感性があった。

――同性愛。
それは、彼女を語る上で欠かす事の出来ない彼女の最大のアイデンティティーであった。
それも、好きになるのはただの女子ではない。
小さな女の子。
それこそが彼女の好みであった。
それもただ小さくて可愛いだけでは彼女は満足しない。
そこにプラスアルファされる『珍妙さ』こそが彼女のつぼであった。
そして実年齢が高い事。
この相反する二つの条件を満たす人間など、存在するのだろうか?
だが、その点に置いて北川は非常に幸運でもあった。
彼女の所属している興津高校2年A組の担任、鈴木みかはその北川の好みの全てをことごとく満たす、運命の存在と言っても過言ではない存在だった。
北川は――鈴木みかを深く愛していた。
はたから見たら異様に見えてしまうほどに、彼女の事を愛していたのだ。



そんな北川理央はただ、走っていた。
目から溢れる涙をぬぐおうともせずに、額に浮かぶ玉の汗をぬぐおうともせずにただひたすらに走っていた。
全身を縛り続ける緊張は疲労となって北川の身体を重くする。
だがそれでも北川は止まるわけにはいかなかった。
鼻に飛び込むは、先ほど遠くで起きた爆発の残り香だろうか。
それに混じって血の匂いが混じった戦場の匂い。
それは穏やかで平和だった日常にどっぷりつかっていた北川には未体験の感覚。
その猛々しさ、獰猛さに北川の肌が泡立つ。
脚を止めてしまえば、その恐怖は一瞬で北川を呑みこんでしまうだろう。
その恐怖から逃れるためには、ただ走り続けるしかない。

先程の惨劇――同行していた杉村弘樹を襲った、緑色の肌をした異形。
そして襲われた杉村も、その異形と同じように緑色の肌になり、理性が消えうせた。
杉村の割れた緑色の肌から溢れてきた液体は黄色く、とても人間のそれとは違っていた。
そして、もう人間ではなくなってしまった杉村に、自分は――

怖かった。
どうしようもなく、怖かった。
恐怖は自分の身体を弾き飛ばし、同時に引き留めんとする。
相反する二つの感情は北川の心と体をかき乱す。
かき乱されながら、何もかもをふっ切ろうともがき、苦しみながら北川は走り続けていた。



それでも限界は訪れる。
北川は運動神経はいい方ではあったのだが、それでもここまで全力を越えた走りを続けたことはなかった。
それゆえに訪れた体力の限界は、北川の脚を絡ませる。

「あっ…!」
咄嗟の転倒を、美味く受け身をとりダメージを受け流す。
多少服が土で汚れてしまったがそのような事を気にしている余裕は今の北川には存在しなかった。

「怖い……怖いよ、みかセンセ……」
普段の彼女を知るものが今の彼女を見たら間違いなくみな驚くであろう。
それほどまでに北川は憔悴しきっていた。
平和と言う温床にて育っていた北川には、押し寄せる恐怖に抗う術はない。
目元に涙が浮かぶ。
心臓はどくどくと鼓動を強め、肺は新鮮な空気をひっきりなしに要求する。
しかし吸い込まれてくる空気は重苦しく、肺に鉛を入れられたような錯覚すら覚える。

「みかセンセ……どこにいるの……?」
まるで親とはぐれた子供のように、眼から涙が溢れてくる。
そこには最早策略家・北川の姿はどこにもない。
あるのはただのか弱い一人の女子高生でしかなかった。



ぴちょん、と北川の鼻先に水滴が落ちてきた。
慌てて立ち上がり天を仰ぐと、辺りを暗くしていた灰色の雲が泣いていた。
疲弊しきったこの身体を雨に晒してはまずい。
なんとか雨から身を守る場所を探そうとした北川であったが、その場は生憎廂すらもない陰鬱とした墓場であった。
「もう……どうしろって言うのよ……」
湿っていく土の感触さえも、北川の敵になるかのようだ。
体力も精神も、もはや限界を迎えようとしていたが、それでも北川は歩を止めようとはしない。
このまま足を止めてしまったら、何もできないまま最悪死んでしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。
ただそれだけを心に固く留めながら、休憩を渇望する肉体を無理やり動かしていた。



その涙ぐましい努力に、天が答えたのだろうか。



「――みか、センセ?」

薄暗い雰囲気の中に、二つの倒れている影を見つけた。
一人は見た事のない、その辺にいそうな女子高生――恐らく、のもの。
そしてもう一つは――

「みかセンセ!!」



最愛の人。



だが、その最愛の人はもう――



「ねえ、みかセンセ。」

「怖かったんですか?泣いていたんですか?」

「私が来たからにはもう大丈夫ですよ?」

「ねえ、みかセンセ。」

「こんなところで寝てちゃ風邪ひいちゃいますよ?」

「松本先生に叱られちゃいますよ?」

「ねぼすけさん、って富永や小林に茶化されちゃいますよ?」

「その愛らしい寝顔を渡部にスケッチさせますよ?」

「ねえ、みかセンセ。」



目から溢れるものは涙か、はたまた絶望か。
途方もなく愛し、探し求めた彼女はもう、言葉はおろか体温の温もりすらも与えてはくれない。
額に開いた穴からは、行き場を失い淀んだ赤黒い血がたらたらと低きへ流れて行く。
ブラックホールにも似た、真っ黒悩みを抱えているような錯覚すら覚える。

あんなに、愛したのに。
あんなに、探したのに。
あんなに、あんなに、あんなに、あんなに――



みかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセ
みかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセ
みかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセみかセンセ



声にならない慟哭はただしとしとと降りつむ雨に乗って何処へ届くのだろう。
その叫びを最も聞かせたい人はもう、この世にはいないのに。





【F-6墓場/1日目昼】
【北川理央@せんせいのお時間】
[状態]:精神ショック(極大)、精神崩壊寸前、足数か所に擦過傷、肉体疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式(アイテム確認済み、武器になるものはなかった)
[思考]1:――――――――





サスペンスやミステリーでよく言われる事がある。
『犯人は現場に舞い戻る』
その犯した罪の大小に関わらず、罪を犯した人間と言う者は、動揺する。
それ故に何か証拠を残したのではないか、と疑心暗鬼に駆られて戻ってく、と言う説がある。
また他にも、犯人に残された良心がそのものを動かしているのだ、と言う説もある。
と言うように諸説ある事ながら、犯人は現場に舞い戻るものなのだ。
そして、それはこの殺し合いの場においても変わらない。



茶ノ畑珠美は、ずっと歩き続けていた。
明確な道標となるものもなかったが、それでも歩き続けずにはいられなかった。
先程珠美は犯してはならない罪を、故意ではなかったとはいえ犯してしまった。

墓石にぶつかった頭がぱっくりと割れ、だくだくと赤い血が流れて行く。
流れた血はやがてどす黒く変色し、地面を汚していく。
声にならない声をあげながら、何かをつかもうと差し出された手は土を掴み――そして動かなくなった。

私が、殺した。

人を、殺した。



(――思い出すな!)
そう思ってもそう思ってしまったために光景はまぶたの裏に鮮明に流れ出す。
フラッシュバックされる自分の犯した罪と、首輪を爆破された桃乃の姿が重なり喉の奥が焼けつくような嫌な気分になる。
逆流しようとする胃液を無理やり飲み込みながら、珠美はただその場から逃げ続けた。
だが、いくら逃げたことで彼女の罪が晴れる事はない。
たとえ珠美が殺してしまった少女が、殺される直前に罪もない女性を殺していた凶悪犯だったとしても。



(……戻って、きたんですか。)
どのようなルートを歩き続けたのだろうか。
珠美の目の前にはかつて自分がいた墓場が広がっていた。
(逃れられない、と言う事ですか?――ふん、馬鹿馬鹿しいです。)
その思いが虚勢であるという事は、珠美自身十分知っていた。
だが虚勢を張らなければ、自分の犯した罪に自分が押しつぶされてしまう。
そんな状態で最愛の友人――蒼葉梢を救う事などできはしない。
梢を守るのは、自分なのだ。

(……誰か、いるですか?)

この殺し合いの場には、自分を含めて70人の参加者がいる。
7×7の狭いこの舞台の上に置いて、参加者同士が出会う確率は高い。
むしろこれまで1人――死体を含めると2人だが――しか出会っていない珠美はある意味運が良かったのかもしれない。
尤も、その一人が最悪の相手ではあったが。



墓石の影に隠れながら、その人物を確認する。
遠目から見ても分かるほどの、美人であった。
だがその表情からは生気を感じられず、泥で汚れたその衣服や体力を失っているかのような呼吸の弱さからは何者かに襲われたのだろうかとさえも思ってしまう。
あまりの悲惨な雰囲気に珠美は彼女に接触する事が出来なかった。
もしかしたら先程までの自分はあんな表情をしていたのかもしれない。
珠美は彼女に対して奇妙な親近感を覚えてしまっていた。

(――雨?)

彼女に接触しようとした瞬間に、頭頂部に感じる水滴の感触。
先程まで暗い影を落としていた雲が、ついに泣き始めたのだ。
その雨に動かされるかのように、弱弱しく彼女が立ち上がる。
咄嗟に、珠美は墓石の陰に身を隠した。
まだどこかで逃げようとしているのか、と自分自身に舌打ちをしようとした時だった。

「――みか、センセ?」

弱弱しい声が、耳に飛び込んできた。



かつてこれほどまでに悲しい再会があっただろうか。
太陽を覆い隠し雨を無慈悲に降らせる雲が、彼女をより一層暗く映し出していく。
彼女が死体に対して何を言っているのか、珠美には聞こえない。
だがそれでも、珠美には分かっていた。
あの最初に殺された女性が、彼女にとってかけがえのない存在であった事を。
そう、まさに珠美でいうところの蒼葉梢にあたる存在であった事を。

彼女の眼から、涙が滂沱の如く流れる。
何か叫んでいるかのように見えたが、声は一切出ていなかった。
それでもその慟哭が、珠美には痛かった。
もし自分がもう少し早く動いていれば――
もし自分がもう少し早く彼女に声をかけていれば――
決して巻き戻せない時間を悔みながら、ただ珠美は無言で咽び泣き叫ぶ彼女を見ていた。
その瞬間も、雨は一向にやむ気配を見せない。
声をあげない彼女に、天が貰い泣きをしているのだろうか――



(……こうしては、いられないです。)
珠美は、気配を消しつつ墓場を後にすることにした。
今こうしている間も、梢は危機にさらされているのだ。
まだきっと、梢は生きている。
それだけをただ信じ、珠美は未だ慟哭し続ける彼女に背を向け一歩を踏み出した。
先程まで自分がいた墓石の裏側に、バッグを一つだけ残して。
それは、彼女への同情か、それとも――



(――さようならです、私だったかもしれない人。)




【茶ノ畑珠美@まほらば】
[状態]:肉体疲労(中)、精神的ショック(中)
[装備]:レイピア@ブシドーブレード弐
[道具]:基本支給品一式(支給品確認済み)、福沢の基本支給品一式(支給品確認済み)
[思考]1:何があっても、梢を守る。

[備考]:F-6墓場にみかの支給品一式(手つかず)が放置されています。







048:願わくば、一時の別れであれ 投下順 050:[[]]
048:願わくば、一時の別れであれ 時系列順 050:[[]]
034:『愛』と言う名の『覚悟』 北川理央 :[[]]
024:重くて非情な現実 茶ノ畑珠実 :[[]]

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最終更新:2012年04月02日 20:29
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