暗い夜、夜天の下。私は今日も携帯電話片手に冬の街を彷徨いつづける。
私を表すなら一番手っ取り早い言葉は≪怪談≫というべきだろうか。別に気に入らない呼称じゃないけれど。
突然何の前触れもなく入る着信――そして徐々に迫ってくる少女の≪怪談≫、≪メリーさんの電話≫。小学校なんかの多感な時期には、誰だって一度くらいは聞いたことあるんじゃないかしら。
わたしはまさにそのメリーさん。人間を殺し、地獄へ落とす極悪非道の悪霊。
回避方法零、よく学校の怪談なんかにある対処法なんてものもわたしの話には存在しない。あったとしても眉唾物ね。
黒いコート。白い髪の毛。真っ赤な瞳。身長は女子中学生の平均身長ってとこかしら――でも、見えるのは標的だけ。皮肉だけど。
もう一つ言えば、その標的からだってわたしの姿は見えない。
≪メリーさん≫の話では、標的の背後に立ってブスリ―――と相場が決まっているから。
運よく見られても、それは霞んでぼやけたシルエットくらいでしょうね。
わたしは予定の場所――大型マンションのすぐ近くのコンビニエンスストアの前で、携帯電話を開く。
慣れた手付きで電話を発信する。
≪わたしメリーさん。今、あなたの家の近くのコンビニに居るの≫
「………と。あと少しで今日の仕事もお終いね」
そういえば、わたしは悪霊になる前の記憶を一切持っていないのだけど。
時々おぼろげに、頭の中を≪思い出≫らしきものがよぎることがある。
知らない家、知らない景色の中でわたしは、今よりずっと小さかった私は、≪誰か≫と遊んでいる。
夢なんて希望に満ちたものを悪霊が見るわけないし、もしこのおぼろげな記憶が本物でも、わたしことメリーさんはこうして悪霊に成り果てているのだから、きっとどうせ碌な記憶ではないんだろう。
だから、この≪思い出≫を垣間見る時はいつも胸に得体の知れない感覚が走る。まったく実に不快極まりない。
≪怪談≫は交わらないもの、とわたしは知っている。
いつ、だれから聞いたという訳でもなく、……そうだ、人間風に言えば本能的に察している。
現にわたしも曰くつき物件の標的を仕留めた時があるけど、わたしには何も感じられなかった。
ひとえに悪霊とは、孤独な生き物―――いや、違うわね。≪死に物≫というべきかしら。
「そろそろ再開しましょうか……あんまり待たせちゃってもいけないし」
とはいえ、≪メリーさん≫に距離は関係ない。
携帯電話で一度電話されればその相手は絶対にメリーさんの呪いから逃れることはできない。
≪怪談≫には≪性質≫というものがある。わたしの場合は≪空間移動≫。
わたしの携帯電話から電話をかけられた相手の居る場所に、どんなに遠くに逃げようが正確に追い続けることが出来る。
その気になれば世界の果てまでだって一瞬で距離を詰めてやる。
わたしは携帯電話を取り出す。
悪霊が科学に頼るのはおかしい?仕方ないでしょ、便利なんだから。
ポケットに入っている小型の果物ナイフの感触を確かめ、――――その時。≪異変≫が始まった。
「……………!?なに…………これ…………!?」
ぐらり、と頭に走る鈍痛。
悪霊を痛めつけるなら祈祷やらでどうとでもなるけれど、こんなことはありえない。
おかしい。だって今のは明らかに、≪怪談を進めようとした瞬間≫だった。
しかしわたしは動じずに携帯を開く。
予定変更だ。
次で一気に背後を取って、一撃で仕事を終わらせて今日は休もう。
そして、わたしは静かに携帯の通話ボタンを、押した――――――――。
■
―――――目が覚めたとき。わたしが居たのは研究所のようだった。
どうやって、どのようにしてここに来たのかが全く思い出せない。
いや…………≪連れてこられた≫?
記憶を思い起こしてみるけれど、わたしはそもそも≪怪談≫なんていう存在だ。どう考えても拉致されるなんてありえない。
最後の記憶は、≪標的≫の青年にチェックメイトを告げる電話を発信しようとした瞬間。
わたしの意識は乱暴に断ち切られ、目が覚めたときにはこの簡素な研究室の中に居た。
床には薬品の染み込んだ跡が目立ち、研究所なんて縁もゆかりもない場所だということに気づかせてくれる。
見たところ廃墟のようだけれど、こういうところになら≪怪談≫の一つや弐つあってもおかしくないかしらね。
でも問題は、ここが何処かじゃ無くて―――≪どうして此処にわたしが居るか≫よね。
と、そこで停滞していたわたしの思考回路を強引に断ち切るかのように、数人の子供たちが現れる。
しかもどうやらわたしの姿が見えているらしい――不可思議。≪メリーさん≫の話には絶対にありえない存在。
彼らが≪怪談≫であるにしても、≪怪談≫は絶対に交わらないからこれもまたパスだ。
全員が恐怖に青ざめた顔をしていて、外見はわたしと同じくらい、中学生くらいと推測できる。
男子6名、女子4名。
中央に立った一際背の高い男子生徒が、一つの携帯電話を開くと静かにわたしに向けて突き出した。
画面に表示されている文字は、見慣れた簡素な白文字で――――
――――――≪怪人アンサー≫と、表示されている。
「君は≪メリーさん≫で間違いないね。いやはや大変申し訳ない、大切な仕事の最中に呼んでしまって」
「…………分かってるなら早く仕事に戻らせてくれないかしらね。今なら手荒な真似はしないけれど―――知ってる?わたしが誰かを殺すには電話番号だけでいいのよ―――あなたを殺しても構わないわ、怪人」
「…………舐めるなよ小娘が。私と貴様ではハナッから勝負にならん。そもそもその前に、≪彼ら≫が許さない」
ザザザザザッ、という擬音が一番似合う気がした。
十人の少年少女たちが一斉に、わたしに向けて黒光りする≪何か≫を向ける。
実際には見たことないし、あくまで知識として知っているだけの―――いや、というかきっと殆どの人がそうであろう兵器。
一言で言えば、拳銃だった。
「その銃に内蔵されているのは≪怪談≫を殺す陰陽弾だ」
「…………解せないわね。あなた陰陽師って訳でもなさそうだし」
「生憎と私の脳髄は特別でね。科学的に非科学を殺すなんて矛盾したこともいとも簡単、まさに朝飯前で行うことが出来る」
不味い、とわたしは奥歯を鳴らした。
怪談を殺すなんてものを使われれば、わたしたち≪怪談≫は文字通り≪死ぬ≫。
そんなわたしをあざ笑うかのように、怪人アンサーは静かに続けた。
「実はだよ、≪メリーさん≫――いや、瀬野=エルフィート=メリーくん、と言った方が正しいね。君を今日ここに招かせて貰ったのは他でもない――――この私が≪脳髄以外の部品≫を手に入れる為の≪儀式≫に協力して貰いたいんだ」
「……何で、わたしの名前を知ってるの」
「まあどうでもいいじゃないか。それより普通突っ込むべきところは≪脳髄以外の部品≫のくだりだと思うのだがね…………まあいい。私、アンサーは生まれながらに脳髄以外の部位をすべて欠損した奇形児でね。仕方ないから≪とある方法≫で体を集めていたのだが―――どうにも効率が悪い」
話によれば、アンサーが手足を回収する方法として行っていたものでは、十人もの人間が必要らしい。
十人で円を作り、一斉に携帯電話で自分の隣の人に電話をかける。そうすることでのみ、偶然≪怪人アンサー≫に繋がるらしい。
が、十人もそんな物好きが集まる時点で難しいのに、しかも≪怪談≫には≪誰か一人は体の部品を捥がれる≫とそこまで語られているときた。
集めるパーツの数はまさに無数、だがこの危険な儀式を行う者達はそうはいない。
脳髄だけで生き永らえてきた理由は……おそらくは≪怪談≫の恩恵を受けたのだろう。
「そこで、だ。私はこの――唯一の部位である≪脳髄≫で考え出した――」
「≪怪談≫を交わらせて殺し合わせる――古代の呪術≪蠱毒≫をモチーフにした儀式を行えば、私は完全な肉体を手に入れられる。本来は不可能な《怪談を交わらせる》行為とて―――私には朝飯前だ」
世界が確かに静止した。
□
「まず、だね。君たちは本来不死、永遠の存在であるはずだ。まさか普通の刃なんかで殺せる存在じゃあない――――だが、だよ。それでは《儀式》が終わらない。
そこで、今回君たちには《人間の体》になってもらうことになる。勿論《怪談》としてのアイデンティティは崩さない、例えば私が参加すれば脳髄だけの参加だ――まあ、とっても噛み砕いて言えば《君たちは人間と同じ原因で死ぬ》ということだ」
死ぬ。その言葉に、わたしの中の大切な芯が大きく揺さぶられた。
わたしのように《死んだ瞬間を覚えていない》存在にとって、死とは何よりも大きい、絶対の恐怖だ。
いや―――恐怖ではなく、もっと別の感情。
生憎わたしには何だか分からないけれど。
『では次だが、参加者の《怪談名》は分からなくなっている。全員が、《人名》で記載された名簿なら配るがな。しかし――《怪談の詳細》を明記したファイルを配布する。
意味は分かるな?即ち敵がどの《怪談》か推理しなければならないのだよ。……まあ、会ってすぐ分かるような奴が殆どだから、そう気張らずともいいさ。
《怪談》には必ず《弱点》がある。当然君にも。だからそこを突ければ、戦いはグッと楽になる』
弱点―――わたしにも、あるの?
馬鹿な。わたしの《怪談》に対処法はないはずだ。
だけれど、もしも。もしもそんなものがあるとしても――――わたしの《空間移動》があれば。
一瞬で終わらせてやれる力があれば、勝てる。
あ。でも携帯がないとわたしの力は………………………
「おっと心配しないでくれ。ちゃんと携帯電話は全員に支給してやる。ま、此方としてもその方が都合がいいんだ、色々」
ほっとわたしは胸を撫で下ろす。
しかしその次の瞬間、アンサーとの通話が唐突に切断され、画面が切り替わる。
そこは簡素な小部屋で、一人の少年らしき人物が見える。
年は――またしてもわたしと同じくらいか。
「ひ、お、お願いしますよアンサー様。お、おれを、ころさな」
「見えているかな、《メリーさん》。 実は今回の儀式、最後まで生き残った者にはとある権利が与えられる。平たく言えば《蘇生》する権利か《神格化》する権利のどちらか。
なぁに、心配は要らないよ。辻褄は合うように調節しておこう。
それより、儀式の開始と同時に《ルール違反》防止の為に参加者全員の首に――そうだ。《こいつ》の首に巻かれてる首輪を巻かせて貰う、そして――」
ドガァン!!と、くぐもった音がした。
そして、白い簡素な部屋で余りに目立つ赤色が、少年の喉から噴き出して。
ぐらり、とその細い肉体が揺れて。
ひゅーひゅーと空気が漏れる音がどうしようもなく空しく響いていて。
べしゃっ、なんて間抜けな音で床に倒れて。
こうして、人が死んだ。
「――――こいつは爆弾になっている。人間ならどんなに鍛えたところで即死。当時、今の君たちでも
即死。解除なんて考えない方がいいぞ、まず無理だし下手に弄ってもドカン、だ」
《怪談》そのものであるわたしにとって《戦慄》ってのは初めての経験だった。
こんなものを、首に巻かれてはアンサーに反逆する気なんておきるわけがない。
怖い、とわたしは思った。
「そうだ……君の悪霊になる前の記憶も、私なら《アンサー》を出してやれるかもしれない」
記憶。きっとわたしが無意識に探していて、 なのに意識するのを避けていた――わたしの根幹。
白昼夢のように、突然頭のなかを揺らめくあの陽炎のような、華奢な少女は一体誰なのか。
そしてわたしが悪霊になったのはどうしてなのか――それが分かれば、わたしは。
わたしは、それを知ってどうする気なんだろう。
いわばパンドラの匣を開けるようなものだ。最悪、もっと性質の悪い化物になるかもしれない。
でも、わたしは知らなければならない。
怪談《メリーさんの電話》の根幹が何だったのかを。
わたしが――何故、メリーさんなんて怪奇になったのかを。
根拠なんてどこにもないけれど、そうすればわたしは、何かを変えられるかもしれない。
「いいわ、乗ってあげる、怪人アンサー……優勝した暁には、《わたし》について教えて貰うわよ」
造作もないことだよ、と笑う声を聞いた。
ぐらり、と世界が揺れて、子供たちが携帯電話でアンサーと何かを話している。
けれどその言葉は何故かノイズが混じってよく聞こえず、聞き取ろうとも思えなかった。
視界が消えていく。
こうして、わたしの《怪談》としての日常は何の前触れもなく突然に崩れ去った。
でも、これで死ぬならそれもわたしの運命で、《メリーさん》の怪談の消える時なのだろう。
《それでは御武運を》
真相心理に語りかける声をわたしは確かに、やけに明瞭な音質で聞き取って。
だけどその声はついさっきまで話していた《怪人》の声とは明らかに違う女の声。
一体誰の声なのだろう、なんてどこか他人事のような心境で思いながら―――世界が消えた。
―――これは《怪談》達の
殺し合い。
人の身に堕とされた化物共の血塗られた宴。
そして―――――これもまた、新たな《怪談》として世界に刻み込まれるのか。
【怪談バトルロワイアル――――開幕】
【残り13人】
最終更新:2012年02月24日 14:09