「………あー」
俺こと、翁街衛は目の前の惨状を見て深い溜め息を漏らした。
まさかとは思った。
あれだけの金属音が響いていたのだから、誰かが殺し合っているのだろうとは思った。
もしかすると負傷者が出ているかもしれないし、それを処置して命を救うのが自らの使命だと思い、インドア派である自分の肉体に鞭打って精一杯走ってきたのだが。
どうやらこの
殺し合い、想像以上に厄介な連中ばかりが集っているらしい。
衛の足元に転がっている坊主の死体は、どう考えても『普通の殺し方』ではない。
野生の羆にでも殴打されたかのように頭部が破壊され、更にその坊主の傍らにもまるで『抜き取り、振り回した』かのような標識が転がっているのだから最悪だ。
化物。
筋肉の異常発達にしても人間の範疇を超えているとしか思えない程の連中が存在するのだ。
「………マジか」
屈んで、無惨極まりない坊主の死体を観察する。
死体検死の真似事をしてみようと思い立った結果なのだが、やはり知識のない俺には『頭部破壊による即死』という他ない結果になってしまった。
死語硬直はまだ始まって間もないようで、ついさっき殺された死体のようだ。
もしこれが『内臓破壊』程度だったなら、翁街衛の死力を尽くして処置を施しただろう。
助かる可能性は普通零だが、俺の腕ならば五分といったところだ。
しかし―――これじゃあ、なあ。
(死体は甦らせられない……何年ぶりだろうな、こういう空しい感覚)
あれ、と俺は僅かな引っ掛かりに気付く。
『何年ぶり』だと?
おかしいではないか、スーパードクター翁街衛は、およそ人間に関わる記憶を根こそぎ失っている。
戻る可能性は限りなく低く、あれだけの頭部強打をしておいて生き延びられたことがまず奇跡なのだから、俺はそこに関してとやかく言う気はなかった。
だが、今のは確かに記憶が戻りかけた瞬間であったといえる。
そんなことを考えながら、そのこめかみに腕を当てて必死にその何かを思い出そうとしたが、やはり今までと同じように思い出そうとすると鈍い頭痛が走る。
駄目か。
全く何だって言うんだ、と翁街衛は深い溜め息を再度吐いた。
そもそも超能力なんてものを有していない衛が、サイキッカー共の殺し合いに混ぜられる時点でおかしいのだ。
標識を片手で振り回したりする連中に太刀打ち出来るか、俺は只の医者だ。
手から光弾を放って並みいる強敵を打ち倒したり、雷撃を操ったりすることもできない。
まるで殺し合いを潰すため、それか呆気なく死んで貰う為に呼ばれたかのようじゃないか。
ははは、ふざけやがってやってやるわお前。
お前俺舐めんなよ、『北の名探偵』こと翁街衛の頭脳にかかれば余裕だぜ本当……はあ。
「……おや、貴方は誰かな?」
驚いた。
悪いけど状況が状況だから、思わず声を上げて驚いちまった。
そこに居たのは何ともまあ情けないところを見せてしまったが、何とも喜ばしいことに女子高生。
橙がかった髪の毛をツインテールにしており、更にそれを年の割には幼い髪飾りでそれを束ねている。
真面目さが垣間見える完璧とさえ言える学生服の着こなし、胸はそこそこってとこか。
俺は胸なんて只の飾りだと思っている人種だから良かったものの、巨乳趣味の同僚のKくんなんかが見たなら『足りないッ!これでは余りに足りなすぎる!』と嘆いただろう。
しかし何度も言うがオールジャンルを幅広く愛する紳士であるこの俺には無問題だ。オールジャンルといえど若干ロリっ娘に偏った愛情を持っているかもしれないが俺は基本オールジャンルだ。
髪質は良好。良い整髪料を使ってしっかりと手入れされていることが窺える。
ツインテールのおかげで幼く見えているものの、彼女の魅力を最大限に活かせているのではないか。
だがあえてのストレートでも悪くないかもな、清楚っぽくなるかもしれない。
衣服は残念ながらありきたりなもの過ぎだな。
俺ならもうちょっと露出の多い学生服をデザインしたのに、残念でならないな。
この娘の魅力が最大限に生かせそうなイベントはどう考えても夏祭り、それも花火大会なら尚良し。
浴衣姿にツインテール。くはっ、最強じゃねこれ。死ぬわ。
それで『衛さん、このふわふわしたの何ですか?』なんて綿飴を指差して世間知らず(希望的観測)な彼女が小首を傾げながら俺の方を見て言うんだな。
そこで俺が微笑しつつ財布をさっと取り出して『それは綿飴っていうんだよ』なんて微笑しながら言うわけだ。もうね、俺の魅力マックスだねこれ。何時も俺を冴えないとか言いやがる看護婦共もイチコロだね、でも俺はお前らに興味なんてないんだね。
綿飴を嬉しそうに食べるこの娘を見て俺は思うわけだよ、この娘は何があっても守るって。
そして始まった花火を見ながらこの娘が『衛さん、ずっと一緒に居てくださいね』って。
そこで俺が『勿論だよ』って会心の笑顔で言う……くうぅ、我ながら惚れるな。
……はっ!またいつもの癖で妄想世界に浸ってしまっていた!
「……おーい?くのんちゃん置き去りになってるよー、ボクを忘れないでー」
くのんちゃん――この娘はくのんっていうのか。
珍しい名前ではあるがDQNネームというレベルには至っていない。
俺の『翁街』なんて名字も相当珍しいが、『くのん』って名前もそこそこだな。
さて、もうお気付きだろうか。
俺は、妄想世界にトリップして居ながらもまだこの天使のような少女に話しかけてすらいない。
何故か?
そんなものは単純にして明快、問うまでもないことだ。
くのんちゃんの右腕に握られているのは恐らく鋼鉄製と見える鉄の杖。
しかしその杖は真っ赤な液体に塗れ、本来の輝きを封じ込めてしまっていた。
杖だけではなく、くのんちゃんの衣服も真っ赤に汚れている。
誰がどう見てもそれは血液で、医者であるからこそ『血糊かも』なんて逃避が出来ないのが辛い。
あれは間違いなく血液だ。
恐らくはこの、頭部を壊された坊主のものだろう――この少女が、殺したのだ。
標識を片手で振り回すような人間を、こんな杖一本で殺してしまうだけの力をくのんちゃんは持っている。
超能力―――いや、サイキック。
常識の範疇を越えた力を行使する者。
「えっとな、くのんちゃん。こいつは、君が殺したのか?」
「うん。いきなり殺しにかかってきてさあ……だけど存外大したことなかったよ」
坊主の癖に自分からこんなに可憐な女子高生を殺そうとしたのか、許せんな。
しかし、人を殺してそれを『大したことなかった』と評価する女子高生はどう考えても異常だ。
この娘がどんな人生を送り、これまでどんな過去を経験してきたのかは知らないが。
翁街衛、スーパードクターと呼ばれた男が『異常』を治さずしてどうする。
精神治療だって立派な医療だ、俺の専門とは違うが―――まあ、やってのけるさ。
何せ相手は可愛い女の娘。
お近づきになるに越したことはないし、やっぱり女の娘は愛でなきゃいけないだろう。
俺はヤンデレじゃなくて元気のある、幼なじみ的ポジションの子が大好きなんだ。
さあ―――手術の時間だ。
■
解析開始。
異常なし、異常なし、異常なし、異常なし、異常なし、異常なし、異常なし、異常なし、異常なし、異常なし、異常なし、異常なし、異常なし、異常なし、異常なし―――異常有り。
異常名称『精神空洞』、原因不明、解析を続けますか?
『はい』
解析続行。
解析中です、暫くお待ちください――――残り30秒
解析中です、暫くお待ちください――――残り15秒
解析中です、暫くお待ちください――――残り5秒
解析中です、暫くお待ちください――――完了。
解析を完了しました。結果を提示します。
解析結果『重量消失』。
恐らくは彼女に先天性で宿った特殊な能力により精神から『疲れ』『ストレス』『罪悪感』などの『重圧』が根こそぎ消失しているものと推定。
人間としては一種の精神疾患にあたるでしょう―――次のステップに移りますか?
『はい』
治療方法解析中………
治療方法解析中………
治療方法解析中………完了。
治療薬の生成に成功しました。
効能:人間に欠損している感情を与える、ただし本人にプラスに働くもののみ
副作用:急にのしかかる重圧に耐えきれず混乱を招く可能性有り。患者の突発的な自傷行為や過呼吸、精神恐慌などに御注意下さい。また、二度目以降の投与は脳に悪影響を及ぼす恐れがあります
投与しますか?
『はい』
Now Loading......
投与中です。暫くお待ちください――――残り10秒――――完了。
これにて患者、『葉桜くのん』の治療を終了します。お疲れ様でした、スーパードクター。
□
ふむ。
俺の能力ってのは『これ』か。
今までの手術でこれが機能しなかった理由は全く分からないが、ただ単にまだ『未覚醒』だったのかもしれない。
若しくは、『異常能力者』にしか機能しない能力なのかもしれない。
少なくとも判明している事から推察するに《人間の体内を外側から手術する》能力と見るべきか。
これは……有り難い。
従来の手術のネックは、当たり前の話だが『人間を切開しなければならない』ことだった。
メスで切り開き、それから様々な設備を用いて処置していくのが基本だったが、それ故にいつでも何処でも手術を行う、なんて真似は出来なかった。
しかしこの力があれば――どんな精密な手術だって、やれそうだ。
医学は変わる。
変えられる。心理にだって語りかけられる、横暴かもしれないが画期的だ。
こんな力があれば。
俺は、俺の記憶を――――いや、待て。
今はそれどころじゃないだろう。くのんちゃんを……患者を診なければならない。
「おい、大丈夫かくのんちゃん……少し辛いだろうが、我慢してくれ」
ぷるぷると、小刻みに震えるその可愛らしい体が、まるで力が抜けたように地面にへたり込む。
目を見開いて、片手で頭を押さえて、押し寄せる『重圧』を成す術もなく受け止めているようだった。
「――――っ、うああああああああああああああああ―――――」
そうか、これか。
これが副作用か……無理もない、あれは強引すぎる治療法、荒療治もいいところだ。
フラッシュバックやら何やらが一気に押し寄せるのだから、精神がパンク寸前になるのは当たり前。
しかしそれを止めて、癒してやるのが医者の役割だ。
葉桜くのん。俺の患者は死なせない。それが俺の医者としての精一杯の矜持だからな。
くのんちゃんの震える体を抱き寄せ、邪な気持ちなど何一つなくその頭を撫でる。
経験はある。
とある孤児院の事故で精神恐慌を患った少女と関わったことがあった。
こういう場合一番やってはいけないのは、『頑張れ』などと投げ掛けるようなことだ。
常識と言えば常識なのだが、既にパンク寸前の精神を余計に追い詰める行為は逆効果になる。
こういう時はとにかく、全てを受け止めること。
病んでいようが傷付いていようが、全てを受け止めて理解してやらないことには何も始まらない。
話せば楽になる、というのは案外馬鹿に出来ないのだ。
「何で、ボクは、殺し……う、くぅううううううっっ」
「大丈夫だ……くのんちゃん、お前はもう誰も殺さない……」
分析して分かったが、くのんちゃんの力は《自らに働く重圧を無効化する》なんてものらしい。
だとすれば、さっきの投薬で少なくとも『心理』に働く重圧消失は取り除けた筈だ。
流石に力そのものを消し去ることは不可能なようだが、これでもうくのんちゃんは殺せなくなった。
十全。
此処まで上手く事が運んでいるのだ、そう言わずして何と言うか。
「この殺し合いを出よう、楓坂のお嬢ちゃんの思惑なんて潰して」
俺はくのんちゃんが頷くまで、その震える体を抱き締めていた。
◇
何分の時間が経過しただろうか。
途中から数えることさえ忘れていたのだが……よく考えるとここで襲撃されたら目も当てられないよな。
くのんちゃんの話を聞く限りでは襲ってきたのはこの坊主だったらしいし、やはり積極的に殺し合いをしようとする参加者は存在するらしい。
彼女の能力が戦闘向きなのは確かだが、それにばかり頼っていてはいつかボロを出す筈。
それを作戦で補ってやるのが今回の翁街衛の役目って訳か。
とはいえ俺の能力は戦闘面では余りに貧弱だし、やはりくのんちゃんの世話になることもある。
『重圧』を手に入れた彼女にはもう人は殺せないだろう。
静かな、寝息が聞こえる。
参ったな、眠ってしまったらしい。
まあいいだろう。人間と言う生き物は眠りの中で精神を整理したりする、そういう生き物なんだから。
くのんちゃんを担いで、俺は立ち上がる。
ひとまず何処か、建物の中にでも入っておこう。
そちらの方が何かがあったときに対処しやすいし、情報交換なども安全に行える。
「……はあ、記憶戻すの、もうちょい先になりそうだな」
【深夜/A-3】
【翁街衛《他人の肉体を外側から手術する》】
[状態]健康、葉桜くのんを背負っている
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品
[思考・行動]
0:殺し合いには乗らない。誰も死なせない
1:くのんちゃんを守る。
2:一先ず建物の中にでも入っておこう。
※自らの能力について知りました
【葉桜くのん《自らに関連した全ての重圧を無力化する》】
[状態]血塗れ、睡眠、精神恐慌
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、鋼鉄製の杖
[思考・行動]
0:…………
※『感情』に関する重圧を無力化できなくなりました
最終更新:2012年03月04日 14:46