本領発揮

「うあああ……っ!」

先ほどまで共にいた少年の悲鳴を耳にとらえ、レイチェル・キールは足を止めた。
「……?」
まださほど距離は離れていない。
……誰かに襲われているのか? ならば助けないという選択肢は無い。レイチェルはルキフェシルという女王制の国の王国軍四番隊隊長である。医療班でもある四番隊を担う彼女にとって、人の命は「なんとしても救うもの」であった。
レイチェルは極力気配を消して、先ほどまでいた道に戻る。
木の陰から先ほどまでいた道を覗けば、そこには先ほど名前を交換した少年・円千代と……右手に血に濡れた剣を持つ少年。彼はレイチェルに背を向けていて顔は見えないが、少年の持つ剣の血は明らかに千代のもので、千代は左肩を押さえて蹲っている。傷の深さはわからないが、恐らく、いや確実に「彼」に斬られたのだろう。

剣の少年との距離を目測ではかる。結果レイチェルは「初撃はよけられる」という結論を出した。もう少し剣の少年の技を見ていてもいいが、千代は既に攻撃を受けられる状態ではなく、このまま放っておいたらすぐに死んでしまうだろう。
「おい、貴様……っ!」
二人で力を合わせれば、剣の少年を逃したとしても、自分たちも逃げられると考え、レイチェルはデイパックから武器である薙刀を取り出し、木陰から飛び出した。

この時点まで、レイチェルにはまだ剣の少年と話し合う気があった。
円千代もそれなりに勝気な少年であったため、例えば「怯えていた少年を馬鹿にし、怒りを買ってしまった。剣の少年が脅しで降り下ろした剣が偶然肩に触れてしまった」など、千代のほうに非があるかもしれない、というのも考えていたのだ。
それならば千代に頭を下げさせ、謝らせればいい。簡単な話だ。
しかし、ここで疑問が浮かぶ。――偶然触れた刀で、あんなに深々と切れるものか?
そして、レイチェルの呼びかけに振り返った少年が、残りの小さな希望を簡単に打ち砕く。

少年は笑っていた。顔の右半分を覆った痛々しい包帯、包帯とその下の肌が唇ごと笑みの形に歪む。そしてそんな唇が微笑んだまま言葉を紡いだ。
「ああ……もう一人いたんだぁ……」
軍人であるレイチェルでさえ、ぞわりと鳥肌が立つような声。レイチェルは同時に理解する。
――ああ、こいつは殺す側の人間になってしまっている――。
「この男はたった一撃でこうなって……つまんないと思ってたところだったんだよ。丁度良かった」
ばっと刀の一振りし、血をはらった少年がレイチェルに声をかけた。罪悪感も感じさせない声。
「貴様ッ……!」
「あんたは強いのかい? ねえ、相手になってよ」
言いながら刀を構える少年。レイチェルも殆ど同時に薙刀を構える。正直なところレイチェルは薙刀を使ったことどころか見たこともなかった。というか、これの名称が「薙刀」であることも知らない。
故に使い方などわからなかったが、刃物であることと、しっかり切れることはよくわかる。だからとりあえず、槍を使う友人を思い出し、記憶を頼りに下段で構えてみたのだ。
「……容赦はしないぞ?」
「それは結構。僕は先ほどらしくないことをしてしまってね、苛々しているんだ。是非楽しく遊ばせてくれ」
余裕たっぷりな少年の声。どうやら少年の眼中には既に千代はないようで、少年の目は完全にレイチェルしか見ていない。
「ああ、それとさ」
「……なんだ?」
「薙刀と槍は違うんだよ」
レイチェルがその言葉を理解するよりもはやく、少年が動いた。
殆ど音もなく、レイチェルの腕を少年の剣が狙う。
振り上げた剣を、レイチェルが薙刀の柄で止める。
ぎぢ、と柄がいやな音をたてた。

「……ッ」
「わあ、すっごーい」
一瞬驚いた顔をしたレイチェルに対し、見事な棒読みで返す少年。至近距離でにらみ合う。
「私のほうが、背は高いな……ッ」
冷静な少年を崩してやろうと思ったのだろう、レイチェルが挑発の言葉を投げる。
「そうだね、うーん、僕はあともうちょっと伸びると思うんだけど」
「そうか、では伸びたあとに再び戦うのもいいなッ」
「今度は君が得意な武器でいいんだよ」
「おおそうか。お前は剣が得意なのか?」
「ううん。僕はいつも鎌を使ってる。今度は鎌にしてもいいよ」
今度があるならねッ! と狂気的な笑みを浮かべる少年。がっと音をあげて距離をとる。
蹲っていた千代はこちらを一瞬だけ見て、それからばっと離れる。逃げるのは嫌だが、ここにいるのも邪魔になると踏んだのだろう。

レイチェルが槍のように薙刀を構える前に、少年が再び向かってくる。
再びレイチェルの腕を狙う少年の刀を、レイチェルが紙一重で避けた。攻撃を与える余裕は無い、少年が速すぎるのだ。
剣に比べてリーチがあるはずの薙刀が、少年には掠りもしない。むしろ懐に入られてしまい、避けるのがやっとなのだ。

「……ならば」
少年から距離をとり、ぶんと腕を回して薙刀を投げ捨てた。薙刀は数秒宙に舞って、その後に止血をしていた千代の横へと斜めに刺さる。
「千代、無事か?」
「当たり前だろ、俺なんか気にするなよ」
一応の安否確認。勿論意識は少年のほうに向けていたが、会話をしている最中、少年が襲い掛かってくる様子はなかったのだ。
「……もういーい?」
「おう。会話を邪魔しないなんて紳士だな、貴様!」
「だって不意打ちは楽しくないし」
「頭を狙って攻撃してこないのも楽しいからか?」
「うん。頭を狙って即戦闘不能になんてなられたら興ざめだから。臓器も同じ理由ね」
くっくっく、と美しい顔を歪めて笑う少年。どうやら彼の思考は「嬲り殺す」方に移ってしまっているらしい。
「そうか。私は弱くみえるのか?」
「地の身体能力は高いほうにあると思うのだけれど、武器になれていないでしょ」
「そうだな、だから捨てたぞ」
千代の横に刺さる薙刀を指差して得意そうな顔をするのはレイチェル。少年もそれには多少驚いたようだが……次いで顔にうつった笑みを深めた。
「体術に覚えがあるんだ……?」
「ああ。銃のほうが得意なのだがな、飛び道具にだけ頼るわけにはいかないのだよ」
「ふうん……じゃあ」
少年が、(恐らく少年の)デイパックに近寄り、中から鞘を引き出して刀身を納める。その間もあの引き裂く笑みは絶えず、まるで物の怪のようだった。
「僕も体術にしよう」
「こちらにあわせなくても良いのだぞ」
「あわせたほうが楽しいって、そう思っただけ」
正面に向き合い、互いに構える。距離は十メートルといったところだろうか。
「サバットかい? 男性的なもんだね」
「よくわかるな貴様。男女差別はごめんだぞ? そういうお前のその構え、私は見たことが無いが……それはなんだ?」
「うん? うちの家系が考えたアレな感じのアレ」
「おお。それは楽しみだな」
「受けてみればどんなもんかわかってくれるはずだ、よッ!」
腕を振りかぶる少年に、レイチェルが上体を反らす。その鼻先を少年の腕がものすごいスピードで駆け抜けた。そんな少年の鳩尾に向かうレイチェルの腕を、少年が残った左腕を使って受け流す。
「その痩身でよくもまあそんなスピードとパワーがでるものだ」
「君とは鍛え方が違うのさ」
会話の最中も攻撃の手は止まない。少年が手加減している様子は無いし、勿論レイチェルも手加減なんてしていなかった。
「なんだそれは? 私の鍛え方が甘いとでも?」
「しっかり鍛えている女性は、君みたいにでかい脂肪を二つもぶら下げて無いよ」
「胸のことを言っているのか? ハッ、セクハラだな」
「セクシャルハラスメントをするほど飢えちゃいないさ」
レイチェルの足が大地を踏みしめ、次の瞬間にはレイチェルの影と少年の影が混ざる。女性と小柄な男性の戦闘とは思えぬ、激しい攻防が繰り広げられていた。

「やっ」
少年の放った左拳を、レイチェルの右拳が押さえる。追撃の左足を、今度は左手で。
「動き、封じたぞ、少年!」
「甘いッ!」
レイチェルの両腕にがくんと重さが加わった。

少年が横に百八十度回ったのだ、レイチェルの両腕を支えにして。
少年の体重は、多少地面にかかってはいるものの、殆どがレイチェルに乗っていた。少年の体重は六十無いのであろうが、突然駆けられて耐えられる重さではない。
その上、少年の残った右手が、レイチェルの鳩尾に向かって――――。

がっ嫌な音が、レイチェルの鳩尾から響いた気がした。

「……ぐううッ!」
少年を投げ飛ばすように離して距離をとる。次いで少年の身体が綺麗に弧を描いて着地した。
「なんて、アクロバティックなことをするんだ」
「君が支えられると思ったから試したかっただけ。まさか攻撃が入るなんて思ってなかったんだけれど……」
少年がレイチェルに駆け寄る。やはりはやい。彼の拳がレイチェルの捉える。
……が。
レイチェルはその拳を首の動きで避け、彼の肩をつかんで引き寄せた。結果的に鼻が触れるような距離にまで少年の顔が迫る。キスでもしそうなその距離で、
レイチェルの膝が少年の腹に食い込んだ。

「……うあ゛っ!」
少年のつまったような声と共に、一瞬その顔から笑みが失せた。力を逃がすように数歩後ずさる少年。腹を押さえて何度か咳き込む彼に、レイチェルの追撃が飛ぶ。
「サバットで膝蹴りは反則だ!」
「悪く思うな、これは試合じゃないんでね!」
流石に追撃は避けた少年の文句を流す。既に腹痛を無視しだした少年の足が、レイチェルの顔面に刺さる。
「ううっ」
思わず俯き、視線だけ上に上げたレイチェルの視界に、救世主が映りこんだ。
薙刀を構え、少年の死角からこちらに駆けてくる千代。
いくら怪我をしているとはいえ、ただただ見ているだけの千代ではなかった。出来うる限り少年の動きを捉え、捉え、捉え。隙を探していたのだ。
思わず微笑みの形を作りかける唇を慌てて引き締める。ここで笑ってしまったら、ばれてしまう。そうしたら台無しだ。
今、この少年が私しかみていないうちに、はやく――!!

そのほんの数秒後、薙刀はしっかりと身体を貫いた。



――――レイチェル・キールの、その腹を。


「……え?」
千代の絶望より先に響いた驚きの声。
「え、なんで、あいつは?」


『あいつ』――少年は、薙刀の下に腰をかがめていた。
「お仲間さんを刺しちゃったご気分を、まあ二言三言いってごらんよ」
くすくすくすくす、と不気味に声を潜めながら、少年が笑う。次いで少年が薙刀を掴み、レイチェルに更に深く沈める。
「ぐああっ!」
「気配は消せても血の匂いは消せないよね、ああ、なんて悲しきことかな」
薙刀の下からするりと這い出てきた少年を、千代が渾身の力で睨む。
「てめえ……ッ!」
「おお、怖い怖い。やめてよねー、やっちゃったのはあんたなんだから。避けられることくらい想像しときなよ」
少年がレイチェルに深々と刺さった薙刀を引き抜けば、その穴から溢れ出すのは赤い紅い、血。
「れ、レイチェル!」
「千代……」
「ごめん、ごめん、俺が……」
「謝るな、お前は悪くない」
「そーだねー、悪いのは、全部僕」
今度は二人の会話に割って入った少年。その顔は狂った笑みを湛えており、楽しい楽しいと全身から伝わってくる。

……けれどその楽しさの中に見えた、ほんの少しの飽きを、本人が自覚してしまう。

「女のほうはもうまともな戦闘が出来ないでしょ? で、男のほうはもともと強くもなんともなかったから……もうつまんないや」
なんでもないように言う少年の口から紡がれる。とても簡単な死刑宣告。

「よし、二人とも僕が楽に逝かせてあげる」

はははははっ

少年が、ここで初めて大声を上げて笑った。
その顔はまるで生まれて初めて玩具を貰ったような無邪気で純粋なもので。
怪我で動けないレイチェルは勿論、千代でさえも蛇に睨まれた蛙のようになってしまっている。
「そうだね、そのまま動かないで。別に何しようが最後には殺すけど」
薙刀を構えず、刃に近い位置を右手で持つだけの少年に、最後の抵抗といわんばかりに千代が叫ぶ。
「お前はッ……こんなつまんねえゲームに乗ったのかよ!?」
そんな問いに対し、少年は多少考えるようなそぶりを見せて、それからやはり微笑って答える。
「乗ったわけじゃなくて……僕は戦いたいんだよ」
「なんでなんだよ! てめえまさか優勝できるとでもおもってんのか!?」
「思って無いよ。ただね」
そこで少年が言葉を区切る。一度目を瞑り、再び開くと同時に――――彼の顔から笑みが消えていた。

「……戦って、殺すことだけが――――僕の存在価値だから」

その言葉だけが、嫌に切なく千代とレイチェルの胸に響いた。
「おい、貴様……」
「あ、ダメダメ。僕は本来「相手の言葉になんか一切耳を貸さない鬼畜キャラ」なんだから。さっさと死んでくれ」
言いながら、少年ががっしりと千代の髪を左手で掴みあげる。動きをかためられた千代が抵抗しだす前に、少年が彼の背から刀を突き刺した。

「…………っ!」
悲鳴も上がらなかった。それはそうだ。疑うまでもなく即死である。
少年の手が千代の髪から離れると、ずるりと千代の身体が力なく崩れ落ちる。レイチェルが残った力を振り絞って両腕を伸ばし。彼の身体を抱えてみるも、動かなくなったソレに対する行動ではない。
レイチェルが人の死を目の当たりにするのはこれが初めてではない。けれども、何も出来ずに目の前で人が死んでいったのは初めてだった。
「あっ……」
レイチェルの喉が引きつるように音を発する。
そんなレイチェルの喉が、薙刀によってざっくりと引き裂かれた。勿論犯人は少年である。的確に動脈を突いたその攻撃は、レイチェルにとどめを刺すのに十分すぎるものだった。

ぐらりとレイチェルが仰向けに倒れる。動脈と一緒に切れたウェーブのかかった金髪があたりに散らばった。

「おしまい、かな」
レイチェルと、その死体に折り重なって死んでいる千代に一瞥をくれてから、少年はくすりと微笑んだ。
「薙刀は――もらっていこうかな。あとこいつの武器も――」
今人を殺したとは思えない呑気な口調で呟き、少年は千代のデイパックを拾い上げ、チャックを勢いよく開けた。
デイパックをひっくり返してぼろぼろと溢れ出してきた中身。その一つが、少年の目に留まる。
「お。これあれじゃん。えーと、MP5Kか」
彼はMP5Kとその弾だけを手に取り、自分のデイパックに突っ込んだ。続いて千代のデイパックから水の入ったペットボトルを取り出す。
水を薙刀に浴びせかけ、血を濯ぎ落とす。
「……さて、僕は僕らしいことをするかなあ」
にっこりと微笑み、自分の返り血を確認してから、少年は薙刀を肩に担いで、ゆったりとした足取りで歩み去っていった。




【5-H/道/1日目-昼】
【千歳遊@ヒカリノコエ】
 [状態]:健康、快楽
 [装備]: 薙刀
 [持物]: 基本支給品一覧+MP5K(サブマシンガン)
 [方針/目的]
  基本方針:楽しめそうな人がいたら殺しあいたい
  1:これこそ僕らしい
  2:部下は生きてるかねえ。




【円千代@黄昏シリーズ:死亡】
【残り59名】

【レイチェル・キール@UNKNOWN:死亡】
【残り58名】


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最終更新:2012年12月20日 21:49
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