「………そう、そういうこと、なんだね。雨雲お兄ちゃん」
とある病院の一室にて、参加者の一人、白宮つぐみは悲しそうに目を伏せてそう呟いた。
窓に写る自分の顔を見て、彼女は自分が生きていることを改めて実感する。
つぐみは、本来ならばここにいる筈のない人間だ。
何故なら彼女は、つい一月前に巷を騒がせている『サーカス殺人鬼』に全ての尊厳を弄ばれた挙げ句、頸動脈をバッサリと切り裂かれて絶命した筈の、人間なのだから。
どうして自分がこうして、まるであの苦痛は夢だったかのように生きているかと問われれば、即答できる。
『白宮雨雲』――――彼女の義兄なら、そのくらい出来ない筈がない。
五つにも満たない頃、白宮の家に引き取られた。
それから十年以上もの時間を過ごしてきた、頼れる義兄が―――きっと自分には思いもつかないような手段で、惨殺された筈の自分を蘇生させたとしか考えられない。
昔からそうだった。
つぐみが何かねだれば、雨雲はそれを必ず叶えてくれた。
幼い頃なんかは、本当に雨雲が魔法使いなのだと信じていたくらいだ―――今は、分からないが。
あの優しかった義兄が、どうしてこんな酷いことを企画したりするのか、分からない。
捨てられている子猫を見つければ知恵を振り絞って飼育するような、お人好しな義兄が、どうして。
(考えても分かるわけないや………みーに雨雲お兄ちゃんの考えることなんて)
時空研究局。
争奪戦。
首輪。
バトル、ロワイアル。
色んな単語がごちゃごちゃと脳内を駆け巡り思考がショートしそうになる。
自分の目覚めたベッドにもう一度倒れ込み、何をするでもなくぼうっと、無機質な天井を見つめた。
触覚のような一本のアホ毛と全体的に小柄なシルエット、着ている服は彼女の通う学校の学生服。
皮肉にも彼女の義兄と同じく、首からはペンダントを提げている。
ただしあしらわれているのは宝石ではなく安物のガラスだ。
祭りの屋台なんかで普通に買える、もう身に付け始めて四年くらいになるそれを手で掴みあげて目の上まで持っていき、ぼうっとその安っぽい、しかし宝石以上に大切な輝きを見つめる。
「恭も、いる」
自分に言い聞かせるように、白宮つぐみにとって最も大切な人間の名前を口にする。
神無月恭一。
小学六年生の時に劇的な出会いを経て、今の今まで恋人として付き合い続けている、一心同体の片割れ。
幸い、わずかなタイミングのずれで事件を逃れた彼もまた、義兄の計画に組み込まれているのだ。
ぶれる。感情の波が、たった一つの雨粒を受けて、波紋が広がっていく。
もう既に死んだ身の自分がどうなるかよりも、あの優しい彼が殺されることが、怖い。
心配は要らないのかもしれない。
いくら過去を変えたい人物たちが集められているといっても、はいそうですかと殺し合うとは限らない。
意外と、あっさりと首輪が外れ、義兄の野望は打ち砕かれるのかもしれない。
(でも………そんなわけ、ない。こいつ、知ってる……みーを殺した殺人鬼………松下健吾。それにこいつの相方がいてもおかしくない。
だったら、危ない……いくらいい人が集まっても、あの二人をどうにかしなきゃ)
白宮つぐみは、つい一月ほど前までは普通の高校生だった少女は、思考する。
どうすれば『サーカスの殺人鬼』から神無月恭一を守れるのか、自分にできることは何かないか。
やがて彼女の思考は、最悪のものへと行き着く。
可能性は限りなく低く、その癖リスクばかり大きい。
しかし、もし成し遂げればこの争奪戦を終わらせられる確率はかなり高くなるだろう。
人間として正しい方法かどうかを判断している余裕はない。
こうしている間にもあの二人に、誰かがこの前の自分のように痛め付けられているかもしれないと考えるだけで、自分の中のおよそ迷いというものが一気に消えていくようだった。
(殺す………みーに出来るかわからないけど、やらなきゃ)
少女には似合わない決断を、白宮つぐみは震える体をいなして打ち出す。
相手がどれほどの悪人だろうが、これから自分のしようとする行為は紛れもない殺人だ。
身勝手な理由で、自己満足かもしれない理由で、人を殺そうとしている。
自分を一度殺した人間に恐怖といった感情を感じない訳はないが、それでもやらなくちゃいけない。
刺し違えてでも、仕留める。
傍らに置いていた、軍用と見られるナイフを手に取り、ベッドから潔く起き上がった。
「行こう。人を殺すなんて気が引けるけど、やらなきゃ恭が殺されちゃう」
とはいえ、白宮つぐみは人を殺したことなど勿論ない、いわばどこにでもいるような、ちょっとばかり一人称の特殊なだけの少女に過ぎないのだ。
どうすれば人が死ぬかは分かっていても、それがどれほどの重みをもたらすかは分かっていない。
人殺しが禁忌だとは分かっているが、自分の『理由ある殺人』を正当化してしまっている辺り、まだ幼い。
バトルロワイアルに向いている人材とはとてもいえない、普通の高校生だった。
今も自分の手が無意識に震えていることに気付いていない。
人間という生き物は、生物の本能的感情として『恐怖』を持っている生き物だ。
ましてやまだ人生の五分の一も生きていない、幼い少女が、一度自分を完膚なきまでに殺害した相手に対して恐怖を抱かないなんて、そんな話はない。
これだけの決意をもって動いているつぐみにもまた、例外なくそれは適用される。
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す」
譫言のように、自分の中の殺意を引き上げるために物騒な言葉を並べる彼女。
彼女なりの自己暗示なのかもしれないが、時間が経てば経つほど、迷いというものは生まれてくる。
そして、唇を固く結んで形だけの覚悟を決める。
病室のドアノブに手をかけて、何の迷いもなくドアを開く。
右手には大振りのナイフ、左手には何もないが―――心には、殺意がある。
(ごめんなさい、恭。みーは)
その先を見据えて。
(君のために、人を、ころします)
ドアを、開け放った。
そこに、そいつはいた。
心臓の鼓動が止まる。
あの時と何ら変わらない獣のような、口の周りの涎の跡。
肩口で乱雑に切り揃えられた野性的な茶髪を窓から吹き抜ける風に靡かせて、野獣のような目を細める。
ボロボロの衣服はまるで、世間から隔離された部族のような印象さえ与える。
一言で言うなら『獣』然としたその風貌を見た瞬間、白宮つぐみの決意が、崩れた。
あっさりと、脆く、風化したように消えていく意志。続いて間髪入れずに脳裏を過る記憶。
体を襲っていた震えがより明確な、怪物に怯える子供のような震えに変わっていく。
からん、という音を立てて、決意の証のナイフが床に落ちる。
がらがらと、自分を構成していたものが崩れるような錯覚に捕らわれ、動けなくなる。
立ち上がらなければいけない。恭一を守るために、一人でも多くの人をこいつから救うために、立ち上がって、刺し違えてでもこいつを殺すんだと、決意したじゃないか。
たった数分の時間ではあったものの、自分という存在が変わるほどの決意をしたのに。
まるでそれらが全部無駄だったかのように全身が震え、ピクリとも体は動いてくれなくなる。
「きひひひっ、あん時のお嬢ちゃんかあ。何で生き返ってんのかわかんねーけど、良かったな」
あの時とまったく同じように、鋭い牙のような八重歯を覗かせて、こいつ―――松下健吾は笑う。
その微笑みは、誰が見たところで安心できる、親しみを覚えられる優しいそれではない。
ましてや一度殺されているつぐみにとっては、それが死神の微笑みにさえ、見えた。
蛇に睨まれた蛙のように身を硬直させているつぐみの姿が滑稽だったのか、げらげらげら、と感に障る大声で松下は爆笑を始める。
泣き出すことさえ出来ない。体のありとあらゆる機能が、停止してしまっていた。
(なんで……動いて……みーは、こいつのことを恐れてなんか、いないのに)
「そういやなぁ、樋之上の奴が言ってたぞー。『あの娘は最高だった』って」
どれほど屈辱的な暴言を吐かれても、反論しようにも声が出ない。
ぱくぱくと、口が動くだけで、酸素を失った魚のように惨めに、震えていることしか出来ない。
静止する彼女をよそに、高揚した様子で松下は話始める。
うきうきと、わくわくと、ここが命を奪い合うデスゲームの舞台であると微塵も感じさせない様子だ。
隙なら腐るほどあるのに、もう白宮つぐみの殺意は完全に崩れ落ちていた。
「つゥかさぁ! 俺に未練なんてないんですよねーッ! あ、強いて言うなら多分『もっと前からこんな風になっときゃ良かったな』かなあ!?」
口角泡を飛ばしながら、人間の姿をした獣は言って爆笑する。
しばらく笑うと笑い疲れたのか口許を拭って、廊下の壁に寄りかかるようにした。
つぐみを殺した時もこんな風に、盛大に笑いながら彼女の肉体を切り裂いて、泣き叫ぶ少女を見て獣めいた咆哮をあげていた―――これが、松下健吾。『サーカスの殺人鬼』の片割れ、猛獣。
野獣と何ら変わらぬ獰猛さと生命力を併せ持ち、人間の辿り着けなかった野性を極めた男。
しかし、目の前に最悪の殺人鬼がいるのだ。
何の行動もせずにこの機会を無駄にしてしまうのはあまりにも勿体無い、それこそ最悪の臆病だ。
「……っ、お願、い。みーを殺してもいいけど、恭だけは……神無月恭一だけは、殺さないで」
「ああん? 誰だそりゃあ……っつかさァァ、これって
殺し合いのゲームでしょぉ? だったらンなこと出来る訳ねぇぇぇだろうがよ。
―――ま、安心しろ。お前は殺さないでおいてやるよ。一度殺った相手をぶっ殺してもつまんねぇし。
…………っつゥゥゥゥ訳で! 神無月君だったかなァ、そいつは責任持って俺がぶっ殺してやんよ! 喜べよ悦べよ、お前今連続殺人鬼を顎で使ったんだぜ、墓まで持っていける幸運だ!!」
べちゃり。女性らしい崩れた座りかたで、白宮つぐみはその場にへたり込む。
もはやその瞳に先程までの気高き決意はなく、あるのは絶望と闇だけだった。
それを見て満足そうに破顔すると、獣は軽く手を振って、陸上選手でさえも超えるような、ただ速さだけに特化した肉体をフルに活かして廊下を爆走し、窓ガラスを蹴破って姿を消す。
残されたのは、決意も希望も、何もかもをぐしゃぐしゃにされた少女だけだった。
つぐみの脳内で、意識を失う直前に聞いた義兄・白宮雨雲の声が再生される。
そして彼女は、納得した。
雨雲の語ったことのもうひとつの意味を、その身をもって知ったことに。
『今日ここに神はいない』――――誰も、守ってなんかくれないのだと。
「もう嫌だよ………うぐっ、恭っ……ごめんなさい、ごめんなさい――――」
泣きじゃくる少女に、神が救いの手を差し伸べることは、なかった。
【A-2/病院/朝】
【白宮つぐみ@死亡者】
[状態]精神恐慌、自己嫌悪
[装備]コンバットナイフ
[道具]支給品一式
[思考]
基本:???
【松下健吾@殺人犯】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、不明支給品1
[思考]
基本:心行くまで殺し合いを愉しむ
【名前】 白宮つぐみ(しろみや・つぐみ)
【性別】 女
【年齢】 16
【職業】 高校生
【身体的特徴】 年の割には小柄で胸が貧相
【性格】 大人しい
【趣味】 読書、絵画
【特技】 気を利かせること
【経歴】 養女として白宮の家に引き取られた。それからは可愛がられて育ってきた
白宮雨雲を義兄にもつ
【好きなもの・こと】 彼氏(神無月恭一)
【苦手なもの・こと】 動物全般
【特殊技能の有無】 一般人
【備考】どこにでもいるような高校生。ただし見た目中学生。
小学校の頃から神無月恭一と付き合っていて、周囲からは『また始まったよこのバカップル』という目で見られている
松下健吾・樋之上壊に殺害されていることになっているが、どういうわけか生き返っている。
一人称は『みー』
【名前】 松下健吾(まつした・けんご)
【性別】 男
【年齢】 19
【職業】 無職
【身体的特徴】 野性的
【性格】 常時テンションが異様に高い
【趣味】 狩り、殺人
【特技】 鬼ごっこ(いろんな意味で)
【経歴】 不明
【好きなもの・こと】 肉
【苦手なもの・こと】 野菜
【特殊技能の有無】 人間にして獣の力を有する『異形』
【備考】『サーカスの殺人鬼』の『野獣(ビースト)』。
樋之上の指示で殺す殺人鬼。
100メートルを七秒台で走り、5メートル以上を跳躍することが出来る。
最終更新:2012年04月06日 12:23