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make common cause

さて、『争奪戦』が始まってから早くも小一時間が経過した今、各地で順調に争乱が巻き起こっているらしい。
こうしてオレが静かに珈琲をたしなんでいる間にも、窓の外から断続した爆音が聞こえている。
窓から外を窺うような愚策を犯さずとも、何が起きているかくらいは経験で把握可能だ。
この世には、人の身にして人外の力を振るう怪物共が確かに存在する。
恐らくはそういった難敵同士が潰しあっている、たったそれだけの下らない話だ。

そしてこの状況は、当然オレのような普通の人間にとってはラッキーな状況であり、彼ら能力者には自分が危険な力を有していると自分から言いふらしているようなもの。
如何に善人であろうとも、戦闘の規模が派手になればなるほど彼らは不利になっていく。
『プレイヤー』を一網打尽にしてやる魂胆かもしれないが、だとしても『オレ』は不利にはならない。
他のプレイヤーが減れば減るほどオレの優位は絶対的なものとなる。
少ない人数を殺すのならそれこそオレの本領だ。撃破しなければならないプレイヤーの数が減るごとに、強くなっていく、と言っては大袈裟かもしれないが、間違ってはいないだろう。

そんなオレだからこそ、この怠惰が許されるのだ。


「……………」


無言ではない。言葉を発することが出来ない、それがオレのハンディキャップだ。
オレの名前は柏原修一という。
声を出せない障害を抱えて産まれ、文字だけで生きてきた。
ドキュメンタリーで取り上げられたことも一度ある。
生まれながらに周囲からの憐れみの目を受け続けて、心地悪い人生を送ってきた。
そんなオレがまともな職業に就くのは勿論かなり困難で、筆談しか出来ない社員を受け入れる企業はそうそうなく、仮にあったとしても書類選考で落とされた。
当たり前だ。誰が好き好んで、意志疎通が面倒な人間を貴重な枠を削ってまで雇用したいと思うか。
オレは恨んだりはしない。
妬みもしない。
そんな、言ってしまえば『何もない』オレの就いた職業は、殺し屋だった。
声を発しないから証拠が残らず、尋問されたとしても絶対に真実を明かさない面を買われた。

政治家を殺した。
一般人を殺した。
テロリストを殺した。
時には怪盗の真似事もした。

そのオレが、まさか過去に未練を持つ日が来ようとは。

大財閥のお嬢様。
オレがただ一度しくじった『仕事』の相手 ―――尤も今、彼女は人間としてのほぼ全てを失っている。
数十万人に一人の奇病を患い、完治する確率は小数点以下とさえ宣告されている。
もう昏睡に陥り、恐らくは生命を終えるときまで元の彼女に戻ることはないという。

いいだろう。
何も望まず、何一つとして欲しがらなかった人生二十年弱。それだけ我慢してきたのなら、ここで一度くらいの我儘を言ったっていい筈だ。
オレは、優勝する。
そしてあの子を、誘拐してでも早期に病院に連れていく。
オレの人生がそれで実質的な終わりを迎えても、構うものか。どうせ地獄行きのこの身だ。どう使おうが今更誰かに指図される謂れはないよ。


「……………」


そんな大層な決意をしたオレが出した結論は、『まだ早い』ということだ。
争奪戦開幕直後の言うならば激戦区にわざわざ参じて、無駄に負傷するなど愚の骨頂。
どうせ勝ち抜くのならば、より少ない殺し合いを、より確実に勝つ手段を選ぶ方が良いに決まってる。

だが漁夫の利を獲りに行くのもまた、得策とは言えまい。
どう転ぶか分からないゲームなら、その展開をしっかり把握しておくことが第一だ。



殺しを行う時も同じ。
相手の行動パターン、生活リズム、健康状態、エトセトラ。それら全てを入念に調べあげて初めて実行に移せる。
一歩を怠る者が堕ち、一歩を慎重に歩む者がのしあがる、それが殺し屋の心得なのだから。

まずは焦らずに時を待ち、頃合を見てここを出る。
そしてしばしプレイヤー達の状態把握に勤しみ、微塵の不確定要素も混じらず確実に勝てるプレイヤーを殺していく。

殺しを行う時も同じ。
相手の行動パターン、生活リズム、健康状態、エトセトラ。それら全てを入念に調べあげて初めて実行に移せる。
一歩を怠る者が堕ち、一歩を慎重に歩む者がのしあがる、それが殺し屋の心得なのだから。

まずは焦らずに時を待ち、頃合を見てここを出る。
そしてしばしプレイヤー達の状態把握に勤しみ、微塵の不確定要素も混じらず確実に勝てるプレイヤーを殺していく。
アイテムを集めて、フラグを立てて、最後にそのフラグを片っ端からへし折って、ゲームクリアだ。
要するにこれは陳腐なゲームと同じ、普段の仕事に比べればよっぽど気が軽い。
殺人が正当化されているルールがオレの味方をしてくれるから、こちらも気兼ねなく殺せる。
――――理由があるっていうのは、本当に楽しいよ。


「…………」


おや、コーヒーがなくなった。
もう三杯目とは、オレも随分とコーヒーを飲むものだ。
こんな不味い液体なのに、飲んでいるととにかく頭が冴え渡る。
それでももう少しまともなブランド豆を用意できなかったのかと思わずにはいられない。
立派な屋敷なのに、こんな豆を使っているとは、小一時間説教してやりたい気分だーーーとか何とか思いながらオレは立ち上がり、再びコーヒーを注ぎに行く。


ドアを開ける。


「…………」
「あらあらー。突然ですが死んでいただけませんかぁ?」


立っていたのは、二十代半ばと見られる女性だった。


茶髪の髪の毛は活発そうなイメージを与えるが、目の下に刻まれた深い隈がそれを台無しにしている。
顔も美人と呼べる面なのに、やはり目の下の隈のせいで台無し。
状況が状況なだけに違和感を放ちまくっているナース服が、余計に彼女の異常性を際立たせている。
全身から漂う疲労の色が、彼女が今までどんな過酷な人生を歩んできたかを物語っていた。
しかしそれは、決して同情の心に繋がることはない。
彼女の右手に握られている銃、コルトガバメントの銃口がオレの胸元に向いていた。


「――――? あなたうろたえないんですね」
「…………」


声が出せないんだよ、と心中で突っ込みながら、身を勢いよく右に反らす。
急いで引き金を引く女だったが、素人が銃を扱って、しかも狙いもろくに定めずに撃って弾丸が当たるわけがない。
ましてオレは殺し屋、銃撃など何度も受けてきたし、今更銃など怖くも何ともない。

鋭い、ただ『障害物の除去』に特化した蹴りでガバメントを叩き落とし、一気に女を組伏せる。
首元に手を当て、指先の動き一つで頸動脈を刺し貫けるように、指を釘のように押し当てる。
はっきり言うと、オレにとってこの女の登場は誤算だ。
オレの予想では、あくまで不確定な計画では、少なくとも第一回の放送までは人を殺めずに傍観に徹したかった。
しかしこの女には少なくともオレが普通でないことはバレた。


「離してくださいよぅ。私はあの子達を助けなきゃいけないんですからー、あは」


指先一本で命を握られている状況にも関わらず、女は時折不気味な笑い声を漏らしている。
目の前のオレの事など見ていないかのように虚空を見つめて、まるでそこに何かが見えているかのように笑いかけ、しかしオレの拘束を解こうと蠢き続けている―――虚ろに。

気持ち悪いとは思わない。
これで気持ちが悪いなら、何も持たずに生きてきたオレはどうなるというのだ。
だが、その姿にはどこか見覚えがある気がしていた。


そこまで来てようやく、オレが、殺し屋として生きてきたオレ、柏原修一が、作戦も経験も関係なく、一人の人間としてこの女を殺したくないと思っていることに気が付いた。
いつの間にか、効率だとかを忘れてこの女の姿に見入っている。
ナース服。
酔っ払うとナース服に着替えて幼い頃のオレに突っ掛かってきた女。
自分勝手にオレを振り回して、その癖妙に気を遣うところがあって―――最期は部屋であっさり首を吊って死んだ女。遺書はなく、未だに何でそんなことをしたのかは分からない。


「…………」


姉さん、と言おうと思ったが、いきなり声が出てくれる筈もなかった。


◇ ◆


「あはは。交換条件ってやつかなぁ~。喋れないなんてお気の毒だね。でも君強いんでしょ? あは」
『職業は殺し屋だ』

オレは屋敷の部屋に置いてあった手帳を拝借して、筆談で女、八神美保との意志疎通を試みていた。
『姉さん』とは姿しか似ていないことに気付くのにさほど時間は要さなかったが、オレもまだまだ未熟者だったようだ―――とっくの昔に、情という感情は失ったと思っていた。
今の、甘さを残している不出来な状態では、この女を殺すことは出来ない。

かといって逃がす訳にもいかない。
殺し屋とは、常に自らを隠し、忍んで生きるもの。
故に、自らの正体を知った人間を生かしておく道理はなく、多少の無茶をしてでも抹殺するものだ。
本来ならば念には念を入れ、一族丸々滅ぼしてしまうさえ望まれる。


「うふふ。では修一くん、精々頑張りましょー……でも最後にはあの子たちのために死んでね、あは」
『死んでもお断りだ』


病んだ様子を隠そうともしない、明らかに狂っている八神の姿に、姉さんの最期が重なる。
オレの何も知らないところで病み、追い詰められ、誰にも相談できないまま一人で逝ってしまった。
垂れ下がったロープに首を括り、ありとあらゆる体液と糞尿を撒き散らした、無惨な姿を呆然と眺める。
思えばあの騒がしい姉さんが、オレという壊れかけの、最後の防波堤だったのかもしれない。
防波堤を失ったから、オレはマイナスになった。
あの人に全て押し付けるつもりは全くないが、どうしても思わざるを得ない。


「で、どうするんですかぁ~? まだだんまり決め込むんですかぁ」
『一度目の 放送までは 動かない』
「あらあらぁ~。慎重派なんですね殺し屋さんはぁ。あはは」


たとえ同行者が増えたところで、オレがどんな風にこの争奪戦を勝ち抜くのかは変わらない。
あくまで時を待ち、下積みを重ねて―――時が来たら一気に、積み木を崩す。


正直、八神美保の存在は足手まといだ。
弾避けくらいになってくれればまだいいが、この女はむしろオレを盾にしてくるだろう。


狂っているからこそ恐れがないのは買う。
しかし時に恐怖という感情は強さになる。
恐怖を感じなくなった人間は慢心し、予想だにしていない伏兵に斬られる。

それでも当分は、八神と行動してやろう。
最後まで、二人でプレイヤー全員を倒して勝ち残れた暁に、その時こそこの幻影を断とう。

オレの人生に甘さは要らない。
姉さんの幻影に囚われるのも、そろそろ御仕舞いだ。

コーヒーをカップに注いで、所定の椅子に腰掛ける。
あれほど騒がしく響いていた爆音は、いつの間にか止んでいた。
誰かが朽ちたか、それとも相討ちか――――最悪、痛み分けで終わったかもしれない。

オレは殺し屋だ。
オレは、標的を仕留める。
オレは、無茶をしない。
オレは、確実に殺せる瞬間に堅実な一手を打って殺す人間だ。
処刑台に固定された死刑囚の首を刈るかの如く。


そんなオレに与えられた殺し屋としての名前が『執行人』であったとしても―――間違っているとはいえない。






【A-3/屋敷/朝】

【柏原修一@執行人】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式、不明支給品
[思考]
基本:時を待ち、プレイヤーを一掃して優勝する

【八神美保@母親】
[状態]健康、精神異常
[装備]コルトガバメント
[道具]支給品一式
[思考]
基本:優勝する





【名前】 柏原修一(かしわばら・しゅういち)
【性別】 男
【年齢】 20
【職業】 殺し屋
【身体的特徴】 引き締まった体つきをしていて、眼鏡をかけている
【性格】 効率主義者
【趣味】 特になし
【特技】 隠密行動
【経歴】 生まれつき声が出せない障害を持っていたが、姉の死を受けて希望を失い殺し屋となった。
     仕事を失敗したことは一度だけで、その時少女を救えなかったことを今も悔やんでいる
【好きなもの・こと】 特になし
【苦手なもの・こと】 感情表現
【特殊技能の有無】なし
【備考】 身体能力は高く、一人の人間との一騎打ちでなら最大限に殺しのスキルを発揮できる


【名前】 八神美保(はちがみ・みほ)
【性別】 女
【年齢】 25
【職業】 看護婦
【身体的特徴】 ナース服着用、目元に深い隈がある
【性格】 元は責任感の強い女性だったが子供の死から精神を病んでしまっている
【趣味】 裁縫
【特技】 傷口の処置
【経歴】 子供を誘拐事件で失った
【好きなもの・こと】 家族
【苦手なもの・こと】 機械
【特殊技能の有無】なし
【備考】 特になし

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最終更新:2012年07月25日 16:42
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