アットウィキロゴ

saturation

俺の人生は退屈だった。
何てことのない普通の家庭に生まれて、三年で飽きた。
親に通わされた小学校は、何もかもが上手くいきすぎて半年で飽きた。
親と行う口喧嘩は、レベルが低すぎて一分で飽きた。
近所の不良を集めて近所の暴力団の家に突撃する遊びは、下らなすぎて三十秒で飽きた。
そしてある日の朝、俺は十五秒で一日に飽きた。
人生に飽きた俺は死のうと、トラックの前に飛び出して、飛び出した瞬間に飽きた。
当然それでは遅すぎる。
鉄の巨体は俺の身体を容赦なく撥ね飛ばし、アスファルトに頭から叩き付けられ、俺は意識を失った。
だが、死ねない。
俺が次に目を覚ました時には、五年が経過していた。
今度は小さな仔猫を助けようとして車に撥ねられ―――記憶を失ったらしい。
仰天した。何てったって、一度目の事故から二度目の事故までの記憶がごっそりと、抜け落ちているんだから。
記憶喪失ってやつだ、その内ふっと思い出すよ―――と医者は宣ったが、俺は内心気付いていた。


(俺の記憶は二度とは戻らない)


空白の五年は永久に返ってくることのない未知(ブラックボックス)となる。
毎日のように俺の病室を訪ねてきてくれた名も知らぬ同年代の男女たちとの関係もちっとも思い出せない。
あの反応を見る限り、俺たちは友達同士か何かだったのだろうか。
しかし、奇妙なことだ。俺は人生全てにことごとく飽きて、投げ出してきた男だというのに、毎日のように見舞いに来てくれる友人が出来ていたなんて。
俺はその時、生まれて初めて罪悪感というものを知った。
重く冷たく、静かに心を削っていくような感覚が、すごく不快で、すごく新鮮でもあった。
全てに飽きて生きてきた人間に、初めて人間らしい感情が生まれたのだ。
それから俺の人間らしさは日に日に増えていき、気付けば俺は―――独りだった。


思い出を失った人間に興味はないと言いたげに、ある日を境に姿を現さなくなった友人たち。
両親は借金の返済が出来ず、息子の俺は昏睡状態にあったのでどうしようもなく、現在逃亡中。
一番好きだった看護婦は辞めて、主治医の先生は死んだ。心筋梗塞、だそうだ。



孤独は辛い。
孤独は苦い。
孤独は――――不気味だ。


孤独から逃れるためにペットを飼った。可愛い鳥だ。
そして、出会いを探すために色んなことをしていき、気付けば俺には俗に言う『霊感』が備わっていた。
幽霊でも良かった。自分の相手をしてくれる存在なら、何でも良かった。
彼らの嘆き、憎悪、哀しみ、願い―――といった、負の感情を解してやることを続けていたら、気付けば俺は霊媒師と呼ばれる、とても科学的とは言い難い職業に就いていた。
毎日のように訪れる、背中にこの世ならざる存在を宿した人間。
それを会話して祓い、高額な代金を取って生計を立てる単調な生活に―――俺は、飽きた。
気付けば俺は無気力になり、いつしか仕事さえも適当にこなすようになる。
見る見る仕事が減る。
貯金はまだまだ、後数年分くらいはある。
でも俺はもう、飽きたくなかった。
こんな生活を続けていれば、いつかまた俺は人生に飽きてしまう。
折角手に入れた人間らしさを失ってまた、機械に戻りたくはない。


そんな時だから尚更、俺の前に現れた怪しげな女の差し出した招待状は魅力的だった。
時間を跳躍する権利だなんて、素晴らしいとしか言えない。
俺が何より望むものが向こうからやって来てくれた。


「って訳でな。俺は『二度目の事故』を回避したいんだ」


長々と語ってしまって、目の前の青年はもう『飽きて』いる様子だ。


「だからお前をここで殺す」
「やってみろよ、バァーカ」


涎の跡が口許に残っていて、その口は獰猛に開かれている。
相貌はまるで猛禽類のそれ。
ところどころ破け、千切れた衣服はまるで、野生の中で生活してきたかのように荒々しい。
彼こそ、俺の前に最初に現れた挑戦者(チャレンジャー)、松下健吾君だ。職業は殺人の鬼、猛獣。
そして彼ほど気性の荒い人物がこうして、聞きたくもないだろう俺の過去話なんかを黙って聞いていてくれた理由は、ひとえに彼が見てくれと肩書きだけの半端者ではないからに尽きる。
この絶妙な間合い下手に進出すれば、即座に自らの骨が砕けることを理解しているのだ。

俺は人生に飽き続けてきた。
しかし、一つの事柄を極めるのは異常に早かった。
学問をさせれば一時間で教科書一冊を理解し、丸一日あれば義務教育を修了した。
陸上競技をさせれば大会新記録を連続樹立し、練習を積んできた努力家たちを踏みにじった。
そして―――武術をさせれば、師範をたった半日の鍛練で破れる。


今の俺が構えているのは、習得してきた数々の武術を応用した独自の、自分で言うのも何だがまともな人間では一生を費やしても習得出来ないだろう、破壊に特化した構え。
まともに入れば命を奪い得る。
内臓器官を破壊し、苦しみながら死んで行くのだ。


「では始めようぜ、猛獣」
「応。ぶっ殺すぜ、優男」


俺―――古咲礼二の疾走とほぼ同時に、松下健吾は大きく宙に舞い上がる。
人間とは思えない飛距離、そして空中でも自分の思った通りに動く身体。やはり、並の相手ではない。
こちとら実践経験がほぼ無い身なのだ、出来れば正攻法で来てほしいものだ。
だが俺は、空中から着地と同時に、長い爪の生えた、それこそ鍬のような腕のスイングを軽く避けてその腹部に膝を叩き込む。


「グァッ!?」


蛙の潰れたような声をあげて仰け反る松下の側頭部に回し蹴りを放つ―――命中。
地面を転がる松下が起き上がるより早くその眼前まで距離を詰めんと、俺は地を蹴りあげる。
あの猛獣の―――とはいえ流石に肉体のスペック差があり、再現は無理だったが―――走法を見よう見まねで使う。やはり普通に走るより幾分か速い。
松下が起き上がる。
間に合わなかったが、それでも此方の優位に何ら変わりはない。
獣と人間の間には、知能と言う明確な格差がある。


「それがお前の敗因だっ!」


踵落としをその頭部に向け降り下ろす。
これを当てようとは思っていない。むしろ、かわされてこそだ。
予想通りに避けて反撃してくる松下の腕を受け止め、カウンターのパンチを叩き込む―――!


「………やっりー」


痛い。
胸に、何かが刺さっている。
鋭くて銀に光る――――メス?



それが、丁度俺の心の臓の地点に深々と、突き刺されていた。
放とうとしていた拳は空しく空を切り、身体が地面へと崩れ落ちる。
どくどくどくどくと、自分の胸から溢れ出す鮮血が地面を濡らしていく。
助からないのはもはや目に見えているし、正直なところ虫の息とはいえまだ生命を維持できていること自体が不思議なくらいの致命傷だ―――何せ心臓を刺されているのだから。

ああ。いざ実際に死ぬとなると、飽きないな。
飽きた筈の何もかもが愛しく思えてくる。
色んなものを投げ出して、極めてきたこの二十一年間―――何やかんや、悪くなかったな。


「死にたく……ねえ……は、はっ」


乾いた笑い声をあげて、もう一度吐血し―――俺は全てを終えた。人生を、終えた。



【古咲礼二@霊媒師 死亡】



◇ ◇

「きひひっ。馬鹿じゃねぇの? 俺が肉体だけで戦うようなアホに見えるかっての、ッハハハハハ!!」


生命活動を完全に終了した古咲礼二の死体を嘲るように見下ろし、松下健吾は笑った。
古咲にだって十分勝機のある戦いだった。
肉体のスペックでなら松下には到底及ばなかったろうが、技術でなら古咲のそれは数段勝っている。
原始的な獣と近代的な人間の戦いならば、むしろ人間に勝機が大きく傾いているとさえ言えるだろう。
結論から言って、勝敗を分けたのは経験の差だ。
幾度も幾度も、相棒の指示と自らの肉体と武器を駆使して戦ってきた松下と、一度も戦わずに机上の論理を充てにして磨きあげたパターン頼みの古咲の間には明確な差異がある。

一対一の殺し合いで、相手の行動原理をただの猛獣だと誤認してしまった古咲には、唐突すぎる松下の武器使用に対応することができなかった。
ましてや相手は猛獣。その速さは天下一品だ。
容赦なく小さな刃は霊媒師の心臓を貫き、波瀾万丈の人生を飽きながらも生きてきた男を終わらせた。
獣が雄叫び、狩人は動かない。
こうして争奪戦にて―――二人目の参加者が死亡した。


残り、十二人。


【C-2/工場/午前】


【松下健吾@殺人犯】
[状態]腹部にダメージ(小)
[装備]メス
[道具]基本支給品一式
[思考]
基本:心行くまで殺し合いを愉しむ



【名前】古咲礼二(ふるさか・れいじ)
【性別】男
【年齢】21
【職業】霊媒師
【身体的特徴】痩せ型で長身。コンタクト着用
【性格】異常なまでに飽きっぽく、異様なまでに吸収が速い
【趣味】なし
【特技】除霊
【経歴】五年前に交通事故に遭い、もう一度交通事故に遭うまでの記憶が消失している。
子供の頃から飽きっぽく、人生まで投げ出そうとしていた
【好きなもの・こと】鳥
【苦手なもの・こと】孤独
【特殊技能の有無】なし
【備考】失った五年間を取り戻すため、交通事故に遭わなかった未来を望む

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年04月12日 21:20
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。