白髪矮躯の、見方によっては少女とも見える女が、一人不機嫌そうに歩いていた。
彼女――尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所軍所総監督、“奇策士とがめ”がこの上ないまでの不機嫌である理由は単純にして明快、このバトルロワイアルそのものに対して、苛ついているのだ。
身勝手かつ悪趣味極まりない悪党ごときのせいで、使命を果たせなくなるやもしれない。
苛立ちの皮を被った焦燥が、奇策士と揶揄されるとがめの脳裏を支配している。
(何ということだ……! こんなことをしている場合ではないのに!)
覚えているのは、探し求める変体刀の一本、双刀『鎚』を入手したところまでだ。
今回はかなりの紆余曲折を経てしまったが、どうにかこの世で最も重い刀の収集に成功した。
双刀の所有者であった凍空こなゆきの力を借りて、それを運び終わり、いざ次の変体刀を収集しようとしていた矢先に、気が付けば白髭の初老の男とツートンカラーのクマに拉致されていた。
あまりに脈略のない超展開に、これまでの旅で様々な不可思議を目にして来た彼女も呆然となる。
何しろ、異国の人間が相手とはいえ、科学が違いすぎている。
これほどまでか、と思うだけで頭が痛くなってくるくらい、といえば分かってもらえるだろうか。
(とりあえず七花の奴と合流しなければ……っ、そういえば七実も呼ばれていたな)
自身の『刀』とその身内の顔を思い描き、まずは彼らとの合流が最優先ととがめは判断する。
とにかく、こんな遊戯になんぞ付き合っていられなかった。
一刻も早くこの『箱庭』とやらから脱出し、刀集めに戻らなくてはならない。
四季崎記紀の十二本の変体刀の収集―――それが、とがめの成さねばならぬ使命なのだから。
立ちはだかる障害は排除してでも、強引にでも、目的を達成させて貰う。
「だが、本当に『これ』……どうしたものかなぁ」
とがめは自らの首にも例外なく装着された『首輪』をコンコン、と叩いてそう溜め息混じりに漏らす。
からくりの域を逸脱した、まさしく理解不能の一言に尽きる、後の時代の『精密機械』。
このバトルロワイアルとやらを厄介なものにしている第一の理由がまず、コレだった。
無理矢理には外せず、だがこんな物に詳しい知り合いなどいない。
が、本気でこの島からの脱出を志すなら首輪の解除は必要不可欠……否、最優先事項である。
何しろこの首輪ある限り、箱庭から一歩を踏み出しただけで全てが終わってしまうのだ。
犬畜生のような扱いには憤慨したくもあったが、それどころでないことくらいは分かる。
とにかく、脱出の手段以前にこれをどうにかしなくては。
都合よく技術者が居てくれれば最高だ。しかし、そうでなかった場合は最悪のパターン。
彼女の刀――あの『虚刀』を用いて並み入る有象無象を蹴散らすことだって有り得る話だ。
「まあそれを後回しにするとしても、だ」
奇策士とがめが、目の前の問題から目を背けた瞬間である。
実のところ、頭脳派の彼女でさえこの状況には未だ順応しきれていなかった。
参加者名簿にあったその名前を見た刹那、一度は名簿を握り潰そうかと思ったくらいだ。
「――――なぜこの名前がここにある、宇練銀閣っ!?」
宇練銀閣、その名前は、とがめの記憶している限りでは絶対に有り得ないものだった。
四季崎記紀の変体刀が一本、斬刀『鈍』のかつての所有者であった剣士。
斬刀の性能を込みにしても異常の一言に尽きるその剣技はまさに圧巻。
とはいえ、宇練は他ならぬとがめの『刀』が、とがめの見ている前で討ち果たした筈だ。
あれで生きているならば、とがめはもうこの世の全てを疑いながら生きていかねばならないだろう。
しかし、こんなハッタリを主催者が使う行為にまるで意味が感じられない。
「あー、もう! 何が何だかさっぱり分からん!!」
頭をわしゃわしゃと掻き乱して、とがめは思わず叫んでいた。
真庭のしのびならこのくらいやってのけるのかもしれないが、思考が追い付かない。
あまりにも突拍子が無すぎて、だが何より現実味が何一つ、この状況には感じられなかった。
「七花を探そう……何でだか知らんが、すごく疲れた……」
小さい体をより一層縮こまらせて、ぐったりした様子でとがめは歩き出す。
只者ではないからこそ“奇策士”なんて称号を与えられたのだが、彼女自身はあまりに貧弱だ。
本人曰く「障子紙より弱い」。そしてそれは、こんな事態ともなれば死活問題である。
身を守るために、そして本格的に行動を開始するためにも、まずは『刀』・鑢七花との合流が先決。
思考が追い付かずとも、やるべきことは手際よく見出す。
その性質こそが、彼女が奇策士と呼ばれる理由を暗に示唆していた。
「あいつのことだ、殺されるなんてことはないだろうが……」
虚刀流。
『大乱の英雄』。父親の仇。
そしてその息子、七代目、鑢七花。
つくづく因果な運命であるとは思ったが、今は彼だけが頼みの綱である。
強さに関しては折り紙付き、その身を案じる必要はまるで感じられない。
だが、何分七花は単純思考すぎるきらいがあった。
最近は大分丸くなったが、何しろ奴には人殺しへ一切の躊躇いがないのだ。
早まったことをしてくれるなよ、と思わずにはいられない。
「何にせよ、急いだ方が良さそうだ。……くぅ、自分の体力のなさが恨めしい!」
とがめは歩く。
歩く。歩く。転びそうになる。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く―――息があがる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………もうダメだ、歩きながら考えるなんてしなきゃ良かった」
驚くべき体力のなさである。
これでは確かに
殺し合いを実力でどうにかしようなど無理、無謀にも程があるというものだ。
七花が近くにいないこと、そして何よりこの道が悪かった。
住宅地の真ん中でこそあれ―――かなり急な坂道が、とがめの前には続いていた。
只でさえ貧弱なとがめにとってこれは、死刑宣告にも等しい不運だ。
目の前を黒猫が横切るなんかよりずっと不吉なスタートダッシュである。
「ぜぇー、ぜぇーっ………」
まるでマラソン大会の選手のように息を切らせているが、実はそれほどの距離を歩いていない。
坂道とはいえ、走って上りでもしない限りどうにかなるレベルの距離である。
まず、まともな人間は坂道ひとつでスタミナを切らさないだろう。
しかし、彼女にここで思いがけない救いの手が差し伸べられる。
「………えーと、だ。大丈夫か?」
「ぬわぁっ!?」
すっとんきょうな悲鳴をあげて、とがめは思い切り尻餅をついた。
その様たるや、とてもじゃないが不可能と謳われた変体刀収集を猛烈な手際で完遂しつつある奇策士には見えない。
それを見て、とがめに声をかけた張本人の女はばつが悪そうに目を反らすのだった。
◇ ◆ ◇
結局、とがめはどうにか難関の坂道を越えることができた。
思いがけない遭遇者、フードを被ったパーカー姿の、とにかく目付きが悪い女。
さすがに警戒したが、相手も悪気はなかったのか、とがめを抱き抱えて運んでくれたのだ。
奇しくも、以前似たような状況に鑢七花がやったように、お姫様抱っこで。
「……俺はキドだ。殺し合いには乗っていない」
見た目を裏切らず無愛想な態度で、ぶっきらぼうに女――キドはとがめに名乗る。
『俺』なんて珍しい一人称を使っているから分かりにくく、とがめは彼女の性別を見抜けなかった。
何しろとがめの時代はキドからすれば遥か昔、今のような文化はまるで発展していない。
わざわざ自分を『俺』などと名乗る女子は、現在よりも更に希少な存在だったことだろう。
一方のキドは、とがめの明らかに時代を錯誤した服装に最初は面喰らった。
コスプレイヤーなのかと思えば訳の分からないことを独りで喚き出すし、不審に思ったのも無理はない。
なのでその後をつけてみたのだが、脅威どころか心配になるくらいの貧弱さを披露してくれた。
いよいよ見かねたキドが声をかけ、今は手近な民家に入って彼女を休憩させているところだ。
建築技術がどうのこうのと言っているが――まあ、気にしないことにする。
「おっと、そういえば申し遅れた。私は尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所軍所総監督、奇策士とがめだ」
キドが目の前の女の奇怪さから目を反らし始めた時、そんな予想斜め上の自己紹介が飛んできた。
随分個性的な面子を仲間に持つキドではあるが、これはずば抜けている。
厨二病の患者である線が濃厚だろうか――ならば、突っ込んでやるべきなのか?
しばし葛藤した挙げ句、キドはとがめに問うた。
「尾張幕府って何だよ」
この質問が、彼女の想像より遥かに大きい影響をもたらすとは知らずに。
「――は? 何を言っているんだ?」
「こっちの台詞だろうが、それは。尾張幕府なんて歴史上に存在しないぞ、厨二病にしてももう少し時代考証をしっかりしろよ……」
「……まさか」
その瞬間(とき)、奇策士とがめの脳内で、パズルのピースが一気に噛み合った。
思えばずっと不可解だったのだ、異国の技術にしろ、あまりに飛びすぎた科学技術。
今自分たちが休んでいる住宅だって、どう考えても建築技術が高度すぎる。
二色の熊など聞いたことがないし、周りの者が口にしていた『ロボット』なる単語にも聞き覚えがない。
それに加えて、このキドという少女。
彼女は自分と同じ東洋人の顔立ちをしていながらも、尾張幕府の存在を知らない。
もはやそれは無知なんてレベルではないが、この高度な建築には何の興味も示さない。
ならば、考えられる可能性はもはやたったひとつしかないだろう。
変体刀なんかよりずっと突拍子もない結論であるのが癪だが、恐らくこれが真実だ。
「―――そういう、ことかっ!!」
キドがより深い奇異の視線を向けるが、とがめはすべてを理解していた。
彼女がどうして自分を奇妙なものを見るような目で見るのか、その全てを理解していた。
「キド、だったか。落ち着いて聞いてくれ。信じがたいことだろうが―――」
「ああ、そういうのは構わない。……信じがたいことには、ちょっとばかし慣れているんだ」
「……そうか。ありがたい」
キド自身、常人ならば信じられないだろう不可思議を体に持っている。
加えて、同じような不可思議を持つ仲間を何人か知っている。
更に加えて、メデューサの末裔なんて漫画のような存在も、仲間の一人である。
並大抵のことでは、少なくともとがめを不審と糾弾して暴れまわるような真似はしないだろう。
それ以前にキドはどちらかといえば物静かな人間だ、それこそ滅多なことがあろうと、そんな取り乱し方をするなんてまず有り得ない話。
そしてとがめは、真剣な面持ちでその仮説を語った。
「――――主催者どもは、何かの力を持っている。
まず、時間の概念を無為にするような力。そして、どう表現すればいいのか今一分からないのだが、『とがめ』のいた世界と『キド』のいた世界のように、いわば『別世界』から人を集める力。
そうすれば、尾張幕府の有無、この建築――謎は全て解ける」
―――彼女にはまだ知るよしもないことだったが、とがめのいた世界は本来有り得ない歪曲をしている。
改変された世界、あるべきでない世界。
可能性世界、別世界線、パラレルワールド。
表現する言葉は数あれど、キドはそのどれも用いずに、彼女の言葉を肯定した。
「――なるほどな。それなら、俺が感じていたいくつかの違和感も合点がいく。やるな、あんた」
キドが参加者の名前が記された名簿を確認した際、仲間の名前の他にいくつか気になる名前があった。
日本名から洋名まで、どうやら多国籍の人間が参加させられているらしかったが、どう考えてもありえない、あってはならないような名前まであったのだ。
例えば、日本人の九割がたがご存知だろう戦国の魔王、織田信長。
そしてそれを自害へと追い込んだ本能寺の逆賊、明智光秀。
いくら昨今の世の中で変わった名前が流行しているとはいえ、流石にこれはおかしいだろう。
だがそれも、とがめの提唱した『時空』と『世界』を超える力があるとすれば、納得の話だ。
まあ、戦国乱世の只中から参加者を連れてくるなど、正気の沙汰とは思えなかったが。
いや、正気ならばそもそも殺し合いをさせようなんて考えには至らないか。
「しかし、面倒だ」
とがめは自らも気付かぬ内に、自分の刀のように気だるげに言う。
「もしやすると、この箱庭から脱出しただけではならぬのかもしれん。もっと大きな手順を踏んでいかねばならぬとすれば―――ああ、まったくなんてことをしてくれたのだぁっ!!」
「落ち着け」
キドは放っておくと随分と愉快な矮躯の頭をこつん、と叩いてたしなめる。
語りたいことがあったのは、何もとがめだけではない。
キドにも彼女に一切語っておらず、しかしいずれ語らねばならないだろうことがある。
「とがめ、だったか。俺があんたと会った時、あんたは何か感じなかったか?」
「……? そういえば、何やら気配をまるで感じなかったか気がするが」
「それだよ」
キドは自分の目を人差し指で指し、これだ、と言った。
とがめにはそのジェスチャーが何を意味しているのか分からなかったが、この会場にいる何人か。キドの仲間であれば、その意味をすぐに理解しただろう。
幼い頃は恐れ、今では考えられないような弱さも見せてしまった。
しかしこの『目』がなければあの愉快な団員たちと出会うこともなかったと考えれば、些か悪いものじゃなかったのかもな、と思えないこともない。
「俺の能力は『目を隠す』力だ。だからあんたには、俺を『見てもらえなかった』」
口元をニヒルに歪める。
今でこそコントロールが可能な力だが、昔は随分と怯えていたものだ。
いつか自分が消えてしまうのではないかと思うと、気が気ではなかった。
キドの能力はその名の通り、人から見えなくなる――否、見てもらえなくなる力である。
その両目に宿った奇妙奇天烈な力だが、今となってはそこそこ便利に使わせて貰っているのだが。
たとえば人見知りの知り合いなんかを連れて出掛ける時には、ひどく重宝する。
そしてそれはこのバトルロワイアルでも同じことだろう。
現にキドは最初、とがめを警戒したからこそこの力を使って、彼女を尾行した。
任意の対象にもある程度使用できるこの力、上手く使えばこのバトルロワイアルにおいて相当便利なものになるに違いない。
「そうか……信じがたい話だが、信じよう。いくら私でも、全く気配を感じなかったのはおかしいと思っていたからな。それに、その手の話にはこちらも大分慣れている」
かつて自分を裏切り、今は敵となって立ちはだかるしのびを見てきた。
真庭忍軍の輩が用いてきた忍術に比べれば、まだ可愛い力ではないか。
別世界からの人間であるならば、とがめの知っている道理が全て通じない可能性だってあるのだし。
「それでは、そろそろ動くとしよう。七花のやつを放置しておけないしな」
「了解だ。俺も探さなきゃならない奴らがいるからな――暫くは同盟といこう、奇策士殿?」
明晰な頭脳を早速働かせたとがめと、目を隠す力を持つキド。
彼らのバトルロワイアルもまたこうしてゆるやかに
スタートを切ることとなる。
とがめに聞こえるか聞こえないかの声量で、キドはボソリと呟いた。
「―――任務開始」
さあ、合図だ。クールにいこう。
【一日目/深夜/E-3・住宅地】
【とがめ@刀語】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・行動]
0:バトルロワイアルから脱出し、元の世界に帰る
1:キドと行動し、七花を捜索する
※双刀『鎚』入手後からの参加です
※参加者が時間と世界を超えて集められているとの仮説を立てました
【キド@カゲロウデイズ】
[状態]健康、『目を隠す』使用可能まであと二時間
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・行動]
0:バトルロワイアルを終わらせ、元の世界に帰る
1:とがめと行動し、メカクシ団の団員たちを探す
※とがめの仮説を聞きました
※能力使用は連続3分間までの制限がかかっています。3分使用すると2時間使えません
最終更新:2012年08月17日 09:02