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演習開始(ミッション・スタート)

チュンチュン、と美しい雀の鳴き声が朝の日差しを彩っている。
願わくばもっと気の利いた場所で、好きなひととこの時間を共有したり、そういう少女らしいことをしてみたい。
簡素な部屋の中で椅子に凭れたまま起床の時を迎えた少女は、未だ覚醒しない意識でそんなことを思う。
そんな願いが叶うことないと分かっていても願わずにはいられない、そのあたり彼女はまだ少女だった。
幾度の戦場を越えて人外を物言わぬ屍に変え、死線だって踏み越えた回数は両手足の指じゃとても足りない。
殺してきた相手もそろそろ三桁に届くのではないだろうか――それが生物学的に人間であるかどうかは別として。
厭な記憶を思い返しながら「うーんっ」と声を出して背伸びし、そしてまた二度寝の体勢に入ろうとする。
………しかし、彼女の眠りは最後まで遂げられることはなかった。
ドンドンドン! と、それこそ鉛の弾丸で扉を撃っているのかと思うぐらいの轟音に微睡みを妨げられたのだ。
間抜けな声を出して床に尻餅をつく姿はまさか、幾多の戦場を乗り越えた戦士には見えないだろう。
布団に入ってすらいなかったので何だか体が痛んだが、あと五秒応答しなかったら本当にヤバい。
手榴弾の破片を全部避けろとか、頭のおかしい訓練を押し付けられそうだ。
まずいまずい! と急いで部屋の鍵を開けると、案の定そこには鬼の形相の教官・高柳泰我の姿が。


「……あ、あはは……おはようございます」
「たわけ者ッ! 今日は大事な演習を行うと行っておいたろうが!!」


む。そういえばそんな話もしていたような――いやいやいや、間違いなくしていた! 今思い出した!
あまりにも夕食のカレーライスが不味すぎて聞いてなかったけど――慌てて意味のない奇声を上げる彼女に、高柳は怒鳴る。


「全く貴様は、特級軍人の自覚が足りぬと常日頃から言っているだろう! ……いや、今日はここまでにしておく。我輩も少々忙しいのだーーー『プログラム』の最終準備を整えておかねばならないからな。
まぁいい、とにかく朝飯を食ってすぐに視聴覚室に向かえ。今日ばかりは、遅刻は許されんぞ」


あれ? と少女は少し拍子抜けに思う。
口喧しく古臭い性格で嫌われているあの高柳泰我が、十八番の説教をこんな半端で切るとは思えなかったのだ。
もちろん嫌な説教を聞かないに越したことはないのだが、こればかりはどうしても引っ掛かるものがあった。
それに、『プログラム』の単語を口にする瞬間に、どことなく堅物の口元が歪んでいたようにも見えた。
バタン、と音を立ててドアが閉まり、個室には少女だけが残った。


「どうしたんだ一体……あ、やば。どっちにしろ急がなきゃ」


彼女の名前は、霧埜夏凛。
『特殊防衛軍隊』が誇る突撃兵にして、誰よりも仲間たちを想っている女子高生だった少女。
ほんの少し人と違っていたがためだけに、彼女は普通に生きられなくなった。
『此処』には―――そういった異常者ばかりが集わされ、『敵(エネミー)』の殲滅を強制されるのだ。
それが、特殊防衛軍隊である。



◇◇



西暦2020年。
これ以上ないバブル経済に見舞われた世界中で、とある医療が大流行した。
十年ほど前の不景気が跡形もなく消し去られて浮き足だった世間に、それを非人道的であると咎める者はいなかった。
時代の変化は、人々の価値観までもを大きく変貌させてしまったのだ。
自分の子供が普通であることが許せない、まして誰かに劣っているなんて生きている意味がない。
誰よりも愛する我が子を特別であらせようとし続けた親達を見かね、ある科学者は一つのプロジェクトを立ち上げたのだ。
『超能力開発プログラム』―――後に空前絶後の大騒動を巻き起こすそれであるとは知らずに、彼らはそれを開発した。
夢物語とされていた超能力の実現は僅か二年で達成され、世界の道理を根底から覆した。
しかし彼らの考案した『超能力の開発』の手段とは、孕んだ胎児にある特殊電波を浴びせるというもの。
マウスに実験したところ、聴力を二倍以上に跳ね上げる効果があったという未知のそれをいきなり人間に使用する試みは見事に成功し、超能力者は決して特別な存在ではなくなった。
――順調なのはそこまでだった。
プログラム受験者の八割以上が、生後十年もしない内に謎の脳出血を起こし死亡する、そんな事態が発生したのだ。
おかげで少子化が急速に進行、開発者は捕らえられ大罪人として処刑・投獄され、今もなお裁判は続いている。
バブル経済の崩壊までは引き起こさずとも、僅かな罅を入れるには十分すぎる事件となった。
一度綻んだ衣服は、自然には直らない。
それと同じく、世界は芋づる式に壊れていき、ついにある日決定的な事件が起きる。



――――そう、『エネミー』の襲来である。



彼らは人間の姿をしていながら、翼や獣の耳を持った文字通りのエネミーだった。
人らしい心を持っていても、その思想は全てが地球の制圧に向けられる。
戦闘機の機銃を片腕で弾き、一発で高層ビルを塵に変えるハンドガンを持った彼らの勢力が地球を支配するのに、そう時間はかからなかった。
そんな中、牢獄の中の『超能力開発プログラム』首謀者が語ったのだ。


「僕の作った超能力者を使えば、計算上奴らに99パーセント勝てる」


大罪人とはいえ、彼の頭脳と実績は本物。
藁にもすがりたい世界のお偉い方は彼の理論を取り入れ、世間に持て余された『二割』を全力でかき集めた。
最強無敵のエネミーに土を付ける唯一の可能性、超能力者の子供たち。
その人数総勢120人――その強大な戦力を世界中に割り振ったのが、『特殊防衛軍隊』。
彼らを導入してから戦況は僅かに人間側に傾き、いよいよエネミー共との大戦争は終結へ向かおうとしているのであった。
最年長で18歳、最年少で15歳の少年少女、忌み子と呼ばれた彼らによって世界は救われる。


―――しかし、その終わりに楔を打ち込むものが、現れるのであった―――



◇◇



壁時計の針は丁度正午を指している。
ごーんごーんと鐘が鳴り響く頃、霧埜夏凛は滑り込みで視聴覚室に入った。
既に仲間は集っており、また遅刻かよ、と誰かが溜め息を漏らしたのを聞いた。
だが、どうも彼らの中にも誰一人として、これから何が始まるのかを知る者はいないようだ。
夏凛の一番気になっていることを教えてくれる人がいないこと。そんな些細が、どうしても不安で仕方なかった。
―――あるいは、彼女は第六感のようなもので悟っていたのかもしれない。
高柳泰我の発表する『プログラム』が、彼女たちの誰一人として予想しなかったものであると。
エネミーだの何だの、それが些細なことに思えるような絶望の演習が始まることを。


「おう、揃ってるな貴様ら」


夏凛が席に着いてから一息吐く間もなく、高柳がドアを勢いよく開け放って入室した。
その後ろを着いていくように入ってきたのは、高柳と対称的な性格の若い美人教官・若林美沙だ。
少々特徴的なボサボサ髪からは想像もできないほど、彼女はお人好しで愛嬌のある性格をしている。
高柳との仲も良好だそうだが、本人はあれを恋愛対象に見ることはできないらしい。


「………」


だからこそ、その彼女が虚ろな瞳で、首に鉄製の輪っかを填めている意味がまるで分からない。
いつもの快活な姿からは想像もできない弱り方に、いくらなんでもざわめきが起こる。


「静かにせよ! 若林教官にはこれから大事な役を担ってもらうのだ――断じて貴様らには関係ない!」


怒鳴り付ける高柳の姿が、ここまで胡散臭く見えたことがかつてあっただろうか。
あの堅物教官が婦女暴行を働くとは到底思えないのだが、どう見ても若林の様子は異様だ。
否応なしに少年少女の不安を掻き立てておきながら、高柳は意にも介さずに背後の黒板を握り拳を作り、叩いた。


「まずは問おう。貴様らは、この現状に満足しているか? 世界が本当に正しいと思うか?」


――らしくない。
彼女らの知る高柳泰我は、こういう既存の常識に楯突くのが大嫌いな人物だった筈だ。
しかもこんな抽象的な質問の仕方を選ぶ時点で、彼らしさなど皆無であった。
もう偽者であると考えた方がまだ真実味がある、それぐらいには気持ち悪い。


「我輩は否だ。世界は間違っている――エネミーを殲滅することでは、何一つとして世界は良い方向には進まない! 彼らの下にあってこそ輝く、それこそが人類にとって最高の未来であるとは思わんかね!?」


それこそ、問題発言にも程があることを、かの鬼教官は平然と言い放つ。
だがこればかりは、断じて看過できる言葉ではなかった。
エネミーの働いた行為がもたらした被害を見てきたなら、到底語れる筈のない思想だと思う。
もしも公になれば間違いなく首が飛ぶだろう。
ざわめきが大きくなり、僅かではあるが怒りの声まで混じり出す。

「ふん、やはり古き思想に毒された餓鬼共か。まあいい、今日行って貰う演習は、演習であって演習ではない。実戦だ」

高柳は赤いチョークを取り出すと、黒板に大きく四文字の単語を書き綴った。
それは霧埜夏凛たちが何度も行ってきた行為で、それでいて最も忌み嫌う行為であった。



殺し合い……演習を生きて終えられるのはただ一人、他の全てを殺し尽くした者だけが生き延びられる」



―――もう、ざわめきすら起きることはなかった。
圧倒的な静寂だけが視聴覚室を支配し、高柳の邪悪な笑顔が凍った空気を極彩色に彩っているようでさえある。
到底信じがたい話だとは思うのだが、相手はかの鬼教官・高柳泰我。
夏凛の頭の中が空っぽになって、しかし正直に高柳の語る話だけは脳にしっかりと通してゆく。


「制限時間は存在しない。ただし、演習が停滞しているとこちらが認識次第貴様ら全員を即座に『制裁』として殺害する。
贔屓をして貰えると思うな。この演習において命は等しくゴミクズで、踏みにじられるべき安物だ。
生き延びるのは高貴なる命だけで良い。それ以外は―――無価値に散るが良いわ」


この時、高柳以外の全員が、高柳泰我という人間に対しての認識を改めることになった。
この男は、狂っているのだ。
ひとつの思想に熱狂するあまり化け物じみたことを平気で行う、行きすぎたストイック精神の持ち主。
もはや疑うこともなく、奇妙なほど自然に全員がそれを受け入れてしまっていた。
彼らは本能的に、高柳の異常性を共に過ごす上で気付いていたのかもしれない。


「ゲーム開始時刻はこれより十二時間後、午前零時からだ。それまで貴様達の意識は奪わせてもらう。その間に然るべき準備を整えて、我々が用意した会場へ連れていく――が、もうひとつやっておかなければならないことがあるな」


高柳はそう言うと、スーツのポケットから携帯端末のような物体を取り出した。
何かの操作を行ったかと思えば、若林の首に巻かれた首輪が赤いランプを点滅させ、連続して甲高い音を鳴らす。


「我輩の『プログラム』への反逆者、最低限のルールさえ守れない愚か者には、死をくれてやる」


ボガンッ!!! と、激しい一発の爆発音が静寂を切り裂いた。
ごろん。床に転がった黒焦げのボールが何であるかなど、もう誰の目から見ても明らかなものであったろう。
爆発の熱で顔面は判別できないほどになっていたが、遅れて倒れた首から上をなくした女の亡骸が、その正体が何であるかを物語っている。
真っ黒いボールの正体―――若林美沙の、生首だった。
首にあった筈の首輪は跡形もなくなっており、あれが若林の生命を断ったのだと彼らに理解させる。


「貴様らにも後々取り付けるものだ――元は対エネミー用に作られた物なのだがな。少なくとも、能力の有無を問わず対象を爆殺できるくらいの破壊力はある。人間である貴様らへの効果は尚更高くなるだろう」


こんなにも近くに死を感じる。
もう慣れたはずのその感覚が、どうしてだか今はとても恐ろしかった。
そして思う。死にたくない。生きていたい。幸せでなくてもいいから、まだこの世界を見ていたい。


「説明は以上だ。次に顔を合わせるのは演習終了後だろうが、精々頑張って殺し合え」


高柳が静かに視聴覚室から出ていくなり、天井の火災報知器が白煙を吹き出した。
もちろんそれは火災報知器などではなく、催眠ガスを放出するトラップの一種である。
優に教室一つを眠りの園に変えられる威力はあるそれは、鍛えられた少年少女の意識を余すところなく刈り取った。
薄れ行く意識の中で霧埜夏凛が聞いたのは、邪悪な――高柳泰我の笑い声だった。



◇◇



「さて」


スーツの男性、高柳泰我は意識を手放した少年少女の転がる部屋で一人ごちた。
彼らが思ったように、高柳は異常者である。
自分の狂信するものに関しては度を過ぎた真似をすることもいとわない、たとえそれが虐殺であったとしても。


「これで良いのだな?」


その言葉が誰に向けられたものだったのかは、誰にも分からない。





『特殊防衛軍隊バトルロワイアル 演習開始』

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最終更新:2012年09月02日 16:05
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