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なにかもちがってますか

(何百年前の世界よ、ここは)

中途半端に背の高い建物。線路の上を走る列車。自然の少ない都会。
2000年代初期の光景だろうか。電子ノートで見た覚えがある。
3000年を迎えようとしている世界に生ける桜子にとって、見渡す景色全てが新鮮に見えて
いちいち周囲の様子を窺いながら街の中を歩いていた。他者から見れば挙動不審でしかないだろう。

(…どうしてこんなことに)

突如起こった空間転移。
現れた一学年下の女の子。
命じられた命を賭けたゲーム。
目の前で頭を吹き飛ばされた男の子。
始まった死へのカウントダウン。

(これからどうしよう)

抗えば、自分も殺されてしまうのだろうか。
本来混血は首を切断されようが脳みそを捻りつぶされようが、死ぬなんてことは有り得ない生物だ。
何故?と聞かれても、そういうものだから、としか言いようがない。
そのくらい当たり前のことなのだ。
だけど確かにあの時、女の子に一人立ち向かった男の子は死んだ。
となるとこのゲームを計画した者たちは、どんなに当然のことだって覆すほどの力を持っているということになる。
桜子にはそんな奴らに対抗する力も、勇気も無い。
かと言って、死ぬのも怖いし、同じくこのゲームに参加させられているらしい親友、祈莉と凪帆のことを諦めるのも嫌だ。

考えている振りをしているだけで、本当のところ、答えは出ているのだと思う。

(この先、ジョーカーに遭遇することがあれば、あたしはきっとソイツを――…ん?)

思考に耽っていると、すぐ傍で物音がした。
予想外に早い他者との遭遇に、桜子は息を飲む。
深い呼吸をして、桜子は聴覚を研ぎ澄まし、雑居ビルの路地裏が音の出所だと理解する。
数瞬の躊躇いの末、肩にかけたディパックから支給された銃を手に握り締め、路地裏へと歩を進めた。



□     ■     □



「食べる?」
「……いや、いい」
「そう。桜子は人間なのに欲が少ないのね!」

いや、人間じゃないけど。――というツッコミは飲み込む桜子。
隣には背中に邪神龍という文字が書かれたよれよれの特攻服を身に纏った金髪の少女。
名前はアンズというらしい。年齢は見た目からすると人間でいえば13、14歳くらいといったところか。

さきほどの物音は、彼女が飲食店の裏口傍のゴミを漁っていた音だったようで、
今、アンズは飲食店の控え室でたくさん集めた戦利品をもっしゃもっしゃと貪っている。
聞けば、アンズはこのゲームに参加させられる以前の世界ではホームレス生活を送っていたのだとか。
残飯漁りをしていたということは支給された食料はもう無いのか、と尋ねたところ、無くなったら勿体無いので何かあったときのために取っておく…と言われた。
そんなのコンビニなどで調達すればいいじゃないか、という言葉も喉の奥へと追い返し、とりあえず納得する振りをしておいた。
ホームレスの気持ちはよく分からない。

「桜子は…このゲーム、どう思う?あいつらの言うことに従うの?」

あいつら、とはきっとこんなゲームを企てた主催側のことを指しているのだろう。
桜子の方針は大体固まってはいるのだが、回答の仕方には迷った。

「……―――ううん、あたしは誰も殺したくない。殺したいなんて、思えない」

ただ、敵を殺す以外に生きる手段が無いから、殺すときだっていつか来るだろう。
敢えて桜子はその気持ちを明かさない。アンズが変に正義感が強い人物だったら面倒だから。

何一つ嘘は、ついていない。本当は殺したくないという意思は本心。
誰かを騙すのはとても後ろめたいから、明瞭に聞こえて実はとても曖昧な答えで誤魔化しただけ。
卑怯なやり方だけれど、でも、仕方がないことだと思う。
桜子は凪帆のように傷つくのを恐れずに自分にも他人にも正直に突っ走れるようなタイプではないし、
逆に祈莉のように傷つくことも傷つくことを恐れることすらも全てが億劫で、罪悪感を背負うこと立ち向かう努力をすること何もかもを放棄できるほど薄情にもなれない。
“人並み”に正義感があって、“人並み”に自分がかわいいだけ。

可能な限りは善人でありたいから、不必要な嘘は吐きたくない。

桜子は、至って“普通の人間”みたいな女子高生なのだ。

「そっか。桜子は良い人間ね!」
「そ…そうかな、別に“普通”だよ。アンズちゃんはどう思ってるの?」
「アタシもあいつらの言うとおりにするなんて真っ平ごめん!だからさ、その…」

力強く即答したかと思えば、途端に唇を結びもじもじと落ち着かないアンズ。
桜子は不思議に思いつつも自ら追求するような真似はせずに、その様子を見守る。

「えっと、その…一緒に、あいつらのことやっつけない?同じ思いってことは…ほら、あの…仲間ってことじゃない…?」

アンズは照れくさそうに頬を赤らめ、視線だけをこちらに向ける。
何だか心苦しくなって、その無邪気な瞳に絡め取られるような気がして、条件反射で目線をそらした。
けれど、口から出るのは奇麗事ばかり。

「…うん。うん、そうだね、アンズちゃんも人を殺すなんて、ヤだもんね。あたしたちは仲間だね!」

本当に、心の底から喜んでくれているのが分かるくらい、アンズの顔色が明るくなったのが分かった。

「うん!アタシたち、仲間だ!」
「そうだね、仲間だね」
「桜子もそう言ってくれるなら…、本当のこと言わなきゃね。だってアタシたち仲間なんだし」
「……?」

「あのね、桜子だから言うよ。アタシね、実は―――…ジョーカーなんだ」




それから桜子はアンズと色々な話をした。
と言っても、ほとんどアンズが喋るばかりで桜子は合間合間で相槌を入れたり質問を挟んだりするだけで聞き手に回っていたのだが。
いや、それも違う。実際はアンズの音声に合わせて適当そうな返答を繰り返していただけで、正直なところ全く話の内容は聞いていなかった。
だから話の中身などちっとも覚えていない。
桜子の頭の中には、アンズの世間話などを記憶する容量なんて元々用意されていなかった。

ずっと感じの良い笑顔を貼り付けたまま、頭ではいつアンズを殺そうかと、ただそれだけのために必死に思考を働かせていた。
けれどももう考える必要は無くなった。
アンズは話すだけ話して疲れたのか、桜子の膝を枕にして安らかな寝息を立てながら眠りについている。
殺すなら、今しかない。

(アンズちゃん…。仲間って言ってくれて、ありがとう。嬉しかったよ)

桜子は傍に引き寄せたディパックから、再び銃を取り出した。
天上を向いたアンズの額に照準を合わせ、静かに引き金に指を添える。

(でも、…ごめんなさい)

そして、撃とうとしたその瞬間――眠っていたはずのアンズの瞼が押し開かれた。

「え!?」

虚をつかれた桜子は膝の上のアンズを跳ね除けて、咄嗟に数歩距離を取る。
床にお尻から落下したアンズは慌てる様子もなく、のん気な速度で背中を立ち上がらせている。
早く殺さねば――桜子は焦燥感に駆られながらアンズへと銃口を向かい直らせようと手を持ち上げる。

「え、え?い、イタイ…なに、痛いよ、なに、何なの、これ」

しかし、あまりにも想定外のことが起こった。
突如として肘が捻じ曲がり、アンズではなく桜子に銃口が向けられたのだ。
銃を握っている手は確かに桜子自身のもので、引き金を引かんとする指も桜子の指で間違いない。
自分で自分に銃を突きつけているのだ。
懸命に銃身から手を引き剥がそうとするが、まるで何者かに身体が操作されているかのように言うことを聞いてくれない。
未知なる恐怖が影を差し、震える声で桜子はアンズに懇願を始める。

「ねえ、これ、アンズちゃんが何かしてるの?そうだよね、お願いだから、さっきのことは謝るから、だから止めてくれな――」

う、そ、つ、き――そう唇を動かしたアンズの瞳に、光は無かった。
それを見た瞬間、桜子は全てを諦め、そして脳に走った強い衝撃を素直に受け入れた。


【堀川桜子@オリジナル 死亡】


□     ■     □


特攻服についた煤を払いながら立ち上がったアンズは、血溜まりの中から銃を拾い上げた。
それを自分のディパックへと放り込んで、ついでに桜子の荷物も全部仕舞うと、ディパックを肩に担いで控え室を後にした。

(もう誰も信じない)

新田に会って。ヒナに会って。やっさんに会って。瞳に会って。
色々な人たちと触れ合って、沢山の時間を共有して、手を取り合って、人間がどういう生き物なのか知ったつもりになっていた。

(信じたアタシがアホみたい)

自分がジョーカーであると知らされたとき、芽生えたのは不安だった。
もしもみんながそれを知ってしまったら、どうするのだろうか。
アンズのことを敵だと認識し、攻撃してくるのか。もう誰にも手を差し伸べてもらえないのか。
考えれば考えるほど、泥沼にはまっていく。
心がざわめく最中、出逢ったのは堀川桜子と名乗る少女だった。


たった数時間を共にしただけで、それでも仲間だと言ってくれた少女を信じた結果、馬鹿を見た。
そして現実を理解して、されそうだったことを、そのままやり返した。

(ヒナも、新田も、ジョーカーじゃない奴みんなアタシの敵なんだ)

街の中を歩きながら背負うディパックの紐を固く握り、頭の中でその言葉をずっと反芻する。
その度に心に空いた穴は広がっていくのだった。

【深夜/C-2、街の中】
【アンズ@ヒナまつり 】
[状態]健康 不信
[装備]無し
[道具]基本支給品×2、アイテム×1~5、グロック17@Angel Beats!
[思考] スタンス:ジョーカー
1:もう誰も信じない。
2:ジョーカー以外はみんな敵。


005:恐れを知らない戦士のように 時系列順 006:[[]]
GAME START 堀川桜子 GAME OVER
GAME START アンズ

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最終更新:2012年09月21日 20:09
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