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仮面が笑い、観測者は唄う

やあ、とりあえずようこそと言っておこうかな。
ん、きみは誰かって?
つまらないことを聞くやつだな、きみは。
ここに来たならそういう一般常識は捨てなさい。そうした方が身のためだよ、絶対にね。
この世界をまともな目で見ようとしたら、きみの現実まで〈××〉に侵されてしま――おっと。
〈××〉はまだ口にしてはいけない言葉だったね、そういえば。
こっちの話だ。気にしないで、どうぞソファにでも座ってリラックスしてくれたまえ。
いきなり不躾で悪いけど、きみは〈非日常〉ってもんを経験したことがあるかな。
おっと、断っておくが暴力団と喧嘩したとか、怪しい宗教に入ってたとか、そういうんじゃないよ。
むしろそんなもんは日常の範疇だろう。
いいかい、日常って言葉は〈日の常〉って書くんだ。
別にきみの普通がどうだとか聞いちゃいないさ――大体、世界中を見たらそんな体験してる人はいっぱいだ。ちょっと珍しい経験をしたくらいで、非日常と威張られちゃあ具合が悪いよ。
うーん、いくらなんでもぬくぬくと日向で育ってきたきみにこれを問うのは意地悪だったかぁ。
ごめんごめん、忘れてくれ。
長いこと色んな〈非日常〉を目にしていると、審美眼っていうのかな。
そういうのが芽生えてきて、どうしても五月蝿くなっちゃうんだ。
ボクの言いたいのはね、〈日常ならざる不可思議〉に捕らわれることなんだ。
頭の良い大人は笑い飛ばすだろう。
きみは幸運だ。
明日からきみだけが、それを逆に笑い飛ばしてやれるんだから。
こいつはすげえぜ。
墓まで持っていける自慢話になる――あのな、この世には幽霊も妖怪も、宇宙人も存在する。
それどころかもっとヤバいもんだって平然と闊歩してる、きみの世界だってそうだぜ。
ボクらの世界ときみらの世界は、どうも完全に隔離されてるみたいでね。
きみはどうやってもこっちの世界に干渉できないけど、ボクもきみの世界には干渉できない。
努力云々の問題じゃなくて、神様が定めたのかな、そういう〈見えないもの〉で決まってるみたいだ。
うおっと、話がズレた。
とにかく、ボクの世界――そして、きみにこれから見て貰う世界は、きみの世界とは大きく違う。
きみの世界じゃありえないことだが、こっちでは〈非日常〉が人間に干渉するときがある。
こうなっちまったら終わりだぜ。
誰が種を蒔いたのか? そんなんボクだって知らないね。ボクが聞きたいくらいだ。
例えばこれから始まる〈ゲーム〉の参加者八人は、〈誰もが脇役〉で〈誰もが主人公〉なのさ。
それぞれが一級の非日常経験者。
〈観測者〉のボクが参加者選別に協力したんだ、そこはお墨付きだよ。
未来を告げるメールに欺かれた者。
力をもたらす秘薬で破滅を食らった者。
妄想が現実になった者。
怪人の正体を暴く筈が、いつしか自らが怪人になった者。
幸せな夢を、一年の体感時間で見た者。
終わらない一日を経験し、直後本当の終わりに撃ち抜かれた者。
鏡の向こうの親友と、深めてはいけない絆を深めた者。
命を奪い合うゲームに没頭し、管理者に成り代わった者。
どいつもこいつも、短編小説一本が書けるような突拍子もない目に遭ってる。
体感したら最悪だが、見てる分には最高のエンターテイメントだろうぜ。

――おや、そろそろゲームが始まるようだ。
またどこかで会おう。
そうだな、この物語が終わる頃には一回顔を出すかもしんない。
ボクだって好き好んで〈観測者〉なんて面倒極まりない役割を受け持った訳じゃないんだ。
そうだ。一つだけアドバイスをくれてやる。
―――"深淵を見つめる時、深淵もまたこちらを見つめているのだ"
覚えとくと、いいかもよ?


† †


寓話〈ヴェッターマスク〉
  • 神出鬼没。
  • 現れては消え、ヒトには危害を加えない。
  • 目撃証言は数あるがカメラなどに写らないので、証拠が一つもない。
  • 人の形をしているが、仮面を被っていて国籍や年齢の一切は不詳。
  • ただ、過去に一度だけ〈子供を拐―――(紙が破れていて読めない)


† †


〈仮面〉を見た。
八人の人間が、身体中を黒い布で包まれて、目の部分の布だけに穴を開けられている。
右半分は、おどけたピエロの面。
左半分は、激怒した悪漢の面。
身体はスーツの上から黒いマントを羽織っているだけ。
背丈からも性別は割り出せそうもない。

『やあ、運命に惑わされし子羊たちよ』

声は刑事ドラマでよく見るようなくぐもった加工音声。
その物言いはまるで〈自分〉に何があったのかを知っているようで、八人の身を緊張させた。

『何が何だか分からないのが殆どだろう――無理はない。諸君はただ、運が悪かったんだ』

運が悪かったんだ、優しげな言葉とは裏腹に、どうしてもあの仮面の裏には笑顔がある気がした。
仮面のせいで表情は読めないのに、どうしてか嘲笑われているような。
そういう印象を人に抱かせる雰囲気を身に纏っているというか――
運が悪かった、その言葉に実はとびっきりの皮肉のナイフが含まれているような――
何より、全ての言動が丸々嘘臭くて――
――白々しい。

『ふむ、嫌われてしまったかな。まあいい。どうせ私殿(わたしどの)にとって諸君は駒に過ぎないのだし、どうせ七人は死ぬのだし、イーブンだ』

……待て。
今この男は何と言った?

『くくく、予想通りの反応有り難う。私殿が今回諸君をわざわざ収集――間違えた、回収――くく、これまた間違えた。そうだ、こういう時は〈招待〉といえばいいのだな。ともかくそうした理由は他でもない、諸君らに〈ゲーム〉をして貰いたいのだよ』

〈ゲーム〉。
思い出す。彼はさっき、確か〈七人は死ぬ〉とか言っていた筈だ。
想像が膨らんで、最悪の可能性を自然と脳裏に描く。
中には描いた可能性に歓喜する者も、そもそも可能性など描いてすらいない者もあった。
〈仮面〉は自らの協力者が選んだ八人の個性の強さに、思わず苦笑をこぼす。
いや、個性ではないか――非日常に曝されて、歪んでしまっただけだ。

『お察しの通り、諸君には最後の一人まで殺し合うゲームをして貰う! ……断る道理はない筈だ。何故なら諸君は―――』

止めろ。この時、八人中五人がそう思ったという。
残りの三人がどうだったかって? ご想像にお任せします。いずれ分かることだけどね。
嫌でも思い出される悲劇。
甘い誘惑。
現実からの逃避。
夢の終わり。
――非日常の最果てに待っているのはいつだって。

『〈破滅〉した人間なのだからな』

それを最後に、一人また一人と意識を失っていく。
脳裏に三者三様、これまで経験してきた地獄の記憶を描きながら―――
バトルロワイアルは実に突飛な始まりを遂げたのだ。



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最終更新:2012年10月13日 10:52
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