☆魔法名医シャルル
「いやー、だるいっすねェセンセー」
助手の魔法少女「バースデイ・リック」がだらしなく伸びをしながらそんな台詞を吐いた。
普段は勤務態度がなっていないと窘めるところだが、今回ばかりはシャルルも同意見である。
夕暮れに沈む雨の町並みをビジネスホテルの最上階から眺める度、どうせならもっと都会の街に行きたかったと思う。
ずっと魔法の国に居を構えていたから、こっちへ戻ってくるのも随分久しぶりだ。
休暇を取って戻ってきたとしても、大概が貯金を崩して海外旅行と洒落込んでいたものだから、尚更この言っては悪いが地味で、特に見所もない町に退屈なものを感じさせられてしまう。
魔法少女は基本的に健康体だ。
人間用の毒やウイルスでは害せないし、生半可なことじゃそもそも怪我すらしない。
食事や睡眠も不要で排泄などは以ての外。そんな存在を相手に医師を営んでいるのが、このシャルルという魔法少女だった。
シャルルの経営する診療所は、人間社会でいう所の闇医者に近い。
一つ違うところがあるとすれば、その活動が公的に認められ、それどころか評価されているところだろう。
シャルルの患者は魔法少女同士の戦闘や諍い、謀殺紛いの事案に巻き込まれて負傷を被った魔法少女である。
患者は昼夜時間を問わずに診療所の門扉を叩く。
シャルルの仕事は、そんな彼女達へ事情を聞かず、何も言わず、ただ施せる最上の治療を提供すること。
彼女の魔法は「みんなとお医者さんごっこをして遊べる」というものだ。
響きだけを聞けば間抜けなことこの上ないと自分でも思うが、しかしこの間抜けな響きこそが、シャルルが「魔法名医」の二つ名を賜るに至った最大の理由であったといってもいい。
要は、シャルルの施す医術は全てごっこ遊びなのだ。
診療所を開設してからもう大分経つが、未だにシャルルは正しいメスの握り方さえ知らない。
傷口の縫合のやり方も、昔家庭科の授業で習った布の縫い方をそのまま流用している。薬の調合は適当な雑草に水や紅茶をかけて混ぜているだけだし、PTSDを取り除くための話術なんて、ただ適当な絵本を読み聞かせてやるだけだ。
信用問題になってくるからこのことは絶対に他言するなと助手や関係者に口を酸っぱくして念押しされる毎日だが、それでもシャルルの診療所を訪れた患者は九割以上が完治して社会へ復帰していく。
助けられないケースもたまにはあるものの、それは大概既に死んだ状態で担ぎ込まれてきた場合だ。
さすがのシャルルでも、失われた命までは治せない。それはごっこ遊びの範疇を過ぎている。
とはいえ、それだけの人命救助率を誇る魔法少女なのだ。
自ずと名前は知れ渡り、いつしかシャルルは魔法名医などという大層な名前で呼ばれるようになっていった。
あまり目立つのが好きでないシャルルとしては、普通に「シャルル」のままでよかったが、彼女が無名だった頃から助手をやっていたリックは実に誇らしげだった。
でも彼女も、今となってはシャルルの名が知れてしまったことを悔いているだろう。
まさかよりにもよって、こんな面倒事に駆り出されるとは思ってもいなかった――と。
その仕事が舞い込んだのは一昨日の晩のことだった。
特に患者が来ることもなく、リックと暇潰しに二人でトランプなどして遊んでいた所にやって来た来客。
見るからに上層部からの使いといった風体の魔法少女は、たかだか使い走りの分際でやけに偉そうだった。
リックがいつ食ってかかるかとヒヤヒヤしながら見守っていたのだが、話の雲行きが怪しくなってきたのは――シャルルの旧知であった、とある魔法少女の名前が出たところからだった。
――フレイム・フレイミィ。
懐かしい名前だった。
そして、
もう二度と関わることがないであろうと思っていた名前でもある。
今思えばシャルルは友人だと思っていたが、あっちはきっと体のいい舎弟程度にしか思っていなかったのではないだろうか。そう思うと、割とドライな思考回路の持ち主と自負しているシャルルも流石に悲しくなる。
魔法少女になりたての頃は、派手で分かりやすく強い彼女の魔法へ真剣に憧れたものだった。
道を違えたのはどの辺りからだったか覚えていない。
でも、きっと何かが変わった時期があったのだと思う。
お互いにこれから先は一緒にいない方がいいと思って、シャルルの方から身を退いた。それから暫くして、フレイミィが逮捕されたことを聞かされた。
憧れた魔法少女は落ちぶれて檻の中へ叩き込まれ、追う側だった自分は名医として広く名を馳せた。
違えた道は、もう二度と同じになることはなかった。
少し思う所があったが、医者という職業をしていると人の生死や運命を割り切れるようになる。
たとえごっこ遊びの延長線であろうと、それは同じだ。
フレイミィにはフレイミィの、自分には自分の生きる道がある。
あいつは失敗して、私は成功した。それだけのことで、どこまでいってもそれ以上にはなりはしない。
そのはずだった。
なのにその態度の大きな来訪者は、事もあろうにこんなことを言ってのけたのだ。
――北の港町、H市。
――そこへ、かつてフレイム・フレイミィの『試験』を乗り越えた『子供達』が逃亡、潜伏している。
――人事部門の同僚三名を惨殺し逃亡していることから、魔法の国への離反意思があることはほぼ明白。
――恐らく目的は、『試験』の実施。形式は言うに及ばず、『森の音楽家』が用いたものである。
勘弁してくれと思った。なまじ医師として精神分野に精通しているから、その先何を言いたいかが分かってしまったのだ。
そして予想は的中した。どうやら上層部は、この魔法名医とその助手リックに、渦中のH市へ向かって欲しいらしい。
リックが待ったをかけた。問い質してみるとその理由は――あまりにも馬鹿げたものであった。
上層部は、未だに自分がフレイム・フレイミィの『試験』へ関与していたと思い込んでいるというのだ。
その件に関しては、事が明るみに出た頃に散々事情聴取をされた。
最終的には心理干渉系の魔法の使い手まで出てきて、それでやっと解放された苦い思い出だ。
それでてっきり疑いは晴れたと思っていた。現に魔法のパティシエが作ったという菓子折りも送られてきた。しかしこんな無理難題が舞い込んでくるということは――
「お上にはまだ、センセーのこと疑ってる連中がいるってことかあ」
「面倒な話だが、そうらしい」
バカな連中だねぇ、嫌になるねぇ。
明らかに不貞腐れた調子で唇を尖らせるリックの姿に、シャルルは口元を緩める。
バースデイ・リックとの付き合いは長い。彼女は小手と一体化した盾を両手に備えた、どこか騎士のような魔法少女だ。
しかしこの通り言動は軽薄で、人懐っこいように見えて意外と人見知りが激しい。最初の頃はちょっとした意志疎通にも結構な手間を掛けさせられたものだったが、今ではこの通り、すっかり懐いてくれている。
きっとリックは、シャルルがありもしない疑いをかけられているのが腹立たしいのだろう。
「でもちょっと今回のコトは無能すぎません?
いくらフレイミィとの繋がりが過去にあったからって、それでセンセーに試験止めてこいとか、無理言うなよハゲって感じなんですけど」
「そうだね。更に言うなら、おかしいことはもう一つある」
シャルルは指を一本立てた。
「何より不可解なのは、疑うべき対象である私をみすみすフレイミィの『子供達』と引き合わせるところだよ」
「あー、確かに。それで二人揃ってトンズラでもし始めたらどうするつもりなんでしょーね」
「まあ、どちらにせよ今回の指示は疑問が残ると言わざるを得ないな。それを受けてしまう我々も我々だが」
魔法名医シャルルと助手、バースデイ・リックの二人が今回命ぜられたのは、先ほどリックが述べた通り、「フレイム・フレイミィの『子供達』による非合法試験の破壊」である。
……まず間違いなく、何度聞いても、医師に任せる仕事ではない。
当然断ろうと思ったが、あの伝令役は明らかにこちらの足下を見ていた。
シャルル診療所が如何に名を馳せているとはいっても、時には犯罪者とすら癒着する運営方針を「魔法の国」が黙って看過するかと問われれば否である。
医術を用いて「魔法の国」の運営へ貢献している働きを鑑み、これまでは活動を容認こそされねど、黙認はされていたのだったが――これを断れば、いよいよこれまで通りとはいかないぞ、と。
闇に片足を突っ込んだ職業の宿命だ。
お上に目を付けられてはのっぴきならなくなる。
後はもうなし崩しだった。つい数時間前にシャルルとリックはH市へと到着を果たし、こうして雨降りの黄昏時を惰性で過ごしている。
「……とりあえず、もう少し休んだら町へ出て、先遣隊の魔法少女と合流することにしようか」
「そーっすねェ。あー、あたし仲良くできるかなあ」
「毎度仲を取り持つために奔走する私の身にもなってほしいところだよ」
「だってこういうワケの分かんねー仕事押し付けてくるクソ上層部と同じ穴の狢な連中ですよぅ?
どうせとんでもねークソ女とかメンヘラとかが来るのが見えてますもん。あーやだやだ……」
これは、今回も苦労させられそうだ。
多難な前途を想いながら何度目かの嘆息をして、魔法名医シャルルは身をベッドへ横たえた。
☆リンカーペル
時刻が午後六時を回った頃だった。
秋も深まったこの時期は、この時間ともなれば既に辺りは真っ暗闇だ。
寒空の下、星の瞬く夜空を見上げながら帰途に着くのもまた乙なものだが、しかしそれだけに危険も多い季節である。
変質者、足元を疎かにしての転倒、交通事故。考えられる危険は他にも数ほどある。
そういうものから善良な市民を守る為に、魔法少女達は陰ながら奔走し、本当にささやかな正義の達成感に浸るのだ。
このH市における魔法少女とは、特にこれと言って何かノルマの類を持っているわけではない。
ペルを魔法少女にしてくれた「タウンズマスター」もそう言ってくれたし、実際、最初にちょっとした研修のような指導があった以外にペルは何も彼女やそのマスコットキャラクターから干渉を受けていない。
勿論、魔法少女の力を悪用しようと目論めば彼女達はすっ飛んで来て、引っ叩いてでも止めただろうが、ペルはそんなことは一度も考えなかったし、そういう行動に走る輩がいるという話も聞いた覚えはなかった。
この街と、この街を守る魔法少女の暮らしは、真実平和そのものだった。
四葉蜜柑は、人生のあらゆる場面で「使えない」と謗られてきた。
何かの行事に携わったり、役割を任されたり、果てには互いに顔の見えないネットゲームの世界ですら蜜柑が誰かの役に立てる場面はなかったように思う。
正確には、役に立てないわけじゃない。単純作業のように何も考えないで行える作業なら淡々と正確に続けることができるし、学生時代には陸上部に所属して県内大会の上位にまで上り詰めたこともある。
一人で何かをする分には、蜜柑は強い。自分のすべきことを的確に見つめ、それに向けて邁進できる。
学問だってそうだ。高校の頃には日が変わるくらいまで知人の経営する学習塾に毎日のようにぶち込まれていて、そこで不満一つ漏らすことなく延々と勉強に明け暮れていた。その結果は蜜柑を確実に強くしてくれ、無事難関の第一志望校への合格という成果をもたらしてくれた。
しかし複数人で何かをする場面になると、途端に蜜柑は弱くなる。使い物にならなくなる。
一人なら出来ることが出来なくなって、やることなすことがとことん裏目に出て、最後には普段絶対しないような凡ミスから大ポカをやらかし、周りから怒りや失望を買って見放されるまでがワンセットだ。
要するに、彼女は人と何かをする協調性が皆無に等しかった。
あの子は何を考えているからこうしてほしい筈で、でもこの子もこう考えていると思うからきっとああしてほしい筈。
そんな調子で両立できない事柄を両立させようとする余りに要領の悪さを発揮し、最後は無能と罵られる。
大学までは行事などへの参加を極力避ける、そういう役割を請け負わないなどして自衛することでどうにか切り抜けていたが、社会人として働き始めてからは、毎日が苦労と疲弊の連続だった。
仕事はワンマンプレーでは成り立たない。オフィス内の人間関係や連携を疎かにすれば必ず致命的な綻びが生まれる。
そこは蜜柑の最も苦手とする環境で、彼女の不安はものの見事に的中した。
出勤初日で部長に怒鳴られた。二日目に取り寄せる品物の数を一桁間違えた。三日目に散々テンパッて混乱、迷走を重ねた挙句共同プレゼンのデータを吹き飛ばし、同じグループの面々に大恥をかかせてしまった。
もしも蜜柑に失敗して何が悪い、カバーできないお前らが悪いんだろうと開き直れる図太さがあったなら、彼女はきっと魔法少女に選ばれることすらありはしなかっただろう。
蜜柑はずっとこんな自分が嫌いだった。
皆に迷惑をかける度に消えてしまいたいくらいの申し訳なさに押し潰されそうになっていたし、陰口を叩かれているのを知るたびに当然だと納得して、だからこそ誰にも相談できないまま、一人心の傷ばかりを募らせていった。
そして蜜柑の心は、大人になって社会の厳しさを思い知った頃、遂に破傷風を発症した。
消えてしまいたい、ではなく、消えよう、と思うようになった。
出来心で手首に刻んだ赤い線は、日に日にその数を増やしていった。
母からは精神科への通院を打診された。
それからは週三回、意味があるのかどうかも定かじゃない問診を終えて、処方された精神安定剤の袋を握り締めながら、蜜柑は街の真ん中を貫いている大きな川を見つめていた。
――やあ。
その時だった。
蜜柑は気さくな声に振り返り、……思わず、息を呑んだ。
そこに立っていたのは、一言「異様」な人物だった。
顔を狐のお面で覆い隠し、白いドレスを乱れなく着こなした少女。
お面のせいで人相は確認できないのに、醸すどこか浮世離れした雰囲気が、仮面の下の素顔の美しさを保障しているように思える。鬱屈とした感情など吹き飛ばしてしまうほど、その出会いは衝撃的だった。
――きみは、可愛いね。
誰なの、そうか細い問いかけを漏らすのが精一杯だった。
仮面の彼女はくすりと笑って、「タウンズマスター」と名乗った。
明らかな偽名、コードネームのたぐいであったことに少しだけ不信感を抱いたが、それも彼女が次に口にした言葉の前に容易くかき消されてしまう。
――ねえ、きみは。
夏がまた来年と去って行き、秋が久し振りだねとやって来る、そんな狭間の季節に現れた彼女は、四葉蜜柑の何もかもを変えてくれた。冗談抜きで人生のどん底にいた彼女を、薔薇色の日々へと引き上げてくれた。
――魔法少女に、興味はある?
それに何と答えたのかはよく覚えていない。
ただ、気付けば蜜柑は魔法少女「リンカーペル」に変身して、夜の町並みを自由自在に駆け回っていた。
ビルの壁と壁の間、数メートルはくだらない距離をぴょんぴょんとスキップ気分で飛び越える。歩き慣れた散歩コースを全力で走ってみた時の感動と来たら、とても言葉には言い表せない。
高校時代に出場した県大会で蜜柑がどうしても追い付けなかった他校のスプリンターなど最早目ではない。
それどころかレーシングカーにだって引けを取らない速度で、蜜柑は――いや、リンカーペルは走ることが出来た。
ペルはずいぶん久しぶりに心の底から笑った。それから夜が明けるまで、魔法少女の力をとことん試して試して、人生で初めての朝帰りをした。
母にはこっぴどく叱られたが、蜜柑は嬉しくて嬉しくて堪らなかった。あの興奮は今も覚めやらぬままで、胸のどきどきと高揚感を抑えながら会社へ出勤して――その日から、蜜柑は一度も誰かに怒られていない。ミスもしていない。
ペルの魔法は『頭の中で会議をすることができる』というものだ。
決して派手なものじゃない。ペルが好きだったマジカルデイジーのように見栄えのいい魔法でもない。
しかしこの魔法は、ペルを二十年以上も悩ませ続けてきた欠点を克服させてくれた。
ペルは人と協力して作業したり、何かを任されると途端に駄目になる。けれどペル自身は決して人が嫌いなわけではなかったし、失敗の原因はいつも、ただ考えすぎて裏目に出てしまうだけであった。
今、ペルの頭の中には五人の『リンカーペル』がいる。
魔法少女になっていない時でも彼女達はいつも頭の中に住んでいて、ペルが助言を求めると脳内会議を始め、彼女一人では到底思いつかないような結論を弾き出してくれるのだ。
「私」と「僕」と「俺」と「儂」と「ウチ」。そして、彼女達にいつも助けを求める「ペル」。
三人寄れば文殊の知恵とはいうが、ペルの場合は六人だ。二倍の人数で臨むのだから、まず今までのようなポカをやらかすことはなくなる。そしてそれだけで、ペルの人生は光に満たされた。
それからペルは頑張った。
仕事の合間や休み時間、帰り道から休日まで、とにかく頑張って人助けに精を出した。
タウンズマスターは数ほどいる人間の中から、わざわざ自分を選んでくれたのだ。
タウンズマスターがいなければ、「四葉蜜柑」は今頃押し潰されていただろう。彼女がリンカーペルというもう一つの顔をくれたから、蜜柑は蜜柑でいられる。ペルも、ペルでいられる。
だからせめてもの恩返しに、彼女からもらったこの力を正しく使い、みんなに笑顔をあげようと思った。
魔法少女は人目をなるだけ避けなければならない。その大原則を守りながら街を練り歩き、トラブルの解決に勤しむのはなかなかに骨の折れる作業だったが、それだけに楽しかった。
人生でこれほど楽しいと思ったことはないかもしれない。誇張抜きにそう思わせてくれるほどの有意義な時間。これが永遠に続いてくれれば、それに優る幸せはないとペルは本気で思っていた。
「ひーたんからの連絡。
七階の、左から四番目――あそこに、二人組の魔法少女が宿泊してるってさ。
完全に油断しきってるっぽいから、一撃でぶっ潰すにはちょうどいい。幸先イイね」
なのに、どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
ペルは、魔法の端末での通話を打ち切ると、冷淡に魔法少女のあるべき姿とかけ離れた言葉を口にした猫の少女を見て静かに唇を噛んだ。ふと視線をずらせば、懐中時計を首から提げた魔法少女も同じように浮かない顔をしているのが目に入った。
その姿に「自分だけじゃないんだ」などと安堵を覚えてしまう自分の存在が恥ずかしい。
「あ、あの……本当にやるんですか、にゃんぴぃさん……?」
「殺るよ。ぶっ殺す。コロの話通りなら、それでとりあえず一週間は保つんでしょ。
それに、もし二人ともぶっ殺せたらアイツに交渉できるかもしんないし。
『死人が二人出たんだから、これで二週間分の死人ってことにしろ』とかサ――って、クロックシルク、お前」
猫の魔法少女「にゃんぴぃ」の顔に、見る見る血が上っていくのが分かった。
『止めに入った方がいいのではないか?』
『僕も「儂」に同じく。にゃんぴぃはキレると見境なくなるタイプだからね』
『下手に指咥えて見てりゃ、クロックシルクが殺されちまうかもしんねえしな! かっはっは!!』
『口は悪いけど、「俺」の言う通りだとウチも思う。勇気を出して、「ペル」』
(みんな――うん、分かった。「ペル」、頑張る)
時計の魔法少女「クロックシルク」は争いごと向きの性格をしていない。
一方でにゃんぴぃは名前と可愛らしいコスチュームに反して、性格も魔法もバリバリの武闘派だ。
そんな二人がぶつかればどうなるかなど、想像に難くない。
そしてそうなることだけは絶対に避けなければならなかった。
ここにいない「ひーたん」も、そう思うはずだ。
「待って。今は喧嘩してる場合じゃない。そうでしょ」
「あたしだってそう思ってるよ……けどこいつ、この期に及んでまだこんな腑抜けたこと言うもんだからさ」
「クロックシルクは優しい子だから。納得出来ないかもしれないけど、分かってあげて。
にゃんぴぃだって、クロックシルクに死んでほしいなんて思ってないでしょ?」
「それは……そうだけど」
ばつが悪そうに目を逸らす辺り、にゃんぴぃが心根から腐りきった暴力主義者でないことがよく分かる。
彼女も悪くない。勿論、クロックシルクだって悪くない。
ひーたんも、そしてリンカーペルも、誰も悪くなんてない。
きっと――あの部屋にいる、二人の魔法少女も。誰も悪くない。
「……はぁ。ごめん、クロックシルク。ちょっと頭に血ィ昇った」
「いえ……私の方こそごめんなさい。あれほどみんなで話し合って、決めたことなのに」
クロックシルクもばつが悪そうにしている。
それを見て、ペルの頭の中の声がまた会議を始めた。
『よくない兆候ねぇ。「ペル」、ひとつ諭してあげなさいな』
『クロックシルクは優しいが、それだけでは今後を生き抜くにはちと厳しいからのう』
「私」と「儂」の助言を受け、その通りだと思う。
ペルだって、本当はこんなことはしたくない。
誰かを助ける魔法少女が、別の誰かを傷つけるなんて――ましてや、同じ魔法少女を殺そうとするなんて、断じてあってはならないことだと思う。
それでも――それでも。やらなきゃいけないことなのだ。やらなきゃ、誰も助からない。誰も幸せになれない。
「大丈夫。あなたは私たちが守るし、あなたには誰も殺させない」
「ペル……」
「……友達、だし。守るよ。だから、安心して」
そう言って、クロックシルクの白髪を撫でた。
こんなことをした経験は生まれてこの方本当に一度もないものだから、合っているか不安だったが、やがて彼女は小さく微笑んでくれたから、成功なのだと思うことにしよう。
四人で生き残ると決めたんだ――ひとりだって欠けてはならないと思うし、みんなもそう思ってると信じている。
ドクンドクンと心臓の高鳴りを感じる。
にゃんぴぃがハンドベルを構えていた。これを鳴らせば、後戻りはできなくなる。人助けを生業としてきた魔法少女を廃業して、生きるために他の誰かを殺す魔法少女として生まれ変わることになる。
クロックシルクは震えていた。
覚悟を決めた物言いをしていたにゃんぴぃさえ、唇をがりりと噛み締めている。
ペルは――黙ってそれを見ていた。いざとなったら、この中で一番「判断力」に優れている自分が司令塔となって皆を統率しなければならない。だから、怖がっている暇はないのだ。
「やるよ」
「うん」
しゃりん――ハンドベルをにゃんぴぃが縦に振るった。
その刹那、ホテルの駐車場に停めてあった観光バスの一台が重力を無視してふわりと浮き上がり、ミサイル弾もかくやといった勢いで目標の部屋をぶち抜いた。
あまりにも呆気ない一瞬で行われた超人技。まず間違いなく、普通の人間ならこれで死ぬ。それどころか、リンカーペルが仮にこれを受ける側だったなら、同じく即死に終わるだろう。
時速百キロ以上で鉄の塊が炸裂するのだから、言わずもがな室内全域が攻撃範囲となる。
偵察係のひーたんによって、同フロアは貸切状態にあると調べが着いていたからこそ遠慮することなく取れる策だった。
バスは窓から入って部屋を突き抜け、廊下の向こう側に飛び出て漸く静止したらしい。
壁にぽっかりと大穴が空き、そこからコンクリートの粉塵が止め処なく漏れ出ている。
獲ったか――そう思った矢先。
「だめ! ペル、にゃんぴぃさん、殺せてません!」
大穴の向こうから、二人の人影が此方を覗くのが見えた。
魔法少女の強化された視力であれば、その人相や姿、状態をこの間合からでも正確に確認することが出来る。
「嘘……」
相手は、無傷だった。
粉塵で少し煤けてこそいるものの、掠り傷一つとして負っていない。
下手な爆弾の炸裂より威力のある一発を不意討ちでぶちかましてやったのにも関わらず、である。
茫然とする二人を尻目に、ペルは叫んだ。
脳内の五人がやかましく叫び合っている。
走れ。
とりあえずそこから離れろ。
危険だ。
――そんなこと、言われなくても分かってる!
「走って、クロックシルク、にゃんぴぃ! 一旦体勢を立て直す!」
☆魔法名医シャルル
シャルルは決して、強い魔法少女ではない。
むしろ肉体スペックだけで見ればその真逆だ。
力もスピードも、いわゆる武闘派の魔法少女からすれば論外と言っていいだろう。
その分魔法の有用性で釣り合いが取れているとこれまでシャルルは思ってきたが、こういう局面に立たされるとそれが強がりのたぐいだったのだと痛感させられる。
突如ビル壁をぶち抜いて現れた鉄塊に、シャルルだけでは反応することさえ叶わなかったに違いない。
よしんば察知できていたとしても無理がある。あんな超重量が投擲物として襲ってくれば、魔法少女とてまず即死だ。それがシャルルのようなもやしっ子であれば尚更。
シャルルの魔法では、そういう攻撃、現象にまず絶対に対処できない。
何故なら、医療の介入する余地がないからだ。少なくとも、シャルルの考える医療とはそういうものではない。
シャルルにできることはあくまで「お医者さんごっこ」であって、血湧き肉躍る能力者バトルではない。
ままならないものだと、助手の少女の後ろに隠れながらシャルルは思う。
下手人の魔法少女達が瞠目した、シャルルたちの生き延びた手段とはこうである。
事態をいち早く察知したリックが立ち上がり、シャルルを庇うように立った。その次の瞬間にはリックが持つ大きな盾を中心として、投げ込まれた鉄塊――かつてバス車両だったものは真っ二つに裂けていった。
彼女たちの失敗は、相手が必ずしも無抵抗で殺される獲物ではないという当然の道理を失念していたことにある。
魔法少女の戦いにおける基礎だ。
我も魔法少女ならば、彼もまた魔法少女。
故に対等。こちらが殺し札を持つのと同じ理屈で、相手もそれを防ぐカードを持っていることを念頭に置いて動くべきだ。
リックが盾を真横に動かすと、がごんがごんと歪な音を立ててスクラップとなった観光バスが道を開けた。
後始末をさせられる者は大変だろうな、とシャルルは少しだけ同情する。
まるで裂けるチーズのようになってしまった鉄の塊を見て、駆けつけた警察などは混乱を露わにするに違いない。
全く派手にやらかしてくれたものだ。だが、おかげさまで探す手間も省けた。
「試験官か、それともこちらを蹴落とすべき敵と勘違いした被害者達か……どう見る?」
「分かんないけど、三人組ってとこを見ると後者じゃないかなーと」
「一番面倒なパターンだね」
枠ごとぶち抜いてくれたおかげで見晴らしがよくなった窓から、脱兎の如く逃げ去る下手人たちを見据えて嘆息した。
いっそのこと、「魔法の国」からの刺客が派遣されたことに焦った黒幕が直接赴いてくれれば話は早かった。
しかし、流石に相手は「魔法の国」相手に大立ち回りを演じた魔法少女だ。
これで本当に試験官が自らやって来たというなら、あからさま過ぎて逆に怪しむところである。
「追い掛けよう、リック。おんぶしてくれ」
「センセーって、毎回思うんですけどプライドとかないんです?」
「仕方がないだろう。いくら魔法少女の体だからって、この高さから翔ぶのはちょっと憚られる。
それに第一、私じゃどう頑張っても走っている君に追い付けない。何なら抱っこでもいいが、どうする」
「ハイハイ、いいからとっととおぶさりやがれです」
遠慮することなく、シャルルはリックにおんぶされながら、自由落下の浮遊感に背筋を粟立たせた。
魔法少女になれば精神性は自ずと強化されるが、それでもやはりインドア派の彼女には慣れない感覚だ。
なあやっぱりちょっと待ってくれないか。そう言おうとしたのを遮るように、リックが全速力で走り出す。
言動は頭が悪そうに見えるし、実際脳筋のきらいがあるリックだが、それでも伊達に魔法名医の助手をしてはいない。
根本がダメ人間であるシャルルの扱い方ならば、誰よりも彼女が心得ていた。
時速三桁に達して余りある速度で、右手に大盾、背中にシャルルを背負ってリックは走る。
程なくして、追われる者達も普通にやっているだけでは振り切れないと判断したのか、迎撃を試み始めた。
しゃりんしゃりんしゃりん。
鈴の音が鳴り響く。それと同時に、前方から猛スピードで軽自動車が飛んできた。
それをリックは右手の大盾で防ぐ。この盾自体は彼女のコスチュームであって、大した力やいわくのある代物ではなかったが、しかしリックが使えばどんな魔法だろうと防ぐ無敵の盾になる。
バースデイ・リックが持ったものは、何があろうと壊れないし壊せない。
しゃりんしゃりんしゃりん。
鈴の音に連れられて、色んなものが飛んでくる。
しかしリックの盾は破れない。
途中からは飛ばすものの数を増やすことで防御を掻い潜ろうとする工夫が見られたが、生憎と「なりたて」の魔法少女が編み出したちっぽけな作戦で遅れを取るほど、バースデイ・リックは未熟者ではなかった。
盾を曲芸のように器用に踊らせながら何もかも防いで猛追する。
シャルルは、この世でリックの後ろほど安心できる場所はないと割合本気で考えている。
こういう剣呑な場面に立たされれば、尚更だ。
四度目の曲がり角を曲がった時、三度目の鈴の音が響いた。
しゃりんしゃりんしゃりん――今度は何も飛んでくる様子はない。
ハッタリかと思った矢先、それはどうかな、と言わんばかりに異変が起きた。
「うお」
シャルルをおぶったまま、盾を構えるリックの体が、急激に加速して逃亡者たる少女達へと近付いていく。
まるで強力な磁石でもそこにあるかのようだった。リックが力づくで踏み止まろうとしても、さっぱり止まる気配がない。
結果からすれば早く追い縋ることが出来るのだから何も悪いことはないように思えるが、敵にそれをお膳立てされるというのは不気味以外の何物でもない。というか、十中八九罠だ。
「どう見ます、センセー」
「どうやら、「ものを飛ばす」のではなくて「引き寄せる」魔法みたいだね。
さっきのバスや車は、きっと自分めがけて引き寄せてからそれを避けることで擬似的な砲弾としたんだろう。
そして私達は今、まんまとその子に引き寄せられている。
飛んでくるものを相手するなら余裕だけれど、君自身が引き寄せられているとなると厳しいかな」
「なーるほど。でも、多分合図は鈴の音ですよね? さっきから魔法が使われる度に鳴ってますし」
「それは間違いないだろうね」
了解、わかりやすくて助かります。
言ってニヤリと好戦的に笑むリックの顔を見て、シャルルはこの助手が何をしようとしているのかを理解した。
要は、引き寄せられること自体は仕方ないと諦める。
その代わり、結果として接近したところで勝負を決める算段でいるのだ。
魔法の発動体となる鈴を全て壊してしまえば、とりあえず主戦力であろう「引き寄せる」魔法少女は鎮圧できる。
敵だとて馬鹿ではあるまい。アタッカーを落とされれば勝ち目がないと悟り、降伏する筈だ。そう思いたい。
景色が目まぐるしく変わっていく。
魔法少女の脚力と比較してなお速い。
すさまじい吸引力に、シャルルは自分の人相が大丈夫か少し心配になった。
色気はない方だと自負しているし、そういうものに気を配っているつもりもない。
けれども、女として最低限守らなければならないラインというのは承知している。
自分の顔を触って何事も起きていないことを確認しようとした矢先に、その余裕は、前方から突撃してくる猫耳の魔法少女を前に潰えて消え去った。
「死ねっ!」
物騒な掛け声と共に拳が振りかぶられる。
なるほど、吸引によってこちらに突撃を余儀なくさせ、速度を増して迫る敵手を最大威力で殴り殺す魂胆らしい。
なかなか的を射た作戦だとは思うが、しかし相手は無敵の盾、バースデイ・リックだ。
たとえ核爆弾が落ちようと、リックの盾を破ることは誰にもできない。
そう高を括っていた魔法名医は、次の瞬間、自らがやはり戦闘の素人なのだということを思い知らされる羽目になった。
猫娘の拳がリックの盾に衝突する寸前、突如彼女はにやりと笑ってその身を翻した。
晴れた視界に、リングのような飾りが特徴的な衣装に身を包んだ魔法少女が何かを投擲する動作が写る。
――しゃりんしゃりんしゃりん。鈴の音が鳴り響くや否や、投擲物は数倍の速度に加速して殺到した。
植木鉢だ。どこかの民家の軒先からくすねたものだろう。
魔法少女の力で投じられただけでも即席の凶器としては十分であるにも関わらず、そこに鈴の魔法が上乗せされている。
間違いない。当たれば即死だ。あんなものを受ければ魔法少女だろうと肉体をごっそり持っていかれる。
なまじ重量が車両や人に比べて軽いものだから、必然的に加速の度合いは最も高くなっているのが最悪だった。
舐めんなよ――リックが咆える。彼女の盾はこれさえ防いだ。さりとて、ここまで来れば本当の狙いはシャルルにも解る。
植木鉢をデコイに背後へと回っていた猫娘が、痛烈な回し蹴りでリックとシャルルを纏めて吹き飛ばした。
幸い命までは持っていかれなかったが、地面をごろごろと転がって肺の空気が抜けていく。
「ペルぅッ!」
「わかった……!」
飛び込んできたのは、植木鉢を投げたリングの少女だった。
彼女は一瞬だけ躊躇したように見えたが、それでも仲間と共に生き残ることに比べればそれは軽いものだったらしい。
未だ完全に体勢を立て直せていないリックへと、不格好ながらも威力の伴ったサッカーボールキックを繰り出す。
「あんまりバカにしてんじゃねーっての、チビども!」
「っ!?」
リックがそれを片手で受け止めた。
そのまま少女の矮躯を足を起点にして、近くのブロック塀へと投げ付ける。
受け身も取れずにそこへ衝突した少女は、声を振り絞って「にゃんぴぃ!」と叫んだ。
それを聞いた猫娘は「上出来!」と叫び返せば、しゃりんしゃりんしゃりんしゃりん、またあの鈴を鳴らした。
今度吸引の憂き目に遭ったのはリックでもシャルルでもなく、リックが持つ盾だった。
完全無敵の盾とはいえども、それはあくまで攻撃に対してのみだ。
盾の面を介さずに奪い取りに掛かられては型なし。
相性の問題があるとはいえ、この短時間で相手の少女達はリックの弱点を見抜いてみせたことになる。
――強いな。シャルルはそう思った。そう思ったが、同時に惜しいとも思う。
「な!?」
「……別に『盾』じゃなくてもいいんスよ。それこそ、手に持てるものならなぁんでも」
勝ちを確信した猫娘の鉄拳がリックの頭目掛けて放たれたが、彼女はそれを苦もなく受け止めてみせる。
その手に収まっているのは、先程あちらがデコイとして利用した植木鉢の破片だ。
魔法少女の力を止められるはずもない陶器の欠片だが、リックの魔法にかかればこれもまた無敵の盾として機能する。
彼女の魔法は「持ったものを壊れなくする」力だ。盾でなくとも、極論は障子紙だって、彼女が持てば絶対防御だ。
「こっちとしちゃ、まず一旦穏便に話を聞いてほしいんですけどね。どうです?」
「……寝言は寝て言いなよ。生憎あたしは――あたしたちは、あんたが思うようなバカじゃない」
上等。
盾を拾いに行こうとはせずに、リックは代わりに拳を構えた。
いけないな。スイッチが入ってしまったらしい。
塀に身を凭れかけて、魔法名医は他人事のように嘆息する。
正直こうなると、リックを止めるのはシャルルには無理だ。喧嘩の仲裁は医師の仕事ではない。
早速殴り合い、蹴り合いを始めた助手と猫娘を横目に、シャルルはちら、とリックに投げられたリングの少女を見やる。
少女は視線に気付くとびくりと震えた。本来、あまり度胸のある性格ではないのだろうか。
少女の手は自身の脇腹をぎゅっと抑えている。あれは癖だとかそういうものではなく、痛みを堪えている動作だ。
幸い、彼女との距離はそれほど離れていない。鈴の彼女も、まさかリックと戦っている最中によそ見は出来まい。
「……!」
警戒を露わにしつつも、向かってこようとはしない。
シャルルはその痛んでいるであろう腹へそっと手を当てると、とん、と軽く押した。
今施したのは魔法の指圧だ。魔法少女の強い力で加えられる指圧は骨を砕くが、そこに生ずる微弱な魔法のエネルギーで砕いた骨を瞬時に癒着させ、元の形へと整形し直してくれる。
勿論全部嘘っぱちだが、要するに理屈があると形だけでも唱えることが大事なのだ。
現実を知ってしまったうえでごっこ遊びを続けるには、とにかく想像力が必要になってくる。
フレイミィには電波女とバカにされたが、それで成り上がったのだからどんなものだと今では胸を張ってやれる。
「あれ……え? え?」
「初診だから、特別に診察料は取らないであげよう。
その代わり、事が済んだらシャルル診療所を是非ご贔屓にしてくれ」
体勢を元に戻して、困惑するリング少女からリックと猫娘へ視線を戻す。
戦況は八割ほど予想通りで、二割ほど予想外だった。
猫娘は所々に擦過傷や殴られた痕を刻まれており、一目でわかる劣勢にあった。
対するリックは未だ余裕。だが、彼女も彼女で無傷というわけじゃない。
天晴なことに、あの猫娘はリックとの戦いの中で自分の魔法の使い方を分析、実践しているのだ。
例えば今などは無敵の盾を掻い潜ることの出来る、小さな石ころの弾丸でリックの腕を撃ち抜いた。
このまま戦い続ければ当然リックが勝つだろうが、しかしもう少しは猫娘が粘るだろう。
となると、そろそろドクターストップをかけるべき頃合いかもしれない。
いや、やはりもう少しは殴り合わせておこうか?
ある程度勝敗を決させておいた方が、戦意喪失に繋がってくれるのではないだろうか?
でもそれで重傷など負われては困るし、どうしたものか。
こういう時にこそ助手の判断が欲しいというのに、当の彼女は今戦闘民族の血を滾らせている。
おいおい相手は新米だぞ。あまりムキになってやるな――と。
やはりストップをかけさせて貰おうと口を開きかけたその時、猫娘が勢いよく飛び退いた。
リックは追撃を試みるが、それは叶わない。
彼女を取り込むようにして地面が盛り上がり、道路の真ん中に窓とドアのないコンクリートの塔が聳え立っていた。
シャルルが眉を顰める。呆気に取られた思考を平常へ戻させるのは、鳩尾に打ち込まれた猫娘の拳だった。
☆リンカーペル
クロックシルクの魔法が発動した。
彼女は肉体スペックで言うなら、ペルよりも更に下だ。
多分、魔法少女全体で見ても下の下に部類されるくらいだと失礼ながらペルは思っている。
しかし、彼女の魔法はペルの「脳内会議」に比べて遥かに凄い。見た目も、その効果も。
聳え立つコンクリートの塔。道路の真ん中に突如生まれた異物、これこそがクロックシルクの魔法だ。
「とても立派な家を作ることができる」。いわば彼女は、思い通りの建造物を自在かつ即座に建築できる魔法を使う。
最小ではハムスターの小屋程度から、最大ではそれこそ高層ビルくらいのサイズまで。
とは言ってもペルが彼女の建造物をそこまでしか見たことがないからで、本当はもっと大きなものも作れるのかもしれない。
盾の魔法少女と医者の魔法少女を分断する作戦は、ペルが脳内会議で考え出し、発案したものだ。
にゃんぴぃが敵を引き寄せ、それを迎撃すると見せかけて囮を使い盾の防御範囲外に回り、無防備な本体を叩く。
ここまではリンカーペルとにゃんぴぃが、逃げながら即興で考えた作戦だ。
ただしその先、「にゃんぴぃが盾の少女を引き受け、隙を見て隠れていたクロックシルクが分断する」というのは、ペルの脳内に居座る五人が考え出してくれた手である。
ものの見事に嵌ってくれはしたが、しかしそれに満足している暇はない。
建物の中ではクロックシルクが盾の少女を単身引き受けている。
この高さだから中はそれなりに広いのだろうが、それでもクロックシルクほどの非力な魔法少女があんな武闘派にもし見つかってしまえば、どうなってしまうかは想像に難くない。
早々にこちらの仕事を片付けて、三人で盾使いを袋叩きにする必要がある。
ペルとにゃんぴぃの視線は今、やる気なさげに塀へ凭れた白衣の魔法少女に集中していた。
「……やられたな。君達、本当に新人かい?」
「そりゃ、ペルはあたしらのブレインなんでね。足元掬われたじゃん、先輩さん」
肩を竦める医師少女へ不敵に微笑みながら、にゃんぴぃがぽきぽきと拳を鳴らす。
ペルもにゃんぴぃも、彼女が非戦闘員だということは一連の流れで既に把握していた。
にゃんぴぃはともかく、ペルは武闘派ではなかったが、それでも二人がかりなら簡単に殺せるはずだ。
『でも……本当にこれでいいのかしら、「ペル」。「ウチ」は、ちょっとこの流れには賛成しかねるかな』
『フム……殺すならば確かにここを逃す手はないがのう』
『「僕」も見てたけど、彼女はさっき「ペル」の傷を治したね』
『まどろっこしいなァオイ。単に試験反対派の日和見ヤローってことじゃねェのか?』
頭の中に響く議論の声に、ペルは唇を噛んだ。
彼女たちの意思は形はどうあれリンカーペルの意思の一部だ。
その通り、自分は今、このまま彼女を嬲り殺していいかどうか迷っている。
「俺」の言う通り、ただの日和見だという可能性もある。であれば、容赦はしないと事前に決めてあった。
人情に絆されていては生き残れない。
そういう覚悟を決めていなければ、まずこうやって殺し屋の真似事なんてしていない。
「……僕らは「魔法の国」の魔法少女だ。
この町で行われている『試験』を中止させ、試験官の魔法少女を拘束することを目的にしている。
どうか信じてくれ。僕もリックも、君らを助けに来たんだ」
「寝言は寝て言いなよ、先輩さん。言うに事欠いて、「魔法の国」の刺客だって?
「魔法の国」ってのはあのタウンズマスターを送り込んだ連中なんだろ?
そんな奴らがあたしたちを助ける? はっ、小学生でももちっとマシな嘘つくよ」
「魔法の国」については、ペルもタウンズマスターから聞かされたことがあった。
タウンズマスターをH市へ送り込んだのはその「魔法の国」で、タウンズマスターでさえ「魔法の国」には逆らえないと。
にゃんぴぃの言い分ももっともだ。タウンズマスターを送り込んだ「魔法の国」を信用できるかといえば断じて否。
しかし……本当にそれでいいのだろうか?
「にゃ……にゃんぴぃ。ちょっと待って」
「はぁ? ペル、こんな奴の嘘を信じるつもり!?」
「そうじゃない! でも……その人、さっき……私の怪我、治してくれた」
「……こいつが?」
こくり、とペルは首肯する。
にゃんぴぃはペルと医者の魔法少女を交互に見て、怪訝な顔をした。
魔法少女はそもそもが人助けを生業とする存在だ。
だから助けてくれた、というだけならば、試験に反対する日和見という可能性だってある。
しかし、ここで重要になってくるのは彼女が「魔法の国」から遣わされたと自称していることだ。
非戦派の魔法少女が、わざわざそんな自分を不利にするような嘘を果たして吐くだろうか?
命乞いの悪足掻きにしたって、もう少しマシな理屈を捏ねるだろうとペルは思う。
「だから、話だけでも聞いてみたらどうかな……」
「…………」
にゃんぴぃは握った拳を開いた。
分かってくれた。
ペルはそう思って表情を綻ばせかけたが。
「ごめん、ペル。やっぱりあたしは――」
ぎりりと歯を噛み締めて、再び拳を固く握るのが見えた。
止める間もなく、それは後ろへ引かれる。
医者の魔法少女は避けようとしない。いや、仮にそうしたとしても遅いだろう。
にゃんぴぃに躊躇いはない。迷わず頭を狙って、彼女はこの魔法少女を殺してしまう。
ペルは意見を出すことは出来る。六人分の頭で考えた意見で、状況を良い方に導くことは出来る。
けれど、意見を無視されたらどうしようもない。口先以外で、リンカーペルは輝けない。
医者の脳漿が飛び散る瞬間を幻視して、ペルはぎゅっと固く目を瞑った。
ステージフォー
「第四段階」
医者の呟きが耳に入った。
肉を打つ音の代わりに、にゃんぴぃの呻き声と、彼女が倒れ臥す音が聞こえて目を開いた。
医者は無傷だ。にゃんぴぃは倒れ、苦しそうな息遣いをしながら、親の仇でも見るように強く彼女を睨みつけている。
堪らずにゃんぴぃへ駆け寄って、ペルも医者を睨んだ。
すると彼女はばつが悪そうに目をそらして、言った。
「あのまま殴られたら、流石に死んでしまいそうだったからね……
医者として褒められた行為じゃないが、少し腫瘍を作らせてもらった。
でも……大丈夫。僕のは所詮ごっこ遊びだ。多分三十分もすれば元の健康体に戻れるよ」
ペルは知らないことだが、魔法名医と呼ばれたこの少女の魔法は「お医者さんごっこ」である。
決して医術を行い、癒やすことだけが彼女の魔法ではない。
お医者さんごっこの一環として、簡易的に病巣を作り出し、植え付けることも可能なのだ。
もっともこちらにはいくつか発病させるための条件がある上、永くとも一時間しか病巣は維持できないと欠陥だらけ。
それ以前に、医者の端くれとしてもあまり使いたい手段ではなかった。
『むぅ……どうやらこれは、本当に「魔法の国」から遣わされた者なのかもしれんのう』
『だから言ったじゃん。第一、こんな方法を最初から取られてたら、本当に全員壊滅してたわよ?』
『殺す気があるならいつでも殺すことはできた――なのに彼女はそれをしなかった』
『「私」も信じていいと思うわぁ。予期せぬところで希望が見えたわね』
うん。
ペルは脳裏に響く声へ頷くと、ぺこりと医者の少女へ頭を下げた。
「ごめんなさい。私たち、あなたたちにひどい失礼を……」
「あー……いや、いいよ。僕の方こそ、リックが手荒をして済まなかった。
あれには後できつく言い聞かせておくから、できれば彼女をその建物から出してやってくれないかな」
「は……はいっ。クロッ――」
「おぉぉい、クロックシルク! もういい、やめろ!!」
ペルの声を遮って、にゃんぴぃが叫んだ。
ペルとシャルルの視線が注がれると、彼女もまたばつが悪そうに目を背ける。
さんざっぱら暴力を働いたものだから、流石に申し訳なく感じているのだろう。
かと言って、にゃんぴぃは素直に謝れる性格はしていない。
リーダーシップを発揮していた彼女だが、その年齢はペルたちの中でも最年少だ。
くすりとペルは笑った。シャルルは肩を竦めて笑った。
コンクリートの塔が消えると、リックにつまみ上げられてじたばたとしているクロックシルクの姿が露わとなる。
コミカルなその絵面に、ペルとシャルルはまた笑った。
その後、全員まとめてリックに正座をさせられた。
☆魔法名医シャルル
ひとしきり説教された後、ペルたちは事のあらましを知ることになった。
タウンズマスターも以前、「フレイム・フレイミィ」という魔法少女の『試験』に参加させられていたこと。
いわば今回、ペルたちが巻き込まれているのはその焼き直しであるということ。
「魔法の国」が行う選抜試験は本来こんな形のものではなく、もっと穏便な形であること。
そして魔法名医シャルルとバースデイ・リックは、本当にタウンズマスターを捕らえるためにやって来たのだということ。
信じられないような内容の連続だったが、魔法少女なんてものが実在していて、自分たちはそれに変身しているのだ。
信じる以外にはない。クロックシルクも、ペルも、そしてにゃんぴぃもそういう結論に落ち着いた。
斯くして、新人魔法少女たちの殺人計画は頓挫し、絶望の『試験』の中には一縷の希望が射し込んだ。
とはいえ、問題が解決したかといえばそんなことは全くない。
「……ってことは、そっちもタウンズマスターの魔法がどういうものかは知らないと」
「はい…… タウンズマスターはいつも私たちに助言してくれましたけど、それ以上は……」
「分別を弁えた魔法少女だったってことか……ちゃっかりしてますねぇ」
シャルルとリックは、タウンズマスターの魔法について知らないのだという。
そしてそれはペルたちも同じだった。
それぞれまったく別の形でタウンズマスターに出会い、育てられてきたが、彼女の魔法を使っている姿を見たことがある者は誰もいない。その事実は不気味に、皆の心をじくじくと苛んだ。
「にしても不親切なんだね、「魔法の国」ってのも。
フツー、ターゲットのデータってのはきっちり調べて渡すもんでしょ」
「私もそう思います……失礼ですけど、無責任……ですね」
「いいや、僕もそう思うよ。だが」
それ以上に、ここまで来ると不自然だな。
シャルルは自分の顎に手を当てて、表情は変えずにそう呟く。
「いくら何でも手際が悪すぎる。
お上の話によれば、詳しい話は現地に着いてから連絡、もしくは先遣隊から聞けということだったが……」
「お役所仕事って次元じゃないッスよねェ、ちょっと」
「フレイミィと繋がりのあった魔法少女の厄介払いのつもりなのか、それとも……
……そもそもお役所の魔法少女ですらなかった――のか」
だとすると、いよいよ妙なことになってきた。
もとい、暗雲が立ち込めてきたと言うべきだろうか。
シャルルの脳裏には既に、この状況を説明できる答えがある。
しかしそれを口にすることはしなかった。これを言えば、きっとこの三人の心を更なる不安と恐怖に追いやってしまう。
――フレイム・フレイミィの『子供達』タウンズマスターが、自分達を誘い出した。
――もしそうであれば、いよいよもって厄介なことになったと言わざるを得ない。
「……一応聞かせてもらいたいんだけど、君達は『Pleiades』という魔法少女を知っているかい?」
「ぷれ、あです?」
「知らないな……少なくともH市に、そういう名前の魔法少女はいないはずだ」
「…………」
Pleiades。
星の魔法少女。
それが先遣隊として送り込まれた魔法少女の名前だった。
兎にも角にも、まずは彼女を探してみる必要があるだろう。
その存在が真実ならば情報の共有と、彼女もまた自分たちと同じなのかを問わねばならない。
虚偽ならば自分たちが謀られたということでほぼ間違いないが、Pleiadesが実在していたとしても油断は禁物だ。
彼女が『子供達』であり、タウンズマスターである可能性も十二分にある。
疑ってかからなければ、最悪『試験』の犠牲者として名を連ねることにも繋がりかねない。
「あ……そうだ。ひーたんにもこのこと伝えないと」
「ひーたん?」
「あたしらの仲間の一人だよ。魔法的に前線には出られないから、遠くでサポートを頼んでたんだ」
にゃんぴぃは魔法の端末を取り出すと、慣れた手つきでひーたんの端末へと発信する。
通話はすぐに繋がったようだ。
にゃんぴぃはシャルルたちに背を向けて、話し始める。
「もしもし? ひーたん?
……ごめん。心配かけたね。でも大丈夫だよ、今「魔法の国」の魔法少女と――え?
ああ、うん。そうそう。タウンズマスターをひっ捕らえて試験を終わらせ……は? いや、ちょっと。落ち着けって」
……どうしたことだろうか。
にゃんぴぃは彼女らしくもない困惑した様子で、電話の向こうの「ひーたん」を宥めようとしているようだ。
「いや、だからタウンズマスターを倒せば試験が終わるんだぞ?
待てって、相手はほんとに「魔法の国」の――――」
からん。
にゃんぴぃの手から端末が地面に落下し、一回バウンドした。
彼女がそれを拾い上げる気配はない。
……今度こそ、本当にどうしたことだろう。
にゃんぴぃくん、と呼びかけると、彼女はふらふらと体を揺らし、振り返ろうとした。
違う。
振り返ろうとしているのではない。
これは。
この動きは――
「にゃん、ぴぃ?」
倒れようとしている動きだ。
そう気付いた時、猫耳の魔法少女はばたんと仰向けに倒れた。
目は開いたまま、口も半開きで、信じられないとばかりに困惑を顔へ浮かべたまま事切れている。
その証拠が、彼女の喉元にあった。
穴が開いている。これは手刀の傷跡だ。
魔法少女同士の
殺し合いで診療所へ運ばれてきた患者がよく作っている傷の一つでもあったから覚えていた。
治療を施そうと屈み込んで、無理だとすぐに悟った。
恐らく、この傷は見た目より遥かに深い。
脈を寸断して首の骨を砕き、文字通り何もわからない内ににゃんぴぃは死んだのだろう。
「え? え? にゃんぴぃさん? え?」
魔法名医シャルルに治せない病はない。
ただし、なくした命を戻すことだけは出来ない。
既に真っ暗になった町に、リンカーペルとクロックシルクの悲痛な泣き声が木霊していた。
最終更新:2015年11月16日 21:02